チェンジ・ザ・ワールド☆
act.2(市来)
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就職難民 黙って俺についてこい!
会社に着いた私は社長とロビーで別れると、単身写真部へと乗り込んだ。
緊張しながらも扉をノックすると「今開けますよ〜っと」という気だるげな市来さんの声が返ってきた。
ガチャリ、と扉が開くと相変わらず眠そうな目をした市来さんが現れた。
「うちを選んだのか」
私を視界に留めるなり開口一番、露骨に面倒くさそうな声で市来さんが言葉を吐く。
市来さんの心情も分からなくもない。ド素人の私がいたって足手まといになるだけかもしれない。でもあの美成堂ファンデーションのポスターは、友達の間でも話題にのぼるほど綺麗だし、そんな仕事に少しでも関わる事が出来たら――そんな風に思うと、選ばずにはいられなかったのだ。
そんな風に心の内でもう一度決心をすると、私は市来さんを正面から見上げた。
「はいっ、一生懸命頑張ります!」
「……ま、仕事だから。自分のベストを尽くすのは当然ってトコだな」
そう言うとくるりと背を向けて室内へと入って行った市来さんの後を、私も慌てて追いかける。
「開発部の会議に市来さんと共に参加しろ、と社長から言われたんですが」
その背中にそう声をかけると、市来さんはひらひらと手を振ってみせる。了解――という意味なのだろう。
何をしているのかとそっと覗きこむと、何やらカメラの手入れをしているようだった。
う、具体的に何をしているのかがサッパリ分からないっ。自分の素人っぷりに改めて気付かされて、思わずへこみそうになる。
「何してるんだか分んない〜とか思ってるんじゃねぇの?」
そんな私の心情を見透かしたかのような市来さんの言葉に、思わずギクリと身を縮めた。
「ま、カメラの事なんかはおいおい覚えてけばいいさ。ただ俺は一応外部の人間でもあるからな。いつも――えーっと、葉月だっけ? 葉月の事を気にしてばっかりもいられない。そこの所はよく覚えとけよ」
「はい」
「あとは、それ」
そう言って市来さんが顎だけで指示した方には、何やらパンフレットのようなものが置いてあった。
「今日の会議の資料。一応、目だけでも通しておけ」
「一応……ですか?」
「俺の仕事はいかに綺麗に取れるか、だからな。大体のコンセプトさえ分かっておけばいいのさ。成分だなんだってのは関係ない」
「なるほど」
そんな会話をしながらパンフレットを手に取る。どうやら新製品はリップグロスのようだ。
「ナチュラル志向のリップグロス。それが新製品だ。イメージモデルとして誰が起用されるかは分からんが、ま、清純な感じの子だろうな。男なんてものは大概がナチュラルメイクが好きだからな」
「市来さんもそうなんですか?」
「あ? 俺か? 俺は60年代の女優みたいなの睫毛バッサバサのメイクも好きだぜ? ただまぁ、ああいうのは人を選ぶからな。大衆向けじゃない。葉月がやっても似合わんだろ?」
「そ、そうですね」
愛想笑いを返したが、最後の一言はどう考えてもいらないでしょう! 私だって女優メイクに憧れる気持ちはあるんだからね! ……そりゃ、まぁ、似合わないからしないけどっ。言われたままな事実が悔しいっ。
「そう言えば、お前はいつまで俺の元に付く事になってるんだ?」
ふと思い出したように顔をあげ、そう尋ねてきた市来さんに私も記憶の中から社長の言葉を探り出す。
「社長はこの新製品がヒットするまで……と」
「ようするに発売して成果が見えるまでって事か」
「多分……」
そしてもしこの商品がコケたら、そのまま私もお掃除のお仕事――いや、そりゃお掃除のお仕事だって立派なお仕事。それは分かってる。でもあの社長のあの高圧的な態度から出た「掃除」という仕事は、多分、普通のそれとは少し違って……本気でシンデレラみたいに働かされるのだろうという事は想像に難くない。
「お、そろそろいい時間だな。出るぞ」
そんな私の心中どころか、私自身にもさほど興味もない様子で、市来さんは椅子から立ち上がるとサッサと廊下へと出て行く。急ぎ足で私もその後に続いた。
こんな風に早足で足の長い市来さんの歩幅に合わせて廊下を歩くだけで、軽く息が上がってしまう。
―――体力もしっかりつけなくっちゃ!
次へ → act.3(市来)
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