第五話
月野は拳に力を溜める。するとそこからみるみる炎が上がってきた。
拳を振ると、最初の一撃よりも大きな火の玉が西堂に向かって飛んでゆく。
しかし西堂は何のモーションも取らない。
当たる! そう確信した瞬間、いきなり巨大な氷の壁が間に立ちはだかった。
「ぬるいぬるい。」
「こんなものっ!」
西堂の挑発に乗る月野。壁の目の前まで距離をつめ、掌を広げる。
すると途端に壁は炎上、跡形もなく消え去った。
「ふーん、ちょっとはやるようやないか。」
西堂は嬉しそうに口角をつりあげる。
「じゃあこれはどうや?」
手の中に氷の塊を発生させて握り締め、腕を体の横に伸ばす。
すると西堂の手の中からつららのように氷が伸びてきた。
手ごろな大きさになったところでそれを一振り。
氷の剣の完成であった。……と同時に無粋にも炎が剣を襲う。
「何よ、さっきの壁のほうがよっぽど凄いじゃない。」
月野は不意打ちを食らわせて満足のようだ。
しかし、炎が引いたとき、氷の剣が無事なのを月野は目撃した。
「な、なんで……?」
「甘いなあ。これくらいの大きさやったら、融ける瞬間に凍らせてずっと維持できるんや。」
ここまでずっとペースは西堂に握られたまま。
月野は西堂から距離をとった。
構える彼女の顔にもはや余裕は無く、汗がうっすらとにじみ出てくる。
牽制の時間、約一秒。
先に動いたのは西堂だ。
背筋の凍るような不気味な笑顔で氷の剣を振りかざす。
「くっ……!」
月野は火力を指先の一点に集中させる。
そうしてる間に西堂は月野に接近、攻撃のために剣を持った手を上げる。
その瞬間、顔面がノーマークになる。今だ!
ヒュン! そんな音がして高速の火の玉が西堂の頬を掠めた。
「ちっ!」
頬を押さえて一歩退く西堂。
よし、追撃だ。しかしそう月野が思ったのも束の間。
「しまった!」
足が動かない。慌てて下を向くと足首から下が氷に覆われていた。これでは距離を取れない。
ならばさっき効いた攻撃だ。指先に力を溜め、撃つ。
だが、その攻撃はなぜか西堂からそれてゆく。
なぜ? ちゃんと狙ったのに。
「一度食らった攻撃は二度と受けん!」
実は西堂は周りの空気をごく少量だけ凍らせてその氷の粒で軌道をそらせていたのだ。
月野は焦る。まずい、剣が来る!
衛のアパートの前で激しい戦いが行われているちょうどその頃、輪は夜の街にいた。
目的はかれんの食料を探すこと。しかも継続的に、かなりの量が必要らしい。
「買う」という選択肢は、社会人ならともかく、大学生である衛たちには経済的に苦しい。
そこで彼らは他人の能力を使って工面できないかと考え始めた。
しかし、能力について尋ね回るという行為は結構危険である。
どこかの組織の諜報部員と勘違いされて攻撃されるなんてことも冗談ではないのだ。
輪がこの役に選ばれた理由はまさにそこにある。
“攻撃されない相手”ならばいくら質問をぶつけても安全だ。
では、その“攻撃されない相手”というのはどこにいるのか。
この世界であってこの世界ではない場所に彼らはいる。彼らは決して世界に干渉することはできず、あても無くさまよっている。
彼らは何者か。彼らは未練の塊なのだ。そう、彼らは「幽霊」と呼ばれるものだ。
輪の夜の能力、それは、彼らの姿を見、声を聞くことのできる能力。
弟の死をきっかけに目覚めた能力であった。
輪は、最初に見かけた外国人と思われる中年男性の幽霊に話しかけた。
「すみません、話を聞かせてもらえませんか?」
男は辺りを見渡して、誰もいないことを確認する。
『まさか、俺に話しかけているのか?』
意外にも流暢な日本語が返ってきた。
「ええ、あなたのような人が見える能力なんです。」
『そうか。君は……?』
「輪、
川端輪です。」
『よろしく、リン。私はパウロ・アンダーソンだ。この国では妻の姓の薙澤を名乗っていた。』
日本語が上手なのはそういう理由だったのか、と輪は納得。
『それで、俺に何の用だ?』
「はい、実はある能力を持つ人を探してまして……。」
「おい、貴様、“何”と話している。」
唐突に横から話し掛けられた。
声の主は、ロングコートを中心に全身白で固めた衣装の、中学生くらいの少年であった。
「さては悪魔だな!」
「失礼ね、ただの亡くなった……あっ!」
輪は慌てて口を手で押さえる。幽霊は当然自分以外には見えないのだ。不審がられても仕方が無い。
少年は見定めるように輪をにらんでいる。
そのとき、ある看板が目に入った。
「ほ、ほら、そこに能力鑑定屋があるから、行きましょ。」
かくして輪と少年は鑑定屋の建物に入ることになった。
数分後、建物から出てきた二人の様子にパウロは驚く。
「すみませんでした、神!」
「ははは……。」
やたらと腰の低くなった少年に苦笑いで答える輪。
話をまとめるとこうだ。
少年――刹那と名乗った――は、自分を神の使者だと思い込んでいる。
そして死者と会話できる輪のことを「神」と呼びだしたのだ。
加えて、刹那はどうやら相手を太らせるという能力を持っているらしい。
そこでかれんの栄養補給に協力してもらえることになった。
(それにしても……。)
既に輪は別のことを考えていた。
自分の昼の能力のこと。先ほどの鑑定結果は「不明」だった。
