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乾2号

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 乾2号












 竜崎スミレは和葉の父親とリョーマの父親の中学時代の恩師だ。


「ここだよ」


 そう言って竜崎が足を止め、教室のドアを開く。

 ガラガラと開いた教室の中には、眼鏡をはめた切れ長の目の美しい顔立ちの青年と、かりあげに丸い目の優しそうな青年がいた。

 2人とも青と白を基調とした清潔感のあるジャージを着ている。


「待たせたね」

「いえ」


 竜崎がどんどん中へ進みながらその2人に挨拶をする。

 2人の青年は立ち上がってこちらを向く。


「紹介しよう。うちのテニス部の部長と副部長だ」

「手塚です」

「大石です」


 眼鏡の青年は手塚、短髪の青年は大石と名乗った。

 和葉は笑顔でぺこりと頭を下げる。


「六条です」

「一応話しておいたから分かってると思うが、この和葉にはこれからうちのテニス部のトレーナーをやってもらう。男子テニス部の一応専属になるが、女子の方も手伝ってもらう事もある。それで、これからは乾に和葉のサポートを任せることにする。いいな?」

「はい。六条コーチ、よろしくお願いします」

「します!」


 2人が頭を下げるのを、和葉は慌てて止めた。


「いやっ、そのコーチっていうのはやめて下さい。年もひとつしか変わらないし、どうもこそばゆいからやりにくいです。普通に名前で呼んでもらっていいですか?」

「……分かりました」


 ちらりと竜崎を伺うと、ただ笑っているだけだった。

 手塚と大石は顔を見合わせる。


 何故、高校一年生である和葉がテニス部のコーチを勤めるようになったかと言うと、実はつい先日までプロテニスプレーヤーだったからだ。

 アメリカで生まれ育った和葉は、テニスをやっていた両親の影響で物心つく前からテニスをやらされていた。

 もちろんまだ幼い和葉にトーナメントやプロという概念は無かったのだが、テニスが好きだったおかげであちこちの大会に出場をしては優勝を攫って行った。

 学校も早くに卒業し、飛び級で一時期大学にも在籍していた。

 和葉が世界的な大会に出場するようになったのは11歳の時。

 そして一昨年、13歳の時に全米オープンに出場し、準優勝した。

 しかしメディア嫌いの父親とあまり良いとは言えない和葉の風体のおかげで、アメリカと日本の一部の熱狂的なテニスファン以外に知られる事はなかった。

 今回青学テニス部の手伝いをするにあたり、和葉は竜崎に自分の素性をこちらからは話さないということで手伝いに同意した。

 もしかしたら自分の事を知っている人物がいる可能性はあったが、それでも元プロだという過去を持ち出したくはなかったのだ。

 自分はプロの世界から身を引いた……逃げたのだから。

 それに一昨年から比べて背も伸びた和葉は、この2年ですっかり様相を変えていた。気付く人間は少ないはずだ。

 当初新しいトレーナー、しかもまだ15歳という年齢の人物がやって来るという話しに、手塚達は難色を示した。

 しかし、和葉にはこの強豪テニス部を手伝うに足る要素は多少なりともあった。

 卒業まではしていないが、大学に在籍していた時にスポーツ医学を学んだことはトレーナーとしての手伝いをやる上で何かと役に立つと思われたし、勉強も引き続き継続しており、日本で高校を卒業したら再びアメリカの大学に進学してそちらの道に進む事も検討している。

 それに内科的、外科的な専門知識も多少はあるし、リハビリや物理療法的な分野では自身がテニスプレーヤーとして活躍していた時のトレーナーから随分と教わったので無理な処置もせずに済む。

