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  • 憎悪の海のその果てに

テイルズオブバトルロワイアル@wiki

憎悪の海のその果てに

最終更新:2019年10月13日 18:33

匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集

憎悪の海のその果てに


ロイド・アーヴィングは、ひたすらに草原を駆けていた。
東へ、ただ東を目指して。
先ほどから、鼓動することを忘れてしまった左胸が、痛い。
痛覚神経がロイドに「痛い」と伝えている……そんなわけでは、もちろんありえない。
魂。ロイドの魂そのものが、痛みを感じている。
さながら、常闇の国にしか生えないとされる、漆黒の茨で雁字搦めにされるような、不吉な痛み。
その痛みは、秒単位で鋭さを増している。一歩地面を踏みしめるごとに、茨に生えた棘が伸びているかのごとく。
速く。もっと速く!
ロイドはこの体に許された最大速度で、猛烈な疾駆を見せる。
どれほど激しく体を動かそうと、決して息切れしない喉。
全速力で走り続けても、痺れやだるさを覚えない脚。
このときばかりは、ロイドも生身でない自身の体に感謝した。
そもそも呼吸という動作そのものを行わなくて済む。
そもそも筋肉は、疲れのたまらない仕組みになっている。
心臓も激しく鼓動を起こすどころか、すでに鼓動を停止している。心臓自体が、最初から不要。
ロイドはすでに、生身であれば遥か昔に息切れを起こしていたであろうほどの速度で、距離で、それでも脚を止めない。
クラトスに話を聞いたところによると、天使は通常の生命としての代謝活動が完全に停止している代わりに、
周囲に存在するマナを取り込み、それを食料や水に代わる活力の源として利用しているという。
なるほど、これならばミトスが天使という存在を、クルシスの作ったヒエラルキーの上位に置くのも頷ける。
食事も、水も要らない。
疲れを知らない。眠らない。
呼吸もしないから、好きなだけ水の中にも潜っていられる。
人間である以前に生き物であるロイドは、違和感をどうしても拭えないが、その事実だけは認めざるを得ない。
無機生命体の肉体は、この「バトル・ロワイアル」のような戦いの中では、強力なアドバンテージとなることを。
ロイドがまともな生命体であるがゆえの違和感さえ我慢すれば、これはそれほどまでに強力な力なのだ。
つい先ほどまで遥か彼方に見えていたはずの雪原は、今やロイドの瞳の中で壮大なパノラマと化していた。
この辺りから、いよいよ戦域。
ロイドは、今やかすかな鈍痛しか覚えない右手に、左手を添えた。
右手の4本の指は木刀を握り、そして小指のみを立てて要の紋に近づける。
ロイドは、小指だけでEXジェムの嵌まる台座を弾き、回転させた。
EXスキル「パーソナル」を解除。
代わって発動する複合EXスキル、「スカイキャンセル」。
ロイドの背に光で編まれた巨翼が、更に、更に大きく開かれる。ロイドの体から、青い光が流れ込む。
(よし……上手くできる!)
ロイドは義父ダイクに鍛えられた指先に感謝した。それなくして、ロイドの発想は実現し得なかっただろう。
すなわち、本来なら戦闘しながらは不可能な、EXスキルを組み替えながらの戦闘。
それも、小指でEXジェムを弾くという、神業にも近い操作方法で。
(この戦いで、こいつを試してやる!)
あの金髪の殺人鬼を倒すために。時の魔剣を奪い返しに行くために。
無論、ロイド自身はそのことなど百も承知。
戦闘中にEXジェムを操作し、EXスキルを変化させるなど本来はあってはならない愚考であるということは。
EXスキルを変化させるための操作は、余りにも隙が大き過ぎる。無防備な姿を、わざわざ敵に晒すようなもの。
よしんばその隙を縫えたとしても、EXスキルを変化させた際の、身体感覚の変化は、強敵との戦いなら命取り。
少し考えれば分かることであろう。
例えばEXスキル「ストレングス」を切り、代わりに他のEXスキルを発動させたとき。
それまでエクスフィアで施された筋力強化が切れれば、たちまち武器を振るう際の手応えも変化する。
それまでに比べ、武器が重く感じられる。
この際の急激な手応えの変化が、剣のバランスを崩す。それが、致命の隙に繋がりかねない。
これらゆえに本来、戦闘しながらのEXスキルの切り替えは行ってはならないのだ。
エクスフィアに幼少の頃から慣れ親しんだロイドには、ほとんどこれは本能のレベルで刷り込まれている。
その常識をあえて崩す。あえてこのような愚行に、挑む。



(このぐらいの無茶を通せなきゃ……無茶を通せなきゃ……!)
到底、あの男に勝つことなどかなうまい。クレス・アルベインを下すことなど。
現状でロイドがクレスに挑み、勝てる可能性は、ゼロ。
先ほどまでやっていたイメージトレーニングの中で、その事実は嫌というほど思い知らされている。
ならば、パワーでもなく、スピードでもなく、テクニックでもなく、経験の差でもなく、時空剣士としての才でもなく。
唯一クレスに対し勝っている要素、エクスフィアの存在に、わずかな勝利の可能性を託す以外、手はない。
これで得られる1%の勝機を、2%へ、3%へ、そして5%へ、10%へ。
剃刀のようにか細い勝利への糸口を、何としてでもこじ開ける。
そのために、下策も同然の、奇策以外の何物でもない戦闘時のエクスフィア操作を、ロイドは敢行する。
現在この島に生き残っている6人のマーダー……
その内の4人は確実に、力の絶対量が飛びぬけている。ロイド自身や仲間達に比べ、頭一つも二つも。
小兵が巨兵を倒すなら、小細工や側面攻撃や搦め手に、望みを賭けるほかないのだ。
世界再生の道中、しいなから聞かされたミズホの里の昔話に語られる、かのオーガ殺しの一寸法師のように。
脱力感。
エクスフィアによる強化が解けた健脚に、いきなりおもりを吊るされたような感覚がロイドを襲う。
代わって得たものは、わずか一蹴りで空の彼方に飛び上がれそうなほどの、軽やかな感覚。
この急激な感覚のずれにも慣れなければ。
ロイドは己に言い聞かせ、即座に索敵にかかる。
エクスフィアで強化された両の瞳が、雪原を舐める。
今だ完全には晴れやらぬ濃霧のカーテンの隙間から、じわりと人影がにじみ出る。
敵影! 距離にして、およそロイドの歩幅100歩弱!
ロイドはわずか数瞬で、その影の正体を見破る。
ロイドは双刀を構え、深く腰を落とした。その走りを、一時のみ止める。
ロイドは深く息を吸い込んだ。無論呼吸という動作など、肺が機能を停止した今や無駄以外の何物でもない。
だが、深呼吸という動作を行った方が、ロイドにとっては自然に感じられるのだ。
全力を込めるための予備動作として、これほどぴったりのものはない。
「はぁぁぁぁぁ……ッ!」
足や腰はもちろん、全身の筋に力を蓄え、マナをみなぎらせる。
背の翼も、これ以上ないというくらいに大きく、大きく開く。光から成る、猛禽の翼。
この翼で空を飛ぶことはかなわずとも、それでもロイドは翼に目一杯の風を孕む。
「はッ!」
短く声を吐き出したロイドは、その右足で地面を強打した。
左足が草原の草を踏みつける。
右足が土を踏みにじる。
距離にして、およそ十歩弱。
助走を取ったロイドは、刹那。
全筋力を右足に集中させ、旅立つ。
ほんの僅かの間、空へ。
雲が迫る。ロイドの眼前に。
そしてロイドが跳躍の最高点に達したと感じた瞬間。
ロイドは闘気を足の下で練り固め、本来ならば出来ないはずの、更なる跳躍を見せ付ける。
腰を軸にして、宙返りの構え。
足を折りたたみ、代わりに二本の木刀を突き出す。
こうして出来たのは、空を舞う天使の大車輪。
全力で疾走する馬車の車輪にも負けず劣らずの、高速回転を始めるロイド。
「真空裂斬ッ!!」
天を切り裂く蒼刃の車輪は、そのまま天にも昇らんばかりの勢いで、風を切り裂いて飛んでいった。

******

べちゃり。
べちゃり。
およそどんなに色彩感覚の豊かな芸術家でも名を付けられそうにない、不気味な色。
肉色をしている?
否。
腐った藻の色をしている?
それも否。
海のような爽やかな青色をしている?
それもまた否。



