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  • ある愛の話 -Ordinary Duo-

テイルズオブバトルロワイアル@wiki

ある愛の話 -Ordinary Duo-

最終更新:2019年10月13日 21:29

匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集

ある愛の話 -Ordinary Duo-


何人もの語り部がそう吐き捨てたであろう。それほどに鬱屈過ぎる森だった。
犇めくように集まった木々はその厚い葉を寄り添うように重ね、日光を地面まで届かせまいとしている。
その中の僅かな隙間を縫うようにして、木漏れ日が辛うじてそこを暗黒から踏みとどまらせていた。
これが夜だったならば、月明かりなど届くはずもない暗幕の内側になっていただろう。
膝以上に伸びた丈の草叢から幻惑的な匂いが立ち込め、森特有の少し寒くも湿った微風が迷い人の肌に纏う。
東西南北を決定する地磁気は意味を失い、四方より烏哭が湧き、意志をもったような植物と死霊が命に貪り踊る迷いの森。

『魔の森』と呼ばれるガオラキアの森は、そうやってその二つ名に名前負けしない異界を形成していた。

「……ミトスめ、わざと負けたな」

そんな魔境の中で、苦虫を噛み潰した様な顔を作りながらユアンはそう呟いた。
森特有の恐ろしさ陰鬱さなど物ともしない胆力というよりは、気になることがあってそれどころではないという体だった。
「気づいていたのか」
その横で草を踏みしめながら歩きながら、クラトスは僅かな驚きを示しながらそう漏らした。
やはり、天然の魔境程度では彼の常態仏頂面を崩すには至らない。
(誰だ…? ああ、城の………確かあそこで見た死体は黒い服だったはずだが。しかし、微妙なセンスだ)
常の黒紫を基調とした衣服とは異なる、白輝を前面に押し出した儀礼的な騎士の出で立ちだ。
「馬鹿にするな。あれだけわざとらしく後出しされれば、嫌でも分かるだろう」
クラトスの言葉に皮肉を感じたのか、棘を返すようにユアンは軽く怒鳴った。
(……後出し……? ああ、さっきのジャンケン……)
ユアンが苛立つように気にしていた一件は、先ほどのミトスとの遣り取りに他ならなかった。
何のことはない。ある村に蔓延したオゼット風邪を治すため、
ミトス、マーテル、クラトス、そしてユアンは治癒に使うファンダリアの花を捜し求めていた。
その過程で二手に分かれる必要があった為、クラトスが選んだ結果ユアンは彼とツーマンセルを組むことになった。
(ファンダリアの花? あの万年雪国に花なんて咲く訳が……ああ、違うのか)
ここまではいい――といっても、ユアンはぶつくさ言うのだが――問題はその後だ。
片方は山間部でもう一つは魔のガオラキア。当然リスクが高いのは後者である。
チームを分けたのはいいがどちらのチームがガオラキアに向かうのか。
それを決めたのはユアンとミトスのじゃんけんであり、結果はユアンがチョキでミトスがパーだった。
誰の目にも分かるくらい、ユアンが手を出した後のミトスのパーだった。
(後出しなあ……でも実際難しいんだぞ、後出しして負けるのって)
「その割には、嘘につきあってやっていたようだが?」
「私とおまえがこちらに来た方がいいと思っただけだ」
しかし、苛立つといってもそれは険悪とは真逆の属性を有しており、
それが彼らにとって取り上げることではあっても取り立てる程のことではないことを意味していた。
彼らの中でのガオラキアの森の危険性と同程度の問題なのだろう。
それに比べれば、ガオラキアの森にユアンとクラトスが入ることの意味のほうが十分に大きかった。
テセアラとシルヴァラントの戦争は飽きもせず激化し、その煽りを喰らう形で大樹カーラーンは衰退の道を進んでいるが、
そのカーラーンの精霊が未だ君臨するこの世界は魔物の王の庇護下にて強力だった。
いくら彼らがこの戦争の技術の最先端である天使の力を持っているとしても、
村人たちの症状が予断を許さないとしても、戦力の分散という手段を取る危険性は変わらない。
ならばユアンはミトスの思惑は別にしても、それに乗る理由がなかった訳ではない。
「……フ。おまえは昔からひねくれているな。素直なのは怒りの感情だけか」
「お前は昔から理性的だな。いや、暗い」
(なんだそのクライってイントネーション!! つーか声明るッ)
クラトスの皮肉に、諧謔を交えてユアンは返す。
その様は本当に自然で、何も知らぬものから見れば彼らが竹馬の友のように見えるかもしれない。



「お互い、敵国の騎士団に所属していた。当然だろうな」
「そんなことが理由ではない。おまえは私を嫌いですらなかっただろう」
顧みるようなクラトスに、ユアンはそれまでよりも少しだけ倦を強めて云った。
言葉の意味を理解できぬという風な表情を見せるクラトスに対し、ユアンは言葉を続けた。
「戦場で再三まみえていたというのに、おまえは私に興味を抱くことがなかった。そういう、人への無関心ぶりが気に入らん」
クラトスは元テセアラの騎士であり、ユアンとは立場を違え幾度と無く剣を交えていた。
それで因縁の好敵手にでもなれば、様にもなったのだろうがそうでなかったユアンの胸中は複雑怪奇に過ぎた。
(……何? ユアンって実は誘い受け? かまってほしいってのか? これは)
成程、とその言葉を額面通りに受け取るクラトスにユアンは呆れたような態度を作る。
「勘違いするな。非難しているのだ」
「フ……。そうだった。しかし今は、憎まれているように感じないので、ついな」
「……お前も旅を通じて、少しは変わったようだからな」
言い返す言葉に詰まったか、降参するようにユアンが言葉を漏らした。
変わった。確かにそうだった。クラトスも、そしてユアンも。
一つは、ユグドラシル姉弟に出会ったことだろう。
それぞれ導入する動機こそ違えど、迫害されるハーフエルフの只中にあって夢のような理想を掲げ、
それを本気で成し遂げようとする彼らに影響されたことは少なくなかった。そして、もう一つ。
「お互い国を失った。生き方も変わろう……」
クラトスが思い返すように呟くのを、ユアンは横目にて見た。
彼らはミトスの理想を見出し、その結果として失ったものも少なくはなかった。
騎士と王女。彼がそれを蹴るかどうかは別にしても、他者から見ればそれなりに幸福であろう人生が約束されていた。
それをある意味にて蹴って、今の彼はここにいる。
「……我が国が正しい形を保っていれば、千年にも及ぶハーフエルフへの迫害は変わっていたかも知れない。今になって余計にそう思うことがある」
(ユアン…………)
ユアンが思い返すのは、アスカードの望郷。そして彼がその願いを託した王国。
その願いがどういう結果に終わったかは、彼の嘲笑うような声が示していた。
既に戦争は泥沼へと陥り肥大化した魔科学は星すらも貪り始めた。
歴史のベクトルは加速をし続け、もう個人のレベルでどうこう出来る段階を確実に超えている。
どの陣営からも、故郷たるはずのヘイムダールからすらも疎まれる一人のハーフエルフの少年が、
この大戦を止めなければどうしようもないという、そんな無茶無謀を本気で実現しなければどうしようもない位に。
「……我らは生まれてくるのが遅すぎたのかもしれないな」
クラトスの呟きに無言で同意するユアン。
もう少し早く生まれていれば、まだ問題が軽い内に止められたかもしれないと、
せめてユグドラシルの姓を持つハーフエルフに、彼らがもう少し早く出会えていれば――――と。
(…………それで、納得するしかないのか。もう最初から遅かったら、諦めなきゃならんのか?)



過去に顧みる彼らの陰鬱さに後押しされたように暗がりを伸ばすガオラキアの森に、がさりと木の摺れる音が響いた。
「……気付いたか?」
「……無論だ。上だな……」
言葉にて遣り取りをするまでもなく、彼らの目線は上に向けられていた。
幾重にも折り重なるように積まれた葉の天井を見据え、
クラトスは片手剣を、ユアンはダブルセイバーを、彼らはそれぞれの得物を構える。
その葉を掻き分けるように落下・襲来するモンスター達を見据える彼らのスイッチは既に戦闘用のそれに切り替わっていた。
「行くぞ」
「遅れるか!!」
今まで皮肉を言い合っていた二人とは、似て非なるとすら思えるほどの鋭さがその振るう剣に籠められていた。
(す、凄い……ユアンは、ここまで出来たってのか? 俺とは、全然違がうぞ……)
魔術と剣術を巧みに切り替え、常に状況の主導権を握っていくクラトスの戦い方を巧緻と表現するなら、
ユアンのそれは正に苛烈と呼ぶに相応しかった。
常に相手との間合いを詰めに走り、魔物の群を文字通りに両断していく。
疎かになりそうな自分の後方を、ダブルセイバーの特性を上手く生かしてフォローする。
ミトスはユアンの戦い方を『考えなしに突っ込む』と評したが、それは確かに紛れも無く道を切り開いていた。
それはモンスター達の出鼻を挫き、またモンスター達の目を自らに引き付ける。
そしてそれが中衛で魔術を仕込むクラトスの行動に生きてくる。
「ユアン! 私が奴の動きを止める!」
「とどめは私の役目か! よかろう!」
最後の一匹を前にして、クラトスの周囲が天使の光輝に包まれる。
それに合わせるように、ユアンがダブルセイバーに自らのマナを帯電させる。
「聖なる鎖に、抗ってみせろ―――――シャイニングバインド!!」
「喰らえ―――――――天翔雷斬撃!!」
放たれる光と雷に、モンスターは形を世界に残すことすら適わない。
どう考えても仲が良くないと互いが言う二人のコンビネーションは、見事なまでに双方を生かし切っていた。

(…………なんだ、何が最速だ。全然、全然届いてないではないか!!)



