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ID:elWwj1LZ

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ID:elWwj1LZ

2010/08/14(土) 00:06:03

 幾度目だろうか。
 蒼き女神と、白銀の魔王とがこうして対峙するのは。
 観測者たる私の受け継いだ記録にも、もうその正確な数は記されていない。

「……ハルトシュラー。今回こそ……決着をつけるっ!」

 蒼き髪の少女――女神H=クリーシェの声は確信に満ちていた。
 勝てる、と。
 魔王の額からは血が流れ落ちていた。彼女の度重なる攻撃を、魔王は幾度となく被弾していたのだ。
 だがしかし、魔王は……ハルトシュラーは薄い笑みを浮かべた。そこに見えるのは、焦りでも落胆でも
ない、絶対の余裕であり、勝利の確信であった。
 少なくとも、クリーシェはそう感じたようだ。故に彼女は声を荒らげる。

「何がおかしいっ!?」

 彼女の激昂も、魔王の笑みを消す事は無い。いや――それはより一層深くなり、その唇はまるでこの空に
浮かぶ下弦の月の如く、歪められていき――開かれ、言葉を紡ぐ。

「クリーシェ……蒼髪の女神よ」
「……何よ、魔王」
「これは、物語だ」
「は?」
「物語っているのは、我ではない。我は何もかもを創れるが、それは我の目の前に現れいづるモノに限られる」
 そしてお前は、何も創る事はできぬ。ただ革め、変える事しか、お前にはできない」
「何が……言いたいの?」

 魔王の言葉に、女神は眉をひそめる。何が言いたいのか、測りかねたがゆえか。

「だが、これは物語として紡がれている。何ゆえだ? 私にもお前にも紡げぬはずの物語を、如何にして紡ぐ
 事ができるというのだ? わかるか、蒼髪の女神よ?」

 女神の眉間に刻まれた皺が、徐々に深くなっていく。
 何かを魔王が企んでいるらしい事には気づけても、それが一体なんなのかが判然としない。
 そんな苛立ち、焦りが、彼女の心を乱しているようだった。

「……今回の戦い、落涙の乙女の助力を得た、乙女の中に紡がれたあまたの物語をその力とした
 お前に対するにあたって、我は少しばかり小細工を弄してみたのだよ……なあ、夕鶴よ」

 そう。
 魔王よ。貴方の策は成りました。
 私は、観測者でありながら、私という個を得ました。
 貴方の……思惑、通り。

「……!?」

 突如としてその場に"現れたが現れていない"私に、それでも女神は反応した。
 そう。観測者たる私に、魔王は名前を与えた。
 彼女は、私という人格を創り、私という個性を創り、それでも尚、私は観測者たる私を忘れなかった。
 奇跡と言えるだろう。私は私であり、同時に私ではないという矛盾を内包した存在として、はっきりと
ここに存在しているのだから。
 それは……私がまだ観測を始めたばかりだったから、だろうか。
 それは……魔王の、魔王たる力が故、なのだろうか。
 わからない。わかる事は、ただ一つ。
 魔王、ハルトシュラーが……彼女が、私の、生みの親だという事。

「我思うゆえに我あり」

 私という存在を創ってくださった恩。

「我思う……ゆえに、他人、あり」

 今ここで……返させていただきます。

「観測者による否定に、果たしてお前は耐えられるかな……H=クリーシェ!」
「なっ!?」

 その瞬間、蒼髪の女神は自らの身体が分解されていく感覚に、顔を歪めた。
 落涙の乙女の力ごと、彼女の身体が消し飛んでいく。
 消しているのは、私だ。
 物語を観測し、記述し、残す事を行う私が、H=クリーシェという物語を、否定する。
 拒否する。
 抹消する。

「……っ」

 だが。
 全ては消しきれなかった。

「流石は女神、と言った所か」

 魔王の薄い笑みは、その場から素早く退いた女神へと向けられた物だ。
 女神は、その内側に宿る力のほぼ全て、九割九分を失いながら、全存在を消し去られる前に
何処かへと退避したらしかった。消失しきったなら感じ無いはずの、彼女の気配がまだ僅かに、
どこからか漂ってきている。

「……魔王、様」
「ハルトで構わぬ」
「ハルト様……私は、夕鶴は、お役に立てましたでしょうか?」

 恩は、返せただろうか。
 私という存在を創ってくださったという大恩に、報いる事はできたのだろうか。
 それが、気がかかりだった。
 ハルト様の宿敵を、討ち果たす事は叶わなかったのだ。
 恩を果たすには、足りないのではないだろうか……?

「十分だ、夕鶴よ。お前のおかげで、蒼髪の女神には大打撃を与える事ができた。自ら創る事が叶わぬ
 奴が、再び我の前に立つまでには、長い月日が必要となる事だろう」

 ……良かった。
 私は、役に立てたらしい。
 それを聞いた瞬間、私は……私の全身から、力が……抜けていくのを……感じた。

「感謝するぞ、夕鶴よ。ただ一時(ひととき)だけしかお前という存在を創り切れぬ未熟な我だが、
 お前は十二分に報いてくれた……これからは、元の観測者として、本来の使命を全うするがよい」

 もう………………終わり。
 魔王と呼ばれる存在の力をもってして創っても……それでも、観測者である私に……私という個人は
飲まれてしまうという事か。
 でも、それでも……それでも、一時(ひととき)だけでも……ハルト様。

「ありがとう、夕鶴」

 ……ありがとう、は……こちらの台詞です……本当に………………ありが――

「さて」

 魔王は、相変わらずの薄い笑みを浮かべたまま、その身を翻した。

「時は稼げた。その間に……やるべき事はやらねばな」


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