約束への帰路は遠からじ
あの人は、罪は償えないと言った。確かにそうだと思う。
あの人が母さんを殺したという事実は、これからもずっと変わらない。
父さんを殺したのはクレス。ロニやジューダスを殺したのがリオン。
リアラを殺したのがミトスやアトワイトさん、止め切れなかったオレ。
そして母さんを殺したのが……あの人。
あの人が母さんを殺したという事実は、これからもずっと変わらない。
父さんを殺したのはクレス。ロニやジューダスを殺したのがリオン。
リアラを殺したのがミトスやアトワイトさん、止め切れなかったオレ。
そして母さんを殺したのが……あの人。
もしオレがあの人のことを許さず、復讐すると言ったら、甘んじて首を差し出すのだろうか。
いや、違う。あの人は罪を受け止めて生きることを選んだんだから、オレの言葉を拒否するだろう。
なら、あの人にとっての罰は、いつまでも罪を背負い、呵責を続けながら人生を歩むことなのだろうか?
あの人は、罪を償えないと言った。そうだ、あるのは償いではなく罰だ。
死という形ではなく、生きて、本当なら普通に過ごすはずだった時間を奪い去られる罰。
――例え罪は消えなくとも、オレが許したとしたら、それは変わるのだろうか?
許し許されることは、本当に自己満足なんだろうか。
――それでも、やっぱり母親を殺した人を許すことなんてできない?
罪を背負い続けることが罰だとするなら、一思いに許さない方がいいのか。
こんなことを考えるのは、オレもリオンとリアラの命を奪ったからなんだろうか。
たった15歳の自分が断定できるものなんて、見渡してもどこにもない。
ならせめて、一体自分の気持ちはどこにあるのだろう。
身体の中のものを全部吐き出したとしても、そこに自分の名を冠するものはあるのだろうか。
何が、あの人のためになるのか。
いや、違う。あの人は罪を受け止めて生きることを選んだんだから、オレの言葉を拒否するだろう。
なら、あの人にとっての罰は、いつまでも罪を背負い、呵責を続けながら人生を歩むことなのだろうか?
あの人は、罪を償えないと言った。そうだ、あるのは償いではなく罰だ。
死という形ではなく、生きて、本当なら普通に過ごすはずだった時間を奪い去られる罰。
――例え罪は消えなくとも、オレが許したとしたら、それは変わるのだろうか?
許し許されることは、本当に自己満足なんだろうか。
――それでも、やっぱり母親を殺した人を許すことなんてできない?
罪を背負い続けることが罰だとするなら、一思いに許さない方がいいのか。
こんなことを考えるのは、オレもリオンとリアラの命を奪ったからなんだろうか。
たった15歳の自分が断定できるものなんて、見渡してもどこにもない。
ならせめて、一体自分の気持ちはどこにあるのだろう。
身体の中のものを全部吐き出したとしても、そこに自分の名を冠するものはあるのだろうか。
何が、あの人のためになるのか。
「自分の気持ちに嘘を吐くな」
あの人の言葉が頭に蘇る。中でがんがんと響いて、跳ね返って、オレの心を強く揺さぶる。
はっと視界が白くなっていき開けていく。
心の淀みがさっと押し出され、まっさらな地平線が広がる感覚。
足りなかったのは1歩踏み出す勇気だ。あの人がオレにすべてを告げるのが怖かったのと同じように。
自分の気持ちに素直になるのなら、答えなんて――――
あの人の言葉が頭に蘇る。中でがんがんと響いて、跳ね返って、オレの心を強く揺さぶる。
はっと視界が白くなっていき開けていく。
心の淀みがさっと押し出され、まっさらな地平線が広がる感覚。
足りなかったのは1歩踏み出す勇気だ。あの人がオレにすべてを告げるのが怖かったのと同じように。
自分の気持ちに素直になるのなら、答えなんて――――
夜空に輝く一番星。落ち始めた夜に煌く、1つの希望。
互いに素直になって元の親友同士に戻った2人は、肩を組んで――というよりは1人はいやいや組まされている状態で――
残された少年の下に戻ろうとしていた。
肩にかかる重さは鬱陶しくも心地よく、懐かしさすら覚える。
それほどこの重みは今まで遠くにあって、自分にとって大事なものだったのだ。
互いに素直になって元の親友同士に戻った2人は、肩を組んで――というよりは1人はいやいや組まされている状態で――
残された少年の下に戻ろうとしていた。
肩にかかる重さは鬱陶しくも心地よく、懐かしさすら覚える。
それほどこの重みは今まで遠くにあって、自分にとって大事なものだったのだ。
振り返ったヴェイグは、1つの違和感に気付いた。
弾き飛ばしてしまったディムロスは地に転がっているはずなのに、地面に肝心の影はない。
どこに行ったのかと目を配らせると割とあっけなく見つかった。
炎の大剣は後方で待機し、箒に乗ったカイルの手に握られていたのだ。
そのカイルは、じっとディムロスを見つめている。
ヴェイグがティトレイの腕をほどきカイルに近付いても、顔を上げずただ鈍く光る刀身と、そこに映り込んだ自分の顔を見つめていた。
光源が沈みかけていることによって少しだけ影に隠されたカイルの表情は、
口元をきつく縛り、眉間を寄せるシリアスなものだった。
15歳とはいえまだ幼さの残る顔立ちに、その表情は相応の重みを伴って浮かび上がっていた。
カイル、とたまらずヴェイグは一声かける。
「……ヴェイグさん。罪は、償えないんですよね」
返答が来るのにもやや時間がかかった。
静かな、搾り出すような声音と、その発言自体にヴェイグは驚いて身を震わせる。
「……ああ」
しかし彼はそれが真実だとでも言うように、カイルの言葉を肯定した。
夕方の空気は冷え込み始め、肺を満たす酸素は爽やかだ。
ティトレイに向けて叫んだ言葉たちは決して自分にとって偽物ではない。
罪は償えば消えるものではなく、いつまでも付いてくるものなのだと。
弾き飛ばしてしまったディムロスは地に転がっているはずなのに、地面に肝心の影はない。
どこに行ったのかと目を配らせると割とあっけなく見つかった。
炎の大剣は後方で待機し、箒に乗ったカイルの手に握られていたのだ。
そのカイルは、じっとディムロスを見つめている。
ヴェイグがティトレイの腕をほどきカイルに近付いても、顔を上げずただ鈍く光る刀身と、そこに映り込んだ自分の顔を見つめていた。
光源が沈みかけていることによって少しだけ影に隠されたカイルの表情は、
口元をきつく縛り、眉間を寄せるシリアスなものだった。
15歳とはいえまだ幼さの残る顔立ちに、その表情は相応の重みを伴って浮かび上がっていた。
カイル、とたまらずヴェイグは一声かける。
