ニクシミの刃、イツクシミの引き金
ユアンのまぶたの裏に、火花が散った。
叩き込まれたシャーリィの…もはやエクスフィギュアという枠からもはみ出てしまったような、畏怖なる存在の…巌のような正拳が、ユアンの鳩尾に入った。
もはや自力で立っていることさえ困難なユアンは、しかしその頭部をシャーリィの左手にに鷲掴みにされ、強引に立ち上がらされていた。
次の瞬間、シャーリィの右手が空を裂き、ユアンを殴りつけたのだ。
背部の岩壁に叩き付けられ、もはや血とも息ともつかぬものを肺から吐きながらユアンは苦悶する。背後の岩壁はその衝撃で、粉々になっていた。
左足は恐らく完全に砕けている。内臓も何ヶ所か破裂しているだろう。肋骨は、もはや無事に持ちこたえている本数の方が少ない。
エクスフィアの力を用いて全身の痛覚を強引に遮断していなければ、出血を押さえ込んでいなければ、ユアンはとうの昔に動けなくなっていただろう。
霞みそうになる目を何とか瞠り、「それ」を見るユアン。
シャーリィの左手から、もう1つの武器が繰り出されていた。彼女が幽幻の暗殺者から殺して奪った、小ぶりの剣。
赤と青の二つの月を背後に小剣を生やした左手を振りかざすその様は、
まさにかの星辰の彼方より来たりし、混沌の神々のもたらすとされる永劫の悪夢そのもの。
ユアンはほとんど、本能的に体を横に転がした。半瞬遅れて、シャーリィの小剣が…あと一撃でも受ければ確実に命を奪われる暴威が、ユアンの体のすぐ隣の地面に突き立つ。
一撃一撃に、本物の殺意が乗っている。ほんの少し触れただけでも嘔吐しそうな、濃密な憎悪がその剣に宿っている。
今頃姉を失い、壮絶な憤怒に駆られているであろう彼の仲間、ミトスでさえ、これほどまでの…人間離れした圧倒的な憎悪を、剣に乗せる事が出来るだろうか。
おまけに。
彼女の胸に埋め込まれたエクスフィアを、ユアンは先ほど目に納めた。納めてしまった。
もともとハーフエルフであり夜目の利くユアンは、彼女をこんな異形の存在たらしめる宝珠を、見てしまっていたのだ。
エクスフィアの表面に走る、ひび割れが広がり行くその様を。
(これ以上…こいつは強くなるというのか!?)
その様相は、ユアンの脳裏に最悪のシナリオを書かしめていた。
(奴の装備するエクスフィアは、更なる進化を…ハイエクスフィアへの進化を果たそうとしているのか!?)
レネゲイドの諜報部隊から、ユアンもある程度はクルシスの研究レポートを横流ししてもらい、目を通してはいる。
ユアンが今思い出していたのは、その中でも特に、エクスフィアの進化に関する記述であった。
本来エクスフィアは、ビー玉より少し大きいくらいの、青い球体の結晶である。
だが、「栽培」の手法を工夫すれば、エクスフィアは赤い菱形の結晶に…クルシスの輝石に進化するケースがごくまれにあるのだ。
ユアンが見たその研究の記述と、今この畏怖すべき存在の胸元で起こっているエクスフィアの変化は、不気味なほどに一致している。
無論、この変化は単に、エクスフィアがこの怪物の力の奔流に耐え切れず、砕けようとしているのだという解釈も不可能ではない。
だが、クラトスもマーテルも、そして実質上ミトスも…全ての昔の仲間を失ってしまった今のユアンには、とてもそんな呑気な楽観は出来ない。
叩き込まれたシャーリィの…もはやエクスフィギュアという枠からもはみ出てしまったような、畏怖なる存在の…巌のような正拳が、ユアンの鳩尾に入った。
もはや自力で立っていることさえ困難なユアンは、しかしその頭部をシャーリィの左手にに鷲掴みにされ、強引に立ち上がらされていた。
次の瞬間、シャーリィの右手が空を裂き、ユアンを殴りつけたのだ。
背部の岩壁に叩き付けられ、もはや血とも息ともつかぬものを肺から吐きながらユアンは苦悶する。背後の岩壁はその衝撃で、粉々になっていた。
左足は恐らく完全に砕けている。内臓も何ヶ所か破裂しているだろう。肋骨は、もはや無事に持ちこたえている本数の方が少ない。
エクスフィアの力を用いて全身の痛覚を強引に遮断していなければ、出血を押さえ込んでいなければ、ユアンはとうの昔に動けなくなっていただろう。
霞みそうになる目を何とか瞠り、「それ」を見るユアン。
シャーリィの左手から、もう1つの武器が繰り出されていた。彼女が幽幻の暗殺者から殺して奪った、小ぶりの剣。
赤と青の二つの月を背後に小剣を生やした左手を振りかざすその様は、
まさにかの星辰の彼方より来たりし、混沌の神々のもたらすとされる永劫の悪夢そのもの。
ユアンはほとんど、本能的に体を横に転がした。半瞬遅れて、シャーリィの小剣が…あと一撃でも受ければ確実に命を奪われる暴威が、ユアンの体のすぐ隣の地面に突き立つ。
一撃一撃に、本物の殺意が乗っている。ほんの少し触れただけでも嘔吐しそうな、濃密な憎悪がその剣に宿っている。
今頃姉を失い、壮絶な憤怒に駆られているであろう彼の仲間、ミトスでさえ、これほどまでの…人間離れした圧倒的な憎悪を、剣に乗せる事が出来るだろうか。
おまけに。
彼女の胸に埋め込まれたエクスフィアを、ユアンは先ほど目に納めた。納めてしまった。
もともとハーフエルフであり夜目の利くユアンは、彼女をこんな異形の存在たらしめる宝珠を、見てしまっていたのだ。
エクスフィアの表面に走る、ひび割れが広がり行くその様を。
(これ以上…こいつは強くなるというのか!?)
その様相は、ユアンの脳裏に最悪のシナリオを書かしめていた。
(奴の装備するエクスフィアは、更なる進化を…ハイエクスフィアへの進化を果たそうとしているのか!?)
レネゲイドの諜報部隊から、ユアンもある程度はクルシスの研究レポートを横流ししてもらい、目を通してはいる。
ユアンが今思い出していたのは、その中でも特に、エクスフィアの進化に関する記述であった。
本来エクスフィアは、ビー玉より少し大きいくらいの、青い球体の結晶である。
だが、「栽培」の手法を工夫すれば、エクスフィアは赤い菱形の結晶に…クルシスの輝石に進化するケースがごくまれにあるのだ。
ユアンが見たその研究の記述と、今この畏怖すべき存在の胸元で起こっているエクスフィアの変化は、不気味なほどに一致している。
無論、この変化は単に、エクスフィアがこの怪物の力の奔流に耐え切れず、砕けようとしているのだという解釈も不可能ではない。
だが、クラトスもマーテルも、そして実質上ミトスも…全ての昔の仲間を失ってしまった今のユアンには、とてもそんな呑気な楽観は出来ない。
力の入らない筋肉を叱咤激励して、砕けた左足を強引に引きずって、ユアンは立ち上がる。バックステップで、怪物との間合いを取る。
ユアンはこの怪物を相手に、自分が今打てる手を考えられる限り想定してみた。だが、どれも結果は同じ。
このエクスフィギュアの桁外れの生命力を、削り切る事は出来ない。傷付いたこの身を引きずって、逃げ出すこともかなわない。
詰み。完全に八方ふさがり。万策尽きている。
何度脳裏でシミュレーションを試してみても、導出される結果は同じ。
自分は、この怪物を倒せない。自分は、この怪物に殺される。
今はまだ、エクスフィアによる痛覚遮断と止血が効いている。
だが、エクスフィアに供給する魔力は体内から引き出している以上、痛みと出血を抑えておける時間にも、限界がある。
その時訪れる激痛と大出血によるショックで、冥府に旅立つのが先か。はたまたこのエクスフィギュアの凶手にかかって死ぬか。
ユアンに与えられた選択肢は、その二択だった。
ユアンは構えつつ、グリッドが、プリムラが、カトリーヌが、身を潜める岩陰を一瞥した。
他の漆黒の翼の面子は、あれから動いていない。…否、動けないのだ。
この怪物の放つ、悪魔じみた圧倒的な殺気…それすら通り越した「殺意」でもって、足が釘付けにされている。
もとより彼ら彼女らは、戦慣れしていない一般人。これほどの手合いとまみえて、足が凍りついたとしても、誰が非難出来ようか。
4000年の時の間に、数え切れないほどの死地を潜り抜けたユアンでさえ、恐怖を禁じえないのに、である。
それは死への恐怖というよりは、この怪物の存在そのものへの恐怖であることを、ユアンは何となく頭の片隅で自己分析していた。
岩陰に飛び込み、すかさず術式を組み立て始めるユアン。魔術「スパークウェブ」の詠唱を開始する。
(たとえもう、私に選べる道は死のみしかないとしても…!!)
