Harvest Dance
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
速く、逃げなきゃ。
私はがくがくと震えが止まらない膝に鞭打って、平原を南へと駆け続けていた。
口が、肺が意識とは別に動いて空気を求め続け、そのまま胸が潰れそうになる。
息が苦しい。
両脚も重い。
でも、逃げなきゃならない。
――絶対に。
そうしなけりゃ、あの
タルタロスっておじさんが追って来るだろうから。
今の非力な私なんかじゃ、誰にも太刀撃ちなんて出来やしないから。
従えた竜達は、もういない。
飛び道具もなくなっちゃった。
手元に残っているのは、頼りない手斧と折れ曲がった細身の剣だけ。
でも、こんなんじゃたとえ丸腰でも、
カトリの良い人にすら勝てないだろう。
私はかよわい女の子でしかないのだから。体力なんて、元々ない。
それに、私は戦う為の訓練なんて、何一つ受けていない素人なんだから。
そして、周囲は敵だらけで利用出来そうな人なんかも全然見当たらない。
このままじゃ、私は
ラムザ兄さんの役になんて立てない。
むしろあのおじさんみたいなのに捕まれば、足手纏いにすらなってしまう。
力が、
力が欲しい。
ラムザ兄さんを守ってあげられるだけの力が。
そして、邪魔者達をみんな殺せるだけの力が。
邪な暴力だって構わない。
私を捧げたって構わない。
聖天使の力だって、むしろ望むところ。
私は、ラムザ兄さんの為にこうしているのだから。
私自身の犠牲だなんて、どうって事ないんだから。
――私はただ、その一念だけを想い。
度重なる全力疾走に悲鳴を上げる身体を無視して。
ただひたすらに、南へと駆け続けていた。
◇ ◇ ◇
私はよたよたと、ただひたすらに歩き続け。
――ふと、気が付けば。
前方の視界に、舗装された街道が見え始め。
避難場所になりそうなE-2の城に向かうには、
少々南へ行き過ぎてしまっている事に気付いた。
行き過ぎちゃった。また、戻らなきゃ…。
でも、それって更に走らなきゃいけないよね?
もっと、疲れちゃうな…。
…そう考えてしまったのが、一つの切っ掛けとなり。
忘却していた疲労を、一気に思い出してしまった為に。
これまでツケにし続けていた、休息という名の疲労の返済を、
その身体に一度に請求されてしまい。
私の身体が、ついに意志に反して。
唐突にその脚が崩れ、お尻が地に吸いつき。
ただこの肺と口が荒々しく空気を貪り続け。
それ以外の一切の行動を、身体が拒絶した。
指一本、動かない。
煌々と夜空を照らす月の光に、街道沿いの開けた視界。
私は今、あまりにも発見され易い位置にいる上に。
指一本動かす事はおろか、
口一つ利く事もできない。
今、誰かに捕まればひとたまりもないだろう。
――もしかして、私…。こんなところで終わっちゃうのかな?
一度はこの世界(ころしあい)の
ルールすら動かし、
あの
ヴォルマルフすら手玉に取り、ディエルゴすら動かしたというのに。
彼の手下に「誰よりも多く人を殺したと貢献者」と褒められた程なのに。
――これが、この程度が…。私の限界だって、そう言うの?
そう考えると、酷く悲しく、情けなく。
私は、はあはあと荒い息ばかり吐くひ弱な身体をもどかしく思い。
ただ一つ自由になる意識のみで、悔し涙を流した。
私が皆と同じ位置に立てるのは、ただひとつ。
ラムザ兄さんを生かしたいという、この想いの強さだけ。
私は、全然大したことはない。そんな事は、誰よりもよく知っている。
恐らくこのゲームの参加者の中で言えば、多分私は最も弱いのだろう。
そして、それは最も私自身の事で許せなかった事であり。
今もなお、許し難いものでもある。
そんなのは、ラムザ兄さんの足手纏いにしかならないのだから。
弱くなければ、あの時ヴォルマルフに捕まる事も決してなかったのだから。
弱いという事は、足手纏いという事は。厄介者だという言う事なんだ。
あのヴォルマルフの息子のように扱われても、仕方がないことなんだ。
ダイスダーグ兄さんだってそう。家族だからって、許される事はない。
ただ殺されるだけなら構わない。
この生命、捧げたって構わない。
でも、兄さん虫ケラのように扱われ、忘れ去られてしまうのだけは嫌。
私は兄さんに愛され、必要とされる人間でありたい。
――だからこそ、私は強くなりたかった。
そして、ラムザ兄さんの役に立ちたかった。
でも、ここまでが女である私の限界…。
いっそ、体力のある男に生まれたかった。
せめて、
アグリアスさんみたいに騎士の訓練さえ受けておきたかった。
そうだったら…。
――ラムザ兄さんを、最後まで守ってあげられるのに…。
溢れる涙で、視界がぼやけ始める。
滲む私の目にかろうじて映るものは、
天上と地平にキラキラと輝く星ぐらいのもの。
普段ならその綺麗さに感動するだろうけど、
今はそんな余裕は――。
地平の、『星』?
