卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第02話

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匿名ユーザー

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<そのひ。>


 あたしは泣かない子供だったらしい。
 いつも笑ってばかりいる子供だった、と家族からは事あるごとに聞かされた覚えがある。
 なにしろ物覚えついた頃から、生まれてこの方あたしも泣いた覚えというのが一つしか心当たらないあたりどうしようもない。
 その一回っていうのが―――なんでだか知らないが、その日だったわけで。


 その日のことを、20年近く経った今でも鮮明に思い出せる辺り、あたし自身重症だと思う。


 知らないおじさんたちがいっぱいいて。誰かの手をぎゅ、と握って待ってた、白い白い壁の向こう。
 子供の寝る時間なんてとっくに過ぎ去って、夜になって久しい。
 だんだんと、周りの空気が澄んでいくような気がした。夜闇が削られて、少しずつ少しずつ、まるで一枚一枚極薄のヴェールを脱いでいくような。
 朝に向かっていく。それが子供心にも理解できるような気がして。
 予感がした。
 その時が来るんだと。

 赤と黄色と白を足して、極限まで透明にしたらこんな色になるんじゃないかな、みたいな強くて目に痛い光が、後ろの窓から射して。
 頭の中で、何か小さくはじけたような音がして。

 ―――あたしは泣いた。自分でも何で泣いてるのかわからないけど、泣いた。

 嬉しかったような気がする。悲しかったような気がする。
 今でも覚えてるのは、心に響くあたしによく似た誰かの声。

『また―――だ。
 今度はぜったいに―――』

 それはあたしじゃないけれど、それでもなんでか頷けて。絶対にそうしよう、と。心に誓った。
 そんなのが、あたしの一番昔の記憶だったりする。



 *** 

Dear my brother -side K-

 *** 



<おきてみれば>


 ―――そんな夢を見た。

「……いやまぁ、わかるけどさ」

 言いながら、体をゆっくりと起こす女性。やや肌寒くなってきたこの季節に合わせて出した毛布をけだるげにはぎとり、一つ溜息。
 乱れ放題になっている髪を手櫛で梳かし、ひとつ伸び。
 彼女の名は柊京子。このアパートで今は一人で暮らす女性である。
 やや大きなアパートに一人暮らし、というのも中々悪くない。友達連れ込んでも何も言われないし。
 今日は予定もないし、ゆっくりしようかと考えながらカレンダーに目を落とす。
 一つため息。
 本当は、今日の予定はないではない。が、どうせそれが果たされることはないのだから意味はないか、と思い直したのだ。
 だったら、なんの予定もないのはもったいない。
 外は晴れていて、秋晴れの快晴。
 ツーリングに行くにはいい日だが、給料日前に単車のガス代は節約しておきたいところ。

 こんな日に、歩いていける範囲で、いい所―――と考えて。彼女はしばらく行っていない知人の住居兼店舗を思い出す。
 久しぶりに顔を見に行って見るのもいいかもしれない。あそこのコーヒーおいしいし。
 そうと決まれば即実行。
 即断即決果断速攻。それが、柊京子のポリシーだ。
 身だしなみを整えるために部屋の外に出て―――もう一度だけ、カレンダーを視界にいれて。すぐに興味なさげに視線をそらした。



 *** 



<こーひーぶれいく。>


「住み込みで二人が働くようになってから、勇ちゃんってば張り切っちゃってね。
 ―――まぁ、ちょっと前までみたいに達観した気になって、全部諦めたみたいな目してるよりはマシだと思うんだけど」

 そう言う知人―――流鏑馬真魅の顔はどこか誇らしげで穏やかで。なんというか、恋人を自慢するみたいにすら見えた。
 彼女と出会ったのは最近のことでもない。
 8つ違いの近所のお姉さん、そういう立場であったはずなのだが、きちんと名乗りあったのは京子が高校くらいのときだ。
 真っ黒い外装の喫茶店。しかも看板は漆黒の夢、ときた。そりゃあお客が来ることもないだろう、と京子も思う。悪夢見そうだし。
 京子がその喫茶『漆黒の夢』に入ったのは、単に好奇心からきたものだ。
 変なものに興味を示すお年頃だった、というだけの話なわけだが。

