二人の男が、鬱蒼と木々の茂る山の中で黙々と南下を続けている。
やがて、一人の男が思い出したかのように沈黙を破った。
「ふぉ、ふぉきょりょでふぃーふはふふぁん(と、ところでウィーグラフさん?)」
「…なんだ?」
「このような事をお聞きするのは失礼ですが、貴方はその、
イヴァリースという国において、どれほどの強さをお持ちなのですか?」
顔を何かの奇抜な前衛芸術のような形に腫れあがらせた長髪の気障な奇人は、
鬱蒼と木の茂る山の中で、目の前の陰気な金色の甲冑を身に纏う騎士に疑問を投げかけた。
「フッ、それなら今身を以って知ったばかりだと思うが?
…それとも、まだ知り足りないか?」
元上司譲りの、背筋が凍りつく肉食獣の笑顔をヌタリと浮かべながら、
ウィーグラフと呼ばれた騎士は抑えた低い声で答えた。
無論、これは先ほどの件でこれ以上とやかく言うなら、
もう少し拳で語ってやろうという意味を込めての事だ。
「…ヒィ!し、紳士は拳でなく言葉で理解しあうべきものなのですよウィーグラフさん!」
さて、出会った時の剣の手並みから考えても、貴方はさぞ名のある騎士だと思われるのですが、
その強さが貴方の故郷においてどう評価されているか、それを知りたいのです。」
殴り回された事を避けて、会話を続けようとする目の前の奇人。
とりあえず、先ほどの件の抗議のつもりではないらしい。
そして、先ほどとは違い真剣な表情(腫れ上がっているので分かり辛いが)と
声色から考えてふざけているわけでもなさそうだ。
ウィーグラフはそう判断し、今度はまともに返答に応じる事にした。
「残念だが、功績は無数にあっても何一つ評価されたことはないし、名もあまり知られてはおらぬ。
私は常に最前線で戦い続けたが、手柄だけは貴族どもに全て横取りされたからだ。
…こちらは補給一つにも事欠く有様だったというのになッ…。」
遠い眼をして答える、ウィーグラフの視線はどこか厳しい。
目に見えぬ何かに抗議する、苦渋に満ちた独白はなおも続く。
「平民と見れば嫌なことだけを押し付けて、自分だけは安全な所でふんぞり返り、
旨味だけは吸いに纏わりつく。こちらが干からびるまでな…。
それが貴族のやり方だ。奴らなど身なりだけは良い蛭とそう変わらんよ。」
怪訝そうな奇人の視線に気付き、慌てて心から湧き出した嫌悪感を打ち切る。
どうにも貴族の話題となると、感情がむき出しになる。悪い癖だ。
慌ててかぶりをふり、ウィーグラフは思考を切り替えた。
「すまない、話しがそれたな。主観的な見方ですまないが
腕前ならイヴァリースでも上から数えて十本の指に入るとは自負している。
私自身が挙げた五十年戦争当時の功績の数々と、打ち破ってきた敵から判断してのものだ。
本当に私が勝てぬと思うのは、天騎士バルバネスと雷神シドの二人のみ。」
断じて自惚れではない。
自分自身は長きにわたり、鴎国の侵略から民を守る為、畏国の未来の為、
ウィーグラフは義勇兵としてこの身を戦いに捧げてきた。
そして所詮平民集団と侮られぬよう、戦場に物乞いに来たと辱められぬよう、
正規の騎士団以上の活躍を続け、団長である自分は人一倍に剣を振ってきた。
その己を卑下し、その腕を過小評価することは、
これまで付いてきた部下達に申し訳が立たぬし、
何より打ち破ってきた鴎国の英雄達に対しても非礼に当たる。
ウィーグラフは固く自分を、戦友を、そして強敵を信じていた。
「ほう。やはりそれだけの強さはおありということですか。
唯者ではないと思いましたが、それほどとは。」
賞賛の言葉を投げる奇人。
ただし、その目はどこか遠く、心は別の方向を向いているようでもある。
ウィーグラフは質問の真意に疑問を感じつつあった。
「…世辞はいい。
ただし、私やあの
ヴォルマルフもあくまで常識的な人間の範疇に入る強さであって、
お前の言い分が確かなら、先ほどのルカヴィ(悪魔の意味)、
超魔王バールとやらをどうにかできるとは到底思えん。
ただし、その『からくり』なら心当たりが一つだけあるのだが。」
そう。確かにあのヴォルマルフは剣を持たせても極めて危険な男だが、人の理を外れた強さとまではいかない。
第一、触れもせずあのルカヴィ(目の前の奇人の世界では超魔王と呼ぶらしい)を労せず倒せるわけがない。
それこそ、常識を覆すような“奇跡”でも起こさぬ限りは。
「ほう?それは是非お聞かせ頂きたいものですね、ウィーグラフさん。」
目の前の奇人は好奇の視線を向けるが、金色の騎士はそれをやんわりと制した。
「フッ、そう慌てるな。それは私の問いに答えてからの事だ。
なぜ、私の強さなど念入りに確かめようとするのだ?その理由を聞かせてもらいたい。」
