奴隷剣士の報酬 ◆imaTwclStk


『――諸君、これから第一回目の放送を始める』

「―来たね。」

声に呼応するようにイスラは両脇のアズリアとオグマに目配せすると
ペンを握り締め、名簿と地図に眼を走らせる。

『まずは禁止エリアを発表する。 ――』

日が落ち、深まる闇夜の中に響き渡る男の声。
男は嘲る様に皆に注意を促している。
『精々、自分たちを楽しませろ』と。

「…チッ」

男の話す内容と、わざと抑揚も無く機械的に話す態度に苛立ちを覚え、
オグマは自然と舌打ちをしていた。
その気持ちは隣に控えていたアズリア、イスラも一緒なのであろう、
聞き漏らす事はできない放送の中でも彼に注意するものはいなかった。

だが、

『続いて、ゲーム開始からこれまでの死者の発表をする。
 ――アメルオイゲン、シーダ、シノン、ティーエナバール、ビジュ、ベルフラウ、マルス、ムスタディオリチャード
 以上、11名。開始から12時間で約1/5の死者――なかなかだ。このペースでゲームに努めてもらいたい』

「馬鹿なっ!!」

オグマにとって予測できなかった。いや、したくなかった事実が突きつけられた。

覚悟はしていた筈だった。
たとえ誰が死のうとも動揺しまいと。
だが、それ自体が『誰も死ぬはずが無い』と心のどこかで高をくくっていただけであり、
ともすれば、その光景を想像したくなかっただけなのかもしれない。
彼の表情が青ざめている事に気づき、アズリアは如何声を掛けていいのか逡巡しているようであり、
イスラはその顔を曇らせた。

『失ったものは戻ってこない、と思っている者に一つ教えてやろう。ゲーム開始前に言ったことは覚えているな?
 優勝者には望むままの褒賞が与えられる、と。それに例外はない――たとえ死した者を蘇らせることでも、だ』

そして、止めを刺すかのごとく予測通りの言葉がオグマに圧し掛かってくる。
見えていないはずのオグマの表情が絶望に歪んでいるのを楽しむかのように。

無情なる言葉は一見すれば救いのように聞こえる言葉を残し、終わりを告げた。
知らなければ救われたのかもしれない、だがオグマは知ってしまっている。
それは希望の振りをした絶望なのだと言う事を。

「オグマ―」

「仲間が死んだ、3人だ」

アズリアがオグマに何か声を掛けようとするよりも早く要点だけを伝える。
できるだけ冷静に変化を悟られる事のないように。

「その全てがあなたにとって、大事な人だったんですか?」

だが、オグマの変化を見過ごす事無くイスラは問いただす。

「イスラッ!」

弟の無情な言葉をアズリアは咎めようとしたが、
イスラに直ぐに制止された事と、その真剣な眼差しに気づき、口を閉ざすしかなかった。

「僕はあなたに尋ねました、『例え誰が死のうともこのゲームには乗らないのか?』と。
 それを今のあなたに、もう一度、問います」

この質問は当然の事なのかもしれない。
非情な殺し合いの場に置いて、迷いを持つ者の存在は下手をすれば共に行動する者達の
生死にも関わる問題であり、
まして、心変わりを起こしたものに後ろから刺される事をイスラは懸念しているのである。

「……………………」

イスラの質問に対する答えは無言。
その反応を確かめるとイスラは先ほどまで広げていた地図と名簿をデイバッグにしまい、
アズリアに向き直り、

「行こう、姉さん。この人とはもう一緒に行動する事はできない」

そうとだけ簡潔に告げ、速やかに出口へと向かっていた。

「おい、イスラッ! クソッ!オグマ、お前も何か言ったらどうだ!」

一人で出口へと向かうイスラと、黙して何も語らないオグマの双方に苛立ちを覚え、
思わずアズリアはオグマを叱責する。
その叱責に反応し、オグマはやっと重い口を開いた。

