テレビ
「あなたを呼んだのは、視聴率を上げるためです。他局で言ってないことを言ってください。あなたが過激なことを言えば、言うほど視聴率が上がりますから・・・」
と言われた、と氏は述べている。これが、テレビ局が桜井氏へ出演依頼が集中する理由といえる。
それは、社会との接点を得るため、市民の安全を守るためと割り切り、がまんの毎日でした。とはいうが、
と、自身が福知山線脱線事故の後、多数テレビ出演した際の自己分析をおこなっている。テレビでは、
ただし、それ以前の重要なクリアすべき問題は、論文・著書等で先見性のある問題提起をしており、それがよく当たっていることが重要です。
(1)たとえまちがってもよいから、意識的に断定的に話すこと
(2) どの局も報じていない問題提起ができること
(3) こむずかしいことを話さないこと
(4)ニュースキャスターと瞬時に話を膨らませることができること
(5) 公平で建設的な議論ができること
(6) よい印象を与えること
(7)あまり歳を取りすぎていないこと、これらが備わっていれば、歓迎されるでしょう。
テレビ界そのものを完全に舐めきっている。テレビとはそんなものだとバカにしくさっている。桜井をほいほいと出演させるテレビは自らを貶めていることに気が付かないのか。ウソをつくのが当然だといわれているにも拘わらず。
また、テレビ局側が「たとえ間違っていてもよいから、意識的に断定的に話すこと」を望み、それに乗じて発言しているのなら、桜井氏は単なるTVの走狗で、おひな様であり、また自らの言うように、
たとえバカでも、視聴率を稼げるヤツが価値があり、仕事が増えることになっている。
を、実践なされているとも判断できる。
(参考)に至ってや、危機管理や安全にかかわる専門家や研究者、技術者等への侮辱以外の何者でもない。こちらは、ただ、テレビ局の用意したステージとスポットライトの中で、テレビ局の用意したストーリにそって、自身の感想を簡潔に表現するだけのしがない立場にすぎない。
ジャンル違いになるが『食卓の安全学(松永和紀)』において、著者は「○○は、病気に効く」等と述べる博士を「ナンチャッテ学者」とし、
と断じている。著者は、脚光を浴びたい、経済的に豊かになりたいという考え方や、社会貢献のあり方を誤ったことが、ナンチャッテ学者がはびこる理由としている。ほとんどの研究者は慎重に言葉を選んで話し、「○○は、病気に効く」等の断定はしません。しかし、これでは、マスメディアはコメントとして使えません。
その結果、一部のナンチャッテ学者に取材が集中し、同じ人がさまざまなメディアに登場してしまうのです。(p98)
慎重に言葉を選ばず、断定口調で話す「ナンチャッテ学者」が様々なメディアに登場する・・桜井氏に大いに当てはまるではないか。
ここも参考。件の本の論評の中で、
もう一つの真理が、テレビは、単なるバラエティー、エンターテインメントだと思うべし。例外が多少あるだけ。
とあるが、そのぐらいに考えるのが正当であろう。
葉と花は新聞やテレビでの解説やコメントです。ということは。新聞やテレビでの発言は揺らぐことがある。こういう事ですな。樹幹と枝はいかなる場合にも揺るぎません。葉や花は季節や世の中の風向きに合わせます。時には、きびしく、時には、やさしくと、自在に泳ぎます。
とはいえ、桜井氏ご自身も、どうやら数字を取るために手っ取り早く使える「事故屋」として走狗となっていることを、知ってか知らずかはともかく、それと同じ口で、
JR西日本と鉄道マニアとテレビ局には、無知・無能をさらけ出したため、不名誉な「三バカ大将賞」を差し上げましょう。
と述べている以上、桜井氏の発言も「無知無能の三バカ」の一つとして、扱うしかない。
麹町、日本テレビ、
『NTVニュースプラス1』
金曜特集「爆論!言わせてもらうぞ!」
「崩れた安全神話 通勤電車が危ない?!」
小西美穂司会。
宮崎哲弥、遥洋子のレギュラーメンバー。
現役運転士、福嶋真澄
桜井 淳(さくらい・きよし)技術評論家 物理学者
五十嵐 敬喜、法政大学法学部教授 弁護士、一緒。
ゲストに現役JR、運転士、
この時期、登場するのは、勇気ある出演。
本番前、控え室で大怒声、聞こえる。
どうやら桜井先生が電話相手に激高の様。
本番前の打ち合わせでも、
遥さんの質問に
「社会学を勉強していてそんなこともわからないのか!!」
と声を荒げて絡む。
そのエキセントリックな様子見て、すっかり魅了される。
俺の最も好きなタイプである。
宮崎さんに、「あの先生いいですね~」と囁くと、
「でしょ、あの人が一番いいんだよ!」と。
(略)
要所、要所、決め台詞を桜井発言に導く、
宮崎さんも印象的。
帰り際、桜井さん、微笑みながら、
「僕も博士なんだよ~」と言っていたが、
硬派な番組以外も出てくれないだろうか。