「……ヴェイグさん。罪は、償えないんですよね」
返答が来るのにもやや時間がかかった。
静かな、搾り出すような声音と、その発言自体にヴェイグは驚いて身を震わせる。
「……ああ」
しかし彼はそれが真実だとでも言うように、カイルの言葉を肯定した。
夕方の空気は冷え込み始め、肺を満たす酸素は爽やかだ。
ティトレイに向けて叫んだ言葉たちは決して自分にとって偽物ではない。
罪は償えば消えるものではなく、いつまでも付いてくるものなのだと。
カイルは未だ顔を上げていない。
今更ヴェイグは当然だと思い、何も知らないカイルの表情が罪の証だと感じた。
肉親の命を奪ったのである。自らの行いは許されていいものではない。
少なくとも誰かを殺したとは知っているのだから、もしかしたらカイルは、償えないと断定したことを
「罪なんて忘れてしまえばいい」と捉えたのかもしれない。
償わないのに生きるなんて、聞き方によってはそれこそ傲慢だ。
ヴェイグは沈黙を続けるカイルに、自然と頭をうなだらせていた。
「罪を受け止めて、生きることが大切なんですよね」
ディムロスを見たまま、カイルは再び口を開いた。
「ああ」
「自分の気持ちに嘘をつくのは、間違いなんですよね」
「……ああ」
ただ頷くしかなく、ヴェイグはそれ以上を何も言えなかった。
カイルが顔を上げ、揺れた髪の隙間に残っている明かりが差し込んだ。
照らされた真摯な顔が、目の前の青年を見つめた。
「なら、オレはこれから北に向かいます」
少年の口から発せられた言葉はあまりにも予想からかけ離れたものだった。
見当違いも甚だしいと、少々間抜けた顔をしてしまったほどである。
意識が定まり両目の焦点も適合したところで、カイルの真剣な面持ちにやっと気付く。
即座に彼は首を大きく振った。
「正気か!? 北は禁止エリアに」
「だからです。北には、アトワイトさんがいます」
けれども、カイルは動じずにすぐさま答えた。一寸のぶれさえない。
むしろ、ヴェイグの反応があらかじめ分かっていたかのような淀みのない回答だった。
「アトワイトはミトスが持っているんだぞ。それにお前の怪我ではろくに戦えないだろう?
さっきの戦いを忘れたのか!?」
事実や経験に裏打ちされた、確定事項による論理。まさに正論だった。
カイルもそれを承知しているからこそ、ここだけは反撃できないようだった。
一層表情が険しくなり、視線の方向がヴェイグからずれる。正視できないのを隠すように目を伏せる。
両肩が持ち上がっている姿は、感情が溢れ出てしまいそうになるのを抑えているようだった。
「……それでも行かなきゃいけないんです。例え命を投げ出すのに等しいことでも、これだけは譲れません」
カイルの手の内に握られたディムロスが一驚したような息をこぼす。
少年の顔付きはまるで諦めの兆しが見えなかった。
どれだけ力を加えようが、反射する鏡を置こうが曲がりようのない意志。止められないのか、と彼は思った。
今更ヴェイグは当然だと思い、何も知らないカイルの表情が罪の証だと感じた。
肉親の命を奪ったのである。自らの行いは許されていいものではない。
少なくとも誰かを殺したとは知っているのだから、もしかしたらカイルは、償えないと断定したことを
「罪なんて忘れてしまえばいい」と捉えたのかもしれない。
償わないのに生きるなんて、聞き方によってはそれこそ傲慢だ。
ヴェイグは沈黙を続けるカイルに、自然と頭をうなだらせていた。
「罪を受け止めて、生きることが大切なんですよね」
ディムロスを見たまま、カイルは再び口を開いた。
「ああ」
「自分の気持ちに嘘をつくのは、間違いなんですよね」
「……ああ」
ただ頷くしかなく、ヴェイグはそれ以上を何も言えなかった。
カイルが顔を上げ、揺れた髪の隙間に残っている明かりが差し込んだ。
照らされた真摯な顔が、目の前の青年を見つめた。
「なら、オレはこれから北に向かいます」
少年の口から発せられた言葉はあまりにも予想からかけ離れたものだった。
見当違いも甚だしいと、少々間抜けた顔をしてしまったほどである。
意識が定まり両目の焦点も適合したところで、カイルの真剣な面持ちにやっと気付く。
即座に彼は首を大きく振った。
「正気か!? 北は禁止エリアに」
「だからです。北には、アトワイトさんがいます」
けれども、カイルは動じずにすぐさま答えた。一寸のぶれさえない。
むしろ、ヴェイグの反応があらかじめ分かっていたかのような淀みのない回答だった。
「アトワイトはミトスが持っているんだぞ。それにお前の怪我ではろくに戦えないだろう?
さっきの戦いを忘れたのか!?」
事実や経験に裏打ちされた、確定事項による論理。まさに正論だった。
カイルもそれを承知しているからこそ、ここだけは反撃できないようだった。
一層表情が険しくなり、視線の方向がヴェイグからずれる。正視できないのを隠すように目を伏せる。
両肩が持ち上がっている姿は、感情が溢れ出てしまいそうになるのを抑えているようだった。
「……それでも行かなきゃいけないんです。例え命を投げ出すのに等しいことでも、これだけは譲れません」
カイルの手の内に握られたディムロスが一驚したような息をこぼす。
少年の顔付きはまるで諦めの兆しが見えなかった。
どれだけ力を加えようが、反射する鏡を置こうが曲がりようのない意志。止められないのか、と彼は思った。
「なら、俺も北へ行く。お前1人をみすみす行かせる訳にはいかない」
「……ヴェイグさんなら、そう言うと思ってました」
目を閉じたままのカイルの表情がふっと柔らかくなり、彼に笑いかける。
期待がヴェイグの顔に表れ、彼にしては珍しく明るくなる。
だが、カイルが瞼を上げることでそれもあっけなく裏切られた。
「でもダメです。オレ1人で行きます」
目の色はまるで先程と変わっていなかったのだ。
何者も寄せ付けない、あまりに強く眩すぎる眼光。そこに踏み込んでしまえば、逆に呑まれて足場を見失ってしまう。
決意は誰にもへし折りなどできなかった。
「何故だ? 無茶というのが分からないのか!?」
カイルはうーん、と唸り、少し考え込んでから答えた。
「あなたまで危険に巻き込む訳にはいきませんから。それに十分あなたも傷がひどいです」
先程のヴェイグの理論とほぼ同じ内容だった。すなわち、彼もまた反駁することはできない。
それでも、と彼も言えばよかったのだろうが、E3にいたときのカイルの言葉が脳裏に再生され、口は開かなかった。
自分は1度でもカイルの意思をちゃんと尊重したことがあっただろうか?