「…手段を知らない訳ではない」

すでに扉へと手を掛けていたイスラはぴくりと反応し、動きを止めた。

「何のですか?」

体勢は変えぬまま、振り返りもせずにイスラは聞き返す。

「死者の蘇生の方法だ。……ただし、限定物だがな」

―オームの杖。
オグマが知る、死者蘇生の唯一つの方法。

だが、

「それが、この場所で死亡した者にも通用するか、自信が無いんですね?」

見透かしたようにイスラが告げる。

「あぁ、その通りだ。それに、それで生き返るのは一人だけだ」

否定する事も無く、オグマはその言葉を受け入れる。
そして、静かに、感情を押し殺した声でオグマは続けた。

「例え生き返らせることができなくても、仇は討つつもりだ。
 殺し合いに乗るという形ではなく、あのヴォルマルフという男を倒す形でな」

その言葉を聞くと、イスラはオグマに向き直り、真っ直ぐに彼を見つめ、

「…信じて、いいんですね?」

一言だけ告げた。

「信じろとは言わない、俺に不審なものを感じたらお前が俺の首を落とせ」

腰に付けていたライトセイバーを手に取り、イスラの足元に放り投げる。
それを拾い上げたイスラは無言でオグマの首筋めがけ一閃した。

「……………………」

静寂の中、首筋に当てられたライトセイバーには眼もくれず、微動だにせずに見詰め合うイスラとオグマ。
暫くして「ふぅ」と溜息をついたイスラはそっと剣を下ろし、オグマに剣を投げ返す。

「良いでしょう、あなたを信じる事にします。でも、憶えていて下さい。
 もし、あなたが僕や姉さんに裏切るような事があれば、僕が必ずあなたを殺すと」

「それで十分だ」

受け取った剣を始めと同じように腰に差し込みながら静かに返す。
その様子をただ眺めている事しかできなかったアズリアは安心したように近くの椅子に腰掛けた。
イスラは出口から机まで戻り、再度地図を広げている。

「禁止エリアも考慮して、今後の計画も練らなくてはいけない。
 その後は暫く休憩しよう」

話し合う姉弟を傍らにオグマは一人、出口へと歩を進める。

「計画はお前たちに任せる、俺はそういったことに向いていない。
 悪いが少しの間だけ一人にさせてもらう」

その言葉を聞いてイスラが顔を曇らせたが、

「構わない、行ってくれ。悪いが今度は異論を挟ませないぞ、イスラ」

アズリアに制止され、今度はイスラが引き下がる事になった。

「…すまない」

一言だけ謝罪の言葉を述べ、扉を開け、外に出る。
日が暮れてきたことにより、気温は下がり風が冷たく吹いている。
闇夜の中、オグマは思い出す。
自らの過去を。

―奴隷剣士として他人の享楽の為に無意味な殺し合いをさせられていた日々。
 その地獄から逃れるべく反乱を起こした彼だがあっけなく鎮圧され、
 大衆の前で見せしめとして処刑される筈だった。
 様々な者から浴びせられる好奇と侮蔑の入り混じった視線。
 その全てが彼の死を望んでいた。
 ただ、一人を除いては。
 処刑が執行される直前に一人の少女が飛び込み、彼の延命を願ったのだ。
 そして彼は救われた、たった一人の少女『シーダ』によって。
 その腕を買われた彼はそのまま彼女の父が治める国、タリス王国の傭兵団の
 団長を務めるまでになった。
 彼女に対する淡い感情は秘めたまま。

「オオォォォォッ!!!」

雄たけびと共にただがむしゃらに剣を振るう。
シーダを守る事ができなかった。
マルスを救う事もできなかった。
そんな己の無力を噛み締めながら。
息切れしながらも剣を収め、虚空を眺めながら呟く。

「…俺は、矢張り諦められない」

二人に語った誓いは嘘ではない。
ヴォルマルフは必ず倒す、これを変える気は毛頭無い。
しかし、二人には語っていない事がある。

シーダの存在は彼にとって、その命そのものだと言う事を。

「…待っていてくれ、必ず…」

シーダがオームの杖で生き返れたとしても彼女はそれを受け入れないだろう。
マルスの死を知り、オグマに彼と天秤に掛けられて生き返ったことを知れば彼女は嘆き悲しむ。
それでは意味が無い。
マルスとシーダ双方が蘇らなければならないのだ。
だから、

