森。
そこは、生けとし生けるものの楽園。
そこは、生けとし生けるものの戦場。

青々しい植物が芽を吹き、力強く根付く木々が葉を揺らす。
その植物たちを愛でる動物たちが根城にする、森。

禍々しい狩人が待ち構え、力強い生き物をその歯牙にかける。
その狩人たちを狙う狩人たちがうごめきあう、森。


森の中で、人の頭二つ分くらいの大きさの石を運んでいる青年がいた。

その青年は運んでいた石を、盛った土の上へと置いた。

森の中にしては日当たりのいい場所に置かれたその石が、陽の光を鈍く反射させる。

青年―――リュナンは、盛られた土の前でひざまずき、黙祷した。



彼女を殺してしまったのは間違いなく自分だ。
襲われたからといって、殺してもいい状況であったとは思わない。
ここは戦場であったとしても、殺していい相手ではなかった。

彼女の墓を作ったのは、些細ながらも、彼女への謝罪の意である。

だが、ここで自責の念にとらわれている余裕はない。
軍を指揮していた身だ。一つの場に長く留まることがどれほど危険なのかは分かっている。

後悔している場合ではない。
反省は後だ。今は、考えるべきだ。

土を掘ったことで汚れた手で、自分が殺してしまった女性の支給品を自分の荷物へと移す。

良心が痛む。

だが、ここで遠慮することはない。
自分には、このゲームを抜け出し、抱きしめたい人がいるのだから。
自分には、このゲームを抜け出し、民や部下のためにも戻らないといけないのだから。

ホームズ隊に、こういった強奪行為を得意としていた人がいたような……
…思い出せない。気のせいかな。
そういえばそんな人いなかった気がしてきた。
やはりこの環境下に置かれてこんなことになって、自分の心労は蓄積されているのだろうか。

―などと思いつつも手を動かす。

そこで目に入ったのは、名簿。
そういえば、竪琴の音色のほうが気になってまだ確認していたなかった。


自分以外の知っている名前は6人。
ホームズはきっと大丈夫だろう。
ティーエは聡明だ。そう簡単には不覚は取らない。
リチャードは……………問題を起こしてないといいが。
オイゲンカトリ、不安なのはこの二人だ。
どちらとも、性格は随分と違うが妙に簡単に騙されそうな気がする。
誰か、親切な人と出会えているといいが。

そして――レンツェンハイマー
やはり、見間違いではなかった。奴は生きている。
奴以外にも、好んで殺戮に手を染めるものがいると考えるべきだ。

考えを巡らせながら、地図を開いてみる。
今自分がいるのは、F-2もしくはF-3の森の中だ。

近くで人が集まりそうなのは………北にある城だろう。

だが、とてもではないが行く気にはなれない。
当然である。人が集まる場所ということは、それだけ『ゲームに乗った者』にとっても
都合のいい場所、いい狩場だ。
不慣れな武器しか持っていない自分が行くにはあまりにもリスクがありすぎる。


とりあえず、森の北に行こう。
そこから、街道を見張る。

この状況で堂々と街道を歩いていく人がいるかどうかは疑問ではあったが、
城周辺を見渡せる場所としては最適だ。
運が良ければホームズ達にも会えるかもしれない。


リュナンは立ち上がり、森を北へと歩き始めた。


「チクショウ、畜生、ちくしょうッ!!」
薄暗い森の中を駆け抜ける青年、アルガス
頭に血が昇りすぎて逆に脳以外貧血なんじゃないだろうかというぐらい、動きには迫力がない。

それはメトラルの魔眼の呪縛からまだ完全には回復していないからか。

完全に頭に血が昇っている彼の考えることは一つ。
「あの出来損ないの角のガキめ…このアルガス・サダルファスを侮辱しやがって……!
 家畜は所詮家畜だってことを教えてやるッ!!」
突然、よく分からない術で自分を動けなくし、剣だけを奪って逃げた緑のガキ。
ぶん殴って剣を奪い返さないと気が済まない。
というわけで、レシィが逃げた森の中に踏み込み深追いしているのである。