自分の求めるものは償いによる自己満足ではないと知った今、
カイルに一方的に同伴することは、結局は自己満足の域を出ていないのではないか?
シャーリィの術を防いだあのときのように、カイルを「死なせたくない」のではなく、「死なせてはいけない」だけだと。
「大丈夫です。オレには生きて戻る理由があります。
生きて、あなたに言わなきゃいけないことがあります」
え、とヴェイグは呟いた。カイルの顔を見れば、何かを取り払ったような晴々とした表情だった。
反して彼の顔には明らかな困惑がにじみ出ている。そして彼はまさか、と思った。
否定の言葉にすらならない文字の羅列が、意味もなく紡がれていた。
「……ヴェイグさんなら、そう言うと思ってました」
目を閉じたままのカイルの表情がふっと柔らかくなり、彼に笑いかける。
期待がヴェイグの顔に表れ、彼にしては珍しく明るくなる。
だが、カイルが瞼を上げることでそれもあっけなく裏切られた。
「でもダメです。オレ1人で行きます」
目の色はまるで先程と変わっていなかったのだ。
何者も寄せ付けない、あまりに強く眩すぎる眼光。そこに踏み込んでしまえば、逆に呑まれて足場を見失ってしまう。
決意は誰にもへし折りなどできなかった。
「何故だ? 無茶というのが分からないのか!?」
カイルはうーん、と唸り、少し考え込んでから答えた。
「あなたまで危険に巻き込む訳にはいきませんから。それに十分あなたも傷がひどいです」
先程のヴェイグの理論とほぼ同じ内容だった。すなわち、彼もまた反駁することはできない。
それでも、と彼も言えばよかったのだろうが、E3にいたときのカイルの言葉が脳裏に再生され、口は開かなかった。
自分は1度でもカイルの意思をちゃんと尊重したことがあっただろうか?
自分の求めるものは償いによる自己満足ではないと知った今、
カイルに一方的に同伴することは、結局は自己満足の域を出ていないのではないか?
シャーリィの術を防いだあのときのように、カイルを「死なせたくない」のではなく、「死なせてはいけない」だけだと。
「大丈夫です。オレには生きて戻る理由があります。
生きて、あなたに言わなきゃいけないことがあります」
え、とヴェイグは呟いた。カイルの顔を見れば、何かを取り払ったような晴々とした表情だった。
反して彼の顔には明らかな困惑がにじみ出ている。そして彼はまさか、と思った。
否定の言葉にすらならない文字の羅列が、意味もなく紡がれていた。
心の奥で誰かが囁く。
ほら、全て喋って吐き出して楽になってしまいなよ。すぐに頭と身体は離れてもう何も考えずに済むから。
ほら、全て喋って吐き出して楽になってしまいなよ。すぐに頭と身体は離れてもう何も考えずに済むから。
「いいじゃねえか、行かせてやれば。それがカイルの気持ちなんだろ?」
唐突に響いた埒外の声に、2人はほぼ同時にそっちの方を向いた。
頭に腕を組んでいるティトレイはごくごく普通の面持ち、すなわち当然だとでも言いたげな表情だった。
ヴェイグの口から言葉が出る前にティトレイはカイルへと近付き、何かを差し出す。
「お前がそうしたけりゃ、そうすりゃいい。きっとお前は1人で行くことの意味もリスクも分かってるんだろ?」
カイルは差し出されたものを受け取る。
「なら、俺に止める理由はねえ」
へへ、とティトレイは笑う。ヴェイグは黙ってその様子を横で見ているしかなかった。
「……さっき聞いてたなら分かってっと思うけど、昨日の夜、お前を地下に突き飛ばしたのは俺だ。
悪かった、っつっても簡単に許してもらえるとは思ってねえ。
けどな、お前を行かせるのは引け目があるとか、そんなんじゃない。それがお前の決めたことなら、止めるべきじゃねえから」
頭を掻きながらとつとつと語る青年に、カイルは頷くことも否定することもなく笑っていた。
ティトレイの言葉に、先刻のある言葉を思い出していた。
沈み込んでいたかと思えばいきなり高々と演説を始めた、痛みを伴った青年の繰る言葉。
血を吐いてまで伝えたかった、何かを失った自分たちへの真っすぐな言葉。
自分の意思を尊重しろ。その言葉通りなら、ヴェイグの阻止も自分の意思ゆえなのだからあながち間違いではない。
だが、それ以上に彼は自分の行いを疑問視し、カイルの「自分」の意思が気にかかっていた。
これまでが何らかの形で誤っていたのなら、違う一手を出すべきではないのか?
首輪、禁止エリア、命を奪い合うゲーム、効率化、守るということ、罪と償いと罰、それらはある前提の上に成り立った概念である。
すなわち、バトル・ロワイアルという枠組みの。
そこまで考えて、自分はこの殺し合いの一部として取り込まれているのだと理解した。
唐突に響いた埒外の声に、2人はほぼ同時にそっちの方を向いた。
頭に腕を組んでいるティトレイはごくごく普通の面持ち、すなわち当然だとでも言いたげな表情だった。
ヴェイグの口から言葉が出る前にティトレイはカイルへと近付き、何かを差し出す。
「お前がそうしたけりゃ、そうすりゃいい。きっとお前は1人で行くことの意味もリスクも分かってるんだろ?」
カイルは差し出されたものを受け取る。
「なら、俺に止める理由はねえ」
へへ、とティトレイは笑う。ヴェイグは黙ってその様子を横で見ているしかなかった。
「……さっき聞いてたなら分かってっと思うけど、昨日の夜、お前を地下に突き飛ばしたのは俺だ。
悪かった、っつっても簡単に許してもらえるとは思ってねえ。
けどな、お前を行かせるのは引け目があるとか、そんなんじゃない。それがお前の決めたことなら、止めるべきじゃねえから」
頭を掻きながらとつとつと語る青年に、カイルは頷くことも否定することもなく笑っていた。
ティトレイの言葉に、先刻のある言葉を思い出していた。
沈み込んでいたかと思えばいきなり高々と演説を始めた、痛みを伴った青年の繰る言葉。
血を吐いてまで伝えたかった、何かを失った自分たちへの真っすぐな言葉。
自分の意思を尊重しろ。その言葉通りなら、ヴェイグの阻止も自分の意思ゆえなのだからあながち間違いではない。
だが、それ以上に彼は自分の行いを疑問視し、カイルの「自分」の意思が気にかかっていた。
これまでが何らかの形で誤っていたのなら、違う一手を出すべきではないのか?