このまま犬死になどしてたまるか。
ユアンの目は…瞳に宿った光は、たとえ死地に立たされようと、挫けない闘志に燃えていた。
仮にも、彼はクルシスの四大天使の一角にさえ数えられる男。古代大戦を終結させた英雄の一人に列せられるにも恥じぬ、不壊の気概の持ち主。
何とか隙を見て、徐々に完成させつつある「スパークウェブ」の術式。あと一息の詠唱で、これは完成する!
(私の渾身の魔術を…あの化け物のエクスフィアに叩き込んでやる!)
ユアンはこの怪物を相手に、自分が今打てる手を考えられる限り想定してみた。だが、どれも結果は同じ。
このエクスフィギュアの桁外れの生命力を、削り切る事は出来ない。傷付いたこの身を引きずって、逃げ出すこともかなわない。
詰み。完全に八方ふさがり。万策尽きている。
何度脳裏でシミュレーションを試してみても、導出される結果は同じ。
自分は、この怪物を倒せない。自分は、この怪物に殺される。
今はまだ、エクスフィアによる痛覚遮断と止血が効いている。
だが、エクスフィアに供給する魔力は体内から引き出している以上、痛みと出血を抑えておける時間にも、限界がある。
その時訪れる激痛と大出血によるショックで、冥府に旅立つのが先か。はたまたこのエクスフィギュアの凶手にかかって死ぬか。
ユアンに与えられた選択肢は、その二択だった。
ユアンは構えつつ、グリッドが、プリムラが、カトリーヌが、身を潜める岩陰を一瞥した。
他の漆黒の翼の面子は、あれから動いていない。…否、動けないのだ。
この怪物の放つ、悪魔じみた圧倒的な殺気…それすら通り越した「殺意」でもって、足が釘付けにされている。
もとより彼ら彼女らは、戦慣れしていない一般人。これほどの手合いとまみえて、足が凍りついたとしても、誰が非難出来ようか。
4000年の時の間に、数え切れないほどの死地を潜り抜けたユアンでさえ、恐怖を禁じえないのに、である。
それは死への恐怖というよりは、この怪物の存在そのものへの恐怖であることを、ユアンは何となく頭の片隅で自己分析していた。
岩陰に飛び込み、すかさず術式を組み立て始めるユアン。魔術「スパークウェブ」の詠唱を開始する。
(たとえもう、私に選べる道は死のみしかないとしても…!!)
このまま犬死になどしてたまるか。
ユアンの目は…瞳に宿った光は、たとえ死地に立たされようと、挫けない闘志に燃えていた。
仮にも、彼はクルシスの四大天使の一角にさえ数えられる男。古代大戦を終結させた英雄の一人に列せられるにも恥じぬ、不壊の気概の持ち主。
何とか隙を見て、徐々に完成させつつある「スパークウェブ」の術式。あと一息の詠唱で、これは完成する!
(私の渾身の魔術を…あの化け物のエクスフィアに叩き込んでやる!)
それこそが、ユアンの目論見。あの怪物に報いるための、決死の一矢。
本来、要の紋のないエクスフィアの毒に冒された人間は、
そのエクスフィアを強引に引き剥がされることで体内のマナのバランスを崩し、エクスフィギュアという怪物になる。
あのエクスフィギュアも、もとは人間であったはず。
エクスフィアも脱落していない状態で、何故エクスフィギュアになってしまったか、ユアンには見当も付かない。
だが、もしあのエクスフィアが、クルシスの研究報告にもないような役割を果たしているとすれば。
エクスフィアを破壊することで、あの怪物の息の根を止めることが出来るかも知れない。
そこまで行かなくとも、弱体化を期待することは出来るかも知れない。
ユアンの手持ちのチップを…命というチップを支払う覚悟が出来れば、その賭けに乗ることは出来る。
賭けに勝てるか勝てないか。それは分からない。
だが、このまま勝負を降りれば、あとは自分に残された選択肢は犬死にのみ。ならば、賭けには乗らない手はないだろう。
ユアンが今構築している「スパークウェブ」は、通常のものとは違う。
術式を即興でアレンジして、射程を犠牲にした代わりに極限まで魔力を凝縮できる、特製のものだ。
これを零距離で、あの怪物のエクスフィアに叩き込む。
エクスフィアの破壊自体はそうそう困難なものではないが、あの怪物の肉体に、エクスフィアを防護する仕組みがないとは言い切れない。
ならば、蟻一匹を殺すのにも全力を用いる、くらいの気構えで臨む。エクスフィアを百回粉みじんに砕いても、まだ余裕があるくらいの破壊力を叩き込む。
もしエクスフィアの内部に、本当にクルシスの輝石が育っているのならば、今や卵の殻であるエクスフィアも、中で育つ雛である輝石も、まとめて砕く。
さもなければ…もし殻であるエクスフィアのみを破壊してしまったら。
それは卵の殻を割り、生まれようとしている輝石という名の雛の誕生を、かえって手助けしてしまうという最悪の事態になってしまう。
そんな後顧の憂いなきよう、全力を込める。どの道、ユアンはこの一度きりしか、運命のサイコロを振ることは出来ないのだ。
ユアンの右手に、まばゆく輝く雷球が発生する。子供の頭ほどの大きさもない、小さな雷球。
だが、この雷球に込められた破壊力は、「インディグネイション」をも上回る。
ユアンの隠れる岩陰が、粉みじんに吹き飛ばされる。怪物は赤と青の月を双肩に担い、ユアンを睥睨して仁王立ちする。
もはや言うことをろくに聞かない体。だが、ユアンの目に宿る闘志は、怪物の殺意さえをも圧さんばかりに激しく燃え上がっていた。
ざっ、と砂煙を足元から吹かせ、畏怖なる存在を睨みつけるユアン。
月を背に浮かぶその影は、まさに悪夢の世界から直接出向いてきたかのような、おぞましいまでの悪しき存在感を放っている。
だが、ユアンは顔を背けはしない。古代戦争終結の旅路で、並の人間なら見ただけで発狂しかねないような、恐ろしい魔物も多く見てきた。
今回も、それと同じ。違うのは、かつての仲間を失い、代わりに得た弱き仲間を守るために、ここにいるということ。
ユアンは何かを握り込んでいた左手を大きく振るい、怪物の頭部を狙いそれを投げつける。
ユアンが牽制代わりに投げた石つぶてが、人と魔との殺陣の皮切りとなった。
テルクェスの青白い雨が、再び夜闇を微塵切りにした。
青髪の男の雷球が、夜闇を焼く残像を残し、男ごと動き始めた。
本来、要の紋のないエクスフィアの毒に冒された人間は、
そのエクスフィアを強引に引き剥がされることで体内のマナのバランスを崩し、エクスフィギュアという怪物になる。
あのエクスフィギュアも、もとは人間であったはず。
エクスフィアも脱落していない状態で、何故エクスフィギュアになってしまったか、ユアンには見当も付かない。
だが、もしあのエクスフィアが、クルシスの研究報告にもないような役割を果たしているとすれば。
エクスフィアを破壊することで、あの怪物の息の根を止めることが出来るかも知れない。
そこまで行かなくとも、弱体化を期待することは出来るかも知れない。
ユアンの手持ちのチップを…命というチップを支払う覚悟が出来れば、その賭けに乗ることは出来る。
賭けに勝てるか勝てないか。それは分からない。
だが、このまま勝負を降りれば、あとは自分に残された選択肢は犬死にのみ。ならば、賭けには乗らない手はないだろう。
ユアンが今構築している「スパークウェブ」は、通常のものとは違う。
術式を即興でアレンジして、射程を犠牲にした代わりに極限まで魔力を凝縮できる、特製のものだ。
これを零距離で、あの怪物のエクスフィアに叩き込む。
エクスフィアの破壊自体はそうそう困難なものではないが、あの怪物の肉体に、エクスフィアを防護する仕組みがないとは言い切れない。
ならば、蟻一匹を殺すのにも全力を用いる、くらいの気構えで臨む。エクスフィアを百回粉みじんに砕いても、まだ余裕があるくらいの破壊力を叩き込む。
もしエクスフィアの内部に、本当にクルシスの輝石が育っているのならば、今や卵の殻であるエクスフィアも、中で育つ雛である輝石も、まとめて砕く。
さもなければ…もし殻であるエクスフィアのみを破壊してしまったら。
それは卵の殻を割り、生まれようとしている輝石という名の雛の誕生を、かえって手助けしてしまうという最悪の事態になってしまう。
そんな後顧の憂いなきよう、全力を込める。どの道、ユアンはこの一度きりしか、運命のサイコロを振ることは出来ないのだ。
ユアンの右手に、まばゆく輝く雷球が発生する。子供の頭ほどの大きさもない、小さな雷球。
だが、この雷球に込められた破壊力は、「インディグネイション」をも上回る。
ユアンの隠れる岩陰が、粉みじんに吹き飛ばされる。怪物は赤と青の月を双肩に担い、ユアンを睥睨して仁王立ちする。
もはや言うことをろくに聞かない体。だが、ユアンの目に宿る闘志は、怪物の殺意さえをも圧さんばかりに激しく燃え上がっていた。
ざっ、と砂煙を足元から吹かせ、畏怖なる存在を睨みつけるユアン。
月を背に浮かぶその影は、まさに悪夢の世界から直接出向いてきたかのような、おぞましいまでの悪しき存在感を放っている。
だが、ユアンは顔を背けはしない。古代戦争終結の旅路で、並の人間なら見ただけで発狂しかねないような、恐ろしい魔物も多く見てきた。
今回も、それと同じ。違うのは、かつての仲間を失い、代わりに得た弱き仲間を守るために、ここにいるということ。
ユアンは何かを握り込んでいた左手を大きく振るい、怪物の頭部を狙いそれを投げつける。
ユアンが牽制代わりに投げた石つぶてが、人と魔との殺陣の皮切りとなった。
テルクェスの青白い雨が、再び夜闇を微塵切りにした。
青髪の男の雷球が、夜闇を焼く残像を残し、男ごと動き始めた。
「クィッキ…クィ?」(…本当に、やるつもりなんだな…トーマの旦那?)
