西の空、かすかに残る橙の輝きも、もうじき闇に食いつくされるだろう。日中よりもだいぶ気温が下がっている。
 漆黒の騎士は構えを保ちながら、馬上の男の目を見つめた。怒気、殺気、狂気、そうした負の気が満ち溢れている。
 常人ならばその視線だけで震えあがり、まともな戦闘も行えないだろう。
 彼は誰にも悟られぬ兜の内でニヤリと笑った。ようやく特等の闘いが楽しめる、と。
 一つ大きく呼吸をする。冷気が肺に行き渡り、思考と感覚が研ぎ澄まされる。

 ――我が悦びは全身全霊の攻防にあり!

 柄の握りを強め、漆黒の騎士は駆け出した。敵に肉薄し、まず馬を屠らんとする。
 しかし得物の間合いに到達する前に、雷速の槍が行く手を阻んだ。
 振るわれた槍刃が眼前の敵を薙ごうと駆ける。疾走の勢いを横に逸らして転がり回避。空気が切り裂かれる音。
 即座に体勢を立て直そうとして――目前に穂先が迫っていた。
 驚嘆を覚えつつも後ろへ跳ぶ。片足が地面に着く頃には、男は外した槍を引き戻し三度目の攻撃を繰り出そうとしていた。
 速い。これほどとは予想外だった。戦闘前までに構築していた戦略を崩し、一から新たに立て直さなければならないようだ。
 相手は騎乗。男にダメージを与えるには、まず馬から引きずり落とす必要がある。
 こちらはその段階を踏まなければならないため、絶対的に不利だった。
 だが、それでも漆黒の騎士は愉快で仕方がなかった。
 男の三撃目をかわし、その隙をもって一歩踏み込みウルヴァンを斬り上げる。
 首を切り裂かれるはずだった馬は、危機を察したのか瞬時に前足で地を蹴って跳び下がった。
 戦闘慣れした名馬だ。騎手と相まって、それは無敵の存在にも思われた。
 なれど、それを打ち破ってみるのも面白い。
 斧の実戦用法と相手の力量をさらに掴むために、再び接近しようとし――

「……チッ」

 漆黒の騎士は、斧で弾いた刃物――戦闘用のものではないナイフの投擲主を向いた。
 少年はつまらなそうな顔をしながら、こちらからある程度の距離を取って武器を構えていた。
 あえて危険は冒さず、二人が戦闘中の隙を衝こうというつもりなのだろう。
 漆黒の騎士は不愉快を隠さず、静かに言い放った。

「……小僧、先にそちらからでも構わぬぞ」
「これは私の獲物だ、邪魔をするな!」

 男の怒声も加わり、少年は肩を竦めてニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた。

「ハッ! じゃあ勝手にやりやがれ。残ったほうを相手にしてやるからよ」

 もとよりそのつもりだ。こちらとしても、横槍を入れられるのは悪感にしかならない。
 漆黒の騎士は男に意識を戻すと、ゆっくりと構えを直した。仕切り直しとなったが、戦意はまだ削がれていない。



 ――さあ、宴の再開だ。

 漆黒の騎士は全身の気を引き締め、人知れず笑みを浮かべながら疾走を始めた。
 どこか遠くで女性が叫んだように聞こえた。
 しかし、それはこの戦闘には何の関与もないと本能が即断する。ゆえにそれに関する反応と思考を遮断する。
 そう、彼の意識は既にこの闘争のみにしかないのだ。


   ◇


「ゼルギウスさんッ――」

 その名を叫んだところで、アティは殺気を感じて跳び退った。飛来物が目前を通り過ぎる。
 それの正体を知ったのは、薄笑いを浮かべた少年のほうを振り向いた時だった。その手には石が握られていた。

「仕方ねぇから、先にアンタの相手をしてやるよ」

 アティは少年に意識を切り替えて対峙した。冷笑する少年の目は獲物を見つけた獣のように輝いている。
 この様子ではカーチスと連絡する余裕も与えてくれないだろう。アティはナイフに意識をやった。
 漆黒の騎士とあの貴人に介入するには、まずこの少年をどうにかしなくてはならない。……たった三投の攻撃で。
 手立てを考えはじめながら少年へ視線を戻す。
 手には業物と思われる刀。そして腰にはナイフが数本見える。得物だけでもこちらを圧倒している。
 そして――その異様な雰囲気を放つ鎧。上半身はアレに阻まれ、ナイフでダメージを与えることはできない。
 となると、頭か手足ということになるのだが――できればこの少年を殺したくはなかった。
 致命傷を避けるとなると、残りは手足のみ。しかし向こうはいざとなれば容赦はしてこないだろう。
 チャンスはこちらを侮っている間だけだ。隙を衝いて相手を無力化しなければならない。

