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巻十九 志第九

唐書巻十九

志第九

嘉礼三

皇帝元正冬至受群臣朝賀而会 臨軒冊皇太子 皇帝御明堂読時令 皇帝親養三老五更於太学 郷飲酒 正歯位



【皇帝元正冬至受群臣朝賀而会】
  皇帝が元正・冬至に群臣の朝賀を受けて宴会する。

  一日前、尚舎は御幄を太極殿に設置し、担当官署は群官・客使らの次(並ぶ場所を示す印)を東西の朝堂に設置し、縣を展開し、机を置き、車輿を並べ、また解剣席を縣の西、北横街の南に設置する。文官三品以上の版位横街の南、道の東に、襃聖侯(孔子の子孫)の版位を三品の下に、介国公(北周帝室の宇文氏)・酅国公(旧隋帝室の楊氏)の版位を道の西に、武官で三品以上の版位を介国公の西にし、やや南にする。文官四品・五品の版位を縣の東にし、六品以下の版位を横街の南にする。また諸州朝集使の版位、都督・刺史で三品以上の版位を文・武官三品の東・西に、四品以下は方位を分けて文・武官で当品の下に設置する。諸州使人は同じく朝集使の下にし、諸親は四品・五品の南にする。諸蕃方客の位を設置し、三等以上は、東方・南方は東方朝集使の東に、西方・北方は西方朝集使の西にし、国ごとに序列によって二列に整列し、北面する。四等以下は、方位を分けて朝集使六品の下にする。また門外位を設置し、文官は東朝堂に、介国公酅国公は西朝堂の前にし、武官は介国公の南にあって、やや退き、序列ごとに二列に整列し、諸親の版位を文・武官の四品・五品の南に、諸州朝集使は東方・南方の宗親の南にし、使人は方位を分けて朝集使の下にし、諸方客は、東方・南方は東方朝集使の南に、西方・北方は西方朝集使の南にし、国ごとに序列によって二列に整列する。

  当日、将兵は諸街に満ち溢れ、率いる部隊の黄麾を大仗屯門および殿庭に並べ、群官が次(並ぶ場所を示す印)につく。侍中が「厳粛にしてください」と版奏する。諸侍衛の官は閤(宮門)に詣でて奉迎し、吏部・兵部の主客、戸部の賛群官・客使は一緒に次(並ぶ場所を示す印)を出て、通事舎人はそれぞれ率いて朝堂前の版位に、四品以下および諸親・客らを率いて先置者に応じて入って版位につく。侍中が「外辦(お出ましになる準備は出来ております)」と版奏する。皇帝は袞冕を着用し、冬至では通天冠絳紗袍を着用し、御輿は西房から出て、御座の南について向いて座る。符宝郎は宝を奉って前に置き、公・王以下および諸客使らは次(並ぶ場所を示す印)によって入って版位につく。典儀が「再拝せよ」と言うと、賛者は伝達し、版位にある者は全員再拝する。上公一人は西の階段の席に詣でて、舄(くつ)を脫ぎ、跪き、剣を解いて解剣席に置き、登り、御座の前にあたって、北向きとなって跪いて賀し、「某官の臣某が申し上げます。元正の首祚、景福これ新たなり。伏しておもんみるに開元神武皇帝陛下、天とさいわいを同じくせられん」と言う。冬至では「天正の長至、伏しておもんみるに陛下、日の昇のごとし」と言う。そこで階段を降りて席に詣で、跪き、剣を佩き、うつむきとなって伏せ、立ち上がり、舄(くつ)を納め、版位に戻る。版位にある者は全員再拝する。侍中が進み出て詔を受け、降りて群官の東北に到着し、西向きとなり、「制が出されました」と言う。版位にある者は全員再拝し、制を宣り給わって、「履新の慶び、公らと共に同じくせん。」と言う。冬至では「履長」になる。版位にある者は全員再拝し、舞蹈し、三度万歳を唱え、また再拝する。

  それより以前、群官が朝賀しようとすると、中書侍郎は諸州鎮の表別に机一つを設け、右延明門の外で待ち、給事中は祥瑞の机を持って左延明門の外でまち、侍郎・給事中は共に侍臣の班位につく。初めて入ると、戸部は諸州の貢物を太極門東の東廂・西廂に並べ、礼部は諸蕃の貢物で執るべきものを、蕃客は執って入り版位につき、その他は朝堂の前に並べる。上公が門に入ろうとすると、中書侍郎・給事中は二人とも降り、それぞれが机を率いて入り、東階段・西階段の下に行って立つ。上公が奏賀のために登ろうとすると、中書令・黄門侍郎は共に降り、それぞれ立ち、奏賀された文を取って順番に登る。上公が奏賀し終わると、中書令は進み出て跪き諸地方の表を奏じ、黄門侍郎も同じく進み出て跪き祥瑞を奏じ、共に降り、奏賀した文を机に置く。侍郎は給事中と共に机を引いて退き東階段・西階段の前にやって来て、机を出す。