「……驚いたな」
あたり一面を覆い尽くすのは、泡のように白い花の海。風に煽られて浮かぶ花弁は儚くも自らの存在を強く示す。
幻惑というよりは幻想的な、まるで御伽噺のような世界。そこに二人の男が立っていた。
「ファンダリアの花は刈りつくされていたと思っていたが、魔の森の奥にこんな場所が広がっているとは!」
ユアンが素直にこの光景の感想を漏らした。
薬効故の乱獲かはたまたマナの影響か、ファンダリアの花は次第に低地では見つからないようになっていた。
それがこの森の奥であたり一面に咲き誇っていれば誰だって驚かざるを得ない。
「大したものだな……これだけあれば、村で苦しむ人々を治せるだろう」
クラトスもまた驚きを心底に隠しきれない様子で言葉を噤み切れない。
「そうだな。マーテルとミトスなら良い薬を作るだろう。どうする? 少し摘んでいくか?」
その光景に何か思うところがあるのか、目を細めながらこの花を摘むことを提案するユアン。
クラトスはそれに同意し、その中で数本を見繕って花を手折る。
地面と分け隔てられてもその花は生命力を漲らせ、むしろ癒しに使われることすら望んでいるようにすら見える。
「後でミトス達と合流した時に、この花で間違いがないか、確認してもらった方がいいだろう」
無駄に折ることになればそれこそ、其処で生きる花の輝きを裏切ることに等しい。
その花を持つクラトスを見て、ユアンは残念そうな目付きを強めた。
「……しかし……」
「どうした?」
尋ねるクラトスに、さらにその残念を強める様にユアンは言葉を吐いた。
「こういう場所におまえと二人というのがいただけない。美しい女性と二人というならまだしもな」
確かに、男二人でお花畑でお花摘みというのは絵的にいただけないものがある。
もっとも、別方面に視点を変えればいただける人も存在するのかもしれないが。
だが、クラトスの考えはそこよりほんの少しだけ伸びていた。
「おまえは、マーテルと一緒が良かったのだろう?」
その言葉を咽喉に入れて飲み込むまでの僅かな時間の隙間の後、ユアンは赤面してかぶりを振った。
「……だ、誰もそんなことは言っていない!」

(……そういや、ユアンとマーテルは、確か)

白亜の風に、誰かが歩んだその物語はここで途絶える。
誰かが歩んだ歴史の一頁。人と人の、愛がそこにあるのかもしれない。
だがそれは白い花の海に覆われて、何も見えなかった。本当にそんなものがあるのかどうかすら、見えなかった。



(今の、誰が何か―――――――――って、なんだ……?)
漫然とした暗い闇の底で、グリッドは呻く様に唸り、意識を呼び戻した。
何か深い夢を見ていたような倦怠感を携えて、意識だけが不満げに目を覚ます。
グリッドは首を動かし辺りを見回す。しかし一面は暗黒の只中で本当に首を動かしたのかすらも判別できない。
(何が、起きて……そうだ、ロイド!!)
砂の噛んだ歯車を無理に回すようにして、グリッドは現在と記憶とを繋げる。
自らの眼球に刻まれた一番最後の記憶。
ロイドの結末――――――その果ての笑顔を思い出して、グリッドの僅かな意識が波紋を立てる。
寝起きのいい子供のように今すぐにでも動きたいといった調子で衝動的に起き上がろうとするが、意識がそれについてこない。
金縛りにも感じられるような拘束感が、皮肉にも辛うじてグリッドの衝動的な感情を留めさせる。
(出来た、んだよなあ……お前、笑ってたもんな……?)
多分、もう遅い。実際どれだけの時間が経ったのか、時計を見ることも適わない今の有様でもそれだけは何となくグリッドにも理解できた。
最後の光景は、彼の笑顔と赤黒い血液に塗れていた。
恐らく、今この内側から獣のように喚く衝動を取り除く術はない。
だから動けないグリッドは信じる。間に合ったのだと。自分は、約束を守れたのだと。
多少強引にでもそう信じなければ、この“ロイドを助けられなかった”という慙愧の念は収め切れなかった。
いや、あの笑顔があったからこそ、グリッドは未だ踏みとどまれたと言い換えても良かった。
(くそ……身体が、判らん……俺は……未だ寝ているのか?)
夢の中で『ああ、自分は今夢を見ているのだな』と自覚する瞬間のように、グリッドは今の状態を曖昧に理解した。
寝ているが、起きる寸前の妙な浮遊感。体感する自分にしか理解できないあのひと時である。
(というか……俺、死んだんじゃなかったのか)
過去がフィルムを逆巻くように思い起こされる。あの、恐るべき剣士の攻撃。
ロイドがああなった後に、二、三回胸を突き刺されて、その後、奴の大技を―――
(いや、逆だから大技喰らってから胸を……どっちにしたって、俺死んだはず……って、ああ、“そういうこと”かよ)
意識が夢から覚め始めるにつれて自分の状態が解って行く感覚をグリッドは覚え、同時に褪めた。
心臓が動いている気がしない。というよりは、心臓に穴が開いているのを理解を通り越して実感してしまった。
未だ生きているという嬉しさよりも何か枯れてしまったような憔悴の方がグリッドには大きかった。
これが天使になるということなのだと彼は今更ながら悟る。ロイドがそうなっているのをグリッドは見ていた。
大きな翼をはためかせるのを見て、冗談交じりに羨望の瞳をぶつけていたこともある。
(悪い、ロイド…最初に見たとき、正直茶化してた……なんだこれ、こんなの、ヒトが味わっていいものなのか?)
だが、自分が天使となって初めて突きつけられる。
心臓が亡いということ。亡くても生きていられるという矛盾の不快。
グリッドは、否応無く体験せざるを得なかったのだ。自分はもうヒトではないのだと。
(……ああ、ダメだな。この程度でへこたれる程この俺は安くない。俺は俺だ。それだけは忘れん)
しかし、グリッドは踏みとどまる。これは自分が望んで背負った業だ。
成し遂げたいことがあって、こうなることも覚悟して入った道だ。ならば自分で荷を背負い、自分で歩かねばならない。
そう宣言した。他者に、そして自分自身に。
自分さえ、自分さえ見失わなければ絶対に未だ飛べる。そうグリッドは何故か必要以上に強く自分に言い聞かせた。



ふと、キンと金属音が鳴る音をグリッドの耳が捉えた。視覚よりも聴覚の方が覚めるのが早かったらしい。
(どんだけ時間が経ったかは分からんが、修羅場なのは間違いない。……動けるように、準備だけはせんとな)
ロイドの笑顔を信じて、ロイドが願いを叶えたと前提に置くなら、
コレットという自分が人質に取ったあの少女が元に戻っていると考えるべきだろう。
彼女がどういう状態であったのかは未ださっぱりと理解できないが、
その状態でもグリッド以上に力を有していたとグリッドは思っていた。
自分が人質に取れたのは、タイミングと虚を抑えただけの二言に尽きる。
となればこの重なる剣戟の音は、彼女の持っていた剣とクレスの剣のぶつかり合いだろう。
クレスはあの少女を病的と言えるほどに執着していたのだから、ロイドが失せしまった以上、狙われるのは彼女しかいない。
何よりも、ロイドが斃れ自分が倒れ、ヴェイグとカイルがいない以上消去法で剣戟が鳴る組み合わせがそれしかない。
剣と剣のぶつかり合いにしては少しだけ音が歪だった事だけが気掛かりではあるが、今は自分に出来ることを為すしかない。
(守りきれませんでした、じゃあ60秒守った意味が無い……とりあえず、身体……動かせるようにせんと)
覚めてくるに連れて湧き上がる身体の不具と、それを痛みとして感じないという不快を噛み潰しながらグリッドは自らを省みた。
動かせるようにする、というよりは動かせる箇所を探すという方が正しい。
チリチリと視界に交る単色の砂嵐はまだ続いているが、それより先に像が焦点を結ぶ。
(こりゃあ……穴ァ……空いたか?)
ざまぁねえなあと心に自嘲しながら、彼はノイズ混じりの脳を揺すって意識の砂を整える。
残った左の掌に意識を傾け、指をグッグッと握ろうとするが震えるだけで力が上手く伝達しない。
震えるのならば、少なくとも断線している訳ではないと、グリッドは神経が繋がっていることを主観的に確かめる。
そして、精密に動かない指を諦めて大雑把に腕を動かし、触診にて自分の怪我の状態を模索する。
(あー、死ねる。これは死ねる。文字通り人間だったら死んでたわ)
幾つかの凹凸と血の泥濘がグリッドに傷を教えてくれた。
常識に符合させれば間違いなく死んでいそうな胸に大きく開いた傷。
それでもギリギリ死んでいないことに有難味を、
感覚的にそれを理解できないことにほんの少しだけの虚しみをグリッドはその体に覚えた。
(ケッ。ロイドと御揃いに心臓か。フツーこういうのって、偶々心臓は外してたとかだろーが)
諧謔交じりに感嘆する裏腹に、グリッドは己の置かれた状況をある程度は理解していた。
心臓一つ捧げてようやく立ち会えるかどうか、
クレス=アルベイン相手に生き残るというのはそれほどのことなのだと、改めて自分が相手にした脅威に身震いを覚える。
そして、それを受けて尚意識を繋いでいる自分の身体の淡々さにも身震いを覚えた。
血の匂いも無く、痛みも感じない。ただ、瀕死というだけ。心よりも先に、身体がその異常を受け入れていた。
改めて天使というものの“歪さ”に空恐ろしさを感じながらも、グリッドは自らを理解することに再び注力する。
(めった切りだな……胸周りは……気にしない方向性で。内蔵は後でなんとかしとこう。
 腕……はなんとか動くか、一本だけだけど。脚……くそ、こっちも抜けてやがる。が、何より問題は……)
もうお腹の中のエネルギー袋が何個破けていようと、一々気にしてはいられない。
グリッドは天使化を考慮した上で“それでも今すぐ動くのに支障がある”箇所を探す。
右腕はもう無い。クレスの一閃が、何もかもを両断してしまった。それと一緒に持っていた紫電を吹き飛ばされた事実がなお手痛い。

――――――いいだろう、受けて立ってやる。



左の腿に穴が開いて風が徹っている。骨で止まって両断だけは避けているのが不幸中の幸いか。
ただ、処置も無しに全力で走れそうにはない。エクスフィアによって強化された脚力に耐え切れずに肉が千切れてしまいかねない。

――――――終わりだ。彼女は僕が助け出す。

獅子戦吼に真空破斬、ヘビィボンバーに似た零次元斬とやら、おまけに渾身のスパークウェブすら両断したあの最終奥義。
60秒の間に、一生分のダメージを負った気すらする戦いをグリッドは少しずつ思い出していた。

――――――それを斬るべくして、僕は此処に来たんだ。

(勿体ねえなあ。シャーリィといい、クレスといい、なんでこうなっちまったんだろう。あいつら、俺なんかよりずっとすげえのに)
心底惜しむように、グリッドはクレスの眼を思い出していた。
剣を交えて、その心が理解できたなどとはおこがましくてとても口には出せないが、
その言葉には確かに、クレス=アルベインがあったことはグリッドにも理解できる。
噂の呪いも、バトルロワイアルという蜘蛛の糸も切り裂いて立つ確固とした意志が在った。
呪いのせいでバトルロワイアル自体を認識できないだけかもしれないけど、クレスは確かにそこからもう抜け出している。
故にシャーリィの時と異なり、グリッドはクレスを論破しようとは思わなかった。
欲するものが分からない以上、否定も肯定も出来ないと思っている。いや、してはいけないとすら考えていた。
だから刃を交えた。相手を否定するのではなく、我侭を只管に肯定するために。
故に、ただ惜しいとだけ素直に思った。殺すより手の思い浮かばない自分に悔しさを覚えた。

