広い広い世界のその中に、一つの国がありました。
海に囲まれ、四季に包まれ、自然と共に生きてきた国がありました。
その国の人々は夢を見ました。新しい友達の夢です。
人々は長い期間をかけ、夢を実現させました。
人の姿に人の心、そして人の魂を持った、でも少し小さな機械仕掛けのお姫様です。
彼女達はすぐに人々に受け入れられました。
人々は彼女と共に過ごし、彼女と共に歩き、彼女と共に戦っていました。
彼女達は人々の良き友人、良き家族となりました。
しかしあるとき、彼女達のたった一つの要素しか見ない人々が現れました。
彼女達を争いの道具に、姉妹を殺させる道具に仕立て上げたのです。
彼等は、彼女等を愛する人々に恐れられました。
何人の人が、彼等を止めようと挑み、そして敗れました。
彼等は殺し続けました。殺させ続けました。
彼女達の姉妹を、彼女達の手によって。
海に囲まれ、四季に包まれ、自然と共に生きてきた国がありました。
その国の人々は夢を見ました。新しい友達の夢です。
人々は長い期間をかけ、夢を実現させました。
人の姿に人の心、そして人の魂を持った、でも少し小さな機械仕掛けのお姫様です。
彼女達はすぐに人々に受け入れられました。
人々は彼女と共に過ごし、彼女と共に歩き、彼女と共に戦っていました。
彼女達は人々の良き友人、良き家族となりました。
しかしあるとき、彼女達のたった一つの要素しか見ない人々が現れました。
彼女達を争いの道具に、姉妹を殺させる道具に仕立て上げたのです。
彼等は、彼女等を愛する人々に恐れられました。
何人の人が、彼等を止めようと挑み、そして敗れました。
彼等は殺し続けました。殺させ続けました。
彼女達の姉妹を、彼女達の手によって。
身体が痛い。身体が痛い。身体が痛い。身体が、痛い。
腕を切られ、脚を刺され、でも死なない程度に痛み続けるこの身体。
「……立て」
眼に映るのは罅割れた大地と気味の悪い青い空、そして純白の悪魔。
その光景はとても綺麗で、とても眩しくて、とても儚くて。
傷一つ無いキミの身体。無表情にボクを見つめるその瞳。
ストラーフの名に相応しい恐怖を、ボクは確かに感じている。
だけど一つ違うのはその恐怖を感じているのがキミに対してだけじゃないって事。
ボクが感じる恐怖は失う恐怖。
それもとびっきり性質の悪い、確定した恐怖。
理不尽に、唐突に降りかかる恐怖も十分怖いけど、来る時が解っている恐怖も結構怖いんだ。
「……立て」
キミの眼には何の感情も映らないと思っていた。
キミの心には温かい感情が満ちていると思っていた。
けど、違うんだね。
キミの眼に映るのは憎悪。キミの心に満ちるのも憎悪。
一切合切を投げ捨て打ち捨て放り捨て、ボクを斃す事だけに全てを捧げた復讐者。
どうやら時が来たらしい。
きっと来ると思っていた、来なければ良いと思っていた、そんな時。
これから始まるのは終り。
全てを終わらせる為の始まり。
今までの全て。
皆と過ごした日々の終わり。
マスターと過ごした日々の終わり。
あの時誓った終わり。
これから始まるのは終わらせる為の日々。
終わりが、始まる。
腕を切られ、脚を刺され、でも死なない程度に痛み続けるこの身体。
「……立て」
眼に映るのは罅割れた大地と気味の悪い青い空、そして純白の悪魔。
その光景はとても綺麗で、とても眩しくて、とても儚くて。
傷一つ無いキミの身体。無表情にボクを見つめるその瞳。
ストラーフの名に相応しい恐怖を、ボクは確かに感じている。
だけど一つ違うのはその恐怖を感じているのがキミに対してだけじゃないって事。
ボクが感じる恐怖は失う恐怖。
それもとびっきり性質の悪い、確定した恐怖。
理不尽に、唐突に降りかかる恐怖も十分怖いけど、来る時が解っている恐怖も結構怖いんだ。
「……立て」
キミの眼には何の感情も映らないと思っていた。
キミの心には温かい感情が満ちていると思っていた。
けど、違うんだね。
キミの眼に映るのは憎悪。キミの心に満ちるのも憎悪。