  それより以前、侍中が制を宣り給い終わると、朝集使および蕃客は全員再拝する。戸部尚書は進み出て、階段の間にやって来て跪き奏じ、「戸部尚書の臣某が申し上げます。諸州の貢物を担当官署に下げ渡されますように」と申し上げると、侍中は進み出て制を承り、退いて、「制が出されて「よろしい」と仰せになられた」と言うと、礼部尚書は次(並ぶ場所を示す印)に進み出て階段の間にやって来て、跪き奏じ、「礼部尚書の臣某が申し上げます。諸蕃の貢物も担当官署に下げ渡されますように」と申し上げると、侍中は進み出て制を承り、退いて、「制が出されて「よろしい」と仰せになられた」と言う。太府帥とその部下は諸州および諸蕃の貢物を受け取って帰仁門納義門から出て、物を持つ者はこれに従う。典儀が「再拝せよ」と言う。通事舎人は序列によって北向きの版位の者を引き連れて退出する。侍中が進み出て、跪き奏じて「侍中の臣某が申し上げます。これにて礼が終了します」と申し上げると、皇帝は座を降り、御輿は東房から入り、侍臣は従って閤(宮門)にやって来る。東西向きの版位の者を引き連れて序列によって退出し、蕃客が最初に退出する。冬至の場合は、祥瑞を奏上せず、諸方の表もない。

  宴会では、太楽令が登歌(堂上での奏歌)を殿上に設置し、二舞が入り、縣の南に立つ。尚舎は群官で昇殿する者の席を設置し、文官三品以上は御座の東南にし、西向きとする。介国公酅国公は御座の西南にし、東向きにする。武官三品以上はその背後にし、朝集使・都督・刺史、蕃客の三等以上の席は立位と同様である。昇殿しない者の席をそれぞれその版位に設置する。また群官の解剣席を縣の西、北横街の南に設置する。尚食は寿尊(酒壺)を殿上の東序(正房の東の牆)の端に設置し、西向きとする。坫(土製の高台)を尊の南に設置し、爵一つを加える。太官令は昇殿する者の酒尊を東廂・西廂に設置し、やや北にし、庭にいる群官の酒尊をそれぞれその席の南に設置する。いずれも坫(土製の高台)・冪(白布)があり、共に障壁を帷とする。

  吏部・兵部・戸部の主客・賛群官、客使は共に次(並ぶ場所を示す印)を出て、通事舎人は引き連れて朝堂前の版位につき、また昇殿しない者を引き連れて序列によって入って版位につく。侍中が「外辦(お出ましになる準備は出来ております)」と版奏する。皇帝は通天冠絳紗袍に着替え、御輿は西房から出て、御座につく。典儀一人は登って東階段の上につき、通事舎人は公・王以下および諸客使を引き連れて序列によって入って版位につく。侍中は進み出て御座の前にあたり、北向きに跪いて奏じ、「侍中の臣某が申し上げます。諸公・王らを率いて登ってください」と申し上げると、同じく侍中が「制が出されて「よろしい」と仰せになられた」と申し上げる。侍中は東階段の上にやって来て、西向きとなって、「制す。公・王らを率いて殿上に登る」と言い、典儀は伝達して、階下の賛者も同じく伝達し、版位にある者は全員再拝する。昇殿すべき者は東階段・西階段にやって来て、解剣席に到着すると、舄(くつ)を脱ぎ、剣を解き、登る。上公一人が階段を登り、やや東となり、西向きになって席の後方に立つ。光禄卿は進み出て階段の間に到着すると、跪き奏じて、「臣某が申し上げます。群臣に上寿をお賜りください」と申し上げると、侍中は「制が出されて「よろしい」と仰せになられた」と申し上げる。光禄卿は退き、登って酒尊の所に到着すると、西向きとなって立つ。上公は酒尊の所に到着すると、北向きとなる。尚食は酒一爵を酌んで上公に授け、上公は爵を受け取って、前に進み出て、北向きとなって殿中監に授け、殿中監は爵を受け取って、進み出て御前に置き、上公は退き、北向きとなって跪いて「某官の臣某らが稽首して申し上げます。元正の年頭、冬至では「天正の長至」とする。臣某らは大いなる喜びにたえません。謹んで千秋万歳の寿をたてまつります」と申し上げ、再拝し、版位にある者は全員再拝し、席の後方に立つ。侍中は進み出て伝達し、退いて「敬んで公らの盃をいただこう」と申し上げ、版位にある者はまた再拝する。殿中監は爵を持って奉進し、皇帝は酒を飲み干すと、版位にある者は全員舞蹈し、万歳三唱する。皇帝は酒を飲み干し終わると、殿中監は進み出て空の爵を受け取り、尚食に授け、尚食は爵を坫(土製の高台)で受け取る。

