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ダイガスト六話 後編

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第六話 翼よ、あれが46センチの火だ(後編)

簡略化された情報と実際の現地の光景には雲泥の差がある。
絡み合う白い航跡が描く幾何学模様は複雑怪奇であり、高速で横切る機影がそれを更に攪拌して新たな文様を刻む様は、神知学者でなくとも黙示録の光景を夢想させた。
蒼穹を舞台にした神と悪魔の最終戦争。
しかしそれは銀河列強の来寇以来、後先を考える暇もない地球上の各国の頭上で繰り広げられた、新たな日常の光景に過ぎない。アメリカで、EUで、ロシアで、中華人民共和国で、空自のパイロット達が見た事もないような大規模な空戦が行われていた。
メテオールともつれ合うように高度を下げながら切り結んでいるのは全てF-15Jだ。
その意図は明白であり、今しも空戦域の足下に洋上迷彩に身を包んだF-2の一群が差し掛かろうとしている。彼等が翼下に抱えた4発の対艦ミサイルを対応不可能な距離にまで接近して放たせるため、F-15Jは編隊飛行を解いてまでメテオールと一対一に縺れ込んでいるのだ。
戦闘高度がどんどん下がるのもF-15Jが位置エネルギーを速度エネルギーに変換…要は下り加速しながらちょっかいを掛けているからであり、メテオールのパイロット達が功名に逸って追っかけまわしているという二つの現実がマッチングした結果でもあった。
もちろん宇宙人来寇前まではキルレシオ115:0とも言われた『世界最強の戦闘機』の系譜を、つい70年前には世界の全てを敵に回して戦い続けた狂戦士の末裔が操るのであるから、むざとはやられない。
空自のパイロットたちはGに耐えて首をめぐらし、鍛えに鍛えた二つの最高品質の索敵装置、アイボールを駆使して全翼機の追撃をかわし続ける。
左右に機を揺らして射線を外し、かと思えば返す刀のように鋭い航跡をのこして機を翻す。
振り切ったイーグルはすぐさま味方に追いすがる別のメテオールを発見し、見つかるのもお構いなし照準のレーダー波を叩きつけた。
熱烈なラブコールにダンスの相手が代わる。
繰り返し、繰り返し。命懸けの挑発が繰り返される。
「花火の中に突っ込むぞ、サイファー」
「ブレイズが当てた!」
「タリズマン、後方に敵機、ブレイク!」
「尾翼に青いリボンを書いてるのは誰だ?援護に感謝する」
 その時、激しい通信の遣り取りの中へ悲鳴じみた報告が飛び込んできた。
「くそっ!下に気づいたやつがいる!!誰か追ってくれ!」
 誰しもがギョッとなる。
 二機のメテオールが足を縮めて空気抵抗を減らし、真っ逆さまの逆落としに海面へと下ろうとしていた。
 F-15Jが一機、無理に追いすがろうとして横合いからレーザーで溶断される。
 航空燃料が爆炎の花を咲かせる脇を、イーグルがもう一機駆け下る。90式空対空誘導弾が白煙を曳いてメテオールを追った。狙われたメテオールはダイブを中断して回避に入る。
 あと一機、誰か。誰でもいい。
「こっちで受け持ちます!」
 その誰かの声は、国際緊急周波数で飛び込んできた。
 同時に洋上に閃光が数回瞬き、なにか恐ろしく速いものが射出される。一直線にダイブしていたメテオールとの相対速度は凄まじく、全翼機は自らの速度と重量を上乗せして飛来物に飛び込んでいた。
 回避の暇も無く、乾いた音をさせて全翼機の前面に小さな穴が削孔される。ささくれはそれだけで巨大な空気抵抗を発生させる。まして機体内部に銃弾が飛び込んで内部構造が破損した状態では、メテオールは自らの機体剛性を維持できず、空中で四散した。
 残骸を挟んで追ってきたイーグルと、迎撃したイーグルに似た何かが、背中合わせに交錯する。
「こちらは大江戸先進科学研究所の太刀風!攻撃隊の護衛は任せてください」