一切合切を投げ捨て打ち捨て放り捨て、ボクを斃す事だけに全てを捧げた復讐者。
どうやら時が来たらしい。
きっと来ると思っていた、来なければ良いと思っていた、そんな時。
これから始まるのは終り。
全てを終わらせる為の始まり。
今までの全て。
皆と過ごした日々の終わり。
マスターと過ごした日々の終わり。
あの時誓った終わり。
これから始まるのは終わらせる為の日々。
終わりが、始まる。
今日の今日まで、こんな事にならないんじゃないかと思っていた。
頭の隅でそんな事を願っていた。
自分で決めた事なのに、自分で誓った事なのに、それを拒絶したくなるほどに俺は幸せだった。
捨てたくない。亡くしたくない。失いたくない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
今までの全て、皆と過ごした全て、皆と歩いた道、皆と築いた記憶。
俺は本当に幸せだった。
口では不平不満を口にしながらも、心の中ではそれを言う事の出来る相手に感謝していた。
あの時俺の目を覚まさせてくれた貴方達の事は、心の底から好きだった。
餓鬼の時分から俺に付き纏い、いつもヘラヘラ笑ってるお前も嫌いでは無かった。
年の割に落ち着いたお前は、俺の中で良い友人だったと思っている。
もちろん、偶然出会った俺に良く似たお前の事も。
そんな皆を、俺は裏切る事になる。
これは罰。
俺がしたことへの、罰だ。
それを思い返す度、あいつらの事を考える度、心が締め付けられる。吐き気がする。眩暈がする。
それは喪失感から、憎悪からくるのもあるが、一番大きいのは俺がそれをしたって事への拒絶。
違う。違う。違う。
何も違わないのに、そんな事解りきってるのに。
でも、これで良かったのだ。
俺がこんなふうに感じる事が出来たのだから、目標の半分は達成したようなものだ。
そろそろ時間だ。
あの時からずっと借りてたモノを返さなきゃいけない。
あいつらに借りてたモノを、形は違うけど返さなきゃいけない。
俺はその為だけに、生きてきた。その為だけに、ナルと居た。
全く以て神ってのは、変なトコで公平で平等で嫌な奴だ。
「……こんなの、違う」
解ってるさ、そんな事は。
あと少しだけ待ってくれても良いだろう?
あと少しくらい、未練がましく後ろを見たって良いだろう?
頭の隅でそんな事を願っていた。
自分で決めた事なのに、自分で誓った事なのに、それを拒絶したくなるほどに俺は幸せだった。
捨てたくない。亡くしたくない。失いたくない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
今までの全て、皆と過ごした全て、皆と歩いた道、皆と築いた記憶。
俺は本当に幸せだった。
口では不平不満を口にしながらも、心の中ではそれを言う事の出来る相手に感謝していた。
あの時俺の目を覚まさせてくれた貴方達の事は、心の底から好きだった。
餓鬼の時分から俺に付き纏い、いつもヘラヘラ笑ってるお前も嫌いでは無かった。
年の割に落ち着いたお前は、俺の中で良い友人だったと思っている。
もちろん、偶然出会った俺に良く似たお前の事も。
そんな皆を、俺は裏切る事になる。
これは罰。
俺がしたことへの、罰だ。
それを思い返す度、あいつらの事を考える度、心が締め付けられる。吐き気がする。眩暈がする。
それは喪失感から、憎悪からくるのもあるが、一番大きいのは俺がそれをしたって事への拒絶。
違う。違う。違う。
何も違わないのに、そんな事解りきってるのに。
でも、これで良かったのだ。
俺がこんなふうに感じる事が出来たのだから、目標の半分は達成したようなものだ。
そろそろ時間だ。
あの時からずっと借りてたモノを返さなきゃいけない。
あいつらに借りてたモノを、形は違うけど返さなきゃいけない。
俺はその為だけに、生きてきた。その為だけに、ナルと居た。
全く以て神ってのは、変なトコで公平で平等で嫌な奴だ。
「……こんなの、違う」
解ってるさ、そんな事は。
あと少しだけ待ってくれても良いだろう?