ユアンがシャーリィの前で、大立ち回りを演じるその影で。
岩壁からは一匹のポットラビッチヌスと、そして牛のガジュマが顔を覗かせていた。
「…ここまで来たんだ。今更止めるなんて、冗談じゃねえ」
トーマ。クィッキー。1人と一匹の執拗な追跡は、とうとう実を結んだのだ。
「クィッキィ…クィイ…」(…分かりきったことだけどな。オレはあんたを止められねえ。止めるだけ無駄なのは、分かってる)
「今なら絶好のチャンスじゃねえか。確実に、ミミーのカタキをブチ殺す…な」
そう。正体は分からないが、ミミーを結果的に死に追いやった憎い敵の1人は、謎の怪物と交戦している。
向こうは気付いていないようだが、怪物と青髪の男の戦う広場を囲う岩壁の、外側には2人の女がいる。ミミーを殺した連中の一味。
怪物の放つ凄絶な闘気。そして、怪物の戦闘力。
怪物が一同の注意の九分九厘を引きつけてくれているお陰で、他の敵からはまるで隙だらけなのだ。
特に、岩壁の外側の女のうち、気の弱そうな方の女は、余りの惨状に耐えかねて、先ほどから何度も嘔吐を繰り返している。
トーマの目撃したもう1人は見かけていない。
だが、この近くに隠れているなら後でフォルスで炙り出せばいい。一人だけ逃げていたのなら、島の隅々まで探して、殺せばいいだけのこと。
まさに天の賜いし好機。これを逃す手はない。トーマは左手にフォルスを集中させ、それを自らの立つ地面のすぐ脇に付ける。
余りの強力さに、肉眼でも視認できるほどの濃密な磁界がトーマの左手に発生する。その左手には、間もなく地面から吸い寄せられた黒い砂が集まっていく。
磁石で遊んだことのある人間ならば、この黒い砂の正体は容易に察することが出来るであろう。そう。砂鉄である。
トーマにとってはありがたいことに、この山はどうやら火山性の岩石から成っているらしく、地面からは砂鉄が十分回収できる。
これがただの石灰岩質の山であれば、目も当てられなかっただろう。
とにもかくにも、トーマは地面から吸い寄せた砂鉄を手の内に握り込み、左手ごと砂鉄をメガグランチャーの砲口に突っ込む。
メガグランチャーの内部で、トーマは一旦磁のフォルスを切った。これで、メガグランチャーの砲口内部は、砂鉄で満たされたことになる。
準備完了。トーマはメガグランチャーの砲口から砂鉄がこぼれないよう、磁のフォルスで固定しながら、その砲身を持ち上げた。
これを手に入れてから、もうしばらく経つ。実戦で使ってみた経験も後押ししてくれて、トーマはすっかり照準の使い方にもなれていた。
照門のくぼみに、照星の出っ張りを重ねる。ハンドガードを左手で、グリップを右手で、ストックを厚い胸板で支持する。
ユアンがシャーリィの前で、大立ち回りを演じるその影で。
岩壁からは一匹のポットラビッチヌスと、そして牛のガジュマが顔を覗かせていた。
「…ここまで来たんだ。今更止めるなんて、冗談じゃねえ」
トーマ。クィッキー。1人と一匹の執拗な追跡は、とうとう実を結んだのだ。
「クィッキィ…クィイ…」(…分かりきったことだけどな。オレはあんたを止められねえ。止めるだけ無駄なのは、分かってる)
「今なら絶好のチャンスじゃねえか。確実に、ミミーのカタキをブチ殺す…な」
そう。正体は分からないが、ミミーを結果的に死に追いやった憎い敵の1人は、謎の怪物と交戦している。
向こうは気付いていないようだが、怪物と青髪の男の戦う広場を囲う岩壁の、外側には2人の女がいる。ミミーを殺した連中の一味。
怪物の放つ凄絶な闘気。そして、怪物の戦闘力。
怪物が一同の注意の九分九厘を引きつけてくれているお陰で、他の敵からはまるで隙だらけなのだ。
特に、岩壁の外側の女のうち、気の弱そうな方の女は、余りの惨状に耐えかねて、先ほどから何度も嘔吐を繰り返している。
トーマの目撃したもう1人は見かけていない。
だが、この近くに隠れているなら後でフォルスで炙り出せばいい。一人だけ逃げていたのなら、島の隅々まで探して、殺せばいいだけのこと。
まさに天の賜いし好機。これを逃す手はない。トーマは左手にフォルスを集中させ、それを自らの立つ地面のすぐ脇に付ける。
余りの強力さに、肉眼でも視認できるほどの濃密な磁界がトーマの左手に発生する。その左手には、間もなく地面から吸い寄せられた黒い砂が集まっていく。
磁石で遊んだことのある人間ならば、この黒い砂の正体は容易に察することが出来るであろう。そう。砂鉄である。
トーマにとってはありがたいことに、この山はどうやら火山性の岩石から成っているらしく、地面からは砂鉄が十分回収できる。
これがただの石灰岩質の山であれば、目も当てられなかっただろう。
とにもかくにも、トーマは地面から吸い寄せた砂鉄を手の内に握り込み、左手ごと砂鉄をメガグランチャーの砲口に突っ込む。
メガグランチャーの内部で、トーマは一旦磁のフォルスを切った。これで、メガグランチャーの砲口内部は、砂鉄で満たされたことになる。
準備完了。トーマはメガグランチャーの砲口から砂鉄がこぼれないよう、磁のフォルスで固定しながら、その砲身を持ち上げた。
これを手に入れてから、もうしばらく経つ。実戦で使ってみた経験も後押ししてくれて、トーマはすっかり照準の使い方にもなれていた。
照門のくぼみに、照星の出っ張りを重ねる。ハンドガードを左手で、グリップを右手で、ストックを厚い胸板で支持する。
照準良好。ロックオン。目標は、まずあの2人の女。
この一射を放てば、脆弱なヒューマの女の体など三呼吸分の時間も持つまい。
拡散気味にこれを放てば、ほくほくと湯気を上げる二つの人肉シチューが、まとめて一丁上がりである。
トーマの放とうとしている一射。この一射は、いつぞや彼の同僚であった四星、ワルトゥの酒飲み話に聞かされた「雷磁砲」の原理を応用しているのだ。
かつてカレギア王国には、ガジュマの操れるフォルスの力を応用した、フォルス兵器の開発計画が立ち上がっていた。
その時の候補の1つにに挙げられていたのが、「雷磁砲」である。
雷磁砲の原理は以下の通り。
かいつまんで言えば、雷のフォルスと磁のフォルスを操れる人員が、砲身の周囲に強力な磁界と電界を発生させる。
これにより、砲身内部に込められた鉄製の砲弾を超高速で射出し、目標を攻撃するという大火力の兵器である。
無論、その後のカレギア王国の様相を見れば、この雷磁砲計画が頓挫したことは言うまでもない。
だが、ワルトゥの酒飲み話を、不真面目にとは言え聞いておいてよかった。
トーマは心中でそう1人ごちていた。
ありがたいことに、このメガグランチャーには、若干とは言え乱雑なトーマのフォルスの流れを制御・増幅してくれる作用がある。