本来自然界には存在し得ない。
人間の手によっても、魔術や魔法の類を用いても表せない……表せてはいけない色。
それが雪に滴り、純白の大地を汚す。
高熱を帯びて煮えたぎる硫酸が、朽ち果てた鉄を焼くかのごとき音。
腐乱した死体の色彩を煮詰めて、それをそのまま気化させたかのような、腐肉色の煙。
ぐちゅぐちゅに爛れた、粘液質の物体が、後から後から汗のように吹き出てくる。
辺りは、不衛生な環境に慣れた貧民街の住人ですら、深呼吸すればたちまちの内に胃の内容物を全て吐瀉しそうな、
悪夢のような激臭に包まれつつある。
「A……アはははハハHA波HAは……!」
その中心に立つ「それ」は、雪のキャンバスに彼岸花のような赤を咲かせ、
顔面に墓標のように鉄の塊を刺した死体に、手を伸ばした。
だが、これを本当に「手」などと読んでもよかろうものか?
くだんの、ありえない色彩をした、粘液とも筋肉とも付かぬ、内臓のような蠕動を行う肉塊。
そこから、さながら魔神か悪魔か、その手の存在を思わせる3本の長大な骨爪が禍々しく顔を覗かせている。
とにもかくにも、その「手」から伸びた3本の爪は、彼岸花を咲かせた死体に、触れる。
「さっきはねぇ……あんなクソみたいな雑魚の最後っ屁をありがとうね、畜生の分際で」
確かに「それ」の行っている動作は、「触れる」という動詞を使ったとしても、まあ間違いはあるまい。
骨爪を使って、死体の腹を穿ち、臓物をかき回し、それをスパゲッティか何かでも食べるときのように、
無造作に引きずり上げるという一環の動作を、「触れる」と言うなら。
不死者(アンデッド)の沸きそうな不浄な湿原の沼気を思わせる、泥色の泡がその死体の最奥から浮かんだ。
「それ」の哀れな犠牲者、トーマの眼球は、腐敗した脳漿から沸いた泡で、きゅぽんと眼窩からはみ出ていた。
「だからさっさと目の前から消えろってんだよこのビチグソがぁぁぁぁぁAAAHHHHH!!!!!」
トーマの死体が、爆裂した。
厳密に言えば、溶解した内臓から噴出した泥泡の圧に耐え切れず、皮膚が、肉が、臓物が、張り裂けた。
張り裂け飛散した肉片は、やはり腐肉色の煙を噴出し、その身を縮こまらせていく。
およそ「肉」と呼んで相違のない体組織は、全てが全てどどめ色の腐液と化して流れ出す。
残されたのは、骨。
たちまちの内に白骨死体となったトーマの骸はしかし、その骨からすらも瞬時に泡を吹き、崩壊への道を進む。
3度も瞬く程度の間があれば、もう十二分。
後に残ったのは、鮮血と腐液のミックスジュースが織り成す、雪原に彩られた背徳の絵画のみだった。
骨爪が、つい先刻までトーマの死体のあった場所から引かれる。
べちゃり、べちゃりという汚らしい音は、手からのみならず。
もはや「それ」の肉体から、ありえない色彩の、腐肉と粘液の中間の物質が滴っていない場所を見た方が早かろう。
辛うじて。辛うじて人間と呼べそうな部位は、もはや頭部と胸部くらいのものだった。
そしてそこすらぱきぱきという音と共に、まるで疱瘡か何かのように、時間ごとに青緑の結晶が蝕んでゆく。
とうとう左足の太ももから、大きな腐肉の塊が落ちた。
足の筋肉も、腱も、まとめて剥がれ落ちる。
腐肉の塊は、そのまま内蔵を無機質の岩石に転化させたような、悪夢の色彩の固い物体に変わる。
そして、「それ」の本体は……
「HAAaaaahhh……はぁあああぁ……!」
肉と内臓とエクスフィアと岩石とが、邪神の手により交配され、悪夢という名の助産婦に取り上げられて、生まれた。
もはやそんな抽象的かつ曖昧な表現でしか、表せない「何者か」と化していた。
「これ」を「化け物」と呼ぶか?
だが、「化け物」という単語では、この生物の掟をあざ笑い、超越した形質を表すにはあまりに不適切。
「これ」を「悪魔」と呼ぶか?
だが、「悪魔」という言葉では、このあらゆる悪意を純化し、煮詰めたかのような気配を表すにはあまりに不適切。
およそ人間の操りうる言葉では、「これ」を体現できる名詞は存在しない。
ゆえに、やむを得ぬが「これ」や「それ」などの代名詞を用いて、呼ぶしかあるまい。
今のシャーリィ・フェンネスを。
化け物でも悪魔でもない、それらを越える存在と化した1人の少女のことを。



「げへひゃひFUひゅへへへへ屁HE保ォォォォォォ汚……!」
「それ」を見た金髪の少年は、脱力した。
思わず、ソーディアン・ディムロスを手のひらから滑り落とさせた。
「ぁ……ああ……!」
「それ」を見た銀髪の青年は、もはや我が目を疑うしかなかった。
「トーマの……トーマの秘奥義の直撃を受けてすら……生きている……!?」
「それ」を見たバンダナの青年は、ただ黙する他無かった。
「…………」
ずるり。べしゃ。ずるり。
「それ」は、じわじわと、一同に迫る。
骨が露出するほど、肉が抉れた足を引きずりながら、じわじわと。
(信じられん……何という生命力だ!)
ディムロスは、コアクリスタルの中呻いた。
あと、一歩。あと一歩。
トーマは、その一歩を踏み込むことなく、倒れた。
足を引きずり、すでに人間としての形質などほぼ完全に失っている彼女の様子を見れば、分かる。
奴は今、首の皮一枚で、辛うじて生き永らえたのだ。
確かに、トーマの秘奥義「マクスウェル・ロアー」は、シャーリィの持つ命を、九分九厘削り取った。
もしトーマの手元にイクストリームと併せ、そしてフィートシンボルが一つでもあったなら……
いや、せめてフレアボトルの一本でもあれば。
シャーリィは、その首の皮一枚まで切り裂かれ、死していただろう。
だが、あと一歩。
実際には踏み出すことの出来なかったその一歩が、シャーリィの死を、架空のものにせしめた。
本当に、取るに足らぬほどの一歩。
その一歩が、全てを分けてしまった。
「VODゴべぶRYIAAAあぁァぁAAAHHH!!!」
「それ」が、咆哮を上げた。
「それ」の右手が、グリッドに襲い掛かった。
「!! 止めろ! グリッドォ!!」
駆け寄ったヴェイグは、しかし間に合わなかった。
ヴェイグがグリッドに手を伸ばす一瞬前。
シャーリィの骨爪が、グリッドを掴み上げる。
「OGrりゃりゃリャりゃおおOHH!!!」
ばしん。
グリッドは、万力のようなシャーリィの右腕に、その身を拘束される。
同時に、「それ」の膝蹴りが、グリッドを助けんとばかりに踊りかかった、ヴェイグの胸に突き刺さる。
「ごばぁっ!!?」
重戦士の嗜みとしてヴェイグが着けている胸甲など、その一撃を防ぐにはほとんど何の足しにもならない。
ヴェイグの愛用の胸甲は刹那、真円形の窪みをそのど真ん中に刻まれ。
その一刹那のちには、胸甲そのものが、シャーリィの膝に耐え切れず真っ二つに裂け。
更にその一刹那のちには、真っ二つに裂けた胸甲が、いくつかの鉄片を、霧で煙った空に吹き上げ散った。
ヴェイグは突如胸部を襲った激痛に、危うく意識を失いかけながらも、とっさに剣を振るう。
もはや愛用の一振りとなってしまった、『氷』のフォルスで長大化させたチンクエディア。
盾のようにして、己の左肩にかける。
そして、雪面からほとんど反射的に氷柱を伸ばし、その氷柱の腹を蹴って、跳ね飛ばされた空中でサイドステップ。
チンクエディアの氷刃が、砕け散った。
続けて左側頭部に、ハンマーでぶん殴られたような衝撃と激痛。
もし本来のものより遥かに大きく作られた胡桃割り人形があって、その胡桃割り人形の歯に頭を砕かれたとしたら、
感じるのはきっとこんな苦痛だろう。
夢想し、ヴェイグはほとんど血しか混ざっていない液体を口から吐き散らした。
シャーリィが決めた、膝蹴りから繋げた上段回し蹴り。
それがヴェイグのかざした氷刃を砕き、それでもなお勢いの衰えることを知らずに、
そのままヴェイグの左側頭部に打ち込まれていた。
もし後一瞬、辛うじて氷柱を蹴って決めた空中でのサイドステップが遅れていたなら……
そして、氷刃を構えてシャーリィの一撃の威力を殺していなかったなら……
どちらかが欠けていたとしても、ヴェイグの頭部はシャーリィの足刀で、
本当に胡桃割り人形に挟まれた胡桃のごとく、粉微塵に破砕されていただろう。
冗談か何かのように、ヴェイグは美しい放物線を描いて、曇った雪原を舞った。
雪原の霧が、一部分赤く染まった。


その時になって、ヴェイグはようやく気が付いた。
この感覚。
この痛み。
確実に、「あれ」がイッた。
顔面の左半分を、血みどろに変えられたヴェイグは、雪原の上に不時着し、数度バウンドしたあと、転がって止まった。
ヴェイグは、そこで意識が、ふつと途切れた。

******

「ヴェイグさん……ヴェイグさん!!」
カイルは、声を震わせヴェイグにすがった。
ヴェイグの顔の左半分は、すでに赤一色だった。
左の眼窩からは、白い糸くずのような肉片が、でろんとはみ出ている。
鮮血の中に、若干の透明な液体が混ざっている。
本当に、頭蓋骨そのものが爆砕されなかったことが、奇跡のような重傷。
「起きてくれよ、ヴェイグさん! オレはまだ、あんたから例の話を……ッ!?」
ヴェイグに差し伸べられたカイルの左手は、そして。
ヴェイグの体に触れた瞬間、思わず弾かれるようにして引っ込められた。
「……なあ……嘘……だろ……?」
引っ込められた左手は、震えていた。
すでに、カイルの言うことを聞かなくなっていた。
(どうしたのだ、カイル?)
ディムロスは叫ぶ。
「嘘だって言ってくれよ、誰か……!」
(返事をしろ! カイ……!)
「ヴェイグさんの体……氷みたいに冷たくなってる……!」
カイルは、力なく四肢を雪原の上に投げ出し、四つん這いのまま、動けなくなった。
残されたヴェイグの右目は、ただ虚空を睨んでいた。
「死ッ……死んでる……死んでる……!」
もしカイルが、もう少しこの場で冷静に振る舞い、ヴェイグの首筋や口元に手を伸ばしていれば、気付いていただろう。
ヴェイグの喉は、もう息を吸い、また吐き出していない。
ヴェイグの心の臓は、すでに鼓動することを忘れてしまっている。
この2つの事実に。
そしてそれらの事実は、冷酷極まりない、惨たらしい現実を一同に突きつけていただろう。
ヴェイグは、事切れていた。
ヴェイグは、死んだ。
「うぁ……うっ……!」
(…………)
ディムロスは、沈黙した。
「馬鹿な」、などという言葉は発しない。発するに値しない。
この島において、戦場において、「死」という概念はあまりにも身近過ぎる概念だから。
そしてヴェイグもたった今、その死と対面しただけに過ぎない。
それでも、この損失は、余りに大きい。大き過ぎる。
「えへへへ……クソカス一匹排除、ね♪」
カイルは、その声にびくりと肩を震わせた。
振り返れば、「奴」がいる。
「それ」と化した、シャーリィが。
千切れ飛んだ左手の断面からは、正体不明の液体が垂れ流れている。
右手には、グリッドを握り締めている。
「さて、次にくたばるのはあんたの番よ、そこのクソガキ」
シャーリィは、右足を思い切り雪面に叩き付けた。
もちろん、カイルの右足を下敷きにすることを忘れはしない。
鈍い音。
カイルの口から、絶叫が迸った。
そして、もう一撃。
鈍い音。
カイルの左足に、もう一つ新しい関節ができていた。
カイルの喉が、引き裂かれたかのような悲鳴を上げた。