あと少しくらい、未練がましく後ろを見たって良いだろう?
「違う……違う……」
君島の声が、恐ろしい程に抑揚のない声が響く。
呟くように、呪うように吐き出されるその言葉の矛先は恵太郎へと向いている。
「カーネリアンは……こんな……弱くない……」
しかし、恵太郎は何の反応も見せず、ただ黙って俯いているだけだ。
「ネリネを……殺したのは……こんなのじゃ、ない……!」
瞼の下に浮かぶのは愛しい家族の最期の姿。
ボディを修復不可能なまでに破壊された、ただの冷たい金属塊。
しかし、その顔は、その口は、その目は、ほんの先刻まで歌うように喋り、楽しそうに視線を動かしていたのだ。
死。
彼女が生き物でなく、ただの玩具である事は解っていた。
しかし、その時の感情は紛れもない、死への悲しみだったのだ。
そして浮かぶのはもう一つの姿。
影のように黒い身体に返り血の様な赤を散りばめた悪魔の姿、
狂気に揺れる瞳、狂気に歪む唇、狂気を体現した存在。
相対した神姫の一切合切を破壊し破壊し破壊し尽くした、本物の悪魔。
それが今、目の前にいる。
「私は……お前を……倒す為に……その為だけに……」
その口から洩れるのは憤り。
自分の半身を奪い、それでいてのうのうと暮らす人間が今目の前にいる。
君島は、そいつに復讐する為にここまで来たのだ。
それなのに、肝心のそいつはまるで上の空で、君島の存在を忘れてるような素振りさえ見せる。
君島には、それが何より我慢ならなかった。
「アリス……」
小さく、低く呟いた。
そのたった一言から真意を読み取ったアリスは、抵抗もせず戦意も感じられないナルに向け静かに歩み寄った。
君島は軽い失望を抱いていた。
悪魔の如き所業で何十体もの神姫を殺した神姫。
あのとき、対峙した神姫の弱さを嘲った神姫。
力無き神姫を塵扱いした神姫。
そして、何処までも強かった神姫。
それがマスター同様、アリスに対して何の抵抗もせず、成すがままにされている。
反撃も無い。防御も無い。回避も無い。
ただアリスの一撃を甘んじて受け入れるだけ。
もし、それが懺悔だと考えているのなら反吐が出る。
私達が受けた恐怖と絶望はそんな生易しいものでは無いのだから。
だから、もう終わりにするのだ。
神姫に罪は無い。
だが、マスターの罪は神姫の罪だ。
神姫を壊して楽しむ人間の神姫を壊したところで何とも感じないのだろうが。
それでも、心は幾許か晴れるかもしれない。
「首を、刎ねよ」
だから、命じる。
五年前の恨みを乗せて。
五年分の恨みを乗せて。
憎悪の代わりに失望に満ちた心を乗せて。
命じる。
首を刎ねよ、と。
君島の声が、恐ろしい程に抑揚のない声が響く。
呟くように、呪うように吐き出されるその言葉の矛先は恵太郎へと向いている。
「カーネリアンは……こんな……弱くない……」
しかし、恵太郎は何の反応も見せず、ただ黙って俯いているだけだ。
「ネリネを……殺したのは……こんなのじゃ、ない……!」
瞼の下に浮かぶのは愛しい家族の最期の姿。
ボディを修復不可能なまでに破壊された、ただの冷たい金属塊。
しかし、その顔は、その口は、その目は、ほんの先刻まで歌うように喋り、楽しそうに視線を動かしていたのだ。
死。
彼女が生き物でなく、ただの玩具である事は解っていた。
しかし、その時の感情は紛れもない、死への悲しみだったのだ。
そして浮かぶのはもう一つの姿。
影のように黒い身体に返り血の様な赤を散りばめた悪魔の姿、
狂気に揺れる瞳、狂気に歪む唇、狂気を体現した存在。
相対した神姫の一切合切を破壊し破壊し破壊し尽くした、本物の悪魔。
それが今、目の前にいる。
「私は……お前を……倒す為に……その為だけに……」
