創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

Spartoi_001

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匿名ユーザー

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○1
 その少女は、後光を背負って現れた。
「尾崎晴道君。君、このゲームが上手いんだってね」
 夏の日差しは昼下がりのころを過ぎても、まだ勢いを失っていない。だから窓から差す白い閃光は、踊り場に立つ少女の影をひどく鮮明に切り抜いていた。呼び止められて首だけで振り向く、少年の顔へ刻みこむように。
「――は?」
 唐突な呼びかけに振り仰いだ少年の網膜へ、少女は強烈に焼き付いてくる。
 太陽光の粒子を艶やかに孕んだ漆黒の黒髪が真っ直ぐ、胸あたりにまで降りている。女子としてはやや長身の部類だろう。制服の下の身体は細くしなやかに引き締まりながら、女性の甘みを要所要所に主張していた。
 涼しげな目をしている。口許には飄々とした、得体の知れない余裕がある。はっきりと整った目鼻立ちは凛々しくも得体の知れない不敵さを発散しながら、独特の圧力を伴って階下の少年を見下ろしていた。
「これだよ、これ。『神速機動ラゲリオン』」
 そして彼女は、手にした携帯ゲーム機向けのパッケージをゆらゆら揺らす。鋼鉄の装甲板も厳めしい人型ロボットたちが武器を手にして火花を散らすイラストは、逆光のコントラストの向こう側でもよく見えた。
 彼がよく知っている、そして随分とプレイ回数を重ねたロボット格闘ゲームだった。
 しかし相手の意図は全く読めず、短髪に眼鏡の少年はただ神経質な仏頂面で、無愛想なだけの言葉を返す。
「だから、――何?」
「私と勝負してほしいんだけど」
「は?」
 まさしく挑戦的なその一言に間髪入れず、少女はその背中から携帯ゲーム機を取り出す。
 その魔法のように鮮やかな仕草の背後で、今までどこに持っていたのか気づくことも出来なかったそのゲーム機が現れ、同時にゲームソフトのパッケージの方はどこへともなく消え失せていた。
 GPG――Gaming Player's Gear。
 今、世界でもっともポピュラーな携帯ゲーム機の一つ。それが少女の掌中にある。
「無線で対戦出来るんでしょ、このゲーム。やろうよ」
「……今から? この試験期間中に? 学校で、あんたと……対戦ゲーム?」
「あははっ」
 非難と嘲笑の調子が籠もった少年からの反応を、少女は軽く笑い飛ばした。制服を形よく押し上げる自分の胸と少年の胸とを、親指と人差し指とで交互に示す。
「そう。私は試験期間中の学校で放課後に、初対面の君と、対戦ゲームで勝負したいの。もっとも試験期間中にゲーム機を学校へ持ち込んでいる不届きな学生は、私だけじゃないみたいだけど」
「…………」
 そして少女の人差し指が、少年の肩掛け鞄をぴたりと指す。
 その指先からの延長線と少女の視線はいっそ気味悪くなるほどの正確さで、鞄の奥に隠された少年のGPGの位置を射貫いていた。
「ねえ? 尾崎君――ああ、ネット対戦やプレイ動画を上げるときのHNは、《OZ_Arc》だったっけ?」
 鼓動が跳ね上がるのを感じた。
 少女のその瞳がすっと動き、今度は少年の瞳を捉える。
 周囲の誰にも明かしたことのない、誰も知るはずのない名を呼ばれた彼の狼狽を貫いて、全てを見透かしでもするかのように、見えない圧力を伴いながら。
「どうする? やる? やらない?」
「…………」
 ゴン、と背中が壁にぶつかって、少年はそのときはじめて自分が無意識のうちに後ずさっていたことに気づく。
 胸に突き刺さるようなその鋭さと圧力に押されて、気づけば少年はその一言を口にしていた。
「……まあ、一回だけなら」
「十分」
 少女の唇が緩み、一転して笑みをたたえる。その途端に全身を縛りつけていた圧力が失せるのを感じて、晴道は呼吸の自由を回復した。
 しかし彼女の眼光はそのまま、鋭さはどこにも消えていない。獲物を捕らえた猫のような笑みだと、後になってから少年は思った。
「ステージ設定と機種選択は、私の指定通りにしてもらうね。そのへんはハンデってことで認めてほしいな。場所はいいところがあるから、案内するよ。ついてきて」

○2
 少女が少年を連れてきたのは、晴道には何の関わりもない三年生の教室だった。本来の使用者である学生たちはとうに下校したのか、人の気配は全くない。静かだった。
 そんな見知らぬ教室へ遠慮も無しに入り込み、少女は中央付近の適当な席から椅子を引き出して勝手に座る。
 ――上級生だったのか?
 まるで物怖じする様子もない少女と反対に、少年は表情を強ばらせながら、しきりに廊下の方ばかりを気にしている。
「心配しなくていいよ。ここには当分誰も来ないから。早いところ始めちゃおうか」
「誰も来ない、ってな……」
 なんでそんなこと、自信満々に言えるんだよ――自らの選択の正しさをかけらも疑う様子なく断言してのける少女に晴道はしばし呆れかえったが、やがて破れかぶれになると二つ隣の席から椅子を引いた。少女との間に席をひとつ挟みながら、鞄の奥からGPGを引っ張り出す。
「ああ、自己紹介がまだだったね。私は二年十組の来栖貴子。よろしく」
「二年かよ……」
 ここの学級の生徒どころか、三年生ですらなかったのか。どういう基準でこの教室を選んだんだ?
