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【オープニング】
●悩み
 昼時を少し過ぎた頃、喫茶店ミミでは客足が落ちていき1つのピークを過ぎたところだった。
「ありがとうございました」
 店員が1組のカップルを見送り一息つこうとした時だった。
「……?」
 ふと、1人の女性客が目に留まった。数ヶ月前からよくミミに来ている女性だ。
 その女性におかしな所は無い。ケーキとコーヒーがテーブルに置かれており、女性は胸に抱えた赤ん坊をあやしている。
 ただそれだけなら何もおかしくはないだろう。1時間以上そのままでなければの話だが。
「お客様」
 気になった店員は声を掛ける。テーブルに置かれた伝票にはケーキとコーヒーしか書かれておらず、追加も無い。
「どうか、なさいましたか?」
 自分が運んだケーキとコーヒーが手付かずのまま置かれているのを確認し声を掛ける。女性は心ここにあらずといった様子で反応はない。
「お客様?」
 もう一度声を掛けると、女性はハッと顔を上げ店員を見る。
「え? あぁ、何かしら?」
「先程から何か考えておられたようですので……何かお悩みでしょうか?」
 すると女性は少し悩みつつも、赤ん坊を撫でつつ切り出した。
「えっと……2日だけ、2日だけこの子を預かって貰えないかしら……?」
「えっ……?」
 赤ん坊に目をやる。生まれてまだ間もない赤ん坊を何故、と店員が思ったのが見えたのだろう。
「その……私、今夜から夫と一緒にランドホエールの討伐に向かうんです。それで、他に頼めそうな人は居なくて……。ここなら、腕の立つ人も多いみたいですし……」
 お眼鏡にかなった、ということだろうか。しかし店員は力ない人達を守る経験はあれど、子育ての経験は無い。了承したい気持ちはあるが、万が一を考えると頷けなかった。
「お願いします。もう、ここ以外に頼れそうな場所は無くて……」
 生まれて間もない我が子を誰かに託す。それがどれ程の悩みか店員は知らない。だがここまでお願いされては、断るわけにも行かなかった。
「分かりました。ではお客様の大切なお子様を預からせていただきます。ですので、必ずお子様に元気な姿を見せてあげてください」
 そう言い店員は女性から赤ん坊を預かった。

●知る者
 喫茶店ミミで店員が赤ん坊を受け取る少し前。
「おい、見つかったか?」
「いや……まだだ」
「チッ……赤ん坊なんてどれも同じに見えるし分かるかよ……!」
 上質なスーツに身を包んだ男達が路地裏の一角に集まっていた。
「おい! 親の情報を掴んだぞ!」
 そこにもう一人男が現れる。手には封筒を持っており、他の仲間に見せるよう中を開く。
「アディ・ツァイヤー……!? あのツァイヤーか!?」
「知っているのか!?」
「俺が昔居た傭兵集団のエースだ……。サシだろうと集団だろうと無類の強さを誇っていた野郎だ」
「いや……まさかそんな……似たような苗字ならいくらでも」
「だといいがな……」
 青ざめた男を他所に他の男達はその名前を元に再び街へと散っていく。
「……いや、今回はただ、運が悪かっただけ……だぜ? ツァイヤーの旦那……」
 街を駆けまわりながら、男は空を見上げ呟いた。
「だってよ……悪いのは俺らの雇い主でも、あんた等夫婦でもない……ガキのタグを付け忘れた婦人科のセンセが悪いんだからよ……」
 喫茶店ミミを見つめながら男はつぶやく。視線の先に、探していた者を捉えながら。

【リプレイ】
●
 女性から赤ん坊を預かって間もなく、喫茶店ミミにスーツ姿の一人の男が入ってきた。
「いらっしゃいませ。お客様、これ、今度うちで出そうと思ってる新メニューなんです。よければご感想、聞かせてください」
 戦友と共に歩む・イチハ(c01807)が他の来店客と同じように試作メニューのカップケーキを渡す。
 男はカップケーキを受け取り、適当な―赤ん坊の姿を確認出来る―席に着いた。
「……」
 出された水を口にしつつ、サングラスの奥で赤ん坊の状況を確認する男。
(チッ……ガキに群がりやがって……。これじゃあ攫ってトンズラも出来やしねぇ……)
 赤ん坊の世話をする者達を見た男は内心で悪態をつく。赤ん坊の世話をしている店員はどれも一筋縄でで行かない、自分達と同じ荒事に慣れた者だというのを見抜く。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「……あぁ、そうだな……コーヒーで」
 イチハが近づき注文を取る。
「それにしても、お客様……中々の強者なんじゃないですか? ボクも一度お手合わせ願いたいな、なんて」
 冗談めかして言うイチハは足元のバルカンを見やる。
「はは……面白い事を言うな。昔ちょっと齧った程度で、相手になんかならんさ」
「そうですねぇ。ボクなんか手も足も出ないんじゃないかってぐらい強そうですし」
「……」
 軽く笑って返す男の言葉に、同じく笑顔で返すイチハ。男は話題を変えようと赤ん坊の方へと顔を向ける。
「あの赤ん坊は?」
「あぁ、あの子ですか? 今日の昼頃に来たお客様のお願いで預かる事になったんですよ」
 イチハが軽く事情を説明する。すると男は少し眉を顰め、黙りこむ。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
 そう言い男は水を飲み顔を逸らした。
(さて……後はタイミングだな)
 コップに入った水に視線を落とし男は考えあぐねていた。