その口から洩れるのは憤り。
自分の半身を奪い、それでいてのうのうと暮らす人間が今目の前にいる。
君島は、そいつに復讐する為にここまで来たのだ。
それなのに、肝心のそいつはまるで上の空で、君島の存在を忘れてるような素振りさえ見せる。
君島には、それが何より我慢ならなかった。
「アリス……」
小さく、低く呟いた。
そのたった一言から真意を読み取ったアリスは、抵抗もせず戦意も感じられないナルに向け静かに歩み寄った。
君島は軽い失望を抱いていた。
悪魔の如き所業で何十体もの神姫を殺した神姫。
あのとき、対峙した神姫の弱さを嘲った神姫。
力無き神姫を塵扱いした神姫。
そして、何処までも強かった神姫。
それがマスター同様、アリスに対して何の抵抗もせず、成すがままにされている。
反撃も無い。防御も無い。回避も無い。
ただアリスの一撃を甘んじて受け入れるだけ。
もし、それが懺悔だと考えているのなら反吐が出る。
私達が受けた恐怖と絶望はそんな生易しいものでは無いのだから。
だから、もう終わりにするのだ。
神姫に罪は無い。
だが、マスターの罪は神姫の罪だ。
神姫を壊して楽しむ人間の神姫を壊したところで何とも感じないのだろうが。
それでも、心は幾許か晴れるかもしれない。
「首を、刎ねよ」
だから、命じる。
五年前の恨みを乗せて。
五年分の恨みを乗せて。
憎悪の代わりに失望に満ちた心を乗せて。
命じる。
首を刎ねよ、と。
目を閉じれば、あの時の光景が目に浮かぶ。
恐怖に歪んだその顔で、鉄屑へと帰るその顔が浮かぶ。
自身の神姫を壊された人の顔が浮かぶ。
私を畏怖の目で見る人の顔が浮かぶ。
俺を蔑む人の顔が浮かぶ。
私を哀れむ人の顔が浮かぶ。
俺を憎む人の顔が浮かぶ。
私を憎む人の顔が浮かぶ。
それを、何とも思わない俺の顔が浮かぶ。
それを、愉快だと思う私の顔が浮かぶ。
それを、見る俺がいる。
それを、見る私がいる。
過去を見る俺。
過去を見る私。
お前は俺。
貴女は私。
さようなら、自分。
恐怖に歪んだその顔で、鉄屑へと帰るその顔が浮かぶ。
自身の神姫を壊された人の顔が浮かぶ。
私を畏怖の目で見る人の顔が浮かぶ。
俺を蔑む人の顔が浮かぶ。
私を哀れむ人の顔が浮かぶ。
俺を憎む人の顔が浮かぶ。
私を憎む人の顔が浮かぶ。
それを、何とも思わない俺の顔が浮かぶ。
それを、愉快だと思う私の顔が浮かぶ。
それを、見る俺がいる。
それを、見る私がいる。
過去を見る俺。
過去を見る私。
お前は俺。
貴女は私。
さようなら、自分。
白い刃が空に映える。
それは青空に浮かぶ雲のように、清々しく美しい光景。
同時に、それは触れるものを切り裂く断罪の刃。
「首を刎ねよ」
戦場に声が響く。
声が響く。
戦場に置いて不相応な声音で、戦場に相応しい言葉で。
首を刎ねよ、と。
高く甘い声で。
冷たく無慈悲な声で。
ただただ冷酷に響く声。
その声に従い、アリスはアンクルブレードを振り上げる。
脚元に臥すナルの瞳は何も映さず、何も感じる事は出来ない。
その首筋に狙いを定め、そして一息で振り下ろす。
アリスはネリネを、君島の最初の神姫を知らない。
ただ、写真はたくさん見せて貰った。
話も聞かせて貰った。
思い出を語って貰った。
それだけで、ネリネが君島にとってどれだけ重要な神姫か理解出来た。
そして、それを奪った者に対する憎悪も。
だからアリスは容赦なく殺す事が出来る。
例えそれが同じ姉妹だとしても。
その行為が同じ事だとしても。
「……」
アンクルブレードは細身の実体剣である。神姫の細いそっ首を落とす事など造作も無い。
その刃が、ナルの首筋に向かい、その首を切断しようとしている。
