さきほどまで歩いていた砂浜は途切れ、気付けば港町についていた。
落ち着いた色合いをした日本家屋が立ち並んでいる。どうやら開発の手がここまで届いていないようだ。
桃花は港にいる猫と一緒に歩きながら海を眺める。こんなに落ち着いていられるのはいつ頃振りだろうか。
時折低く飛ぶカモメ。みゃーと鳴く猫。堤防に当たっては身を散らす波。
空は薄く青い。冬の空だ。軽さすら感じる空に浮かぶ雲は高いところを飛んでいる。
海風は気持ちいい程度に強く、時折強い塩の匂いを運んでくる。
いつもなら手がかりを探すために躍起になるのだがこの町には手がかりを探す手段すら見当たらない。
人は少なく活気もあるとは言いがたい。時折通り過ぎる観光客はシーズンオフを狙ってきたのだろう。
桃花は自分の生まれを知らない。日本語が差し支えなく喋れるし自分の着ているセーラー服、外見から日本人ではあるだろうと思っている。
どうようなところで生まれ、育ち、学び。思い出せる最古の記憶はどこか飲み場で男から下らない話を聞いていたというものだ。
そしてそれは大して昔のことではない。もしかしたらあの男が桃花について何か知っていたかもしれないが今となってはもう遅いだろう。
しばらく歩いていると港から舗装された道路に変わった。右手には海があり、どうやら小高い丘を登っているようだ。
この先、行き止まりなのかどうかわからない。桃花は足元の猫に聞いてみるが答えてはくれない。
とりあえず歩こう。そう決心して歩を進めていると坂上から車が一台下りてきた。猛烈な勢いで。
慌てているように見えるが運転所の女性の顔色から察するとあまり急いでいる風ではなかった。
事実運転手の彼女はなんとなくスピードを出したかっただけで大した意味があったわけではない。
車を見送ったあと、桃花は再び歩き出す。坂上に建つ一軒家が見えてきた。どうやらここが岬のように出っ張ってたらしい。
普通の民家で休むわけにもいかずもう少し先まで行くと、木陰を見つけた。なぜか脇には朽ちたボートが置いてある。
中を覗くとどういうわけか思ったより汚れていない。指でなぞっても埃がつかない。外見は朽ちているが中は綺麗に清掃されているようだ。
もしかしたら持ち主がいるのかもしれない。だが少しくらいいだろう。そう思い、桃花はボートに横になった。猫が一緒に中にはいる。
木漏れ日は季節を間違えたのではないかというくらい暖かい。風が時折、頬をなでる。桃花はゆっくりと目を閉じた。
落ち着いた色合いをした日本家屋が立ち並んでいる。どうやら開発の手がここまで届いていないようだ。
桃花は港にいる猫と一緒に歩きながら海を眺める。こんなに落ち着いていられるのはいつ頃振りだろうか。
時折低く飛ぶカモメ。みゃーと鳴く猫。堤防に当たっては身を散らす波。
空は薄く青い。冬の空だ。軽さすら感じる空に浮かぶ雲は高いところを飛んでいる。
海風は気持ちいい程度に強く、時折強い塩の匂いを運んでくる。
いつもなら手がかりを探すために躍起になるのだがこの町には手がかりを探す手段すら見当たらない。
人は少なく活気もあるとは言いがたい。時折通り過ぎる観光客はシーズンオフを狙ってきたのだろう。
桃花は自分の生まれを知らない。日本語が差し支えなく喋れるし自分の着ているセーラー服、外見から日本人ではあるだろうと思っている。
どうようなところで生まれ、育ち、学び。思い出せる最古の記憶はどこか飲み場で男から下らない話を聞いていたというものだ。
そしてそれは大して昔のことではない。もしかしたらあの男が桃花について何か知っていたかもしれないが今となってはもう遅いだろう。
しばらく歩いていると港から舗装された道路に変わった。右手には海があり、どうやら小高い丘を登っているようだ。
この先、行き止まりなのかどうかわからない。桃花は足元の猫に聞いてみるが答えてはくれない。
とりあえず歩こう。そう決心して歩を進めていると坂上から車が一台下りてきた。猛烈な勢いで。
慌てているように見えるが運転所の女性の顔色から察するとあまり急いでいる風ではなかった。
事実運転手の彼女はなんとなくスピードを出したかっただけで大した意味があったわけではない。