 疑問は百出していたが、それらをいま少女に問い返しても無意味な気がして、晴道はおとなしく相手のペースに乗ろうとした。
「……二年二組、尾崎――」
「うん、それはもう知ってるから」
「さいですか……、――?」
 そして、少女――来栖貴子の取り出したGPGを何気なく見た瞬間、晴道は思わず吹き出しかけた。
 近くでよく見て初めて気づいた。彼女のGPGの全体には、やたらと自己主張の強いステッカーが張り付けられていたのだ。それも同級生の少女たちがよく携帯電話に貼り付けているような、友達と一緒に撮った集合写真シールの類ではない。
 むやみに目が大きく幼げで、人種というよりはもはや生物種としての限界を無視したかのような極彩色の髪と瞳の少女たちのアニメ絵ステッカーが、彼女のGPGをそこかしこで覆っていたのだった。
「…………!?」
「何?」
 途端に凍りついたまま自分を凝視している晴道に、気にするでもない風に貴子が聞いた。
「い……いや……そ、その……それ……」
「だから、何?」
「い、い、いや……何でも」
 はっきり言いなさいよ、とでも言わんばかりに威風堂々とした少女の態度に押し切られ、晴道はもごもごと喉まで出かけた言葉を引っ込めた。
 気を取り直すと、彼女のそれのような装飾などない、細かい傷以外は購入時のままの素っ気ない自分のGPGを引っ張り出しながら電源を投入する。ちらりと横目で、同様の手順を踏んでいる少女を盗み見た。
 ――こいつ、オタク女だったのか? それも相当、妙な方向にこじらせた。どうやって俺のHNなんか探り当てたのかはともかくとして、それでいきなりゲーム勝負なんか申し込んできたりなんかしたのか?
 しかし今のはどう見ても、男向けって感じのアレだったよな。女のオタクって、もっと男同士で何かやってるようなのが好きなんじゃないのか?
 同じ高校の同学年に在籍していながら、今までろくに知りもしなかった少女の背景を、晴道はあれこれと想像しはじめる。
 しかしいくら考え込んでみたところで、ほとんど初対面にも等しい男子生徒を相手に、試験後の学校でいきなりゲーム対戦を申し込んでくる美少女の正体など、分かろうはずもないのだった。
「それじゃあ、始めようか」
 二台のGPGが起動した。同時に晴道はヘッドフォンから巻き取り式のコードリールを引き延ばし、ジャックをGPGへ差し込もうとする。
「ああ、ちょっと待って」
「?」
 しかしそのとき、少女が片手を上げて晴道を制止していた。
「尾崎君。今回、イヤフォンは無しにしない?」
「はぁ?」
 いったい何を言っているんだ、苛立ち紛れに晴道は思った。
「仮にも勝負なんだろ、これ?」
「うん、確かに勝負なんだけどさ。《ラゲリオン》の世界で音に聞こえた《OZ_Arc》ともあろう者が素人の女の子ひとり相手にするのに、そんなの別になくてもいいんじゃないかな? ってこと。私もイヤフォン無しでやるからさ、同じ条件でやろうよ」
「そんなの、って何だよ」
 軽い口調の少女に、思わずむっとしながら晴道は言い返す。
 視覚、触覚、聴覚。およそ味覚と嗅覚を除く五感のすべてをゲーム世界に没入させ、余計な異物を取り除いて全力での真剣勝負に没入するために、イヤフォンは晴道にとって必要最低限の、そして必須の装備品だった。
 無知な素人に使い慣れた道具選びへ口出しされたように感じて、知らずと口調が熱と棘とを帯び、身体ごと半歩前へ出ていたことに晴道は気づく。
「――あ。いや、……」
 思わず出過ぎたことを意識して少年は口ごもるが、少女はその突然の勢いに怯むでもなく、同じく感情的に吠え返すでもなく、ただにこやかに片手を上げながら受け流すだけだった。
「ごめん、ごめん。実は私もついうっかり、イヤフォン忘れてきちゃっててさ。それに、今はこういう環境でしょ? ゲーム中に他の物音が聞こえないのって、ちょっとおっかないよね」
「ああ、……そうだな……」
 おどけるように話す少女の言葉の前半分の真偽には疑念を抱きながらも、後ろ半分の理屈については納得し、晴道は矛を収めた。
 この少女が――余人には知り得るはずのない情報を次々と言い当ててのける、得体の知れない雰囲気をまとったこの少女が、わざわざゲーム勝負を挑むに際して、そんな『忘れ物』をやらかすことなどあり得るのだろうか?
