東堂衛のキャンパスライフ > 3


第三話

「何が食べたい?」
「ええっと……。」
英語の授業が終わって、衛はかれんとスーパーに来ていた。
夕飯の準備をする主婦で賑わうにはまだ早い時間帯。
二人は店内をのんびりと回っていた。
「揚げたてコロッケ入りましたー!」
突然、どこかの一角から威勢のいい若い男の声が聞こえてきた。
その声にかれんの細い肩がピクリと動く。
その様子を見て、衛が話しかける。
「じゃあ、あれにする?」
長い髪に半分隠れた顔が、頬を少し赤く染めて、小さく頷いた。

アパートに帰ってすぐ、かれんが早く食べたいと言ってきた。
一日一緒にいたが、彼女が自分から希望を言うなんて珍しい。
まだまだ日も落ちそうにない時間だがしょうがないか。
スーパーのビニール袋からプラスチックのパックを取り出してテーブルに並べる。
フタを開けるとおいしそうな匂いが漂ってくる。
「ごはんどれくらい食べる?」
「衛さんと同じくらい入れておいてください。」
あれ、そんなに? 衛は一瞬ためらったが、昼の様子を思い出して、別にいいか、と言われるとおりにした。
茶碗にかれんの分、汁椀に自分の分。ご飯を盛ってテーブルに持っていく。
メニューが出揃ったところで二人はパチンと両手を合わせる。
「いただきます。」
声が揃って笑いあう。
かれんはすぐに小さな口を大きく開けてコロッケを頬張る。
「はむ……ほいひいれふ!」
「そんなに慌てて食べなくても。」
そしてまた笑う。
幸せな時間だった。
会話に真昼のような手探りの感覚もすっかり消えて、リラックスしたムードが漂っている。
かれんにとってこんな時間はどれくらいぶりだっただろう。

「ごちそうさま……。」
衛が食べ終えて数分後、かれんも箸を置いた。
「ふわぁ……。」
かれんは大きなあくびを一つ繰り出した。
相変わらず夕暮れはまだなはずなのに、今にも眠りだしそうな様子だ。
食器を流し台に持って行きながら衛が尋ねる。
「慣れない場所で疲れた?」
「いえ、いつもこれくらいの時間なんです。多分、変身に体力を持っていかれて……。」
話の途中で、かれんはとうとう横になってしまった。
「大丈夫? 僕は適当にスペース見つけて寝るから、布団使っていいよ。」
「ありがとう……ございます。起きるのは……真夜中……です……。」
布団まではいずって、そのままかれんは眠りについた。

洗い物を済ませた後、衛はかれんの様子を伺う。
まず目に入るのは無造作に広がった長い黒髪。
そして触れたら壊れそうなくらいの白く細い体。
規則的に静かな寝息を立てるふっくらとした唇。
「……はっ!」
ついぼーっと眺めてしまっていた。
これは危ないな。朝の幸広の言葉も、今は自信を持って否定できる気がしない。
「さて、僕も今のうちに寝ておかないと。」
かれんが起き出したら夜が明けるまで見ていないといけないからだ。
バスタオルを持ってきて、2枚重ねて床に敷く。
ひとまず今日のところはこれで十分だろう。
そのまま、衛はタオルに横たわった。

玄関の呼び出し音で衛は目を覚ました。
時計をちらっと見ると午後七時。
隣のかれんは既にその姿を変えていたが、まだまだ起きそうにはない。
「はい、どちら様でしょうか。」
目をこすりながらドア越しに尋ねる。
「宅配便です。」
頼んだ覚えは無いが、ドアスコープから覗くと確かに荷物を持ったそれらしき人物が見える。
「少々お待ちください。」
カバンから印鑑を持ってきて、ドアを開ける。
そして衛は……思い切り蹴飛ばされた。