その光景を目前にしながらも、恵太郎はそれを現実として受け入れ切れていなかった。
それは現状への悲観からなどという理由では無い。
それは、恵太郎にしか解らない理由からだ。
だが、現実を拒否したからと言って現実が消えていく訳では無い。
現実は確実に存在する。
アリスも、アリスが持つ白刃も、ナルの危機も。
その時。
「あははぁ」
ナルが、動いた。
迫るアンクルブレードを鉤鋼で握り防いだナルは、嗤った。
自嘲か、嘲笑か、それとも他の何かか。
ナルは笑っていた。
「マスターぁ……いい加減相手しないとぉお客が逃げちゃうよぉ」
突然の事態、それのお陰でアリスに一瞬の隙が出来た。
ナルはその隙を逃す事無く、刃鋼の柄でアリスの腹部を突き叩いた。
「ああ……そうだったな」
動き出した恵太郎は酷く緩慢に息を吐いた。
まるで何かを諦めたような、そんな動き。
「マスター、夢は見れたかなぁ?」
よろめくアリスを蹴飛ばし、脚を組み替えながら地面を抉り硝子の破片をアリス目掛けて蹴り飛ばす。
「良い夢だったよ」
後退し、距離を取ろうとするアリス目掛けて刃鋼を薙ぎ降ろす。
「じゃぁ、そろそろ始めようよぉ?」
大蛇の様に刃鋼を唸らせ捩らせ震わせて、ただ只管に破壊の限りを尽くす。
「まぁ、壊さない程度にな」
「イェス、マスター」
その刹那、ナルの銃鋼が火を噴いた。
ただし、その銃口の先にあるのはアリスではなく、硝子の大地。
無数の硝子を粉塵塗れに吹き飛ばす砲撃。その反動はそのままナルへと返り、ナルはそれを推進力へと転用する。
ナルは射撃の為では無く、移動の為に銃鋼を利用したのだ。
「さぁてお待ちかねのぉ、楽しい楽しいダンスパーティーだよぉ?」
伸びたままの刃鋼を戻しもせず、アリスの眼前へと追い縋る。
そしてそのまま肉薄し、頭突いた。
「……」
アリスは無言で、しかし確かに感情を顔に浮かべながらも手に持つアンクルブレードとチーグルで握るフルストゥ・グフロートゥに力を込める。
「やっと……やる気に……なったようです、ね……そうでなければ……意味が、無い」
君島が笑った。
それは疲れた笑みだった。
飢え渇いた笑みだった。
5年もの歳月を復讐の為に費やした者の笑み。
「来いよ、君島。相手してやる」
恵太郎も、また笑っていた。
その笑みは壊れた笑み。
自分の何かを壊した笑み。
壊す事を覚悟した笑み。
それは青空に浮かぶ雲のように、清々しく美しい光景。
同時に、それは触れるものを切り裂く断罪の刃。
「首を刎ねよ」
戦場に声が響く。
声が響く。
戦場に置いて不相応な声音で、戦場に相応しい言葉で。
首を刎ねよ、と。
高く甘い声で。
冷たく無慈悲な声で。
ただただ冷酷に響く声。
その声に従い、アリスはアンクルブレードを振り上げる。
脚元に臥すナルの瞳は何も映さず、何も感じる事は出来ない。
その首筋に狙いを定め、そして一息で振り下ろす。
アリスはネリネを、君島の最初の神姫を知らない。
ただ、写真はたくさん見せて貰った。
話も聞かせて貰った。
思い出を語って貰った。
それだけで、ネリネが君島にとってどれだけ重要な神姫か理解出来た。
そして、それを奪った者に対する憎悪も。
だからアリスは容赦なく殺す事が出来る。
例えそれが同じ姉妹だとしても。
その行為が同じ事だとしても。
「……」
アンクルブレードは細身の実体剣である。神姫の細いそっ首を落とす事など造作も無い。
その刃が、ナルの首筋に向かい、その首を切断しようとしている。
その光景を目前にしながらも、恵太郎はそれを現実として受け入れ切れていなかった。
それは現状への悲観からなどという理由では無い。
それは、恵太郎にしか解らない理由からだ。