  それより以前、殿中監は空の爵を受け取ると、殿上で典儀が「再拝せよ」と言い、階下の賛者は伝達し、版位にいる者は全員再拝する。上公は席の後方について立ち、殿上の典儀は「席につけ」と言い、階下の賛者は伝達し、共に席につく。歌主と琴瑟の演奏者は登って座り、笙管演奏者は階段の間に座る。尚食は酒をたてまつって階段にやって来て、殿上の典儀は「酒が来たぞ。立ち上がれ」と言うと、階下の賛者は伝達し、座っていた者は全員平伏し、立ち上がると、席の後方にたつ。殿中監は階段に到着すると酒を検分し、尚食は酒を奉って進み出て、皇帝は酒を飲み干す。太官令も同じく群官の酒の所に行き、酒が到着すると、殿上の典儀は「再拝せよ」と言い、階下の賛者は伝達し、版位にいる者は全員再拝し、笏を帯びに挟んで觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を受け取る。殿上の典儀は「席につけ」と言うと、階下の賛者は伝達し、全員が席につく。皇帝は酒を飲み干すと、尚食は空の爵を受け取り、再度坫(土製の高台)に置く。盃が三周したところで、尚食は御食をたてまつり、御食が階段に到着すると、殿上の典儀は「食が来たぞ。立ち上がれ」と言い、階下の賛者は伝達し、席に座っていた者は全員立ち上がり、席の後方に立つ。殿中監が階段に到着すると机を検分し、尚食は毒見し終わると、順番に進み出て御前に置く。太官令はまた群官の机のところに行き、配膳し終わると、殿上の典儀が「席につけ」と言い、階下の賛者は伝達し、全員が席につく。皇帝が食事をすると、上下の者は一緒に職位する。御食が終わると、酒が出され、庶羞(天子の二の膳で、八豆のご馳走)が準備され、二舞が演奏される。酒を賜る場合には、侍中が詔をうけて東階段の上にやって来て、西向きに「酒を賜う」と言い、殿上の典儀は伝達し、階下の賛者も同じく伝達し、座っている者は全員立ち上がり、再拝し、立ち、觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を受け取ると、席について座って飲み、立ちあがると、空の爵を授け、また再拝し、席につく。酒が十二周する。

  宴会が終了すると、殿上の典儀は「起立せよ」と言い、階下の賛者は伝達し、上下の者は全員立ち上がり、階段を降り、剣を佩刀し、舄(くつ)を履き、版位に戻る。殿庭に版位がある者は、そこで席の後方に立つ。典儀が「再拝せよ」と言うと、賛者は伝達し、版位にいる者は全員再拝する。賜物がある場合には、侍中は進み出て制を受け、降りて、群官の東北に到着すると、西向きに「制が出された」と言い、版位にある者は全員再拝する。侍中が制を宣り給うと、また再拝し、序列によって退出する。侍中が進み出て、跪いて「侍中の臣某が申し上げます。これにて礼が終了します」と申し上げると、皇帝は立ち上がり、御輿は東房から入り、東向き、西向きの版位の者は順番に退出する。

  皇帝が翼善冠袴褶を着用している場合には、京官は袴褶、朝集使は公服である。九部の楽を設けるが、楽縣は撤去し、警蹕(先触れ)は行わない。太楽令は九部楽の伎を率いて左延明門右延明門の外に立ち、群官は万歳を唱え、太楽令はそこで九部の伎声を引き連れて演奏して入り、それぞれが席につき、順番に演奏する。


【臨軒冊皇太子】
  臨軒して皇太子を冊立する。

  担当官吏は日を選び、天地宗廟に告祭する。

  祭祀の一日前、尚舎は御幄を太極殿に設置し、担当官署は太子の幄を東朝堂の北に設置し、西向きとする。また版位大横街の南に設置し、縣を展開し、机を設置し、車輿を並べ、文武の群官・朝集使・蕃客の次(並ぶ場所を示す印)と版位は、いずれも元服を加える日と同様である。

  その当日、二刻前(日の出30分前)、宮官で祭祀に従事する者はその器服を着用し、諸衛はそれぞれ部下を率いて庭に整列する。左庶子が「厳粛にしてください」と奏上する。侍衛の官は奉迎し、内僕が金路をたてまつり、内率一人が刀を持つ。賛善が「出発します」と奏する。侍臣を馬に乗らせ、庶子が伝達する。その他は概ね皇帝出宮の礼と同様である。皇太子は遠游冠絳紗袍で、三師(太師・太傅・太保)が先導し、三少(少保・少傅・少師)が従い、を鳴らして進む。金路を降りて幄に入ることは、また鑾駕(天子の車駕)と同様である。

  当日、黄麾大仗を並べ、侍中が「厳粛にしてください」と言う。担当官署が群官と共に全員入って版位につく。三師(太師・太傅・太保)・三少(少保・少傅・少師)が導き従い、皇太子は殿門の外の東に立ち、西向きとなる。黄門侍郎は冊・宝綬の机を持って殿内の道の北に立ち、西向きとなり、中書侍郎は机の後方に立つ。侍中が「外辦(お出ましになる準備は出来ております)」と奏する。皇帝は袞冕を着用し、西房から出て、御座につく。皇太子は入って版位につく。典儀が「再拝せよ」と言うと、皇太子は再拝する。また「再拝せよ」と言うと、版位にいる者は全員再拝する。中書令が降りると、皇太子の東北に立ち、西向きとなる。中書侍郎一人が冊を、一人が宝綬を引き連れてその東に立ち、西向きとなり、冊をもって皇太子に授ける。中書令が「制が出されました」と言うと、皇太子は再拝し、中書令は跪いて冊を読み、皇太子は再拝して冊を受け取り、左庶子はこれを受け取る。侍郎は璽綬を中書令に授け、皇太子は進み出て受け取り、左庶子に授ける。皇太子は再拝し、版位にいる者は全員再拝する。侍中が「これにて礼が終了します」と言う。皇帝は東房から入り、版位にいる者は序列によって退出する。