 その何かの中で、鷹介はヘルメット内蔵のマイクに向かって叫ぶと同時に、操縦悍を引いて背面飛行に入った。続けて捻りこんで水平飛行に戻しつつ、鋭いターンでF-2の上空に戻ってゆく。
 実際のところ空戦では自分がいても足手まといだろう。ダイガストの一部とはいえ、太刀風は単体でメテオールを圧倒するとは思えない。まして空自のF-15Jでは、命懸けも良い所だろう。
 だが返ってきたのは、国際緊急周波数からの頼もしい一言だった。
「頼みます」と。
 鷹介の胸にイーグルドライバーという言葉が憧れと共に思い起こされた。
 だが今は憧れに背を向ける。自分がたどり着いたのはイーグルでなく、その翼下にも守らねばならない多数の攻撃隊がいた。
 託されたのだ、そう考える事は、未だ若い彼には出来なかった。

「メテオール、ジエイタイの前衛と混戦中。離脱2」
「中央の敵艦の発砲を確認。回避運動、開始」
「誘導弾第三波、接近中。シーカー補足。射程内まで待機」
「ジエイタイの攻撃隊、レンジAに入ります」
「撃たれますね、あの攻撃隊には」
 ディアマンテの戦闘艦橋内で矢継ぎ早に戦況が更新されてゆく中、副官が相変わらずの無表情でパトリキオスに近未来の予測を告げた。
「誘導弾の第四波と同期をとるあたりでしょうか」
「それだけなら本艦の対空火力でどうとでもなるがね。本音を言えばレーザーの出力を上げて吹き飛ばしたいところだが…」
「GBCにしたり顔で大人気ないと非難されますよ」
「この戦争自体が大人気ないとは思わないかい?」
 そう言ってパトリキオスは前面の戦術情報ディスプレイの一角に映し出された、対峙する海自の護衛艦群に目を向ける。特に一際異彩を放つ、あの腕の付いた大砲が引っ掴まった平甲板の艦を。
「ダイガストとやらと、まさかこんな形で対決するとはね。涙ぐましいじゃないか」
 彼の言を証明するように、回避した46センチ砲弾が巨大な水柱を上げ、擾乱する海面がディアマンテの巨体を揺すった。
 そこに艦対艦ミサイルの第三波の迎撃報告が続く。当然の事に、歓声も沸かない。
メテオールがいつまでも時間稼ぎに引っかかっているのは予想外だったが、それ以外は順調だった。散発的な誘導弾など物の数でなし、まして山なりの砲弾などは同時に飛来する弾ごとの散布角で相手を包み込む事によって直撃が生じる、言わば可能性の武器だ。たった一発の砲弾になど、当たってやる方が難しいという物だ。
「誘導弾、第四波、発射を確認」
 索敵手が淡々と告げる。
「来ましたね、やつらの攻勢限界点が」
 副官も自説に異論を持っていないようだった。
 そして案の定、ジエイタイの攻撃機も誘導弾を切り離す。もう少し接近してから発射すると読んでいたパトリキオスには些か拍子抜けだった。
 すぐにディアマンテのセンサー群は接近する誘導弾を識別し、戦術情報ディスプレイに反映させる。
 総数65535、と。
 戦闘艦橋に重大な危険を告げるアラートが鳴り響く。沸いて出たかのような誘導弾の群れがディスプレイを埋め尽くすと、クルーはたちまち混乱に陥った。
「うろたえるな!」
パトリキオスが即座に口を開く。
「電子妨害だ!対空モードのレーザーを速射優先にして対処せよ。成すべき事を成せ!」
 指揮官の一喝で混乱は最小限に止められた。クルーの命運を預かる身として、パトリキオスは正しく責務を果たした。
 問題は現実だった。
なりふり構わず迎撃を開始した対空レーザーが次々と誘導弾を処理してゆく。カウントは素晴らしい速さで減少していった。6万が5万へと。
 あと5万だ、畜生。パトリキオスは暗澹たる思いでディスプレイを見守る。
『電子戦機か?しかし、その可能性を持つ大型機は参加していない筈だ。そもそもこっちのセンサーが欺瞞される理由は何だ?なぜ敵がディアマンテの索敵方式を知っている?』
 混乱の只中、戦闘艦橋のクルーたちは対処に追われ、ディスプレイの一角を占める映像を失念していた。
 あの甲板の上にしがみ付き、仰角をかけていた砲が、その砲口を直接向けて、闇を充たしたような真円をこちらに見せた事を。