「必ず俺が奴らからその“方法”を手に入れる!」

これしか既に自分には残された選択肢は無い。
その結果、自分に何があろうとも彼女が幸せであるならば構わない。

ぱちぱちぱち、と不意に鳴り響く拍手の音。
オグマが振り返り見た先に、いつの間にか一人の男が立っていた。

「お~お~、実に腹黒い発言をしてるな、あんた」

男はある程度、間合いは保ったまま笑っている。。
オグマが何も言わずに剣の柄に手を掛けようとしたとき、

「ちょっと待った。俺はあんたと戦う気はない。
 第一、その気があったらこんな真似はしないで不意打ちしてる」

慌てて男は構えようとしたオグマを制止した。

「実はあんた達の会話はちょっと前から盗み聞きさせて貰ってた、
 そん時にはあんたらにやる気があるんだったら俺も容赦はするつもりはなかったがね。
 だが、あんたらはどうやらあの男を倒すつもりの様だし、
 今のあんたの発言も興味深かったんでね。
 なんなら俺も一枚噛ませてもらおうかと思ってるんだが…どうだい?」

男は値踏みするようにオグマを眺めながら、協力を申し出ている。
如何返答しようかオグマが考えていたときに男が付け加える。

「それと、さっきの二人に俺の存在を話すのは無しだ。
 俺は馬鹿正直な奴と企み事が得意そうな奴とはあまり良い思い出がないんでね。
 俺はあんたにだけ協力したいと思っている」

二人への相談はあっさりと否定されてしまった。
突然現れて協力を申し出てくる。
これほど何か裏の有りそうな発言はない。
だが、既に自分も蘇生の方法を奪い取ろうと思っていることを二人に黙っている点で
似たような身である事を思い出し、決断する。

「良いだろう、条件は何だ?」

「話が早い上に、理解も出来ていると見える」

わざとらしく大袈裟に両手を広げて男は喜びを表現する。
そのまま男は続ける。

「なぁに、条件は簡単だ。
 俺はあんたに在る人物の安否確認をお願いしたい。
 そいつはかなり腕の立つ奴な上にあんたらと同じように
 このゲームをぶっ壊そうと思ってる。
 きっと、あんたらの仲間になってくれると思うぜ。
 それと見返りは俺が収集した情報を定期的にあんたに知らせる。
 それでどうだ?」

一見すればメリットだけに聞こえる条件ではあるが、
自分の言葉を聞いた上で提案してくるものとしては生ぬるすぎる。
何かきっと裏がある事はオグマも理解していた。
しかし男のいう腕の立つ人物というのも気になるところである。
自分と並び立つほどの腕前を持っていたナバールですら先ほどの放送でその名を呼ばれていたのだ。
自分も油断できる状況ではない事も確かであり、目的の達成のためには腕の立つ仲間は
実際に必要不可欠である。

「いいだろう。それで次はどこで貴様と落ち合えばいい?」

既に自分はある程度の手段を選んでいる余裕はない。
少しでも可能性をあげるためには裏のある提案でも呑むしかないのである。

「…そうだな、次の放送の後にこの地図のF-2の位置にある森の中でどうだ?
 此処ならあんたもすぐ上の城に行きたいとでもいえば妥当な理由になるだろうし、
 俺も身を隠しながらなら、森の中のほうが目立ちにくいんでね」

「F-2だな、それで俺が捜せばいい人物の名を教えてくれ」

生憎とデイバックは二人の所に置いてきていた為、
頭の中で場所を反芻させて覚えさせながら、男の目的を尋ねる。

アイクだ。それとまだ名乗ってなかったが俺はネサラだ。
 あんたの名前はオグマだろ、さっきも言ったがちょっと話を聞かせてもらっていたんでね。
 取りあえず、ちょっと前に此処から東に行った森でそれっぽい奴を見たんだが、
 すぐに見失っちまった。今もそこにいるかは分からんが探してみたらどうだ?
 あんたも俺も生き残る事ができたら暫く世話になる仲だ、よろしくな」

