身体を激情が駆け巡る。
 オレの右足からは絶えず血が流れているというのに、抑えきれない憤怒が少なくなった血を沸かし、あの女をぶち殺せと叫ぶ。
 それは正しく殺意だった。
 もはや痛みも感じない。それほどまでに、オレは揺り動かされていた。
 殺せ。あの女を殺せ。武器はどこにある? そこに転がっているだろう? お前を傷つけたナイフが!
 頭の中で邪悪な声が囁く。
 そうだ、武器はある。あの女はオレが当分動かないものと見ている。隙は……ある。
 だが、と掻き消えそうになっていた理性が忠告する。
 あの女は、相当な使い手だ。体裁きとナイフの投擲――それだけで、十分な武装したオレと互角だった。
 そしてオレは、あの刀を奪われた。勝機がないとは限らないが、確率は低い。

 ――それでも、おめおめと逃げるわけにはいかねえッ。

 あの女を犯し、地獄の苦痛を与え、発狂させてバラすまでは!
 どこかオレとは違う、まるで悪魔の思考に塗り潰されながら、オレは復讐の一歩を踏み出した。

『――諸君、これから第一回目の放送を始める』

 それは人の神経を逆撫でするような、無感情な声だった。
 オレは踏み出した足を止めた。これは――そうか、ルール説明でヴォルマルフの野郎が言っていた放送か。
 これを聞き逃せば、このゲームにおいて不利極まりない状況に置かれてしまう。
 知らずに禁止エリアに踏み込めば、即ち死が待っている。死人の名と数を知らねば、現状でなすべき判断を見誤る。
 ……そう考えていると、オレは少し冷静を取り戻していた。
 まずは、どこか家の中へ。それから、放送を聞きながら傷の手当て。そして、体力を回復するために休息。
 焦っても待っているのは愚者の結末、つまりは死だ。そう、あの女を殺すのは今でなくとも良い。
 あの女はどうやら黒甲冑の騎士と偉そうなオッサンのところへ行ったようだ。少なくとも無事では居られまい。
 オレは万全の状態で、不全の状態の女を相手にすることができるのだ。
 もし、あの女がその前に死んでたら?
 そのときは、事切れている身体を引っ張り出して屍姦してやるとしよう。ああ、さすがにぐちゃぐちゃになってたら勘弁だけどな? ハハハッ。
 ……いや、まずは無駄な思考はやめよう。放送に集中すべきだ。
 オレはデイパックから地図と参加者表を取り出し、痛みが徐々に戻ってきた足を引きずりながら最寄りの民家へ向かう。

『――B-4、E-4、F-8』

 発せられた言葉を地図と照らし合わせる。今注意すべきは――B-4か。ここから北東へ行ってすぐのところだ。気をつけねばなるまい。
 その後、ヴォルマルフのつまらない口上を聞き流しながら、オレは家の中へと踏み入った。

「あン?」

 直後、オレはかすかな匂いを感じ取り眉をひそめた。空腹を刺激するようなこれは――テーブルに目を向け、正体を知ることができた。
 それは殺し合い真っ最中の血生臭い場には似合わぬようなものだった。
 オレはすぐに思い当たった。あの女と黒騎士はこの家から出てきた。そして時刻は夕方。
 なるほど、あいつらは食事を取ろうとこんな手の込んだ料理を作ったのだろう。
 ご苦労なこった。ちょうど腹も減っていたし、せいぜいオレが食ってやろう。毒は入ってないだろうしな。

『続いて、ゲーム開始からこれまでの死者の発表をする』

「クソッ」

 オレはせっかちなあの野郎に悪態をつきながら、名簿を取り出した。
 何か書くものを探していたら聞き逃してしまう。仕方がないが、こうなれば最終手段だ。
 オレは床に座り、足の傷口に指を当てた。いまだ止まらぬ血が感触として伝わってくる。

『――アメルオイゲン、シーダ、シノン、ティーエナバール、ビジュ、ベルフラウ、マルス、ムスタディオリチャード

 呼ばれた名の横に血の印をつけてゆく。もうこの世にいない者の証だ。
 早々に死したこの愚かどもに仲間入りせぬよう、これからよりいっそう慎重に進まねばなるまい。
 必要な放送事項を聞き終え、オレは支給品をまとめる。その間にもヴォルマルフのくだらない煽りが続く。
 デイパックを置き、オレは立ち上がると、警戒しながら外へ出た。
 何か役立ちそうなものを拾っておくためだ。周囲にはナイフが散乱しているはず。
 こんな状況だ。ナイフ一本でも黄金より価値がある。
 血塗られたナイフを拾い上げていると、ヴォルマルフの放った一言が耳に残った。

 ――たとえ死した者を蘇らせることでも

 オレは皮肉げに口を歪めた。ああ、あいつならできるんだろう。オレが“生き証人”なんだから。文字どおりのな。
 お前の望む殺し合い、せいぜい盛り上げてやろう。ただしオレは引き立て役にはならん。みっともなく屍を晒すなんて、オレには役不足だ。

 オレが成し遂げるのは――優勝だ。

 待っていろ、オレをコケにした愚者どもッ! いつか必ず後悔させてやるッ!



【C-3/村:東端の民家/1日目・夜】

ヴァイス@タクティクスオウガ】
[状態]:右の二の腕に裂傷(処置済み)、右足首に刺し傷、右腿に切り傷(軽傷)、貧血、
    死神の甲冑による恐怖効果、および精気吸収による生気の欠如と活力及び耐久性の向上。
[装備]:死神の甲冑@TO、肉切り用のナイフ(3本)、漆黒の投げナイフ(4本セット:残り4本)
[道具]:支給品一式(もう一つのアイテムは不明)、栄養価の高い保存食(2食分)。麦酒ペットボトル2本分(移し変え済)
[思考]1:傷の処置を優先
    2:殺せる場合は殺すが、無理はしない
    3:アティたちに復讐

[備考]:
周辺に落ちていた、肉切り用のナイフ二本、漆黒の投げナイフ四本を回収しました。

085 翻弄の道 投下順 087 屍術師の試み
084 奴隷剣士の報酬 時系列順 087 屍術師の試み
057 死闘 ヴァイス 092 夕日の下の苦悩
最終更新:2009年05月23日 22:34