――親父、俺はどうすればいい?
森の中で簡単な応急手当を施してからの事。
俺は適当な切り株に腰掛けながら、これまでの自らの行いの浅はかさを悔いていた。
傷口の消毒に使った透明の水筒の水を頭上から残らずぶちまけ、
戦闘の興奮等で茹できった頭を冷やしてみる。
流れる水が蒼い髪をしたたり、ゆっくりと頬を伝う。
一部が首筋を這い、襟から服の中にも少しだけ入り込むが、
このひんやりとした刺激がむしろ心地よい。
気分的な問題だが、少しはましに頭が働くようになった気がする。
ミストがこんな所を見れば、「またお兄ちゃんは服を水浸しにして!」
などととどやしつけてくるかもしれないが。
濡れた野良犬のように激しく首を左右に振り、滴る水滴を振り落とす。
あとはマントの裾で拭き落すと、俺はこれまでに取った行動を振り返ってみた。
◇ ◇
この会場に放り出されてから俺がなした行動といえば、だ。
レダの
獅子王リチャードと名乗る態度の大きいベオクと出会い、
鴉王の情報を聞いてすぐさま森の中へと向かった。
その後、森の中で遭遇した鴉王と石化した少女についての会話を行ったが、
あいつに誤解で頭に血が上ったリチャードを押し付けられる破目に合う。
その挙句、リチャードとの戦闘に興じていた所をこの殺し合いに
乗った第三者達から襲撃を受け、負傷したあいつに逃がされて
今に至るというわけだ。
どこをどう分析しても、お世辞にも思慮深い人間が取る行動ではない。
回避しようと思えば、回避できた困難はいくつもあったはずだ。
リチャードとの遭遇時にすぐさま鴉王の元になど向わず、
情報交換を密に行いラグズの事を少しでも話しておけば、
森の中で誤解したあいつと戦闘にはならなかったかもしれない。
ネサラもあいつを俺に押し付けて逃げようとは考えなかっただろう。
そして戦闘状態に陥った時も、そのまま流されるままに戦闘に興じるより
防御に徹し説得を続けていれば、話し程度なら聞いたかもしれない
(ただし、それには少々困難を伴っていただろうが)。
そうすれば、俺達の争いの隙を突かれて漁夫の利を狙う
例の二人組に襲われるということもおそらく無かったであろう。
リチャードも、俺のせいで深手を負うことはなかったかもしれない。
振り返るほどに、実感する。
お世辞にも勇者や英雄などと呼ばれる存在の行為とは言い難い。
むしろ猪武者という表現が相応しいだろう。
『蒼炎の勇者』
今では、人は皆俺をそう呼ぶ。
これは、決して自ら望んだ名声ではない。
だが、人がそう呼ぶ期待には答えるだけの行動を取る義務はある。
かつての親父がそうであったように。
英雄という存在は、個人的な闘争本能のみに任せて戦いなどしないのだ。
それでは街のチンピラやごろつきといった、町のならず者達とそう変わるものではない。
俺の仲間の為、守るべきものの為、かけがえのない物を掴み取る。
仮にも『勇者』と呼ばれる存在なら、その為にのみ戦わねばならない。
『神騎将ガウェイン』と呼ばれた俺の親父も、まさしくそうだったのだから。
しかし、情けないものだ。
漆黒の騎士がこれまでの行動を知れば、俺の至らなさを嘲笑うかもしれない。
いや、むしろ弟弟子の凋落に失望のため息をつくかもしれないが。
――もし、ここに呼び出されたのが親父であれば、どう動いただろう?
呼び出されるも何も、親父は既に死んでいる。
他ならぬ、兄弟子である漆黒の騎士の手にかかって。
無論、漆黒の騎士のように
ヴォルマルフに蘇らされて
この戦いに参加させられた可能性もゼロではなかっただろうが、
今ここに存在しない親父の事を考えても仕方がない。
だが、もし親父なら?
もし、俺ではなくここにいたのが親父だったなら?
無意味な事だと分かり切ってはいるが、それでも考えずにはいられない。
親父はまさに俺の生涯の目標であり、理想の具現であり、道標なのだから。
親父ならおそらくは…、いや、きっと俺よりも
もっとこの場を上手く立ちまわっていただろう。
あの会場にいた時にしたところで、親父なら俺のように
状況がよく飲めぬままこちらに放り出されるのではなく、
あのヴォルマルフとかいう殺人狂相手に一矢報いたかも知れない。
あるいは、会場内で混乱する者達を上手く纏め、
その場ではなにも出来なかったにせよ、
ゲームを破壊する布石ぐらいは打っていたかもしれない。
親父はまさに『神騎将ガウェイン』として、
あるいは『グレイル傭兵団長』として、
あの会場に呼び出された者達全ての未来を考え、
最善の行動を取ったであろう。
だが、俺は?