闇夜の中、警戒は続けているのかあくまで背を見せる事無くオグマから離れ、
彼には見ることの出来ない位置にいることを確認し、ネサラは考える。

―あの屋敷の中で突如オグマ達が筆談に切り替えたときは、
 正直、冷や汗ものであったがその後の口論の様子からして俺に気づいたのではなく、
 盗聴やらの可能性に考慮してのものだったのだろう。
 暫くしてこのオグマと呼ばれていた男が一人で出てきた為、すぐに身を隠し尾行してみれば
 この男から面白い言葉を聞くことが出来た。
 オグマが言う“方法”が何の事を指しているのであれ、それをあの甘ちゃんな男女と
 腹黒そうな弟に言わなかった時点でこいつも割り切っている人間だと理解できた。
 多分、二人に言えば否定されるような事をこいつは企んでいる。
 こういった腹に一物抱えた奴の方がこっちも利用しやすいってものだ。
 先程の放送でアイクの名は呼ばれず、代わりにあのリチャードの名が呼ばれていた。
 アイクが返り討ちにしたのか、それとも第三者が更に介入したのかは知らんが、
 どちらにせよアイクが無傷の状態である事はあのリチャードの腕からして考え難い。
 アイクには生きていてもらった方が、きっとこの場を掻き乱しまくってもらえるというものだ。
 俺が生き延びるためにもそっちの方が都合が良い。
 それにもし、第三者がいたのであれば人数的にも俺が確かめるよりも、
 こっちに行ってもらった方が第三者を排除する意味でも有効だ。
 悪いね、あんたがあの二人に言わない事があるように俺もあんたに言っていないことがある。
 『俺は既に一度アイクに会ってる』ってな。

少しだけ含み笑いを浮かべ、ネサラはその場を去った。

一人、その場に取り残されていたオグマはゆっくりと歩を進めだす。
取りあえずは二人のいる屋敷に戻るため。
そして、彼女を取り戻すために。

【G-5・街道沿い・屋敷内/夜(19時)】

【オグマ@紋章の謎】
[状態]:健康
[装備]:ライトセイバー@魔界戦記ディスガイア
[道具]:万能薬@FFT
[思考]
1:主催者を倒し、死者蘇生の方法を手に入れる。
2:アズリアとイスラを守り、脱出・首輪解除の方法を探す。
3:ネサラの言うアイクの捜索。
4:放送後にF-2でネサラと落ち合う。

【アズリア@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:ハマーンの杖@紋章の謎
[道具]:傷薬@紋章の謎
[思考]
1:オグマとイスラと協力しこの状況から脱出するための手段、方法を探す。
2:サモナイト石を探し、ここがリインバウムであるかを確かめる。
3:自分やオグマの仲間達と合流したい。(放送の内容によって、接触には用心する)
備考:オグマとイスラの騒動により自分の考え(ディエルゴが島の中にいる可能性)を話すのを忘れてしまっています。

【イスラ@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:チェンソウ@サモンナイト2、メイメイの手紙@サモンナイト3
[道具]:支給品一式、筆記用具(日記帳とペン)
[思考]
1:ディエルゴは本当に主催側にいるのか…?
2:アズリアを守る。
3:サモナイト石を探し、ここがリインバウムであるかを確かめる。
4:対主催者or参加拒否者と協力する。(接触には知り合いであっても細心の注意を払う)
5:自分や仲間を害する者、ゲームに乗る者は躊躇せず殺す。
備考:オグマに対して軽い不信感を抱いています。

【ネサラ@暁の女神】
[状態]:打撲(顔面に殴打痕)。
[装備]:あやしい触手@魔界戦記ディスガイア、ヒスイの腕輪@FFT
[道具]:支給品一式×2 清酒・龍殺し@サモンナイト2、筆記用具一式、
    真新しい鶴嘴(ツルハシ)、大振りの円匙(シャベル)
[思考]1:己の生存を最優先。ゲームを脱出する為なら、一切の手段は選ばない。
   2:オグマを利用し、アイクの安否を確認する。
   3:ソノラの情報は次の機会にでも。
   4:オグマが生きていたら放送後にF-2の森で落ち合う。
   5:脱出が不可能だと判断した場合は、躊躇なく優勝を目指す。

083 Black Wings 投下順 085 翻弄の道
110 REDRUM 時系列順 095 セキガンのアクマ
083 Black Wings ネサラ 120 奴隷剣士の反乱(前編)
083 Black Wings アズリア 117 killing me softly with her love
083 Black Wings イスラ 117 killing me softly with her love
083 Black Wings オグマ 120 奴隷剣士の反乱(前編)
最終更新:2011年01月28日 14:40