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倉持10日目・No.2

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私のやんごとなき王子様














 夜になっても私は生徒指導室で仕事をしていた。

 もうここでやる事はほとんどないのだけど、ミスがないかもう一度確認しておきたかったのだ。

 気付けば夕食の時間も終わっていて、食べ損なった事をお腹の虫が鳴く音で後悔する。


「あ~あ、失敗したなあ。後で食堂に行って残り物もらおう……」


 手を止めて気分を変える為に窓を開けた。なんだか外から人の声がたくさん聞こえて来る。

 そう言えば今日は花火大会だっけ。さなぎは米倉君と出かけたのかな?

 日が落ちて少し涼しい風が外から入って来る。心地良いなと思っていると、机の上に置いていた携帯が鳴った。


「あれ?」


 母親からだろうと高をくくってディスプレイを見ずに気楽に出ると、電話の向こうから聞こえて来た声に私は思わず携帯を落としそうになってしまった。


『やあ、小日向さん。何をしているのかな?』

「り……理事、長?」


 確かに今朝理事長の部屋へ出迎えに行った時に、緊急時の為にと携帯電話の番号を尋ねられ教えた。もしかしたら何かミスがあったのだろうか?

 緊張が走った私に、理事長がふっと笑う。


『心配しなくてもいいよ。緊急という訳じゃないから……いや、少し緊急ではあるかな』

「え?」

『今、どこにいるんだい?』


 私は慌てて辺りを見回して答える。誰もいない生徒指導室。自分の居場所を改めて確認するなんて、よっぽど慌ててるんだ。


「あの、生徒指導室にっ」

『そう。一人かな? 外に出られる?』

「はい……大丈夫ですけど」


 一体どうしたのだろう。理事長の声は少し楽しそうだ。


『良かったら海の近くまで出てくれないかな? もうすぐ花火大会が始まるだろう? 君も見に行くといい』

「はい。あの、花火大会の事なんですけど、企画されたのは理事長だと言うのは本当ですか?」

『ああそうだよ。すぐ目の前で打ち上がる花火を船の上から見るなんて、楽しそうだろう?』

「はい、いつか船の上から見てみたいです」

『それじゃあ来年の夏は君を花火クルーズに招待しなきゃね』

「だ、駄目ですよ! きちんと自分の力で行きますから!」


 すごくドキドキしているのに、理事長の声を聞いているととても落ち着く。矛盾してるけど、実際そうなんだから仕方ない。

 理事長は大人なのに子どものような事を言う人だ。それがまたとても魅力的なのだけれど、それでもこうやってビジネスを取り仕切ってしまうやり手で少し近寄り難くもある。

 それから私は理事長が秘書の田中さんに散々怒られたという話しを聞きながら、宿舎から浜辺へと降りて行った。
















 たくさんの人が浜に座って海の方を見ていて、私は胸が躍った。

 皆花火を見る為に出て来てるんだ。


『出てくれたかな?』

「はい」

『僕はこちらから花火を見るつもりなんだ。一緒に見られないのは残念だけど、こうして電話で話しながら同じ花火を見るというのもなかなか面白い趣向だと思わないかい?』

「あ……はい!」


 胸が暖かくなる。理事長は私の事を気にかけてくれている、その事がすごく嬉しかった。

 それは私と同じような気持ちではないとしても、この合宿の間で知った倉持稀彦という人間にすごく近づけたと思っているし、理事長は水原さんではなく、私を仕事の手伝いに選んでくれた。その事実だけで幸せだった。


 これ以上は望まない。望んではいけないのだ。


 ドーーーン!!


 私が目に溜まった涙を指で拭うと、夜空に花火が打ち上がった。

 藍色の空に色を広げる花火に目を奪われる。


「きれい……」


 思わず言葉が漏れた。


『本当に綺麗だね……小日向さん。僕のわがままに付き合ってくれてありがとう』

「そんな。私の方こそ、色々とありがとうございます」


 まさか本当に理事長と一緒に花火を見られるなんて思ってもいなかった。

 ほんの数日一緒にいただけなのに、私はどんどん理事長を好きになって行く。こうして話す度に、新しい理事長の何かを発見しては胸をときめかせている。

 すごいな……人を好きになるって、もしかしたらすごい力を得る事なのかもしれない。

 ふと水原さんの顔が浮かんだ。

 彼女はこの花火をどんな思い出見上げているのだろうか。

 そう思うと、少しだけ苦しくなった。













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