「彼らの場合、メンバーの対立とか、商業的な失敗というわけでもなく、ただ、
『彼ら自身のやりたいことを、既にこのバンドでやりつくした』という原因で解散するのだそうだ。
無論、実際には商業的な限界が見えたこともあるだろうし、単純に20年もの月日が流れた、
ということも、理由にはなるのだろう」
ラストアルバムにはあまりふさわしくなさそうに見える「HOPE」というタイトルを見つめ、
佐々木は残念そうに言葉をつむぐ。
「彼らは最初からずっとそうだった。
グランジ・オルタナティブ一色に染まった当時の音楽環境が悪かったのかもしれない。
でもそれより何より、彼らがずっと戸惑い続け、迷い続けたことが、このバンドが
終焉を迎えた最大の理由だと、僕は思うんだ。
彼らが最初に描いた色鮮やかで豊かな音楽を、ファンは皆求め続けた。
でも、彼らにとってそれは始まりでしかなく、同じことを繰り返すことを、彼らは拒絶した。
自分たちはもっと新たなことをやりたいのだと、アルバムを重ねるごとに、
違う方向を模索し続けた。
でも、それは新たなファンを獲得するよりも、古いファンの離反を多く招く結果になった。
そうした挫折を繰り返して、彼らは原点回帰して、元の作風に戻したのだけれど、
哀しいかな時は流れ、彼らは決して往時の勢いを取り戻すことはできなかったのさ。
そして、遂に今日という日を迎えたわけなんだ」
一息ついて佐々木が俺の方に視線を向ける。
その、やけに物悲しい瞳に、わけもなく動悸が高まってしまった。どうしたんだ俺。
「一番哀しいのはね、キョン。このラストアルバムが、
『彼らが最後にファンのために贈るアルバム』になっていることなんだ」
? それはいいんじゃないか、別に。ファン思いなバンドなんだろう。
「ああ、ファン思いか。そうなんだ。これを聞くとよくわかるのだよ。
ここに収録された曲は、まさに「ファンが望んだスタイルの曲」なんだ。
でも、そこに彼ら自身の情熱が100%込められているとは、
僕にはどうしても聞き取れなかった。
彼らはここまで正確に「ファンが望む自分たちの姿」を理解している。
それを非常に高い完成度で仕上げるだけの力も持っている。
実際、このアルバムの出来に文句はないのだよ。
でも、それは彼ら自身が望んだ姿ではなかったんだ。
ここから先、彼らがこの道を歩き続けることは欲していないんだ。
誰が悪いわけでもない。
才能と志向の食い違いというほど大げさなものでもない。
ただ、そんなすれ違いをこの十数年、ずっと続けていたことが哀しくてね」
そう言いながら、佐々木は透明な笑顔で微笑んだ。
「以前にも言ったと思うけれど、やはりある種の音楽のファンというのは、
どうにも度し難い側面があるのだよ、きっと。
自分の愛したそのままの姿で、彼らにいて欲しいと願うのは、
多分自然なことではないのさ。
人も年を経て変わる。流行は移り変わる。
変わらぬままにあり続けることの方が、
そして変わらぬままにあり続けて欲しいと他人に願うことの方が、
罪深く異常なことなのだろうね」
まあ、ちょっと大げさだとは思うけど、仕方ないんじゃないか。
誰しもそういう傾向は多かれ少なかれ持ってるだろ。
「そうだね。そしてまた、そうした思いも何もかも飲み込んで、
時は立ち止まることなく流れてゆくものなのだろうね」
やけに晴れた空を見上げながら、佐々木はそう言って話を締めくくった。
「君と再会したときに、僕は君があいかわらずな君であることに、
安心した、そう、以前に話したね」
やけに湿度の高い空気をかきわけるようにしての帰り路、
佐々木がふと口を開いた。
「変わっていない、というのが僕の主観に過ぎない、ということを措くにしても、
それ以上に、必ず君もどこか変わっている」
そうだな。色々変わってると思うぜ。
何しろ中学時代では夢にも思わなかった奴らに取り囲まれてるし、
そもそも俺達もまだ成長期というか、
これから成長しなきゃならん学生の身分だからな。
「願わくば、その変化が、僕にとって良いことであることを希望するよ。
そしてまた、僕の変化が、君が寿いでくれるようなものであることを。
どれだけ歩む場所が変わろうとも、二人の距離が変わろうとも、
僕と君が向いている方向が変わらなければ、
それは多分、変わらない関係なのだろうから」
淡々とした口調で、けれども小さく微笑みを浮かべて。
大きな瞳で俺を見つめながら、佐々木はそんな風に呟いた。
HAREM SCAREM Last Album「HOPE」2008/6/25
It's the end