「げひ……下卑へへへへへHEHEHEHE……!」
虚ろに笑うシャーリィ。
ディムロスは、ソーディアンにしては稀有なことに、恐怖を覚えた。
しかも、本物の。
「これ」にだけは、殺されたくない。「これ」にだけは、関わりたくない。
これならば、丸腰で天地戦争の最前線に立たされる方が、遥かにましだろう。
それほどの恐怖に震え上がるディムロス。
いわんや、生身のままのカイルが受ける恐怖のほどは、どれほどか。
神殺しの英雄の矜持。それだけが、カイルを発狂寸前のところで踏み止まらせていた。
「た……助けて……!」
皮膚の下から骨が飛び出し、血を垂れ流すカイルの両足。残る両手で、後ずさる。
だが、その歩みなど、瀕死の重傷を負ったシャーリィにとってすら、牛歩も同然。
何より、まだカイルの左足はシャーリィの左足によって踏みつけられ、釘を刺されたように動かない。
左足を切り捨てなければ、そもそも牛歩の遁走を打つことさえ、出来ないのだ。
逃げられない。その事実が、カイルに巣食った恐怖を加速度的に上昇させる。
「助けて……誰か……助けて……!!」
もう英雄の称号にどれほど傷が付いても、どうでもいい。
この場から逃げられるのなら、たとえ腰抜けと謗られようと、臆病者と罵られようと構わない。
カイルは両足の骨を折られていなければ、すでにこの場から一目散に駆け出していただろう。
それほどまでに、「それ」と化したシャーリィの放つ凄気は高まり、カイルの心を蝕んでいた。
だがそんなカイルを、誰が臆病者呼ばわりできようか。
神殺しの英雄ですら、心が砕かれる寸前になるほどの恐怖の存在を前にして、
そこから逃げ出したいと思っても、誰がそれを責められようか。
涙すら受かべるカイルの顔。それを覗き込んだシャーリィは、ただ一言こう言った。
「だぁめ。許さないもん」
シャーリィのトーキックが、空を裂いた。
シャーリィの爪先は、過たずカイルの股間に突き立った。
ぷちゅん、という、何かが潰れるような音が2回、カイルの体内に響いた。
「いだああああああああああああアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
正気の人間なら耳を塞がずにはいられない、凄絶な叫喚が空を揺らした。
痺れるような苦いような、形容のしがたいあの激痛。
カイルの睾丸は、二つまとめて破裂していた。
シャーリィに左足を踏み付けられ、満足に身をよじることすらできないカイルは、
それでも股間を両手で押さえ、涙と鼻水と唾液をあられもなく撒き散らす。
カイルの指の股からは、尿と血液と精液とが混じり合った、体液の混合物が溢れ出る。
生きていられただけ僥倖?
それはこの痛みを直に知らぬ者の、傍観者としての無責任な発言に過ぎまい。
周知の通り、男性が睾丸に打撃を受けると、激しい苦痛が彼を襲う。
その急所の睾丸が破裂すれば、その激痛はどれほどのものか。
睾丸が破裂した際の激痛で、実際にショック死した男性も存在する。
カイルの股間を今襲っているのはすなわち、文字通りの死ぬほどの激痛。
これならば、激痛の余りショック死していた方が、カイルにとってはどれほど幸せだったことか。
生爪を剥がされるなど、足元にも及ばぬ苦痛がカイルの股間を責め苛む。
その様子を見て、けれどもシャーリィは。
「キヒ……キヒヒヒひヒヒひHI非々FUヒヒ……!」
嗤っていた。至高の愉悦に浸っているかのごとくに、嗤っていた。
カイルの絶叫は、彼女にとっては天上の妙なる調べにも匹敵する、極上の交響曲だとでも言いたげに。
「あーあ、可哀想。わたしに会う前にさっさと死んどけば、こんな苦しい思いなんてしなくてもいいのにねえ?」
言う彼女は、しかし「可哀想」という単語に、これ以上ないほどの悪意を込めて嗤っていた。
「なによ……? さっきまでクソみたいな美辞麗句を述べてたあんたが、金玉ブチ割れただけでそのザマ?
ゴミ屑以下のクソカスが粋がってんじゃねぇよ、バァカ!」
見下す……「見下ろす」ではなく「見下す」シャーリィの眼下には、
すでに命を失ったヴェイグと、恐怖と苦痛に戦意を失ったカイル。
いつの間にか、口内の舌すらエクスフィアに転じさせたシャーリィは、その無機化した舌で言葉を紡ぐ。
「本当はもっと、ゴミ屑の分際でわたしのお兄ちゃんより長く生きた罪、じっくりいたぶって思い知らせてから
殺そうと思ったけど、後が詰まってるから止めるわ」
もちろん、「止める」という言葉の含意は、もはや説明には及ぶまい。
「カイルの処刑を止める」のではなく、「カイルをいたぶるのを止める」という意味。


シャーリィは、腐敗したかのような不気味な形質を手にし、象の巨大さと獅子の鋭さを兼ね備えた脚を持ち上げる。
もちろん、シャーリィ自身の体格や体重を考えれば、スタンピングによるダメージはまだ人間のものとしては許容値。
しかし、問題はその脚力。
下手をすればドラゴンの巨体すらも支えられるほどの、強大な筋力がこもった脚でスタンピングを受ければ……
ヴェイグとカイルの下が固い地面ではなく雪原であることを差し引いたとしても、
確実に2人分の人体地図が、その上に刻まれる。
鼻も脳みそも腸も肝臓も、何もかもが同一平面上に押し広げられた、残虐非道な絵画の出来上がりである。
気の弱い人間なら、ほんの少し鑑賞しただけでも失神しかねない、前衛芸術。
シャーリィは、今芸術家と化す。パレットに絵の具ではなく鮮血を付けた、背徳の芸術家に。
ヴェイグと、その亡骸にすがるカイルに注ぐ、かすかな陽光が翳(かげ)る。
後は、全筋力を注ぎ込んで、大地を踏みしめれば――。
「お前って……」
カイルは、激痛とシャーリィの脚で遮られる視界の向こうに、彼を見た。
肉食獣の顎のような、シャーリィの右手に噛み咥えられた、1人の青年を。
音速の貴公子、グリッドを。
「お前ってさ……」
グリッドは、ただもがくでもなく、諦めるでもなく、アタモニ神に祈るでもなく。
ただ、彼が彼であるがゆえ。それゆえだけに、一言呟いた。
「……本当に、可哀想な奴だな」
ぎょろり。
シャーリィの眼光が、グリッドを射抜く。すでに、文字通りただのガラス玉と化した、左目が彼を睨みつける。
「……可哀想? ……わたしが……? ……わたしが……!?」
「ああ。俺はこの島でも、ファンダリアでも、アクアヴェイルでも、フィッツガルドでも……
お前ほど可哀想な奴は、見たことがないぜ」
シャーリィの眼光を、真正面から受け止めたグリッド。
その目は、怒りに燃えているわけでもなく。
その目は、恐怖に震えているわけでもなく。
ただただ、清らかな雫を滲ませながら、シャーリィを見ていた。
グリッドは、泣いていた。
怒りでも恐怖でもなく。
ただ悲哀で。ただ憐憫で。
「どうして……ミクトランの野郎は、お前みたいな奴をこんな島になんて呼んだんだろうな?」
(グリッド……お前!?)
そのグリッドの発言に、ディムロスは思わずコアクリスタルを輝かせる。
恐怖に鈍っていたきらめきを、再び取り戻す。
「事情はお前の仲間から聞いたぜ……。
お前は、確か兄貴を生き返らせるために、こんなことをしているんだろう?
兄貴のためならこんなことまでできるくらい、お前はそれくらい兄貴のことを愛していたんだろう?」
みぢ、と我を失っていたシャーリィの手に、力が戻る。
グリッドは苦痛の呻きを漏らした。
「あんたなんかに……あんたみたいなウジ虫にわたしのお兄ちゃんの何が分かる!?」
「分かるさ! お前はユアンとハロルドとトーマとヴェイグを殺して、そこまでして兄貴を生き返そうとしている!
兄貴を生き返すためなら、ここまでできるんだ! それだけできるなら……お前の兄貴への想いの強さは本物だろうさ」
(グリッド! お前はシャーリィの肩を持つ気か!?)
激したディムロスの怒号が、音にあらざる音として響く。
だが、その声を聞いたシャーリィは、しかし怒号を上げはしなかった。
「……へえ? 今更わたしに胡麻でもすって、命乞いでもする気?
そこの金髪のクソガキを差し出すから、自分の命は助けてくれ……ってとこかしら?」
「…………」
怒りに吼えはしない。むしろ、肩を震わせる。
次の瞬間には、悪魔じみた哄笑の声が、空を打った。
「あはははははは! 面白いじゃない!
さすが、戦う力を持たない雑魚だけあるわね、あんたは。そんな下衆な考え、この偽善者どもよりよっぽど素敵だわ。
誰かを蹴落としてでも、利用してでも、踏みにじってでも自分は助かろうとする……
最ッ高ね! あんたは多分、最高の外交官になれるわ!」