 しかし敢えて、いつ巡回の教師やこの教室本来の生徒たちに見つかるか分からないような危なっかしい状況でゲームをやろうというのなら、確かに耳を塞いでしまうのは危険だ。
 いずれにせよ。何をつまらないところで熱くなっているんだ、俺は。自分を納得させながら、晴道は呼吸を整え直す。
 イヤフォンぐらいなくたって、その程度で実力の差をひっくり返されると思うほど、自信がないわけじゃないだろう。彼女自身が言うように、条件は相手も同じなのだ。
 よしんばこれが彼女の罠だとしても、しょせんはゲームの上のこと。ならば、その罠ごと噛み砕いてやれないようでどうする。
 しゃんとしろよ、尾崎晴道――《OZ_Arc》。
 このわけのわからない女がゲームでの勝負を望むのなら、その意図がいったい何であれ、自分の実力をそこで見せつけてやればいい。それだけだ。
 そう。
 ゲームならば、誰が相手でも負けない。
「よーし。じゃあ、このまま行ってみようか!」
 少女の声に晴道は頷き、イヤフォン無しのまま、GPGが描画し演奏する世界の中へと意識を落とした。
 メーカーロゴ、そして『神速機動ラゲリオン』の見慣れたオープニングムービーをスキップし、タイトル画面で対人戦を選択する。無線認証を済ませ、二台のGPGを接続した。
「まず機体ね。私は《ラゲリオン・ディーヴァ》ってやつを使うよ。尾崎君は《カスタリオ》を使ってね」
「おいおい」
 臆面もない少女のごり押しに、少年は思わず目を丸くして呻いた。
《ラゲリオン・ディーヴァ》は、ストーリーモードでの最終面ボスが操る機体だった。対人戦モードにおいては一定条件下でのストーリーモードクリアでようやく解放される隠しキャラであり、ストーリーモード登場時よりは多少のデチューンが施されてはいるものの、それでもその機体性能は限りなくゲーム内最強の座に近い。
 一方の《カスタリオ》は、作中世界における味方陣営の一般兵向け旧式量産機というもので、機体性能はゲーム内での最底辺と言って良かった。やはり対戦モードでは性能を底上げする救済措置が施されてはいるが、それでも《ラゲリオン・ディーヴァ》との性能格差は決定的に開いていた。
「まあ、いいじゃない。名人と素人のハンデだと思ってさ。将棋の飛車角落ちみたいなもの、ってことで」
「ハンデ、ね……」
「そう、ハンデ。でもさ――」
 互いに機体を決定して設定画面を次へ進めながら、少女は目線をGPGへ落としたままで少年へ言う。
「尾崎君、本当は好きでしょ。そういうのがさ。――ね? 『《カスタリオ》の《Oz_Arc》』くん?」
「…………」
 晴道は答えなかった。貴子もさらりと流す。
「さて、ステージは市街地。時間帯は夜、天候は曇りってところで行こうか。まずは時間無制限一本でよろしく」
 次いでステージの条件を設定していく少女を事後承諾のかたちで見送りながら、晴道はすでに与えられた条件の中で組み立てられる戦術について思考を巡らせはじめていた。
 勝つ。
 彼女が何者であろうが、その目的が何であろうが、一切関係ない。
 自分がいま考えるべきことは、ただ、このゲームに勝つこと。それだけでいい。
「やる気になった?」
 軽い言葉に顔を上げれば、そこには晴道の思いすべてを見透かすような少女の微笑があった。思わず睨み返した晴道の視線を笑みだけでいなして、少女は開戦の合図を告げる。
「それじゃあ、行ってみようか」

○3
 GPGの画面上に、未来都市の風景が展開した。
 真夜中の曇り空を街灯の群れが照らし出す。整然と立ち並ぶビル街を幅広の並木道が貫き、遠景には公園らしき緑の区画も見えている。
 晴道の《カスタリオ》は金属製の剣に盾だけという貧弱な標準武装のまま、虚空から並木道のど真ん中へと降り立った。ショックアブソーバが衝撃を吸い込み、柔らかに膝関節を沈ませてまた戻る。
 無骨で無個性なゴーグルアイが、戦場を睨みつけるように顔を上げた。
 システムによるオート進行からプレイヤーの手へと行動の自由を得るや、晴道はすぐに《カスタリオ》を手近なビルの脇へと前進させた。作中設定では全高四メートル強とされている鋼鉄の巨体が路面を踏みしめ、力強く躍動しながら進撃する。
《カスタリオ》を中心に3Dで描写される画面の下端には自機と敵機のライフゲージが、そして右上の片隅には地図とセンサーの捉えた敵機の位置が表示されていた。今のところ少女が操作する敵機、《ラゲリオン・ディーヴァ》の機影はそのどこにも映っていない。
『神速機動ラゲリオン』は近未来世界を舞台に人型兵器を操って戦う、ロボット格闘ゲームだ。その特徴は目まぐるしい高速機動によって展開される近接格闘戦の重視と、地形要素の利用に関する柔軟性の高さにあった。
 ステージに登場する壁や障害物を任意に破壊可能なのはもちろんのこと、地面に穴を掘ることも出来たし、障害物もものによっては武器や足場、防御物として利用することも出来る。
 そして近接格闘戦の要素も重視され、機体の当たり判定と破壊箇所もパーツごとに設定されていた。
