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心の奥(垂司)No.2

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 医者からの帰り道、ともえは嬉しい反面、まだ思い切り足を動かせない事への不満で複雑な顔をしていた。


「ともえちゃん、さっきから難しい顔をして……すれ違う人たちが皆驚いてるわよ?」

「だって、もうほとんど痛くないのに、試合まで四日しかないのに、包帯取れないから焦るんだもん」

「無理しなければ練習も普通にしていいって先生おっしゃってたじゃない。気持ちは分かるけど、あまり垂司さんに心配かけちゃだめよ」

「垂司さん?」


 突然出てきたその名前に、ともえは思わず小首をかしげた。


「垂司さんね、随分心配してたわ。今日私がともえちゃんに付いていくって言ったら、しっかり見てやってくれって頼んできたのよ?」

「垂司さんが……」


 垂司が自分の事を自分が知らない所でも気遣ってくれていると言う事が分かり、ともえの心は小さくはねた。


「だから練習しすぎたりしちゃダメよ?」

「はぁい」


 まるで姉のようにそう諭す美琴に、ともえは元気に返事した。

 その様子に満足げに微笑むと、美琴はともえの手をそっと握った。


「垂司さんはね、色々言われているけれど、悪い人じゃないわ。そんな事はともえちゃんにはよく分かってると思うけど」

「え?」

「ともえちゃん、垂司さんの事を好いているんでしょう?」

「っ」


 ともえは思わず息を飲んで、そのまま言葉に詰まった。


「隠しても無駄よ。分かるもの、私も女の子だから」

「そっ……か……」


 僅かに俯くと、ともえの手を握る美琴の手に力がこもる。


「垂司さんを好きになるって、とっても大変な事なのかもしれない。私だったら毎日が不安でたまらなくて泣いたり取り乱したりしちゃうかも」


 事実ともえだって随分と泣いたものだ。布団の中で誰にも気付かれないように声を殺して何度涙をこぼしたか分からない。


「でもね、ともえちゃんならきっと大丈夫だと思うの」

「……」

「小さな頃から垂司さんを見てきたけど、最近の垂司さんって弓道をやっていた頃の垂司さんみたいだもの」


 垂司が弓と向き合っていた頃―――ともえはその頃の垂司を知らない。


「でもそれってともえちゃんの影響だと思うの。ともえちゃんが来てから、垂司さん変わったわ」


 もしも自分が垂司の心に何かしらの良い風をもたらせたのだとしたら、ともえはそれだけで十二分に幸せだと思った。


「私ね、ともえちゃんの事が好きなの。だから、ともえちゃんには幸せになってほしい」

「私……には……?」

「うん。私は……無理だから」

「無理?」


 ともえがそう尋ねると、美琴はにっこりと微笑んでともえの顔を覗き込んだ。


「私ね、真弓さんが好きなの――ってともえちゃんはもう気付いてた……よね?」

「う、うん」


 ともえはぎこちなく頷いた。なんと答えていいものか分からなかったのだ。


「ふふっ。私ね、真弓さんの事がもうずぅっと前から好きなの。でも」

「でも?」

「でもね、日輪家は従兄弟同士の結婚は認めていないの」

「どうして?」


 美琴は瞳に寂しげな色をたたえて、遠く彼方へと視線を馳せた。小さくふぅっと息を吐くと、愛らしい唇を開く。


「武芸の道は師匠から弟子へと受け継がれて行くものでしょう? 才能のある幼い子どもを引き取って、自分の跡取りにする事だってあるわ。血ではなく、実力が一番の世界なの……ともえちゃんなら分かるでしょう?」


 静かに頷いた。

 そう、剣術にしろ弓術にしろ、こと武芸に関しては血族の繋がりよりもその流派をいかにしてさらに高みへあげるかが一門の課題である。我が子に才能がなければ、免許皆伝は血筋に関係無く渡される。

 ともえの父にしろ、幸之助や笠原限流にしろ、元々の流派は違っても、一時期同じ師範に師事したのだ。そこでさらに己の技術を磨くため、散り散りになってもただただ強くなるために鍛錬を積み重ねてきたのだ。


「真弓さんは、私にとっても美弦にとっても憧れの人。だけど、憧れで終わらせなきゃいけない人なの」

「美琴ちゃん……」


 美琴が真弓に好意を寄せている事は知っていたし、応援したいと思っていた。

 なのに、それは叶わないという。


「だからね、私……ともえちゃんには本当に好きな人と一緒になって幸せになって欲しいの」


 本当に好きな人――ともえの心は決まっている。けれど垂司が自分をそんな存在と認めてくれるだろうか。

 目の前の少女は穏やかに微笑んでいる。ともえには可能性がある。それに比べて美琴は叶わぬ恋だ。それでも優しく微笑む美琴は芯の強い女性なんだと、改めてともえは感じた。


「美琴ちゃん……ありがとう――――」


 美琴の優しさと強さに胸がいっぱいになりながら、ともえがそう礼を言うと美琴はまた小さく笑った。

 本当は美琴だって大好きな真弓と一緒になりたいに違いないのだ。それでもともえを応援してくれる美琴を、ともえは友人としてより一層大切にしたいと思った。


「さ、帰りましょう」


 ともえと美琴は手を繋いだまま、再び道場への道を歩み始める。

 美琴のように強い心を、自分も手にしなければと――ともえはそう思った。










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