無限桃花~二羽の烏~
彼女は目頭を押さえ、肩を回す。一体何時間パソコンの画面を見ていればいいのか。いつになったら人員は増えるのか。このままでは、過労が祟って倒れてしまう。
殆どの人は出払っている。今この部屋に居るのは彼女と、机に飾った人形のクマだけ。
だいたい、SATより出動回数の多い戦闘職種なのにこの人員の少なさは異常だ。特殊な人間でなければ勤まらないとは言え、デスクワークくらいは誰でもいいだろう。
「就職先間違えたかな」彼女はそう思った。
だいたい、SATより出動回数の多い戦闘職種なのにこの人員の少なさは異常だ。特殊な人間でなければ勤まらないとは言え、デスクワークくらいは誰でもいいだろう。
「就職先間違えたかな」彼女はそう思った。
「あーあ、もういい加減に飽きた‥‥寄生ったってどいつもこいつもテキトーに動いてるだけだし‥‥‥一匹一匹見てたってキリないよ」
「嫌なら辞めてもいいんだぞ」
「ひゃっ!!く‥‥黒丸先輩!お‥‥‥お帰りなさい」
「ったく‥‥その一匹一匹が危険なんだ。よく見とけ、理子」
ここは『ヤタガラス』の指令室。聞こえは言いが実際は小さなオフィスだ。人員も少なく、かつ訳の解らない化け物相手の部署にあてがわれたスペースはたかが知れている。
原田理子は『ヤタガラス』のメンバー。殆どが戦闘要員の『ヤタガラス』メンバーの中で、彼女もまた対寄生の訓練を受けている。
本来なら安全で暇そうな宗教法人である神社庁で、まさか銃を握るとは。夢にも思っていなかっただろう。政教分離の原則に背いている唯一
の組織。それが『ヤタガラス』だった。
本来なら安全で暇そうな宗教法人である神社庁で、まさか銃を握るとは。夢にも思っていなかっただろう。政教分離の原則に背いている唯一
の組織。それが『ヤタガラス』だった。
「しかし‥‥‥相変わらずなにも無しか?」
「え?ああ、はい。いつもと変わらずランダムな動きしか見えません」
寄生情報管理ネットワークシステム。
都内に仕掛けられた結界と、緊急警報ホットラインを複合させた『ヤタガラス』の情報システムだ。
個体の特定は出来ないが、寄生の都内への出入りや全体の動きは見える。
都内に仕掛けられた結界と、緊急警報ホットラインを複合させた『ヤタガラス』の情報システムだ。
個体の特定は出来ないが、寄生の都内への出入りや全体の動きは見える。
「気が遠くなるな‥‥‥」
「先輩‥‥‥どこ行ってたんですか?最近は寄生された国会議員とか出てないですよね?他の人達は結界のメンテやらしてますけど、先輩の仕事は例の‥‥桃花さんでしたっけ?」
「ああ、彼女の言った事思い出してな。妖怪退治の勉強だよ」
「怪しい霊能力者とでも会ってきたんですか?」
「そんな所だ」
黒丸は文部科学省まで赴き、『本物』と呼ばれる僧侶や陰陽師を紹介してもらっていた。所属する神社庁の知り合いを頼り、宮司や巫女も尋ねて回ったが、どれも不発だった。
数少ない霊能力者であろう僧侶は、天狐や天狗の話を聞くなり「敵う訳がない」と黒丸を一蹴した。
数少ない霊能力者であろう僧侶は、天狐や天狗の話を聞くなり「敵う訳がない」と黒丸を一蹴した。
「どうした物かね‥‥」
黒丸はため息をつく。婆盆を見つけなければ進展は無い。しかし、その婆盆は黒丸の専門外の存在であり、専門家も匙を投げる存在だった。
「理子。」
「はい?」
「昼メシ食いに行くか?」
「奢りですよね?せ・ん・ぱ・い?」