【皇帝御明堂読時令】
  皇帝が明堂に御して時令(『礼記』月令)を読む。

  孟春、礼部尚書がまず読令する。三日して『月令』を読むことを奏じ、これを受けて宣告する。

  三日前、尚舎が大幄を東門の外の道の北に設置し、南向きとする。守宮は文・武侍臣の次(並ぶ場所を示す印)をその背後の左・右に設置し、群官の次(並ぶ場所を示す印)を講堂東の門外に設置し、文官は北にあり、武官は南にあり、共に西を班位の上とする。

  一日前、御座を明堂の東の部分を占める青陽殿の北室に設け、東向きとする。三品以上および諸司長官の座を堂上に、文官の座を御座の東北にし、南向きとする。武官の座を御座の東にし、北向きとする。共に位階の高い順に二列に並び、西を班位の上とする。刑部郎中の読令座を御座の東南に設置して、北向きとし、机がある。文官の解剣席を丑(北北東)の階段の左に設置し、武官のは卯(東)の方角の階段の右に設置し、いずれも内向きとする。太楽令は宮縣を明堂の東の部分を占める青陽殿の北室の庭に展開し、挙麾位(指揮台)を堂上の寅(東北東)の階段の南に設置し、北向きとする。その一位を楽縣の東北にし、南向きとする。典儀は三品以上および座に昇るべき者の版位を縣の東に設置し、文官は左に武官は右にし、共に位階の高い順に二列に並び、西向きとする。座に昇らない者の文官で四品・五品の版位を縣の北にし、六品以下はその東にし、ここで版位は断絶し、共に南向きとし、武官の四品・五品は縣の南、六品以下はその東にし、共に北向きとする。いずれも位階の高い順に二列に並び、西を班位の上とする。典儀の版位を縣の西北に設置し、賛者二人は東にし、差をつけて後ろに下げ、共に南向きとする。奉礼は門外の版位をそれぞれ次(並ぶ場所を示す印)の前に設置し、共に位階ごと高い順に並び、同位の者は横に一列に並んで互いに向き合い、西を班位の上とする。

  その当日、小駕が整列し、皇帝は青の紗袍を着用し、蒼玉を帯び、金路に乗って宮を出て、大幄に到着する。文官・武官の五品以上は駕の官に従って全員門外の版位につき、太楽令・工人・協律郎・典儀は賛者を率いて全員先に入り、群官で座に昇らない者は順番に入り、版位につく。刑部郎中は『月令』を机に置き、帛紗で覆い、武官の五品は東南に立ち、郎中は机の背後に立ち、北向きとなる。侍中が「外辦(お出ましになる準備は出来ております)」と版奏する。皇帝の御輿は青龍門から入り、寅(東北東)の階段から登り、席につく。符宝郎が宝を前に置く。典儀が登ると、北室の東北に立ち、南向きとなる。公・王以下は入って西向きの版位につく。典儀が「再拝せよ」と言うと、賛者は伝達し、版位にいる者は全員再拝する。侍中が進み出て、跪いて「侍中の臣某が申し上げます。諸公・王らを率いて登ってください」と奏じ、また侍中が「制が出されて「よろしい」と仰せになられた」と申し上げる。侍中は北室の東北に詣でて、南向となって、「詔によって公・王らを率いてお登りになられる」と申し上げると、典儀は伝え、賛者は伝達し、版位にいる者は全員再拝する。西向きの版位にいる者はそれぞれ西のその階段から登り、剣を解いて、舄(くつ)を脱ぎ、登り、座の後方に立つ。刑部郎中は机を引き連れて進み、卯(東)の階段の下に立つ。侍中が跪いて「『月令』をお読みください」と奏する。また「制が出されて「よろしい」と仰せになられた」と申し上げる。刑部郎中が再拝し、剣を解き、うつむき、舄(くつ)を脱ぎ、『月令』をとり、卯(東)の階段から登り、席の南に詣でて、北向きに跪き、『月令』を机に置き、席の後方に立つ。堂上典儀が「着席せよ」と言うと、公・王以下および刑部郎中がいずれも席に座る。刑部郎中が『月令』を読み、句一絶ごとに、言葉と音の調和を保った。読み終わると、堂上典儀が「起立せよ」と言い、王・公以下が全員起立する。刑部郎中が『月令』を机に置き、群官と共に佩剣し、舄(くつ)を履き、版位に戻る。典儀が「再拝せよ」と言うと、版位にいる者は全員再拝する。西向きの版位の者は退出する。侍中が跪いて「侍中の臣某が申し上げます。これにて礼が終了します」と申し上げると、皇帝は座を降り、御輿で出て大幄に立ち寄り、南・北向きの版位の者は順番に退出する。

  仲春(二月)から以後、毎月その位にあっては、皆通天冠を被り、服・玉の色その時に合わせる。四時の孟月(正月・四月・七月・十月)および季夏(六月)の土王、あわせて五時に『月令』を明堂で読む場合もまたこれと同様である。