 赤ん坊を喫茶店ミミで預かり、カード「EA」のメンバーで赤ん坊の世話をする事となった。
「ランドホエール退治かぁ……確かに一緒に行くわけには行かないよね……」
 世界樹の妖精術士・シル(c25139)の視線の先には猛る烈風・アヤセ(c01136)に赤ん坊が抱かれている。
「はい、ミルクできたよ」
 キッチンから翔る疾風・セナ(c02046)が出てくる。手に持った哺乳瓶をアヤセに渡すとその隣へ腰掛けた。
「うん。ありがと。はい、ミルクだよ~」
 受け取ったアヤセは赤ん坊にミルクを飲ませていく。
「みゃぁ~」
 そこへ一匹の猫がアヤセを梯子に赤ん坊の側に降りてくる。バルカンソウルでバルカンに魂を移した幸せの詩を紡ぐ花人・ミミ(c02229)だ。
「……?」
 ミミと赤ん坊の目が合う。じっと赤ん坊を見つめるミミだったが、何かを見たのかプイッと視線を外し赤ん坊の隣で丸くなった。
 目の前に居る猫が気になったのか、赤ん坊はミルクを飲むのを止めてミミの尻尾へ手を伸ばす。
「……」
 赤ん坊がミミの尻尾を掴むが、未だ力は弱くバルカンソウルが解かれることは無い。
「……赤ちゃん、か……」
 その様子を離れた席に座って眺めているのは射干玉の夜の姫君・シルフィア(c01856)だ。
「……」
 辺りを見渡すと他の客も赤ん坊に声を掛けたり撫でたりしている。飲食店の中で店員が赤ん坊をあやしているのはそれだけ興味を引きやすいのだろう。
 そんな中、周りに勧められてシルが赤ん坊を抱っこする事になる。
「だ、大丈夫だよね……?」
 シルがおっかなびっくり抱き上げると赤ん坊はシルの耳に興味を持ったのか手を伸ばす
「え? 耳……? あんまり引っ張らないでね~?」
 エルフ特有の長い耳は赤ん坊の興味を引いたようで、手に触れて揉んだり握ったりしている。
「あぁっ、ちょ、擽ったいよ~。痛い痛い」
 赤ん坊の好きな様にさせていたら引っ張られたようだ。力はないとはいえ耳を引っ張られては痛いだろう。
「今は無理か……」
 注文したコーヒーは既に冷め、本来の味を失いつつある。男はそれを一気に飲み干し、店を後にした。
「だが場所は分かった……。仕掛けるなら今夜か……」
 店を出た男は振り返ること無く、仲間との集合場所へと足を向けた。