首輪、禁止エリア、命を奪い合うゲーム、効率化、守るということ、罪と償いと罰、それらはある前提の上に成り立った概念である。
すなわち、バトル・ロワイアルという枠組みの。
そこまで考えて、自分はこの殺し合いの一部として取り込まれているのだと理解した。
「本当に、それでいいんだな?」
ヴェイグは一息分の沈黙ののち、カイルへ向かって言う。
ひどく抑圧された低声だったが、それは我を押し殺しているというよりは、真剣に相手の意思を確かめる意味合いが強かった。
カイルはただ黙って頷いた。
そうしてヴェイグもまたティトレイと同じように、何かを差し出す。
「なら、俺も止めはしない。ただ」
彼は目を細め、少しだけ俯く。
「必ず、生きて戻れ」
迂遠な約束だった。今は聞かないから、代わりに生きて会えたら聞くから、すべてを話すからと。
横でティトレイが罪を明かすのを聞きながら、語らぬのは卑怯だ、ともヴェイグは思った。
しかしこれが約束の形だ。後ろ向きの感情も消え去ってしまう。
ティトレイの差し出したものが餞だとするならば、ヴェイグが差し出したものは無事への願いである。
別にカイルにルーティのことを告げられるのを恐れている訳ではない。
むしろ、すべてを明かす勇気を持てたからこそ、ここで告げてはならないのだ。
今、限りある時間をカイルから奪う訳にはいかない。
何よりも、ここで吐露して満足してしまってはいけない。彼にとって重要なのは明かした先にある行程だ。
帰還を信じるために、それを残しておかねばならないのだ。
ヴェイグの重々しくもはっきりとした言葉に、カイルはアイテムを受け取り別の手へと移し、そしてもう1度手を差し出して応えた。
グローブのはめられた手の1番下、小指がちょこんと飛び出ている。
「約束といったら、指切りでしょう?」
何事か、と小指をしげしげと見つめていたヴェイグは、その言葉でようやく意図を理解した。
指切りなんて子供の時分からどれくらいしていないか、覚えてすらいないほどだが、
彼は気恥ずかしさを抑え小指を出して相手の指に交わした。
この小指ほどに細く心もとないが、せめてこの繋がりが絶たれぬように。
指を離したヴェイグは、どこかすうっとしたカイルの表情を見ながら一言、「行け」とだけ言った。
口に自らの感情の支配権を委ねてしまえば、時間を食うどころか
一体どんな言葉が出てくるか分からない。やはり止めてしまうかもしれない。
カイルの思いを優先するとしても、それほどカイルは危険な状況に乗り込もうとしているのだ。
少年は彼にただ笑って応えた。何の余韻も残さぬよう、そのまま箒を反転させ、フルスロットルで発進させる。
夕闇に七色の軌跡を残し、カイルの姿はあっという間に溶けて消えてしまった。
ヴェイグは一息分の沈黙ののち、カイルへ向かって言う。
ひどく抑圧された低声だったが、それは我を押し殺しているというよりは、真剣に相手の意思を確かめる意味合いが強かった。
カイルはただ黙って頷いた。
そうしてヴェイグもまたティトレイと同じように、何かを差し出す。
「なら、俺も止めはしない。ただ」
彼は目を細め、少しだけ俯く。
「必ず、生きて戻れ」
迂遠な約束だった。今は聞かないから、代わりに生きて会えたら聞くから、すべてを話すからと。
横でティトレイが罪を明かすのを聞きながら、語らぬのは卑怯だ、ともヴェイグは思った。
しかしこれが約束の形だ。後ろ向きの感情も消え去ってしまう。
ティトレイの差し出したものが餞だとするならば、ヴェイグが差し出したものは無事への願いである。
別にカイルにルーティのことを告げられるのを恐れている訳ではない。
むしろ、すべてを明かす勇気を持てたからこそ、ここで告げてはならないのだ。
今、限りある時間をカイルから奪う訳にはいかない。
何よりも、ここで吐露して満足してしまってはいけない。彼にとって重要なのは明かした先にある行程だ。
帰還を信じるために、それを残しておかねばならないのだ。
ヴェイグの重々しくもはっきりとした言葉に、カイルはアイテムを受け取り別の手へと移し、そしてもう1度手を差し出して応えた。
グローブのはめられた手の1番下、小指がちょこんと飛び出ている。
「約束といったら、指切りでしょう?」
何事か、と小指をしげしげと見つめていたヴェイグは、その言葉でようやく意図を理解した。
指切りなんて子供の時分からどれくらいしていないか、覚えてすらいないほどだが、
彼は気恥ずかしさを抑え小指を出して相手の指に交わした。
この小指ほどに細く心もとないが、せめてこの繋がりが絶たれぬように。
指を離したヴェイグは、どこかすうっとしたカイルの表情を見ながら一言、「行け」とだけ言った。
口に自らの感情の支配権を委ねてしまえば、時間を食うどころか
一体どんな言葉が出てくるか分からない。やはり止めてしまうかもしれない。
カイルの思いを優先するとしても、それほどカイルは危険な状況に乗り込もうとしているのだ。
少年は彼にただ笑って応えた。何の余韻も残さぬよう、そのまま箒を反転させ、フルスロットルで発進させる。
夕闇に七色の軌跡を残し、カイルの姿はあっという間に溶けて消えてしまった。
今になって、どこか後悔めいたものが胸を過ぎる。
「やっぱ止めときゃよかった、とか思ってるか?」
横に立っていたティトレイが、完全にカイルの姿が消えたのを見計らって声をかける。
「半々、だな」
ヴェイグは顔を背け答えた。
「カイルはああ言うが、帰ってこれる保障などどこにもない。
このまま何も告げることなく、約束は約束のまま終わるかもしれない」
「けど、な」
「止めてもあいつは……振り切ってでも行っただろう」
分かっているからこそカイルを止めるべきでもあり、しかしどうしようもなかった。
こうしてカイルは2人の目の前から消えてしまった。
約束を交わした手を見つめ、握った拳をゆっくりと開く。5本の指は伸び、小指は特別な存在ではなくなってしまった。
彼の頭を過ぎるのはいつも最悪の結末だった。
それを思い描くということは、カイルの死とは一体どれだけ自分に比重があるものなのか。
自分の背中にかかる重み以上に、少年の存在は大きいのかもしれない。
違う、と思った。