彼の視界が開けてくる。じきにまどろみは消去され、再び現実という幕が開く。
そうなれば、戦うより無い。ロイドがコレットを取り戻したのであれば、クレスも黙って剣を納めてはいないだろう。
もう使える技は全て出し尽くした以上、グリッドには見切りの極致であるクレスを倒す手段が思いつかない
そもそも脚を潰された以上、唯一のアドバンテージである速さすら無いのだ。立ち会うことすら危険である。
だがそれでも戦わなければならない。強制でも、脅迫でもなく、唯自分の意志の在るがままにそう願うのだから。
薄ぼんやりとした視界でダブルセイバーを手繰り寄せようとする。
金属音はその間隔を短く、その音量を大きく、その音階を高く引き上げていた。
輪郭が曖昧とした世界で誰かが戦っている。大して接近戦も得意ではないだろう影が、生きようとあのクレスを相手に抗っている。
(待ってろ、今すぐ、このグリッド様が……逃げる時間だけでも…………作っ…………て………………?)
立ち上がろうとして右足に力を込めようとしたとき、グリッドはその異常に気づいた。
誰かが戦っている。一合がぶつかり合うたびに、その円形の何かと魔剣が重なる其処に風が吹く。
その風に乗って聞こえてくる叫び声は、男の声だった。クレスの叫びだけだと、今の今まで思い込んでいた。
(……あんな武器、俺が人質に取ってた時、コレット持ってたか? つーか、あそこにいるの)
影二つがぶつかり合う場所から少し離れた所に、もう少し影があったことにグリッドは気づく。
ある種意図的に眼を逸らすようにしてそちらに顔を少しだけ向けて、瞳の焦点を絞る。
(さっきのプライパンだよな、やっぱ……って、いうか、あそこにいるの……コレットとメルディ!?)
殆ど清涼としてきた視界が捕らえるのは、泣き叫ぶような顔の少女と沈痛な面持ちの少女。
ならば闘っているのは、一体誰だというのか。
何故、じゃあ、誰がと問うよりも先に、答えだけがグリッドの耳朶に轟いて来る。

「おおおおおおおぉぉおおおおっっっっっ!!!!」
(まだ夢でも、見てるのかよ、俺はよぉ……なんで、何でお前がそんなボロボロにクレスと戦ってるンだよ!?)



誰かの泣き叫ぶような声が聞こえる。
何時かの自分が吼えていたような、這い寄ってくる絶望を遮二無二振り払おうとしているそんな声を、グリッドは知っている。
だがそれをグリッドは理解出来なかった。『アイツ』がこんな声を出すことなど、今まで無かったから。
『アイツ』がこの地区ににいたこと自体は、グリッドはコレットを人質に取った時その眼にて知っていた。
しかしグリッドは今『アイツ』がここにいる可能性を、正直なところ全く考慮に入れていなかった。
クレスとグリッドが戦っている時は兎も角、ロイドが死んだ以上『アイツ』がここに残るメリットがない。
臆病で狡賢い『アイツ』ならばメルディと共に逃げているとばかり思っていた。真逆の信頼とすら言ってもよかった。
だからグリッドは心のどこかで『アイツ』のことを後回しにしていた。
最後まで『アイツ』は無様に逃げ回るだろうと思っていた。
後で、それを捕まえてざまあみろと一喝してやろうかと、せいぜいそんな甘い展開を微かに期待していたくらいでしかない。
そうで有るべきだとさえ、思っていたのかもしれない。
だが、フライパンが遂にとばかりに飛ばされる様と共にグリッドはハッキリと直視する。
そんなことは無いのだと。その金属の下で、厭な軋みと共にクレスの蹴りを受けている男を見ながら。
「あぶぇッ」
(何で、何でなんだよ!? キールッ!!)
一時のまどろんだ夢の後、脆弱な予想を裏切り尽くす現実にグリッドが帰還したのは、
キール=ツァイベルがクレスに蛸殴りにされる直前のことだった。


既に日も深くなり、夜の気配が強まってきた村の中で陰残な混成合唱が響き渡る。
自分と比較して圧倒的弱者である者を殴りながら、嬉々として笑うクレス。
それを止めたいという思いだけで悲痛に空を震わせるコレット。
そして、それを食い止めようと彼女を止めようとするメルディ。
3人の感情渦巻く三重奏を引き立てるかのように、テンポよくリズムを刻んで撲音が坦々と響く。
先ほどまで戦っていたはずのクレスは、自分が眠っている間に脳を改造されたのだろうか。
そう思えるほどに変わり果てていた。グリッドが唯一認められていたはずの、彼の中の心棒が見事なまでに抜け落ちていた。
そんな男が、虫を弄るように子供のように唯々嗜虐の為だけに、自分よりも明らかに弱い奴を殴っている。
まるで擦り切れたフィルムをいつまでも回しているかのように。今のクレスに彼が好ましいと思うところなど、何処にも無かった。
凄惨でありながらある意味で滑稽な四重奏の後ろで、グリッドは唇を噛んで血を垂らしそれが五重奏になることを懸命に堪えていた。
堪えていたというよりは、言葉にはおろか音にも出来ないほどの感情だったのだろう。
殴られている男に対し複雑な感情をもつグリッドには、この茶番を叫びにすら出来はしない。
出来ない理由すら判らずに、可聴域を超えた叫びを鼓膜に、心に満たす。



―――――――――――グリッド。お前のそこまでの楽観的思考は、とてもではないが僕には真似できないな。

一番最初に、面と面を向き合って言われた言葉をグリッドは思い出していた。
当たり前の話だが、グリッドはキールのことを好んではいない。
嫌いというよりは好きになれないというのが正しいと思う。相容れないというべきか。
水と油に似ているかもしれない。水は油を嫌っているわけではないし、油もまた同じ。
だが水は水である故に、油は油である故に絶対に交わることはない。
普通ならば一生その人生が交わらないだろう、相容れない人種というものか。
初めて出会ったときは、直ぐに道を分かれたからまだ彼らはその程度で済んだのだろう。
感情論、精神論を徹底的に排他する論法は不平こそあったが、グリッドにも未だ許容できた。
度が過ぎているとはいえ、ユアンにも似たことは散々言われていたからだ。
だが、キールの言葉は常にグリッドを排他していた。彼の打ち立てる計算には常にグリッドという項目が存在しなかった。
情報を絞り出されるだけ絞り出された後に掛けられる言葉は皮肉なのだから、
(実際、否定は出来んがな。今のこの力だって借り物の踏み倒しだ)
良くて無能力の一般人、悪くて蠅程度とすら思っていたかもしれない。
そこまでなら、未だ我慢が出来ただろう。グリッドも、キールも。互いが互いを無視し合えばそれでいい。

―――――――――――何が漆黒の翼だ。そんなものの為にプリムラは死んでしまったんじゃないか!

(嫌いだったよ。しがらみを捨てた今ならハッキリ言えるさ。俺のこと、見下してたもんな)
初めて、グリッドがキールの心根を見たと思えた言葉がそれだった。
キールにとってシャーリィとの戦いで失ったモノが大き過ぎた、それだけで済ませられないほどの憎悪に満たされた言葉の数々。
何もかもがグリッドの心を無遠慮に突き刺して、それでも反論の余地を一切残さない残虐さにグリッドの心は千路に乱された。
無力でありながらも、ありとあらゆる暴力に決して屈しないその心を壊すことは、キールだからこそ出来たことだった。
そんな男が、今、言葉も吐けないほどに壊されようとしている。

―――――――――――お前はリーダーでも正義のヒーローでも何でもない、唯の普通の凡人だ。

(ずっとずっと、許せなかった。でも俺は何も言い返せなくて、やっぱり許せなくて、悔しかった)
グリッドから漆黒の翼を物理的に奪ったのがシャーリィだとするならば、概念的に奪ったのは間違いなく彼だ。
想い出の全てを壊し尽くして尚キールはグリッドを呪った。そんな人間を好むはずなど、それこそ人間として有り得ない。
そうでなくとも心の何処かで、キールを否定しきれなかったあの時の自分ならば、
『どっかで道に蹴躓いて死んでくれないか』とすら思っていたかもしれない。
キールを肯定できず、しかし自力で彼を否定できないあの時のグリッドには、
キールの自滅を待つ以外に間違いを証明する術など無いのだから。
もし答えに辿り着けなければ、恐らくはずっとキールを憎み続けていただろう。
それこそ、殺してしまいたいほどに。
ならば今ここにある光景は、グリッドが心の底で望んでいたものに他ならないのだろうか。

―――――――――――お前の綺麗事は偽善ですらない。なにせその言葉すらお前のものじゃないんだから。
(だけど、だけどよ! 俺は、俺はこんなのが見たかった訳じゃない!!)



眼を瞑ろうとグリッドは心の中で念じるのだが、精神の上辺で『閉じろ閉じろ』といった処でどうなるものでもない。
柔らかいものと硬いものを同時に叩くような音を聞きながら、グリッドは眼端が切れそうになるほど見開いてその光景を見ていた。
動け動けよとその躯に念じるが、体はうんともすんとも言わない。
クレス戦で負ったダメージは確かに看過できないわけではないが、天使の肉体を前にしては行動不能には未だ遠い。
ならば何故か。その理由をグリッドは嫌々ながら承服していた。
(使い過ぎたってのかッ!? 俺の身体の癖に、俺のモンじゃ無いみたいだなあオイ!!)
リバウンドだ。奥義2回に、中級魔術を2種。死に物狂いとはいえ、外から見ればたったの60秒。
そのクレス戦でグリッドはユアンの技術を“開き過ぎた”。その代償をグリッドは今になって痛感する。
ダメージという感覚は無かった。どちらかというと、感覚がないというダメージに近い。
もし肉体が精神の操り人形だとするなら、その手繰る糸が十数本纏めて千切れた様なイメージ。
精神が、肉体をどう立て直すか測りかねている。そんな認識をグリッドは焦れるように体感していた。
体感しなければ。自分は動けないのだと。
だと思わなければ、キールを見殺しにする為に動かないのだと思えてしまいそうだから。

―――――――――――自分の無いお前の正義なんて空っぽだ。そんな物で出来た刃で誰が斬れるんだよ。

(俺の身体なら動いてくれよ! こんな茶番、俺は認められんぞ!!)
この状況に対する衝動めいた拒絶が湧き上がる一方で、何故なのだろうと自分でも疑問に思える。
キールに対する自らの憎悪を否定することなど、出来る出来ない以前の問題だ。
これはグリッドが望んでいたことのはずだからだ。
それでも、グリッドはこの結末を受け入れることが出来なかった。
唯々子供の癇癪のように、感情以外の理由を作れないまま駄々をこねる。
だが、グリッドには泣き喚き暴れることもままならなかった。
その形を実現するべく状況は動く。殴ることに飽いたらしいクレスの持つ剣で、キールの命ごと絶たれようとしていた。
動けないグリッドの視界は半固定で、まるで一枚の動くカンバスだった。
その画に耐えきれず、グリッドは眼を瞑ってしまう。眼を瞑っても状況は変わらないと判っても瞑ってしまった。
どの道、動けた所で出せる手札を全て出し尽くしたグリッドに、クレスを止めることなど出来はしない。
(……頼むから起きろ! 起きて逃げろよ! お前はそういう奴だろ? とっとと逃げやがれ!!)
何も出来ないグリッドは、自らの無力を呪いながら願った。憎々しいはずのキールに。
しかし時間は無情に動く。嘗て何処かでグリッドがその手で行った未来へと。

「随分と嘗められている」
(……え?)