「いやあ、市役所っちゅうのは調べもんにうってつけやな。」
運送業者の帽子を脱いだその男は、鋭い目付きをしたツンツンヘアで細身の若者だった。
夜の能力『無敵』を持つ衛には全く痛みは無い。床に手をついて素早く立ち上がる。
しかし男はそれを横目に、ずかずかと部屋の中にいるかれんのところまでやってきた。
「まさかこんなトコでお目にかかれるとは思わんかったで、鬼塚かれん!」
かれんの名前を知っている?
衛は驚いて男の背中越しに叫ぶ。
「何者だっ!」
男は顔だけ衛の方に振り向いて答える。
「よくぞ聞いてくれた。俺の名は西堂氷牙。」
そして、にやりと黒い笑みを浮かべてこう付け加えた。
「いずれ世界を統べる男や。」

西堂は話を続ける。
「“犬”の噂、聞いたこと無いか?」
「何の話だ?」
「どっかの組織がな、大型犬に特殊な機械を埋め込んで、凶暴化させると同時に操ってるって話や。」
「それがどうし……まさか!」
「人間には効かんけどな、“理性を失った獣”になら大概有効らしい。」
「……。」
「俺はひょんなことからその機械を手に入れた。」
「かれんに手出しはさせない!」
と、叫んではみたものの、衛にはこの状況を打開する手立てが思いつかない。
差し当たっては会話を長引かせるくらいだろうか。
「大体、昼は効かないんだろ。昼の間に取り外せばいいじゃないか。」
「無理に外そうとすると爆発するように改造した。」
「甘いよ。かれんの……。」
衛はそこで口をつぐんだ。
うっかり昼の能力を敵に教えるところだった、危ない危ない。
ところが西堂は冷ややかな目を衛に向けて言う。
「知っとるわ。なんせ昔から狙っとったんやからな。」
「な、なにを?」
「こいつの昼の能力やろ。自分の命を守らせる。
 それはつまり、機械を外そうとする奴を勝手に排除してくれるってことや。」
「くっ……!」
最悪の展開だ。なんとしてでも西堂を止めないと。それにしても。
(……寒い?)
次の瞬間、衛の周囲が凍りついた。

「何だ!?」
「昼は遠くの音でも聞こえるってだけのしょーもない能力やけど、夜はハンパないで。」
もちろん衛自身にダメージは無い。だが、首から下を全部氷に阻まれて全く身動きが取れない。
偶然なのかどうなのかは知らないが、これは衛に対して最も有効な攻撃かもしれない。
「なんせ空気まで凍らすからな、この『フリーズ』の能力は。」
「かれんをどうするつもりだ!」
「決まっとるやろ。連れて帰って例の機械を取り付ける。」
……あ、ここで手術とかやるんじゃないのね。ということは。
「どうやって?」
「は?」
「どうやって、その大きなかれんを連れて帰るんだ?」
「……あ。」
「……。」
「ふっ、今日はこのくらいにしといたる。首を洗って待っとけよ!」
西堂は顔を真っ赤にして逃げるように去っていった。
西堂がいなくなったので、衛の周りの空気はすぐに気体へと戻った。
しかし……。
衛は思った。彼はまた来るだろう。早ければ明日にでも。
今度は手をこまねいて待っている訳にはいかない。

同じ頃、幸広は何の気無しに街を歩いていた。
ショーウィンドウを見て、「あー、あのジャケットいいな。」などと思いながら、しかし思うだけで前を素通りする。
突然、背後の下の方で小さな音がした。
見てみると足元に財布が落ちている。
「すみません、落としましたよ。」
それを拾って、持ち主と思われる女子高生らしき少女に声をかける。
少女は笑って財布を受け取った。
そんなタイミングで、携帯電話の着信音。どうやら衛からのようだ。
「おう……どうしたって? ……氷に対抗できるような能力者? 例えば火、とか?
 ……!」
瞬間、幸広の目の前を炎がよぎる。
その出所を目でたどると、さっきの少女が、いかにも「面白そうなもの見つけた」というような顔をして立っていた。

つづく

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最終更新:2010年07月16日 19:41
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