少年はこの背中にかかる重さが現世に形を持って表れた、罪の象徴なのだ。
目に見えるうちはまだ自分の過ちを自覚でき、取るべき道の標榜として先へと歩むことができる。
だが象徴自体を失ってしまえば、彼の罪は浄化されることなく姿を消し、行き場を失ってしまう。
残るのはその場で跪くことだけだ。
「でも、お前は確かに言ったよな。行け、って」
「そうだ」
「少なくとも、お前はカイルを行かせることを選んだんだ。それは大事な一歩だ。
中途半端に行かれてそのまま死なれるよりは、よっぽどマシだろ?」
彼は罪の証をあえて突き放した。道を見失うことを恐れるよりも、これから新たな道を歩む一歩にしようとするために。
カイルを自由にすることは、同時に自らを自由にすることに他ならないのだ。
親友の方を向くと、にかと笑っている。
「行かせるって決めたんなら、胸張ってしっかり前を見てろ。それで信じてればいいじゃねえか。
この今は、間違いじゃねえ」
ヴェイグは顔を北へと向き直させ、見えない影を視界に捉え、ただまっすぐに見つめていた。
両目をしっかりと開け、どんな結末になろうと、その結果をしかとこの目に焼き付けるように。
それでも、「死なないでほしい」と祈りながら。
カイルに全てを告げ罪を少年から乖離させたとき、そのときが真に2人の道を分かつのだろう。
「ちょっと休んでようぜ、俺らは。くたくただしな」
一番星の下、ティトレイはその場にどっかと座り込み、ヴェイグはなお北を見つめていた。
「やっぱ止めときゃよかった、とか思ってるか?」
横に立っていたティトレイが、完全にカイルの姿が消えたのを見計らって声をかける。
「半々、だな」
ヴェイグは顔を背け答えた。
「カイルはああ言うが、帰ってこれる保障などどこにもない。
このまま何も告げることなく、約束は約束のまま終わるかもしれない」
「けど、な」
「止めてもあいつは……振り切ってでも行っただろう」
分かっているからこそカイルを止めるべきでもあり、しかしどうしようもなかった。
こうしてカイルは2人の目の前から消えてしまった。
約束を交わした手を見つめ、握った拳をゆっくりと開く。5本の指は伸び、小指は特別な存在ではなくなってしまった。
彼の頭を過ぎるのはいつも最悪の結末だった。
それを思い描くということは、カイルの死とは一体どれだけ自分に比重があるものなのか。
自分の背中にかかる重み以上に、少年の存在は大きいのかもしれない。
違う、と思った。
少年はこの背中にかかる重さが現世に形を持って表れた、罪の象徴なのだ。
目に見えるうちはまだ自分の過ちを自覚でき、取るべき道の標榜として先へと歩むことができる。
だが象徴自体を失ってしまえば、彼の罪は浄化されることなく姿を消し、行き場を失ってしまう。
残るのはその場で跪くことだけだ。
「でも、お前は確かに言ったよな。行け、って」
「そうだ」
「少なくとも、お前はカイルを行かせることを選んだんだ。それは大事な一歩だ。
中途半端に行かれてそのまま死なれるよりは、よっぽどマシだろ?」
彼は罪の証をあえて突き放した。道を見失うことを恐れるよりも、これから新たな道を歩む一歩にしようとするために。
カイルを自由にすることは、同時に自らを自由にすることに他ならないのだ。
親友の方を向くと、にかと笑っている。
「行かせるって決めたんなら、胸張ってしっかり前を見てろ。それで信じてればいいじゃねえか。
この今は、間違いじゃねえ」
ヴェイグは顔を北へと向き直させ、見えない影を視界に捉え、ただまっすぐに見つめていた。
両目をしっかりと開け、どんな結末になろうと、その結果をしかとこの目に焼き付けるように。
それでも、「死なないでほしい」と祈りながら。
カイルに全てを告げ罪を少年から乖離させたとき、そのときが真に2人の道を分かつのだろう。
「ちょっと休んでようぜ、俺らは。くたくただしな」
一番星の下、ティトレイはその場にどっかと座り込み、ヴェイグはなお北を見つめていた。
『本当に、これでよかったのか?』
宙を疾走し耳が空気を切る音しか聞き取らない中、その声は頭の内側で響いた。
ばさばさと髪がはためき、ときおり隠される顔の上に笑みは広がっていた。
「その割にずっと黙ってたくせに。じゃあどうして止めなかったんだよ?」
芯を貫くほどに的確に打たれ、見事にソーディアン・ディムロスは沈黙した。
その指摘の鋭さといったら、不用意に打ったパンチをすいと避けられ理想的なカウンターフックが頬を打ち抜いたようなものだ。
関節の骨1つ1つが突き出され、えぐるように肉を削いでいく。そしてダウン。
『……期待、という甘い棘なのだろうな』
ディムロスは観念したように言葉を吐き出した。
『最後かもしれないが、まだチャンスはある。
もし、彼女を取り戻すことができるなら……そうでなくとも、せめて何か一言でも伝えられるなら』
「大丈夫だよ。必ず一緒に帰れる」
風が裂かれる音で少年の声は聞き取りにくいものだったが、炎の剣は確かにその一言を聞いた。
重みは確かに剣の内に響いた。
「過去……過ちは、去るんだから」
コアクリスタルがもう一方の反応を感じ取り、彼らは発生源である森の奥へと入る。
『カイル、お前がここへ来たのは、本当に私のためだけか?』
生じた風で葉が揺れ、がさがさと盛大な音を立てる。
ディムロスの言葉にカイルは黙ったまま、前方を向いて箒を走らせていた。
涼しい気の流れに草木の匂いが混じる。疾走の最中にそれを感じ取ったほど、カイルの意識はどこか茫然としていた。
「……分かんない」
ぽつり、とカイルは小さく呟く。
『お前は怖くないのか?』
「……分かんない」
連続した問いにも首を横に振って同じことを返す。
かといって箒の速度を落とす訳でもない。引き返すような素振りも見せない。
非凡なる力の軌跡はただ真っすぐに。前へ前へ、それしかできないかのように進んでいく。
「でも、これだけは分かってるよ。このままじゃ納得はしないって」
木と木との間をくぐり抜け、深い森の中を進んでいく。
置かれた2つの碧眼は暗闇の中に確かな光を宿している。
「助けて、って言うのはそんなに悪いこと? 辛い気持ちを隠し続けて、それで何が手に入るんだ?