「こいつ‥‥‥」
『ヤタガラス』の他のメンバーが午前の仕事を終え巣に集まり始める。
黒丸はパソコンのモニター監視を他の連中に任せ、昨夜からここに缶詰だった部下を労おうと財布の中を確認する。
黒丸はパソコンのモニター監視を他の連中に任せ、昨夜からここに缶詰だった部下を労おうと財布の中を確認する。
「まぁいい。行くぞ」
「はーい!」
時間は正午を少し過ぎた頃だった。
目の前の女が憎らしい。現れては消えて行くロースとタン塩。そのはかなさたるや、正に光陰矢の如し。
原田理子は黒丸の「好きな物食え」という言葉を聞いて、昼間から焼肉を所望した。
ユッケをウドン代わりに肉を貪る理子の姿を見て、黒丸は「二度と奢らない」と静かな近いを自分の冷麺に立てた。
原田理子は黒丸の「好きな物食え」という言葉を聞いて、昼間から焼肉を所望した。
ユッケをウドン代わりに肉を貪る理子の姿を見て、黒丸は「二度と奢らない」と静かな近いを自分の冷麺に立てた。
「先輩どうしたんですか?食べないと身体持ちませんよ?」
お前が食い過ぎだ。そう言おうと思ったが辞めておいた。財布が心配だ。
「そうだ先輩。例の寄生‥‥婆盆でしたっけ?そいつって四天王の中でどんな役割なんですかね?」
「役割?なんの事だ?」
「だって、寄生の大元がただ手足欲しいだけなら、誰だっていいじゃないですか。でもそれじゃダメだったから、他の連中とは違う別格の寄生を仲間にした。やらせたい事があるから‥‥」
推測だったが、理子はずっとモニターに映る寄生の動きを見て考えていた。
桃花の話では、寄生は影糾を中心とした四天王で動いている。それ以外の殆どが勝手に活動している事を考えれば、四天王こそが唯一の寄生による組織と言える。
桃花の話では、寄生は影糾を中心とした四天王で動いている。それ以外の殆どが勝手に活動している事を考えれば、四天王こそが唯一の寄生による組織と言える。
「‥‥続けろ」
「以前に先輩が倒したっていう蟷螂。あれは多分下っ端の下っ端じゃないかなって。だって簡単に倒せる寄生なんて四天王とは呼べないですよ。同じ四天王には神様クラスの化け狐が居たらしいじゃないですか」
「多分その蟷螂は噛ませ犬っていうか‥‥桃花さんに対してのある種の実験みたいな物ですよ。どれほど桃花さんが戦えるか。あの‥‥練刀とかいう四天王が桃花さんに倒されたから、確かめる必要があった。桃花さんの実力を。
まぁその時は桃花さん油断しちゃってたらしいですけど」
まぁその時は桃花さん油断しちゃってたらしいですけど」
「じゃあその練刀の役割はなんだと推測する?」
「さぁ?私達が四天王の存在を知る前に桃花さんに倒されちゃったんですから。でも後釜の蟷螂の事考えると‥‥四天王の中では重要なポストじゃない。またすぐ空白になっても構わない役割‥‥」
「では悪世巣はどうだ?奴は天狐だ。重要な役割以外考えられないが」
理子は網の上のホルモンをひっくり返しながら考えた。
「‥‥‥ 先輩の言うように、その化け狐は重要なポストだと思います。多分、四天王の中では大事な時に動く精鋭」
「なぜそう思う?」
「古文書ですよ。桃花さんはそれを取りに行った時に、その化け狐と戦った。そして古文書は他の寄生が奪って行った。多分その古文書には桃花さんに読まれたくない事か、寄生の連中が欲しい情報のどっちかだった。
だからわざわざ青森まで出向いて、おまけに社まで破壊した。」
