そこが一体何処なのか…空よりも高い場所なのか、海よりも深い場所なのか…それすらも分からない。
分かっているのは、そこは殺し合いから外れた場所でありながら、ゲームの外ではない場所であるということ。
その部屋はとても広く、まるでSFに出てくる宇宙船のブリッジのような形をしている。
光源は宙に浮かぶモニタ以外にないにも関わらず、それだけで全体を照らしていた。
そこで彼―――グレバドス教会の神殿騎士団団長にして『統制者ハシュマリム』、
そしてこの殺戮劇『バトルロワイヤル』の進行役――ヴォルマルフ・ティンジェルは傍観していた。
「…ほう、あの小娘は随分と健闘しているようだな。所詮は脆弱な人間だと思っていたが、やはりアルテマの器だけのことはあるのか。いや、それともあの島に渦巻く狂気が力を与えたのか…。」
備え付けられた椅子の肘掛で頬杖を突きながら、彼は手前のモニタを見つめていた。
モニタにはゲームの参加者の顔写真が映されており、その下に現在位置が表示されている。
顔写真は皆煌々と光っているのだが、中には光が消えているものもある。参加者全員に着けられた
首輪から送られる生命反応が途切れ、死亡と判断された者達だ。
「えりあD-6ニテ参加者№11なばーる、首輪カラノ生命反応途絶…死亡ト断定。」
「魔力せんさーニ反応アリ、座標確認……D-6と断定。すぴーかーカラノ音声ニヨル声紋チェック並ビニ魔力ノ波動ヲらいぶらりカラ検索
……検索完了。憤怒ノ霊帝あどらめれくト断定。参加者№45でにむ・もうんニ異常ナ生命反応。あどらめれくニヨル憑依ト判断。シカシ、完全ナル支配ニ至ラナカッタ模様。現在ヤヤ興奮状態。」
ブリッジ前方の装置を動かしている機械達が異常を分析し報告する。それを聞いた
ヴォルマルフが目を細め溜め息を吐いた。
待ち続けていた者に出会えた喜びと、ようやく来た相手に対する呆れを混ぜたような溜め息だ。
「ようやく一つ目覚めたか…いや、第一放送前なのだから早い方か?まったく人間一人満足に支配できぬとは、覚醒早々醜態を晒してくれたな。
…しかし、これをきっかけにアルテマも覚醒してくれれば良いのだが…そううまくはいかぬか。」
それにしてもよくできた人形だと、報告を終えて持ち場に戻る機械を見つめながら呟く。
…いや、それは厳密には機械ではない。
それらは嘗て生物だったもの。調律者と呼ばれた男と機界の亜人によって創られた希望と罪の結晶
―機械魔『ゲイル』―
あらゆる能力の強化と、感覚・感情等の削除によって機能停止まで命令されたプログラムを執行し続ける正に理想の生物兵器。
しかしその哀れな兵器達は、子孫である超律者達によって全て破棄された筈だった…。
では何故破棄された筈の機械魔が存在しているのか…そして何故バトルロワイヤルの管理を担っているのか…
「ご機嫌如何かな、ヴォルマルフ殿?…それともハシュマリム殿と呼ぶべきですかな?」
突然の背後からの声。しかしヴォルマルフは驚く様子も見せず、声の主を振り向きもせず対応する。
「ディエルゴ様からの伝言を仰せつかったのですよ。それと、少々貴公と雑談でも興じてみようかと…。」
キュラーと呼ばれた男は音もなくヴォルマルフの横に立ち、首だけを動かして彼を見る。
不気味な配色のローブに死人のような青白い肌、切れ長の目を更に細めながらクククと笑う姿は、まるで悪魔のようだ…いや、彼の場合本物の悪魔なのだから、その比喩はおかしいのだろう。
「話だと…?ディエルゴの代弁者でしかない貴様が一体何を話すというのだ?」
ヴォルマルフは視線だけ動かし、まるで猛獣が威嚇するような目で彼を睨んだ。
しかしそんな威圧など何ともないかのように、キュラーは涼しい顔をしている。
「貴公お一人では退屈かと思いましてね。ワタクシも貴公とお話をしてみたいところでしたので丁度良いでしょう?」
そう言うと彼の顔はブリッジ前方の巨大モニタを向く。モニタには島の全体図と、参加者の現在地を記す点が映し出されている。
他にも、ヴォルマルフの手前に表示されているものと同じ顔写真のウィンドウが開かれていたり、モニタの横に番号が分けられたスピーカーも設置されていた。
その中で光の消えている少女の顔を見つけて感嘆の声をあげた。
「おやおや…アルミネは早々と退場してしまいましたか。まあ覚醒前の彼女ではあまり長持ちしないとは思っていましたが。
他の方々はまだまだ健在のようですが、果たしていつまで持ちますかねぇ……ククククク。」
「あまり気にしていない様子だな。できれば自分の手で葬ってやりたかったのではないのか?その小娘とは因縁があるのだろう?」
口の端を吊り上げながら問うが、彼は首を振った。