1人でいることの方がよっぽど寂しくて悲しいよ」
宙を疾走し耳が空気を切る音しか聞き取らない中、その声は頭の内側で響いた。
ばさばさと髪がはためき、ときおり隠される顔の上に笑みは広がっていた。
「その割にずっと黙ってたくせに。じゃあどうして止めなかったんだよ?」
芯を貫くほどに的確に打たれ、見事にソーディアン・ディムロスは沈黙した。
その指摘の鋭さといったら、不用意に打ったパンチをすいと避けられ理想的なカウンターフックが頬を打ち抜いたようなものだ。
関節の骨1つ1つが突き出され、えぐるように肉を削いでいく。そしてダウン。
『……期待、という甘い棘なのだろうな』
ディムロスは観念したように言葉を吐き出した。
『最後かもしれないが、まだチャンスはある。
もし、彼女を取り戻すことができるなら……そうでなくとも、せめて何か一言でも伝えられるなら』
「大丈夫だよ。必ず一緒に帰れる」
風が裂かれる音で少年の声は聞き取りにくいものだったが、炎の剣は確かにその一言を聞いた。
重みは確かに剣の内に響いた。
「過去……過ちは、去るんだから」
コアクリスタルがもう一方の反応を感じ取り、彼らは発生源である森の奥へと入る。
『カイル、お前がここへ来たのは、本当に私のためだけか?』
生じた風で葉が揺れ、がさがさと盛大な音を立てる。
ディムロスの言葉にカイルは黙ったまま、前方を向いて箒を走らせていた。
涼しい気の流れに草木の匂いが混じる。疾走の最中にそれを感じ取ったほど、カイルの意識はどこか茫然としていた。
「……分かんない」
ぽつり、とカイルは小さく呟く。
『お前は怖くないのか?』
「……分かんない」
連続した問いにも首を横に振って同じことを返す。
かといって箒の速度を落とす訳でもない。引き返すような素振りも見せない。
非凡なる力の軌跡はただ真っすぐに。前へ前へ、それしかできないかのように進んでいく。
「でも、これだけは分かってるよ。このままじゃ納得はしないって」
木と木との間をくぐり抜け、深い森の中を進んでいく。
置かれた2つの碧眼は暗闇の中に確かな光を宿している。
「助けて、って言うのはそんなに悪いこと? 辛い気持ちを隠し続けて、それで何が手に入るんだ?
1人でいることの方がよっぽど寂しくて悲しいよ」
欝蒼とした森は、光が乏しくなったことで本来の薄闇を更に増して暗がりを作っていた。
風でがざがざと木の葉が揺れ、鋸でこすり合わせたようながさつな音を立てる。
誰1人として招かぬように、と森自体が不快な要素を作り出し弾こうとしているようだった。
しかし、招かれざる客は箒を駆り、気味の悪い緑の中を進む。
風でがざがざと木の葉が揺れ、鋸でこすり合わせたようながさつな音を立てる。
誰1人として招かぬように、と森自体が不快な要素を作り出し弾こうとしているようだった。
しかし、招かれざる客は箒を駆り、気味の悪い緑の中を進む。
目当ての剣は、ある1本の木の下に腰かけていた。
小ぶりの刀は金髪と緑の目を持った少年の傍らに突き刺され、ただ無意味に時間を過ごしていた。
互いに、特に少年の方はこの闇と同化してしまうのではないか、そう思えるほど存在は弱々しい。
長い前髪の間から少年は来訪者を確認すると、億劫そうに口を開いた。
「何しに来た、帰れ」
訪れた少年とさほど外見の年は変わらないのに――むしろ幼いのに――その声は恐ろしく低かった。
声だけで相手をねめつけるような、希薄な存在のはずなのに覇気すらある。
しかし、来訪者ことカイルは退きはしない。
「用はある。だけど、オレじゃない……アトワイトさんにだ」
少年は無言で地から抜き取り、カイルにソーディアン・アトワイトをかざした。
同じく、カイルも腰に納められたディムロスを抜き払う。
暗闇の中、赤と青のコアクリスタルの輝きが森を照らす。片や憂い気に、片や複雑そうに。
『アトワイト……』
『……今更、何の用? ディムロス』
名を呼ぶ声にもそっけなく、抑えられた声で返したアトワイトに、ディムロスは苦しそうに息を呑んだ。
変わってしまった彼女と対面することがディムロスにとっては1番辛く、そして1番に乗り越えなければならなかった。
『……確かにあの夜、私はお前の声を受け取った。それでも向かわなかったのは私の落ち度と言える』
『今頃になって詫びを入れようとでもいうの?』
『そうだ。結果としてリアラという少女を死なせ、お前を傷付けた。それは、拭い切れない罪の1つだ』
アトワイトは静かに笑った。
乾いた響きが森の中で幻の反響を作り出し、暗い森の色合いを更に黒く塗り替えていき、緩やかにディムロスの心をえぐりこんでいく。
『……何も変わらないわ。何も戻ってこない』
暗がりに紫色の髪が流れ、冷たい微笑を浮かべた彼女の姿が浮かび上がる。
対峙する2人。今、互いは敵である。向かい合ったまま剣を交えるのが正しき光景である。
歯をむき出し、目をぎらつかせ血肉を滴らせ食らい奪い合う、実に醜い光景。
『ああ。だが、これからを変えることはできる』
けれども、ディムロスは肯定を手に、理性の輝きを灯して剣を構える。
無意味に奪うのではなく、失ったものをもう1度この手で抱き止めるために。
『そのために……私はお前を取り戻す。
覚悟は決めてきた。例えなんと謗られようと、今度は2度と手放さないッ!』
一瞬の剣閃が闇を切り裂き、彼女の幻と共に霧消させる。
アトワイトは瞳孔が瞠るのを必死に抑えていた。
意気を吐くディムロスを尻目に、少年はくつくつと笑っていた。
その熱さすらどこか郷愁めいた、むしろもうどうでもいいとでも言うかのような笑い方だった。
小ぶりの刀は金髪と緑の目を持った少年の傍らに突き刺され、ただ無意味に時間を過ごしていた。
互いに、特に少年の方はこの闇と同化してしまうのではないか、そう思えるほど存在は弱々しい。
長い前髪の間から少年は来訪者を確認すると、億劫そうに口を開いた。
「何しに来た、帰れ」
訪れた少年とさほど外見の年は変わらないのに――むしろ幼いのに――その声は恐ろしく低かった。
声だけで相手をねめつけるような、希薄な存在のはずなのに覇気すらある。
しかし、来訪者ことカイルは退きはしない。
「用はある。だけど、オレじゃない……アトワイトさんにだ」
少年は無言で地から抜き取り、カイルにソーディアン・アトワイトをかざした。
同じく、カイルも腰に納められたディムロスを抜き払う。
暗闇の中、赤と青のコアクリスタルの輝きが森を照らす。片や憂い気に、片や複雑そうに。
『アトワイト……』
『……今更、何の用? ディムロス』
名を呼ぶ声にもそっけなく、抑えられた声で返したアトワイトに、ディムロスは苦しそうに息を呑んだ。
変わってしまった彼女と対面することがディムロスにとっては1番辛く、そして1番に乗り越えなければならなかった。