 結論から言えばディアマンテのセンサーに誤情報を送り込んでいたのは、F-2から放たれた空対艦ミサイルに混じった飛翔体――実に半数にせまる数の電子戦用無人機だった。要は弾頭に炸薬の代わりにジャミング装置を仕込んだ簡潔なものだが、その全て、30発以上の飛翔体を誤情報込みで撃ち落とさねば、戦場に蔓延した電子の霧は晴れない。
 強大ではあるが単艦であるディアマンテを逆手にとって目を塞ぎ、艦載機も時間稼ぎに巻き込んで母艦から切り離した。
 全てはその一撃のために。
 同刻、『いせ』の甲板上でにわかに動き回る人影が増える。
 エレベーターが甲板まで競り上がり、格納庫から人間よりも大きな円筒状の物体が顔を見せた。何らかの圧をかけるシリンダーにも見える物体を、荷車に寝せて載せるや、海自隊員達が寄せ集まって人力で推し進める。
 規格外で機械に頼れないのだろう、それでも結構な速度でもって甲板に鎮座した獅子王の横にまで持ってくると、砲から生えてるような腕がそれを迎えに来る。
 といっても器用に引っ掴むのでなく、手の平を開いて甲板におろす。物体を荷車に括り付けていたチェーンを外して、隊員達が『せーの』と押してやると、手の平にすとんと収まった。
 それもこれもハイパワーなロボットアームが物体を握り潰しかねないためだ。
 直後に車体に張り付いていた別の隊員達が砲基部の装填装置のハッチを開くと、クレーン代わりの腕が物体を持ち上げてくる。そこから、また人力だ。間に合わせの鉄パイプをてこに、金属板を手で持って壁に仕立てて、巨大な手の平を伝って装填装置内に転がり込ませる。
 なんというか、本当に21世紀かと疑いたくなる手段を経て、円筒状の物体は46センチ砲に詰め込まれた。最後の最後でようやく給弾装置が作動して装薬室に設置する。
 海が荒れていたら全てがお仕舞いだったが、その日の太平洋は八百万の神々の加護を信じるくらいに穏やかだった。
「装填を確認!離れてください」
 土岐虎二郎の声が外部スピーカーから流れると、隊員達はエレベーターへと走って戻る。乗せ終えるや昇降機は何かから逃れるように艦内へと下がっていった。
 そこからの仕事はもう獅子王の中だけだ。虎二郎は手元のコンソールパネルに表示された海面の微細な揺れを数値化したものを睨みながら、新たに砲塔内で始まった準備の進捗にも目を光らせる。
「ルートサイクロン・チャンバーは正常、圧縮空間も安定…仮想砲塔、転張確認…砲撃プログラムは問題なし…海面の揺れ、誤差範囲内」
 ダイガストに合体していない状態では、外界を映し出すものは操縦席の前に並ぶ多数の液晶モニターだけだ。その中の一つに、『いせ』の艦橋構造物の屋根部分に取り付けられたカメラが捉えたディアマンテの遠景がある。
 そこが最も遠くを見通せる高所だった。映像には太刀風から送られてくる観測データも反映され、最適の標的情報が提示されている。
今もディアマンテは猛烈な対空砲火を張り巡らせており、誤情報を含めた全ての飛来物に向けて弾幕を向けていた。
 あれに当てるのか。虎二郎はトリガーにかけた指が強張るのを感じた。
この作戦に参加した全ての人々の行動が、この一射のためにあった。
「…重いな、このトリガーは」
 思わず呟いていた。
 たとえば、あの『いせ』の艦長さんがここにいれば、かわりにトリガーを引いてくれたろうか。いや、ここで職務の違う事を頼んでも無礼にしかなるまい。今も『いせ』はたいした揺れもないまま、予定通りの砲撃位置を堅持していた。
 数え切れないほどの予定外がおこる戦場で、予定通りを続ける事こそ、あの艦長の意地なのだろう。
 だいたい考えてみれば、虎二郎の足元の席で鷹介はずっと、その操縦悍を握っているのだ。自分が彼と同い年だった頃はもう一回りも昔になるか。果たして自分はあの位の時に何を出来ていたのか。
「いや…」
 脳裏に浮かぶのは故郷の空に翻る、見た事のない国の旗だった。