更にトーマの胸に揺れる首飾りは、イクストリーム。防御力を犠牲に、攻撃力を大幅に高める装飾品。
そして防御力が落ちるという副作用は、足につけたペルシャブーツが打ち消してくれている。
死角なし。この一撃で、決まる。砲身に詰めた砂鉄は、通常の砲弾に比べれば遥かに小さいが、それすら今回はありがたい。
この際放たれる弾丸…すなわち砂鉄は無数にあるから、ある程度フォルスの作用で拡散させれば、一射でまとめて2人を巻き込めるのだ。
ワルトゥの話が正しければ、後はトーマがメガグランチャーの引き金を引けば、砲身からは音の速度さえ越える超高速で砂鉄が発射される。
発射された砂鉄は空気との摩擦で高温になり、一筋の熱線が放たれる。
噛み砕いて言えば、この雷磁砲の直撃を受けるのは、灼熱した鉄製の荒いやすりで、全身をめちゃくちゃにこすられるようなもの。
こんなものを受ければ、「ほくほくと湯気を上げる人肉シチュー」が出来るのも無理からぬところか。
そして、それはあと数秒で、現実の光景となる。
「さて…覚悟しやがれ、ヒューマ風情が」
「クィクィッキー…」(やるならせめて、苦しまずに死んでくれることを祈るぜ)
人差し指を、握り込むトーマ。
「まずは…てめえら2人からだ!」
「クィ…ククィッ…」(…連中はどう言いつくろっても、ミミー姐さんが死ぬ原因を作ったわけだしな。…悲しいが、こうなるのが現実か…)
即席の雷磁砲と化したメガグランチャーに、磁力の光が宿った。
この一射を放てば、脆弱なヒューマの女の体など三呼吸分の時間も持つまい。
拡散気味にこれを放てば、ほくほくと湯気を上げる二つの人肉シチューが、まとめて一丁上がりである。
トーマの放とうとしている一射。この一射は、いつぞや彼の同僚であった四星、ワルトゥの酒飲み話に聞かされた「雷磁砲」の原理を応用しているのだ。
かつてカレギア王国には、ガジュマの操れるフォルスの力を応用した、フォルス兵器の開発計画が立ち上がっていた。
その時の候補の1つにに挙げられていたのが、「雷磁砲」である。
雷磁砲の原理は以下の通り。
かいつまんで言えば、雷のフォルスと磁のフォルスを操れる人員が、砲身の周囲に強力な磁界と電界を発生させる。
これにより、砲身内部に込められた鉄製の砲弾を超高速で射出し、目標を攻撃するという大火力の兵器である。
無論、その後のカレギア王国の様相を見れば、この雷磁砲計画が頓挫したことは言うまでもない。
だが、ワルトゥの酒飲み話を、不真面目にとは言え聞いておいてよかった。
トーマは心中でそう1人ごちていた。
ありがたいことに、このメガグランチャーには、若干とは言え乱雑なトーマのフォルスの流れを制御・増幅してくれる作用がある。
更にトーマの胸に揺れる首飾りは、イクストリーム。防御力を犠牲に、攻撃力を大幅に高める装飾品。
そして防御力が落ちるという副作用は、足につけたペルシャブーツが打ち消してくれている。
死角なし。この一撃で、決まる。砲身に詰めた砂鉄は、通常の砲弾に比べれば遥かに小さいが、それすら今回はありがたい。
この際放たれる弾丸…すなわち砂鉄は無数にあるから、ある程度フォルスの作用で拡散させれば、一射でまとめて2人を巻き込めるのだ。
ワルトゥの話が正しければ、後はトーマがメガグランチャーの引き金を引けば、砲身からは音の速度さえ越える超高速で砂鉄が発射される。
発射された砂鉄は空気との摩擦で高温になり、一筋の熱線が放たれる。
噛み砕いて言えば、この雷磁砲の直撃を受けるのは、灼熱した鉄製の荒いやすりで、全身をめちゃくちゃにこすられるようなもの。
こんなものを受ければ、「ほくほくと湯気を上げる人肉シチュー」が出来るのも無理からぬところか。
そして、それはあと数秒で、現実の光景となる。
「さて…覚悟しやがれ、ヒューマ風情が」
「クィクィッキー…」(やるならせめて、苦しまずに死んでくれることを祈るぜ)
人差し指を、握り込むトーマ。
「まずは…てめえら2人からだ!」
「クィ…ククィッ…」(…連中はどう言いつくろっても、ミミー姐さんが死ぬ原因を作ったわけだしな。…悲しいが、こうなるのが現実か…)
即席の雷磁砲と化したメガグランチャーに、磁力の光が宿った。
だが、次の瞬間。
青髪の男が異形の怪物に…ユアンがシャーリィの平手をしたたか受け、跳ね飛ばされる。鉄板で張り倒されるような衝撃に、ユアンの体は宙を舞っていた。
びくっ!
その光景に、何故かトーマは引き金を離してしまった。せっかく合わせた照準も、台無しになってしまう。
何故だ。
トーマは自分の体が示した不可解な反応に、思わず荒い声を出しそうになる。
だが、せっかくの獲物に気付かれては、こんなまたとない好機をふいにする事を思い出し、ぎりぎりでそれをこらえた。
「クィッキィ?」(ど…どうしたんだ、トーマの旦那?)
「…………くそ」
トーマは毒づく。気を取り直して、もう一度ロックオン。2人のヒューマを狙い、引き金を…!
引けない。引けなかった。わずかに指を引き込むだけの、簡単な操作。赤子の手を捻るよりも簡単な動作。
何故、それが出来ない。
相手はヒューマだ。所詮ただ小ざかしい屁理屈でもってガジュマをやり過ごそうとする、小ずるいだけの弱い種族だ。
今まで立ってきた多くの戦場の中で、ガジュマもヒューマも問わず、ヒトならさんざん殺してきた。
今更人殺しに禁忌を覚える気持ちなど、トーマには欠片も残っていない。
ましてやこれから殺すのは、常日頃見下しているヒューマ。ためらういわれが、どこにあるのだ。
もう一度。ロックオン。フォルスを砲身に充填。発射…!
(もう止めるパン! 牛さん!)
三度、トーマの一射は阻まれた。今度は、声すら脳裏に響くような、強烈な制止。
見れば、あの少女が…首輪に頭部を吹き飛ばされ死んだはずのミミー・ブレッドが…引き金にかかるトーマの右手を、必死に押さえている。
(…そんな馬鹿なわけがあるか!)
トーマは目をしばたたかせ、首をぶんぶんと振る。幻だ。彼女は死んだ。こんなこと、ありえるはずはない。
果たして、それは幻であった。トーマが再びメガグランチャーを見たときには、その幻影は消えていた。
青髪の男が異形の怪物に…ユアンがシャーリィの平手をしたたか受け、跳ね飛ばされる。鉄板で張り倒されるような衝撃に、ユアンの体は宙を舞っていた。
びくっ!
その光景に、何故かトーマは引き金を離してしまった。せっかく合わせた照準も、台無しになってしまう。
何故だ。
トーマは自分の体が示した不可解な反応に、思わず荒い声を出しそうになる。
だが、せっかくの獲物に気付かれては、こんなまたとない好機をふいにする事を思い出し、ぎりぎりでそれをこらえた。
「クィッキィ?」(ど…どうしたんだ、トーマの旦那?)