ウィーグラフには
中ボスの質問の意図がまるで読めなかった。
客観的に自分がどれだけの強さか、今この閉鎖された空間で
それを知ったところでさほどの価値はない。
自分より強い者を雇えるわけではないからだ。
仕返しをしたいなら、中ボス自身の手でつけるしかない。
第一、そのつもりならこんな意味のない聞き方はせず、
もっと油断させてから切り札や手の内を引き出そうとするだろう。
とはいえ、表情から察するに冗談で話しかけたわけでもない。
事実、この男は先程の奇行時からは想像も付かぬほどに
張り詰めた表情を浮かべていた。
ウィーグラフの怪訝な顔を見咎め、奇人は大きくうなづいた。
「では、お答えいたしましょう。それは、私自身の力が衰えを感じているからなのです。」
このどうしようもない奇人、ビューティー男爵ことバイアスは初めて見せる深刻な面持ちでそう答えた。
事実、彼には深刻な懸念があった。
本来、ただの人間に殴打されたところで仮にも元魔王にかすり傷一つつけることは不可能である。
もし全力で人間が殴りつけた場合、むしろ殴りつけた拳が粉砕骨折し、二度とモノが握れなくなる恐れすらある。
それが、あろうことかこちらの顔面が腫れあがるのである。そう。まるでただの人間が殴りつけられたかのように。
それこそ、“奇跡”とでも言える理由がでもければ、説明のつくものではない。
人間とはひどく脆弱に作られている。そしてあまりにもその命は儚い。
中には
ゴードンや
カーチスのような規格外の存在もいるが、それは例外中の例外に所属する。
本来、人間とは悪魔に正面から立ち向かえるような存在ではないのだ。
通常の人間の力量を水に例えるならコップ一杯分、
英雄と呼ばれる存在であっても風呂桶程度に収まりそうなものだが、
魔王の力量はもはやダムの水量に等しい。
その質量差は勿論の事、一度に使える水量も、全てが根本から違いすぎる。
比較すること自体がナンセンスなのだ。
だからこそ人はその絶望的な差を埋めるために技術を磨き、知恵を絞るのである。
屈強な悪魔達とは違い、瞬く間に老いて死ぬからこそ人はその短き生の中を懸命に生き、
自らの生きた痕跡を残そうと次の世代に様々なものを残し託そうとする。
例え滅びようとも、その磨かれた技術の中で永遠に生き続けようとするかのように。
そして、その何世代にかけて積み上げられ、磨き抜かれた人間の技術と知恵は、
魔王さえも出し抜き、その絶望的差さえも容易く覆す場合さえもある。
その在り様自体が悪魔からしてみれば類まれなる“奇跡”であり、
その技術と知恵を駆使し、歩みを止めぬ事が人間という種が持つ最大の武器なのだ。
魔界の誰よりも人間を深く知り、愛した事さえもある彼だからこそ確信できる事実である。
もし、ウィーグラフがその規格外の存在でなければ、
こちらが大幅に弱体化したと考えるべきなのだろう。
それがどこまでのレベルか、中ボスは第三者を通じて確かめる必要があった。
自らの現在の力を弁えずにいては、自らの身を守ることさえもままならない。
「あのヴォルマルフにこちらへ呼び出されてからというもの、
絶えず脱力感が体中を覆い、意識に体が追いつきません。
はじめのうちは、ここ最近無理をしすぎた反動かとも思いましたが。」
いつもの大天使からの力の供給が途絶えたからだとも考えたが、
それならもっと違う部分で予兆が発生するはず。
「負け惜しみ…。ではないようだな。」
「とはいえ、元より貴方がそれほどの腕の持ち主であれば、先ほどの事も納得できようものです。
衰えなど、実は疲労からくる気のせいなのかもしれませんねえ。」
軽い口調とは裏腹に、中ボスは衰えている事には確信を抱いていた。
ただし、どの程度まで落ち込んでいるのか、それは到底自らで評価を下せるものではない。
魔界の基準と人間の基準は、あくまでも全くの別物なのだから。
「ですので、一つお願いがあります。
我が友、そしてライバルとして、今の私が貴方から見てどれだけの強さか見ていただきたいのです。」
「手合わせなら歓迎するぞ?先ほどの仕返しをしたいなら、全てが無駄に終わるとその体に教えてやろう。」
右手で拳を握り、左の掌に勢いよく当てて猛獣の笑みで答えるウィーグラフ。
その表情は、もはや邪悪そのものと言ってよいほどに凄絶に歪んでいる。
「ギクッ!い、いえ、そこまでなされる必要はございません。
私が軽く演武をいたしますので、貴方の世界から見て私がどの程度の強さか、
それを確認して頂きたいのです。そして、注意点があれば遺憾なく指摘してください。」
「ええ。友とは!ライバルとは!!相棒とは!!!