「あんなのは、もう御免だ」
 決意を新たに。おりしもディスプレイの発射カウントはゼロを刻む。
 ディアマンテの弾幕の只中へと二種の対艦ミサイル群が殺到する。濃密な対空レーザーの嵐は偶発的に多数のミサイルを撃破したが、海面ギリギリを直進する本来の対艦ミサイルの軌道をとった一団は、損耗の少ないままディアマンテの脾腹に突き立った。
 爆風は航宙デフレクターに次々と負荷を与え、何の対策もなしに流星群に突っ込んだような、設計の想定外な被害を現出させる。
 炎で出来た真紅の華が咲き乱れ、沸騰するかのように荒れる海面が800メーターもの巨体を震わせた。だが、それもほんの僅かの事。
 飽和攻撃の絶頂は出し抜けに訪れ、そして波が引くように終わる。
「耐えたか…!」
 靴底に感じる揺れが収まってゆく中、副官が呟いた。
 反撃を進言しようと彼が口を開きかけた、まさにその時、これまでとは比べものにならない振動とともに、戦闘艦橋が暗闇の中に落ちた。
 すぐに非常用の赤色灯が点き、再起動した戦術情報ディスプレイに状況が羅列される。
 そこには想像を絶する被害報告が含まれていた。

 ディアマンテの甲板が艦の三分の一ほど前方部分の、その内側から爆ぜた。
 巨大な炎の柱が破孔を出口と突き立ち、艦の構造材を空へと放り上げる。
 その被害と比べれば目立たないが、艦首にも小さな――あくまで巨体に対してだが――黒点が穿たれていた。何かがそこから進入し、艦の内部を衝撃とともに破壊しながら突き進み、その運動エネルギーの尽きたところで爆発したに違いない。
 虚実を織り交ぜた誘導弾の飽和攻撃で弱められたデフレクターシールドは、その何かを止め切れなかったのだ。
 何か、とは水平射撃で撃ち込まれた46センチ砲弾だった。何らかの方法により、あの巨大な爆発物をディアマンテへと捩じ込んだのだ。
 現に平甲板の艦とディアマンテとを一本の航跡のような痕が結んでいる。凄まじい空気の塊が海面に刻んだものだった。
 何が起こったのか、それは。
「うむ、さすがディメンジョン・ルートサイクロン機構。吸引力の弱まらない惑星改造掃除機の中枢だけはある」
 今回初登場の大江戸博士は四角い顔を喜色満面にしてディスプレイの向こうでふんぞり返っていた。
「装置に穴を開け、圧縮された空間を決壊させる。空間が元に戻ろうとする作用を砲塔内を使って指向・誘導し、火薬では成し得ない威力で砲弾を放り込む…時々、自分の天才が恐ろしくなるな」
「おかげで貴重なルートサイクロン機構と砲塔一本がお釈迦ですがね」
「なぁに、まだ想定内だ。砲身は『やまと』の二番砲塔からあと二本失敬しているし、空間圧縮装置もこれで最後ってわけじゃない。余裕は無いがな…人的損害を減らせるなら御の字だ」
 それは安っぽいヒューマニズムでなく、将兵の経験を培った時間と金は引き換えに出来ないという現実的な意味である。
「今回の件で『地球防衛戦線』の情報が信用に値する事も理解されただろう。これで…」
と既に勝った気でいる大江戸博士の通信に、切羽詰った声で鷹介が割り込んでくる。
「『足つき』の連中、まだやる気だ!」
 博士と虎二郎の顔が引きつった。
 同じ頃、ディアマンテの戦闘艦橋でも副長が顔を引きつらせていた。彼の前にはその原因であるパトリキオスが腕を組み、不動の構えを見せている。
「この程度の損害で本艦は沈まない。メテオールも戦闘能力を残している。であるなら、だ。我々はまだ勝負を投げるわけにはゆかない…そうだろう、諸君?」
 部下達の挙げてくる報告はおよそ目を覆わんばかりだった。
艦体前方部分は砲弾が突き通ったために衝撃で電路のそこかしこが破断し、レーザー偏光器の三割が電源を失って沈黙していた。
 上甲板の下にはメテオールの格納庫があり、よりにもよって砲弾はそこで爆発している。空間を炎と衝撃が充たし、多数の整備士が炭素の塊に変わっていた。
 大破と言って良かった。