どんな能力か、いつ目覚めるのか。考えても答えが出ないことをそれでも考えてしまう。
(……まあ、その時になれば分かるよね。)
しばらくして、思考を一段落させた輪は、今の目的を思い出す。
「そうだ、連絡先交換しておかないと。」
「は! 神の仰せとあらば!」
もはや呆れるのにも疲れてきて、輪は表情を変えずに携帯電話を取り出す。
アドレスを交換する操作をしている間に、パウロが話しかけてきた。
『リン、ひとつ頼まれてくれないか。』
「ん?」
『もし娘に……アイリンに会うことがあったら伝えてほしいんだ。』
「何をですか?」
『曲だ。楽器も能力も使えなくなってしまった俺だが、娘のために作った。』
「えっと、ちょっと待ってくださいね。」
刹那の携帯電話との通信を終えた輪は、バッグからノートとペンを取り出し、五本の平行線を引いてゆく。
準備ができたのを見計らって、パウロは自作の曲を口ずさみはじめた。
輪が楽譜に写し取れるよう、ゆっくりと。
とても優しい歌だった。まるで子守唄のようなジャズ・ナンバー。
その最後のワンフレーズを聞き終えると、輪は確認の意味もこめて復唱する。
二度と世に出ることはなかったはずの曲が、この世界の大気を震わせている。
輪が歌い終わった後には自然と拍手を送る刹那がいた。
『ありがとう。』
パウロは満ち足りた表情をしてそう言った。
『後は君に託そう。俺はもう、妻の所へ行くよ。』
そして、輪の視界からパウロの姿がだんだんと薄くなって、消えていった。
場面は衛のアパート前に戻る。
「ええ所で邪魔してくれたなぁ、
東堂衛!」
月野が目を開けると、自分をかばうように立つ衛の姿があった。
「僕のために戦わせて、怪我させるわけにはいかないだろ。」
「その心意気は立派やけどな、あんたは俺の能力に手も足も出んから助っ人を呼んだ。ちゃうか?」
衛は、冷気と、体の動かしにくさを感じた。だが、時既に遅し。
「そこでおとなしく見学しとれ!」
衛の体は一瞬で巨大な氷に覆われた。
再び月野と西堂が対峙する格好になる。
しかしその時。
「ヤッチー、先に衛を解放しろ!」
幸広が叫んだ。
「あんた……いままでどこにいたの。」
「隠れてた。」
「……まあいいや。それより、火点けて大丈夫なの?」
「夜のあいつは氷漬けにされようが大火事に遭おうがなんてことねぇよ。」
「なるほど、おっけー。」
飛んでくるツララをひょいひょいかわして、衛を覆う氷塊を殴りつける。
衛は復活早々に指示を出した。
「僕が奴を押さえつけるから、そこに一発お願い。」
「いえっさー!」
月野は十本の指からそれぞれ炎を立ち上らせる。
衛が走り出した。月野はその後ろを追って援護射撃に徹する。
西堂は大きい攻撃は出せない。月野にすぐ融かされるからだ。
かといって細かい攻撃を浴びせても衛には効果が無いようだ。
「ほんなら……!」
衛の足だけを凍らせた。
そこで月野がいきなり単独行動に出る。炎をまとって西堂に殴りかかったのだ。
しかしそれは西堂の集中を緩めるため。
もう一方の手から衛の足に向けて炎の弾を発射すると、衛の足の氷は砕けた。
月野はそのまま畳み掛けるように拳をぶつけてゆく。
月野の二かたまりのお下げが右へ左へ揺れる。
小さいが分厚い氷の壁を瞬時に作り出しそれをガードする西堂。
そうしているうちに、西堂は、後ろから両肩を掴まれる。
「しまった!」
月野の攻撃の激しさに、衛への対処を忘れていた。
「今だ!」
「よーしっ!」
爆発のような炎が、近所一帯をフラッシュのように一瞬だけ明るく照らした。
「うわー、ひでぇ……。」
丸焦げの西堂を眺めながら幸広がつぶやいた。
「これでも一応死なないようには手加減したんだよ?」
幸広と衛は笑うしかなかった。
「さて、どうする、衛? 警察にでも突き出すか?」
「いや、さすがにこれ突き出したら逆にこっちが逮捕されかねないでしょ。」
「あー……そうだな。」
幸広はチラッと月野を見る。
月野は頭の後ろで手を組んで、鼻歌なんかを歌っている。
「ま、この大やけどじゃあしばらくは襲ってこれないだろうから、放置でいいんじゃない?」
「放置!?」
衛も酷いことを言うなぁと思いながらも、別に救急車を呼んでやる義理も無いので、幸広はもう何も言わないことにした。
「ん、これ何だ?」
ふと、西堂の体の横に転がっているカプセル状のものに目が留まる。
衛がそれを手に取って、目に付いたボタンを押した瞬間、まばゆい光を衛が包み、衛は真っ白な空間に着地した。
出口はどこだろう、と思っていると、再び光に包まれ、もとの場所に戻っていた。
「今のは何だったんだ。」
衛が首をかしげる一方、残りの二人は驚きの表情だ。
「衛、大丈夫か?」
「だから何が?」
「お前はその中に吸い込まれてたんだ。」
そう言って幸広はカプセルを指差す。
それを聞いて衛はあることに納得した。
「なるほど、これがかれんを誘拐する方法か。」
そしてポケットにそのカプセルを突っ込んで、意識の無いだろう西堂に向けて言った。
「これは没収な。」
「じゃあ、二人とも、今日はありがとう。」
「俺は何もしてないけどな。」
「また何かあったら呼んでね。」
こうして、春のとある一日が幕を閉じた。
つづく
登場キャラクター
最終更新:2010年07月17日 17:19