【皇帝親養三老五更於太学】
  皇帝は親ら三老五更を太学で養う。

  担当官署はまず三師(太師・太傅・太保)・三公(太尉・司徒・司空)で致仕した者を奏上し、その徳行および年長の者一人を用いて三老とし、次の一人を五更とし、五品以上で致仕した者を国老とし、六品以下で致仕した者を庶老とする。尚食はご馳走を準備する。

  祭祀の三日前、尚舎は大幄を学堂の後方に設置し、場所は適宜による。三老・五更の次(並ぶ場所を示す印)を南門の外の西に設置し、群老も同じくその背後にし、全員東向きとする。文官は門外の東に、武官は群老の西にあって、位階の高い順に並び、同位の者は横に一列に並び、東西に向き、いずれも北を班位の上とする。

  祭祀一日前、御座を堂の上の東序(正房の東の牆)に設置し、西向きとし、いぐさで編まれた席・藻席(なめし皮で板を覆った敷物)とする。三老の座を西柱の東にし、やや北にし、南向きとする。五更の座を西階段の上とし、東向きとする。国老三人の座を三老の西の階段にするが、いずれも互いに続かせない。皆いぐさで編まれた席・藻席(なめし皮で板を覆った敷物)とする。多くの国老の席を堂の下の西階段の西にし、東向きとして北を班位の上とし、皆蒲や葦で作った筵は黒布の縁がついたもので、いぐさで編まれた席を加える。太楽令は宮縣を庭に展開し、登歌(堂上での奏歌)を堂上に設置することは、元会と同様である。典儀は文官・武官の五品以上の版位を縣の東・西に設置し、六品以下はその南にあって、皆位階の高い順に並び、同位の者は横に一列に並び、西向きで北を班位の上とする。蕃客の版位をその南に、諸州の使人の版位を九品の後方にし、学生は版位を文官・武官の後方に分ける。門外の版位を設置することは次(並ぶ場所を示す印)の設置と同様である。また尊を東柱の西に設置し、北向きとし、左は玄酒(酒の代用とする水)、右に坫(土製の高台)にして爵を置く。

  祭祀当日、鑾駕(天子の車駕)が到着しようとすると、先にこの官を置いて門外の版位につき、学生は共に青い衿服で、入って版位につく。鑾駕が太学の門に到着すると、輅を回して南向きとし、侍中は跪いて「輅からお降りください」と奏する。降りると、大幄に入る。文官・武官の五品以上の従駕の官は全員門外の版位につき、太楽令・工人・二舞が入り、群官・客使は次(並ぶ場所を示す印)によって入る。それより以前、鑾駕が宮殿を出ると、時刻をはかり、使者を派遣して三老・五更をその邸宅に迎え、三老・五更は共に進賢冠を着用し、安車に乗り、前後に導き従う。その国老・庶老は担当官署があらかじめ告げる。鑾駕が太学に到着すると、三老・五更および群老らは共に赴き集り、群老はそれぞれその服を着用する。太常少卿は三老・五更をたすけて共に次(並ぶ場所を示す印)を出て、引き連れて学堂の南門の外の西に立ち、東向きで北を班位の上とする。奉礼は群老を助けて次(並ぶ場所を示す印)を出て、三老・五更の背後に立ち、太常博士は太常卿を引き連れて登り、学堂の北戸の内に立ち、東壁にあって北向きとなる。侍中が「外辦(お出ましになる準備は出来ております)」と版奏する。皇帝が東壁を出て、殿中監は大珪をたてまつり、皇帝は大珪を持ち、降り、三老を門内の東に迎え、西向きに立つ。侍臣は従って皇帝の背後に立ち、太常卿は博士と共に退いて左に立つ。三老・五更はいずれも杖つき、それぞれ二人が左右に助け挟み、太常少卿が引導し、敦史は筆をとって従う。三老・五更を門の西にし、東向きで北を班位の上とし、奉礼は群老を引き連れて従って入り、その背後に立つ。太常卿は進み出て「再拝してください」と奏す。皇帝は再拝し、三老・五更は杖を置いて、前裾を持って答拝する。皇帝は会釈して進み出て、三老は前にいて、五更は従い、そこで杖を持ち、助け挟んで階段に到着し、皇帝は会釈して登り、共に座について後方に立つ。皇帝は西向きとなって三老に再拝し、三老は南向きで答拝し、皇帝も同じく西向きで謹んで五更に拝礼し、五更は謹んで答拝し、共に席につく。三公は机を授け、九卿は履をただす。殿中監・尚食奉御はご馳走および黍・稷等をおすすめし、皇帝はこれを検分し、遂に三老の前に設置する。皇帝は三老の席の前に詣でて、醤を取って給仕し、酒の尊の所に行って爵を取り、侍中は酒を酌むのをたすけ、皇帝は進み出て、爵を持って酒を注ぐ。尚食奉御は順番によってご馳走・酒食を五更の前にたてまつり、国老・庶老らは全員着席し、また酒食を前に設置し、全員が食べる。皇帝は着席する。三老はそこで五孝六順・典訓大綱を論じ、格言を上に述べ、恵音を下に蒙る。皇帝は身をかがめて拝聴し、敦史は筆をとって善言善行を記録する。礼が終わると、三老以下は筵を降り、太常卿は皇帝を引き連れて階段を降り、進まず階段の前に立つ。三老・五更が退出すると、皇帝は登り、階段の上に立ち、三老・五更が門を出る。侍中が進み出て「これにて礼が終了します」と奏する。皇帝は降りて大幄に戻る。三老・五更は安車に登って、導従のお供と帰り、群官および学生らは順番に退出する。翌日、三老は宮殿に詣でて上表して謝す。