「…………くそ」
トーマは毒づく。気を取り直して、もう一度ロックオン。2人のヒューマを狙い、引き金を…!
引けない。引けなかった。わずかに指を引き込むだけの、簡単な操作。赤子の手を捻るよりも簡単な動作。
何故、それが出来ない。
相手はヒューマだ。所詮ただ小ざかしい屁理屈でもってガジュマをやり過ごそうとする、小ずるいだけの弱い種族だ。
今まで立ってきた多くの戦場の中で、ガジュマもヒューマも問わず、ヒトならさんざん殺してきた。
今更人殺しに禁忌を覚える気持ちなど、トーマには欠片も残っていない。
ましてやこれから殺すのは、常日頃見下しているヒューマ。ためらういわれが、どこにあるのだ。
もう一度。ロックオン。フォルスを砲身に充填。発射…!
(もう止めるパン! 牛さん!)
三度、トーマの一射は阻まれた。今度は、声すら脳裏に響くような、強烈な制止。
見れば、あの少女が…首輪に頭部を吹き飛ばされ死んだはずのミミー・ブレッドが…引き金にかかるトーマの右手を、必死に押さえている。
(…そんな馬鹿なわけがあるか!)
トーマは目をしばたたかせ、首をぶんぶんと振る。幻だ。彼女は死んだ。こんなこと、ありえるはずはない。
果たして、それは幻であった。トーマが再びメガグランチャーを見たときには、その幻影は消えていた。
だが、それと共に消えたものが、トーマには1つ。
あんなに燃えていた激情が、消えている。違う。まるで胸の中に水をぶちまけられたかのように、激情の炎がその身を縮こまらせている。
ぽっかりと、胸に穴が開く。今まで激情に満たされていた心が、突然空虚になる。がらんどうになる。
突然生まれた心の真空に、トーマは耐え切れずに身をよじった。
なぜ、引き金を引くのを止めた。ここは戦場だ。甘っちょろい博愛意識や思いやりなど、無力な戦場だ。
ましてや、向こうはミミーを殺した憎い敵。殺し返せ。やられたなら、やり返せ。戦場にも立たずして、綺麗事をほざく馬鹿どもの言葉には耳を貸すな。
殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!
トーマは胸中で叫んだ。だが、仮にも王の盾の…四星の一角に数えられる自分が、何と情けないことか。
こんな風に自分を叱咤する羽目になるとは。これではまるで、初陣を飾る新兵だ。
自分がこんな風に新兵達を叱咤したことこそあれ、まさかその叱咤の言葉を自分に向ける羽目になるとは。
そして更に情けないことには、そうしてでまでもう一度芽生えさせた殺意が、その芽を伸ばし切れないこと。
トーマの殺意は、トーマの心にあるもう1つの感情が、覆いをしてしまっている。トーマはついぞ名前を知ることのなかった、その感情により。
この島にやってきてから、宿った感情。昔、母の胎内に宿っていた頃に、母の腹に置き忘れてしまった感情。
かの聖獣王ゲオルギアスでさえ手を焼いた悪しき存在、ユリスを生み出すほどに深い、ヒトの心の闇。
だが、同じくユリスの闇を焼き払う光も、ヒトの心に同じく同居している。トーマの殺意を抑える感情は、まさにそのヒトの心に宿る光。
あの少女に…ヒューマの少女、ミミーがトーマに遺した光は、トーマの胸にしっかと宿っていたのだ。
本来ガジュマという種族が存在しない世界からやって来ても…
たとえガジュマを見たことがなくとも、怯えるどころか同じヒトとして、もてなしのパンを振る舞うという行為により、トーマに宿った感情。
彼女の無垢な想いに触れることにより、育ってきた光。その無垢な想いの持ち主の命は今や砕かれ、1人のガジュマは憎悪という闇に沈んでいた。
だが、そのガジュマはその闇に沈もうにも、その心地よい光を手放し、殺意と狂気に身を任せるという選択肢を、素直には受け入れられない。
だからこそ、光と闇の狭間で、彼は苦しんでいる。苦しんでいるのだ。
あんなに燃えていた激情が、消えている。違う。まるで胸の中に水をぶちまけられたかのように、激情の炎がその身を縮こまらせている。
ぽっかりと、胸に穴が開く。今まで激情に満たされていた心が、突然空虚になる。がらんどうになる。
突然生まれた心の真空に、トーマは耐え切れずに身をよじった。
なぜ、引き金を引くのを止めた。ここは戦場だ。甘っちょろい博愛意識や思いやりなど、無力な戦場だ。
ましてや、向こうはミミーを殺した憎い敵。殺し返せ。やられたなら、やり返せ。戦場にも立たずして、綺麗事をほざく馬鹿どもの言葉には耳を貸すな。
殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!
トーマは胸中で叫んだ。だが、仮にも王の盾の…四星の一角に数えられる自分が、何と情けないことか。
こんな風に自分を叱咤する羽目になるとは。これではまるで、初陣を飾る新兵だ。
自分がこんな風に新兵達を叱咤したことこそあれ、まさかその叱咤の言葉を自分に向ける羽目になるとは。
そして更に情けないことには、そうしてでまでもう一度芽生えさせた殺意が、その芽を伸ばし切れないこと。
トーマの殺意は、トーマの心にあるもう1つの感情が、覆いをしてしまっている。トーマはついぞ名前を知ることのなかった、その感情により。
この島にやってきてから、宿った感情。昔、母の胎内に宿っていた頃に、母の腹に置き忘れてしまった感情。
かの聖獣王ゲオルギアスでさえ手を焼いた悪しき存在、ユリスを生み出すほどに深い、ヒトの心の闇。
だが、同じくユリスの闇を焼き払う光も、ヒトの心に同じく同居している。トーマの殺意を抑える感情は、まさにそのヒトの心に宿る光。
あの少女に…ヒューマの少女、ミミーがトーマに遺した光は、トーマの胸にしっかと宿っていたのだ。
本来ガジュマという種族が存在しない世界からやって来ても…
たとえガジュマを見たことがなくとも、怯えるどころか同じヒトとして、もてなしのパンを振る舞うという行為により、トーマに宿った感情。
彼女の無垢な想いに触れることにより、育ってきた光。その無垢な想いの持ち主の命は今や砕かれ、1人のガジュマは憎悪という闇に沈んでいた。
だが、そのガジュマはその闇に沈もうにも、その心地よい光を手放し、殺意と狂気に身を任せるという選択肢を、素直には受け入れられない。
だからこそ、光と闇の狭間で、彼は苦しんでいる。苦しんでいるのだ。
見れば、あの怪物はもう、青髪の男を土壇場にまで追いやっている。
紙一重、間一髪。あと少しほどの余裕もないくらいの崖っぷちの所で、粘っている。
右手に宿らせた雷の球を守りながら。怪物の右手から放たれる青白い光の雨に身を刻まれ。左手から繰り出される小剣に、全身を裂かれ。
男は今、絶叫を上げて小剣を受けた。何かが宙を舞った。
男の左手。怪物の剣に、とうとう男は自らの左手さえをも盾にせねばならないほど、状況が切迫していたのだ。
堰を切ったように、男の左手の断面から血が吹き出る。先ほどまで嘔吐を繰り返していた女は、余りの刺激に失神してしまったようだ。
もう1人の、まだ気を確かに保っている女の方がその身を支えにかかるが、彼女も精神の限界が近いだろう。
「クィ…クィイィ…」(ひでえ…いくらなんでも、あれはむご過ぎるぜ)
「…………」
あんな怪物の振るうニクシミの刃を、自分もまた振るおうとしていたのか。トーマは、思わず口内で歯を食いしばった。
ヒトの負の感情を集めることで生まれる存在、ユリス。カレギア王国の重臣にしか閲覧を許可されない王国の書庫内で、トーマも記述だけは見たことがある。
トーマはユリスの存在など、はっきり言っておとぎ話としか思えなかった。
ヒトの悪意の集大成として生まれる怪物など、馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。
だが、今ならユリスなるモノの存在を信じてもいいかもしれない。あの怪物の発する憎しみや殺意は、狂人すら放ちえない怒涛としてトーマに届いてる。
ユリスとやらは、ひょっとしたらあれを指しているのかも知れない。トーマは愚かしいと分かりながらも、そんな推測をせずにはいられなかった。
無論、ミミーの敵がどれほど非業の死を遂げようと、トーマの流す涙は一滴もない。むしろ、自分の手を汚さずして死んでくれるなら、気持ちいいくらいだ。
だが。あの怪物に連中が殺されるところを、ここから高見の見物としゃれ込むなど出来ようものか?