『……確かにあの夜、私はお前の声を受け取った。それでも向かわなかったのは私の落ち度と言える』
『今頃になって詫びを入れようとでもいうの?』
『そうだ。結果としてリアラという少女を死なせ、お前を傷付けた。それは、拭い切れない罪の1つだ』
アトワイトは静かに笑った。
乾いた響きが森の中で幻の反響を作り出し、暗い森の色合いを更に黒く塗り替えていき、緩やかにディムロスの心をえぐりこんでいく。
『……何も変わらないわ。何も戻ってこない』
暗がりに紫色の髪が流れ、冷たい微笑を浮かべた彼女の姿が浮かび上がる。
対峙する2人。今、互いは敵である。向かい合ったまま剣を交えるのが正しき光景である。
歯をむき出し、目をぎらつかせ血肉を滴らせ食らい奪い合う、実に醜い光景。
『ああ。だが、これからを変えることはできる』
けれども、ディムロスは肯定を手に、理性の輝きを灯して剣を構える。
無意味に奪うのではなく、失ったものをもう1度この手で抱き止めるために。
『そのために……私はお前を取り戻す。
覚悟は決めてきた。例えなんと謗られようと、今度は2度と手放さないッ!』
一瞬の剣閃が闇を切り裂き、彼女の幻と共に霧消させる。
アトワイトは瞳孔が瞠るのを必死に抑えていた。
意気を吐くディムロスを尻目に、少年はくつくつと笑っていた。
その熱さすらどこか郷愁めいた、むしろもうどうでもいいとでも言うかのような笑い方だった。
「だってさ。いいよ、アトワイト。お前の好きにすれば?」
アトワイトの方へと首を動かし、光の輝きを確かめる。
『……私は、もう戻ることなどできません。私の居場所は、あなたと共に』
彼女は淡々と答え、反発の意を示した。
少年は納得したように小刻みに首肯し、改めてカイルたちの方へと向き直る。
「……ってことだから、帰ったら?」
小馬鹿にしたように彼は言うが、カイルたちが退く様子はない。
逆に、どう言おうが必ず連れて戻るつもりなのか、戦意の高まりすら感じる。
そのとき、彼は自分の中に何かが湧き出たのを感じた。
何もかも分かっているような、同情でも寄せているのかと思えるカイルの目付き。
それをくり抜いて落してやらなければ静まらない。お前に一体何が分かる。
やがて生まれたものは内発的に生じた心地よいリズムとなり、胸を踊らせるような愉しい感情へと変遷する。
叩き落としねじ伏せねば気が済まない、そんな嗜虐的なもの。
彼は口元が弧を描いていることに気がついた。
「……姉さまにも棄てられて、正直もう何もすることがなくなったんだけど。2つ忘れてたことがあった」
ゆっくりと立ち上がり、彼はアトワイトを握り締める。
「1つは僕がこいつの飼い主で、ソーディアンマスターであるということ。
一応は、ソーディアンの顔くらい立てておかないと示しがつかない」
緩慢に胸元の輝石に触れると、周囲にこの闇を照らす純白の光の羽根が散り始める。
「2つ目は、ああ、もの凄く個人的な、どうでもいいことなんだがな……そう、昨日の夕方を思い出したんだ。
堕ちたかと思ってたのに、顔付きがまるで変わっていない。むしろ強くなったくらいだ。
つまり……何が言いたいか分かる?」
ミトス・ユグドラシルは自身の湛えられた幼い双眸と、射抜くような冷徹かつ鋭い眼光を以ってカイルを睨みつけた。
カイルは無言のまま相手を睨み返す。
あの殺意に満ちた目はどこへ行ってしまったのか。ミトスはなんだか笑ってしまった。
「直にここも禁止エリアになる。アトワイトさえ見捨てれば、僕は追わないよ。
まさか僕を倒してからアトワイトも拾って悠々と戻れるとは……思ってないよな?」
ミトスの威圧的な問いに、カイルは臆することなく、
「思ってたら?」
いつものように楽天的かつ自信ありげに笑って答えた。
ミトスの顔が一気に歪む。
「……上等。どこまでもムカついて素晴らしい」
純白は彩となり、一閃の光ののちミトスの背に、他のどの天使も持たぬ七色の羽が広がった。
その光だけで森の暗黒を全て払ってしまいそうな、そんな厳かなものすら感じさせる。
カイルは静止させていた箒に再び晶力を込め、いつでも発進できるようにブーストをかける。
手にディムロスを握り、その刃を以って成し遂げてみせると力を込めた。
アトワイトの方へと首を動かし、光の輝きを確かめる。
『……私は、もう戻ることなどできません。私の居場所は、あなたと共に』
彼女は淡々と答え、反発の意を示した。
少年は納得したように小刻みに首肯し、改めてカイルたちの方へと向き直る。
「……ってことだから、帰ったら?」
小馬鹿にしたように彼は言うが、カイルたちが退く様子はない。
逆に、どう言おうが必ず連れて戻るつもりなのか、戦意の高まりすら感じる。
そのとき、彼は自分の中に何かが湧き出たのを感じた。
何もかも分かっているような、同情でも寄せているのかと思えるカイルの目付き。
それをくり抜いて落してやらなければ静まらない。お前に一体何が分かる。
やがて生まれたものは内発的に生じた心地よいリズムとなり、胸を踊らせるような愉しい感情へと変遷する。
叩き落としねじ伏せねば気が済まない、そんな嗜虐的なもの。
彼は口元が弧を描いていることに気がついた。
「……姉さまにも棄てられて、正直もう何もすることがなくなったんだけど。2つ忘れてたことがあった」
ゆっくりと立ち上がり、彼はアトワイトを握り締める。
「1つは僕がこいつの飼い主で、ソーディアンマスターであるということ。
一応は、ソーディアンの顔くらい立てておかないと示しがつかない」
緩慢に胸元の輝石に触れると、周囲にこの闇を照らす純白の光の羽根が散り始める。
「2つ目は、ああ、もの凄く個人的な、どうでもいいことなんだがな……そう、昨日の夕方を思い出したんだ。
堕ちたかと思ってたのに、顔付きがまるで変わっていない。むしろ強くなったくらいだ。
つまり……何が言いたいか分かる?」
ミトス・ユグドラシルは自身の湛えられた幼い双眸と、射抜くような冷徹かつ鋭い眼光を以ってカイルを睨みつけた。
カイルは無言のまま相手を睨み返す。
あの殺意に満ちた目はどこへ行ってしまったのか。ミトスはなんだか笑ってしまった。
「直にここも禁止エリアになる。アトワイトさえ見捨てれば、僕は追わないよ。
まさか僕を倒してからアトワイトも拾って悠々と戻れるとは……思ってないよな?」
ミトスの威圧的な問いに、カイルは臆することなく、
「思ってたら?」
いつものように楽天的かつ自信ありげに笑って答えた。
ミトスの顔が一気に歪む。
「……上等。どこまでもムカついて素晴らしい」
純白は彩となり、一閃の光ののちミトスの背に、他のどの天使も持たぬ七色の羽が広がった。
その光だけで森の暗黒を全て払ってしまいそうな、そんな厳かなものすら感じさせる。