「あの娘はワタクシ達の知るアルミネではありません。それに彼女との因縁はディエルゴ様の方が強いのです。
そう言う貴公の方こそ、あの
ラムザという青年と因縁があるようですが、どうなのですかな?」
キュラーの言葉に全く表情を変えずにヴォルマルフもモニタの写真達に目を向けながら答える。
「初めにも言ったが、私は奴等がどういう末路を迎えようが興味はない。私は私の望みが叶えばそれでいいのだ。
こんなことに加担してやったのも、ただ利害が一致しただけに過ぎん。…さて、御喋りはこれくらいで十分だろう?さっさと用件を話せ。」
そう言うと、今度はキュラーの顔を真っ直ぐ見据える。『これ以上下らん話を続けると言うのなら殺す』とでも言わんばかりの目だった。
キュラーは少し残念そうな素振りを見せながら、主の伝言を伝える。
「では申し上げましょう…数時間後の第一放送で、参加者達に優勝賞品として死者の蘇生を行う事も可能であるということを伝えよ。
次に禁止エリアに関しては、いきなり集団で固まっている所を指定するのではなく、集団の周囲から消し焦りを誘う事。
最後に、見せしめで死亡した超魔王バールの支給品を、会場内の禁止エリア以外の場所に投下する事。
投下は放送と同時に行い、参加者達にその存在を知らせる事。何回目の放送に投下するかは貴方の判断に任せる、とのことです。」
「了解した、さあもう戻れ。私は貴様のその下卑た笑いが気に食わん。」
最早彼はキュラーから完全に視線を外している。酷い言われようですねと呟きながら、キュラーはその部屋から去ろうとしたが、
急に何かを思い出したようにヴォルマルフに振り向き…
「そうそう、わかっておられるとは思いますが、くれぐれも参加者達に手出しはしないようにとのことです。
主催側はゲームに干渉しないのが
ルールですからね……ククククク。」
と言葉を残して部屋を後にした。そして再び進行役と機械魔だけの空間となったブリッジで、
彼は誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
「ふん……ゲームか…下らんな。」
「キュラー、ただいま戻りました。」
ヴォルマルフの元から帰ってきたキュラーは、部屋に入るとまず己の主に帰還の報告をする。
しかし彼を出迎えたのは主の労いの言葉ではなく、少女の甲高い声だった。
「お帰りなさーいキュラーちゃん。ヴォルマルフちゃんのご機嫌はどうだった?」
声と共に現れた少女は両腕に球体のペンギンを抱きながら、青白い顔に不気味な笑みを浮かべていた。
彼女も、そして彼女と共に主の傍に控えていた男も、キュラーと同じく霊界の深層に住む大悪魔である。
「
ビーニャ!ディエルゴ様がお聞きになるのが先だろう!!」
はしゃぎながらキュラーに近づくビーニャを咎める様に男が声を張り上げた。
それに対しビーニャが不満そうな顔で睨みつける。両腕に力が入り、ペンギンがピキューと苦しそうな顔をした。
「……構いませんよ
ガレアノ。それに、私の事は以前のようにレイムと呼んで下さい。」
主である建造物から声が響いた。その声を聞いて、三悪魔達は声の方を向いた。
そう…彼こそが、このバトルロワイアルの主催者であり、会場となっている島の意志と言える存在。
源罪のディエルゴ、
レイム・メルギトスであった。
「…それで、彼の様子はどうでしたか?」
レイムの言葉に、キュラーが報告を始める。
「はい、今のところ彼は順調に進行役を務めています。仰せつかった伝言も全て了承しました。
このゲームにはあまり興味がない様子でしたが、さして気にする必要もないでしょう。」
キュラーの報告を横で聞いていたビーニャが甲高い声で笑い出した。
「キャハハハハハ、随分と素直なんだねえヴォルマルフちゃんって。てっきり裏でこそこそ何か企んでるのかと思ってたよ。ちょっとつまんなーい。」
「およしなさいビーニャ。彼は利害の一致という理由で私達に協力をしてくれているのです。自分の望みが叶えられないということにならない限り、我々に反する理由がありません。
それに貴方達が今こうしていられるのは、彼の助力のおかげでもあるのですよ?」
レイムの言葉を聞くと、ビーニャははーいと少し詰まらなそうに返事をした。両腕の力が緩み、ペンギンが息を吹き返す。
一息置き、ガレアノがレイムに話しかける。
「レイム様…本当に何もしなくてよろしいのですか?奴等の中には殺し合いに乗らず脱出を考えている者も出てきているのですよ?しかも脱出する術も残しておくなど…。」
「私達の目的はまず今すぐに彼等の負の感情を集める事。むしろここで私が手を下してしまうと、かえってそれがし辛くなってしまいます。