 入ったその時にいたのは、なぜか真魅だけで。
 ヒマ潰しに占いもどきをしてくれるというので、やけに店に似合わぬおいしいコーヒーを口にしながら無料で占いをしてもらったのを覚えている。
 その時の初言を、今でも覚えている。

『―――ははぁ。こりゃ、あなた面白い相してるわ。
 きっと、<昔>頑張りすぎたせいでしょうね。<今回>は目覚めることはないだろうけど―――安心なさい。
 あなたの願いはきっとかなう。誓いは果たされる。だから―――弟くんのこと、心配することはないと思うわよ』

 弟がいる、なんて言った覚えはなかった。
 昔、とか今回、とかそもそもわけがわからない単語ばかりの占い。
 それでも、その言葉がなんだかやけに抵抗なくすとんと胸に落ちた気がして。
 はぁ、と頷いた後に『電波ですか?』と素で聞き返してしまったのを覚えている。

 そんなことが思い出されて、ため息とともに愚痴る。

「あーあ、こんないいお姉さんにこんだけ思われてるんだから、弟くんはよっぽどいい奴なんだろうねぇ。それに引きかえ、うちの馬鹿は……」
「あぁ、そういえば京ちゃんのとこの弟くんは今年の春高校卒業だっけ。大学でも行ったの?」
「そうそう。聞いてくれるー? ウチの馬鹿ってば辛うじて、運よく、学校側の粋な計らいでなんとか、高校卒業できたはいいんだけどねー……。
 定職にもつかずに『ちょっと行ってくる』の一言でまーたどっか行っちゃったわけ。
 盆と暮れには帰って来いって行ってるのに、夏も帰ってこなかったし。帰ってきたらガツンとやってやんないとね」

 笑いながら言ってはいるものの、京子のこの軽いノリは本気である。被害者が哀れなことに。
 しかしながら、これも一種の愛情表現だ。割とドツキながら躾けてきたため、それ以外の対応をする自分が想像し辛いというか、むしろ調子が狂うらしい。
 真魅がふぅん、と頷きながらラテを一口。流鏑馬弟謹製のカフェラテは、蒸気で立てた泡がコクとまろやかさを与える、天使の夢の看板の一つだ。

「でも、その弟くんも根性あるじゃない。仕送りとかしてくれてるんでしょ?」
「どっからともなく、エラい大金をね。ったく何をやってんだか」

 ふらりとどこかへ行った後、京子の弟は月に一度家へと仕送りをするようになっていた。
 それも大金―――初任給丸々クラスである。
 京子の知る限り弟は特に免許っぽいものは持っていなかったし、頭もそんなによくはない。
 そんな彼が稼ぐ方法など体を張るしかないはずだが、ガテン系の仕事でそんなに収入が入ってくるわけもないわけで。

 結局、京子は彼が何をして金を稼いでいるのかはわからないのだった。

 それでも、京子は弟を疑わない。
 どこで何をしているかもわからないし、どんな仕事をして生計を立てているのかもわからない。
 けれど。彼女の弟は馬鹿正直で、曲がったことが嫌いで、人を泣かせるようなことは本当に苦手な馬鹿だ。
 その弟を、疑う余地は彼女にはない。
 だって、彼女の弟はそういう不器用な人間であったし―――なにより、その不器用を通すように育てたのは彼女なのだから。

 真魅のからかいに、困ったように笑って、告げる。

「あいつは馬鹿だし、頭悪いし、女心に疎いし、実はアレの鈍感のせいで影でたくさんの女の子が泣いてるのも知ってるし、無理も無茶も無謀もすぐにやらかすし、寝坊するし、頑固だし、あんまり甘えないし、大事なことはあたしにひとっことも相談しやがらないし、壊滅的に頭が悪いけど。

 ―――それでも、曲げないし、諦めないからね。そういう馬鹿は、あたしは嫌いじゃないから」

 ため息。
 弟を好いてくれている子たちがたくさんいるのはわかっている。
 あの馬鹿にはもったいないくらいの器量よし揃い。
 それでも、京子はその馬鹿の足を止めることはしない。

 だって、彼女にとってはたった一人の弟なのだ。
 弟が満足いく様に生きて死ぬ。そのことが彼女が弟に対する最優先。
 だからこそ、彼に思いを寄せるたくさんの女の子たちの存在を知りながら、それでも。
 彼が彼であれる、そのことが、柊京子にとって最優先事項なのだ。
 そのためにこそ、彼の選んだ道を否定することはないし、それ以上に―――この世界中の誰よりも。あいつの行動を信じてやれる人間になろう、というのが京子の思い。