●
 夜、喫茶店ミミもラストオーダーの時間になった。店には団員以外誰も居らず、このまま閉めても問題ないぐらいだ。
「それじゃ、そろそろ表は片付けようか」
 切り札・エマス(c30188)が入り口に出しているメニューを片付けようとしていた時だった。
「あ、ちょっと待って。5名様入店よ~」
 喫茶店ミミの女店主・リムィリファルァ(c32636)がそれを止めた。黒いスーツに黒のサングラスという出で立ちの男達が入ってきたからだ。
「あ、お昼の……」
 その内の一人に見覚えがあるイチハが声を掛ける。
「あぁ、すまないが……昼に見かけたあの赤ん坊は居るか?」
 男は近づいてくるイチハへ先に声を掛けた。
「あの子でしたら、今はセナさんが面倒を見てますよ。セナさーん?」
「なにー?」
 呼ばれたセナが厨房の奥から姿を表わす。セナに抱かれた赤ん坊はシルの妖精の羽を掴んでいる。ジタバタと逃れようとするが、そもそも胴体を掴まれては逃げれない。
「ニルちゃん、もう少し、もう少しだけ頑張って~」
 妖精の主であるシルはというと、赤ん坊から少し離れていた。近づくとまた耳を引っ張られるからである。しかも偶に口に入れようとする。
「……」
 その様子を見て男は沈黙する。他の仲間も和気藹々とした空気に飲まれ、動けずに居る。
「……ほぅ」
 赤ん坊に集中する男達の隙を狙いシルフィアは一人が持っていた封筒をテーブルから奪う。
 勝手に中身を取り出し書類に目を通す。その中には赤ん坊の取り違いについての情報もあった。
「あっ!? しまった!」
 男達が気付いた時は既に遅く、エマスの手に書類が渡っていた。
「あの子は……アディ・ツァイヤーの子供ではなく、別の親御さんの子なのだな」
 直ぐに封筒を男達へ投げ返しエマスが先手を打つ。
「私も詳しくは知らないが、それでも名前は聞いたことがある。……なるほど、必死に探すワケだ」
「……なら話は早い。そのガキを―」
「そんな事が……でも、この子のご両親は、ランドホエールと戦いに行ってて、戻るのは二日後なんです……せめて、二人の元気な姿を、もう一度だけでもこの子に見せてあげて下さい」
「いや駄目だ。寧ろ親が居ないなら尚の事僥倖。事を荒立てない為には今の内にガキを戻せばいいだけだ。まだ産まれて間もない。違いなど、分かるはずもない」
 男の言葉に被せるようにイチハが話す。しかし男は聞き入れない。
「まあ落ち着いてくれ。事を大きくするつもりはこちらにも全く無いんだ。リリ。皆にコーヒーを先ずは話し合おうじゃないか」
 急く男を宥め席へ座らせ、リムィリファルァがコーヒーとクッキーをテーブルに置く。
「違いは、分かりますよ」
 男達が落ち着いたのを見てセナが言う。目を閉じ記憶を手繰り寄せながら話を続ける。
「例え、不幸な手違いにより赤ちゃんの取り違いでも、今まで可愛がった子供は覚えてますよ」
 それだけ言うとアヤセの元へ行き赤ん坊をあやすセナ。
「私からもお願いします。お店としても、赤ん坊を預かった訳ですし……親御さんが戻ってくる二日後まで待ってください」
 リムィリファルァが入れ替わるように男達に頭を下げ、奥に下がった。
「……兄貴。どうするんだよ……?」
 一人がリーダー格の男に声を掛ける。こうなっては赤ん坊を攫い、雇い主の元に居る赤ん坊と取り替える、というのも難しい。
「……事情を話すしか無いんじゃない?」
 男達の少し後ろに座るシルフィアがポツリと話に入る。視線は手にした本に落としたまま、言葉を続ける。
「詰んだのならもう、それしか無いでしょう。どうなるかは知らないが、元に戻るのなら別にそれで」
「だがそうなっては両方の親に遺恨が……」
「そうだ。それに自分の子供だと思ってたのが実は別の子、と知ったら……」
 両方の親の事に心を痛めているのか、男達は不安を口にする。
「それがどうしたの? 別に両方の親がどうなろうと貴方達に関係ないでしょう? 貴方達の仕事は両方の子供を本来の親に返す事。違うかしら?」
 シルフィアの容赦無い発言が男達の空気をより一層重くする。
「エ、エマス……」
「わ、分かっているさリリ……。だがあれは……」
 シルフィアと男達の間に降りた空気を前に足踏みするエマスとリムィリファルァ。
「明後日、あの子の親は戻ってくる。その時に事実を伝え、子供を元に戻す。それ以外に良い手があるのなら、それを取ればいいけど?」
 提示した可能性以外は尽く穴を指摘し外堀を埋めていくシルフィア。外から見ると男達を追い詰めているように見える。
「ま、まぁシルフィア。それくらいでいいじゃないか。君達も、それでいいね?」
 気の毒になってきたエマスは助け舟を出す。男達は渋々と言った様子で頷き、赤ん坊の親が戻ってくる日に来ると告げ店を出て行った。