トーマの心に光を与えたあの少女なら、泣いてトーマに懇願していただろう。
あの人を助けてくれと。自分ひとりの力じゃかなわないから、力を貸してくれと。人が死ぬところなんて、見たくないと。
それに何より、自らの傍らに今でもミミーがいたならば、自分は動いていただろう。あの少女に、凄惨な殺し合いなど見せまいと。
その時。
紙一重、間一髪。あと少しほどの余裕もないくらいの崖っぷちの所で、粘っている。
右手に宿らせた雷の球を守りながら。怪物の右手から放たれる青白い光の雨に身を刻まれ。左手から繰り出される小剣に、全身を裂かれ。
男は今、絶叫を上げて小剣を受けた。何かが宙を舞った。
男の左手。怪物の剣に、とうとう男は自らの左手さえをも盾にせねばならないほど、状況が切迫していたのだ。
堰を切ったように、男の左手の断面から血が吹き出る。先ほどまで嘔吐を繰り返していた女は、余りの刺激に失神してしまったようだ。
もう1人の、まだ気を確かに保っている女の方がその身を支えにかかるが、彼女も精神の限界が近いだろう。
「クィ…クィイィ…」(ひでえ…いくらなんでも、あれはむご過ぎるぜ)
「…………」
あんな怪物の振るうニクシミの刃を、自分もまた振るおうとしていたのか。トーマは、思わず口内で歯を食いしばった。
ヒトの負の感情を集めることで生まれる存在、ユリス。カレギア王国の重臣にしか閲覧を許可されない王国の書庫内で、トーマも記述だけは見たことがある。
トーマはユリスの存在など、はっきり言っておとぎ話としか思えなかった。
ヒトの悪意の集大成として生まれる怪物など、馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。
だが、今ならユリスなるモノの存在を信じてもいいかもしれない。あの怪物の発する憎しみや殺意は、狂人すら放ちえない怒涛としてトーマに届いてる。
ユリスとやらは、ひょっとしたらあれを指しているのかも知れない。トーマは愚かしいと分かりながらも、そんな推測をせずにはいられなかった。
無論、ミミーの敵がどれほど非業の死を遂げようと、トーマの流す涙は一滴もない。むしろ、自分の手を汚さずして死んでくれるなら、気持ちいいくらいだ。
だが。あの怪物に連中が殺されるところを、ここから高見の見物としゃれ込むなど出来ようものか?
トーマの心に光を与えたあの少女なら、泣いてトーマに懇願していただろう。
あの人を助けてくれと。自分ひとりの力じゃかなわないから、力を貸してくれと。人が死ぬところなんて、見たくないと。
それに何より、自らの傍らに今でもミミーがいたならば、自分は動いていただろう。あの少女に、凄惨な殺し合いなど見せまいと。
その時。
ずぶっ、という音がトーマの耳にさえ届いたかのように思えるような、恐るべき光景が目の前に展開された。
青髪の男が、岩壁に縫い止められた。
怪物の左手の剣が、ユアンのどてっ腹を穿ち抜き、背にまで抜ける。
それでも怪物は満足しなかったのか、左手を繰り出した勢いそのままに、剣の切っ先をユアンの背後の岩壁に突き刺したのだ。
コルクの板に、ピンで留められた昆虫の標本。不謹慎ながら、トーマはそんなイメージを思い浮かべてしまった。
詰み。これで終わり。青髪の男はあと数秒で、命を奪われる。怪物の右手に、青白い光が宿った。
テルクェスの雨が降り注ぐ、直前の一瞬。
トーマは、激しい思いに身を駆られた。
直前の半瞬。
やれるのは、自分だけ。自分だけしかいない。
直前の四半瞬。
トーマは強く歯を食いしばりながら、メガグランチャーを構えた。あの少女の声が、自分を突き動かしているかのようだ。
直前の八半瞬。
ロックオン。あとほんのわずかな時間で、引き金は引かれる。雷磁砲の熱線でなければ、もう間に合わない。
テルクェスの初弾が、ユアンに降り注ぐその瞬間。
トーマのメガグランチャーは、磁のフォルスをまとった無数の砂鉄を吐き出した。たちまちのうちに、砂鉄は空気との摩擦で、高温を帯びる。
風よりも。矢よりも。そして、音よりも。雷磁砲の熱線は速く、そして疾く。
数十歩もの距離を一瞬…それを通り越して一刹那で飛び、エクスフィギュアの肌を焼き払う。
エクスフィギュアの口元から、凄惨な悲鳴が上がった。
青髪の男が、岩壁に縫い止められた。
怪物の左手の剣が、ユアンのどてっ腹を穿ち抜き、背にまで抜ける。
それでも怪物は満足しなかったのか、左手を繰り出した勢いそのままに、剣の切っ先をユアンの背後の岩壁に突き刺したのだ。
コルクの板に、ピンで留められた昆虫の標本。不謹慎ながら、トーマはそんなイメージを思い浮かべてしまった。
詰み。これで終わり。青髪の男はあと数秒で、命を奪われる。怪物の右手に、青白い光が宿った。
テルクェスの雨が降り注ぐ、直前の一瞬。
トーマは、激しい思いに身を駆られた。
直前の半瞬。
やれるのは、自分だけ。自分だけしかいない。
直前の四半瞬。
トーマは強く歯を食いしばりながら、メガグランチャーを構えた。あの少女の声が、自分を突き動かしているかのようだ。
直前の八半瞬。
ロックオン。あとほんのわずかな時間で、引き金は引かれる。雷磁砲の熱線でなければ、もう間に合わない。
テルクェスの初弾が、ユアンに降り注ぐその瞬間。
トーマのメガグランチャーは、磁のフォルスをまとった無数の砂鉄を吐き出した。たちまちのうちに、砂鉄は空気との摩擦で、高温を帯びる。
風よりも。矢よりも。そして、音よりも。雷磁砲の熱線は速く、そして疾く。
数十歩もの距離を一瞬…それを通り越して一刹那で飛び、エクスフィギュアの肌を焼き払う。
エクスフィギュアの口元から、凄惨な悲鳴が上がった。
岩壁に縫い止められたユアンは、死を覚悟していた。
この怪物の膂力で持って岩壁に縫いとめられれば、たとえ万全の状態であっても、力勝負で脱出は出来なかっただろう。
全身の出血を抑えておける制限時間も、どのみちあと十数秒で尽きていたところだ。
「スパークウェブ」のために振り絞った魔力を還元して時間を延ばしても、無駄なあがきに過ぎない。
この位置からでは、とてもあの怪物の胸元に、「スパークウェブ」を叩き込むことは出来ないだろう。
怪物の腕のリーチが圧倒的過ぎて、ここからでは腕に叩き込むのが限度。なら、いっそのこと、せめて一太刀を報いるか。
怪物が右手を振り上げた。デリス・カーラーンの警護用ロボットに装備されている、マシンガンという武器。
この怪物はどういうわけだか、そこから魔力の弾丸を放てるらしい。
そこから、次の瞬間魔力の弾丸が降り注ぐ。全身をズタズタに引き裂かれ、自分は倒れるのだ。
クラトス。マーテル。2人のところに、私も旅立つのか。
ユアンが思った、そのときだった。
「WOGAAAARRRRR!!!」
怪物が、突然苦悶した。怪物の背後で、突然光が弾けた。その拍子に、突き立てていた剣が抜ける。再び、自由を取り戻す。
ということは。
ユアンはまだ、賭けに勝てる。勝てる可能性があるということだ。
怪物が苦しみ出した理由の詮索は、後回し。エクスフィアによる止血と痛覚遮断は、まだ効いている。
あと数秒。数秒あれば怪物の間合いに入り込める。そして、ユアンに残された時間は、それで十分だった。
左手を切り飛ばされ。左足を砕かれ。残った右足に、ユアンは全力を込めた。
残された魔力を、「スパークウェブ」の雷球をぶつけるその瞬間に、きっちり使い切るよう計算して、エクスフィアで筋力を増強。
恐らくは、これが人生で自分の踏む、最後の一歩。ユアンはその一歩に全力を込め、地面を蹴った。
宙を舞うユアン。一瞬とは言え隙を見せた怪物の胸元が、一気に目の前に迫る。
残った右手をかざし、睨みつけるは、彼女の胸のエクスフィア。
右手の雷球と、エクスフィア。二者を遮る物は、ただ虚空ばかりであった。
怪物はようやく衝撃から目覚めたらしい。だが、ユアンがこうまで間合いを詰めれば、もはや防御の手立てはない。
クライマックスモードを発動させようにも、精神の集中が間に合わない!