 絶妙のゲームバランスのもとに配置されたこれらの要素が、爽快な操作感とともに高度な戦術性をもゲーマーに要求し、『神速機動ラゲリオン』は奥深いロボット格闘ゲームの佳作としての評価を獲得していたのだった。
「…………」
 ビル影に背を張り付けるようにしながら、晴道は《カスタリオ》の足を止めていた。未だセンサーに《ラゲリオン・ディーヴァ》の反応はない。しかし晴道は自機の動きを止め、GPGのスピーカーがBGMの奥底から発する効果音の唸りに耳を澄ましている。
『神速機動ラゲリオン』には敵がセンサー有効範囲外であっても、その方向と距離を動作音から疑似三次元的に聴き取れる機能が実装されていた。
 とはいえしょせん携帯ゲーム機でしかないGPGでは、いかに内蔵スピーカーが3D音響効果を意図して筺体両端にステレオで配置されていたとしても、イヤフォン抜きの本体音源のみで三次元的な音の立体感を読みとることは至難の業だった。
 晴道にとっても、GPGでイヤフォンを付けずに『神速機動ラゲリオン』をプレイした経験は数えるほどしかない。しかし、今は己の五感と技を信じるより他になかった。裸のままの耳をGPGのスピーカーへ向かって研ぎ澄まし、ただひたすらにそのときを待つ。
 静かなだけの時間が過ぎていく。
 校庭に隣接する私鉄線の駅を発着する電車、そして周辺市街地を行き交う交通からの雑音が、閉じられたガラス窓を通して教室内に響いてくる。
 GPGの外に広がる世界の音はそれだけで、対戦相手である少女が何かを口にすることもなく、キーやパッドを操るその指も、まだ音を発してはいない。
 晴道の意識は『ラゲリオン』の世界の中へと沈み、たゆたう。《カスタリオ》は不動のままだ。画面内に、センサーに、視覚で得られる情報には何の変化もない。
 突如として、晴道は十字キーを押し込む。
《カスタリオ》はビル影から旋回すると、その胸部内蔵機関砲を発射した――何もない道路両脇の街路樹へ向けて、少しずつ機首を旋回させながら。
 鞭のようにしなる弾道に嘗められて、街路樹がポップコーンよろしく次々と弾け飛ぶ。枝葉の破片が虚空へ高く撒き散らされる。緑のテクスチャが煙幕となって路上の広範囲を覆った。
 だがその中空の一部には、緑に染まりきらない人型の影が切り取られている。なお撃ち続ける晴道が機関砲の弾道をその緑の中の空白へ集中させると、赤い曳光弾は空中を抜けずにそこで弾け飛んだ。
 今まで街路樹やビル壁を打ち砕いていた破壊音とは明らかに異なる、硬質の命中音をGPGのスピーカーが吐き出す。同時に空白から降って湧いたように、《カスタリオ》の倍近くあろうかという巨体の、女性的に流麗なフォルムでありながらも同時に魔神の姿を思わせる、黒く禍々しいデザインのロボットが出現した。
 ステルス機能を利用しながら密かに空中から接近していた《ラゲリオン・ディーヴァ》の影を、撃砕された街路樹から舞い散る枝葉が浮き彫りにし、そこへの射撃でステルス機能を殺したのだ。
 胸部内蔵機関砲を連射しながら《カスタリオ》は斜め前へジグザグに跳んだ。低く唸る銃声とともにか細い火線が《ラゲリオン・ディーヴァ》の胴体へ吸い込まれ、次々に黒い装甲板を穿って火花を散らす。
 が、画面下の《ラゲリオン・ディーヴァ》のライフゲージは微動だにしない。
 果たして本当に当たり判定が出ているのかどうかも怪しいほどだったが、格闘戦を重視する『神速機動ラゲリオン』の世界では、元より射撃武器の威力は小さい。
 なおかつ最低ランクの攻撃力しかない《カスタリオ》の火器で最高ランクの防御力を誇る《ラゲリオン・ディーヴァ》の装甲を叩いていると思えば、確かにこれが妥当なのだろう。
「ほお。やるねえ!」
 しかし楽しげにそう笑う少女も、ただ撃たれっぱなしで済ませる気はないようだった。
 脇腹を穿たれていた《ラゲリオン・ディーヴァ》が、フィギュアスケートの選手を思わせる鮮やかさで旋回した。鈍足の機関砲弾を置き去りにするように空中を真横に滑ると、その機体中央をぴたりと《カスタリオ》に指向する。
 瞬時に真横へ跳んだ《カスタリオ》の影を丸ごと呑み込むように、真っ白に延びた光の帯が都市を瞬時に切り裂いていた。
 閃光に灼かれたビル群が瞬時に溶けて円く大穴を開け、次いで重力の存在を今頃思い出したかのように崩れ落ちていく。至近距離で上空を嘗められた路面の舗装は蒸発して溶け崩れ、覗いた地肌から溶融した岩石が冷え固まりながら、抉れた大地を再び覆っていく。
 一貫して射撃武器を冷遇しているはずの世界観の中で、最強機種だけに許された法外な破壊力の発露だった。まともに食らえば《カスタリオ》など、欠片も残さず蒸発していただろう。
 だが晴道の《カスタリオ》は無傷のまま、剣を抜き払いながら《ラゲリオン・ディーヴァ》へ肉薄している。黒い魔神も咄嗟に応戦しようとしたが、鈍い。射撃直後に設定された、わずかな硬直時間を狙われたのだ。
「ふっ!」
《カスタリオ》が突進する機速のうえ、さらに大振りの遠心力まで乗せて繰り出した斬撃は、《ラゲリオン・ディーヴァ》が迎撃に振り上げようとしていた左肘を叩いていた。
「!」
 GPGに何かコマンドを打ち込んでいた少女が目を見張る。機体が操作に反応しない。