 ――時間はありません。

 アティは横目で激戦を繰り広げている二人を覗いた。戦局は一進一退。双方とも戦慄するほどの神業の攻防を交わしていた。
 アティは少年に視線を戻した。そしてナイフを右手に一本持ち、残りの二本を、左手の刀身を指の間に挟んで扱いやすいようにストックする。

「……やはり争いを避けることはできませんか?」

 無駄だとわかっていても思わず言葉が出た。少年は回答として、握っている石を横投げで投擲してきた。
 それが戦闘合図となった。
 アティは飛礫をかわすと、ナイフをハンドルグリップに構えた。少年は刀を構えて走りだしている。
 しかし焦って貴重な攻撃を無駄にしてはならない。十分に引き付けてからだ。
 少年はこちらが手出しもできないとでも思ったのか、薄笑いを浮かべた。肉薄、そして刀を振り上げる。
 その瞬間を待っていたアティは、後方に跳躍しながら腕を振り下ろした。

「くっ……」

 空中での体勢では思った以上に調節が難しかった。手首のスナップを利かすことができず、ナイフはそのまま飛んでいってしまった。
 案の定、刃は腿を浅く傷つけただけだ。少年がバランスを崩し、片膝をつく。
 アティは着地後、即座にナイフを構えた。右手を振り上げる。まだ行けるはずだ。手首で調節を加えながら投擲。
 瞬間――少年の目がぎらりと光った。
 一閃にナイフが弾き返された。回転する刃が頬をかすって飛び去る。歯を食いしばり生唾を飲み込んで、湧き上がった震えを押し止める。
 少年は鬼の形相で前へ跳びながら刀を構えた。まずい。

「……っ」

 切っ先が胸部をかすめる。なんとか回避はできたが、まだこれで終わりではない。
 斬り返しの第二刃が迫っていた。足に力を込めて、大きいステップで跳び退る。それと同時に、残りのナイフ一刀を右手に持ち替えた。
 これが最後。外せば後は絶望的だ。
 足の傷と無理な攻撃で、少年は体力をかなり失っている。どこかでチャンスができるはずだ。

「この……クソ……ッ」

 少年が腰からナイフを抜き、投げつけてきた。戦闘用のものではない。おそらく民家にあった肉切りナイフ。
 アティは容易に避けたが、切れ味は悪いので当たったとしてもそれほどダメージは受けなかっただろう。
 少年は再び刀を構えた。その顔からは余裕が消え、眼は怨恨に染まっていた。
 疾走、そして斬り払い。少年は攻撃をかわされたと認めると、右手を柄から離して腰のほうに回した。
 同時に姿勢を低くする。そのせいで少年が手をやった腰部が見づらくなった。
 しかし先程と同じだろう。威力の低いナイフの投擲――アティはそう判断して、右手を振り上げた。
 避けようとはしない。肉を切らせて骨を断つ――少年の投擲後の隙がチャンスだった。
 少年が腰からナイフを引き抜いて構えた。

 ――しまったっ!

 違う、肉切り用のナイフではない。これは本物、自分の得物と同じ投擲用のナイフっ!
 背筋に冷たいものが走る。予想との食い違いに身体が反応しない。
 少年より先に投げつけなければならないとわかっていても、右手が動かない。

「――っ」

 一刹那の遅延の後、ようやくナイフを持つ右手に投擲の力が篭った。
 だが遅すぎた。時を同じくして左腿に鋭い痛みが走った。
 身体のバランスを崩す。それでも最後の望みにかけて、そのまま少年へ投げつけようとする。

