「ああ、私の王子さま!」もしくは「いかにして貴族の男をたらしこむか」
農夫、牛飼い、小作人…田舎の娘が選べる選択肢はあまり多くありません。もしこの世に貴族がいなかったら、選択肢があることなんて気付きさえしなかったかもしれません。金の刺繍の素敵な服に身を包み、馬を駆ったり馬車にご婦人を乗せたりしている貴族の姿を、山羊の世話をしている途中に遠くから見れば、どんな娘だってもっといい人生を過ごしたいと夢見ます。しかしその夢を実現しようとしてみた人は滅多にいません。
本気で田舎の退屈な暮らしを捨てようと決断したなら、考えるべき現実問題はたった三つだけです。すなわち「誰を?」「どこで?」「どうやって?」です。
1. 誰を?
これに対する回答はあなたがどれくらい射程を広げるかによります。あなたが首の上に牛が乗っかっているような顔の持ち主でない限り、何人かの候補が考えられます。年かさの男やもめ、ぱっとしないデブから、若くてハンサムな青年までです。それぞれに個別のメリットがあります。年かさの貴族は遠からず死んでくれます。とはいえその後に起こる相続争いを決して軽視してはいけません。親族たちはすぐにも継承権を狙って好ましくないライバルを退場させようとするでしょうが、こういう輩は毒を入れたり殺し屋を雇ったりすることにも躊躇しないものです。
ぱっとしない男の方はこれに比べると長生きしますが、案外当たりを引くこともあるものですし、何より手近な酒場で出会える可能性が一番高いです。もっともこういう男は大抵それほどお金を持っていないことには注意しておくべきでしょう。
まあもちろんあなたは金持ちよりも、あなたに愛を注いでくれる、そして十分な容姿(一日中目をつぶっていなくても耐えられる)を持つ青年の方に憧れるでしょうけれど。
2. どこで?
大抵の田舎娘なら、貴族たちが狩りの前後に立ち寄って飲んだり獲物自慢を始めたりする酒場がどこか、知っているものです。一見出会いの場としては最適のように見えますが、必ずしも正解とは言えません。酒場に座っている娘たちはみんな同じことを考えていて、そして貴族たちもみんなそれを知っているからです。彼等にとっては選び放題です。ということは、選ばれる側のあなたにとってはよろしくないということになります。
それよりは狩りの最中に森に出て、足をひねったふりでもしてみせる方がずっと効果的です。不意討ちはある種の貴族の情け心をくすぐるのに大いに貢献します。具体的なシチュエーションをどうするかはあなたの想像力と演技力によりますが、最も重要なことは、自分を無力に、しかし馬鹿ではないように見せることです。
もしあなたが質素ながらも欠けたところのない(小さな農地くらいは持っている)家族に恵まれたならば、家まで馬で送ってくれないか頼んでみるのもおすすめです。貴族というものは大抵、子供同士が互いに相続権を巡って殺し合うような家のもとに生まれています。テーブルの上のナイフが恐ろしい目的に使われたりしない、心温まる家族と家があれば、大抵の貴族の心を溶かすことができるでしょう。ただしもしあなたが山羊だの豚だのの隣で寝るような家畜小屋住まいなら、父親が厳格だとか何とか言って彼を家に近づけないようにした方がよいでしょう。
3. どうやって?
純真さ、素朴さ、誠実さ――これこそ貴族の男が決して社交界の女性の中に見出すことのできない三要素です。もしあなたがこれらの特性を身につけているなら、もしくは少なくともそう信じ込ませるだけの演技ができるなら、お城への道のりはさほど遠くありません。しかし演技しすぎないようにしましょう。善意あふれる男の場合、このいたいけな少女を貴族社会の毒気の中で我慢させるくらいなら、いっそ断った方がこの娘のためだ、などという発想に至らないとも限らないからです。ここではあなたの生来の勘というものを働かせる必要があります。男にはあらゆる賞賛を惜しまず与え、そしてもし男の方から褒められたなら、顔を赤らめるようにします。鏡や水面の前で赤面する練習をしておくとよいでしょう。思ったよりも簡単ですよ。
ついにお城にたどりつくことができたとしても、注意を怠ってはなりません。もしあなたが侮辱されたなら(そしてそうと気付いたなら)ただ笑っているべきです。ただの無遠慮かもしれず確信が持てない時は、静かに頭を下げます。侍女や使用人には常によくしておきましょう。彼等は他の誰よりも事情に通じているからです。
貴族社会とは蛇の巣のようなものです。蛇だけがそこで生き残ることができると同時に、もしマングースが跳び込んだなら、あっという間に欲しいものが手に入る場所でもあるのです。
全ての少女は、自分が蛇になりたいかマングースになりたいのか、心を決めておくべきです。
最終更新:2008年12月08日 18:05