「…………ッ!」
げらげらと笑うシャーリィ。
そう、見たかったのはこれだ。
弱者の無様な命乞い。
助かりたいという願いの余り、誰かを蹴落とし、見捨て、切り捨てる。
この人間らしさを見たかった。
ご満悦、と言った表情を、エクスフィアに侵食された顔面に浮かべたシャーリィは、そこでひとまず笑いを止める。
「でもねぇ、残念。あんたにはあたしと取り引きできる札がないわ。
ミュゼットのクソババアも言わなかったんなら、わたしが言ってやるわよ。
暴力は他のどんな力も越える、最強の力なのよ?
そこの認識を誤魔化すクサレ脳みそどもは、生涯地を這うわ。
助かりたいって言うんなら、わたしを力ずくでブチ殺して脱出することね?
外交でのベストな取り引きの形って、何か知ってる?
『テイク・アンド・テイク』よ」
嗤うシャーリィは、グリッドを高く持ち上げ、その表情をうかがおうとする。
けれどもそれは、彼の前髪に阻まれかなわない。
代わりにシャーリィは、下品に一つ舌打ちをして見せた。
「『ギブ・アンド・テイク』じゃないわ。相手にものをくれてやるのは、それしかないときの最後の手段。
相手の弱みに付け込み、暴力で脅して、最後には力ずくで相手の持ち物を全部分捕る。
強い奴がものを持つのは当然の道理。でしょ?
だから、ミュゼットのクソババアも、口では綺麗事をほざいておきながら、
あのボケジジイのマウリッツを脅して不利な条約を力ずくで呑ませた。
まあ、結論を言うとね……」
「そんな下らねえお喋りはもう止めろ」
(!?)
「!!」
シャーリィは、その声に目を見開いた。
グリッドは、確かに涙で目を光らせていた。
「……お前は、確かに可哀想な奴だよ。人を4人も殺してまで取り戻したいくらい、
大切な兄貴を失っちまったんだから。だけどよ……だけどよ!!」
グリッドの悲哀は、その瞬間彼自身の心により溶解され、蒸発され、昇華される。
紛れもない、怒りの感情へと。
「俺はお前が可哀想だけど……いや!
可哀想『だからこそ』ッ!!
お前のことを許せねえんだッ!!!」
グリッドは、シャーリィの手の中、吼えた。
「お前だって兄貴を失えば悲しいだろう……! 兄貴を殺した人間を、殺してやりたいくらい憎むだろう!
兄貴の死にそんな怒りや悲しみを覚えるならッ!!
どうしてその怒りや悲しみを、誰かを労わる優しさに変えられなかったんだ!!?」
ぽかん、とシャーリィは毒気を抜かれたように、グリッドを見た。
そして、次の刹那、彼女の顔面に怒りの朱が散った。
「ッるせえんだよクソ雑魚がァ!!!」
シャーリィは、グリッドを握り締めたまま、思い切り彼を右手ごと振り下ろした。
雪原に叩き付けられたグリッドの体に、衝撃が走った。
それでも彼は、叫ぶのを止めない。
「お前が人を1人殺せば……その家族や友達や仲間がその死を悲しむッ! 嘆くッ!!
お前と同じ想いをする人が増えていく!!!」
「だったら何だってんだよクソボケ野郎ッ!!!」
握り締めた右手越しに、シャーリィはグリッドへ膝蹴りを見舞う。
それでも、グリッドは血反吐を吐き散らしながら、雄叫ぶ。
「それでお前は満足なのかッ!? お前にとっては、兄貴が死ぬのと同じことが、何度も何度も何度もッ!!
この島で生きている人間がいなくなるまで続いていくんだぞ!!!?」
「ッ!!!」
シャーリィの右手の力が、僅かに弱まった。
お兄ちゃんが、何度も何度も何度も死ぬ。
それは、嫌だ。
絶対に、嫌だ。
けれども、そんな事を今ほざいているのは、生殺与奪思うままの雑魚一匹。
雑魚の寝言なんぞに、耳を貸すな。
耳を貸すな!!!


「そんなこと……わたしの知ったことかぁぁぁぁぁAAAAAAA!!!」
シャーリィは、とっさに右手を離した。同時に右手を振りかざす。フルスイング。
投げつけられた砲丸のように、グリッドは、地面に墜落する。
「お前はなぁ……お前はなぁ!!」
雪原に突っ込む、ほんの一瞬前まで、グリッドは言葉を紡ぐのを止めない。
『お前は悪だ』
グリッドの頭頂が、地面に触れる。
『絶対の悪だ』
漆黒の翼の団長は、こうしてもう何度目か数えるのも億劫なほどの、墜落を迎える。
『存在を許されない、絶対の悪だ!!!』
グリッドの唇は、確かにそう紡いでいた。
股間を押さえてうずくまるカイルのすぐ近くに、グリッドは頭から墜落した。
ヴェイグの遺体。カイル。グリッド。
彼らは余りに、密着しすぎている。
これほどまでに集まっていれば、あとは一撃で全てが終わる。
シャーリィが彼らを踏みつければ、3人分の人体地図が出来上がるだろう。
グリッドは、めり込んだ頭部を無理やりに雪から引き抜いた。
即座に振り返り、シャーリィを睨みつける。
シャーリィの瞳を。シャーリィの肩口から覗ける、薄曇りの青空を。
「もういいわ。あんたらみたいな正義漢気取りのクソバカ野郎ども、もう一秒たりとて生かしちゃおけないわ。
雑魚なら雑魚らしく、強い者に媚びへつらって素直に生き延びればいいものを!」
「お前みたいな悪党に、媚びを売ってでまで生きるなんざごめんだな!」
「だったらさっさと死ね!!」
「それも断る!」
グリッドは、それでもシャーリィに啖呵を切ってみせる。
「お前のほざいていた誤りを正してやるまで、俺は死ねない! 俺は死なない!!
……お前は言っていたよな? 『暴力は最強の力だ』ってな?」
「言ったわよ? だからあんたはこれからドブネズミらしく、無様にくたばるのよ」
「違うぜッ!」
叫ぶグリッドの瞳は、ほとんど「睨む」というよりは「視線で刺し殺そうとする」というほどの力を秘め、光る。
「最強の力はなあ……『暴力』じゃねえ! 『正義』だ!!
正義を愛する心……! 正義を行う意志…!! 正義に惹かれる輝く魂!!!
正義の力の前に、敵はねえ! 悪魔だろうが怪物だろうが、破壊神だろうが滄我だろうがッ!!
どんな強敵にだって、正義は負けねえッ!!!」
グリッドは、己の言葉に一片の疑いの念も乗せずして、言い切ってみせた。
空を叩く言葉一つ一つが、さながら神の断罪の鉄槌のごとき力を持ち、振るわれる。
「うるさいんだよこの正義馬鹿の偽善者野郎!
力がなきゃ、どんなお題目だろうがあってもなくても同然のお飾りよ!!
力なき正義は無力……! 正義なき力は新たな正義!!
それを思い知ってッ!! 地獄に落ちろォォォォ!!!」
そしてさながら、シャーリィの振るう言葉の一つ一つは、煉獄から吹き上がる魔王の爆炎。
力なく悪魔の誘惑に屈した咎人を、無力という名の罪科ゆえに焼き滅ぼす硫黄の火。
シャーリィの右足は、とうとう踏み下ろされた。
グリッドらの元に、硫黄の火に代わってもたらされた滅びの審判は、「それ」の一撃。
命の火を吹き消されたヴェイグ。
恐怖に打ちひしがれ、心身ともに膝を折ったカイル。
もとより力を持たぬグリッド。
もう、この距離からでは回避は間に合わない。
(南無三……!)
ディムロスは、ありもしないはずの背筋に伝う、絶対零度の畏怖にコアクリスタルを曇らせた。
かなうことなら、1000年前の肉体を、今この場で取り戻したい。
ディムロス・ティンバーとして、残る2人の盾になりたい。
たとえ、刺し違えることになってもいい!
シャーリィの残る皮一枚、地上軍将校の誇りにかけて、引きちぎりたい!
だが、それはもはやかなわぬ。
全滅、確定。
シャーリィはその脚の裏で、強かに氷原を叩いた。
凄絶な打撃音が、この戦いの全てを決めた。
******
「……ぅしてよ……?」
シャーリィの右足は、確かに強打した。
氷原を。
そう、「雪原」でなく、「氷原」を。
「どうしてよ……? どうしてなのよ!?」
辺り一面、広がっていたのは雪原。柔らかな雪の降る大地。
厳寒の大地に存在する凍て付いた湖のような、滑らかで固い表面ではない。
「どうして……どうしておっ死んだはずのあんたが、そうやって生きてんのよぉぉぉォぉOOO緒OH!!!!」
ならば、この雪原に突如氷原が発生したのならば、その原因の説明は、ただ一つしかあるまい。
ヴェイグ・リュングベルの放った、『氷』のフォルス。
跳ね起きたヴェイグの握る、アイスコフィンから一気に成長した氷刃は、瞬時にシャーリィの右足を貫いていた。
死したはずのヴェイグの構える、チンクエディアから爆発した氷壁は、完全にシャーリィの一撃を防いでいた。
氷剣アイスコフィン。
水剣チンクエディア。
十文字に重ねられた二振りの刃が。
その刃を振るうヴェイグが。
奇跡を起こした。
起こるべくして起こった奇跡を、掴み取った。
「ヴェイグさん……どうして!?」
最初に彼の死を確認したはずのカイルが、彼の生存に一番驚いている。
当然のこと。
確かに冷たかったはずのヴェイグが、こうして生きているのだから。
リアラのペンダントでも、こんな奇跡は果たして、起こすことが出来ただろうか。
そして、ヴェイグに代わりカイルに答えたのは、グリッド。
「カイル。お前はヴェイグがシャーリィの蹴りを顔面に食らった後、すぐにお前はヴェイグの体に触れた。
その時、お前はこう言ったよな? 『ヴェイグさんの体……氷みたいに冷たくなってる……!』ってな」
「あ……ああ」
グリッドはわが意を得たり、とばかりにしたり顔で、カイルの前で鷹揚に頷いてみせた。
グリッドは、そうして言葉を続ける。
「だがちょっとここで考えてくれよ。
ヴェイグがシャーリィの蹴りを食らってから、お前がヴェイグの体に触れるまで、タイムラグはどのくらいだ?
どんなに長く見積もったって、1分はなかったろ?
もしあのシャーリィの蹴りの時点で、ヴェイグが本当に死んでいたなら、まあ体が冷たくなるのは納得できる。
が、それはある程度の時間……
どんなに短くても、せめて数十分の時間が経たなきゃ、人間の体はそうと分かるほどには冷たくなりようがないんだ。
わずか1分足らずの間で、ましてや体が『氷みたいに』冷たくなんて、まともな体の人間なら有り得るか?
その時点で、俺はピンと来たのさ。
ヴェイグは多分、死んだふりをしてシャーリィの不意を突くハラだろう、ってな。
そうだろ、ヴェイグ?」
歯を食いしばり、剣を支えるヴェイグは、僅かに首を縦に振った。
「お前にしては、ご明察だ」
放たれたその言葉は空に散る前に、ヴェイグの口元で白く凍て付いた。
「俺が『ラドラスの落日』でクレアに施してしまったあの術を、今回は俺自身に用いた。
俺とて『氷』のフォルスの達人……ましてやここは、俺にとって最高の戦場、雪原だ。
今の俺の実力なら、肉体を急速に冷却して、鼓動も呼吸も全てを停止させた上で肉体を仮死状態にするなど、
やってやれないことはない。
ただ……」
シャーリィを氷壁越しに睨みつけ、目を離さないヴェイグ。
その口元からは、一筋血が流れ落ちている。
その血もやがてヴェイグ自身のフォルスで凍り付き、そして流れ落ちるのを止めた。
「……肉体を仮死状態にするのは、やはり反動が半端じゃないな……
ましてや、こんな短時間で肉体を凍結させ、また解凍するなんてな。
鼓動を止める時は、危うく『落ちる』かと思った。もう二度と、こんな無茶は御免だ」
その言葉を最後に、ヴェイグは再び地面に膝を突いた。
氷壁は、脆くも砕け散った。