グリッドの耳に声が入る。冷たく、心の籠もってない、擦り切れた声だった。
瞼を潰してしまいそうなほどの力で閉じられた瞳がその声に緩む。
恐る恐る、その眼をゆっくりと開いて彼はその画を観た。
その画は、一体いつの前にカンバスを入れ替えたのだろう。
どんな名画の描き手であろうとも、こんなに早くは書き換えられないだろう変わりようだった。
まるで時を奪われたかのように、その画はグリッドの望まない風景に変わっていた。
死を滴らせて溺れているような剣士は、前の画より少しだけ距離を空けている。
その剣士の睨む先に、一人の男が立っていた。立っていただけだった。
誰だお前。そう思いかける自分をグリッドは自らに覚え、動こうとしていた身体が止まる。
そこに立つ男は、グリッドが見たことのない人物だ。誰かに似てはいるが、明らかに違う。
『アイツ』は、あんな風にクレスの正面には立たない。
『アイツ』は、あれだけ血塗れにはなっては立たない。
『アイツ』は、尋常ならざる速さで自らに迫って来るクレスを前にして立っていられない。
『アイツ』は、それを前にしてこの状況でそんな顔はしない。手元で何かを弄ぶ余裕などない。
だが、グリットは自分の知る男と目の前の男がじわじわと符合していくのが分かっていた。
そのふてぶてしく厭らしい、全てを莫迦にしたような笑みが酷く自分の知る『アイツ』そのものだったから。

「一騎当千の力を持つと、態度がでかくなるのはどこの莫迦も変わらない……なッ!!」
赤空に向かって小瓶を高く高く投げながら、キールは叫ぶのを見てグリッドは既に止まった息を思わず止めた。
毅然を超えて超然とした態度はあまりに自分の知るキールと違っていて、
でも、外側に溢れ出したその自分以外の総てを見下したような内心が、何処までもキールで。
だからその小馬鹿にしたような音調がグリッドには、
それがクレスに向けられた言葉だと分かってはいても、自分への返事のように感じられた。
「人間一人の大脳、その細胞総数凡そ140億」
グリッドには理解が出来なかった。
キールでありながらキールである目の前の男に、切り口の輝くような解釈を見つけられない。
『アイツ』が改心するなどということ自体が有り得ないのだ。ならば何故なのだろう。
そう思うことが、一番解り易いはずなのに、心の奥底がそれを真っ先に否定している。
(でも……本当に、お前なのかよ……キール。なんで、何でそんなに頑張ってるんだよ、何で逃げないんだよ。
 お前、お前も、唯の凡人だって、自分をそう言ってただろ!?)
「例え、お前が一騎当千、否、万夫不当だったとしても」
彼が、キール=ツァイベルが心を言葉にしていたのを、グリッドは思い出していた。
その画には、続きがあった。手前側から吹き荒ぶ様に迫りくる烈風に男が立ち塞がる。
その後ろには二人の少女がいて、酷く寒そうに肩を震わせている。
その少女たちの画は書き換えられていなかった。男が立ち上がる前から、既に男の後ろに守られていた。
この画は、それでやっと全部。“暴威に立ちはだかる男の画”ではなく“暴威から何かを守る男の画”だった。

「この脳<中身>は光の速さでシナプスを連携する140億の群勢――――――――――端から僕の勝ちは決まっているッ!!」



そう言い切ってから素手でクレスの剣に追従しようとするキールの姿はもうグリッドには捕えられなかった。
キールの動きそのものは、この世界で恐らく現在最速であろうグリッドにしてみれば緩慢そのものであったが、
目まぐるしく動くキールの姿に焦点を合わせようとすると、勝手に後ろの二人にピントが移る。
そのカンパスの中でのクレスと彼女たちの間には、常にキールが立っていた。
キールの拳はクレスを一切傷つけられていないが、同時に彼女たちもまたクレスの刃に傷ついていなかった。
自身の得意とする魔法という矛を棄ててでも、自らの手を盾としてキールは彼女達を通じて何かを守っていた。
(解らねえよ……全然解らねえよ。それがお前の最善か!? それを守りたかったら、何でもしてもいいのかよ。
 だってお前、その為なら今朝まで一緒に居ただって簡単に見捨てていいのかよ!?)
グリッドはキールの行為を素直に解釈することが出来なかった。
恐らくは自分だけが何度も覗いてきた、キール=ツァイベルの眼。
その眼はグリッドの中で今まで漠然としていた何かを明確な形にしていた。
キールは、その守りたいもののためならば全てを捨てる。犠牲にできる。
クレスだろうがミトスだろうが、ヴェイグだろうがカイルだろうがグリッドだろうが――――ロイドだろうが。

――――――――絶対に、お前よりは落ちぶれていない。

グリッドの中で古傷が呻いたような痛みが走った。グリッドの過去がキールに対する憎悪の正当性を求めたのだ。
(俺だってな、プリムラもカトリーヌもユアンも踏み台にして無様に生き永らえてきた。
 だけどな、だからってそれを新しく踏み台を作る理由にするつもりだけは、二度と無い!!)
自分の在り方にだけは絶対の自信を持ったグリッドは、その痛みを怒りに塗り替える。
バトルロワイアルに於ける効率や最適化という考え方そのものに否定を示す彼にとって、
この翼を手に入れるまでに告げられたキールの言葉は、自分の手を汚さない為の言い訳にしか思えなかった
キールは卑怯だ。今のグリッドならば、そう断言できた。
全体の為と吹聴しながら自分だけ安全な所に引き籠って、死んだ奴らを莫迦の一言で一蹴して、
さも正しいように人の剣を毒に混ぜて使えと唆して、その癖なんだかんだと自分の手は汚さなくて、
結果だけを見てあることないことボロクソに貶して『そら僕の言ったとおりだ』なんて平気な顔をして言い切る奴なのだ。
歩む道の道程にだって意味がある。今はそう心から思えるグリッドには、キールは戦うことを諦めた負け犬でしかない。
(そう、思っていた。ここでこんなお前を見るまでは!)
その認識で正しかったはずの負け犬が、今グリッドの前で血だらけになって戦っている。
かつて自分が心の何処かで見たがっていた姿になりながら、心の何処かで見たくなかった様相で。
グリッドは体を動かそうと懸命に意識を伸ばすが、小刻みに震えるのも難しい有様だった。
動けたところで、出せるものを全て出し切ってしまったグリッドにクレスを止める術など無い。
だが、そんな当然の現実すらも無視してグリッドは動けと願う。
身体だけではなく、キールがグリッドの怒りを受け取ることもなく死んでいくという現実も。
(くそ、動け俺! 逃げろ、キール!! 今お前の命を逃したら、一生お前の勝ち逃げじゃねえかァァァッ!!)
何かに気付くことに遅れた自分と、何かに気付く前に流れ行くシチュエーションに声無き叫びを轟かせるグリッド。
しかし、ロイドの為に全ての力を出し切ってしまったグリッドに、残された手も、その叫びを受け取る人間も居ない。

「グィッ」
たった一人、否、たった一匹を除いて。



思考が記憶の復元に深く沈み込む寸前に、グリッドの敏い聴覚が異音を拾う。
草のカサカサと揺れる音。しかし、それは踏む音にしては軽すぎて、むしろ掻き分けると言った方が正しい調子だった。
やっと魂と身体の糸の解れを理解し始めたグリッドは、首の回らない頭蓋の中の眼球を回す。
その草を掻き分けてくる音は素早く、しかし確実かつ明確にグリッドを目指して近づいていた。
ガサッ、と最後の一房を分け進み、その小さな影は現れた。
土塊の色をその身に汚し、生来の青がくすんでだようになった獣が一匹這うようにして。

(……クィッキー…………ッ!?)
この島に居る唯一のポットラビッチヌス、クィッキーが歯を食い縛ってグリッドの目の前にいた。
見れば大きく痣に黒ずんだ部分があって、疲労云々を超えて痛々しさが全面に表れていた。
(お前、その怪我…………って、それはッ!?)
その痣がクレスによって作られたものだとも知らず、グリッドはクィッキーに声を掛けようとするが押し黙らされる。
クィッキーの小さな目に走る狂気に近い眼威と、そのクィッキーが食い縛った歯に引っ張ってきたソレに。
(クレーメル、ケイジ…………メルディが持ってた奴……じゃねえ! インフェリアのか!?)
グリッドは最初、それをメルディの持っていたクレーメルケイジだと思ってある程度に驚いた。
自分と同じかそれ以上あるだろうケイジを、クィッキーがメルディの所から自分の所まで運ぶには一体どれ程の仕事量が必要か。
その苦労と、苦労を追い込んだクィッキーの不可解さに驚いたのだ。
しかし、遅れてグリッドはそれがメルディのケイジではないことを思い出し、二重に驚かざるを得なかった。
クィッキーが持ってきたのは、グリッドが初期支給品としてミクトランに渡されたインフェリア側のケイジだったから。
それは最終的にキールが所持したはずだ。それに、グリッドはケイジに組み合わされた配列を知っている。
彼が知る限り、メルディの所持していたケイジには「風」が入っていた。
グリッド達が城から村に来るまでのエアリアルボードはメルディが運用していたことからもそれが分かる。
だがそのエアリアルボードは、今現在キールの掌に展開されていた。メルディのケイジを持っているのはキールだ。
(いや、この際なんでもいい! 今キールが持ってるのがメルディのだとしたら、こっちの中身は!!)
動かし方を思い出すかのように腕を動かし、グリッドはクィッキーの傍に置かれたケイジを毟り取る。
その中で胎動する、薄ぼんやりとした晶霊の集合体。
マナという概念の無い世界のグリッドには、それを晶霊はおろか類似可能なマナと実感する為のセンスさえまだまだ乏しかった。
だが、一つだけグリッドにも理解できる属性がある。体験という形でしか記憶できない彼にとってそれしか理解できないと言っても過言では無い属性。
火でも無く、水でも無く、闇でも氷でも無く、宵闇を一瞬で真っ二つにする力、ヴォルト。『雷』の力がグリッドの掌中に有った。
ミトスの雷魔術の余剰エネルギーから組み替えたソーサラーリングや属性要素を内包した武器とは内容量の桁が違う、雷の概念そのもの。
ユアンの能力を引き出した今だからこそ肌で分かるそのマナの密度に、体中のまどろみが吹き飛びそうなほどの恐ろしさを覚えた。
一体どれほどの制限が加えられているのかは分からねども、グリッドにとってみれば前二つの触媒とは比べ物にならないエネルギー量。
マナの流れも理解できないような飛沫が、ノリで遊んでいいようなアイテムでは無い。