互いにその腕を認め合い切磋琢磨するもの!
ええ、これもまた友情を深めあう行為なのです!」
熱苦しい言葉を投げかける目の前の奇人。
彼なりの私への励まし方なのかもしれないが、流石に付き合い続けるには辛いものがある。
「…いつ誰がお前の相棒になったのだ?と言いたいところだが、まあいいだろう。
最後まで見届けてやる。始めてくれ。」
正直な所鬱陶しくもあるのだが、この奇人には荒んだ心を随分と助けられているのも事実だ。
(別の部分で、その心を色々とささくれ立たせてくれるのも事実だが。)
その程度の事でよければ、先ほどの借りは返しておきたい。
もし、仮に最初に出会った者がこの男ではなくゲームに乗った殺人鬼であれば、
たとえ打ち負かそうとも状況に押し潰され、心が折れてしまっていたかもしれない。
ある意味、この奇人あっての自分なのだろう。
無論、そのような事を口にすればこの奇人を調子づかせるため、
感謝の念は軽々しく口にすまいとも心には決めているのだが。
―――たんっ。
力強く地面を踏みしめる音を響かせ、
中ボスが構えを取り演武が始まった。
力強く踏み込んでからの正拳突きから回し蹴りに入り、
上段・下段へと蹴りを披露する。
木の葉が舞うような軽やかな動きに見えて、
その一撃、一撃がとてつもなく重いのは
踏み込みで無数に抉り抜かれた地面が見事証明している。
先ほどの奇行からは考えられぬ、優雅にして華麗、そして危険なる動作。
あくまでも人を殺すことを最大の目的としながら、
見る人を魅入らせてぞくりとさせる、
それは騎士にとっての名剣にも喩えるべきものであった。
遠くから眺めているからこそ技の繋ぎ目や動きが理解できるのだが、
正面から相対した場合、対処することはおろか動きを追う事すらできないのではないか?
もし、あの時演武ではなく本当に手合わせをしていたのなら、なす術もなく倒されていたのではないか?