シャーリィの脚は、ヴェイグの鼻先、ほんの僅かの隙間を設けて、雪原に着地した。
シャーリィは、体内で砕けた氷の冷たさと痛みに、思わず絶叫。
たたらを踏みながら、思わず後方によろめく。
その隙を縫い、砕けた両足を引きずり、カイルは匍匐前進でヴェイグの元に縋り寄る。
一度は取り落としたディムロスを、もう一度握り締め。
「ヴェイグさん!!」
「カイル……!」
ヴェイグは、意識を保つのがやっとというほどの強烈な疲労に負けじと、必死に目をしばたたく。
「ヴェイグさん……ありがとう……!」
「礼には及ばんさ……。俺は……お前に…………!」
だが、そのヴェイグの意志力を以ってしても、これ以上体を支えることは不可能だった。
どしゃ。
ヴェイグは、その身を雪原に投げ出した。
「!! 駄目だ、ヴェイグさん! 死なな――」
(安心しろカイル。ヴェイグは死んではいない)
思わずヴェイグの肩を支えたカイルは、すかさず手の中の剣に嗜めを受けることとなる。
「ディムロス! どうしてそんなことが!?」
(向こうに存在する、魔杖は未だ凍り付いている。ヴェイグはただ、疲労で意識を失っただけだ。それより、だ)
どずん。
カイルの腹に、雪の冷たさとはまた別の感覚が走り抜ける。
雪原を揺らす、震動。
「DOヴぉ痔てさっさとくたバラneeんだ予ォォォォ!!!!?」
ヴェイグの氷刃で貫かれた傷口から、腐液を垂れ流す「それ」。
シャーリィは、まだ生きている。
残された皮一枚は、まだ繋がっている。
皮半枚。皮半枚で、「それ」は踏み止まっている。
怪物じみた、などという陳腐な言葉では表しきれないほどの、思わず「不死身」と形容したくなるシャーリィの生命力。
そして、その生命力を支える、執念。
恐怖すら感じるほどの、凄まじ過ぎるシャーリィの執念。
だが、恐怖などに潰されはしない。
恐怖を真正面から睨みつけてやる。
恐怖など、それに倍する勇気で呑み込む!
グリッドが示した勇気で。
ヴェイグが見せた勇気で。
カイルは、局所を潰され、両足をへし折られた重傷などまるで意に介さぬかのごとくに咆哮。
握り締めたディムロスが、カイルの怒りを糧に燃える。灼熱色に、光り輝く。
カイルは残された腕の力だけで、ディムロスを振りかざした。
狙い澄ますは、ヴェイグの貫いたシャーリィの右足。
同じ傷口を、何度も抉る。強靭な甲殻で防御を固めたモンスターを討つ際の、定石。
カイルはディムロスに、ディムロスを持つ手に渾身の筋力を込める。
「父さん……オレに力をッ!」
(スタン! お前は、お前の息子の剣に、確かに生きているぞ!! 放てカイル! 術剣技ッ!!)
「紅蓮剣ぇぇぇぇぇぇぇんッ!!!」
カイルの勇気。スタンの血。ディムロスの伝承。
それら三者が、カイルの腕より猛火の車輪を生み出した。
地表すれすれを驀進する炎の円輪は、雪面をその熱気だけで削り取りながら、同じく地表すれすれの標的を狙う。
その疾きこと、地を這う獲物を狩る豹の疾駆の如し!!
斬ッ!!!
「それ」は、痛みの余りに叫びを上げた。
シャーリィの肥大化した指の股に食い込むディムロスは、しかしそれでもなお足りぬとばかりに、炎気を迸らせる。
ハロルドが旅の最中、カイルに講釈してくれた土木作業機械……
俗信には、神をもバラバラにする兵器ともされる工具「チェーンソー」の刃のように、ディムロスは回る。
シャーリィの右足を、削り斬る。
「ク憎ぉァァァァァaaaARRRRRR!!!!」
絶ッ!!!
シャーリィの右足は、綺麗に左右に両断された。
先ほどの左手とは違う。今度はその中までが、異形の組織に冒されている。異常なほどの速度で進む、病の証左。
右足の開きをこしらえたディムロスは、そのままシルヴァラントの神子コレットの操るチャクラムのように、
回転しながらカイルの手元に再び収まる。


シャーリィは、開きにされた右足から、地面にくずおれた。
足を殺した。残るは右手……そして左足。
「オレも両足が2本……お前も腕と足、合わせて2本。これで、おあいこだ!!」
厳密に言えばおあいこではないが、カイルはあえて叫んだ。
股間の訴える激痛を、しかしエクスフィアを持たぬカイルはその気合だけで捻じ伏せ、叫ぶ。
その間にも、シャーリィは体勢を必死に立て直した。
きれいに両断された右足は、すでに体を支えるには何の足しにもならない。
だが、それでもシャーリィは立ち上がる。
さながら秘めた妄執を、3本目の足として用いるかのごとくに。
だがその妄執すら、とうとう始まってしまったシャーリィの肉体の自壊を、止めることはできなかった。
全身の組織が、悪しき色彩が、グラデーションを起こす。
耐え切れなくなった全身各所からは、つい先ほどまでシャーリィの左手断面からしか吹き出ていなかった、
あの腐液を吹き始めた。
ほつれ、綻び、そこから涙のようにじくじくと粘液を垂れ流す。
地面に落ちるたびに、雪が焼かれ蒸発する。
二股にされたシャーリィの右足は、すでにいかなる生物学の理論を用いても説明できない、謎の組織と化していた。
「あの結晶に体が冒される速度が……早過ぎたんだ、腐ってやがる……!」
グリッドは呻いた。シャーリィが口元から吐き流す、泥のような汚液に顔をしかめる。
「VORRRRRご下ボああああああaaaaAAAAR瑠RR!!!」
今のシャーリィの肉体の形は、すでに人間というよりは、バイラスか何かに近かった。
ここまで変異が進めば、シャーリィの未来は決したといってよかろう。
そう遠くない未来、シャーリィは奈落に落ちる。
だが奈落の王からの招来を、それでも頑なにシャーリィは拒んでいた。
(本当に……こうなるのがお前の望みだったのかよ、シャーリィ。
シャーリィにこうまでして生き返してもらって、本望に思うのか、シャーリィの兄貴さんよ?)
もう、彼女の心に愛する兄の面影は在るのだろうか。
グリッドはそれを思うと、余りの理不尽さにもどかしさすら覚える。
この少女の……「それ」と化してしまった1人の水の民の少女の、凄惨な有り様ゆえに。
これが「愛」の行き着くべき姿なのか。
「愛」ゆえに享受しなければならなかった、運命なのか。
「愛」という、人の心に宿った最も美しい輝きが、人としての尊厳をこうまで粉微塵に打ち砕くものなのか。
違う。そんなはずはない。
グリッドは、否定した。
彼女もまた、ミクトランのこの姦計の犠牲者なのだ。
本来なら人と人との間に慈しみを生むはずの「愛」という感情に、吐き気のするような邪悪を注入され、
そしてそれが行き着くべきところまで行き着いてしまったのが、今の彼女なのだ。
悪魔のような性根を持つ、ミクトランのような輩にかかれば、「愛」という想いすらもこんな形で結実する。
グリッドは、もう何度目かも分からぬミクトランへの義憤……憎悪のレベルにすら達した義憤に、静かに悶える。
グリッドの視界は、霧以外の、もう一つの要素で霞んでいた。
「漆黒の翼の規則……『罪を憎んで人を憎まず』。
でも、俺じゃあ、お前という人を憎まず、お前のその歪んだ心を憎むことなんて、到底出来やしねえよ……!」
「これ」は、昨日殺したのだ。
大切な仲間である、ユアンを。
「これ」は、その罪科ゆえに1人の女性の心を砕いたのだ。
大切な仲間である、プリムラを。
「だから……もう止めにしようぜ。俺達は、お前の命を背負って、絶対にミクトランを倒してみせる。
俺たちはもう、握手を交わすには、お互い余りに遠く離れ過ぎちまったんだ」
シャーリィの背後で、若き蒼炎の鳳凰が羽ばたく。
グリッドはその鳳凰の正体を知りながらも、驚いたり歓喜に打ち震えたりといった、そんな感情はまるで湧かなかった。
「お前には、『ごめん』とも『許せ』とも言わない。俺には、そんな事を言う権利はない」
蒼炎の鳳凰は、その嘴を時空の理力もて極限にまで研ぎ澄まし、己の贄(にえ)たる存在を強襲した。
上段と下段に構えられた時空の双刃が、鋭利無比の鳳凰の嘴さながらに、一陣の熱風を巻いて振るわれた。
ロイド・アーヴィングの『鳳凰天駆』は、シャーリィの右手だった肉塊を斬断し、焼灼する。
切り離された肉塊は、そのまま地に落ちる間もなく、ただの灰と化し風にさらわれた。
「でも、ただ一言だけ、言わせてくれ」
慟哭にも似た咆哮を上げるシャーリィは、しかし切断された右手の痛みを存分に味わう間もなく、宙に浮かんだ。
刹那、時の流れが歪み出した。