(……二日前の俺、全力でカミサマに謝っておけよ。外れどころか超当たり支給品引いてたぞお前)
自分には分からないが、魔術を真っ当に知る人間にとっては他の大晶霊も恐るべき力を持っているのだろう。
その魔術触媒の価値を改めて知り、グリッドは無駄と分かっていても過去の自分に情けなさを覚えた。
最も、それは仕様の無いことではあった。あの時のグリッドには、大技を使う素養も、そも術そのものに縁が無かったのだから。
過去を適度に苛めたグリッドは何かを促すような調子で重く唸るクィッキーとケイジの中の雷晶霊を交互にまんじりと見つめる。
(俺に使えって……ことだよな。それって、つまり……)
アセリア体系の純粋な雷系魔術は全部で4つ。
初級魔術『ライトニング』。広域型中級魔術『サンダーブレード』と集中型中級魔術『スパークウェブ』。
全てをグリッドはクレスに試し、その全てを見切られた。だが雷系魔術にはまだ、サンダーブレードの上に一つがある。
マナその光にて天を満たし黄泉の門を開く神の雷。広域系上級魔術『インディグネイション』。
グリッドはケイジを自分の顔のあたりに置いて、指を左に向けて差した。グリッドの記憶が正しければその先には飛んだ紫電がある。
クィッキーもグリッドの意図を察したらしく、素早く、可能な限り静かにそちらへと走って行った。

クィッキーの不惑な瞳に、グリッドは疑いを持たなかった。
クィッキーはメルディのペットだ。戦いの中で幾つもの術を彼女の傍で見てきたのだろう。
晶霊術と魔術という違いはあれど、グリッドの戦いを見てクィッキーは分かったのだ。
サンダーブレードやスパークウェブがある以上は、その上もあるだろうと。
だがそれを使わなかったグリッドと、紫電を得てからサンダーブレードを使いだした事実からクィッキーは導き出したのだ。
使えないのではなく、使えないのだと。そしてクィッキーは今現状で一番可能性のある手段を、そこに見出したのだ。
(分が悪いにも程があるだろうよ。そんな賭けは……だが、嫌いじゃねえぜ)
畜生程度の脳で、どれだけのことが考えられたのだろう。あまりに特殊なグリッドの魔術事情などクィッキーに理解できるはずなどない。
せいぜいが、キールが落としたケイジを見てこれでインディグネイションを使えと思いついただけの単純な気持ちだけだったのかもしれない。
だが、クィッキーはそれに賭けた。あまりに不確定で可能かどうかという前提すらも分からないものに。
それでもその見るからに手負いの身体で、自分と同じ程の大きさのあるだろうケイジを持ってグリッドの所まで来た。
メルディを救いたい一心で、そのために自分が出来ることを行う為に。
その思いを、唯の愚かしさで片付けられるはずがない。
(だけど、行けるのか? ……相手はクレスだ。避けられたら終わりだ)
恐らくはこの舞台の中でも最強クラスの火力を誇る軍用大魔術・サウザンドブレイバーの中心核にもなった大魔術。
それならば確かに、クレスに一矢報いることが出来るかも知れない。だが、相手はあのクレスだ。一度見た技はもう通用しない。
そもそも未熟なグリッドに残されたエネルギーを考えれば、フルパワーで力を回して一回が限度だろう。
相手としても自分の余力としても、文字通り最後の一撃。しかもそれは、一人の人間を犠牲とする。
(使ったこともねえのに、はっきりと解りやがる。あんだけくっ付いていたら、巻き込まずにクレスだけに当てるのは無理だ)
瀕死の罪人一人を囮にして詠唱を稼ぎ、そのキールごとクレスを打ち倒す。
それが、グリッドに残された正真正銘唯一絶対の手段。



「お゛お゛おぶげえええええええええええええぇぇぇぇぇええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
惑うグリッドの鼓膜を響かせる下劣な音が彼を急かすように鳴る。
眼球を向けたその先で、キールの腹に深々と入ったクレスの足刀とそれによって体内のものを残らず出しきっているキール。
驚くべきことではなかった。キールとクレスが武と武で戦えばこうなることは必然でしかない。
嘗てキールの目の前で、苦悶のあまりに全てを排出したグリッドが今度はキールの吐く瞬間を眺めているというのは皮肉でしかない。
だがキールに逃げろとすら言えない。距離に意味を持たないクレスに自分の存在を気取られれば、魔術を撃つことそのものが不可能になる。
そして、もうグリッドが決断に使用できる時間は短い。
抜け落ちたとはいえ、クレスの感覚は尋常ではない。何の隙もない状態で詠唱を始めても確実に勘付かれるだろう。
撃つならば不意打ちが絶対条件。そして、その不意が付けるのは、キールが生きてクレスに狙われているこの瞬間以外に無い。
(それしか、ねえのか。何も知らないまま、ケイジを落としたキールのミスを浚って、俺が撃ち殺す以外に)
生きて残ることが意地を徹すということならば、グリッドとキールどちらの意志が勝者かは間もなく決する。
どんなに長引いても、もう状況は変わらないだろう。そして、キールが死んだあと何が起こるかも想像に難くない。
キールを犠牲にすることを見逃し、見殺し、そうなればもうチャンスは一度しかない。
コレットとメルディをクレスが殺す瞬間にインディグネイションで全てを焼き払うとでも言うのか。
(うぷっ……俺が、メルディとコレットを殺すだってか……笑えねえよ、その芝居は)
キールもメルディもコレットも皆殺す。その余りにも具体的なイメージに、グリッドは吐気を覚えた。
それだけは駄目だ。だが、それならば今クレスを討たなければならない。
キールの死、その捕食と悦楽の瞬間、そのとき発生するだろうクレスの絶大な隙は今のグリッドが付け込める最大にして最後のチャンス。
キールの命を利用する。それかこの場の最善だ。“キールがグリッドにそうしようとしたように”。
(判ってるよ、それが一番いいのは。だけどそれじゃ駄目なんだよ!)
それでは、かつてキールが行ったことを自分の手で再現するだけでしかない。
他人のミスを掬い取って、それを踏み台にしても自分の願いを徹すというならばそれは―――――――
(待て……なんかおかしくないか?)
グリッドが口元に手をあてる。自分の心の中の言葉に、思考よりも先に経験が違和感を覚えた。
(他人の“ミス”を? 誰のミスだ。キールのミスか?)
キールが“ミス”をしたとすれば一体何のミスか。それは虎の子のクレーメルケイジを落としたことだ。
(“あの”キールがミスを? 凡ミスならともかく、自分の切り札を落とすとお前は本気で思うのか?
 俺が逃げてから入れ替えたのか? いや、ありえんだろ。こっちに確か「水」が、回復術がセットされていたはずだ)
メルディが上級晶霊術を撃てないことから、キールは自分の持つケイジを優先して晶霊を配置している。
つまり、キールが先に持っていたケイジこそがキールの一番の武器に他ならない。
それをキールが手放す理由が分からない。メルディのケイジを持っていたのは、途中で貰ったのだとしてもだ。
落したというミスだけならまだ理解ができる。だが、キールが落としたクレーメルケイジに気づいていないというのはあり得ない。
それでは右腕を切り落とされて、それに気付いていないようなものだ。
ダブルセイバーを作ったことにさえ渋っていた男が、そんな非合理の塊のようなミスを犯すだろうか。
(そもそも、いつ落したんだ? クィッキーが、えー―――――――――――あ!!)

――――――――この脳<中身>は光の速さでシナプスを連携する――――――――



あの時だ。グリッドは自身の眼に焼き付けた画に映っていたそれを思い出す。
キールが小瓶を投げ捨てたのは右腕。“左腕はその時何をしていた!?”
ただのボトルが何の意味を持っているのかは知らない。グリッドが知る限りあれは唯の水のはずだ。
ならば、それを“キールが”行うなら何かの布石に他ならない。
グリッドと真逆の立場に立つキールが、何の意味もなく歌舞いた真似をする筈がないのだから。
右腕とボトルを印象付けて、左腕でケイジを地面にこっそり落とす。
半身になったその投げる態勢も、頭の悪そうな口上も、全てはクレスに悟らせないためというのか。
(この状況で、あの状態で、未だ捨て鉢になってないのか)
それは余りにも都合が良過ぎる解釈だった。
その仮定が正しければ、キールはクィッキーが起きてこう動くと読んでいたということになる。
グリッドの目の前で行われている何もかもがキールの計画に沿っているなどとは。
だが、今の奴ならばやりかねないと思わせるに足るほどにキールの双眸が狂気と力に満ち溢れていた。
少なくとも、キールはこの状況で未だ何かを諦めていない。その身を塵芥のようにボロボロにしても尚。
どれほど危険であろうと、それが是ならばそこに全てを賭すことも厭わない執念。
その守り抜くという一点に限り、その黒い心に一切の虚飾が無かった。
(なんでだ、そうまでして何にしがみ付くんだ)
世界や正義といったものだとはグリッドには思えなかった。
キールをこうも突き動かす何かは、もっと単純でもっと純粋なものだ。
グリッドはクィッキーは走って行ったほうを向いた。未だ戻ってくる気配はない。
だが、それよりも先にクレスの凶刃が再び天を衝く。クィッキーの到着とキールの頭蓋切断、どちらが先に来るかは明白だった。
(糞ったれ! こうなったら足だけでも!!)
グリッドが手持ちのクレーメルケイジを強く握った。うつ伏せのまま動けなくとも、一度唱えた詠唱だけならば事足りる。
(そのまま勝手に死ぬなんて俺が許さん。お前だけは、俺が!!)
キールかクレスか。殺したいのか止めたいのか。
混交する欲求と状況の狭間でグリッドはライトニングの詠唱を始めようとする。
思考よりも先に、羽根が波を打ち始める。
自分の知っているキールに無く今のキールに有り、そしてその二つを同一たらしめる何か。
今まで考えたことも無かった、キール=ツァイベルの守りたい何かを知りたいと、唯それだけの為に。
グリッドの左腕を電子と陽子が満たし、彼の腕は今再び雷刃へと―――――――

―――――――言葉の通りだよ。それとも何か? 僕はミトス側に付くとでもはっきり言わなきゃ分からないか?



