卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第01話

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ゆにば 第01話



「おかえりなさいませ、ご主人様!」

 軒先の小さなチャペルが入口の扉で涼しげに鳴り響くと、こんなきらびやかな少女たちの声が、「いらっしゃいませ」の代わりに来客を出迎える。黒を基調としたメイド服、たくさんのフリルがついた純白のエプロン。
 そんな装いをした年頃の少女たちが、とびっきりの笑顔を振りまきながらフロア一帯を闊歩する。
 ここはいわゆる―――『メイド喫茶』と呼ばれる場所。
 この極東の島国で独自の発展を遂げたメイド文化というものは、古式ゆかしき厳格さや、奉仕するものの謙虚さよりも、どこか一風変わったファッション性(?)を内包しているように思えてしょうがない。
 それがいわゆる『萌え』というものであるらしいのだが、アキハバラに足を運ぶ機会が増えたいまになっても、いまいち“彼”にはその理解が及ばない。
 だから、こうやって所用があって訪れた喫茶店で、どう見ても自分と同年代の女の子たちに『ご主人様』などと呼ばれても、どう反応していいか分からずに困惑して立ち尽くすしかなくなってしまう―――
 今日も、仕事のために「喫茶ゆにばーさる」を訪れた彼は、出迎えてくれたメイドさんのひとりに、『どうか助けてはもらえまいか』とでも言いたげな視線を泳がせて、まるで阿呆のように店先に直立不動で硬直していたのである。

「そ、そんなところにぼーっとしてちゃダメッすよ! ほら、他のお客さん………じゃなくてご主人様たちが入れないじゃないッすか!」

 店の扉を開け放ったまま、複数の「おかえりなさいませ」に当惑したように突っ立つ彼。
 なんだかひどく頼りなげなSOSの視線をこちらに向けてくる彼を目ざとく見つけてくれて、メイドの一人が注意の声をかけてきた。
 たまたま自分の一番近くにいてくれたのが、話をしやすい彼女でよかった、と彼は思う。
 意志の強さを顕すようなくっきりとした眉の上には綺麗に切り揃えられた前髪。その下に、意外と大きくてぱっちりとした瞳が輝いている。やたらと体育会系の喋り方は、一応は自分の事をご主人様と呼んでくれてはいるが、どう贔屓目に見たってメイドのものではない。
 第一、エプロンの下のメイド服はやけにごわごわとかさばって、黒い袖口やスカートから覗く布地は、どこから見たって空手着以外の何物でもないのである。
「辰巳さん、キミでよかった」
 ほっ、と一息ついて彼―――檜山ケイトは安堵の表情を浮かべる。
 このメイド喫茶『ゆにばーさる』のメイドたちとは大抵顔見知りだったり、仕事の関係で臨時のパートナーを組むこともあるのだが、空手着の上にメイド服という奇妙な出で立ちのこの少女―――辰巳狛江は、ケイトにとって気安く話せる数少ないメイドなのだ。
「よかった、じゃないッすよ。ほら、こっちこっち、こっち来てくださいッす」
 ケイトの手を取り、大股でズンズンと店内を縦断する狛江。
 ずるずると引きずられるようにテーブルのひとつに案内されて、ケイトはなんとなく話のきっかけをつかむこともできず、無言で、なすがままに店内の一人用テーブルに着席させられてしまった。
「さあ、ご注文はなんッすか、ご主人様?」
 仁王立ちになった狛江はオーダーを取る気マンマンであった。
「コーヒー………あ、やっぱりランチセットで」
 ここへ来る前に昼食を摂ることをすっかり忘れていたことを、くるくると鳴ったお腹が思い出させてくれる。
 時刻はぎりぎり午後の二時。ランチセットのオーダーには間に合う時間であった。