「それ」の周りで、生きながら火に焼かれる蛇の身のように、時がねじれる。
時の歪みは、そして一瞬の間を置いてから、物質世界に反映される。
シャーリィの両足が、まるで下女の絞る雑巾のように、螺旋を描き始める。
生物という定義からもはみ出たような「それ」は、けれどもそのねじれを前にしては無力だった。
筋肉が裂けるみちみちという音、骨が擦り砕かれるごりごりという音。
ここに「それ」の悲鳴が加われば、悪夢の三重奏が出来上がる。
物質から成る生命体に、時の精の加護なければ、この攻撃を防ぐことは不可能。
滝のように流れ出る腐液は、それでも時の歪みに吸収され、一滴たりとて雪原には落ちなかった。
「お前は、本当に可哀想な奴だな」
「それ」の両足は、時の歪みに呑まれ、根元から千切れ虚空へと消え去った。
キール・ツァイベルの『ディストーション』は、シャーリィの両足の全てを、
バテンカイトスの彼方に持っていった。

*

「ねえ、お願い……助けて」
雪原に転がった、人とエクスフィアの合いの子は、必死で呟いた。
右手、右足。
左手。左足。
全てを失った、堕ちたる海神の巫女。
アクアヴェイルの言い回しを知る者には「達磨にされた」と言えば、すぐにその惨状が理解できよう。
そして、残された彼女の体に、すでにエクスフィアならざる部位は、残されていなかった。
エクスフィアの肌。
エクスフィアの歯。
エクスフィアの肌。
輝石は、今や口内にまで侵入していた。
彼女の体内にまで、無機なる結晶の死の洗礼が及ぶのは、もはや時間の問題だろう。
「お願い……わたしが……わたしが悪かったわ。助けて……助けて……!」
そんな中、水の民の象徴とでも言うべき金の髪だけが、エクスフィア化を免れていたのは、ひどく不釣り合いに映る。
それは、まるでシャーリィが始めてエクスフィアの毒素に身を晒した、あの時の姿を思い起こさせる。
もとい、思い起こさせていただろう。ここにダオスかミトス、どちらかがいたのなら。
「助けて……! 苦しい……苦しい……!」
哀れな声を上げるシャーリィ。
しかし彼女を取り巻く空気は、もはや「剣呑」という形容以外当てはまらない、不穏なものでしかなかった。
じゃきり。
彼女の凶手により、左目の光を失った氷の剣士は氷刃を鳴らせる。
「今更になって無様に命乞いか? ……厚顔無恥にも限度というものがあるだろう、シャーリィ!」
ヴェイグが手にした、長大な氷柱の刃にまとわれた剣の切っ先は、彼女の首筋に沿い佇む。
結果としてジューダスから受け継ぐことになった氷剣、アイスコフィンの切っ先は、
あと一振りでシャーリィの首を刎ね飛ばす事だろう。ヴェイグがそうしようと望みさえすれば。
「今までお前がやってきたことを、振り返ってみろよ!
お前は今まで、何人殺してきた!? 何人オレ達の仲間を殺してきた!!?」
(無様なものだな。貴様が先ほど吐いた言葉をそのまま返させてもらおうか。
貴様は、そんな甘い覚悟で3人も殺したのか?)
両足と局所を砕かれたカイルと、そして彼の手の中のソーディアンは、炎のごとくに苛烈な言葉を彼女に浴びせた。
「いや……殺さないで! お兄ちゃんに……お兄ちゃんに会えなくなるのは――!」
「もうお前は黙れ」
そんな中、シャーリィを囲むようにして作られた車座から、1人の男が出てきた。
キール・ツァイベル。絶体絶命の窮地に割り込み、ヴェイグとカイルとグリッドを、ロイドと共に救った晶霊術師。
気付け代わりの『ヒール』でヴェイグを起こし、そして解凍してもらった杖を握り、シャーリィに迫る。
赤黒い、混沌の心臓の嵌め込まれた杖、魔杖ケイオスハートを片手に握り。
「これ以上お前の命乞いを聞いていると、こっちの耳が腐る。
お前はさっさとこの杖に命を捧げて、心おきなくバテンカイトスに逝け」
普段の彼を知る者なら、この言葉を聴いた瞬間、その眉を跳ね上げていただろう。
余りに苛烈、余りに無慈悲。それこそが、彼の「鬼」になるという覚悟の表れ。
その厳烈な言質に、思わずシャーリィは震え上がった。
エクスフィアに冒され、満足な発音も出来ぬ喉から、声を絞り出す。


「いや! 止めて……死にたくない!」
「黙れと言ったはずだ、くたばり損ないの化け物め」
「化け物じゃないぜ、キール」
車座の中、突如声が上がる。
この車座の中で唯一、その背に大いなる翼を負った1人の少年。
大天使、ロイド・アーヴィングは、目を伏せながら言った。
「その子は……シャーリィは、病気なんだ。永続天使性無機結晶症。
エクスフィアを装備した際、数百万人に1人の確率で発症する、エクスフィアに対する肉体の拒否反応だ」
「拒否反応……つまりは、肉体の異常な抗原反応か。
レオノア百科全書第3巻に記述されていた、『アレルギー』みたいなものなのか?」
キールは、雪原に倒れたシャーリィから、一瞬も目を離さず。
それでいて、ミンツ大学の学士としての好奇心を忘れず、ロイドの話に静かに傾聴する。
ロイドは、浅く頷いた。
「ああ、ジーニアスもそんな事を話していたし、そういう考え方で間違いないと思うぜ。
……道理でおかしいと思ったんだ。いくらシャーリィがメルネス……ええと確か、海の神の巫女だよな?
その海の神の巫女だからって、エクスフィアの毒素に生身で耐えるなんて、な」
何かわけや裏があると思ったぜ、とロイドは締めくくる。
キールは、シャーリィから目を反らさずして、事務的に聞き返した。
「その永続天使性無機結晶症とやらに、患者の戦闘力や凶暴性が上がる、みたいな症状はあるのか?
もう少し噛み砕いて言うと、こいつがいきなり手足を再生させて、僕らに襲いかかったりする危険性は?
それから、治療法はあるのか?」
そして次に、ロイドの首は横に振られた。
「いや、永続天使性無機結晶症は、いきなり患者が怪物になったりするような症状はない。
肉体のエクスフィギュア化と、永続天使性無機結晶症は別件だ。
今回シャーリィの体には、それが同時に起こったみたいだな。それから――」
ロイドは静かに瞳をまぶたで覆いながら、言の葉を紡ぐ。
「――永続天使性無機結晶症の唯一の治療法は、ルーンクレストっていう、
ドワーフの技術と希少な材料を必要とする、特殊な要の紋をエクスフィアにはめ込むことだ。
だけど……」
ここには、ルーンクレストは存在しない。それは、空しい仮定に過ぎない。
厳密に言えば、ルーンクレストがここにないわけではない。
ただカイルの持つルーンクレストの存在を、ロイドが知らないに過ぎない。
そしてカイルは己の持つ装飾品が、そのルーンクレストであることを知らない。
一同がルーンクレストの存在を知るのは、よってほんの少し未来に先延ばしされることとなろう。
よって今はまだ空しいその仮定を、ロイドは口にし、視線を滑らせる。
一瞬、ほんの一瞬だけロイドは瞳を閉じた後、シャーリィを見た。
とうとうシャーリィの肉体は、最後に冒されずに済んでいた箇所、髪の毛までも輝石に蝕まれ始める。
これはもはや、ルーンクレストの有無が問題ではない。ロイドはその旨、一同に報告する。
「……もしここにルーンクレストがあったって、もうその子は助からないと思う。
その調子ならもう内臓も完全にエクスフィアにやられているだろうし、それに何より病気の進行速度が早過ぎる。
実は俺の仲間のコレットも、この病気にかかったことがあったんだけど、
その時も病気にやられたって俺達が気付いてから、慌ててルーンクレストの材料を集めても、何とか間に合った。
それなのに、今のシャーリィの病気の進行速度は、本来の数百倍、数千倍の速度で進んでる。
原因は、分からないけどな」
「妥当な推測としてはおそらく、シャーリィの特殊な体内の晶霊力バランスが原因と見るべきだろう。
ロイドの住んでいたシルヴァラントの人間に比べ、シャーリィのエクスフィアに対する抗原反応は、
単純計算なら数百倍か数千倍の強度で起こるんだと思う。
本来はエクスフィアが脱離しなければ起こらないはずの肉体のエクスフィギュア化が、
エクスフィアの脱離なしに起こったことが、その論拠だ。
つまり、シャーリィはもともと、エクスフィアに対するアレルギー体質だった、ってことだな。
その性質が水の民共通のものなのか、メルネスであるシャーリィだけの特異体質なのか、までは判断できないが」
その仮説を展開する間にも、キールは瞬きの時間すら惜しいとばかりに、シャーリィを睨みつける。
「助けて……暗い……暗いよ……!」


