彼女の思索
ハロルドは立ち止まり、わずかに顔を上向けた。
聞こえてくるのは女性の声。
拡声器を用いたファラ・エルステッドの必死の呼びかけだった。
ハロルドのいた地点――G3の平原――はC3と直線距離にあり、その音量は内容を聞きとるには十分だった。
しかし内容を聞かないまでも、あの切羽詰った声。呼びかけの意図は想像するに難くない。
「……あちゃぁ」
思わずうめき、ハロルドはごそごそと地図をとりだした。
彼女が目指すF7の森林地帯は、地理的にシースリの村と真逆にあたる。
(今さら目的地を変えたって――)
ハロルドはうなる。
事態はハロルドにとって思わしくない向きに進んでいるようだった。
マグニスたちへの復讐。それに関係しないことにはかかわらない。
そう決めているハロルドだが、このファラの呼びかけは大いに関係があったのだ。
(『ターゲット』がどこにいるかがモンダイなのよね…)
吐いて捨てるほど忌々しい脳みそ筋肉=マグニスと、陰湿な青ワカメ=バルバトスを思いおこす。
ジーニアスを死に至らしめた、殺しを楽しんでいるのが明白なあの二人。
計画性をもって行動しているかも疑わしい彼らが、あの後どちらの方角に向かったのか。
一応、「北上したのではないか」と目算はつけていたハロルドだったが、それも、絶対ではなかった。
なにしろ一時は気を失っていた上、崩落で分断された洞窟では満足な調査もできなかった。
だからこそ罠をしかけるに都合のいい場所に行き、その後、標的をおびき寄せようとしたのだが……。
(こんな呼びかけ、あいつらの絶好のエサじゃない!)
ぎりっ、と奥歯をかみ締める。
だいたい拡声器で寄ってくるのは、血に飢えたハイエナか、さもなくばバカがつくほどのお人よしだ。
殺し合いに乗る気もなく、かつ思慮深い人間は近寄らない。
そしてバカを見るのは、バカがつくほどのお人よしの方だった。
そんなバカが死ぬさまを見たくないから、彼女はあの殺戮者どもを屠ることに決めたのだ。
芝居までしてスタンを追い払ったのも彼を巻き込まないがためである。
だというのに。
たとえ今からシースリ村に向かったとしても。
(間に合わない……?)
ハロルドが絶望にとらわれかけたとき、北の空が白く瞬いた。
巨大なエネルギーを感じたハロルドはそちらを向いた。
聞こえてくるのは女性の声。
拡声器を用いたファラ・エルステッドの必死の呼びかけだった。
ハロルドのいた地点――G3の平原――はC3と直線距離にあり、その音量は内容を聞きとるには十分だった。
しかし内容を聞かないまでも、あの切羽詰った声。呼びかけの意図は想像するに難くない。
「……あちゃぁ」
思わずうめき、ハロルドはごそごそと地図をとりだした。
彼女が目指すF7の森林地帯は、地理的にシースリの村と真逆にあたる。
(今さら目的地を変えたって――)
ハロルドはうなる。
事態はハロルドにとって思わしくない向きに進んでいるようだった。
マグニスたちへの復讐。それに関係しないことにはかかわらない。
そう決めているハロルドだが、このファラの呼びかけは大いに関係があったのだ。
(『ターゲット』がどこにいるかがモンダイなのよね…)
吐いて捨てるほど忌々しい脳みそ筋肉=マグニスと、陰湿な青ワカメ=バルバトスを思いおこす。
ジーニアスを死に至らしめた、殺しを楽しんでいるのが明白なあの二人。
計画性をもって行動しているかも疑わしい彼らが、あの後どちらの方角に向かったのか。
一応、「北上したのではないか」と目算はつけていたハロルドだったが、それも、絶対ではなかった。
なにしろ一時は気を失っていた上、崩落で分断された洞窟では満足な調査もできなかった。
だからこそ罠をしかけるに都合のいい場所に行き、その後、標的をおびき寄せようとしたのだが……。
(こんな呼びかけ、あいつらの絶好のエサじゃない!)