(これで…決めてやる!!)
ユアンの「スパークウェブ」が、シャーリィの胸のエクスフィアに到達したのは、その次の一刹那であった。
この怪物の膂力で持って岩壁に縫いとめられれば、たとえ万全の状態であっても、力勝負で脱出は出来なかっただろう。
全身の出血を抑えておける制限時間も、どのみちあと十数秒で尽きていたところだ。
「スパークウェブ」のために振り絞った魔力を還元して時間を延ばしても、無駄なあがきに過ぎない。
この位置からでは、とてもあの怪物の胸元に、「スパークウェブ」を叩き込むことは出来ないだろう。
怪物の腕のリーチが圧倒的過ぎて、ここからでは腕に叩き込むのが限度。なら、いっそのこと、せめて一太刀を報いるか。
怪物が右手を振り上げた。デリス・カーラーンの警護用ロボットに装備されている、マシンガンという武器。
この怪物はどういうわけだか、そこから魔力の弾丸を放てるらしい。
そこから、次の瞬間魔力の弾丸が降り注ぐ。全身をズタズタに引き裂かれ、自分は倒れるのだ。
クラトス。マーテル。2人のところに、私も旅立つのか。
ユアンが思った、そのときだった。
「WOGAAAARRRRR!!!」
怪物が、突然苦悶した。怪物の背後で、突然光が弾けた。その拍子に、突き立てていた剣が抜ける。再び、自由を取り戻す。
ということは。
ユアンはまだ、賭けに勝てる。勝てる可能性があるということだ。
怪物が苦しみ出した理由の詮索は、後回し。エクスフィアによる止血と痛覚遮断は、まだ効いている。
あと数秒。数秒あれば怪物の間合いに入り込める。そして、ユアンに残された時間は、それで十分だった。
左手を切り飛ばされ。左足を砕かれ。残った右足に、ユアンは全力を込めた。
残された魔力を、「スパークウェブ」の雷球をぶつけるその瞬間に、きっちり使い切るよう計算して、エクスフィアで筋力を増強。
恐らくは、これが人生で自分の踏む、最後の一歩。ユアンはその一歩に全力を込め、地面を蹴った。
宙を舞うユアン。一瞬とは言え隙を見せた怪物の胸元が、一気に目の前に迫る。
残った右手をかざし、睨みつけるは、彼女の胸のエクスフィア。
右手の雷球と、エクスフィア。二者を遮る物は、ただ虚空ばかりであった。
怪物はようやく衝撃から目覚めたらしい。だが、ユアンがこうまで間合いを詰めれば、もはや防御の手立てはない。
クライマックスモードを発動させようにも、精神の集中が間に合わない!
(これで…決めてやる!!)
ユアンの「スパークウェブ」が、シャーリィの胸のエクスフィアに到達したのは、その次の一刹那であった。
「うおおおおぉぉぉっ!!!」
炸裂。
ユアンの命を込めた雷撃の網は、本来広がるべきはずの魔力を、エクスフィアの存在する空間の周囲のみにとどめさせ、全破壊力をそこで激発させる。
「AAAAAAAHHHHHH!!!」
雷電は形あるものを全て焼き払い、抉り取り、消滅させる。シャーリィの身に付けたエクスフィアも、その例外ではなかった。
怪物の雄叫びに混じり、ユアンの右手にはその手ごたえが伝わる。
ぱきぃん。
エクスフィアを、砕く手ごたえが。ユアンの立てた作戦は、成功したのだ。
この一撃が、エクスフィアごと内部のクルシスの輝石を砕いたか。はたまた、エクスフィアという、殻のみを砕いて終わったか。
そればかりは、分からない。だが、ユアン自身がその賭けの勝負の結果を知ることが出来ないとは、何たる皮肉か。
エクスフィアの止血作用が切れた。たちまちあふれ出す、ユアンの全身の血液。
激痛を感じる間もなく、ユアンは死の闇に沈もうとしていた。
炸裂。
ユアンの命を込めた雷撃の網は、本来広がるべきはずの魔力を、エクスフィアの存在する空間の周囲のみにとどめさせ、全破壊力をそこで激発させる。
「AAAAAAAHHHHHH!!!」
雷電は形あるものを全て焼き払い、抉り取り、消滅させる。シャーリィの身に付けたエクスフィアも、その例外ではなかった。
怪物の雄叫びに混じり、ユアンの右手にはその手ごたえが伝わる。
ぱきぃん。
エクスフィアを、砕く手ごたえが。ユアンの立てた作戦は、成功したのだ。
この一撃が、エクスフィアごと内部のクルシスの輝石を砕いたか。はたまた、エクスフィアという、殻のみを砕いて終わったか。
そればかりは、分からない。だが、ユアン自身がその賭けの勝負の結果を知ることが出来ないとは、何たる皮肉か。
エクスフィアの止血作用が切れた。たちまちあふれ出す、ユアンの全身の血液。
激痛を感じる間もなく、ユアンは死の闇に沈もうとしていた。
雷磁砲を放ったトーマは、荒い息をついていた。
「ハア…ハア…ハア…ハア……」
「ククィッ! ククィッ!」(旦那…土壇場で、どうして?)
フォルスを用いたことによる疲れではない。この程度で尽きてしまうほど、トーマのフォルスは弱くはない。
混乱。悔悟。決意。自責。覚悟。トーマの心には、多くの感情が浮かんでは消え、彼の心を引っ掻き回す。
認めない。認められない。まさか自分が、ミミーの敵の命を、救ってしまっていたなど。
雷磁砲の一射は、本当はあのヒューマの女2人組に浴びせるはずだったのに。
血迷った。自分は、血迷ったか。なぜ、敵の命を救った!?
胸中穏やかならざるトーマ。それでも、雷磁砲の一射には、乱れがなかった。熱線は、過たずに怪物の背を焼き払った。
フォルスの力は、心の力。心に迷いある者に、存分に使いこなすことは出来ない力。
だが雷磁砲の熱線は、シャーリィの背に正確無比に突き刺さっていた。それは、1つの事実を示していた。
トーマは、あの一瞬…本当に一瞬限りでも、あのヒューマを救いたいと、心の底から願っていたということを。
トーマは認めないかもしれない。ヒューマごときに…その中でもよりにもよって、ミミーの敵のヒューマを助けてしまったのだ。
くそっ、とトーマは短く毒づきながらも、すかさず雷磁砲の次弾となる砂鉄を地面から集める。
メガグランチャーの砲口にそれを詰め、磁力でこぼれないように保持。トーマは、戦いの輪の中に駆け寄った。
殺す順番が変わっただけだ。トーマはそう自分に言い聞かせる。
どうせ脆弱なヒューマごとき…ましてや嘔吐や失神を起こすような、戦い慣れしていない連中なぞ、殺そうと思えばいつでも殺せる。
それならば、後回しでも構うまい。どの道このゲームに勝ってミミーを生き返らせるためには、残る全員を殺さねばならないのだから。
ありがたいことに、あの怪物は青髪の男の最期のフォルスの一撃で、ダメージを負っている。
あんな殺すのに手間取りそうな相手だ。畳み掛けるなら今しかない!
無論、この判断は戦士のものとしては正しかろう。だが、冷徹な戦士の頭脳からその断を下したのであれば、トーマが今、左手に持つそれの説明が付くまい。
ライフボトル。ミミーが遺してくれた、貴重な回復の薬。たとえ瀕死の人間でも、これを飲ませればたちまちのうちに息を吹き返す。
右手にメガグランチャー。左手にライフボトル。巨躯を揺らして、トーマは駆ける。
「クィッキー!!」(旦那、あの男を助けるのか!!)