【郷飲酒】
  州の明経科・秀才科・進士科に貢挙された者、孝悌によって称されて村門に貼り出された者がいた場合、郷飲酒の礼を行い、いずれも刺史が主人となる。まず郷の致仕した有徳者を呼び寄せてこのことを諮問し、賢者を賓とし、その次を介とし、またその次を衆賓として、共に礼を行って、賓が推挙する。主人が賓に告げて、大門の外の西に立ち、東向きとなり、賓は東階段の下に立って、西向きとなる。将命者(取次)は賓の左に立って、北向きとなり、命を受けて出て、門外の東に立って、西向きとなり、「お招きしてください」と言うと、主人は「某日に郷飲酒の礼を行います。あなたをお招きして出席します」と言うと、将命者は入って告げ、賓は退出し、門の東に立ち、西向きに辱さを拝すると、主人は答拝する。主人は「あなたは学業優秀で品行高く、これに応じて国をご覧になるべきです。某日に礼を行い、あなたをお招きしたい」と言うと、賓は、「某はもとより見識が狭いものですから、ご命令を辱めるのではないかと恐れています。辞退させていただきたい」と言うと、主人は「某は父師と相談しましたところ、あなたのような賢人はいないというので、是非お受けください」と言う。賓は「あなたが申し命じられているのですから、某は謹んでお待ちします」と言うと、主人は再拝し、賓は答拝し、主人は見送り、賓は拝礼して退く。介に告げるのもまた同様であり、言葉は「某日に郷飲酒の礼を行いますから、あなたをお招きして補佐をお願いしたい」と言う。

  当日の夜明け、賓の席を柱の間に設置して、北に近づけ、南向きとする。主人の席を東の階段の上にし、西向きとし、介の席を西の階段の上として、東向きとし、衆賓の三席を賓席の西にし、南向きとするが、いずれも互いに続かせない。また堂の下に衆賓の席を西の階段西南に設置し、東向きで北を班位の上とする。二つの酒壺を賓席の東に設置し、やや北とし、玄酒(酒の代用とする水)は西にあり、杓に冪(白布)を加える。篚(竹籠)を酒壺の南に置き、東に並べて、爵と觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を満たす。賛者の位座を東階段の東に設置し、西向きで北を班位の上とする。賓・介および衆賓が到着すると、大門の外の右に位座し、東向きで北を班位の上とする。主人が賓を門外の左で迎え、西向きに賓に拝礼し、賓は答拝する。また西南向きで介に拝礼し、介は答拝する。また西南向きで衆賓に会釈し、衆賓は会釈を返す。主人も同じく賓に会釈し、賓は会釈を返す。主人はまず門に入って右に行き、西向きとなる。賓は門に入って左に行き、東向きとなる。介および衆賓は順番に入り、賓の西南に立ち、東向きで北を班位の上とする。衆賓で三賓ではない者は全員北向きで東を班位の上とする。