 たとえその道の果てで、彼がいつか帰らなくなったとしても。
 他の誰が、その行動をあざ笑い罵ったとしても。
 柊京子だけは、その道程を認めてやろう、と。


 そんな思いを口に出すことなく、少しだけ愚痴をはく。

「あーぁ。 ―――ちょっとばかり、イイ男に育てすぎたかね」

 それは、彼女にとっての本心。
 確かに誓った日はあったが、こんなに早く別れがくるとは思っていなかったのは事実で。
 彼を、我慢できない奴のままに育てた自分への自嘲でもあった。
 そんな京子の愚痴を聞いて、らしくないとでも思ったのか。真魅が彼女の首を刈って、話しかける。

「なによ、弟自慢? うちの勇ちゃんだって凄いんだからねっ」
「いたいいたいって真魅さんっ、ほんと凄いと思うよ弟くん。真魅さんの弟やってんだもん」
「それはどういう意味よっ!?」

 言葉まんまの意味だ。

 ともあれ。
 京子のコーヒータイムは、なんだか穏やかに流れていくのであった。



<じゅういちがつなのか。>


 京子が夕飯を終え、家でタバコふかしつつテレビを見ていたその時。

 玄関の鍵が、ぴったりとはまる音がした。
 金属と金属が噛み合う音。
 どくん、と鼓動のギアが一つ上がる気がした。
 この家の鍵を持つ人間は、彼女ともう一人しかいないのだ。

 タバコを灰皿に圧しつけ、身を翻して廊下へ。
 フローリングの床。片手をつきながらブレーキ。
 体を曲げて生まれる力のためを、ドアをきちんと閉めながらただいまー、と緊張感のない言葉を吐く馬鹿の顔を視認すると同時。解放。
 クラウチングに近い体勢からのスタートダッシュ、1秒もたたないうちにトップスピード。
 まだ相手は玄関で靴を脱いでいる最中。タイミングは完璧。
 相手がこちらを見て、顔がひきつるのが見えた。だからどうした、遅い。
 右足踏み切り。結構すごい音がした気がします。下の階の人ごめんなさい。
 左足で相手の右ひざを踏みつける。向こうは体勢が崩れるため、気づいた時には迎撃は不可能。逆にこっちはこれが目的。
 腰のひねりを加えながら、右ひざで。狙うは相手の即頭部―――っ!

「どーこほっつき歩いてたこの馬鹿蓮司ぃぃぃぃっ!!」
「がふぅっ!?」

 小気味いいほどの音をたてて、マンションの玄関先で炸裂する見事なまでのシャイニングウィザード(プロレスの技名)。誰だこんなの京子に教えたのは。
 狭い玄関のマンション先で炸裂した膝蹴りによって、成す術もなく壁に頭を打ち付ける被害者。隣の部屋の人すみません。
 ともあれ。
 柊京子の弟こと、柊蓮司の帰還であった。



 *** 



 いわく。
 ちょっと各地を放浪しながらガテン系のバイトしつつ暮らしてました、が蓮司の言い分であった。
 だがしかし、京子の目は冷たいまま。

「んなことはどうでもいいのよ」
「どうでもいいなら聞くなよ」
「なにか口答えし(いっ)た?」
「いえ何もっ! お話を続けてくださいマム!」
「誰がマムだい誰が」

 かしかし、と頭をかきながら、何一つ変わらない弟に対して内心安堵しながら、それを表に出すことはない。
 ため息。

「あたしが言いたいのは、なんであんたはあたしの言うことを守れなかったのかって事なんだけど?
 盆と正月には帰って来いって言ったでしょうが。今何月だと思ってんの。11月よ11月。その辺について聞かせてもらおうか」

 その京子の言葉に、言葉につまる蓮司。
 うーん、と真剣な表情でしばらく悩んだ後に、彼は玄関先で正座させられたまま、頭を下げた。

「その……約束守れなくて、悪ぃ」

 そういう言葉が聞きたいのではない。
 どうせこの弟のことだから、どうしても無理な理由があったのだろう、と京子は理解している。
 その上でこの言葉ということは、彼がある日から抱え続けている、彼女には話せない大きな『秘密』絡みのことなわけで。