●
 その日の夜、赤ん坊はエマスとリムィリファルァが預かることになった。
「それじゃお風呂に入りましょうね~」
 リムィリファルァが赤ん坊をベビーバスに入れて体を洗っていく。因みにベビーバスは近所から借りたものである。
 慣れた手つきで赤ん坊を洗っていくリムィリファルァ。その間にエマスは上がり湯とバスタオルを用意する。
 二人共慣れた様子で赤ん坊の世話をしていき、寝かしつける。
「ふぅ……これからが大変だな」
「そうね……。それじゃ私は先に休むわ」
 一足先に眠るリムィリファルァ。エマスはというと赤ん坊の側で眠りに就いた。
 しかしエマスはぐっすり眠ることが出来ない。何故なら数時間後に赤ん坊の鳴き声で起こされるからだ。
「よーしよし。おしめか~い?」
 驚くこと無く起きたエマスは赤ん坊のおしめを取り替え、作ったミルクを与える。すると直ぐに赤ん坊は泣き止み小さな寝息を立てて寝だした。
「ふぅ……その間に」
 赤ん坊が眠ったのを確認したエマスは洗面器を洗い湯を作りミルクを何時でも作れるようにする。
「よし……」
 それから幾度と無く夜泣きを繰り返し、その度におしめを替えたりミルクを飲ませ、泣き止むまで部屋の中を歩きまわる等していった。
「エマス。お疲れ様。後は私がやるわ」
 時間になり、リムィリファルァがやってきた。交代で赤ん坊の世話をするようである。
「あぁ、それじゃ頼むよ。朝になればアヤセ達が来てくれる」
 そう言い、エマスは入れ替わりで眠りに就いた。
「ふふっ……やっぱり寝顔はかわいいわね」
 赤ん坊を受け取ったリムィリファルァは嬉しそうに呟き、朝までエマスと同じように奔走する事となった。
 そして朝。喫茶店ミミが開店する少し前にサクヤ姉弟が店に入る。赤ん坊の世話をリムィリファルァと交代する為だ。
「それじゃ後はお願いするわ」
 サクヤ姉弟に赤ん坊を預けたリムィリファルァは仮眠を取る。昼頃には戻るそうだ。
 その後はサクヤ姉弟が赤ん坊の面倒を見続けていた。
「おお、よしよし。セナ、ミルク作りは任せた。赤ちゃんは私が見てる」
 アヤセが赤ん坊を抱き上げ、その間にセナがミルクを作る。
 他の面々は仕事の合間に赤ん坊を可愛がる程度であった。
「あぁ、もうそんなことに……?」
 そんな中、昼前に喫茶店ミミへと桃宮・ロイ(c31056)がやって来た。昨日は万が一を考え近くの産婦人科でエージェント達を待っていたのだが、当然ながら来る筈もなく。一旦様子を見に喫茶店ミミへと足を運んだという訳だ。
「少し不機嫌かな? セナ、セナが作った兎のぬみぐるみ出して」
「兎のぬみぐるみ? あるよ。折り紙でお花とかも作るよ。うん、こういうのは得意だし」
 セナが荷物からぬいぐるみと折り紙を取り出し色々と作っていく。赤ん坊はそれを物珍しそうに見つめ、折り紙を掴みグシャグシャにしてしまう。
 それでも慣れたもので、折り紙で何度潰されても次々と作っていくセナ。
「ああ、また泣いてるか。セナ、赤ちゃん見てて。今度は私がミルク作る」
「今度は僕が赤ちゃんをだっこするの? 任せて。紅蓮、緋炎、粗相のないように」
 アヤセから赤ん坊を渡されたセナはサーチウィズバルカンで2匹のバルカンを呼び出す。
「みゃぁ?」
 赤ん坊の隣で丸くなっていたミミも含め、3匹のバルカンが赤ん坊を取り囲む。
 しかし急に現れたバルカンに驚いたのか、赤ん坊はより大きく泣き続ける。泣き止まそうと慌てるバルカン達だが、それが拍車をかけて泣き止まない。
「ね? ニルちゃん、大丈夫だから……ね?」
 一方シルは赤ん坊の玩具にされたことで怖がっている妖精のニルを落ち着かせていた。
 そうやって1日が終り、赤ん坊はサクヤ姉弟が預かる事となった。

●
 そして、約束の時がやって来た。
 リムィリファルァに抱かれた赤ん坊は母親に返される。しかし2人は知らない。その赤ん坊は2人の子ではないということを。
「ありがとうございます。それで……そちらの方々は?」
 母親は後ろに控えるエージェント達に視線を向けた。
「お二人に大事な話があるので……」
 気まずそうに男が前に出て話しかける。
「その、ここでは……お二人の家で詳しい話を」
「……分かった。この子の事、だな?」
 黙って様子を見ていた父親が頷く。その表情は何かを悟ったようである。
「それでは皆さん、ありがとうございました」
 母親はもう一度頭を下げ、男達と共に家へと帰っていった。
「赤ちゃん……私も欲しいなぁ……」
 男達の姿が見えなくなると、リムィリファルァはエマスに向かって呟く。
「ん? 何か言ったかい?」
 それを知ってか知らでか、エマスが聞き返すと何でもない、と首を振る。
 とりあえず赤ん坊を預かるという仕事はやりきった。それより後の事は気になるが、それは当人達の問題でありエマス達が干渉すべき事ではない。
 きっと上手く行くだろう。そう思いながらエンドブレイカー達は何時もの日常へと戻っていく。


冒険結果:成功!
最終更新:2013年05月19日 15:31