 ゲームシステムに組み込まれた部位別ダメージ判定システムが肘への打撃を認識し、プレイヤーによる迎撃動作を掣肘したのだ。
「へえ!」
 机の向こうの現実世界で、少女が感嘆の息を漏らすのが聞こえる。だが晴道はそれにも構わず、ひたすら連撃の雨を降らせた。
《カスタリオ》の斬撃が狙う照準部位を単にシステムのオートに任せず、晴道はアナログパッドを操っては次々にピンポイントで主要箇所を狙い撃っていく。その間にも自身の機体を操る足は止めていない。
 さらにダメージが蓄積して『痺れた』左腕に見切りをつけたか、体軸を廻し右腕を繰り出そうとしてきた《ラゲリオン・ディーヴァ》に、晴道は返す刀を膝関節へと叩きつけた。
 その打撃がまた《ラゲリオン・ディーヴァ》の次の攻撃動作を妨害する。足下から揺らいだその一撃を紙一重でかわして、《カスタリオ》はなおカウンターの斬撃を打ち込み続けた。ただ一方的に、容赦もなく叩き続ける。
 この攻防での晴道の優位は、最初の一撃の入り方から綿密な計画に基づいて組み上げてきた、一連の攻撃動作によるものだ。
 つまりは常に先手を取って主導権を握り続けてきたがための晴道の優位だったが、両機種の基本性能には雲泥の差がある。
 単に火力や装甲のみならず、移動と旋回や個々の動作の速度にも歴然たる違いが存在し、それらは攻防が長引くほどに顕在化して、晴道の築いたかりそめの優位を崩していった。
 ついに《ラゲリオン・ディーヴァ》の振り上げた剣が《カスタリオ》をその武装もろとも両断するように唸ると、晴道は転げるように距離を開いて背後のビル内へ逃れた。
 玄関の自動ドアが粉々に砕け、晴道はロビーから横方向へ延びる通路へ飛び込む。ビル内で活動するにはその巨体を持て余す《ラゲリオン・ディーヴァ》は深追いせず、その場に足を止めた。
 少女は画面端のセンサー表示に視線を走らせる。《ラゲリオン・ディーヴァ》の高性能センサーであっても、今の《カスタリオ》の位置を即座に捕捉することは出来ない。第一次の攻防は収束し、自然と仕切り直すかたちになった。
 晴道の仕掛けた《カスタリオ》の連続攻撃は、すでに《ラゲリオン・ディーヴァ》のライフゲージを二割近くも削り取っていた。並みの機種ならとうに何度も潰れていただろうが、これが最強機種と最弱機種を隔てる、分厚く高い壁だった。
「来栖さん」
「何?」
 少年の方から初めてまともに名前を呼ばれて、少女は不思議そうに声を返した。
「巧いね」
「君が言うかな?」
 返事とともに、ビルの前方で溜め込んでいたエネルギーを解放した《ラゲリオン・ディーヴァ》がビームを発射する。《カスタリオ》が隠れ潜むビルの一階から二階にかけての部分を薙ぎ払って一気に焼き切り、そのまま倒壊させていく。
 画面下の《カスタリオ》のライフゲージに変動がないのを確認する少女の画面の端から、いきなり飛び出してきた敵機の剣が横殴りに襲来する。
 崩壊するビルから飛び散る破片、巻き上がる煙幕の渦が《カスタリオ》の隠れ蓑だった。無効化されるセンサーと視界もものともせず、一気に、そして正確に敵機の元まで突っ切った晴道は、またも斬撃の雨を降らせた。
 晴道が操る《カスタリオ》の剣はあたかも神が宿るかのように、《ラゲリオン・ディーヴァ》の要所要所を撃ってはリズムを崩し、反撃の芽を摘んでいく。そして同時に堅く分厚い装甲を削り取り、四肢のみならず機体主要部へも打撃を与えていくのだ。
 それでも装甲は破りきれず、致命的な打撃はどの部位に対しても与えられていない。だが《ラゲリオン・ディーヴァ》のライフゲージは確実に、じりじりと短くなっていく。
「スゴいねぇ、勉強になるよ。このゲーム、そんな戦い方も出来るものなんだ!」
 明るく弾む少女の声にも、晴道は反応を返さない。完全に集中している。
 攻防の最中に少女へ告げた評価は、尾崎晴道にとっての率直な評価だった。ここまでの戦いで、晴道は彼女の実力を測り取っていた。
 来栖貴子は決して、自称するような単なる素人の女子ではない。
 確かに『神速機動ラゲリオン』そのものに関しては、彼女はそう大してプレイし慣れているわけではないのだろう。
 このゲームについての基礎的な知識はあるし、基本操作も一通りマスターしてきてはいる。それでも応用的な操作にまでは手が回りきっていない。総合的な熟練度はせいぜい中級の下といったところ、と晴道は見る。
 が、反射的な操作の速さと、所与の条件から行動の最適解を組み立てていく戦術眼の確かさについては、相当のものと判断せざるを得なかった。
 いかに機種性能に大差があっても《神速機動ラゲリオン》というゲーム上で晴道がただ凡庸なゲーマーを相手にするだけならば、文字通り終始にわたって手も足も出させず、単なる長く退屈なだけの作業ゲームとしてなぶり殺しにすることも出来たはずだった。
 少なくとも『《カスタリオ》の《OZ_Arc》』は今まで何度もそうやって、オンライン対戦でずっと格上の機種を操る相手を葬ってきたのだから。
 そして何よりも彼女には、行動の一つ一つに迷いがない。そう感じていた。