  主人が進み出て会釈しようとすると、階段にて会釈し、賓は全員会釈を返す。階段に到着すると、主人は、「あなたがお登りください」と言い、賓が「某は辞退させていただきたい」と言い、主人は「あなたがお登りくださいますよう強くお願いします」と言い、賓は「某は強く辞退させていただきたい」と言い、主人が「最後まであなたがお登りくださいますようお願いします」と言い、賓は「某は最後まで辞退させていただきたい」と言う。主人が東の階段から登り、賓は西の階段から登り、軒にあたって、北向きに立つ。尊を持つ者は冪(白布)をとる。主人は篚(竹籠)に行き、跪いて爵をとり、立ち上がり、尊に行って満たし、賓席の前に進み出て、西北向きで賓に献上する。賓は西階段の上で北向きに拝礼する。主人はやや退き、賓は席の前に進み出て、爵を受け取り、退き、西階段の上に戻り、北向きに立つ。主人は東階段の上に退き、北向きに拝礼し、爵を送る。賓はやや退き、賛者は干し肉・塩辛を賓の席の前に配膳する。賓は西方から登って席に行き、南向きに立つ。賛者は骨付きの桐肉を俎に載せたものを出し、賓は跪き、左手に爵を取り、右手に干し肉を取り、塩辛を手揉みし、籩(高坏)・豆(高坏形の青銅盛器)の間に祭り、酒を祭り終わると、酒をすすり、立ち上がり、席の東に降り、西の階段の上に行き、北向きに跪き、爵を飲み干すと、爵を取って立ち上がり、尊のところに行って満たし、主人の席の前に進み出て、東面向きに主人に酬いる。主人は東の階段の上で北向きに拝礼し、賓はやや退く。主人は進み出て爵を受け取り、東階段の上に退き、北向きに立つ。賓は退くと、西階段の上に戻り、北向きに拝礼し、爵を送る。賛者は干し肉・塩辛を主人の席の前に配膳し、主人は席の東によって北方から席に登り、賛者は骨付きの切り肉を俎に載せたものを出し、主人は跪き、左手に爵を持ち、右手に干し肉を祭り、塩辛を手揉みし、籩(高坏)・豆(高坏形の青銅盛器)の間に祭り、酒を祭り終わると、酒をすすり、立ち上がり、南方から席に降り、東階段の上に戻り、北向きに跪き、爵を飲み干すと、爵を持って立ち上がり、跪いて爵を東序(正房の東の牆)の端に置いて、立ち上がり、篚(竹籠)に行き、跪いて觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を持って満たして酬い、東階段の上に戻り、北向きに跪き、觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を置き、拝礼し終わると、觶を持って立ち上がる。賓は西階段の上で答拝する。主人は跪いて祭り、飲み終え、觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を飲み干すと、觶を持って立ち上がり、尊のところに行って満たし、賓の席の前に進み出て、北向きとなる。賓は拝礼すると、主人はやや退く。賓が拝礼し終わると、主人は跪いて觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を置き西にお供えし、立ち上がり、東階段の上の位座に戻る。賓は席の前に進み出終わると、北向きに跪き、觶を持って、立ち上がり、西階段の上の位座に戻る。主人は北向きに拝礼して見送る。賓は席の前に進み出て、北向きに跪き、觶(青銅製の小型の三升入飲料器)をお供えの東に置き、立ち上がり、西階段の上の位座に戻る。主人は北向きに会釈し、降りて東階段の下に立ち、西向きとなる。賓は降して階段の西に立ち、東向きとなる。

  主人は進み出て介を招き、会釈すると、介は会釈を返す。階段に到着すると、一度先に登ることを譲り、主人は東階段を登り、介は西階段を登り、軒にあたって、北向きに立つ。主人は東序(正房の東の牆)の端に行って、跪いて爵を取り、立ち上がり、尊に行って満たし、介の席の前に進み出て、西南向きで介に献上する。介は西階段の上に北向きに拝礼し、主人はやや退き、介は進み出て、北向きに爵を受け取り、退いて位座に戻る。主人は介の右にて北向きに拝礼して爵を贈り、介はやや退き、主人は西階段の東に立つ。賛者は干し肉・塩辛を介の席の前にお供えし、介は北方から進み出て、席に登り、賛者は骨付きの切り肉を俎に載せたものを出し、介は跪き、左手に爵を取り、右手に干し肉・塩辛を祭り、酒を祭り終わると、爵を持って立ち上がり、南方から席に降り、北向きに跪き、爵を飲み干すと、爵を持って立ち上がる。介は主人の爵を助け、主人は尊に行って満たし、西階段の上で酬い、介の右に立ち、北向きに跪き、爵を置いて、拝礼し終わると、爵を取って立ち上がる。介は答拝する。主人は跪いて祭り、飲み、爵を飲み干すと、爵を取って立ち上がり、進み出て、跪いて爵を西柱の南に置き、東階段の上に戻り、会釈して降りる。介は降りると、賓の南に立つ。

  主人は東階段の前の西南にて衆賓に会釈して、登り終わると、西柱の南に行き、跪いて爵を取り、立ち上がり、尊に行って満たし、西階段の上に進み出て、南向きに衆賓の長に献上し、西階段の上に登り、北向きに拝礼し、爵を受け取る。主人は衆賓の長の右で、北向きに拝礼して見送る。賛者は干し肉・塩辛をその席の前にお供えし、衆賓の長は席に登って、跪き、左手に爵を持ち、右手に干し肉・塩辛を祭り、酒を祭り、爵を持ち、立ち上がり、西階段の上に進み出て、立って飲み干すと、主人の爵を授け、降りて、位座に戻る。主人は同じく尊に行って満たし、西階段の上に進み出て、南向きに衆賓の次者に献上することは、衆賓の長に献上するのと同様である。また次の一人が登り、飲むことは、また同様である。主人は尊に行って酒を満たし、西階段の上に進み出て、南向きに堂下の衆賓に献上する。一人ごとに登り、爵を受け取り、跪いて祭り、立って飲み、賛者はあまねく干し肉・塩辛をその位座にお供えする。主人は爵・尊を篚(竹籠)で受け取る。主人と賓は一度拝礼し、登ることを譲ってから共に登り、賓・介・衆賓は順番に登って、席につく。

  工人(演奏者)の席を堂の傍らの西階段の東に設置し、北向きで東を班位の上とする。工は四人で、先に二瑟、後に二歌である。工人は瑟を持って階段から登り、位座につく。工人は「鹿鳴」を鼓で打ち、歌い終わると、笙が入り、堂の下に立ち、北向きとなり、「南陔」を奏でる。歌の間に、「南有嘉魚」を歌い、「崇丘」を笙で吹く。そこで「周南」の「関雎」・「召南」の「鵲巢」を演奏する。