(!!)
変えようとした瞬間、グリッドはその動きを止めた。“止めさせられた”。
千里を見渡せそうな天使の慧眼が、狙うはずのクレスを超えてキールに引き付けられた。
蹴り一発に悶絶して首を垂らしながら、上目遣いで深淵を覗くような眼をグリッドの方に向けている。
今まで視線の外されていたその眼と向き合った瞬間、グリッドは心を縛られた。
『止めろ。潰すぞ』と、人を人と認識すらしていない意識がその眼から放たれている。
あれに似た眼を、何処かで見ていた気がする。瞳に湛える冷淡で鋭利なものがはっきりと存在しない記憶を刻んでいた。

「あばばああ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!!!」

キールが余力を振り絞るようにエアリアルボートを展開し、クレスの止めを外す。
誰もが唖然とした表情を作った。コレットもメルディもクレスすらも。
その見えない縛鎖から放たれたグリッドも唖然とする。だがその余りにも奇怪な叫びにではない。
キールは、はっきりと言ったのだ。『まだだ』と。その眼に湛えた意思を、その口で。
「あ゛っ! あう゛ッ!! げほ!! ごぅおっ!!」
唾液を撒き散らしながら噎せるキールの瞳は、グリッドの伏せる位置からはもう分からなかった。
夕陽の深まってきた空を仰いでいるキールに釣られて、首と目をほんの少し上にあげる。
赤く、暗い夕日。キールの抱える闇のように、グリッドは思えた。
なけなしの魔力の尽き果てたような喘ぎはグリッドにキールが初級晶霊術も撃てない程に摩耗していることを伝えていた。
(あいつ、気づいているのか。俺が起きてるって……んな馬鹿な。俺ならともかく、キールの目じゃ分る筈がない)
そこでグリッドは気づいた。キールはグリッドが詠唱に感づいてこちらを見たとは考えにくい。
ならば考えられるのは一つ。グリッドが起きていると仮定して、キールは先に牽制を撃ったのだ。
自分の危機を庇いに割って入るなと。グリッドではなくグリッドが倒れた位置を見て、先んじた。
グリッドが“キールがこちらを向いたのは偶然じゃない”という前提を持って考えたのと同様に。
(俺は、今まで何をやってたんだろうな……ダメじゃねえか、全然まだまだダメ中のダメだ)
「えず、えう゛ッ……メル、おぐっ、……ずむ、あづッ………めずっ、づー」
キールのえづく音が、一呼吸ごとに少しずつになってグリッドに入って行った。
グリッドは、漸く自分の中でキールに対する何かに結論を付けた。
キール=ツァイベルそのものは何も変わっていない。変わったのは、きっと自分自身だ。
かつてのグリッドは、キールの答えを拒絶していた。
肯定でも否定でもなく、拒絶。良し悪しを視る以前に視ることそのものを受け入れなかった。
彼の中にあるドス黒さを覗いてからは、それは強まった。穢れているとすら思った。
自分とあいつは決して相容れない、一本の溝が存在するのだと確信した。
だから拒絶したかった。拒絶しなければならないと、はっきりと理解した。
一度触れてしまえば、キールの色に染まると思ったから。
一度頷いてしまえばもう戻れないと思った。キールの言葉は、その溝を超えさせようとする力があった。
(お前は、言ってたもんな。俺とお前が同じで特別なものなんて何も無い。
 だけど、お前には答があった。それが、何もない俺にとって、どんだけ眩しかったか)
「びど、ぼどい、やづぁ……だばあ゛……ぼげ、な…えう゛っ、あ゛うっ…………」

――――――――酷い奴だとは、思ってる。



彼の胸中でキールに対する複雑な感情が少しだけ解れ、胸のつかえのような澱をグリッドは実感した。
キールを羨む自分に否定は出来ず、キールを蔑む自分に肯定も出来ず。
自分のアイデンティティを維持することもままならないかつてのグリッドには拒絶しか無かった。
だが、失える何かを得た今だからこそグリッドは自己を認めることができる。
グリッドという殻の中身を見つけられなかったならば、キールを否定することも肯定することもできず、
ズルズルと何の自己も確立できないまま、グリッドは彼と同じ手段に堕し粗悪な模造品となっていただろう。
なぜならグリッドはキールを畏れると同時に、羨ましく思っていたから。
例え、それがどれだけ穢れどれほど受け容れ難いものであったとしても、
キール=ツァイベルはグリッドが欲して止まない『凡人としての答』を得ていたのだから。
それを得たキールの言葉は、虚飾に塗れ悪意に彩られてはいたが決して虚言ではなかった。
だからこそ強かったし、だからこそグリッドはそれが毒の類だと解っていても惹かれざるを得なかった。
グリッドはキールの答えの持つ穢れを拒絶しながらもその穢れた答えに羨望していたのだ。
凡人としてグリッドよりも先の地点に到達したキールの在り方は、ただそれだけでグリッドの中身になることができたのだ。
だがそうはならなかった。グリッドは答えを見つけた。本当の意味での、漆黒の翼を取り戻した。
カトリーヌとの、ユアンとの、プリムラとの、ロイドやヴェイグとの、グリッドに関わったもの全てとの絆。
それを手に入れたからこそ彼は一つ見落としていた。彼を構成する最後の一人を。

「ばぼっ、まもっ……る、がら……ぼがぁ、おばぇばっ……ばぼっ、がら…………」
――――――――でも、守るから。僕が、お前を守るから。

(お前のこと、考えたことが無かったな。この翼を手に入れた後でさえ)
グリッドには泣いているようにも聞こえた。恐れも惑いも後悔すらもあった凡人の悲嘆。
そこに有るのはグリッドが最後まで見ようとしていなかった、キール=ツァイベルの心。

「だがら…………だの、む…………もうずごじ……………待っててくれ………今、今なんとかずるから!!」
――――――――僕は絶対に失わない。

(答えさえあれば、俺は俺としてやっていける。もう惑わないし、それでいいと何処かで思ってた)
グリッドは飲めない息を呑んで、彼の言葉のその先を聞くために天を仰ぐその姿を正面より見据える。
この世界で誰よりも哀れな存在に見える彼を、グリッドはもう笑えなかった。
アレになるかも知れなかった自分だからこそ笑うわけにはいかなかった。

「はばっ、はなじ、そ゛うになったけど……ずびれそうになっだけど…………まだ、あきらめないから」
――――――――たった一つ、たった一つ最後に守りたいモノだけは――――――――

キールは、何も変わっていない。正義に目覚めた訳でも悪に落ちた訳でも無い。
ただ、守りたかっただけなのだ。その為だけにありとあらゆるものを捧げた。
グリッドは、今初めてキールを理解した。キール=ツァイベルがそうまでして望んだことを。
どうしようもなく弱いヒトだったから、彼は、誰よりも強い意志でそれを選んだ。
グリッドが一度は逃げ出した場所で、彼はずっと独り闘い続けてきたのだ。

「お前の、未来だけば…………この手でぜっだい、掴んでやず。絶対に、絶対だ。ぞじたらも゛う、二度ど、離ざないッッ!!!」
――――――――――――――――――――――――例え全てを敵に回してでも守ってみせる! 

たった一人の、女の子を守るためだけに。



(お前……最初から、メルディの為だけに“そう”だったのか?)
舞い散る紙の中、再びキールの体が動く。その遅さはもはや死体のそれだったが、それは確かにキールの出し得る最速だった。
キールの姿に焦点を合わせようとすると、紙目に視界が滲む。
だが、さっきまでの画が構図が変わらないまま、印象だけが一変していた。
紙に覆い隠されたコレットはもうもののついで程度にしか見えない。キールが守っているのは、たった一人の少女だけだ。
その為だけに、自分では敵わない程の相手に非凡の極致に挑んでいる。例えその身に何も無かろうと。
何処かしらで、自分をもう非凡の人間だと驕っていたのだろうかとグリッドは思った。
キールの嘲笑は、人間から解き放たれたグリッドにすらそう思わせるに十分なほど粘っていた。
だからどうした。天使だろうが時空剣士が相手だろうが、知った事かと。
あれだけ人間と非人間の戦力差を嘆いていた男が、今グリッドの目の前で酷く歪んでいる。
その酷薄な笑みをグリッドは識っていた。目の前で、眼と眼を突き付けられて覗かされたその黒い心を。
その邪悪な心の後ろにグリッドの焦点が再び結ばれる。
グリッドはいざ事此処に来て初めて知った。キールの穢れ切った心が、唯々彼女一人の為だけに存在していることを。
(俺は、何にも分かってなかったのか。いや、分かろうとしてなかったのか)
そこで初めてグリッドは、自分を守るためにキールを拒絶したが故に『キール』を理解し切れていないことを理解したのだ。
グリッドは答えを手に入れた。だが、その答えを提示するべき問いそのものを未だ分かっていなかった。
(卑怯で、言い訳がましい、自分の手だけは汚さない最低の奴。俺はお前のことをずっとそう思ってた。それで十分だった)
彼とキールが、初めて顔を合わせたのが今日の朝。その後二手に分かれ、次に出会うのがあのシャーリィとのグラウンドゼロ。
その間グリッドが見ていたキールは、常に策を練り、マーダー撲滅を訴え、甘さを捨てることを説いていただけだった。
机上の空論の五文字を煮詰めて鋳型に嵌め込んだような、そんな青年という印象を受けていた。
有意無意に関わらず、キールはメルディを救うという自分だけの願いをミクトランを打ち倒すという対主催全員の願いに摩り替えて隠してきた。
言葉だけで、覚悟のない奴。かつてのグリッドは自分とキールを逃げるようにそう断定した。
キールの言葉を拒絶しなければ己を定義することも出来なかったグリッドは、キールを一面的にそう断定することで逃げた。
答えを得た今でも、その封印はそのままだった。無意識に、そのままでいいとすら思っていたかもしれない。
(未だ、俺は心の何処かでお前にビビってたんだな。だから、どっかでわざと先送りにしてた)
グリッドは血塗れの愚者を見て、歯を軋らせた。
自分は確かに答えを手に入れた。だけど心の何処かで“それだけで終わらせようと思っていた”。
答えを手に入れるだけで“答え合わせ”を避けていたのだ。
キール=ツァイベルという“問い”と向き合うことから逃げていたのだ。
自分の導きだした答えだけに満足していれば、それが間違いと揶揄されることだけはない。
正解であるという確証を放棄することで、不正解であるという確証を回避できる。
明確な輪郭を持ったその恐怖をその手で握るように、グリッドはそれを肯定した。
生死の狭間で手に入れたこの嘘の翼でさえ、キール=ツァイベルの現実の言葉は打ち砕くことが出来るかもしれない。
グリッドは、キールという男にそう確信的な評価を与えていた。