だが、俺はどうなのだ?
このゲームを破壊する為に、一体何を為したというのだ?
何一つ、何事も為してはいない。
何一つ、何事も為してはいないではないか?
ただ、時に流されるままに。
ただ、悪化する状況に流されているだけではないのか?
以前の戦乱の時も、まさしくそうであったように。
あれから時ばかり過ぎているというのに。
第一回放送とやらも近づき、日も暮れ出しているというのに。
最低でも複数はこの殺し合いに乗った者達が共闘を
組んでいる事態すら発生しているというのに。
俺がしたことと言えば、リチャードに誤解を与え、
鴉王に体よくあいつを押し付けられ、
ただ闘争本能のままに戦闘に興じ、
あまつさえ二人組の襲撃を受け逃走した。
ただ、それだけの事だ。
勇者として人を救うどころか、己の身さえ満足に護れてはいないではないか?
挙句、結果的にはこのゲームに貢献さえしている。
あまりにも、
あまりにもふがいない。
未熟を通り越して、それは低能・無能と罵られても仕方がないだろう。
何一つとっても、俺は親父には到底遠く及ばない。
現に、俺がなして来たことも親父が舗装した道をなぞり、
本来親父がなすべきはずだったことを代わりに為しただけのことなのだ。
所詮どこまで行こうとも、今の俺は親父の代理品でしかない。
第一、俺一人では何一つ満足にできやしないのだ。
死んだ親父の跡を継ぎ、グレイル傭兵団の団長となってからであっても。
副団長のティアマトと参謀のセネリオの働きがあって、初めて傭兵団は運営されていた。
あの二人の働きがなければ…、俺一人の力では…、
傭兵団など一日たりとも機能しなかったであろう。
現に、俺が団長に成り立てた頃は古参が二人も離反していたではないか?
俺一人の力など、所詮その程度なのだ。
今は違う、などとこのひどい有様では口が裂けても言えるものではない。
そう、だからこそ。
仲間が必要だ。この事態を切り抜けるには。
グレイル傭兵団のような、強い結束力のある集団が。
そうやって、俺は…、いや俺達は数々の困難を潜り抜け、
正の女神の裁きさえも退けたではないか?
この場にいる全ての者の為、テリウスの未来の為。
庇護すべき対象の事。そして倒すべき対象の事。
それらの有益な情報を見極める為にも仲間は必要となる。
さしあたっては、ヴォルマルフと口論を行っていた
ラムザという金髪の青年か、
ティアマトの娘のような容姿と年頃の赤毛の少女辺りが有力か。
彼らは主催と何らかの因縁にある以上、彼らがヴォルマルフらに
与するということはまずありえないだろう。
兎にも角にも仲間が必要だ。いつまでもうじうじと悩んでいる暇はない。
状況は少しずつ、だが確実に悪化しつつあるのだ。
かつての仲間達とも、いち早く遭遇したほうがいい。
ミカヤは危険を察知する能力があるため、そうそう不覚はとらないだろう。
だが、その能力も過信できるものではない。心を読む力があったとしても、
どうにもならないものはいくらでもあるのだから。
サナキは国を離れ、魔道書がなければ単なる少女にすぎない。
あの高慢な態度が、人の反感を買わなければよいのだが。
シノンは…、あいつは未だ俺を許していないのかもしれない。
俺がテリウスを、傭兵団を去ろうとした時の、
あいつの憤慨は今もなお鮮明に覚えている。
もし、あの時ティアマトの仲介がなければ、
あいつとは生命のやり取りを行っていただろう。
そして、今は残念な事に今傭兵団の者達はいない。
だが、元より俺は自分自身の意思で傭兵団を離れたのだ。
あいつを説得するのは、元より俺の義務であり責任なのだ。
鴉王については、一度問い質したほうがいいだろう。
リチャードの件といい、あの石化した少女の件といい、胡散臭い所が多すぎる。
何より厄介事を俺に押し付け、自分だけ逃走しようという姿勢が気に食わん。
ある意味、あいつらしいとも言えるが。
最大の問題は、蘇った漆黒の騎士だ。あいつについては…。
今のあいつが一体何を考え、どう行動するか。俺には全く想像できない。
―だが、しかし。
もし、あいつがこのゲームを不快と感じ、ヴォルマルフに反旗を翻しているなら?