アルガスもこれではバカまんまだが決して真性のバカではない。
もう少し冷静になれば自分がどれだけ危険なことをしているか分かるはずなのだが。



いくら遮蔽物が多くて暗い森の中とはいえ、叫びながら走っていては、
近くにいる人が気付かないわけはないのだ。

「…さて、どうするべきか…」
そういうわけで、森を北上していたリュナンとアルガスが鉢合わせしかけているのは
必然といえば必然だった。

接触すべきか否か。考えるのはこの一点だが。
声だけでも十分だ。相手が冷静でないと判断するのは。
声の主に見つかった場合、強力な武器を持って襲ってくる可能性は低くはない。
とりあえず様子を見ようと、声の主が突進してくるであろうルートに目星をつけ、
そのルートの近くの茂みに身を潜めていた。

ほどなくして、激情に表情を歪める青年が現れた。
見た感じ、支給品が入った袋しか持っておらず、武器も装備してないようだったが…

(やり過ごそう)

リュナンはそう決意した。

指揮官のカンというか。本能的に察したというか。
関わるとロクなことにならないとなぜか断言できた。



失敗だったのは、アルガスの通るであろうルートを、若干であるが推測し誤ったこと。
アルガスは思ったよりもリュナンが潜んでいる茂みの近くを通った。
そして、そのルートよりも風上にいたことも失敗だった。

「…ん?」
リュナンが潜んでいた茂みのすぐそばを通過し、
そのまま全力に近い速度で疾走していたアルガスが足を止めて、こちらを振り返った。
「なんだ……このゴムのような不快な臭いは?」

「……………」
どう考えても荷物の中のハンバーグです。本当にありがとうございました。
リュナンはそんな謎のフレーズを聞いた気がした。



森で青年を見つけた瞬間は、肝を冷やしたというか、少しは冷静になった。
誰が誰に殺されるかわからない状況だ。
それなのに大声で喚きながら移動するとは愚の骨頂だったことに気付いた。


しかし、この青年は自分が目の前を通ったのにも関わらず攻撃してこなかった。

ということは、少なくとも自分に危害を加えるつもりはない。

もしくは武器がないといったところか。

いや、もしかしたら大層な鎧を着込んでる割に対して強くないのかもしれない。

そうだ。オレはアルガス・サダルファスだ。

あのザルバッグ・ベオルブ将軍がジークデン砦攻略の指揮官に選んだほどの貴族だ。

そうだ、たとえ素手だろうとこんな軟弱そうな男に負けるはずはない。

あの緑のガキから剣を奪い返すとしても、アイテムが多いに越したことはない。

そうと決まれば善は急げだ。


言うまでもないが、アルガスは既に冷静には程遠い精神状態であった。


「くらえっ!」
アルガスは地面に転がっていた石を拾い、目の前の青年に投げつけた。
目の前の青年はいきなりの行動に驚いたようだが、難なく投石を身体を振って回避。
さすがにこんな程度の攻撃が避けれないとは思っていない。

相手が体勢を崩している間に素早く近づき、体当たり。
そのまま相手に覆い被さり、顔面をしこたま殴ってやる算段だった。

のだが――――。

素早く近づくまではよかったが、体当たりは予想以上に素早い身のこなしで
軽く跳躍するようにして回避された。
しかも、相手は何か金属質なL字型のものを両手で握っていた。
相手は跳躍した反動で―――いや、自ら身体を低く沈めていた。
相手の攻撃を回避すると同時に、カウンターのために『溜め』ていたのだった。
マズい、と思ったときには既に後の祭り。
「飛竜の技!!」
青年の振り上げた手が持つ金属の塊が、アルガスの顎を打った。
青年の腕の、足の、身体全ての力が伝わり脳が激しく揺すられる感覚。
視界が白黒し、上下も分からなくなる。
しばらく滞空した後、アルガスは腰から地面に落ちた。