だが、現実を拒否したからと言って現実が消えていく訳では無い。
現実は確実に存在する。
アリスも、アリスが持つ白刃も、ナルの危機も。
その時。
「あははぁ」
ナルが、動いた。
迫るアンクルブレードを鉤鋼で握り防いだナルは、嗤った。
自嘲か、嘲笑か、それとも他の何かか。
ナルは笑っていた。
「マスターぁ……いい加減相手しないとぉお客が逃げちゃうよぉ」
突然の事態、それのお陰でアリスに一瞬の隙が出来た。
ナルはその隙を逃す事無く、刃鋼の柄でアリスの腹部を突き叩いた。
「ああ……そうだったな」
動き出した恵太郎は酷く緩慢に息を吐いた。
まるで何かを諦めたような、そんな動き。
「マスター、夢は見れたかなぁ?」
よろめくアリスを蹴飛ばし、脚を組み替えながら地面を抉り硝子の破片をアリス目掛けて蹴り飛ばす。
「良い夢だったよ」
後退し、距離を取ろうとするアリス目掛けて刃鋼を薙ぎ降ろす。
「じゃぁ、そろそろ始めようよぉ?」
大蛇の様に刃鋼を唸らせ捩らせ震わせて、ただ只管に破壊の限りを尽くす。
「まぁ、壊さない程度にな」
「イェス、マスター」
その刹那、ナルの銃鋼が火を噴いた。
ただし、その銃口の先にあるのはアリスではなく、硝子の大地。
無数の硝子を粉塵塗れに吹き飛ばす砲撃。その反動はそのままナルへと返り、ナルはそれを推進力へと転用する。
ナルは射撃の為では無く、移動の為に銃鋼を利用したのだ。
「さぁてお待ちかねのぉ、楽しい楽しいダンスパーティーだよぉ?」
伸びたままの刃鋼を戻しもせず、アリスの眼前へと追い縋る。
そしてそのまま肉薄し、頭突いた。
「……」
アリスは無言で、しかし確かに感情を顔に浮かべながらも手に持つアンクルブレードとチーグルで握るフルストゥ・グフロートゥに力を込める。
「やっと……やる気に……なったようです、ね……そうでなければ……意味が、無い」
君島が笑った。
それは疲れた笑みだった。
飢え渇いた笑みだった。
5年もの歳月を復讐の為に費やした者の笑み。
「来いよ、君島。相手してやる」
恵太郎も、また笑っていた。
その笑みは壊れた笑み。
自分の何かを壊した笑み。
壊す事を覚悟した笑み。
一部始終をただ傍観するしか出来なかったアリカは、事が終わった今でも傍観するしか出来ていない。
その理由としては、会話の端々から君島が恵太郎に恨みを持っているという事、それが、自分の知らない恵太郎の過去の事に直結しているからに他ならなかった。
もう一つ、挙げるとすれば、それはナルの戦い方だった。
アリカはトロンベを通じ、ナルと何度も戦ってきた。そして、何度も何度も負けている。
その中で、ナルは常に正々堂々と戦ってきた。
騎士道精神とも違う、何かを立てて戦っているのをアリカは感じていた。
確かに奇襲もした、不意打ちもした。しかし、それでもどこかナルと恵太郎には何かがあった。
だが今のナルは違う。
それは戦いでは無く、壊し合いにしか見えなかった。
ナルはアリスの脚を真っ先に壊し、動きを封じた。
次に刃鋼でアリスをぐるぐる巻きにし、振り回し叩き付けた。文字通り完膚無きまでに。
そこに理性とかいうものは微塵も無く、あるのはただの狂気じみた笑い声だけだった。
「……ご主人様」
頭の上で震えるトロンベを、アリカは気遣わしげに撫でた。
その身体が震えていると感じたのは、もしくは自分の震えなのかもしれない。
「どうした、アリカ」
いつの間にか、恵太郎が目前にいた。
その肩の上には少し汚れたナルの姿もある。
「べ、別に……何でも、ないです」
アリカは、一瞬形容し難い感情に襲われた。
しかし、それを無理やり打ち払いいつもと同じように振舞った。