もし、あいつがかつてそうであった「ベグニオン軍の総司令官」としての立場を再び取り、
サナキを庇護する側に立っているなら?
俺は一切の私情を捨て、あいつと手を組むべきなのだろうか?
ただし、それは大きな困難を伴う。
もしあいつがこのゲームを破壊する側に立っているなら
その力は確かにこの上なく心強いが、テリウスの皆が顔を合わせ辛いだろう。
何より、あいつが最後まで生き残り、テリウスに帰還した場合――。
テリウスの未来において様々な問題が発生する。
何より、あいつの正体を知る誰もが帰還を許容などしないだろう。
あいつは正体が露見すれば、テリウスに居場所など何処にも存在しない。
あいつと同一視される事を恐れ、ミカヤの言う“仲間達”でさえ共存を拒む。
その一方で、あいつを道具として利用しようと考えない国はないだろう。
一兵士として、指揮官として、そして一暗殺者として
あいつと五分で渡り合える存在などそうはいないのだ。
俺でさえ、もう一度戦って必ずあいつに勝てるという自信はない。
あれほど多岐に渡る才があり、なおかつ世界中の内情に精通していれば、
蘇ったと知られれば野に捨て置かれるなどありえない。
その存在は許されぬが、道具としてあいつは恐るべき価値を持つ。
テリウスのどの国もが、おそらくは庇護などを条件に接触を試みるだろう。
そうなった時、あいつが招聘を受け入れるか?それとも拒絶するか…。
あいつがテリウスに帰還した場合、そのどちらを選択するにせよ、
遠い将来においてあいつの意志に関わりなく
あいつが原因でテリウスに大乱が発生することになる。
かつて、あいつの主であるセフェランが、
俺の未来をそう予言した時のように。
本人の人間性やその意思に関わらず、
その大きすぎる存在自体がすでに厄災でしかないのだ。
なにより、俺自身もあいつにどのような顔をすればよいのかがわからない。
あいつは本来、死者であるべき存在なのだから。
あいつは本来、記憶の中でしか存在してはならない存在なのだから。
――あいつがもしこのゲームに乗っていれば、俺も気分も楽なのだが。
それなら俺も心おきなく全力であいつと戦い、打ち滅ぼす事が出来る。
あいつを利用するだけ利用して、用済みになれば消すなど、
到底俺の矜持が許せるものではないから。
「死した英雄だけが、良き英雄」か…。
セネリオの影響か?それとも、この俺自身の望みなのか?
たまに難しく考え事をすると、著しく悲観的で醒めた思考になる。
第一、親父はかつてあいつさえも弟子にしており、
さらにはあいつから畏敬の念さえも得ていたではないか?
もし、あいつがこのゲームの破壊に動いていた場合、
俺が親父と同じようにあいつを受け入れなくてどうするというのだ?
――たとえその先に待ち受ける運命が、数年前の、親父の時の繰り返しであったとしても。
…気が、滅入るな。
これ以上考えても仕方がない。
思考が悲観的になっていくだけだ。
行動で頭を切り替えよう。
思考を中断して、重い腰を上げる。
貧血のふらつくような感覚はすでに止まっていた。
頭が冷え過ぎて凍り付いた思考を元に戻す為に、
今度はもう一度汗をかき体を温め直すことにする。
俺は傷の消毒の為、H-7の城に疾走する事にした。
◇ ◇
道中何事もなく、俺はH-7の城門前に到達する。
周囲は薄暗い影が差し始め、日は半ば沈みつつあった。
しばらく走り込んでいたせいか、身体中から白い湯気が立ち上る。
背中に張り付いた汗が不快な感覚を与えるが、すぐに乾く事だろう。
城門は大きく開いていた。
やはりというか、城内に人の気配はなく、
警備兵はおろか牛馬さえも存在はない。
まるで、この城に再び正の女神の裁きが振り落ちたかのように。
だが、ここには石像さえも一切ない。
その存在の痕跡すら許さぬかのように、
生けるものの存在は一切発見できなかった。
だが、誰もいないはずなのに。
城中の通路には、等間隔に松明だけは赤々と灯されている。
来訪者を、その中に招き入れるかのように。
無論、明かりを灯す人間がいない以上、
そんなことは本来ありえないはずなのだが。
ともかく、原因を深く考えたところで仕方がない。
俺は城内の捜索を開始した。