なんとか上半身を起こすと、目の前にはさっきの青年が立っていた。
「手加減はしておいた。痛みはあるだろうが軽い脳しんとう程度で済むはずだ。」
そのセリフはまさに、勝者の弁。
「私は無闇に人を殺そうとは思わない。しかし、武人だ。
 必要とあらば容赦はしない。」
それに比べて自分はどうだ。地に臥して、手加減までされて。完全な敗者だ。
「…単に錯乱していただけなら謝る。起きれるか?」
その青年は手を差し伸べてきた。
青年の目は、慈愛に満ちていた。

リュナンは先程、事故で錯乱していた女性の命を奪ってしまった。
だからこそ、相手が動きを止めたことで安堵し、話ができると思ったのだ。
リュナンは攻撃してしまい、本当にすまないと思っている。そういう慈愛の目だ。

アルガスがそれをどう感じたか。

勝者が敗者に対する慈愛。それは何か?
―――力なき者への同情?

オレは―――
地に臥して。
手加減されて。

同情までされたのか?

パシッ!
森に、乾いた音が木霊した。
アルガスが、青年の手を払いのけたのだ。
「ふざけるな!オレはアルガスだ!!
 貴様なんかに同情されるほど落ちぶれてはいないッ!」
アルガスはそうとだけ言い、すぐにその場を走り去った。



「チクショウ、畜生、ちくしょうッ!!」
人気のない街道を走る青年、アルガス。
叫んではみるが、怒りは全く収まらない。

「チクショウ…畜生!ちくしょうッッ!!!」
腹が煮えくり返るような先程のことを思い出し再び咆哮し、街道をただ走る。
先程自分でその行為が危険だと気付いたのに今はお構いなしだ。
だが、頭に一撃もらったおかげか。先程とは違いやや冷静だった。
(武器も道具もない今のオレじゃあ、あの怪しい術を使う緑のガキを追うのは危ない。
 このオレが、あんなみすぼらしいガキに対して退くのは癪だが…クソッ!
 いや、これは退いたんじゃない、あいつを生かしてアイテムが集まったところで
 一網打尽にしてアイテムを稼ぐ、素晴らしい作戦なんだ!!)

もう支離滅裂である。
だが、闘志だけはあるようだ。


緑のガキだけじゃない。あの軟弱者。オレを同情したことを後悔させてやるッ!



余談ではあるが。
その軟弱者は、元いた世界では、自らの地位を追われ、敗走ながらも奮闘し、
家臣の信頼も厚く、武人としての使命も完全に果たし、あまつさえ大国の国王となった青年。

―――つまり自家の復興を志すアルガスの理想ど真ん中の人物であるなんてことは
アルガスには知りようもない。


【F-3/森の中/1日目・午前】
【リュナン@ユトナ英雄戦記ティアリングサーガ】
[状態]:脇腹に打撲、肩に軽い痛み(痛みは大分引いている)
[装備]:ロマンダ銃/弾切れ@FFT
[道具]:潰れた合成肉ハンバーグ@TO ラミアの竪琴@FFT、不明道具(シーダのもの)
    支給品一式、食料2人分
[思考]:1:ホームズ達他、仲間を探す
2:レンツェンは見つけ次第抹殺
3:出来ればヴォルマルフを倒したい


【F-3/街道/1日目・午前】
【アルガス@FFT】
[状態]: 激しい苛立ち、顎・腰を強打(行動に支障なし)、若干の疲労
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式
[思考]
1:武器・道具などで自分の戦力を高める。
2:緑のガキを追い、剣をころしてでもうばいとる
3:リュナンに自分を見逃したことを後悔させる
4:ラムザディリータを殺す

031 もつれあう現実 投下順 033 勇者と巫女とゾンビと
031 もつれあう現実 時系列順 035 平行線な想い
018 炸裂王女様 リュナン 055 俺様全開!
009 家畜にガムはいらないッ アルガス 040 アルガスの受難
最終更新:2009年04月17日 08:59