「……流石師匠ですね! あんな強そうなストラーフ見た事無いです!」
努めて明るく、努めて元気に、いつもの自分を思い出しながら、アリカは普通を振舞った。恵太郎の素気ない態度が、今は恋しかった。
「そうか、ありがと」
だが、予想に反し、恵太郎は軽く微笑むとアリカの頭をトロンベ毎軽く撫でた。
何時もなら飛び上がる程に嬉しい行為が、今は取り返しのつかない事態に陥った気がした。
「もうこんな時間か……俺は帰るけど、お前は?」
何時もと同じ、何時もと違う様子で恵太郎は言った。
「何なら送って行くぞ?」
優しく微笑むその瞳は、確かに優しく歪んでいた。
「あ、あの。今日は、予定があるんで、一人で大丈夫です!」
その瞳を、アリカは怖いと感じてしまった。そう感じる自分も、怖いと感じた。
「そうか、なら仕方ないな。気を付けて帰れよ」
そう言うと、アリカの肩を軽く叩いた。
「君島」
呼ばれた人物は、今だバトルマシンの前で項垂れている。
その傍らに立つアリスは恵太郎を無表情な瞳で睨んでいる。
「お前の勝負なら、何時でも受けて立つからな」
優しさすら含まれるその言葉に、君島は応えない。
その理由としては、会話の端々から君島が恵太郎に恨みを持っているという事、それが、自分の知らない恵太郎の過去の事に直結しているからに他ならなかった。
もう一つ、挙げるとすれば、それはナルの戦い方だった。
アリカはトロンベを通じ、ナルと何度も戦ってきた。そして、何度も何度も負けている。
その中で、ナルは常に正々堂々と戦ってきた。
騎士道精神とも違う、何かを立てて戦っているのをアリカは感じていた。
確かに奇襲もした、不意打ちもした。しかし、それでもどこかナルと恵太郎には何かがあった。
だが今のナルは違う。
それは戦いでは無く、壊し合いにしか見えなかった。
ナルはアリスの脚を真っ先に壊し、動きを封じた。
次に刃鋼でアリスをぐるぐる巻きにし、振り回し叩き付けた。文字通り完膚無きまでに。
そこに理性とかいうものは微塵も無く、あるのはただの狂気じみた笑い声だけだった。
「……ご主人様」
頭の上で震えるトロンベを、アリカは気遣わしげに撫でた。
その身体が震えていると感じたのは、もしくは自分の震えなのかもしれない。
「どうした、アリカ」
いつの間にか、恵太郎が目前にいた。
その肩の上には少し汚れたナルの姿もある。
「べ、別に……何でも、ないです」
アリカは、一瞬形容し難い感情に襲われた。
しかし、それを無理やり打ち払いいつもと同じように振舞った。
「……流石師匠ですね! あんな強そうなストラーフ見た事無いです!」
努めて明るく、努めて元気に、いつもの自分を思い出しながら、アリカは普通を振舞った。恵太郎の素気ない態度が、今は恋しかった。
「そうか、ありがと」
だが、予想に反し、恵太郎は軽く微笑むとアリカの頭をトロンベ毎軽く撫でた。
何時もなら飛び上がる程に嬉しい行為が、今は取り返しのつかない事態に陥った気がした。
「もうこんな時間か……俺は帰るけど、お前は?」
何時もと同じ、何時もと違う様子で恵太郎は言った。
「何なら送って行くぞ?」
優しく微笑むその瞳は、確かに優しく歪んでいた。
「あ、あの。今日は、予定があるんで、一人で大丈夫です!」
その瞳を、アリカは怖いと感じてしまった。そう感じる自分も、怖いと感じた。
「そうか、なら仕方ないな。気を付けて帰れよ」
そう言うと、アリカの肩を軽く叩いた。
「君島」
呼ばれた人物は、今だバトルマシンの前で項垂れている。
その傍らに立つアリスは恵太郎を無表情な瞳で睨んでいる。
「お前の勝負なら、何時でも受けて立つからな」
優しさすら含まれるその言葉に、君島は応えない。