 これを聞いて、手塚達も一応の納得はしたのだった。


「お前達はそろそろ部活の時間だからコートに行きな。和葉の紹介は部活が終わってからにするからね」

「分かりました」


 竜崎がそう言うと2人とも頭を下げ、教室から出て行った。

 和葉は教室の窓から外に視線を落とした。

 コートではリョーマが上級生と何やらもめている。


「ああ~。またか」


 困ったように呟く和葉に、竜崎が笑う。


「ふっ。お前も苦労してるんだねえ」

「はい、本当に……」


 竜崎と和葉は、相も変わらず協調性の欠片も無いリョーマを見ていた。

 するとそこへ大石や手塚と同じジャージを着た数名がコートに現れた。

 青学テニス部のレギュラーだ。

 手塚はリョーマともめていた二年生の2人を叱りつけ、グランドを走るように命じたようだった。

 走り出した2人を置いて練習が始まり、和葉は選手それぞれの動きをじっと見る。

 都内でも有名な学校のテニス部なだけあって、皆の動きはそれぞれ良かった。

 しばらくすると、リョーマが戻って来て練習に混ざり始める。

 一年生なのだからボールに触らせてもらえる事はないだろうが、竜崎はリョーマを買ってくれている。

 実力はレギュラーに引けを取らないはずだから、もし、校内ランキング戦にエントリーしてもらえるならば初の一年生レギュラーが誕生することも考えられる。

 持って来ていたノートパソコンを開き、和葉はいそいそとデータを入力し始めた。

 部員全員のプロフィールなどは竜崎からもらっていてある程度把握している。

 しかし、実際に練習している様子を見なければ詳しい分析は出来ない。

 それに、出来る限り成果を上げて、手塚達に認めてもらわねばならないのだ。

 まだ和葉はアウェーにいる。

 ホームにするには、信頼を勝ち取らねばならない。

 しばし作業に没頭していると、何やらまた外が騒がしくなった。

 どうやらリョーマが2年生と練習試合をすることになったらしく、コートの上で動き回っていた。


 あれ?


 良く見ると様子がおかしい。

 テニスラケットが、木で出来た古いものだったのだ。

 何が起きたのか見ていなかった和葉には分からなかったが、打ちづらそうにしている。

 古いものだから恐らくガットが伸び切ってしまっているのだろう。

 打球にまるで勢いがない。

 それでもリョーマは諦めなかった。

 ラケットの感触をしばらく打って確かめると、体の回転を利用し、鋭いリターンを相手コートにきめはじめた。


 ガラガラ……


 と、そこでドアが開く音がして、手塚と大石が戻って来た。


「あ、お帰りなさい」

「お疲れ様です」

「ごめんなさい、リョーマが早速もめごと起こしてしまって」

「え? ああ、荒井のやつと試合をしてるみたいですね」


 大石が苦笑する。2人のやりとりを聞きながら、手塚は腕組みをして和葉の隣りに立ってコートを見下ろす。

 荒井が戦意喪失するまで一方的に試合を運ぶリョーマ。

 和葉は思い切りため息を吐いた。


「はあ~~~」


 そんな和葉を見て、大石がくすりと笑う。

 しばらくその様子を窓から観戦した。

 その後試合はリョーマが1ゲームを取り、よぼよぼのラケットでサーブを始める所だった。


「どう思う、手塚?」

「規律を乱すヤツは許さん。全員走らせておけ」

「え? レギュラー陣もか?」

「全員だ」


 そう言って手塚は教室を出て行ってしまった。


「やれやれ」

「おや?」


 竜崎が机に置かれた対戦表を見ると、最後の一枠にリョーマの名前が書き込まれていた。


「さあて、和葉を紹介しに行くかねえ」

















 「今日からテニス部のお手伝いをさせて頂く、六条和葉です。よろしくお願いします」


 和葉がペコリと頭を下げ面を上げると、全員の視線が一斉に一人に向いた。

 皆の視線の先には長身でツンツン頭の青年。

 その顔には瞳が見えないくらいの分厚い四角眼鏡。


「乾2号だ……」


 ボソリと誰かが呟いた。

 それを合図にヒソヒソ声が広がる。


 キラン……


 そう、和葉の顔には、分厚い眼鏡がかけられていた。

 この顔半分をすっかり隠してしまう眼鏡のおかげで、ビジュアル的にメディアにも向いていなかった和葉は全く人気が出なかったのだ。

 実力があっても成功するのは最終的にはビジュアルが多少なりとも必要だということらしい。


「オホン! 静かにしな! ここにいる六条和葉はあたしの知り合いでね。アメリカの大学で一時期スポーツ医学の勉強をやっておったから今回お前達の技術・メンタル・フィジカルなど、全面的な強化を計るためにわたしがトレーナーを依頼した。分からない事なんかはどんどん聞きな。いいかい! 死ぬ気で強くなって、目ざすは全国制覇だよ!!」

「「「はいっっ!!!!!」」」






                                続く…






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