私は手の甲で涙を拭い、それを確認する為に前方をしっかりと見据える。
よおく目を凝らして見れば。その輝きには、覚えがあるような気がする。
そう、例えるなら。
切ないような。
悲しいような。
何かを泣いて訴えかけてくるような。
そんな小さく儚げな、蛍灯のような。
これから消えゆく、仄かな輝き。
――これは…、まさかッ?!
もし、“アレ”がそうだったとしたら?
もう、ぐずぐずなんてしていられない!
私の求めているものは、もしかすればすぐ傍にあるのかもしれないのだから!
そう思うと、力にほんの少しだけ力が漲り。
未だにがたがたと笑い続ける膝を踏ん張り、
私はよろめきながら再び前へと駆け始めた。
◇ ◇ ◇
そして。
想像通りのものは、目の前にあった。
二つの死体と共に。
一つは見覚えのある綺麗な女騎士の死体。
一つは見知らぬ羽根付きの女の子の死体。
女騎士――。アグリアスさんは、背後から首の骨が折られあらぬ方向を向き。
女の子――。聖天使の出来そこないに見えるそれは、胸の辺りを刺し貫かれ。
二人はもつれ合うように、抱き合うようにして倒れていた。
流石に、支給品なんかは持ち去られているようだ。
女の子の死体の傍にある、変な小振りの鉄の杖なんかを除いて。
見た所、二人が争って決着が付いた所に後ろから不意討ちを受けて、
アグリアスさんも倒されたように見えるけど…。
まあ、それについてはどうでもいいかな?
重要なのは、二つだけ。
アグリアスさんが死に、その魂の欠片がクリスタルに宿ったままだという事。
そして、二人の死体には首輪がまだ付いたままだという事。
つまり、私は。
二人を活用して、私はまだラムザ兄さんの役に立てるんだ…。
私は、この『天の恵み』としか言いようのない幸運を理解すると。
私はただ、嬉しくなって。胸に喩えようがない喜びが込み上げて。
喜びの余り、涙を流した。
私は、頬を拭うと喜び勇んでクリスタルを毟り取り――。
「クリスタルよ、私にラムザ兄さんを守るだけの力を!力をちょうだい!!」
たった一つの強い願いを、私はクリスタルにかけ。
アグリアスさんの魂の欠片は、祈りに応えて力を託し、消えた。
私が彼女にどうするつもりでいたか、それを理解する事もなく。
条件反射的に、ただラムザ兄さんの妹とその思いを信じて。
そして、私に力と記憶が宿る。
アグリアスさんの鍛えた技が。
アグリアスさんが、最後に見た光景が。
私は彼女達の不用心さに、ついつい哂ってしまう。
――なんだ、あの黒騎士のおじさんが二人を殺しちゃったのね?
その事だけは感謝してあげる。
そのおかげでクリスタルが得られ、参加者が二人も減った訳だから。
でも、アグリアスさんにはこのまま汚名を着てもらおうかな?
その方が、「ゲームに乗った人間の方が多い」と思わせる事が出来るわけだし。
ラムザ兄さんはそんなアグリアスさんを見て、悲しむのかもしれないけど…。
ま、別にいいわよね?
以前から少々仲が良すぎたから、ちょうど良い薬になるかも。
ラムザ兄さんは、アグリアスさんよりも私を見て欲しいから。
ラムザ兄さんにも「信頼出来る仲間だなんて何処にもいないんだ」って
思ってくれた方が都合がいいし。兄さんの同行者は、殺し辛くなるから。
私は、兄さんの事から気持ちを切り替えると。
ごく『自然な動作』で、折れ曲がったレイピアの腹を手で摘まみ、
力任せに逆方向に曲げ戻してから。
細身の剣を、ゆらりと大上段に構え――。
「天の願いを胸に刻んで心頭減却! 聖光爆裂破!」
頭に浮かんだ言葉を紡ぎ出し、体が覚えた感覚を模倣して。
その心身の奥底に“先程”染み付いた聖剣技を、試し撃つ。
二人の首筋へに、剣閃が駆け抜け。
まとめて、その首が転がり落ちる。
そこには何の手応えもなく、それが当然と言わんばかりに。
私が強くなったという事実を、世界がそれを認めた。
腕力は上がってないが、身体に無駄な力が入らなくなった。
身体の使い方が良くなったので、疲れにくくもなるだろう。
――そう、私は強くなったのだ。今、ここで。
これで、もう私は弱さを嘆く必要なんてない。
ただ、その心身に起こった事実を認めてしまうと…。
「はは、はははははっ…。」
知らずに、可笑しさが込み上げる。
笑いの声が、勝手に口から洩れる。
なんだ、こんなにあっさり身に付いちゃうものだなんて。
なんだ、こんなにあっさり強くなれちゃうものだなんて。
――死者の魂が宿ったクリスタルの力を継承すれば、強くなる。
そんな当たり前の事。ずっと前から知ってはいたんだけれど。
――何よ、なんなのよ、それ?
「アハハハハハ!!!!アハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
今まで無力さを涙が出るほど嘆いてた私自身が、
ホント、馬鹿みたいじゃないのよ?