トーマの道具袋に潜りながら、今や彼の物言わぬ相棒となった、一匹のポットラビッチヌスは、一声だけ鳴いた。
ニクシミの刃を振るう怪物を止めるために。1人のガジュマはこうして、イツクシミの引き金を引いた。
ミミー・ブレッドがトーマに遺した光は、今確かに、このゲームの闇の中に、輝いているのだ。
「ハア…ハア…ハア…ハア……」
「ククィッ! ククィッ!」(旦那…土壇場で、どうして?)
フォルスを用いたことによる疲れではない。この程度で尽きてしまうほど、トーマのフォルスは弱くはない。
混乱。悔悟。決意。自責。覚悟。トーマの心には、多くの感情が浮かんでは消え、彼の心を引っ掻き回す。
認めない。認められない。まさか自分が、ミミーの敵の命を、救ってしまっていたなど。
雷磁砲の一射は、本当はあのヒューマの女2人組に浴びせるはずだったのに。
血迷った。自分は、血迷ったか。なぜ、敵の命を救った!?
胸中穏やかならざるトーマ。それでも、雷磁砲の一射には、乱れがなかった。熱線は、過たずに怪物の背を焼き払った。
フォルスの力は、心の力。心に迷いある者に、存分に使いこなすことは出来ない力。
だが雷磁砲の熱線は、シャーリィの背に正確無比に突き刺さっていた。それは、1つの事実を示していた。
トーマは、あの一瞬…本当に一瞬限りでも、あのヒューマを救いたいと、心の底から願っていたということを。
トーマは認めないかもしれない。ヒューマごときに…その中でもよりにもよって、ミミーの敵のヒューマを助けてしまったのだ。
くそっ、とトーマは短く毒づきながらも、すかさず雷磁砲の次弾となる砂鉄を地面から集める。
メガグランチャーの砲口にそれを詰め、磁力でこぼれないように保持。トーマは、戦いの輪の中に駆け寄った。
殺す順番が変わっただけだ。トーマはそう自分に言い聞かせる。
どうせ脆弱なヒューマごとき…ましてや嘔吐や失神を起こすような、戦い慣れしていない連中なぞ、殺そうと思えばいつでも殺せる。
それならば、後回しでも構うまい。どの道このゲームに勝ってミミーを生き返らせるためには、残る全員を殺さねばならないのだから。
ありがたいことに、あの怪物は青髪の男の最期のフォルスの一撃で、ダメージを負っている。
あんな殺すのに手間取りそうな相手だ。畳み掛けるなら今しかない!
無論、この判断は戦士のものとしては正しかろう。だが、冷徹な戦士の頭脳からその断を下したのであれば、トーマが今、左手に持つそれの説明が付くまい。
ライフボトル。ミミーが遺してくれた、貴重な回復の薬。たとえ瀕死の人間でも、これを飲ませればたちまちのうちに息を吹き返す。
右手にメガグランチャー。左手にライフボトル。巨躯を揺らして、トーマは駆ける。
「クィッキー!!」(旦那、あの男を助けるのか!!)
トーマの道具袋に潜りながら、今や彼の物言わぬ相棒となった、一匹のポットラビッチヌスは、一声だけ鳴いた。
ニクシミの刃を振るう怪物を止めるために。1人のガジュマはこうして、イツクシミの引き金を引いた。
ミミー・ブレッドがトーマに遺した光は、今確かに、このゲームの闇の中に、輝いているのだ。
【グリッド 生存確認】
状態:右肩に銃創、出血
所持品:セイファートキー 、マジックミスト、占いの本
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動。
第一行動方針:漆黒の翼全員でこの場を脱出
現在地:D5の山岳地帯
状態:右肩に銃創、出血
所持品:セイファートキー 、マジックミスト、占いの本
基本行動方針:生き延びる。 漆黒の翼のリーダーとして行動。
第一行動方針:漆黒の翼全員でこの場を脱出
現在地:D5の山岳地帯
【プリムラ・ロッソ 生存確認】
状態:右ふくらはぎに銃創、出血、失神寸前
所持品:ソーサラーリング、ナイトメアブーツ
基本行動方針:仲間と共に脱出。ミクトランを磔にして島流し決定。
第一行動方針:ユアン達を助ける
第二行動方針:この場を脱する
現在地:D5の山岳地帯
状態:右ふくらはぎに銃創、出血、失神寸前
所持品:ソーサラーリング、ナイトメアブーツ
基本行動方針:仲間と共に脱出。ミクトランを磔にして島流し決定。
第一行動方針:ユアン達を助ける
第二行動方針:この場を脱する
現在地:D5の山岳地帯
【カトリーヌ 生存確認】
状態:失神
所持品:ジェットブーツ、C・ケイジ
基本行動方針:帰りたい。生き延びる。
第一行動方針:死なないようにする
第二行動方針:ユアン達を助ける
第三行動方針:この場を脱する
現在地:D5の山岳地帯
状態:失神
所持品:ジェットブーツ、C・ケイジ
基本行動方針:帰りたい。生き延びる。
第一行動方針:死なないようにする
第二行動方針:ユアン達を助ける
第三行動方針:この場を脱する
現在地:D5の山岳地帯
【ユアン 生存確認?】
状態:HP0%、仮死状態(腹部に風穴、内臓破裂、大出血、左腕損失、右胸に銃創、左足複雑骨折)、TP0%
所持品:フェアリィリング
基本行動方針:仲間と共に脱出。ミクトランを信用していない。
第一行動方針:グリッド達を生き残らせる
現在地:D5の山岳地帯
※なお、ユアンをあえて仮死状態にしたのは、トーマがライフボトルを持っているため。
現時点から数分以内にライフボトルを与えられれば蘇生可能
状態:HP0%、仮死状態(腹部に風穴、内臓破裂、大出血、左腕損失、右胸に銃創、左足複雑骨折)、TP0%
所持品:フェアリィリング
基本行動方針:仲間と共に脱出。ミクトランを信用していない。
第一行動方針:グリッド達を生き残らせる
現在地:D5の山岳地帯
※なお、ユアンをあえて仮死状態にしたのは、トーマがライフボトルを持っているため。
現時点から数分以内にライフボトルを与えられれば蘇生可能
【シャーリィ・フェンネス 生存確認】
所持品:UZI SMG(30連マガジン残り2つ) ショートソード(体内に取り込んでいる)
要の紋なしエクスフィア(完全に破壊されたか、ハイエクスフィアに進化したかは不明)
状態:エクスフィギュア化 TP35%消費 HP残り85%(背中と胸に火傷)
基本行動方針:憎悪のままに殺戮を行う
第一行動方針:4人組を殺害
第二行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない)
現在地:D5の山岳地帯
所持品:UZI SMG(30連マガジン残り2つ) ショートソード(体内に取り込んでいる)
要の紋なしエクスフィア(完全に破壊されたか、ハイエクスフィアに進化したかは不明)
状態:エクスフィギュア化 TP35%消費 HP残り85%(背中と胸に火傷)
基本行動方針:憎悪のままに殺戮を行う
第一行動方針:4人組を殺害
第二行動方針:セネルとの再会(手段は一切選ばない)
現在地:D5の山岳地帯
【トーマ 生存確認】
状態:右肩に擦り傷(軽傷) 軽い火傷 TP残り75% 激しい動揺と決意
所持品:ミスティブルーム、ロープ数本、メガグランチャー(内部に砂鉄を詰めている。雷磁砲を発射可能)、ライフボトル
ウィングパック×2 イクストリーム 金のフライパン マジカルポーチ ペルシャブーツ
基本行動方針:ミミーを蘇らせる
第一行動方針:ひとまず殺すのに手間取りそうな、目の前の怪物から殺す
第二行動方針:激しく葛藤しながらも、ミミーのくれた優しさに従おうとしている
D5の山岳地帯
状態:右肩に擦り傷(軽傷) 軽い火傷 TP残り75% 激しい動揺と決意
所持品:ミスティブルーム、ロープ数本、メガグランチャー(内部に砂鉄を詰めている。雷磁砲を発射可能)、ライフボトル
ウィングパック×2 イクストリーム 金のフライパン マジカルポーチ ペルシャブーツ
基本行動方針:ミミーを蘇らせる
第一行動方針:ひとまず殺すのに手間取りそうな、目の前の怪物から殺す
第二行動方針:激しく葛藤しながらも、ミミーのくれた優しさに従おうとしている
D5の山岳地帯
クィッキー
状態:驚愕と歓喜
第一行動方針:トーマについていく
状態:驚愕と歓喜
第一行動方針:トーマについていく