クィッキーが紫電を口に銜えて、グリッドの下に帰還する。グリッドはそれを手にし一度強く握りしめた。
この動物は、はたしてそのメルディに対する友愛をキールに利用されていることに気付いているのだろうか。
(畜生。そうだよなクィッキー。一応はウチの公式マスコットだ。賢く無い道理がねえか)
気づいているのだろうなとグリッドは思った。今まで踏み込むことをしなかったグリッドよりはキールという人間を知っているだろう。
だがキールがクィッキーの知性を信頼したかどうか、クィッキーがキールの悪性を許容したかどうかなどこの際彼らには問題ではない。
唯、メルディを何とかしたい。その理由だけで二人がある種の密約めいた何かを持つのに十分だったのだ。
故にクィッキーはキールの策略に利用されることを選び、キールはクィッキーを策略に利用することを選んだ。
片腕のないグリッドは紫電を見える場所においてから、左手にクレーメルケイジを持ち静かに意識を輝石に沈みこませた。
(何て野郎だよ、キール。俺の認識が完全に間違ってた訳か。お前は、外道なんかじゃない。本気のド外道だ。
 お前にとっちゃマーダーを殲滅することも、俺達を捨て駒にすることも、そうやってクレスと戦うこともみんなみんな同じなんだな)
グリッドの知るキールは、唯の屑だった。自分とメルディの保身の為なら平気で仲間を傷つける類の。
グリッドのイメージ通りのキールだったなら、何も問題はなかっただろう。
諦めて易い道に墜ちたキールに、ただ自分の答えを見せつけてやればよかった。
だが、一体キールの中で何が狂ったか。グリッドの目の前で足掻くキールは屑の中の屑だった。
他がボロボロに使えなくなったら、躊躇わず自分を屑の様に酷使し始める。
知らないやつも仲間も敵も“自分すらも”犠牲にすることを厭わない。メルディ以外に一切保全を認めていない。
まだマーダーになって優勝する方が気楽過ぎる在り方だ。
(糞。最低だ、最低すぎるぜお前。自分の願いの為なら何しても良いってのか)
グリッドの中で何かが呻く。何故キールという人間の姿にあれだけ心が痛むのか、それを思い出したからだ。
(ああ、そうなんだ。俺には痛いほど分かる。これはもう俺にしか分からない痛みだ)
あの地獄の穴の底で見た、切り取られた空。手を伸ばせど届かない天。
地を這い蹲る彼ら凡人には、遠すぎて眩し過ぎる世界。
現実を越えて其処を目指すには、彼らはあまりに持たざる者だった。

――――――――戦場で手を汚せよグリッド。悩むことなんて何一つ無い。“お前はこっちの住人だ”。
(だってお前は、俺と同じ凡人だ。無能だ。虫螻だ。それを上手く嘘で自分を誤魔化して来たに過ぎないんだ。
 俺が逃げ出したそんな息も詰まりそうな世界で、お前は戦ってきたんだな。たった一人で)


魔力不足なのか、キールの展開するエアリアルボードは魔剣を一合捌くごとに削れ薄くなっていくように見える。
それと比例して、かすり傷とはとても言えない損耗がキールの体中に刻まれていく。
ロイドやグリッドとは違う、替えの利かない心臓をその魔刃に極限まで曝しながらクレスに立ち向かうその様は、
グリッドが決めつけていたキールのどれとも違っていた。
キールが今まで理屈や正義を弄んで隠していた何かが完全に露出していた。
その在り方を拒絶など出来る筈がないのだ。キールと自分は、その開始点を同じくしているのだから。
仲間も敵も、そして今自分自身の保身すらも捨てて。グリッドとは真逆の手段で彼は現実にに抗っていた。
だがその原点は二人とも同じだ。自分を構成する何か、譲れない何かを唯守りたいというささやかな願い。
それを超える為には、何かを差し出さなければいけなかった。
グリッドはヒトの心を取って人間の体を捨て、人間の体を捨てられないキールはヒトの心を切り捨てた。
どちらが化物だと言われれば、グリッドは間違いなくクレスではなくキールを選ぶだろう。
ロケットのブースターのようにパーツを殺ぎ落とし、届かない目的だけに向けて直進する。
戻り道を憂う過去も、届いた後の未来も切り落とし、たった一人で先の見えない暗黒に邁進する。
ロイドが甘んじて受けなければなかった生き方を能動的に選ぶ人間を、ヒトとはもう呼べないのだ。
(俺、未だ何も知らないんだな……自分のことばかりで、まだ、何も考えてなかった)
この世界全てを呪うかのような慟哭を吐き続けるキールを見て、グリッドは思う。
あれはきっと、本当は俺がなるべきだった化物なのだと。全てを棄てて、漆黒の翼のためだけの人形になるはずだった自分なのだと。
そして、答えを得てこの場に立って初めて知る。自分は一体キール=ツァイベルの何を拒絶していたのだろうと。
キールはさんざん自分のことを聞いてきた。その上で、凡人としての立場から綴られた言葉だからグリッドを殺し切れた。
それは唯自分の情報を増やすためだけだったのだろうけど、なら自分はキールの何を理解しているのだろうとグリッドは思う。
メルディをあんな風にされたのは知っている。親友を殺されたのは知っている。あの拡声器で叫んでいた娘が知り合いだったことも。
だけど、それを喪って来たキールの闇をグリッドは知る由もなかった。
最初に出会ったカッシェルに為す術も無く命を取られかけて、それをあまつさえリッドに救われた彼の無力を。
結果論でしかないとはいえ、リスクマネジメントに固執するあまり目と鼻の先にいたファラを救えなかった彼の煩悶を。
ようやく出会えたメルディに安堵して、話に聞いていながらネレイドに対する処置を誤った彼の懊悩を。
メルディを命を賭けて取り戻そうとしたその果ての果てに、親友を目の前で失い、メルディの心を壊された彼の絶望を。
情報が削ぎ落とす主観的感情は紙が記す客観にはほぼ写らない。キール=ツァイベルの主観が秘された客観しかグリッドは識らなかった。


歯が割れかねないほどの力を顎に加え、グリッドは呻きを堪える。切れた口の端から血が流れた。
(畜生! ここまで来て俺はアホかよ! 答えを手に入れただけで満足しやがって!!)
決して壊れないものを得たが故の、何処かにあった慢心。できることならばグリッドは声を出して自分を罵りたかった。
答えは得た。だがそれだけでは足りない。答えは、問いと並べてようやく意味のあるものなのだ。
キール=ツァイベルという“問い”との決着を経ずして、グリッドが導き出した答えは完成しない。
グリッドがここまで来れた始まりの始まり。その“問い”を投げかけたのは他ならないキールだから。
だが、その問いをグリッドに投げかけた男は、肉と骨を削りながら血液と狂気に塗れて消えようとしていた。
(俺はまだ何にも始ってねえ!! ロイドに借りは返した。自分の答えも得た。なのに、俺は“俺の始まり”を見事に見逃してた!!)
キールに投げ掛けられた問いより始まった彼の答え。なのに、答えを示す前に問いを発したキールが滅ぼうとしているという滑稽と皮肉。
よちよち歩きの羽で飛べるかどうかのヒヨコが、二段目も切り離そうとしている多段式ロケットに追いつける道理がない。
グリッドが自分の答えを得て成長したと同様に、キールは既にグリッドの手の届かない場所にまで到達してしまった。
(くそ野郎、俺はまだお前に何も応えてないのに。お前は、最後まで俺を見ずに先にいくのかよ)
どうにもならぬ窮状に押されたか、グリッドが今度は素直に感情を吐き出す。
クレスを倒す為のインディグネイションを急いで得ようとするが、
焦りに心と身体の糸を徒に絡まり、キールを巻き添えにするという問題が解決できずに焦れて更に絡まる。
いつもそうなのだ。大抵の物事は失ってからその事実に愕然とする。人も、命も、時間でさえも。
(待て、待ちやがれ。お前はまだ終わられちゃ、困るんだよ)
体が全快だった頃ならば一秒で届きそうな距離が、今のグリッドには遠すぎた。
焦りの絶頂を極めたグリッドが、いたたまれずクィッキーの方を向く。
向いてからグリッドは少し後悔した。キールはクィッキーに自らの力を託し、クィッキーはその全てを賭けてここに来た。
そしてその力を渡されたグリッドはそれに応える術に惑っている。それでどの面を見せればいいというのか。
だがそこにいたクィッキーの瞳は焦燥を滲ませこそすれ、それをその小さな体躯に見事に収納していた。
直ぐに紫電を持ってきた手並みからも分かる。本当ならば、今すぐグリッドに噛みついてでも雷撃を促したいだろうに。

「何でだ……何で戦える!? どうして、未だ!?!?」

珍しい声がグリッドの耳に響いた。奇声と剣撃しか上げていなかったはずのクレスが人の言葉を喋っていた。
クレスの声がグリッドの耳に入る。クレスの意識が緩んだその間隙を、グリッドは見逃さなかった。
「クィッキー……何で、急か、さない?」
クィッキーの方を向きながら、心底辛そうに口を震わせて言葉を吐く。
一体何がその矮躯に人並み以上の覚悟を存在たらしめているのだろうか。
クレスの意識が完全にキールに向いた今、グリッドはそれを素直に聞きたいと思った。
「グィッ」
グリッドの問いに、クィッキーは一度だけ力強く鳴いた。
その言葉の意味は分からなくとも、音に込められた意志だけはハッキリとグリッドに伝わる。
自分からは絶対に急かさないと、お前の判断に従うと、考えうる限りの最高位の従属のような居住まい方だった。
(ありがとうよ……でも、俺が動かなきゃキールは死ぬ。動いても、多分死ぬんだぞ……メルディが助かっても、それじゃあ)
クィッキーに願いを託されようと、キールに力を託されようと。グリッドが手を考えなければこのままではキールは終わってしまうのだ。