 彼女は最初から《ラゲリオン・ディーヴァ》の圧倒的な高性能に頼った力任せの殴り込みを仕掛けるのではなく、ステルス機能を活かして至近距離まで接近し、必殺の一撃で一気に勝負を決めようとしていた。
 冷徹にして鋭敏、計算高く容赦ない。
 さらに第二次の攻防戦で彼女の見せた反応は、《カスタリオ》で最初に切りつけたときより、明らかに改善していた。実戦を通じて進歩しているのだ。彼女の技術は今この瞬間にもなお急速に進歩し続けている。
 認めざるを得ない。機種選択のハンデのことを抜きにしても、彼女はゲーマーとして、恐るべき敵手だった。
 だが、勝つ。
 息も吐かせぬ連続操作の過酷な長丁場に軋みはじめた両の親指と人差し指をなおも繰り出し、晴道はGPGをきつく握りしめながら執拗に、嵐のような一撃離脱を繰り返し続けた。
『神速機動ラゲリオン』のゲームシステムには、ライフゲージを無視して相手を即死させられるような抜け穴はない。
 そしてこの勝負が時間無制限である以上、最終的な勝敗はポイント制ではなく、どちらかのライフゲージをゼロにすることでしか着くことはない。地道に削り続けるしかなかった。
 凪のような静けさを合間に何度も挟みつつも、晴道は疾風怒濤の奇襲と連撃を叩き込み続ける。
 気の遠くなるような十数分の後、ついに晴道は無傷のまま《ラゲリオン・ディーヴァ》のライフゲージを、残り二割を切る程度にまで追いつめていた。
 いま現在《ラゲリオン・ディーヴァ》の視野に、最後の連撃を終えて離れた《カスタリオ》の姿はない。
 開戦劈頭の一撃からここまで、二人の攻防には流れが出来ていた。
 まず隠蔽する《カスタリオ》を《ラゲリオン・ディーヴァ》がビームで闇雲に掃射することで炙り出しを図る。それを回避した《カスタリオ》は《ラゲリオン・ディーヴァ》に奇襲を仕掛け、連続攻撃を叩き込む。
 そして一連の攻防で《カスタリオ》が主導権の維持に限界を迎えたとき、深追いしきらずに《ラゲリオン・ディーヴァ》の足下を崩して次の隠れ家まで一目散に離脱する。大筋はその繰り返しになっていた。
 だがそれも、恐らくは次の応酬が最後となるであろうことを、二人は理解していた。
「なるほど、なるほど。どうやらお互い、サドンデスの領域に入ったみたいだね?」
「そうなるかもな」
 晴道は今、貴子に王手を掛けている。
 あと一度。あと一度の連続攻撃で畳みかけることが出来れば、この戦いは晴道の勝利で完結する。
 勝てる。
「果たしてそうかな?」
 少女は何度目かの一撃離脱を終えた少年の機体を炙り出そうと、またしてもビームの奔流を撃ち放った。
 ビル街はすでにその多くが倒壊していたが、それらの残骸は完全に消えずに障害物としてステージ内に残存している。上位機種の高性能センサーでも見通しきれないそれらの陰が《カスタリオ》の隠れ蓑であり、防壁だった。
 そして晴道の《カスタリオ》は今、廃墟の瓦礫と砂塵、火災と崩壊の騒音に潜みながら《ラゲリオン・ディーヴァ》の背後に回り込み、忍び寄っている。
 終幕だ。
 最後まで一切の妥協なく、持てる全力を完全に発揮しきって彼女を仕留める。それがゲーマーとしての晴道の矜持だった。
 さあ、これで終わらせよう――いつものように、すべてを。
 必勝の連撃へ向けて、晴道は《カスタリオ》を疾走させる。煙幕を貫いて加速し、《ラゲリオン・ディーヴァ》の死角から飛び出す《カスタリオ》が、精緻な計算の上に成り立つ攻撃を織りなす、その最初の斬撃を振りかぶる。
「その動き、甘いよ」
「?」
 GPGのスピーカーからではなく、机の向こうでプレイヤーの少女自身が静かに発した言葉。
 それを聞いた瞬間、少女の気配を感じた瞬間――理由もなく、晴道は総毛立つ。
 直感だった。
 練達したゲーマーとしての勘、ではない。
 それはもっと原始的な、本能的な、根源的な――晴道のいちばん深い奥底に潜む、人間としてというよりも生物としての何かを強く揺り動かす、衝動に近い感覚だった。
 少女の言葉と気配から、今までにない危険を叫ぶ自身の感覚を聞きながら、しかし同時にゲーマーとしての晴道は、迷うことなく攻撃動作を継続していた。
 怯むな、
 勝てる、
 行け。
 抗う本能を意志と理性でねじ伏せながら、晴道はすでに自分の中で組み上がっている流れのままにキーパッドを操り、《カスタリオ》を突進させる。
 斬撃が装甲を打ち抜いた。
 とっさの防御を試みた左腕が虫けらの肢のように千切れて、宙空を舞い飛ぶ。残った体が錐揉みしながら地面へ突っ込み、瓦礫を巻き上げてさんざ跳ね回った末に停止した。
「え?」
「あは」
 少女が笑う。
 罠。
 その言葉が晴道の脳裏で炸裂したのと、急旋回した《ラゲリオン・ディーヴァ》の斬撃が、第一撃を空振る《カスタリオ》へと吸い込まれたのはほとんど同時で、そして一瞬の出来事だった。
 当たったのは、たったの一撃。
 だが、そのたったの一撃だけで、今や《カスタリオ》のライフゲージは、文字通りに首の皮一枚だけで繋がっている状態まで追い込まれていた。
 この次に受けるのがどれほど弱い攻撃だったとしても、それだけでひとたまりもなく《カスタリオ》は爆散するだろう。
 ――何だ、今のは?