 だが、だからこそ退けなかった。この損害では暫く限定戦争に参加できないのだ。
 ならばここが踏ん張り時だろう。戦闘艦橋の中、パトリキオスだけがそこまでの被害勘定を終えていた。
「惜しかったよ、ジエイタイの諸君。しかし並の軍隊からいざ知らず、宇宙が相手であるセランの船乗りの諦めの悪さは、銀河帝国圏でも随一だ。さぁ、ここからは…」

「…我慢比べだな」
 F-2攻撃隊の飛行隊長は国際緊急回線に呟いた。
「我々は305飛行隊と合流し、敵艦載機をたたく。君はどうする?」
「いきます」
 鷹介は即答する。
「編隊飛行は未だやっていませんから、単独で一撃離脱につとめます。皆さんはそこを…」
「ひよっこめ、言うじゃないか」
 飛行隊長の声は笑っていた。直前の鷹介の言葉には、自分の素性を明かすに近い情報が含まれていた。
「どういう経緯か知らないが、編隊飛行もまだやってないなら松島基地に来いよ。俺たちが揉んでやる」
「あ…」
 鷹介は迂闊な事を口走ったと理解したが、何も答えず、ただ機体を左右に傾けた。こういう時の翼を振るような動作はパイロット達にとって共通の、およそ好意的なジェスチャーだった。
 そしてスロットルレバーをメカニカルロックまで押し込み、飛行機雲が激しく交差する空戦の渦中に全速で飛び込んでゆく。
 対艦任務のみと思われていたF-2の対空戦闘への参戦はメテオール隊を浮き足立たせた。その隙に305飛行隊のイーグル達は残存機で二機編隊を組みなおし、性能で勝る足付き全翼機に二対一であたる体制に移行する。
 幾度か爆炎があがったが、その後、戦闘は急速に泥沼化していった。それは空自の寮翼による連携がメテオールを封じ込んだ、という意味合いの方が強かった。

 第二次駿河沖海戦の結果はドローとなった。
セラン諸惑星連合が粘り続ければ自衛隊機の残燃料や、護衛艦に戦闘を決する力が無いといった諸問題から、日本側が押し切られる事は想像に難くなかったのだが、銀河列強市民はそうは思わなかった。
泥縄の競り合いに飽きた視聴者がチャンネルを変えたため、GBCの視聴率が落ち込んでゆく段になり、停戦となったのだ。
 ごく低速で海面スレスレを飛行するディアマンテの甲板に立ったパトリキオスの表情は重い。
 足元に広がる巨大な破孔には飛び込んだ海水が溜まり始め、持ち込んだポンプでもって排水が始まっている。と同時に整備士の炭化した遺体の回収作業も始まっていたが、海水にもまれて誰の物か判らない破片探しになっていた。この有様ではメテオールも着艦できず、今も各々がオガサワラまで自力飛行している。
 これだけの被害を出そうと、視聴者とかいう顔の見えない連中に軍の進退まで決せられねばならないのか。GBCはシビリアンコントロールの極致とか放言を繰り返しているが、文民統制とは本来軍人のアドバイスを受けて文民が決定を下すという原則だったはずだ。ならばこんなものは戦争ではない、プロフェッショナルのいない、ただの野蛮なショーではないか。
 しかし今は我慢の時だった。パトリキオスは奥歯を噛み締める。
 こんな馬鹿げた世情に抗うために、わざわざ銀河帝国の勢力圏でもない辺境にまで赴いているのだ。
 リゾート惑星とは比べるべくも無い島を奪ってまで。
「実にもならない植民地経営などに興味は無い。俺たちが望むものは…」
 パトリキオスの視線の先には、茫洋とした太平洋が広がっていた。
 同じ頃、海堂一佐もまた甲板に立ち、太平洋に向けて黙祷を捧げていた。
『やまと』と運命を共にした同期や乗組員達が見守ってくれていたのか、海自の戦隊に被害はなかった。しかし矢面に立った空自の損害はかなりに昇っている。一足先に本土に帰ってゆくのを見送ったが、その数は行きの半分というところだ。
 平時に行われていた毎年数機づつの調達では、この損害には対応しきれまい。いや、そもそもパイロットをどうするのか。このままでは早晩、我々は組織立った戦力を喪失してしまう。
 あるいは。
 海堂は『いせ』の甲板におさまる巨大な戦車に眼を向ける。