(って、あいつが終わる!?)
果物の瑞々しい音が耳朶を打った時、グリッドはケイジからの電流が自らを巡った錯覚を覚えた。
(待て待て待て。おかしい。命と引き換えに俺に命運を託す? 無え。そんな戦略は戦略として有り得ねえ)
ボロボロになりながらも尚食物を咀嚼しようとしている。
それは生きるためだ。一秒先を、一分先を生きて何かを為そうとする生命にだけ許された行為だ。
「ごぶ、ぞべばま。僕の゛ごぶぢと、おばべの剣ばら、おばえが勝つ゛。だばば」
(託したんじゃ、無い。だったら――――――――確信しているんだ。俺が、最後にはこれを使うことを。あいつは、一切疑っていない)
「クィッキー!」
キールが何か口上をまた述べてクレスを引き付けている。これすらも、この怒りすらも恐らくは布石なのか。
小声で、しかし怒気を孕んだ声でグリッドはクィッキーを呼んだ。
クィッキーは、グリッドを信じている。グリッドが決めるときは決めることを、昨日の夜に十分知っていたから。
その信頼は、グリッドにとって漆黒の翼たちと同様自分を後押しする原動力となる。
クィッキーを自分の顔まで近づけてグリッドはボソボソと何かを言った。キールとクレスが問答をしている今しかこの機会はない。
了解したらしく、クィッキーは鳴き声一つ漏らさずその草むらに再び隠れていった。
(そうか、そういうことか。お優しすぎて涙が出そうだぜ、出ねえけど)
キールもまた、グリッドを疑っていない。クィッキー同様一切を疑わない意思。
だがそれは信頼ではないことをグリッドは理解していた。
(何だかんだ迷っても、俺がインディグ撃つって解ってる訳だ。ああそうですよ、ぶっちゃけそのつもりでしたよ)
だが、グリッドはキールを巻き込むことを恐れていた。それでいいのかと煩悶していた。
(それでそんな平然としてるってことは、そこら辺の対応も最初っから用意している訳だ)
自分以外の何も信じないキールが、グリッドに煩悶の余地など残すはずがない。
グリッドが安心して躊躇いなく撃てるように、何か対策を講じているのは間違いないだろう。
恐らくはこの舞っている紙も、その一つだ。
(何、俺は道具か何かですか。インディグネイション発射装置ですか。駒は僕の言うこと聞いてろと。そ、う、で、す、か)
グリッドの優しさ、恐れ、それら全てを道具が個々に持つ癖のように捉えた判断がキールの意思を完全なものにしている。
それら全てをグリッドという駒の特性として機械的要素に落とし込み、キールはグリッドを『利用』しようとしているのだ。


主導権は、最初からグリッドに渡っていない。今この戦場を設計しているのはキールに他ならない。
(ああ、畜生が。少しでも可哀想とか思った俺が莫迦だった。この外道のド外道が)
ケイジを首から掛けて、少しでも雷の力を自らに送り込む。
キールの策がおぼろげに見えてくる。グリッドにとってそれは特に難しいことはない。
凡人の視点で、徹底的に卑屈にネガティブに人を利用することを考えればいいだけだ。
(クソ、しかし、あれか、けけけけけ。俺を利用すると来たか)
紫電を持つその手に震えは無い。怒りに限りなく近い感情が、弱気を圧倒している。
後は、タイミングとクィッキーの動き次第。クレスを倒すには、インディグネイションを超えたもう一手が必要になる。
(素敵じゃねえか、自分の為に他人を欺いて利用してゴミのように捨て去る。
 新生漆黒の翼団長としては何一つとして好ましくない所はねえ)
キールは、グリッドを余す所なく利用しようとしている。それを踏まえてなお、グリッドは笑っていた。
クレスとキールの立ち回りを凝視する目尻は幽かに震えている。
(だが、認めねえよ。団長としてではなく、グリッド個人としてお前の生き方は認めない)
グリッドはその感情に振り回されかけていた。重ねて自らに記す。今、キールは間違いなくグリッドを利用しようとしている。
失敗してもよし成功してもよしではなく、成功を前提としてクレス打倒の計画を立てている。

クレスの一撃がキールの防御不可能域に襲いかかり、キールの胸が鈍い出血に彩られる。
反射的に動きそうになる身体を押さえつけ、グリッドは慎重に待った。
キールは必ずタイミングを提示してくるはずだ。キールがグリッドに以心伝心やら阿吽の呼吸を期待する訳がない。
虫の息のキールに繰り出された斬撃に合わせるようにして、障壁が展開される。
内湧く疑念を堪えながらグリッドは未だ待った。今必要なのはあの障壁が一体何かを考えることではない。
キールのことだから、入念に手を伏せていたのだろう。行うべき思索はそれで十分に過ぎた。


「ヨー……イドゥ、ムィーム………プィティンディ・エティ……ドン」
(ああ、だから今は手伝ってやるよ。お前は俺がブッ潰す。出来る。やってやる)
涙のような汁を垂らしながら、キールが妄言の様に何かを呟く。
カトリーヌやプリムラから聞いていた話から、それがメルニクス語であるという見当を即座につけたグリッドは、
それが合図であると判別した。言語訳などはこの際どうでもいい。
合図以外の意味を受け取るなどとキールは思わないと、グリッドは確信している。
「ティム、スデ、ィ………ディエム、ドートゥ…………」

――――――――殺す価値もないし、ふと殺そうと思ってもいつでも、簡単に殺せる。

(厭とは言わせねえぞ。お前、俺を利用しやがったからな。お前“俺に利用価値を見やがった”からなあ!!)
ゆっくりと、唖然としたようなクレスの意識を刺激せぬように立ち上がる。やっと死体程度には動くようになってくる。
その動力源が、滾るような嬉しさであることをグリッドは否定しなかった。動物的な意識がグリッドの表象を満たす。
「ヨーエンドィ・ヨー・ドー・トゥ………」
キールはその脳裏にある戦略的盤上にグリッドの名前を刻んだ。
どう転んでもいい端役ではなく、利用するに足る歩兵として“歯牙にかけた”。
自らの計画に影響を及ぼす存在として、その敵性を認識したのだ。それが、グリッドにとって喜ばしくない訳がない。
「ヨー・ヤドン、ディエティ……ドン」
(俺は、お前にとって無視できない位置にまでは届いたわけだ。お前と戦えるに足るまでに!)
それはロイドに頼られたのとは、真逆の嬉しさだった。キールは独り、全ての要素と戦うことを覚悟している。
ならばそれは蝿か何か程度にしか自分を見ていなかった男が今、グリッドを一個の駆逐するべき敵として認識しているということ。
今こそグリッドはキール=ツァイベルの敵足りうる資格を得たのだ。

「―――――――ティムスティディ・エムドートゥ!!」
止めを刺そうと走るクレスの狙う先、キールの屍鬼のように濁った眼がグリッドを捉える。
それが今であることを間断無く判断し、グリッドは隠すように進めてきた準備を一気に早めた。
(今なら、言える。もう恐れない。胸を張って、堂々と正面からお前の覚悟を粉砕してやる)

キールが今までの速さとは比べ物にならない速度でクレスの背後に回る。
虚を突かれたクレスがキールの方を向いた今、クレスは完全にグリッドに背後を晒した。
糊口に汚れたキールの低俗な笑みを見て、グリッドは嗤った。

「おう、確り、分かってるぜ」

ダブルセイバーを杖に立ち上がり、傍に突きたてる。
潜伏を解いた紫電とケイジからバチンと火花を散らす。光の走るような音にクレスは虚の虚を二重に突かれた。
空気中に漏れた紙の一部分が焦げるように燃える。



「長かった……すっげえ長かった。10分も経ってないはずなのに、三ヶ月くらい長く感じたぜ」
(ようやく、俺はお前の前に立てた。後は、そこのクレス吹っ飛ばすだけだ)

紙吹雪が舞い降り、グリッドの黒い羽根を守っていた白き迷彩が解かれる。
コールが宣言された以上、もう退路は無い。後は、クレスの反応速度とグリッドの詠唱速度の勝負だ。

「もう我慢せんぞ。これ以上、俺のゲームを電波ユンユンの世界に漬けておく訳にはいかんのでな」
(腹立たしいことこの上ないが、今だけはお前の策に乗ってやる)

グリッドだけでは、凡人一人ではクレスに届かない。だが、届かせなければいけない。
その程度グリッドにも厭というほど理解できる。だからこそあらゆる手段を使ってでもここで越えなければいけない。

(俺にだって馬鹿じゃない。1+1は、2を超えて超1だ。例え最強の一だろうが、相手じゃねえ!)

例え、その思想が真逆に反目しあう者同士であったとしても。その目的が同じならば。

(勘違いすんなよ。お前に利用されるだけじゃ癪だから、俺もお前を利用してるだけなんだからッ!)

グリッドの中で諧謔が調子を取り戻してくる。
舞い散る黒い羽。見せ札は、エターナルソードとインディグネイション。
更なる一手をここから押し込んだ方が、勝つ。

今展開している魔術式の上―――――――彼に残された最後の魔術のその先。即ち、神雷の裏側。

(兎に角―――――――今回限りのタッグマッチだ。凡人の力、舐めんじゃねえぞ、クレス!)
「捉えたぜ、クレス=アルベイン!! これでお前をチェックメイトだッ!!!」



そういってグリッドは、夕日の赤に逆らうようにその羽を大きくはためかせた。
独り戦場に立つ暴君を今こそ落日にたたき落とすために。耐えがたきを耐えきった平民はついに鍬と鋤を持って立ち上がった。

長々し過ぎる前座の果て、過去より現在に至る初期条件はこれにて全て開帳。
残すはただ一つの未知――――現在より至る未来と結果を算出するのみ。さぁ、今こそ舞台に幕を引きましょう。




【グリッド 生存確認】
状態:HP5% TP30% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化 心臓喪失 インディグネイション習得中
   左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲
   左胸部、右胸部貫通 右腕損失 全身にリバウンドによる痙攣と痺れ、吐血 動ける? 
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
      『スパークウェブ』『衝破爆雷陣』『天翔雷斬撃』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) クィッキー
    ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×4
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:作戦開始
クィッキー行動方針:アレを回収する
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前

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