ぎりっ、と奥歯をかみ締める。
だいたい拡声器で寄ってくるのは、血に飢えたハイエナか、さもなくばバカがつくほどのお人よしだ。
殺し合いに乗る気もなく、かつ思慮深い人間は近寄らない。
そしてバカを見るのは、バカがつくほどのお人よしの方だった。
そんなバカが死ぬさまを見たくないから、彼女はあの殺戮者どもを屠ることに決めたのだ。
芝居までしてスタンを追い払ったのも彼を巻き込まないがためである。
だというのに。
たとえ今からシースリ村に向かったとしても。
(間に合わない……?)
ハロルドが絶望にとらわれかけたとき、北の空が白く瞬いた。
巨大なエネルギーを感じたハロルドはそちらを向いた。
イーツ城が消し飛んだこと。
そこに彼女の復讐対象が骸となって転がっていること。
どちらの事実も黒々とした森の影が覆い隠し、ハロルドが感知することはなかった。
だが、何の因果か。
とある天使の命を賭した閃光が、ハロルドに思い出させたのだ。
科学者としての自分を。新たな発見に至った瞬間の、脳髄に走る、閃光を。
そこに彼女の復讐対象が骸となって転がっていること。
どちらの事実も黒々とした森の影が覆い隠し、ハロルドが感知することはなかった。
だが、何の因果か。
とある天使の命を賭した閃光が、ハロルドに思い出させたのだ。
科学者としての自分を。新たな発見に至った瞬間の、脳髄に走る、閃光を。
そういえば。
――天才ハロルドを出し抜くことはできない。たとえ、ミクトランであろうと――
そう宣言したのは彼女自身であった。
「ふふ……アハハ……!」
ハロルドは笑う。
まんまと出し抜かれているではないか。稀代の科学者ハロルド・ベルセリオスともあろうものが!
うっかりミクトランのお膳立てに乗るところだった。
(私としたことが。復讐するにしたって、殺すぐらいじゃ生ぬるいってもんなのよ、実際)
凶悪な形相でハロルドは天を仰ぐ。
盗聴しているストーカー男が、ついに彼女が狂ったものとみなしてくれるなら好都合だった。
――天才ハロルドを出し抜くことはできない。たとえ、ミクトランであろうと――
そう宣言したのは彼女自身であった。
「ふふ……アハハ……!」
ハロルドは笑う。
まんまと出し抜かれているではないか。稀代の科学者ハロルド・ベルセリオスともあろうものが!
うっかりミクトランのお膳立てに乗るところだった。
(私としたことが。復讐するにしたって、殺すぐらいじゃ生ぬるいってもんなのよ、実際)
凶悪な形相でハロルドは天を仰ぐ。
盗聴しているストーカー男が、ついに彼女が狂ったものとみなしてくれるなら好都合だった。
(――さて)
周囲を確認して近くの茂みに腰を落ち着けてから、ハロルドは地図を広げた。
基本方針は変わらない。
F7森林部に向かい、罠をしかける。しばらくはマーダー…つまり殺し合いに乗ったふりをして、単独行動をとる。
しかし、マグニスとバルバトスをすぐさま罠にかけて殺すような真似はしない。
罠の発動は、最後の最後。
生存者の安全を確保した上で、彼女の華麗な罠で共倒れになってもらう。
(おびきよせる方法も『声』のおかげで思いついたことだし)
『アレ』をうまく利用すればいい。
使い方によってはミクトランすら出し抜けるかもしれない。
首輪と同じだ。状況を監視せざるを得ない主催者、その裏を突くことができれば――。
唯一気がかりな点は、最悪の場合起こるであろうシースリの村での大量虐殺だった。
カイルやスタン、ミントの顔が思い浮かぶ。
お人よしの彼らはシースリの村に向かうだろうか?