目の前の、人間の形を辛うじて留めた、生きているエクスフィアは虚空を掻いた。掻こうとした。
達磨にされたシャーリィには、それはかなわぬ話であったが。ただ、芋虫か何かのように蠢いてみせるだけだった。
キールは、そんなシャーリィにまるで汚物でも見るような視線を浴びせ、そして吐き捨てる。
「お前みたいな屑には、ふさわしい死に方だな。お前に人間として死ぬ権利はない……化け物として死ね!」
「違う……わたしは……化け物じゃない!」
「そんな得体の知れない、石と人間の合いの子の分際が、寝言をほざくな……!
お前をは化け物じゃないって言うなら、何だって言うんだ?」
氷刃をシャーリィの首筋に突きつけるヴェイグも、その言質には同意を示した。
「キールの意見に賛成だ。どこからどう見ても、お前は心も体もバイラスか何かだろう。違うか?」
カイルも、またディムロスも呼応して、首肯する。
「オレの両足を予め折っておいて正解だったな……!
この足が動けば、オレはもうとっくに、この場でお前に引導を渡してやっているぞ!」
怒るカイル。
(軍人は軍に志願する時、己の命に毛ほどの重さなし、と軍人勅諭にて叩き込まれる。
自らの命の軽きこと、鴻毛のごとし……それを肝に銘じぬ不覚悟な者に、相手の命を奪う権利はない!)
炎上するディムロス。
「ごめんなさい……許して! もうしないわ!」
シャーリィは、断末魔の悲痛さを帯びて、一同の怒りを受け止めた。
それでも、一同の怒りは収まるどころか、ますます燃え上がる。
こんな不覚悟な者に、友の、仲間の命を奪われ、また自らの命を奪われかけたとあれば、それも止むなしか。
その様子を、ただただグリッドは下唇を噛みながら、忸怩たる思いで眺める。
メルディは、わけも分からずクィッキーをその手の中で戯れさせる。
そして。
「なあ、みんな」
光翼を帯びた少年の静かな呟き。
「もう、その辺で、止してやれないか」
シャーリィに悪罵の声を浴びせる一同の中から、その声が湧いた。
もたらしたのは、ロイド。
静かな、静かな光を、瞳の奥で揺らせる。
そしてメルディを除き、全員が思わずロイドの方を向いた。
「その子は、どの道もう助からない。さっきそう言っただろ?
今この場で誰かがその子を手にかけたって、ほんの少し死期が短くなるだけだ。
今までさんざんに人を殺した罰は、永続天使性無機結晶症で、十分に償われるだろうさ。
こんな死の恐怖を味わいながら、人間としての尊厳を欠いた死に方をしなきゃいけないんだ。
十分、もう十分だろう?」
ぽかん。
一同は、そのまま開いた口を塞ぐことができなかった。
次の瞬間には、猛反発の声が迸る。キールが、その声をロイドに叩き付ける。
「何を言っているんだロイド! お前はこいつの肩を持つつもりか!?
こいつは今まで、人を何人殺してきたと思っている!? どれだけ痛めつけたと思う!!
こんな気持ちの悪い結晶に体の覆われた化け物に、人権を認める必要が何処に……!!」
「じゃあキールはリッドやメルディが永続天使性無機結晶症にやられてッ!!!」
怒号。
ロイドが返したのは、それに倍する怒号。
普段から頭の上で屹立している鳶色の髪が、更に怒りで逆立ち震える。
キールは、その剣幕にそれ以上の言葉を制された。
沈黙の帳が、重く一同の肩にのしかかる。
それを静かに破ったのは、ロイド本人。
「……永続天使性無機結晶症に冒されて……そんな風に体がエクスフィアに変わっていったからと言って、
リッドやメルディを化け物呼ばわりして、人間じゃなくてモンスターか何かと同じ存在として、
扱うことができるのかよ?」
「……え?」
キールは間抜けに思いながらも、そんな呆けたような声しか返すことが出来なかった。
てっきり、ロイドのことだから、シャーリィを絶対悪として扱う態度を糾弾すると思っていた。
けれども、それはキール自身の勝手な思い込みに終わった。
それを尻目に、ロイドは今度、怒りではなく悲しみに眉を歪ませ、一同に語りかける。
「その子は人間だ。たとえ体がエクスフィアに冒されたって、人間なんだ。
だからその子の事を、『化け物』だとか『気持ち悪い』だとか言うのは、止めてくれよ」


「……いきなり何を?」
そのロイドの反論に、ヴェイグまでもが怪訝そうに言葉を発する。
ロイドは、ヴェイグにも答えて曰く――
「さっきも俺は言ったろ?
俺の仲間も……コレットも一度、この病気にやられたことがあるって。
コレットはその時きっと、すごく怖かったと思う。
コレットが永続天使性無機結晶症にやられたとき、俺達にはずっとそれを隠していたんだ。
フォシテスって奴に肩の衣を焼かれて、俺達がその病気に気付くまでな。
自分の体を見せて気持ち悪いって思われないか……自分のことを化け物って呼ぶんじゃないか……って、
それが不安で、恐ろしくて、病気のことを誰にも相談できずにいたんだ。
だからコレットはその時まで、ずっと1人で、体をエクスフィアに蝕まれる恐怖と戦ってきたんだ。
旅の途中から、リフィル先生やしいなや、プレセアにも着替えや風呂を見せたがらなかったのは、
そういうわけだったんだ」
「それがどうだって言うんだよ、ロイド!?」
カイルは、憤怒よりはむしろ、困惑の表情を浮かべてロイドに叫んだ。
ロイドは、肩を、背の翼を、わなわなと震わせ、そして言葉をこぼした。
「みんなにシャーリィを憎むなとは言わない。俺だってジーニアスやゼロスや、しいなを殺した奴は憎いさ!
でも! せめてシャーリィのことを化け物なんて、言わないでやってくれよ……!
その子はコレットと同じで、自分の体がエクスフィアになる恐怖に、1人で戦ってきたんだ!
俺にはその恐怖がよく分かる。今俺の体は無機生命体化してる。
息をしなくても苦しくならない。眠くもならないし疲れも感じない。心臓だって、動いていない。
今の俺の体はほとんど、ゾンビやヴァンパイアみたいな、アンデッドと同じなんだ。
生き血や死肉すら摂らなくたって、マナさえあれば生きていける」
その話に、一同は驚愕。
皮肉。
これほどの皮肉が、あろうものか。
俗に天使は天界の使者と呼ばれ、闇の世界に生まれた生命体を調伏する、光の審判のもたらし手とされる。
そのアンデッドの天敵とも言うべき天使が、実はアンデッドに近い体を持ち、存在しているなど、
これほど皮肉な話が、あるものなのか。
ロイドの眉間に、深い深い皺が、いつの間にか刻まれている。
「無機生命体化と永続天使性無機結晶症は、厳密な話をすればちょっと違う。
でも、自分の体がエクスフィアや、アンデッドになる恐怖は……まともな人間の体じゃなくなる恐怖は、
みんなも何となく分かってくれるだろ?」
ヴェイグは、静かにロイドの言葉を首肯し、同時に驚いてもいた。
「ロイド……お前はそこまでの覚悟で、体を天使化させていたのか……!」
「無機生命体化なんて、天使に生まれ変わるって言えば聞こえはいいだろうさ。
でもその実態は、生ける屍になるのと何ら変わりはない。そうだろ?」
一同は沈黙するほか、なかった。その沈黙に、ロイドへの同意を込めるほか、成しうることはなく。
グリッドは、あられもなく涙を垂れ流し、服の裾を濡らしていた。
ロイドの悲愴なまでの覚悟を、ただ静かに受け止め、しくしくとすすり泣いている。
立ち上がるロイド。
その足は、シャーリィの方向を向いていた。
一同は、息を呑む。それでも、誰もロイドを止めなかった。止められなかった。
ロイドの足元に蠢く、おぞましい生命体。
青緑色の芋虫は、すでに人としての言葉さえ、失いつつある。
しゃがみ込むロイド。
そして。
「俺はお前の兄貴じゃないけど、お前の兄貴の代役にはなれるよな?」
その両手を、翼を、広げる。
包み込む。
グロテスクに蠢くエクスフィアの石像を。出来損ないの女神の像を。
それが数刻前まで、水の民の形質を辛うじて保っていた、シャーリィ・フェンネスであったとは、誰が想像できよう。
それを各自、その目で確かめていたはずのヴェイグやカイルらですら、信じられないのに。
そして抱きしめる。
人肌の温もりなど、すでに拭い去られてしまったエクスフィアの肌がただ痛々しくて、ロイドは悲痛に息を吐き出した。
そのエクスフィアの冷たさを更に拭おうとして、人肌の温もりを分けようとして、ロイドはシャーリィを強く抱く。
同じく温かい血の流れない無機生命体の体で、温もりなど当然与えられるはずもなく。
それを承知で、ロイドはシャーリィを抱擁する。
空色の光翼が、ロイドの体を、そしてシャーリィの体を取り囲む。