 いったい何が起こった? なぜ、今の奇襲が迎撃された?
 死角から攻めたはずだ。
 万一タイミングまでは予想できていたとしても、完全に出現の位置までもを絞りこんで、正確にカウンターを合わせることなど不可能なはずだ。
 この俺にだって、そんなことは出来はしない。
「ふふふ。今そこから来ると思ってたよ、尾崎くん」
 しかし、少女は微笑む。
 それが当然のことのように、ただ、分かり切っていた結果をなぞっただけのように微笑んだまま、少女はなお態勢を整えきれていない晴道の《カスタリオ》へと迫り来る。
「あっ、……あっ!」
 悲鳴のような吐息を漏らして、晴道は《カスタリオ》を後方へ下げる。しかし、距離は開かない。今度は悪条件が重なりすぎている。
 最後の一撃を仕掛けるつもりで、あえて退却の難しい方向から仕掛けたこと。晴道自身の動揺。そして何より、《カスタリオ》が負った瀕死の重傷が、機体の動きそのものを制限している。
 逃げられるはずがなかった。
 晴道は這うようにして《カスタリオ》を逆進させ、ちぎれ飛んだ自身の腕を目指した。余裕綽々と、それでも《カスタリオ》よりは格段に速い《ラゲリオン・ディーヴァ》がそれを追い、無造作に大剣を振り上げる。
 回避不能。
 腕を拾い上げた晴道はこのゲームではじめて、防御物を使って斬撃を受けた。
 ただ受けるだけでは伝わった衝撃だけでも瀕死の《カスタリオ》は爆散したろうが、晴道は打撃の直前に腕を投げつけながら身を捻ることでそれを避けた。
 かろうじてカウンターの形で入った蹴りが《ラゲリオン・ディーヴァ》を小さく揺らし、晴道はその隙に《カスタリオ》を立ち上がらせてよろめきながらも遁走する。
「もう終わりかなぁ?」
 想定外の事態に混乱したまま、それでも何とか射線を避けながら間合いを取ろうと必死に狭い裏路地を逃げる晴道の《カスタリオ》を悠然と《ラゲリオン・ディーヴァ》の黒い巨体に追わせながら、机の向こうでつまらなそうに貴子が嘲笑う。
「残念。そんなものなんだ。尾崎くんの実力って」
「これだけハンデを付けておいて――!」
「ハンデはハンデ。勝負は勝負」
 悪びれもせずに少女は言い放つ。その間にもGPGを操る手を止めることはなく、《ラゲリオン・ディーヴァ》はまたも破壊の光帯を撃った。もはや残り少ないビル街の生き残りが薙ぎ払われ、瓦礫となって沈んでいく。
 破壊の渦から飛び散る大小の破片は、今やそれだけで残り少ない《カスタリオ》のライフゲージをゼロにしかねない、恐るべき脅威となって四方八方へと飛散していた。
 それら一つ一つの破片を必死に回避しながら、晴道はなお逃げ延びようと足掻く。
 しかし《ラゲリオン・ディーヴァ》のビームに洗い尽くされた世界には、もはや《カスタリオ》を匿ってくれるだけの障害物など望むべくもない。
 舞い上がる砂塵の中、高性能センサーは今度こそ《カスタリオ》の位置を捉えて離さず、《ラゲリオン・ディーヴァ》はそこに悠々と追いついてくる。
 ついに少女は瓦礫の広がる開豁地で、逃げまどう少年の眼前に機体を下ろして進路を塞いだ。
「うん。なかなか楽しかったよ、尾崎君。人がやってるのを動画で観たり、単に自分でやってみるだけとは大違いだね。でも、欲を言うなら――」
 傷だらけになってなお魔神の風格を保つ《ラゲリオン・ディーヴァ》が、片腕だけの《カスタリオ》を前に大剣を構える。
「尾崎君なら、もっと凄いプレイを見せてくれるかなと思ったけど。買いかぶり過ぎちゃったね」
「言ったな」
 晴道の胸で、何か熱いものが逆流した。
 少女がパッドを操る。《ラゲリオン・ディーヴァ》が足を踏み込む。大剣の切っ先が浮かぶ。
 時間が無限に細分化されたような感覚の中で、晴道は真正面から隻腕の《カスタリオ》を《ラゲリオン・ディーヴァ》へと突進させる。
「へえ? 正面から?」
 少女が笑みを深くする。
 そのまま何の遠慮も無しに、《ラゲリオン・ディーヴァ》が大剣を繰り出す。《カスタリオ》からの斬撃など比較にもならない重さと速さで、黒い刀身が夜を切り裂きながら迫る。
 晴道の《カスタリオ》はしごく無造作に、《ラゲリオン・ディーヴァ》が放つ斬撃を受けるかのように切り返していく。
 剣と剣とで打ち合えば《カスタリオ》は一撃も保たずに撃ち負ける。そのまま剣ごと機体を叩き切られて終わるだろう。
 だが晴道は避けようともしない。真正面から突っ込んでいく。
 画面内に電光が弾け、《カスタリオ》の剣が折れ飛んだ。
 圧倒的な威力で放たれた《ラゲリオン・ディーヴァ》の斬撃は《カスタリオ》の剣を断ち割り、そしてそのまま、《カスタリオ》本体を薙ぎ払う軌道で抜ける。
 少女の大剣はかつて《カスタリオ》の左腕があった場所を通り過ぎた。ただ風だけを断ち割っていく。