知らず知らずハロルドの表情は沈む。そう簡単には死なないことを祈るしかなかった。
どちらにせよ状況を確認するため、いずれはハロルド自身もシースリの村に向かう必要があるだろう。
次に。
ハロルドは首筋をなでて、冷たい感触に顔をしかめた。
かねてからの優先事項だった首輪の調査。これも即急に進めたいところだった。
さすがに己の首輪で試すつもりはない。
だが、この首輪の能力を考えれば、他人――死者のものであろうが、簡単に「データ採取完了」できるとも思えない。
なにぶん盗聴されているおそれがあるのだから。
しかし、これについての対処法も考えがないわけではない。
演技するのだ。ミクトランまでもだますほど巧妙に。
ただ、役者ではないので、できるだけ御免こうむりたい方法ではあった。
周囲を確認して近くの茂みに腰を落ち着けてから、ハロルドは地図を広げた。
基本方針は変わらない。
F7森林部に向かい、罠をしかける。しばらくはマーダー…つまり殺し合いに乗ったふりをして、単独行動をとる。
しかし、マグニスとバルバトスをすぐさま罠にかけて殺すような真似はしない。
罠の発動は、最後の最後。
生存者の安全を確保した上で、彼女の華麗な罠で共倒れになってもらう。
(おびきよせる方法も『声』のおかげで思いついたことだし)
『アレ』をうまく利用すればいい。
使い方によってはミクトランすら出し抜けるかもしれない。
首輪と同じだ。状況を監視せざるを得ない主催者、その裏を突くことができれば――。
唯一気がかりな点は、最悪の場合起こるであろうシースリの村での大量虐殺だった。
カイルやスタン、ミントの顔が思い浮かぶ。
お人よしの彼らはシースリの村に向かうだろうか?
知らず知らずハロルドの表情は沈む。そう簡単には死なないことを祈るしかなかった。
どちらにせよ状況を確認するため、いずれはハロルド自身もシースリの村に向かう必要があるだろう。
次に。
ハロルドは首筋をなでて、冷たい感触に顔をしかめた。
かねてからの優先事項だった首輪の調査。これも即急に進めたいところだった。
さすがに己の首輪で試すつもりはない。
だが、この首輪の能力を考えれば、他人――死者のものであろうが、簡単に「データ採取完了」できるとも思えない。
なにぶん盗聴されているおそれがあるのだから。
しかし、これについての対処法も考えがないわけではない。
演技するのだ。ミクトランまでもだますほど巧妙に。
ただ、役者ではないので、できるだけ御免こうむりたい方法ではあった。
(まったく…)
ハロルドは暗く笑う。
マグニスにバルバトス。罠に、シースリの村に、首輪。
仲間も助手も下僕もいないのに、何故こうもやることが山積みなのだろう。
イクシフォスラーとはいかないまでも、もう少し便利な移動手段があればいいのに…。
もっとも、ないものねだりをしても仕方がない。
天才は天才であるがゆえに休む暇もないのだから。
(ま、ひとつひとつ消化していくかっ)
地図をしまいこむとハロルドは立ち上がり、東に向かって歩き始めた。
ハロルドは暗く笑う。
マグニスにバルバトス。罠に、シースリの村に、首輪。
仲間も助手も下僕もいないのに、何故こうもやることが山積みなのだろう。
イクシフォスラーとはいかないまでも、もう少し便利な移動手段があればいいのに…。
もっとも、ないものねだりをしても仕方がない。
天才は天才であるがゆえに休む暇もないのだから。
(ま、ひとつひとつ消化していくかっ)
地図をしまいこむとハロルドは立ち上がり、東に向かって歩き始めた。
――彼女はやがて、進行方向からもうもうと立ちのぼる漆黒の煙を目撃することになる。
【ハロルド 生存確認】
状態:全身に軽い火傷 擦り傷 冷徹な復讐心
所持品:短剣 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) 釣り糸
現在位置:G3平原
基本行動方針:迂闊なことは言わない 単独行動(たとえ仲間に出会ってもマーダーの振りをして追い払う)
第一行動方針:F7の森林地帯に移動して状況を把握、その後罠を仕掛ける
第二行動方針:首輪のことを調べる
第三行動方針:C3地点の動向を探る
第四行動方針:マーダー(マグニスたち)の始末
状態:全身に軽い火傷 擦り傷 冷徹な復讐心
所持品:短剣 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) 釣り糸
現在位置:G3平原
基本行動方針:迂闊なことは言わない 単独行動(たとえ仲間に出会ってもマーダーの振りをして追い払う)
第一行動方針:F7の森林地帯に移動して状況を把握、その後罠を仕掛ける
第二行動方針:首輪のことを調べる
第三行動方針:C3地点の動向を探る
第四行動方針:マーダー(マグニスたち)の始末