「グッド・ナイト……とでも言うべきなんだろう、な」
ヴェイグは、呟く。心ここに在らずといった様子で、静かに。
ヴェイグの目に映るロイドは、どう考えてもあのおぞましいアンデッド……
カレギア風に言えば、バイラス化した生物の遺体の仲間だとは、どうしても思えない。
キールは、霊峰ファロースのふもとに建つ、セイファート教会のステンドグラスを思い出していた。
カイルは、グリッドは、ストレイライズ大神殿の大理石の彫刻を、心に描いていた。
ロイドが、アンデッドの仲間であろうものか。
その姿は、たとえ大罪人であろうと、黄泉の国への旅立ちを安らかに迎えさせんと見守る、慈愛の大天使。
それ以外、どう形容しろというのか。
怒りが、憎しみが、気が付けば、心の中から溶けて流れ去っていた。
「俺……俺さ……」
相手を罪人と知りながらも、それでも安らかな永久の眠りを望む大天使を前に、グリッドは呟く。
「俺……こうなっちまう前に、シャーリィと会いたかったな……今、俺は心の底からそう思うぜ」
「だが現実には、俺達はこうして限りあった出会いを迎え、そして別れ行く。……思えば確かに、不条理なものだ」
ヴェイグは言う。心の底から湧き上がる、シャオルーンの波動が心地よい。
シャオルーンが認めるなら、それは己の心が真に在りたいその姿を取っていることの証拠。
心を熱し苛む怒りも、煮立たせ煩わせる憎しみもない、穏やかなこの心。
これこそがヴェイグが認め、そしてシャオルーンに証明された、想いなのだ。
「変だよな、オレ。……さっきまであんなに憎かったシャーリィが、どうしてこんなに哀れに思えるんだろう」
(それは、お前もロイドも、本質的には甘ちゃんだからに過ぎまい)
ディムロスは、ロイドを見るカイルに言う。
コアクリスタルの輝きは、カイルを突き放すようでいて、それでもどこか突き放しきれない。
ディムロスはそのもどかしさを、ただ心の声と共に吐き出そうと努めた。
(まったく、お前達は揃いも揃って下らん感傷などに浸って……下らん、実に下らん。
自己満足で敵に慈悲をかけ、それを尊ぶなどな。
だが……)
それこそが、英雄の素養なのかも知れない。ディムロスは送話機能を切ってから、1人ごちる。
敵にさえ慈悲をかけ、尊厳を認め、哀れむ。
その心の強さを、人がみなすべからく持っていれば、この世はどれほど素晴らしい桃源郷だろう。
敵でさえも救うその意志を、天上人が始めから持っていれば、そもそも天地戦争は起こらなかっただろう。
彗星の衝突がもたらした冬の中、手を取り合い助け合うことが出来れば、どれほどの人が助かったか。
天地戦争に勝利するよりも、遥かに多くの人を救うことが出来たのは、少なくとも確実――。
(!!!)
ぞくり。
ディムロスは、刀身全体が震え上がったかのような錯覚に捕らわれた。
ディムロス・ティンバーであった頃、自分自身や仲間を何度も死地から救った、戦士の勘。
鋭く鋭く鍛えられたその勘が、突如警鐘を最大音量で鳴らした。
このままでは、誰かが死ぬ。誰かが……誰かが……!
(いかん! ロイド!!)
ディムロスのコアクリスタルは、確かに映していた。
ロイドの胸の内に抱かれる、シャーリィの瞳を。
エクスフィアの奥に燃える、殺意の業火を。
「ONIICHAaaaAAAAAAHHHHHN!!!!」
それでも、ディムロスが警告を発したときには、全てが終わった。
過程を経た後に訪れる結果は、一本に絞り込まれていた。
シャーリィの右手の断面から噴出した、数十もの触手の束。
もしここにスタンかハロルドがいたなら、確実にあの光景を思い出していただろう。
エクスフィギュアと化したマウリッツが繰り出してきた、触手攻撃。
水の民の遺伝子とエクスフィアが反応することにより成り立つ、本来のエクスフィギュアには不可能な攻撃。
その一撃が、大木を割り裂く雷霆のごとくに、貫き去っていた。
ロイドの左胸を。
直撃。
密着間合いゆえの、直撃!


「あ……」
キールは、一瞬の困惑。
「ああ……!!」
続けて、絶望。
「ロイドぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!!」
更に、激怒。
「貴様ァァァァァァァァァーーーッ!!!」
反射的に、魔杖ケイオスハートを投擲。普段のキールを知る者からは信じられぬ、鬼神の表情。
キールの体内の憎悪は、一陣の破滅の矢と化し、空を舞う。
「…………!」
シャーリィの触手によりぶち抜かれ、体内から、それがはみ出ている。ロイドの、心臓。
ケイオスハートは、命という名の禁断の果実への飢えを隠さずして、風を裂く。
「ぐふおっ……!」
シャーリィが放った触手の束の先端にぶら下がる、ロイドの心臓は、刹那。
ケイオスハートの石突きは、間違いなくその方向を向いている。
「ああああああ!!」
みぎゅり。みぎゅり。
ケイオスハートの石突きは、シャーリィの盆の窪を狙う。
「あ……! ああ……!」
触手は、すり潰す。ロイドの心臓を、ただの挽き肉にする。
この位置。速度。もはや、何人たりとて、防ぐことは出来まい。
鮮血が垂れて/空を貫いて
ピンクの挽き肉が地面に降り注いで/とうとう石突きがシャーリィの後頭部に触れて
ロイドの命の源が雪の大地を汚して/シャーリィの脊の髄を割り穿って
。
。
。
それで、全ては終わっていた。
それが、結果。
いつの間にか、雪が蒸発して生まれた霧は、風にさらわれていた。
かりそめの空に浮かぶかりそめの太陽が、再び雪原を眩しく輝かせる。
その世界の中でも特に、二者は眩しかった。
魔杖ケイオスハートを後頭部に突き立てられ、命を失ったシャーリィと。
シャーリィが最後っ屁とばかりに繰り出した触手で、心臓を失ったロイドと。
空しげに吹き過ぎる風、一陣。
ケイオスハートの宝玉が、歓喜に耐え切れないといった様子で、赤黒く輝いた。
とうとうこの島で食べることの出来た、初めての命。シャーリィの命。
神の美酒にも勝る、禁断の果汁の味わいに感じ入るように、ケイオスハートは禍々しく震えた。
「…………か……よ……」
ロイドは、血反吐を吹いた。
「これが……お前の望みかよ……!」
もしシャーリィを叩き伏せた後、天使化を維持していなかったなら、間違いなく死んでいた。
「本当に、これがお前の望みだったのかよ……!」
心臓を失う。それはすなわち、血の流れる生命体にとって、死と同義語。
「それで……お前は満足だったのかよ……!?」
だが、肉体の無機化が、絶対の死であるはずの心臓の喪失から、致死性を奪い去っていた。
「お前の兄貴は、満足なのかよ!?」
ロイドは奇跡の生還を果たし、そして未だその生を、紙一重のところで繋いでいた。
「ちくしょう……!」
ロイドは、腕の中で抱いたエクスフィアの石像を、焦点がなかなか合わない瞳で見ながら、歯噛みして呻いた。
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


ロイドの腕の中の石像は、不気味に顔を歪めていた。
自らの取り付かれた妄執に、余りに素直でありすぎたがゆえに。
どれほど狂気と背徳の世界を知り尽くした彫刻家ですら再現できない、その表情を張り付かせていた。
笑顔は、余りにも邪悪すぎた。
邪悪すぎて、未だ生きているかのような錯覚さえ感じるほどに。
シャーリィ・フェンネスは、その命の最後のひとかけらまでを、愛する兄に捧げた。
悲しいほどに、愚かなまでに、ひたむきに。
その表情は、もはや人間のものではありえなかった。
それは邪神の偶像と評するに何ら異論のない、狂気の産物だった。
ロイドは、文字通り胸が潰れるほどの、凄まじい慟哭を空に響かせた。
(お兄ちゃんに会うために、お前は死ね)
その表情にありありと浮かんだ、その悪意そのものの意志だけがただ、この雪原に空しくわだかまっていた。


【グリッド 生存確認】
状態:更に強まった正義感 全身打撲 プリムラ・ユアンのサック所持
所持品:マジックミスト 占いの本 ハロルドメモ プリムラの遺髪 ミスティブルーム ロープ数本
    C・ケイジ@I ソーサラーリング ナイトメアブーツ ハロルドレシピ
基本行動方針:漆黒の翼のリーダーとして生き延びる
第一行動方針:ロイド達に協力する
第二行動方針:マーダー排除に協力する
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP15% TP30% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持
   両腕内出血(動かすことは可能) 側頭部強打 背中に3箇所裂傷
   大疲労(肉体仮死化の反動) 左眼失明(眼球破裂) 胸甲を破砕された
所持品:チンクエディア アイスコフィン 忍刀桔梗 ミトスの手紙
    「ジューダス」のダイイングメッセージ 45ACP弾7発マガジン×3
基本行動方針:今まで犯した罪を償う(特にカイルへ)
第一行動方針:キールとのコンビネーションプレイの練習を行う
第二行動方針:もしティトレイと再接触したなら、聖獣の力でティトレイを正気に戻せるか試みる
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP25% TP35% 両足粉砕骨折 両睾丸破裂(男性機能喪失)
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 要の紋
    蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
    S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形
基本行動方針:生きる
第一行動方針:守られる側から守る側に成長する
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP40% 「鬼」になる覚悟  裏インディグネイション発動可能 ゼクンドゥス召喚可能
メルディにサインを教授済み
所持品:ベレット セイファートキー BCロッド キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書
ダブルセイバー タール入りの瓶(中にリバヴィウス鉱あり。毒素を濃縮中) 漆黒の翼のバッジ
C・ケイジ@C(全大晶霊の活力最大?)
基本行動方針:脱出法を探し出す。またマーダー排除のためならばどんな卑劣な手段も辞さない
第一行動方針:ロイドを生き残らせる
第二行動方針:仲間の治療後、マーダーとの戦闘を可能な限り回避し、食料と水を集める
第三行動方針:タールを濃縮し、グリッドに毒塗りダブルセイバーを渡す
第四行動方針:共にマーダーを倒してくれる仲間を募る
第五行動方針:首輪の情報を更に解析し、解除を試みる
第六行動方針:暇を見てキールのレポートを増補改訂する
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【メルディ 生存確認】
状態:TP40% 精神磨耗?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)  キールにサインを教わった
所持品:スカウトオーブ・少ない
    ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー(漆黒の翼のバッジを装備) 漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:キールに従う(自己判断力の低下?)
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

【ロイド=アーヴィング 生存確認】
状態:HP20% TP40%  右肩・胸に裂傷(処置済み) 右手甲接合中 決意 天使化 心臓喪失 激しい悲哀
所持品:トレカ、カードキー エターナルリング ガーネット ホーリィリング 忍刀・紫電
ウッドブレード(刻印あり) 漆黒の翼のバッジ×7(うち1個を胸に装備) リーダー用漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:皆で生きて帰る、コレットに会う
第一行動方針:回復後はコレットの救出に向かう
第二行動方針:キールをマーダーなんかにさせない!
第三行動方針:クレスを倒すべく、EXスキルの戦闘中の組み換え練習をする
現在位置:E3の丘陵地帯・ケイオスハートの落下点

※なおロイドは心臓を失ったため、天使化の解除は実質上不可能(解除したなら死亡)
※よってこれ以降、ロイドのTPの自然回復は凍結

ドロップアイテム一覧:
メガグランチャー ネルフェス・エクスフィア フェアリィリング ハロルドの首輪
UZI SMG(マガジンは空) スティレット
イクストリーム マジカルポーチ ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) パイングミ
ジェットブーツ 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) 首輪×2 ミラクルグミ
ウィングパック(食料が色々入っている)  金のフライパン ウグイスブエ(故障)
ハロルドメモ2(現状のレーダー解析結果+α) ペルシャブーツ
魔杖ケイオスハート(シャーリィの命を吸収)

【シャーリィ・フェンネス 死亡】
【残り11人】

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