「オラッ!」

 腹部に衝撃。まともに蹴りを食らって吹き飛んだ。受身も取れず、仰向けに倒れた。
 その反動で緩んだ右手からナイフがこぼれ落ちる。しまった、と思う暇さえなかった。
 胃から先刻食したものが込み上げてくる。吐きそうになったところで、それは強制的に止められた。
 呼吸さえできなかった。首筋に擬された刃は、皮を薄く切り裂き、血を滲ます。
 もうわかっていた。これで詰みだ。この状況はどうやっても覆せない。

「終わりだ、死ね」

 自分はここで死ぬ。悔いは数えきれないほどあった。
 どうしてあそこで漆黒の騎士を止められなかったのか。もっと上手く話せば説得できていたかもしれない。
 どうしてあの貴人に誤解だと伝えられなかったのか。ぐずぐずしなければ争いを避けられたかもしれない。
 どうして先にカーチスと連絡を取らなかったのか。彼の力があればこの状況を打開できたかもしれない。
 なんとも自分は無知で無力で無謀なことだ。己の力を過信しすぎていた。
 間もなくヴォルマルフによる死者の発表があるだろう。その時、アティという名前が呼ばれるはずだ。
 仲間たちが心配だった。そのことに絶望せず、抗いの心を保ち、みなで力を合わせ、ヴォルマルフ――そして“ディエルゴ”を打ち破ってほしい。

 ――なんて、他人任せもいいところですね……。

 アティは最後に自嘲的な笑みを浮かべた。
 少年は眉を顰めたが、すぐにつまらなそうな顔でその首を引き斬ろうとした。


「ああーーーーーっ! ね、ねえ! あそこ――――ふが……っ!」
「バカチンがぁぁ……! あんな…………俺…………」


 何が起こったのか、その時はどうでもよかった。
 ただ、少年が村の外へ顔を向け、宛がわれていた刀がかすかに離れ、自分がまだ生きているという情報があればよかった。
 ほぼ無意識的に右手が動いた。その手に柄が握られる。そして自分でも信じられないような速度で、目の前を銀光が駆け抜けた。
 肉に食い込む刃の感触が腕に伝わる。絶叫を耳にしながら、アティは立ち上がった。

「……まだ、私にはやることがあります」

 アティは足を押さえて呻いている少年を見下ろした。
 歩くことはままならないが、傷自体はそれほど深くなく命には関わらないだろう。
 アティは地に転がっている刀を拾い上げた。

「お借りします。……返せる保障はありませんが」

 これからさらなる苦闘が待ち構えているかもしれない。今度こそ本当に死が待っているかもしれない。
 けれども行かなければならなかった。漆黒の騎士――ゼルギウスを止めるため。
 既に陽の光は失われていた。ここからは暗黒の世界だ。暗く冷たい闇は、死への恐怖と焦燥を掻き立てる。
 だがそれに耐えながらも進まなければならない。
 どこかへ戦場を移したのか、二人は視界にはいなかった。かすかに聞こえる音を頼りに探すしかない。
 やがて響いた金属音を耳にし、アティは駆け出した。彼らの闘争は、確かにまだ続いていたのだ。

 そして時を同じくして――ヴォルマルフの声が響き渡った。


   ◇


「ねぇ……レンツェン、どうするの?」

 さっきからうるさいガキを無視して、レンツェンは前方の村を見つめながら迷っていた。
 草原のここからでも、はっきりと二人の男女のやり取りを見ることができた。
 それはどう考えても戦闘――だからこそレンツェンはここで様子を見ているのだ。

「ねぇ、きいてる? レンツェ……」
「ええい、うるさい……! 少しは黙れ……!」

 レンツェンは苛立ちながら静かに叱責した。ガキはほほを膨らまして無言で抗議をするが、気にしない。
 一応このガキにも確認したが、知り合いではないらしい。ならば放っておいてもいいと思ったのだが――

「レンツェン……これじゃ村に入れないよ」
「…………」

 そう、村になら何かあるはずだと踏んで近くまで来たのだが、期待していたものとはまるでかけ離れたものがあった。
 最初に村の西端近くまで来たのだが、しばらくすると戦闘音が聞こえ、漆黒の鎧の男と白馬に乗った男が現れた。
 一目でヤバすぎると判断したので、いったん草原へ離れてそこから村の東方へ移動したのだが……ここでもまた別のやつらが闘っている。
 完全に村は危険地帯だった。当初は誰もいなければこの村で夜を明かそうと思っていたが、それも無理になった。
 ついでに、この周辺には寝床となりそうな施設はない。
 B-2の塔は待ち伏せされていたら一巻の終わりだし、C-6の城へは逃げ道が極端に狭くなる橋を通らなければならない。
 安全だけを考えれば、森の中で野宿となる。あれだけ広大ならば他の参加者と鉢合わせする確率は低い。
 ただ――