  司正は西の階段から登り、司正というのは、主人の賛礼する者で、礼楽を正すのをいうのである。礼が終わって、賓を止めようとすると、怠けようとすることがあり、司正を立てて監督するのである。跪いて觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を篚(竹籠)に取り、立ち上がり、尊に行って酒を満たし、西階段から降り、階段の間に行って、左に戻り、北向きに跪き、觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を置き、拱手してやや跪き、觶を取って、飲み、觶を飲み干すと、置き、再拝する。賓は席を降り、跪いて觶を篚(竹籠)に取り、尊に行って酒を満たし、東階段の上に進み出て、北向きに主人に酬いる。主人は席を降り、進み出て賓の東に立ち、賓は跪いて觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を置き、拝礼し終わると、觶を持って立ち上がり、主人は答拝し、賓は立って飲み、觶を飲み干すと、尊に行って酒を満たし、東階上の東南に行って主人に授け、主人は再拝し、賓はやや退き、主人は觶を受け取り、賓は主人の西にて、北向きに拝礼して見送り、賓は会釈し、席に戻る。主人は西階段の上の進み出て、北向きに介に酬い、介は席を降り、南方より進み出て、主人の西に立って、北向きとなる。主人は跪いて觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を置き、拝礼し終わると、觶を取って立ち上がり、介は答拝する。主人は立って飲み、觶を飲み干すと、尊に行って酒を満たし、西階段の上に進み出て、西向きに立ち、介は拝礼すると、主人はやや退き、介は觶を受け取り、主人は介の東にて北向きに拝礼して見送り、主人は会釈して、席に戻る。

  司正は西階段から登り、西に近づき、北向きに立ち、旅酬の礼を助けて「某さん、どうぞ酬をお受けください」と言い、酬を受ける者は席を降り、西方から進み出て、北向きに介の右に立つ。司正は退き、序(正房の牆)の端に立ち、東向きとなり、酬を受ける者を避ける。介は跪いて觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を置き、拝礼し終わると、觶を持って立ち上がり、某氏は答拝する。介は立って飲み、觶を飲み干すと、尊に行って酒を満たし、西階段の上に進み出て、西南に向いて某氏に授け、某氏は觶を受け取ると、介は某氏の左に立ち、北向きとなり、会釈して、席に戻る。司正が「某さん、どうか酬をお受けください」と言うと、酬を受ける者は席を降り、西方から某氏の左に立ち、北向きとなり、某氏は跪いて觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を置き、拝礼し終わると、觶を持って立ち上がり、酬を受ける者は答拝する。某氏は立って飲み、觶を飲み干すと、尊に行って酒を満たし、西階段の上に進み出て、西南向きで授け、酬を受ける者は觶を受け取り、某氏は酬の者の右に立ち、会釈して、席に戻る。次の一人および堂下の衆賓が酬を受けることはまた同様である。酬を受ける者が終わると觶を持って跪いて篚(竹籠)に置き、立ち上がり、階段の下の位座に戻る。司正は東階段の上に行き、東向きで主人に命令するよう願い出て、主人は「賓を着席させてください」と言い、司正は戻り、北向きに賓に「賓はご着席ください」と告、賓は「命令に従うばかりです」と言い、賓・主人はそれぞれ着席する。賓・主人が公服である場合、降りて履物を脱ぎ、主人は左を先とし、賓は右を先とする。司正が降りると、位座に戻る。そこで切り肉・干し肉をお勧めし、賓・主は酒宴し、無算爵(主人・賓介の間での二觶の高錯に決まった定数を設けずに酔いを尽くすこと)・無算楽(無算爵によって酒宴での演奏も一定の数を設けないこと)を行い、主人の賛者は全員立ち上がる。酒宴が終わると、賓・主は共に立ち上がり、賓以下は西階段から降り、主人は東階段から降り、賓以下は退出して門の外の西に立ち、東向きで北を班位の上とし、主人は門の外の東で見送り、西向きに再拝し、賓・介は進まずに退出する。


【正歯位】
  季冬の月(十二月)の正歯位(年齢を調べて位置の上下を定める)では、県令を主人とし、郷の老人で年六十歳以上の徳望ある者一人を賓とし、次の一人を介とし、またその次を三賓とし、またその次を衆賓とする。年六十歳は豆(高坏形の青銅盛器)を三、七十歳は豆を四、八十歳は豆を五、九十歳および主人はいずれも豆を六とする。賓・主は酒宴し、司正は北向きとなって賓の着席を要請し、賓・主人はそれぞれ席について立つ。司正は篚(竹籠)に行き、跪いて觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を受け取り、立ち上がり、酒で満たし、進み出て柱の間に立ち、北向きとなり、觶をあげて忠孝の本について告げる。賓・主以下は全員再拝する。司正は跪いて觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を置き、再拝し、跪いて觶を取って飲み、觶を飲み干すと、立ち上がり、賓・主人以下は全員着席する。司正は篚(竹籠)に行き、跪いて觶(青銅製の小型の三升入飲料器)を置き、立ち上がり、降りて位座に戻り、無算爵(主人・賓介の間での二觶の高錯に決まった定数を設けずに酔いを尽くすこと)を行う。大抵は皆郷飲酒の礼と同様である。


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最終更新:2026年04月24日 00:34
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