 つまりは、こいつはあたしにしている隠し事が守れないことの方が、あたしにしばかれたりすることなんかよりもよっぽど怖い、ということなのだろうと納得した。

 盛大に嘆息。
 無駄に苦労をしょいこむ性質なのはずっと昔に理解しているつもりだったが、ここまで馬鹿だと救いようがない。実際救えないだろうし、救おうとも思わないが。
 仕方がないので、いまだに頭を下げ続ける馬鹿の耳を引っ張って、家の中に引きずっていく。
 途中千切れるだのもげるだのの苦言が聞こえる気がするものの無視。ぽいっ、とリビングに放りこむ。
 がんっ、と鈍い音がして机に頭をぶつける馬鹿をやっぱり無視してキッチンに向かい、必要なものを取ってくる。
 リビングから戻ってくると、しゃがみこみつつ頭を押さえている馬鹿が一匹。

「なにしてんの。ほれ、座りな」
「こ……これだけの仕打ちしといてどの口がそれを……」
「す、わ、り、な」
「……謹んで座らせていただきます」

 頭を押さえつつ久しぶりに実家の椅子に座る蓮司。
 ダイニングテーブルの上に置かれていたのは、酒瓶と硝子のコップが二つ。彼は恨めしげな目で京子を見る。

「帰ってそうそう酒に付き合え、かよ」
「なに。なんか文句あるわけ?」
「文句はねぇけど。……なぁ姉貴、付き合うごとに毎回言ってるけどよ、俺未成年だぞ? そこらへんに関しては良心っぽいものは働きませんか姉上様」

 弟のその言葉に、京子はしばらく呆然としたように彼を見つめて―――頭を押さえる。

「ば……馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど。あんた、旅暮らししてて記憶力までどっかに落っことしてきたの?」
「ひっでぇ言い草だなっ!? それが唯一の弟に対して言う台詞か!
 つーか俺がなに忘れてるってんだよっ!」

 本気で忘れている様子の弟に本気で頭が痛くなってくるものの、酒瓶の蓋を開けて二つのコップに注ぐ。
 帰ってきたから無駄にならなかったものの、当人が忘れていると自腹切った自分が無駄に損をした気分になる。
 これ高かったのになぁ、と嘆息しつつ、彼女は馬鹿を見る目で蓮司を見て、告げる。

「今日は何日だい、言ってみな」
「あ? 今日、今日……」

 何日かも覚えていないらしく携帯を取り出す。本当に記憶力をどこかに落っことしてきたんじゃないのかこいつは。
 携帯の画面を見て、硬直。
 彼は信じられないものを見るように京子に視線を戻して。
 ―――何かを告げる前に、京子は優しい笑顔を浮かべながら相手の言葉を制した。
「二十歳の誕生日、おめでと。蓮司」



 *** 



『また、おとうとだ。
 こんどはぜったいに―――おとうとがくいののこらないいきかたができますように』

 それが、京子が最初に聞いた『彼女』の声。
 けれど、それは京子にはとても共感できて。
 まだ出会ってすらいない、扉の向こうの生まれたての赤ん坊が弟だとわかっていて。
 その弟がたくさんの苦難に会うだろうことが理解できていて。
 『彼女』の弟とは違う存在であるものの、とても似ている京子の弟が悔いの残らない生き方ができるといい、という願いだった。
 京子にとってははじめての弟。しかし、その言葉にだけはどうしようもなく納得できたのだ。
 まだ名前もない彼が、悔いの残らないように走り続けて走り抜けること。それが、彼女の願いになった。
 そして、今も走り続ける彼がたまに帰ってくる場所として、自分が在れればいいと思った。
 だから、嬉しい。
 弟の節目を祝うことができたのは、とても嬉しい。
 ただただ、その気持ちとともに。彼女は、たった一人の弟を想う。この20年目に、新しい誓いと願いを。

『お前がどこで倒れても、きっとあたしはそれがわかるから。たまに出てくる妙な同居人が教えてくれる気がするから。
 だから、思う存分好きなことをやってきな。
 他の誰があんたを罵っても、蔑んでも。なにがあっても、あたしだけは。世界中で一人になろうと、あたしだけは。
 ―――あんたのやることを、肯定してあげるから』

 そんな。尊くも愚かな、果てしなく優しい誓いと願いが。
 その夜、立てられた。





fin.

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