チェンジ・ザ・ワールド☆
倉持8日目・No.2
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私のやんごとなき王子様
理事長の事を好きだと自覚したら、すごく気持ちが軽くなった。
そうか、好きってこんな感覚なんだな。重たい書類も軽い気がする。
足も軽いから理事長の部屋へ到着するのも早かった。
「すう……はあ……」
呼吸を整え、チャイムに指を伸ばした時だった。
「理事長、私の話しを聞いていただけませんか?」
中から水原さんと思われる声が聞こえて来た。
ドアを挟んだすぐ向こう側に立っているらしく、くぐもってはいるけどその声ははっきりと聞き取れる。
「――星越学園に入学する以前、私は父の仕事の関係で海外にいました。その時、理事長に何度かお会いした事があります」
「もちろん覚えているよ。君のお父様は外交官をなさっているから、その時向こうで会ったね」
理事長の声もすぐ近くで聞こえた。
「初めてお会いした時から、ずっと私は理事長の事を好きでした。その気持ちは、この学園に入学してからも変わりません」
ドキ……
水原さんは、やっぱり理事長の事が好きだったんだ。しかも、学園に入学する前から―――
「ありがとう。理事長として、学園の生徒に好きになってもらえるというのはとても嬉しいよ」
「違います! そうじゃありません! 私の言う好きは、恋愛」
「駄目だよ」
理事長は水原さんの言葉を静かに止めた。
私はドアのこちら側でごくりとつばを飲み込み、もう一度深呼吸をした。
「そんな事をおっしゃらないで下さい。確かに私は生徒で、あなたは学園の理事長。立場上こんな告白を受けてはいけないという事は分かっています。でも……少しだけでもいいんです。どうか、私の事を本気で考えて下さい。今すぐ返事を頂きたい訳ではありません」
必死に頼む水原さんの姿は、いつものあのスマートな様子からは想像出来なかった。
これ以上話しを聞いているのは良心がとがめられる。私は思い切ってチャイムを鳴らした。
ブーー
もちろんすぐにドアが開き、中から今にも泣き出しそうな顔の水原さんと、困ったように笑う理事長が現れた。
私は今しがた来たばかりという顔を装い、笑顔で挨拶をする。
「あ、お疲れ様です。理事長、これ、真壁先生に頼まれたミーティング用の書類です」
「ありがとう、小日向さん」
「――それでは理事長、失礼します」
水原さんは私の横をすり抜け、まるで宙に浮いているようなふわりとした足取りで階段へと消えて行った。私はその後ろ姿を見て、とても胸が苦しかった。
「昨日はありがとう」
「あっ、い、いえ。とんでもない」
目の前で微笑む理事長の顔を直視出来ず、私は視線を泳がせながら答えた。
「君が作ってくれたおかゆのおかげで元気になったよ」
「良かったです。でもくれぐれも無理なさらないでください。それでは失礼します」
「ちょっと待って」
もっと話したいと思っていたくせに、いざ本人を前にすると緊張して上手く話せない。私は逃げようと階段へ足を向けたのだけど、それを理事長が引き止めた。
私が首だけで振り向くと、理事長は一瞬悲しそうな顔をした。
「どうして今日は僕の手伝いに来てくれなかったのかな?」
「――あ、それは……」
「昨日の事、怒っているのだったら謝るよ。本当にすまなかったね」
「いえっ、違うんです! そんな謝らないでください! 私怒ってませんから!」
謝られたりしたらなんか惨めだよ。確かに急すぎてびっくりしたけど、嫌とかそんなんじゃなくて……
「本当かい?」
「本当です!」
力いっぱい頷くと、理事長はほっとしたように小さく息を吐いた。
「良かった……それじゃあ明日は手伝ってくれるかな?」
「え? ――でも、私でいいんですか?」
チラリと水原さんが消えた階段を見ると、それに気付いた理事長が急に真剣な顔になった。
「彼女はとても頑張って仕事をしてくれたよ。だけどね、僕は小日向さんにお願いしているんだ」
「は、はい……」
今まで見た事の無い理事長の顔と声に、私はそれ以上何も言えなかった。
優しいだけではない、学園の理事長としての尊厳に満ちた表情は、きっと仕事上で相手を一瞬にして射すくめてしまうだろう。それほど強い意志が見て取れた。改めて理事長と生徒である自分との差を思い知らされる。
「それじゃあまた明日。おやすみ」
今度はいつもの笑顔に戻りそう言うと、理事長は静かにドアを閉じた。
「――おやすみなさい」
そのドアに向かって挨拶をし、私はずっとドキドキし通しだった緊張を解くように体の力を抜いた。
大人の男性を好きになるっていうのは、ものすごく大変な事なんだ。それなのに水原さんはしっかりと自分の気持ちを伝えて、本当に凄いと思う。だって私には出来ない。
きっとこの好きだという気持ちのまま、理事長の姿を目で追いかけながら残りの学生生活を送るんだろう。
叶わない恋をしてしまった事を一人嘆息しながら卒業するんだ。
でも、本当にそれでいいの? 水原さんみたいに、思いを伝えたくて仕方なくなる時が来ないなんて、本当に言える?
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