第二話
能力について専門的に扱う学部が日本の大学に初めて導入されたのは2002年のことだった。
以降、この若い学問は将来性を期待され、同じ系統の学部が全国の大学に次々と設置されることとなる。
そして現在、分野別の学生数では日本で一位を誇っている。
衛たちの通うS大学超能力学部もそのひとつであった。
「おはよう!」
衛と幸広が後ろから声をかけられたのは、売店で朝食にするパンを選んでいたときだった。
声の主は、衛たちのもうひとりの中学からの同級生、
川端輪だ。
彼女はフレームだけの眼鏡をくいっと上げて微笑んでいる。
三人はいわゆる腐れ縁というもので、特に示し合わせて同じ進路を選んだわけではない。
選ぶのが遅かった方の衛がパンを手に取ったのを見計らって、輪は話を続けた。
「良いよねぇ、下宿生。私なんてどれだけ朝早いか分かる?」
学生の中には能力の都合上昼夜どちらかにしか通えない者もいる。
そのためS大学では同じカリキュラムを昼間部・夜間部の両方で実施している。
日が暮れるまでに終わらせられるように、昼間部は朝七時から開始だ。
輪は通学に時間が掛かるため、一番早い日だと四時には既に起きていないといけない。
「俺だって今日は一限目も無いのに衛に起こされたぜ。」
幸広はわざとらしく大きなあくびをしてみせながら言った。
そんな幸広の言葉に衛は苦笑いを浮かべる。
「そ、それよりさ、輪だってこっちに引っ越せばいいのに。」
と、レジに並びながら衛。
「私だってそうしたいんだけどね。親が許してくれなくて。」
「今時女の子だからってそう厳しくしなくても。」
財布を出しながら幸広。
「そうじゃなくて、うちの場合……さ。」
「ああ、アイツのことか……。」
アイツとは、三年前交通事故で亡くなった輪の弟のことだ。
彼のことは衛も幸広もよく知っていた。
「悪い。」
「ううん、もういいかげん吹っ切れた。」
そう言いながらも、輪の横顔は少し寂しそうだ。
「多分毎日顔見て安心したいんだと思う。」
しかしその表情も一瞬で、すぐにまた、元の明るい輪に戻る。
「ほら、さっさと行こ。」
輪はふわふわパーマのセミロングの髪を揺らして真っ先に売店を出て行った。
ざわついた教室に、マイクで拡声されたしわがれ声が響く。
「あー、チェンジリング・デイ以降ー、私たちの暮らしはー、大変便利になりました。」
衛たちは「超能力の歴史と発展」という講義を受けていた。
この講義の担当は分厚い眼鏡を掛けた老夫、村主教授だ。
「たとえばー、あー、前のスクリーンをー、見てください。」
そこには猫がねずみを追いかけるコミカルな映像が映し出されている。
「これがー、私のー、あー、昼のー、能力です。
私のー、記憶や思考をー、映像としてー、映すことがー、できます。」
その後、映像は1990年代の風景へと変化した。
衛が隣を見ると、幸広は既に爆睡状態、対照的に輪は真剣にメモを取りながら話を聞いている。
邪魔をするのも悪いので、衛も諦めて村主教授の間延びした声に耳を傾けるが、どうも頭に入らない。
結局のところ、講義中ずっと衛の意識を支配していたのは、早速留守を任せることになってしまったかれんのことだった。
幸運にも、その後、衛にはまるまる二時限分の空きがあった。
全く無計画に勢いだけでかれんを預かったので、昼食のことすら考えていなかった。
心配なので、二人に一旦別れを告げてアパートに向けて自転車を飛ばす。
幸広にかれんのことをバラされたのか、輪が衛を可哀想なものを見るような目で見ていた気がするが、忘れることにしよう。
「ただいま!」
「あれ? 早かったですね。」
「いや、今丁度空き時間だったからね。」
かれんは棚にある漫画を読んでいた。
あらゆるものを創作する魔王が弟子と旅をする物語だ。
「お昼用意してなかったからコンビニで買ってきたんだけど……。」
「あっ、ありがとうございます。」
やはりまだどこか会話がぎこちない二人。
無言で衛が買ってきた弁当のビニール袋を剥がす。
衛は冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出してふたつのコップに注いだ。
「それじゃ、いただきます。」
「いただきます。」
「……からあげ欲しい?」
「いえ、別に。」
「そっか。」
とは言ったものの、小さな口を精一杯開けて美味しそうに食べるので、つい自分のおかずを分けてあげたくなる。
「ん? 顔に何か付いてますか?」
「いや。」
気が付けば衛は、自分の弁当には手をつけずに、かれんの食べる様子を眺めていた。
そんな自分が怖くなって慌てて話題を振る。
「そういえば、学校はどうするの?」
「パパとママがいなくなってからいろいろな所に住んでたから、ずっと学校行ってないんです。」
「そっか……今から市役所にでも行ってみるか。」
「えっ、でも……。」
「いいからいいから。さ、早く食べて。」
市役所でかれんの転入届は提出した。しかし転校には元の学校での手続きが必要らしい。
元の学校と言ってもかれんは数日前に中学生になったばかりなので一度も行っていない。
どうしようかと思ったが、そろそろ大学に向かわねばならない時間だったので、かれんの学校の件は後回しになった。
「はぁ、疲れた……。」
五時限目、英語の教室に入った衛の第一声だ。
「本当にギリギリだったな。」
隣に座る幸広が声を掛けた。
「まだ先生来てないのか?」
「ここの先生はどんな人かな。」
輪が横から口を挟む。
幸広は意味ありげに衛の方を見てにやりとした。
「噂によるとな、」
しかし幸広の言葉は扉の開く音に遮られた。
中に入ってきたのは、なんとかれんと同じくらいの年齢の金髪少女だ。
「Hello everyone! My name is Naomi Wiseman.」
「あー、あーゆーあわーてぃーちゃー?」
とっさに誰かが尋ねたのも無理のないことだ。
「Yeah.」
彼女はこういう反応に慣れているのか、あっさりと肯定した。
現在十三歳の彼女はこの大学の准教授だ。秘密は彼女の能力にある。
昼の能力は思考に掛かる時間がゼロになる能力、夜の能力は記憶を整理する能力。
夜に覚えて昼に考える。このサイクルで彼女は常人には真似できない勉強効率を叩き出す。
そのおかげで、彼女はわずか八歳でアメリカの大学を卒業した。
「……ってことみたいよ。」
「輪、お前やっぱり英語凄いよな。」
「うん、ほんと。僕は半分くらいしか聞き取れなかった。」
「俺なんか全然だぞ。」
と、こんな感じで二人は――特に幸広は――輪に教えて貰いながら授業を終えた。
荷物を片付け教室を出ようとした所を「東堂君!」と呼び止る声が聞こえた。
「ナオミ先生? えっと……。」
「日本語でいいわよ。四分の一は日本人だって授業で言ったじゃない。」
「そ、そうですね。」
ナオミは呆れ顔だったが、すぐに真面目な目つきに変わる。
衛も雰囲気の変化を察して真剣に耳を傾けた。
静かな教室に時計の針の音だけが大きく聞こえる。
その音が五回目を刻んだとき、ナオミが口を開いた。
「東堂君、あなた、警戒した方がいいわよ。」
漠然とした忠告。
しかし漠然としているだけになにやら深い意味を含んでいるようだ。
衛は自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
つづく
登場キャラクター
最終更新:2010年07月16日 19:14