「……この高貴な俺が野宿だと?」
「さっきからぶつぶつなに言ってるの? それより、あの女の人をたすけないの?」

 ガキが急いたように村を指差す。
 なぜわざわざ助けに行かなきゃならん。というか行っても何もできん。
 そんなことを思いながら、レンツェンはチキの首根っこ掴んだ。いちいち面倒事に首を突っ込んでもらっては困るのだ。

「さあ行くぞ。予定変更だ」

 何やらほざく声が聞こえるが無視無視。不本意ながらも向かうのは森だ。
 レンツェンはため息をついた。仕方がないとはいえ太守ほどの貴人が野宿とは――

「ああーーーーーっ!」

 ……今になって、こんなガキを連れてくるんじゃなかったと後悔する。
 レンツェンは凍りついていた身体をなんとか動かして、村のほうを見て叫ぶガキの口を塞いだ。

「ね、ねえ! あそこ――――ふが……っ!」
「バカチンがぁぁ! あんなやつらに存在を教えたら、次に襲われるのは俺たちだ!
 少しは考えて……いや、もういい! 逃げるぞ!」

 レンツェンハイマーはチキの腕を掴んで走り出した。彼の苦労はこれからも続く……。



   ◇


【C-3/村/1日目・夜(18時)】

【アティ@サモンナイト3】
[状態]:左腿に切り傷(軽傷)、若干疲労
[装備]:呪縛刀@FFT
[道具]:支給品一式
    改造された無線機@サモンナイト2(?)
[思考]1:漆黒の騎士へと急ぐ
    2:仲間たちの名前が放送で呼ばれませんように……
    3:ディエルゴのことが本当ならば、なんとかしなくては

ヴァイス@タクティクスオウガ】
[状態]:右の二の腕に裂傷(処置済み)、右足首に刺し傷、右腿に切り傷(軽傷)、貧血、死神の甲冑による恐怖効果、
    および精気吸収による生気の欠如と活力及び耐久性の向上。
[装備]:死神の甲冑@TO、肉切り用のナイフ(1本)
[道具]:支給品一式(もう一つのアイテムは不明) 、栄養価の高い保存食(2食分)。麦酒ペットボトル2本分(移し変え済)
[思考]1:傷の処置を優先
    2:あの女……ぶっ殺してやるッ!


[備考]:
周辺に、肉切り用のナイフ二本、漆黒の投げナイフ四本が散乱しています。



【C-3/草原/1日目・夜(18時)】

【レンツェンハイマー@ティアリングサーガ】
[状態]:やや疲労、やすらぐかほり
[装備]:ゴールドスタッフ@ディスガイア、エルメスの靴@FFT
[思考]1:走れ走れ走れ走れ!
    2:保身第一、(都合のいい)仲間を集める
    3:手段を問わず、とにかく生還する
[備考]:ヴェガっぽいやつには絶対近寄らない

【チキ@ファイアーエムブレム紋章の謎】
[状態]:健康
[装備]:シャンタージュ@FFT
[道具]:やたらと重いにぎり(柄部分のみ確認、詳細不明)
[思考]1:レンツェンといっしょ
    2:仲間をさがす
    3:首輪かゆい
    4:かえりたい

056 彼女らの邂逅 投下順 058 恋しいストレス源
083 Black Wings 時系列順 071 二人の地球勇者
050 誰がための戦い 漆黒の騎士 092 力在る者すべて(前編)
050 誰がための戦い アティ 092 夕日の下の苦悩
050 誰がための戦い ヴァイス 086 獣の決意
050 誰がための戦い ハーディン 092 力在る者すべて(前編)
038 進むは時間、止まるは… レンツェンハイマー 092 夕日の下の苦悩
038 進むは時間、止まるは… チキ 092 夕日の下の苦悩
最終更新:2009年05月23日 22:33