カイルは静止させていた箒に再び晶力を込め、いつでも発進できるようにブーストをかける。
手にディムロスを握り、その刃を以って成し遂げてみせると力を込めた。
「アトワイト、射撃は任せる。残った魔力も半分は使っていい」
『……了解しました。フルショットで行きます』
七色の光の中に青い輝きが混ざり合い、冷気が周囲を満たす。
『……了解しました。フルショットで行きます』
七色の光の中に青い輝きが混ざり合い、冷気が周囲を満たす。
「ディムロス、箒をお願い。オレを届く位置まで運んでくれ」
『……承知。セミオートで行くぞ』
七色の光の中に赤い輝きが交わり合い、熱気が辺りを包み込む。
『……承知。セミオートで行くぞ』
七色の光の中に赤い輝きが交わり合い、熱気が辺りを包み込む。
決戦と呼ぶに相応しい、僅かに残された時間の中で、強大な力と力はぶつかり合う。
「行くぞ、英雄!」
「来いよ、英雄!」
「来いよ、英雄!」
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP10% TP30% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない 背部裂傷
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) チンクエディア
オーガアクス エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:カイルの帰還を待つ
第二行動方針:ミントの邪魔をさせない
現在位置:C3村北地区
状態:HP10% TP30% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない 背部裂傷
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) チンクエディア
オーガアクス エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:カイルの帰還を待つ
第二行動方針:ミントの邪魔をさせない
現在位置:C3村北地区
【ヴェイグ=リュングベル 生存確認】
状態:HP20% TP20% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 刺傷
両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット 漆黒の翼のバッジ
45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:カイルの帰還を待つ
第二行動方針:ロイド達の安否が気になる
第三行動方針:カイルに全てを告げる
現在位置:C3村北地区
状態:HP20% TP20% 他人の死への拒絶 リオンのサック所持 刺傷
両腕内出血 背中3箇所裂傷 胸に裂傷 打撲
軽微疲労 左眼失明(眼球破裂、眼窩を布で覆ってます) 胸甲無し
所持品:忍刀桔梗 ミトスの手紙 ガーネット 漆黒の翼のバッジ
45ACP弾7発マガジン×3 ナイトメアブーツ ホーリィリング
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:カイルの帰還を待つ
第二行動方針:ロイド達の安否が気になる
第三行動方針:カイルに全てを告げる
現在位置:C3村北地区
※2人のアイテム欄はそのままの表記になっていますが、この内の「何か」がカイルの手に渡されています。
何が渡されたかは次の人にお任せします。
何が渡されたかは次の人にお任せします。
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP35% TP25% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み) 背部鈍痛
所持品:S・D フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ミスティブルーム
首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ
魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ミトスを倒し、アトワイトを連れ戻す
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグにルーティのことを話す
SD基本行動方針:アトワイトを取り戻す
現在位置:B3森林地帯
状態:HP35% TP25% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)
右腕裂傷 左足甲刺傷(術により処置済み) 背部鈍痛
所持品:S・D フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全 ミスティブルーム
首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ
魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:ミトスを倒し、アトワイトを連れ戻す
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグにルーティのことを話す
SD基本行動方針:アトワイトを取り戻す
現在位置:B3森林地帯
【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP70% TP30% 拡声器に関する推測への恐怖
ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷 右頬に小裂傷
所持品(サック未所持):S・A ミスティシンボル ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:無し。ほぼすべての事象に無関心
第一行動方針:カイルを撃破する
現在位置:B3森林地帯
状態:HP70% TP30% 拡声器に関する推測への恐怖
ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷 右頬に小裂傷
所持品(サック未所持):S・A ミスティシンボル ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:無し。ほぼすべての事象に無関心
第一行動方針:カイルを撃破する
現在位置:B3森林地帯