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3-2B
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【皇室検定】(3)歴史・ドラマ編2、王権と権力者――摂関政治・院政・武士の登場
3-2B:院政と武士の台頭――上皇と武家はいかに政治を動かしたか
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第11問 1068年、後三条天皇が即位したことは、摂関政治から院政へ向かう流れの中で重要な転換点となりました。後三条天皇について正しいものはどれでしょう?
A. 藤原氏と強い外戚関係を持ち、摂関政治をさらに強化した
B. 藤原氏の外戚関係が薄く、荘園整理などの政治改革を進めた
C. 即位と同時に院政を開始し、白河上皇に譲位した
D. 平清盛を太政大臣に任命して武家政治を開始した
B. 藤原氏の外戚関係が薄く、荘園整理などの政治改革を進めた
C. 即位と同時に院政を開始し、白河上皇に譲位した
D. 平清盛を太政大臣に任命して武家政治を開始した
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第12問 1086年、白河天皇は譲位して上皇となり、院政を開始しました。このとき即位した天皇は誰でしょう?
A. 鳥羽天皇
B. 後白河天皇
C. 堀河天皇
D. 崇徳天皇
B. 後白河天皇
C. 堀河天皇
D. 崇徳天皇
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第13問 白河上皇が院政を行うための政治的・軍事的基盤の一つとして、院の御所を警護する武士が組織されました。これを何といいますか?
A. 六波羅探題
B. 北面の武士
C. 侍所
D. 滝口の武士
B. 北面の武士
C. 侍所
D. 滝口の武士
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第14問 1129年に白河上皇が亡くなると、その後、院政を引き継いで政治的影響力を強めたのは誰でしょう?
A. 鳥羽上皇
B. 崇徳上皇
C. 後白河上皇
D. 後三条上皇
B. 崇徳上皇
C. 後白河上皇
D. 後三条上皇
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第15問 1156年、鳥羽法皇の死を契機として、皇位継承や摂関家内部の対立などが武力衝突に発展しました。この事件は何でしょう?
A. 平治の乱
B. 保元の乱
C. 承平・天慶の乱
D. 治承・寿永の乱
B. 保元の乱
C. 承平・天慶の乱
D. 治承・寿永の乱
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第16問 1156年の保元の乱で、後白河天皇側について戦った武士の組み合わせとして正しいものはどれでしょう?
A. 平清盛と源義朝
B. 平清盛と源頼朝
C. 源頼朝と源義経
D. 平将門と藤原純友
B. 平清盛と源頼朝
C. 源頼朝と源義経
D. 平将門と藤原純友
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第17問 保元の乱の結果、敗北した崇徳上皇はどうなったでしょう?
A. 出家して京都に残り、院政を再開した
B. 鎌倉へ下り、源頼朝を後見した
C. 讃岐へ配流された
D. 太政大臣に任じられた
B. 鎌倉へ下り、源頼朝を後見した
C. 讃岐へ配流された
D. 太政大臣に任じられた
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第18問 1159年、保元の乱からわずか3年後に起こった「平治の乱」について、最も適切な説明はどれでしょう?
A. 崇徳上皇と後白河天皇の皇位継承争いである
B. 平清盛と源義朝らの対立を背景に、中央政界で起こった内乱である
C. 源頼朝が平氏打倒のために挙兵した戦いである
D. 後醍醐天皇と足利尊氏の対立から起こった戦いである
B. 平清盛と源義朝らの対立を背景に、中央政界で起こった内乱である
C. 源頼朝が平氏打倒のために挙兵した戦いである
D. 後醍醐天皇と足利尊氏の対立から起こった戦いである
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第19問 平治の乱(1159年)で源義朝を破ったことを契機に、平清盛は中央政界でさらに勢力を拡大しました。1167年、清盛が武士として初めて就任した重要な官職は何でしょう?
A. 摂政
B. 関白
C. 太政大臣
D. 征夷大将軍
B. 関白
C. 太政大臣
D. 征夷大将軍
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第20問 1086年の院政開始から1167年の平清盛の太政大臣就任までの流れとして、最も適切なものはどれでしょう?
A. 白河上皇が院政開始 → 保元の乱 → 平治の乱 → 平清盛が太政大臣
B. 白河上皇が院政開始 → 平治の乱 → 保元の乱 → 平清盛が太政大臣
C. 後白河上皇が院政開始 → 保元の乱 → 平治の乱 → 源頼朝が太政大臣
D. 鳥羽上皇が院政開始 → 承久の乱 → 平治の乱 → 平清盛が征夷大将軍
B. 白河上皇が院政開始 → 平治の乱 → 保元の乱 → 平清盛が太政大臣
C. 後白河上皇が院政開始 → 保元の乱 → 平治の乱 → 源頼朝が太政大臣
D. 鳥羽上皇が院政開始 → 承久の乱 → 平治の乱 → 平清盛が征夷大将軍
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