だからわざわざ青森まで出向いて、おまけに社まで破壊した。」
「ふむ‥‥しかしそれだけでは‥‥」
「寄生と戦い続けてる無限一族の古文書ですよ?寄生が欲しがる理由なんていっぱいありますよ。だから最強の実動部隊である悪世巣が派遣されたんです」
「それが解らん。なぜ悪世巣が実動部隊だと分かる?最強なのは理解出来るが、古文書の回収ならもう一人の四天王‥‥婆盆でもいい訳だ」
「だって、婆盆は動けないんですよ」
「だって、婆盆は動けないんですよ」
「なんだって?ますます解らん。お前は何を考えてる?‥‥噛み切れないならホルモン食うなよ」
「んぐ‥‥くっ‥‥先輩、調書ちゃんと読みました?桃花さんの妹さん‥‥彼方さんでしたっけ。多分彼方さんは婆盆の所に居る」
「なんだって?飛躍し過ぎだ。順番に話せ」
「だ~か~ら!桃花さんの調書には彼方は連れ去られたってありましたよね?なんでわざわざ連れ去るんです?理由があるはずです。
調書には婆盆は影糾に『時が経つまで護る』と言った。でも、それは影糾に言ったんじゃなくて、彼方さんに言ったんじゃ無いですか?だって、長い時を経て蘇った影糾、これ以上何を待つんです?多分、彼方さんの成長ですよ」
調書には婆盆は影糾に『時が経つまで護る』と言った。でも、それは影糾に言ったんじゃなくて、彼方さんに言ったんじゃ無いですか?だって、長い時を経て蘇った影糾、これ以上何を待つんです?多分、彼方さんの成長ですよ」
「つまり、婆盆は彼方を守り育てる役割だと推測したんだな?」
「はい。だから動けなかった。影糾はどうか解りませんが、練刀も亜煩もいない状況で動けるのは悪世巣しかいなかった」
「なるほどな‥‥‥つじつまは合う。だがなぜ彼方を手に入れる必要があるんだ?」
「‥‥‥あんまり考えたく無いんですけど、影糾は彼方さんに寄生した。そして、今、影糾寄生となって活動してるのは彼方さん‥‥」
「つまり、桃花さんが探している妹の手掛かりである影糾、それこそが、彼方だってのか?」
「‥‥‥多分‥‥なんですけど」
「‥‥‥多分‥‥なんですけど」
桃花さんには言えないな‥‥‥と、黒丸は思った。あくまでこれは推測に過ぎない。軽はずみに言える事ではない。
「解った‥‥‥その線だと滅多に婆盆は動かない。見つけるのはより困難って事か」
「逆ですよ先輩。もし影糾‥‥‥彼方さんを保護してるのが婆盆なら、絶対動き回るはずです。だってまだ16歳くらいの女の子ですよ?一人では生きていけないはずです」
二人は焼肉屋を出て、消臭のガムを噛みながら事務所へ向かう。黒丸は部下のオバQ女の推論を整理した。もしこの推測が事実なら、桃花にはあまりに酷な事だろう。
「先輩‥‥‥桃花さんには‥‥」
「ああ、まだ言わないでおくさ」
二人は無言になり、足取りは重くなる。行き交う人々をかわしながら歩いて行く。
「すみません」
黒丸は呼び止められた。声をかけたのは若い男性。服装はおよそオフィスビルが並ぶ場所には似つかわしくない、いわゆるオタクファションに身を包まれていた。
「なんですか?」
「今、桃花と言いましたね?無限桃花の事ですね?」
「何?」
刹那、黒丸はミネベアを抜き、男に発砲した。撃たれたはずの男は黒い影を身体から滲み出し、黒丸を睨む。
「やはりそうか。前等を監視しておいてよかった。」
「理子、桃花に連絡だ」
「くくく‥‥ワシの名は猿参。新たな四天王の一人‥‥‥無限桃花はどこだ?」
黒丸は無言でさらに発砲した。