 今回は彼らからの申し出で、この荒唐無稽な作戦が実現した。
 飽和攻撃の先鋒となった空自の電子戦兵器も、敵方の索敵方法という情報の要は、大江戸先進科学研究所経由で『地球防衛戦線』を名乗るNPOから得たものだという。
 異星人の来寇という軍事常識では図れない状況――当たり前だ――のなか、何かが、誰かが、対抗を始めている。大江戸先進科学研究所が第3セクターである事を考えてみれば、差配しているのは防衛省とは別の省という事か。
 であるなら、現場である我々ももっと有機的に連携は取れないものか。さしあたっては、
「どうですか、按配は?」
 海堂は既視感を覚えながら、獅子王とか言う巨大戦車から出てきた、今にも怪獣と戦いそうな格好をしている男性に声をかけた。
男性が被っているヘルメットは、目から上が黒いバイザーに覆われていて素顔がわからない。が、その口元だけは弛みが確認できて、彼が自分と同じように何らかの満足を覚えている事が伺えた。
「戻ったら早速、各部のチェックですよ。こう見えても精密機械なもので」
「それは『いせ』も同じですな」
 海堂は声には出さなかったが、獅子王の重量で甲板に押し付けられた履帯のへこみは、修理を要する類のものだった。これが今回唯一の海自の損害と考えると泣けてくる。
「しばらくは磯子のドックで宿舎生活ですよ。勝敗の如何に関わらず、戦力は消耗してしまう…アメリカさんにしても、EU、ロシアにしても、予備役や予備機をフルに使いまわしているのが現状です…正直なところ、あなた方のような我々の常識の埒外の方たちの力をあてにせざるを得ない…」
「任せてください」
奇しくもそれは虎二郎が数日前に海堂に聞かせた台詞と同じであった。海堂は既視感が確定に変わり、目を見張った後、にやりと笑みを見せた。
「ただ…」虎二郎は続ける。「自分たちのような存在は、常に必要というわけでは無いでしょう。洋上給油みたいな国際協調はダイガストでは無理ですから…それに、おそらく、船団護衛は近々必要になります」
「通商破壊が行われると?…いや、地球人以外が海賊行為をはたらくという事も有り得るのか…それに、スエズやマラッカを奪って、通行料をとる様な列強が現れないとも限らない、か」
「はい。銀河列強との戦争がどれほど荒唐無稽であっても、通常兵力は必須なんです。敵も、兵力の根幹は同じ人類なのですから」
「星は違えど、考えることは同じか…我々の悪夢は終わらないわけですな」
「自分の子供に見せるよりはマシですよ」
「確かに…」
 海堂は小さくため息をついた。婚期の遅かった彼がさずかった長男は、来年には防大を受験するといっている。こんな時勢にと翻意を促したが、自分が自衛隊を辞めるなら、と生意気を言われた。胸が熱くなった。
「…なかなか家に帰れない父親ですがね」
 海堂は自虐的に言ったものだ。
 それを聞いて虎二郎は口元を綻ばせた。
「なぁに、放っておいたって無責任なマスコミがニュースのネタにしますよ。艦長さんの顔も出るんじゃないですか?」
「出ますかね。ああ、どんな見出しにされる事やら」
「惜敗とか…もしかしたら大損害とか?」
「うちの子供たちはもうニュースを自分で解釈できる歳ですから、まぁ、察してくれるでしょう。見せるなら大勝ちしている背中にしたいものですがね」
 海堂の頬に淡く、苦いものが浮かんだ。
 列強を相手取った海上交通路防衛。思わぬところで耳にしたものだが、眼前の限定戦争で手一杯の今、果たして自分達はそれに対応し切れるのか。
 そもそも闘争から目を背け、耳を塞いでしまった日本人という民族が、それに耐えられるのだろうか。
 彼らの頭上を太刀風が旋回し、日本に向けて帰ってゆく。残余燃料の限界が近づき、墜落機からの脱出者の捜索を断念しての事だった。
捜索対象の中にはF-2攻撃隊の飛行隊長も含まれていた。

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