車を見送ったあと、桃花は再び歩き出す。坂上に建つ一軒家が見えてきた。どうやらここが岬のように出っ張ってたらしい。
普通の民家で休むわけにもいかずもう少し先まで行くと、木陰を見つけた。なぜか脇には朽ちたボートが置いてある。
中を覗くとどういうわけか思ったより汚れていない。指でなぞっても埃がつかない。外見は朽ちているが中は綺麗に清掃されているようだ。
もしかしたら持ち主がいるのかもしれない。だが少しくらいいだろう。そう思い、桃花はボートに横になった。猫が一緒に中にはいる。
木漏れ日は季節を間違えたのではないかというくらい暖かい。風が時折、頬をなでる。桃花はゆっくりと目を閉じた。
先に起きたのは猫だった。むくりと起きた猫は周りを見て、仰天して桃花の胸を、あまり大きめではない胸を、推定Bぐらいではないかという胸を
ふみふみした。桃花がくすぐったそうに声を出す。段々と、その声が、色っぽく、艶っぽく、頬が赤く、ここで眼を覚ます。寝起きはあまりよくないらしい。
猫を撫で、上半身を起こし、周りを見て桃花は愕然とした。
海なのである。
坂上の家はある。そこから航海帽子をした少年と小豆色の髪に薄紅色の服を着た少女がまるでおもちゃを大きくしたような船に乗って
大海原へと旅立っていった。それを見送る桃花。しばらくぼーっとしたあと我に戻る。
海なのである。
坂上の家はある。子どもふたりは旅立った。木陰になっていた気もある。そこまではいい。
ここは坂上にあったはずなのだ。なのに寝て、起きたら周りは海。どういうことなのか。
さすがの桃花も混乱した。想像して欲しい。
朝起きて、伸びをする。今日の予定はなんだったかと考えつつも、カーテンを開けると
ふみふみした。桃花がくすぐったそうに声を出す。段々と、その声が、色っぽく、艶っぽく、頬が赤く、ここで眼を覚ます。寝起きはあまりよくないらしい。
猫を撫で、上半身を起こし、周りを見て桃花は愕然とした。
海なのである。
坂上の家はある。そこから航海帽子をした少年と小豆色の髪に薄紅色の服を着た少女がまるでおもちゃを大きくしたような船に乗って
大海原へと旅立っていった。それを見送る桃花。しばらくぼーっとしたあと我に戻る。
海なのである。
坂上の家はある。子どもふたりは旅立った。木陰になっていた気もある。そこまではいい。
ここは坂上にあったはずなのだ。なのに寝て、起きたら周りは海。どういうことなのか。
さすがの桃花も混乱した。想像して欲しい。
朝起きて、伸びをする。今日の予定はなんだったかと考えつつも、カーテンを開けると
海
桃花は頬を抓る。ひりひりしてきたのでやめる。夢ではない。夢じゃなかった。
幸いなことにこの世界全てが水没したわけではない。遠くを見ればマングローブと化したかつての森が見える。
だが残念なことにこのボート。あるのは猫と桃花と穴の空いた杓しかない。
ふざけるなと何かに当たりたいが当たれそうなものすらない始末。
ふと横の木を見る。上を見ると枝を伸ばし、緑の葉を茂らせている。冬なのに葉が生えているのは常緑樹のせいだからだろう。
仕方がない。そう踏んだ桃花はボートに立つと木に向かって跳ぶ。さらに木を蹴って三角跳びをして枝まで行くと
葉がよく茂った大きめの枝を折り、ボートに飛び降りこける。頭を抑えながら立ち上がると枝をオール代わりにして漕ぎ始めた。
これでどうにかなるだろう。楽観的にそんなことを思いながら、マングローブを目指した。
猫は海を見て、ニャーと鳴いた。
幸いなことにこの世界全てが水没したわけではない。遠くを見ればマングローブと化したかつての森が見える。
だが残念なことにこのボート。あるのは猫と桃花と穴の空いた杓しかない。
ふざけるなと何かに当たりたいが当たれそうなものすらない始末。
ふと横の木を見る。上を見ると枝を伸ばし、緑の葉を茂らせている。冬なのに葉が生えているのは常緑樹のせいだからだろう。
仕方がない。そう踏んだ桃花はボートに立つと木に向かって跳ぶ。さらに木を蹴って三角跳びをして枝まで行くと
葉がよく茂った大きめの枝を折り、ボートに飛び降りこける。頭を抑えながら立ち上がると枝をオール代わりにして漕ぎ始めた。
これでどうにかなるだろう。楽観的にそんなことを思いながら、マングローブを目指した。
猫は海を見て、ニャーと鳴いた。