中央にあるキープ(天守)は後回しに、まずは周辺にある兵の宿舎に立ち寄る。
俺の勘が正しければ、ここには必ず応急措置用の道具類があるはずだ。
テリウスでは杖魔法や魔法の調合薬による治療は当然のように存在するが、
だからといって、誰しもがそれらによる治療を受けられるわけではない。
杖魔法を行使する僧侶や賢者達は多忙を極める故、
直ぐに治療を受けられるとは限らないのだ。
その上、消耗する杖や調合薬自体が高額ゆえ
万人には行き渡らないという事情もある。
故に、後回しにされる一般兵士等はその長い待ち時間中に
失血等で力尽きぬよう正しく応急措置を取る必要があるし、
最悪、杖魔法や調合薬が尽きている場合は最後まで
自然治癒を待たねばならない場合もある。
その為、こういう一般兵の宿舎にはそういった道具が欠かせないのだ。
果たして、俺の勘は的中する。
兵舎の医務室の棚から、俺は真新しい包帯と縫合用の道具、
消毒液等の救急道具一式を発見した。
残念ながら治療の杖や調合薬までは見つからなかったが、
応急措置を取る分においては驚くほどに充実した内容であった。
置いてあった椅子に腰かけて傷口を再び消毒し、傷口の縫合を開始する。
飛び道具が体内に残らなかった事と、刀傷の縫合には慣れていたせいもあり、
応急措置はそう時間を取ることなく綺麗に終えることができた。
包帯を一人で巻き終え、最後に鎮痛剤として保存されていた
見覚えのある葉を口に放り込み、噛みしめる。
身体の調子を改めて確かめる。負傷や縫合による痛みも大部和らいできた。
これなら、行動に支障をきたすこともないだろう。
口に溜まっていた葉を捨て、捜索を再開する為に立ちあがるが、
そこで少し思いとどまる。
――リチャードの為にも使えるかも知れないな。
応急措置用の救急道具一式を箱ごと袋にねじ込んでおく。
あいつがまだ、生存していればいいのだが。
出会ってほとんど口も交わしてはいないのだが、
俺はあいつのことが気にかかりだしていた。
俺は、リチャードの事などほとんど知らない。
あれだけ喧嘩っ早く、誤解で人を殺しかける奴だ。
あいつは元いる国では悪人だったかもしれないし、
そもそも、「レダの獅子王」という自称も、
あいつの虚栄心から出た誇張や嘘かもしれない。
だが、あいつの槍には一切の嘘や穢れはなかった。
一度手合わせした身だ。それだけは理解できる。
その槍から感じられるものを考えれば、
あいつは信頼してもいい奴だろう。
欲望や悪意にどす黒く濁った者が、あのような冴えある
清々しい槍を扱えるはずがないから。
あの時の戦いは誤解による殺し合いであったが、
今度はヴォルマルフに強制された殺し合いではなく、
またあの鴉王に乗せられた誤解という形でもなく、
双方が望む形で存分に手合わせをしたいものだ。
第一、あいつには助けられた恩もある。
戦力になる、ならない以前に、
あいつには俺のまだ語り尽くしていないものもある。
あいつとは、もう一度語り合いたい。
あいつが何者であるか、俺が何者であるか。
言葉を、そして武を交え。
納得がいく形で、存分に語り合いたい。
そう、俺があいつの事を気にかけだした時。
あいつの安否を告げる…。いや、むしろ運命を嘲笑う内容の声が周囲に響いた。
――時刻は逢魔ヶ刻。
【H-7/城内の兵宿舎/一日目/夕方(放送直前)】
【
アイク@暁の女神】
[状態]:全身にかすり傷・左肩にえぐれた刺し傷・右腕に切り傷(全て応急処置済み)
貧血(軽度)。
[装備]:エタルド@暁の女神
[道具]:支給品一式(アイテム不明、ペットボトルの水一本消費)、応急措置用の救急道具一式
[思考] 1:『蒼炎の勇者』として、この場で為すべきことを為す。
(テリウスの未来の為、仲間と合流しゲームを完全に破壊する)。
2:主催と因縁がありそうな者達(ラムザ・アティ)と合流し、協力者と情報を得たい。
3:肉…。いや、リチャードが先だ。あいつの為に予備の武器でも探しておきたいが。
4:漆黒の騎士に出会ったら?
5:今度ネサラに出会った場合は、詳しく事情を問い詰める。
6:あの石化した少女は余裕があれば対処する。
最終更新:2011年06月03日 09:59