「押忍っ、ご注文繰り返しまッす! 『桃色メイドの手作り濃厚ラヴランチセット』ッすね!?」
「それ、正式名称っ!?」

 ケイトの声が裏返る。あまりといえばあんまりなメニュー名に、知らずに頼んだこっちが赤面してしまうほどだ。
「押忍ッ、店長以下多くのウェイター、メイドの絶大な反対意見を押し切って、霧谷さんの鳴り物入りで決められたスペシャルメニューッすよ!」
 なぜか誇らしげにふんぞり返る狛江を、呆れるよりほかないといった表情で見上げるケイト。
 霧谷さん、というのは言うまでもない。UGN日本支部長であり、現在は主にここアキバ支部営業担当サポーターとして辣腕を振るう、霧谷雄吾のことである。
「あの、霧谷さんが………?」
 ケイトは絶句し、次の言葉を捜そうと口をぱくつかせる。おかしい。僕の知る霧谷さんという人は、地位こそ高い人だけど、存外気さくで温厚で、いたって常識のある大人の男性だと思っていたのだが。そもそも、ここ「喫茶ゆにばーさる」だって、表舞台に進出を開始したファルスハーツの対抗拠点として設営された世を忍ぶ仮の姿。
 一応の体裁があるから喫茶店経営はまともにしているようだけど、ここまで「アレ」な感じのお店にする必要はないはずだよね?
「ふっふふ。そこが霧谷さんのシンボーエンリョってヤツらしいッすよ? 男性客、じゃなくてご主人様たちのニーズに応えたネーミングとしてこれは絶対受け入れられると、私は聞いてるッす」
 人差し指を立てながら、チッチッチッ、と言ってみせる狛江。
「この名前が、なんで受け入れられるのさ………?」
「なんでもですね、メイドさんたちに堂々と、『桃色メイド』とか『濃厚ラヴ』とか言わせることができるから、ってそんな理由みたいッす」
 あっけらかん、とした狛江の答えに。
 ケイトはテーブルクロスの上に額をぶつける勢いで落ち込んだ。
 喫茶ゆにばーさるの営業スタンスに、心底から疑問を抱いたのはこのときが始めてである。
 羞恥プレイか? 羞恥プレイなのか!?
 ケイトは想像してしまう。
 例えば、いつものクールな無表情を崩すことなく、
『桃色メイドの手作り濃厚ラヴランチセット………入ります』
 と淡々とメニューを読み上げる久遠寺さんとか。
『も、桃色メイドの………手作り濃厚ラ(声が消え入ってよく聞き取れない)セット………ですねっ』
 と、カチコチになりながら必死で職務を遂行しようとする玉野さんとか。
 ………なんだか、いろいろと不憫になった。
「それが………『萌え』………なの………?」
「らしいッすね」
 答えた狛江も、たぶんよくわかってないのだろう。
 手元のオーダー表にさらさらとケイトの注文した恥ずかしい名前のメニューを書き込むと、
「桃色メイドの手作り濃厚ラヴランチセット、入ります―――ッ!」
 やたらと気合の入った声で叫ぶのだった。
 かあぁああああ~~~。
 たぶん、いま僕の顔は真っ赤になっているに違いない。ケイトはそう思った。
 ただひとつ幸いだったのは、他のお客たちがそのオーダーが読み上げられても、特別な反応を示さなかったことであった。狛江の言うとおり、これはすでに『受け入れられた』ものなのだろう。
「あ、あのさ、狛江さん」
 呼び止めるケイト。
「なんッすか、ご主人様」
 くるり、と快活に振り返って笑う狛江。ゆにばーさるで一番豪放磊落なメイドとして名高い彼女は、笑顔が実はすごく可愛らしい。一部、コアなファンがついているメイドだとは聞いていたが、普通にメイド服を着て普通に喋っていれば、『快活系』として一ジャンルを築くのではなかろうか。
「店長………結希さんに呼ばれてきたんだけど。いるかな………?」
 なんとなく、この場で彼女の名前を出すのがはばかられて気恥ずかしくて、つい小声になってしまう。
 結希―――喫茶ゆにばーさる店長にして、現UGNアキハバラ支部長・薬王寺結希。
 組織始まって以来の天才と呼ばれるノイマンの少女。
 かつてとある事件で、ケイトや仲間たちと共にこの世界を見舞った大いなる災いを退けた、まだ中学生の女の子である。波乱万丈の試練を乗り越えてきた彼らは、UGNの支部長とイリーガルの協力者というビジネス上の関係以上に、信頼しあい強い絆で結ばれた二人、という間柄である。
 つまり、公私共に認めるベスト・パートナーといって差し支えないであろう。
「店長ッすか。あー、入れ違いッすねー。ついさっき、買出しに出ちゃいましたよ、智世さんを護衛にして」
 狛江の解答に、思わず顔を引きつらせるケイトである。

 いるのか、智世さん。

 ケイトが、もっとも苦手なメイドの一人である頚城智世の顔を脳裏に思い浮かべた。
 一見丁寧な物腰でおしとやかに見える彼女に、ケイトはやたらと目の仇にされている。
 なんでも、結希のもっとも信頼するパートナーであるケイトのことが気に喰わないとかで、それはもう結希にベタ惚れしているということらしい。げっそり落ち込んだケイトを励ますように、狛江が言う。
「まあまあ、二人が帰ってくるまでランチしてて下さいっ。仕事の件で呼ばれたんなら、智世さんの風当たりも強くないはずッすから」
 気遣って、慰めてくれているのだろうか。いや、まあ、たぶんそんな深い考えはないに違いない。
 狛江の遠ざかる背中をなんとなく見送りながら、ケイトは昨晩の結希からの電話の内容を思い出していた。

『明日、夕方ごろお店に来ていただけますか? とっっっっっても、大事なお仕事のお話がありますのでっ』

 何週間ぶりかに取った彼女との連絡は、結希のほうからの、こんな唐突な依頼で始まった。
 なんだろうな、といぶかしみながらも、実は少し彼女との再会を心待ちにしている自分がいることに、ケイトは少しくすぐったい気持ちになる。このところ忙しくて、結希にメール一本打っていなかったので、こうやって直接会うのがなんだか待ち遠しい気がするのであった。

 そして―――

 これが、後にUGNの公式資料から“あまりにも馬鹿馬鹿しく、情けない”という理由で完全に削除された、『アキハバラ支部騒乱』事件の発端となるオープニングの一幕なのであった―――。






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