ウィーグラフは戦慄を禁じ得なかった。
やがて演武が終わり、目を閉じ俯きながら天を指さすポーズを決めた。
――――だが、数秒とたたない内にゼェゼェと荒く激しく息を吐き、
全身がびくびくと痙攣を起こしながら汗で水溜まりを作り、両膝をつく。
顔色はもはや酸欠寸前の紫に染まり、数秒前の華麗さは見る影もなく
屠殺される寸前の鶏を連想させるようにそれはそれは見苦しさの極致にあった。
…馬鹿がッ。張り切るのはいいが、演武とはいえ大技の使い過ぎだッ。
それさえなければ完璧だったものをッ。しかし…。
「………………………………………………………………………。」
「フッ、どうなされました?」
「…中ボス。お前、ただの変人ではなかったのだな?」
「ガーーーーーーーーーン!!ひどい言われようですねえ!!」
「…今までのお前の行動で、一番驚いたほどだ…。
…まさか、これほどとは。膂力、速度ともにお前以上の者を私は知らない。
無手であるなら、イヴァリース…わが故郷でも控え目に見て数指に数えてもいい。
世界を基準にしても上から二十以内には入るだろう。
剣を手にした私でようやく互角。無手同士なら3割、いや2割も怪しいだろう…。」
あまりこの奇人を調子づかせなくはないので認めたくはないのだが、
同じ武人としてあれだけのものを見せつけられては、
どう我慢しても湧き上がる興奮を抑えきれない。
武人として、感想に嘘はつけぬのだ。
「では、逆を言えば2割は貴方が勝てるということですね?」
「…そういうことになる。」
だが、予想に反してこの奇人の顔はこれまでの中で最も硬い。
…やはり一般の人間から見てのレベルにまで置き変わったと…、
などと意味不明な事をぶつぶつと呟いていたが、
やがて何かを噛みしめるように一人で大きく頷き、
こちらを見て落ち着いた声で続きを促した。
「やはり、そうですか。では、注意点の御指摘をお願いいたします。
それが、貴方の言う“2割”の根拠にもつながっているのではないでしょうか?」
この素晴らしき拳術家(にして奇人)はおそらく、自らの欠点に薄々気が付いている。
だからこそ、その克服の為に私に見届けてもらいたかったのだろう。
ここまでの完成度を誇りながら、なんという探求心か。
ウィーグラフは敬意を押し殺して努めて平静を装い、
あえて上からの目線で目の前の奇人に教え聞かせる。
「よし、いいだろう。ならばお前に教えてやる。
お前の最大の欠点は、その恵まれすぎた素質に頼り過ぎている所にある。」
「力と速度は誰よりもあるが、それ以外に欠ける部分がある。特に体力と技術面がそう。
ペース配分については素人以下だ。分かりやすく言えば、全てが大味で繊細さに欠けるのだ。」
そう、どちらかと言えばこの男は攻撃型の人間だ。
その恵まれた身体能力をさらに活かすために拳を扱うタイプ。
だからこそ、先ほどの構えや動きから考えても防御や駆け引きはあまり考慮されていない。
攻撃をかわせば、あるいは初動さえつかむことができれば、
身体能力差があってもそれに合わせて迎撃することはなんとか可能だ。
「特に最初の正拳付きからの回し蹴りへの連撃など、勢いに任せ過ぎている分間隔に僅かな隙があった。
いかに速かろうと動きを読まれれば、それを迎撃され致命打を受ける恐れがある。
第一、あんな派手な動きばかり続けていてはすぐに消耗する。
もっとも、これまでのお前はその圧倒的な力量差で相手に何もさせなかったのだろうが、いつもそうできるとは限らん。
もう少し、動きは小さく纏めておけ。それに、少しは防御や駆け引きも覚えておいた方がいい。」
「おお!そこまで丁寧な指摘を頂けるとは!
感謝します。さすがわが友!わが相棒!!ライバルと認めるに相応しいお方です!!!」
「…だから、いつから私がお前の相棒になったのだ?
とはいえ、わざわざそちらから手の内を晒したのだ。
たとえお前がどのような人間であろうと、信頼の証を立てるのが当然の礼儀。
別にお前の為にというわけではない。私の面子にかけての事だ。」
興奮気味で熱苦しい中ボスとは対象的に、
ウィーグラフは仏頂面で冷淡に話しを続ける。
「それに、同行者である以上、お前に足を引っ張られればこちらまで死ぬ。
そうならぬよう、イヴァリース式の拳術の基礎を教えやるが?
ならば無駄な体力の消耗を抑えられるだろう。」
(礼には及ばない。むしろそこまでこの私を信頼してくれて心よりうれしく思う。)
本音では心からそう言いたかったのだが、
この奇妙奇天烈な奇人相手ではそれが難しく、どうしても見下ろした冷たい態度となる。
だが、あまり調子づかせて今後の奇行が一層ひどくなるのも考えものだ。
すまない、と心の底では深く謝罪する。
「おお!それは願ってもないご厚意。是非ご教授願いたいですねえ!」
この自分には到底持ち得ない奇人の能天気さと前向きさが、少々恨めしかった。
「ああ。では始めよう。まずは構えからだ。」
ウィーグラフは意識を集中し、小さく構えを取り出した。
【C-3・小山/1日目・昼】
―――日がそろそろ傾き出し、周囲をその光で朱に染めだした頃。
「フッ、ここまで教え甲斐のある弟子ははじめてだな。」
「ええ、私は貴方の友!そしてライバルなのです!