脱出の鍵を残したのも、絶望を更に増幅するため。彼らはあの島から脱出した直後に私達と合間見え、その圧倒的な力の差の前に屈することとなる。
その時の彼等の絶望は、このゲームの最後を締めくくるに相応しいものとなることでしょう。それに……」
そこで声が途切れると、目の前に黒い塊が現れ徐々に集まり人の形を成していく…
「脱出と首輪の解除までには幾つもの問題があります。そしてそれらは個々の人物だけでは絶対に解決することはできません。
そして、辿り着けないなら辿り着けないで、それによる絶望が私達を満たす…どちらに転んでも、私達にとって益になるのです。
さあ、果たして彼等が私達に絶望という名の美酒を振舞えるかどうか…この目で見届けてあげるとしましょう。」
黒い塊がその形を一人の青年へと姿を変えると、三悪魔達はそれぞれ不気味な笑みを浮かべながら彼に礼をした。
キュラーの伝言から数時間が経過し、時刻はまもなく夕刻から夜へ――第一放送の時間になろうとしている。
伝言を受けた後、島の状況は大きく動いていた。C-3の村での戦いがそれだ。
最初は
アティと
カーチス、そして
漆黒の騎士しかいなかった(もう一名いたがすぐに死んだので数えなかった)その場所は、
今や狂気や怒り等の負の感情で満ち溢れていた。
闇のオーブを手に入れた暗黒皇帝
ハーディンと死神の甲冑を身に纏う愚者
ヴァイス、
そして戦う相手を見つけた漆黒の騎士が一度に集結したからだった。
スピーカーから聞こえる嘆きや狂った叫びを聞きながら、ヴォルマルフは考えていた…。
今のところ覚醒しているのはアドラメレクのみ。アルテマさえ覚醒すれば他のルカヴィを覚醒させる事など造作もないが、
物事が順調に進むに越した事はない。暫くC-3は放っておくべきだろう…。
生徒が死んだ事を知れば、あの女も絶望に打ちひしがれ、丁度良い器になるかもしれない…。
機工士は無様な操り人形となり、聖騎士は天使と百合の花を咲かせ、堕ちた貴族は愚行に愚行を重ねている…。
自分の世界の人間共はなんと笑わせてくれることか…下らん催しだと思っていたが、まあまあだなと心の中で小さく呟いた。
しかし、一番自分の気を引いたのはやはり、二人の参加者から語られたディエルゴに関する話だ。
抜剣者の女性が語る「ハイネルのディエルゴ」と島にまつわる話、超律者の青年が語る「源罪のディエルゴ」と傀儡戦争や悪魔達の話。
それらはディエルゴについての知識に乏しい自分にとって、有意義な話であると言えるだろう。
利害の一致により協力体制を取っているものの、お互いの事についてはあまり深入りしないことになってはいる。
だが、第三者によって漏れる情報は別だ。それによって情報を得てしまうのは事故のようなものなのだから、とやかく言われることもない。
実際奴等は私とあの小僧の因縁についての情報を手に入れ、俺はディエルゴの情報を得ている。
そしてどちらも自主的に探りを入れたのではなく、小僧や女の話を「偶々」聞いてしまって得たものだ。お互い様なのだから、文句は言えまい…。
「……時刻午後6時。ますたーう゛ぉるまるふ、第一放送ノオ時間デス。」
時刻管理の機械魔がその時をヴォルマルフに告げた。
この半日で参加者達が大きく動いた。ある者は打倒主催者を志し、ある者は戦いに酔いしれ、またある者は愛しい者の為にその手を汚した。
そんな混沌渦巻く中に、死者の名と禁止エリアを告げる放送が流されようとしている。
果たしてそれを聴いた者達はどう動くのか、どれほど自分を楽しませてくれるのか。その答えは、告げた後にわかることだ。
深く座った椅子から徐に立ち上がると、彼は手に持ったマイクから、生存者達への言葉を述べた。
【不明/1日目・夕方】
【レイム・メルギトス@サモンナイト2】(【源罪のディエルゴ@サモンナイト3】)
【ガレアノ@サモンナイト2】
【ビーニャ@サモンナイト2】
【キュラー@サモンナイト2】
【ヴォルマルフ・ティンジェル@FFT】
舞台裏を知る者は、まだ誰もいない……
【備考】:ブリッジにいる機械魔達は、ヴォルマルフの命令に従うようプログラムされています。
三悪魔達はレイムの命令にしか従いませんが、レイムが間接的に命令を下せば従うかもしれません。
レイムは核識の力を行使している間、島の全ての事柄を知る事ができます。
しかし、連続して使う場合は数時間ごとに休息を取る必要があります。
島からの負の感情の供給により、レイムが実体化して移動できるようになりました。
ヴォルマルフは三悪魔達の存在を把握しており、彼等が悪魔である事も知っています。
盗聴により、ヴォルマルフが二つのディエルゴとサモンナイト世界に関する情報を得ました。
最終更新:2009年07月25日 09:52