 ピクセル単位、コンマ数度単位、ミリセカンド単位で冴え抜いた晴道の操作が、《カスタリオ》の剣に《ラゲリオン・ディーヴァ》の大剣をほんの紙一重だけ弾き飛ばさせた。
 剣と剣とが激突するや、晴道は間髪入れずにその反動に《カスタリオ》を乗せることで、極限の回避を成功させていた。
 奇跡と奇跡で貫き通した生死のわずかな抜け穴に、晴道は隻腕の機体をねじ込んで押し通す。
 そして《ラゲリオン・ディーヴァ》の懐に飛び込んだ《カスタリオ》の右手にはまだ、半ばから折れ欠けた剣が残っている。
 カウンターの勢いのままの直突が、《ラゲリオン・ディーヴァ》の顔面を打ちのめす。メインカメラがフラッシュアウトして少女のGPGを白く光らせ、その間にも二度、三度と晴道は剣の断面を叩きつける。
 少女は無言のまま、拡散ビームを速射した。盲撃ちとはいえ近接戦闘、それもここまでライフゲージの減少した《カスタリオ》には致命的なはずのその一撃は、しかし何もない空間に光熱の雨を降らせただけで終わる。
 視界を奪われて闇雲に射撃と格闘を繰り出す《ラゲリオン・ディーヴァ》に、次々と打撃が突き刺さって確実にライフゲージを削り取る。
 両者のライフゲージが、1ピクセルでついに並んだ。数秒にも満たなかったホワイトアウトがそこで途切れ、少女の画面に世界が戻る。
《カスタリオ》と《ラゲリオン・ディーヴァ》は組み合うような至近で、互いに剣を振り上げあうところだった。
 本来の半分もない剣を繰り出す《カスタリオ》の刺突が、《ラゲリオン・ディーヴァ》の胴体バイタルパート装甲を打ち抜いた。
《カスタリオ》に組み付かれるように胸を刺し貫かれた《ラゲリオン・ディーヴァ》のライフゲージがゼロを刻み、ついに魔神のごとき漆黒の機体が、大剣を手にしたまま崩れ落ちる。
 次の瞬間、画面を白く覆うほどの大爆発が都市のすべてを薙ぎ払い、そのあとにはただ、満身創痍で立つ《カスタリオ》だけが立ち尽くしていた。
 晴道のGPGが勝利のファンファーレをかき鳴らし、貴子のGPGが敗北のBGMを悲しげに奏でる。『Player 1 Win!!』の表示が明滅しながら、画面を横から横へ駆け抜けていった。
「…………」
 止まっていた呼吸を取り戻し、溜まった息をどっと吐き出す。GPGを握る手指は痺れたままで張り付いていて、意志の力では引き剥がすことが出来ない。
 どうだ――そんな思いを胸に、晴道はGPGの画面から少女の横顔へ視線を上げる。
 圧倒的に有利な初期設定と布陣で仕掛け、さらに相当に鮮やかな操作技術と戦術眼を示し、そのうえ理不尽にも思える技の冴えで晴道を追いつめておきながら、しかし結局は土壇場で晴道に敗れた少女は何やら思案顔で、じいっとGPGの画面を見入っていた。
 少女の表情には、何もなかった。
 敗北に対する悔しさや怒りも、あるいは晴道の技術に対する賞賛や憧憬もなく、といって想像を超えたであろう晴道の動きに、茫然自失している風でもなかった。
 最初から結果の知れた化学の実験でもしていたかのように、少女はゲームから何を感じるといった風でもなく、ただ示された勝敗を何かのデータのひとつとして考えているだけであるかのようだった。
 その表情に、いったい何を期待していたのか。
 勝利の瞬間に沸き上がった昂揚が全身からすうっと冷めていくのを感じながら、固唾を呑んで晴道は少女の動きを見守った。
「うん、……いい。いいね。悪くない。実に悪くないよ、君」
「――?」
 不意に何かに納得したように少女は頷き、そしてGPGを机に置くと席を立ち、今度は妙に楽しげな表情を浮かべて宣言した。
「あはははっ、やっぱり尾崎くんに頼んで正解だったよ! よーし。第一ステージはこんなものかな。じゃあ早速、第二ステージに行ってみようか」
「第二ステージ? って、おい!?」
「ついてきてよ」
 GPGを手にしたまま、少女はためらいもなしに教室を出ていく。その急な動きに面食らいながら、晴道は三年生の教室が連なる廊下で少女を追った。
「第二ステージって――何なんだよ。場所を変えるのか!?」
「そう。でも心配しないで、すぐそこだから――ほら、これ持って」
 階段を下りると少女は脱靴場に向かったが、そこで彼女が靴箱から取り出したのは外履きではなかった。相変わらず、わけも分からぬままに晴道はただ少女の動作に倣って続く。
「すぐそこ、って――」
「さあ。着いたよ」
 校舎間をつなぐ渡り廊下を二つ抜けた先で、少女が示すその巨体は静かに立ちはだかっていた。
『第二ステージ』は、体育館だった。

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