貴方が認めた人間であるなら、出来て当然のことなのです!」
ウィーグラフは何時の間にか自分の心の仮面が
剥がれ落ちていることさえ気が付いていなかった。
二人は尻もちを付きながらお互いに笑顔で見つめあう。
お互いが興奮と心地よい疲労で顔を上気させ、
荒い息を吐き全身が汗まみれになりながら、
心は充足感で満たされていた。
ウィーグラフとしては武人として目上の者に認められ、ものを教える事は何よりも愉悦であるし、
中ボスにとっては人間の格闘術の基礎を教わる機会が得られるのは光栄の極みでもある。
――情景だけを見れば危ない情事後の二人にしか見えぬが、断じてその気があるわけではない。
「そういう自慢なら構わぬが、少々こそばゆいな。
では、先程の約束だ。ヴォルマルフの『からくり』について話そう。
とはいえ、これはあくまでも私の憶測に過ぎぬ。過剰な期待は禁物だが」
「ええ、今はどんな僅かな情報でも構いません。お願いいたします。」
ウィーグラフはそう言って表情を引き締めて姿勢を正し、中ボスもそれにならった。
これから先のものが的外れな推測に過ぎぬかもしれぬものとはいえ、決して雑談混じりにしていいものではない。
「『からくり』は、おそらくヴォルマルフが首に下げていた、あの獅子の紋章が刻まれたクリスタルにある。」
戦士は剣を手に取り胸に一つの石を抱く
消えゆく記憶をその剣に刻み
鍛えた技をその石に託す
物語は剣より語られ石に継がれる
今、その物語を語ろう…
「あれは、“ゾディアックストーン”、いわゆる聖石と呼ばれるクリスタルだ。
我々イヴァリースの住民は皆、お守り代わりに首にクリスタルを下げる風習があるのだが、あれは別格にあたる。」
ウィーグラフは自分の首にかけてある親指サイズのクリスタルを見せながら、ゆっくりと噛み締めるように言葉を区切った。
「はるか昔、イヴァリースの地で魔神が召喚され、奴らは世界を滅ぼそうとしたらしい。
だが、奴らに対抗すべく十二人の勇者たちが集められ、
瞬く間に悪魔を魔界へ追い戻すことに成功したという。
その勇者達は一人ずつ黄道十二宮の紋章を刻まれたクリスタル、
“ゾディアックストーン”を身に付けていたということらしい。
『この石を用いた』伝説の勇者達“ゾディアックブレイブ”は数々の奇跡を行ったと伝えられ、
その後も時代を超えて人間が争いに巻き込まれる都度勇者たちが現れ世界を救ったとされている。」
…イヴァリースに広く伝えられている、あまりにも有名なお伽噺だ。
だが、お伽噺をするには深刻すぎる表情で、ウィーグラフはなおも続ける。
「私はかつて、ヴォルマルフの下でそれらのクリスタルの収集を命じられていた。
実はここに飛ばされる直前も、奴の息子とともに聖石“ヴァルゴ”の回収に向かっていたのだ。
我々はそれらを身に付け“新生ゾディアックブレイブ”を声高らかに宣伝し、
伝説の再来を演出する予定であったのだがな。」
「あれにはルカヴィすら凌ぐ御力が備わっていると伝えられている。
私自身はあんなクリスタル、ただの宣伝効果のある骨董品程度にしか考えてはいなかったが、
あれに本当に伝説通りの力があれば、お前の言うルカヴィ、超魔王バールを手玉に取る事も可能だろう。
以前からあのヴォルマルフが聖石探しに血眼になっていたのもうなづける話しだ。
奴は、おそらく手にする聖石“レオ”からその力を引き出す方法を解明したのであろう。
「…ちなみに、私は聖石“アリエス”の新生ゾディアックブレイブだったのだがな。
この悪趣味な金色の鎧と赤いフード付きマントは、その証だ。
だが、聖石はここに呼び出された際に没収されてしまったらしいが。」
これまでの険しい表情から一転、顔を自嘲に歪める。
ヴォルマルフにいいように利用された自分の愚かさを恥じているのか、
夢破れ、今度はゾディアックブレイブという虚構の英雄に
本当になろうとしていた自分への嘲りが理由なのか、
その心は知るすべもない。
「……それは、もしかするとこれの事でしょうか?」
中ボスは懐から握拳大はあるクリスタルを取り出した。
ヴォルマルフがこちらに転移する呪文を唱えた時に、
懐から光っていた奇妙なクリスタルとよく似たものが
支給品として与えられていた事に彼は気づいてたのである。
「間違いない。それは私の聖石“アリエス”だ。
…一体何を考えているのだ、ヴォルマルフは?