そう考えるとただ可笑しくて、可笑しくて。
私は息を吸うのが難しくなるまで。
ただ自分の弱さと愚かさを、ひたすらに哂い続けた。
私、アグリアスさんの強さには憧れていたんだけど、
こんな事なら、もっと早く殺しとくべきだったかな?
そうすれば、彼女の代わりにラムザ兄さんの役に立って見せたのに…。
ラムザ兄さんの信用を、アグリアスさん以上に受け取る事が出来たのに…。
――ホント、残念…。
私は気を取り直すと、眼の前にある邪魔な生首達をまとめて蹴飛ばし。
二人の胴体から落ちた首輪を拾う。
とっくに死んでいた為か、血が噴き出すような事はなかった。
私は漏れ出して首輪と剣に付着した血を、アグリアスさんの裾で拭き。
念の為に傍に落ちてある妙な小振りの杖と共に、デイバックにしまう。
輝きを失ったクリスタルは、ブーツの踵で踏み砕いた。
こんなものは、今更持っていてももう役には立たないのだから。
彼女はもうラムザ兄さんの思い出にすら、残ってほしくなんかない。
死人はもう厄介者であり、邪魔者でしかないのだから。
そうして、私は手に入れたものを確かめ終えると。
効果の切れたマバリアを、もう一度かけ直してから。
茶色い棒付きの飴を一つ噛み砕いて疲れを癒し、急ぎその場を後にした。
こんな所で休息していると、誰に発見されるか知れたものじゃないから。
◇ ◇ ◇
収穫はあった。これ以上ないものが。
強さも手に入った。邪魔者達を片づけちゃうだけのものが。
私はまだまだ、ラムザ兄さんの役に立てるんだ。
そう考えると、嬉しくて嬉しくて。
私は知らずに、スキップを踏むようにその場を駆けていた。
軽やかに、舞うように。心より喜びながら。
あのヴォルマルフをやりこめ、ディエルゴを動かした時以上に。
私の心は弾んでいた。
でも、過信なんて出来ない。
私はアグリアスさんの技能を、部分的に受け継いだだけ。
つまりは、元より彼女より強そうな二人の黒騎士だったり、
カトリが変身した竜なんかには、流石に太刀撃ちなんて出来ない。
そういった相手には、上手く敵同士をぶつけ合せる必要があるだろう。
色々、考えなきゃいけないのは同じって事ね?
それに、すぐには他の人を殺して回れない。
首輪と道具の交換だって先にやっておきたいし、まだ大分疲れているから。
疲れた時にはさっきの飴がすごく利くみたいだけど、
それでも流石に全快とまではいかない。
今は、ゆっくりと休める場所が欲しい。
だとしたら、向かうとすればやはり西のE-2のお城かな?
あの黒騎士のおじさんは、ラムザに会ったと言っていた。
もし近くにラムザ兄さんがいれば、出会うまでに首輪も交換しなきゃね。
…私、おかしな所とか別にないわよね?
それに、綺麗におめかしもしておきたいな…。
折角の、ラムザ兄さんとの再会なんだから。
私は今手鏡がない事を、とても残念に思いつつ。
この後の事を色々と考えながら、西の城へと駆け続けた。
【F-3/平原/二日目・未明】
【アルマ@FFT】
[状態]:健康、身体の疲労(中)、アグリアスのクリスタル継承
マバリア効果中(リレイズ&リジェネ&プロテス&シェル&ヘイスト)。
[装備]:曲げ直したレイピア@紋章の謎、手斧@紋章の謎、
希望のローブ@サモンナイト2、
死霊の指輪@TO
[道具]:支給品一式、食料一式×4、水×3人分、筆記用具
ヒーリングプラス @タクティクスオウガ
キャンディ詰め合わせ(袋つき)@サモンナイトシリーズ
(メロンキャンディ×1、パインキャンディ×1 ミルクキャンディ×1)
アメルの首輪、アグリアスの首輪、
フロンの首輪
[思考]0:ラムザ兄さん、もしくは自身の優勝。
1:利用できるものは全て利用する(自他の犠牲は一切問わない)。
2:ラムザ兄さんが生きていることを確認したい。
3:ラムザ兄さんと再会前に首輪の交換もしたい。
4:取り敢えずは、落ち付いた場所(E-2の城)で休息を優先する事にする。
5:
アルガスや
ウィーグラフを発見すれば、殺害してクリスタルを回収したい。
[備考]:アグリアスの魂から彼女に関する記憶と技能を継承しました。
(どの程度継承出来たかについては、次の書き手様にお任せいたします。
少なくとも、聖剣技については全て継承済です。)
モカキャンディ×1を消費しましたが、これまでの蓄積した身体的疲労と、
マバリアによる精神消費による疲労が相殺されて、現在の状態となります。
[共通備考]:アルマが「聖剣技」を使用する為にレイピアを応急措置的に曲げ直しましたが、
その為耐久性が下がっています。強い衝撃があれば、破損する恐れがあります。
アグリアスとフロンの死体から首が切り離され、首輪が奪われました。
またその近くで踏み砕かれたアグリアスのクリスタルが落ちています。
最終更新:2011年12月16日 20:54