一度私から没収しておきながら、支給品として再び配布するとは」
「…理解できませんねえ。自らはその聖石の恩恵に授かりながらなら、なおさらです。」
役に立たないアイテムなら、わざわざ没収したりなどしない。
今こうしてウィーグラフが首にかけている、何の役にも立たないクリスタルのように捨て置くはずだ。
そして、数々の奇跡を起こしうる重要物であれば、さらに再び配布する理由も見当たらない。
二人は、ヴォルマルフの意図を掴みかねていた。
――後に、ウィーグラフはその悪意と嗜虐心に満ちた真意を知ることになるのだが、
この時は想像さえできなかった。
ウィーグラフは聖石アリエスを覗き込み、そして意を決するように中ボスに懇願した。
「厚かましい願いだが、その聖石、私に返しては貰えまいか?
この通りだ、頼む。」
面子を重んじる彼にしては珍しく、中ボスに頭を深々と下げる。
その表情は今までのどの時よりも固く、真摯な決意に溢れていた。
「…ウィーグラフさん。そこまでなさる必要はございません。
元より貴方のものであれば、むしろ私から返すのが筋というものでしょう。
それに、この聖石を私よりもよく知る貴方のほうが、所持するに相応しいかと。
…第一、私にはこれの使い方が全くよくわかりません。」
「ですが、そのお伽噺の“ゾディアックブレイブ”に相応しい英雄に必ずなってください。
それが条件ですね。」
いつものおどけた口調で、ただし、態度は恭しくその聖石“アリエス”を目の前の騎士に返却する。
「…すまない。心より感謝する。
謝礼と言ってはなんだが、私のクリスタルを代わりに貰ってくれ。
互いのお守りを交換するようなものだと考えてほしい。」
「お前が望むなら、私はそのお伽噺の英雄に、今度こそなってみせよう。
ただし、今度は教会の…ヴォルマルフの狗ではなく、本当の世界を救う本物の勇者としてな。
フッ。神殿騎士を辞めてなおも、ゾディアックブレイブは辞められぬということか。」
こうして、お伽噺の英雄一人がこの世に舞い戻される土壌はひとまず完成された。
ただし、現実というものは常にどこまでも残酷で、醜く、そして救いというものがない。
このお伽噺の英雄達“ゾディアックブレイブ”の真実も、しかり。
―――現実というものは、常に悪魔どもの味方だ。
「ええ、その心意気です!それでこそ私もこの石をお返した甲斐があろうというものです!」
「フッ、おかしな奴だ。だが、嫌いではない。では、休憩が終わり次第南下するぞ!」
「ええ、華麗に参りましょう!こちらには伝説の勇者がいるのです!」
【C-3・小山/1日目・夕方(16~18時)】
【ウィーグラフ@FFT】
[状態]:健康
[装備]:キルソード@紋章の謎
[道具]:いただきハンド@魔界戦記ディスガイア、
ゾディアックストーン・アリエス、支給品一式
[思考]:1:ゲームの打破(ヴォルマルフを倒す)
2:仲間を集める
3:
ラムザの捜索
4:…こういうのも悪くはない。頼むぞ、相棒。
【中ボス】
[状態]:軽症(顔面の腫れと痛みは引きました)
[装備]:にぎりがくさい剣@タクティクスオウガ
[道具]:支給品一式 、ウィーグラフのクリスタル
[思考]:1:ゲームの打破
2:???
3:自分も伝説の勇者、ゾディアックブレイブを名乗りたいものですね!
[備考]:FFTの「拳術」のアビリティの基礎を学びました。
具体的にどこまで「拳術」のアビリティを使いこなせるかは後の書き手の方にお任せします。
なお、ウィーグラフのクリスタルはラムザ達イヴァリースの住民全てが持っているお守りで、
魂が宿っていない以上は所持したところでゲーム的には何一つ恩恵は得られません。
最終更新:2009年04月17日 23:13