ある愛の話 -永遠伝説-
頬を打つような突風と共に、舞い散る紙の中に砂煙が混じったクレスの視界からキールの姿が消える。
何度も何度もクレスの斬撃を紙一重で凌いできた風の盾は靴となりて、風のようにクレスの後方へと流れてキールを逃がした。
邪魔極まりない風の盾を打ち破るために、常よりも僅かばかりに上乗せした力の分だけクレスの対応が遅れる。
何度も何度もクレスの斬撃を紙一重で凌いできた風の盾は靴となりて、風のようにクレスの後方へと流れてキールを逃がした。
邪魔極まりない風の盾を打ち破るために、常よりも僅かばかりに上乗せした力の分だけクレスの対応が遅れる。
キール=ツァイベルの計略。クレスとの戦いが始まった段階から仕込みに仕込んだそれは、初動において完全なる成功を納めた。
そもそも彼には最初から足があった。エアリアルボードという回避の選択肢が。
常に一所に留まらず流体を運動させる『風』の属性であるエアリアルボードの使い方は、本来移動にこそある。
これを十全に生かすべきならば、フライパンや拳に纏う補助材料として扱うよりも純粋に回避の技として用いるべきだ。
だが、キールは敢えてエアリアルボードを攻撃と防御に用いた。
火水雷闇の四属が片側のケイジに集まっている以上、シャープネスもバリアーも用いられない彼は他に強化の術が無かったということもある。
だが、それ以上にこれはエアリアルボードの移動という特性を“より有効に”用いる為の方策としての意味合いが大きい。
いくらエアリアルボードで高速移動ができるとはいえ、精々他の術師よりも機敏に動ける程度。ただそれだけだ。
大雑把なネレイドの術ならばともかく、近距離に限り神速であるクレスの斬撃には程遠い。
逃げに使ったところで、あの空間翔転移とやらに捕捉されるのが関の山だ。
タネが割れてしまえばクレスにとってそれはただの少し速い移動でしかなく、なんら脅威に成り得ない。
何より、キール=ツァイベルは消極的な手段を選べる立ち位置にいない。
空間翔転移にて距離と時間の関係を無視して移動出来るクレス相手に逃げることは出来ないし、意味がない。
何処かで積極的に打って出なければ、ジリ貧に陥ってしまうのは明白なのだから。
そもそも彼には最初から足があった。エアリアルボードという回避の選択肢が。
常に一所に留まらず流体を運動させる『風』の属性であるエアリアルボードの使い方は、本来移動にこそある。
これを十全に生かすべきならば、フライパンや拳に纏う補助材料として扱うよりも純粋に回避の技として用いるべきだ。
だが、キールは敢えてエアリアルボードを攻撃と防御に用いた。
火水雷闇の四属が片側のケイジに集まっている以上、シャープネスもバリアーも用いられない彼は他に強化の術が無かったということもある。
だが、それ以上にこれはエアリアルボードの移動という特性を“より有効に”用いる為の方策としての意味合いが大きい。
いくらエアリアルボードで高速移動ができるとはいえ、精々他の術師よりも機敏に動ける程度。ただそれだけだ。
大雑把なネレイドの術ならばともかく、近距離に限り神速であるクレスの斬撃には程遠い。
逃げに使ったところで、あの空間翔転移とやらに捕捉されるのが関の山だ。
タネが割れてしまえばクレスにとってそれはただの少し速い移動でしかなく、なんら脅威に成り得ない。
何より、キール=ツァイベルは消極的な手段を選べる立ち位置にいない。
空間翔転移にて距離と時間の関係を無視して移動出来るクレス相手に逃げることは出来ないし、意味がない。
何処かで積極的に打って出なければ、ジリ貧に陥ってしまうのは明白なのだから。
故にキールは敢えてエアリアルボードを『防』に使うことを選択した。
エアリアルボードの本来の使い方を知らないクレスの前で盾として用いた。
クレスと会う昨日の昼時点で、エターニア世界から来た参加者のうちエアリアルボードを知っている可能性のある5人の存在は確定している。
キールの知る限り、他の攻撃術は他世界とリンクしている可能性があったがこのエアリアルボードにはそれが無い。
クレスがそれを知っている可能性は皆無と判断したキールは、この僅かな無知を突いた。
フライパンやエアリアルボードによる受けを徹底し、クレスの斬撃を全て『防』で対処することによって、
ベタ足でしか動けない魔術師だから避けは諦めて守勢に徹してくるだろうと思い込ませた。
クレスの念頭から回避の選択肢を消滅させた。最後の最後で『避』を120%生かしきる為に。
防御して防御して逃げられないと演出し、最後の最後でエアリアルボード本来の使い方で回避するという奇手。
予め用意しておいた緊急回避用の接近戦仕様の特殊機動。後方に退いた処で活路が無いのならば、敢えて前進する。
それは見事なまでに功を奏し、クレス=アルベインの背後を取ることすら成功させた。
亀のように縮こまっていた相手がいきなり速度を上げれば、攻撃側に生まれる体感速度は跳ね上がる。
決めつけていた未来を、現実の変更に即して修正する僅かな時間。
その『虚』をこそ、キール=ツァイベルが狙ったものだった。
エアリアルボードの本来の使い方を知らないクレスの前で盾として用いた。
クレスと会う昨日の昼時点で、エターニア世界から来た参加者のうちエアリアルボードを知っている可能性のある5人の存在は確定している。
キールの知る限り、他の攻撃術は他世界とリンクしている可能性があったがこのエアリアルボードにはそれが無い。
クレスがそれを知っている可能性は皆無と判断したキールは、この僅かな無知を突いた。
フライパンやエアリアルボードによる受けを徹底し、クレスの斬撃を全て『防』で対処することによって、
ベタ足でしか動けない魔術師だから避けは諦めて守勢に徹してくるだろうと思い込ませた。
クレスの念頭から回避の選択肢を消滅させた。最後の最後で『避』を120%生かしきる為に。
防御して防御して逃げられないと演出し、最後の最後でエアリアルボード本来の使い方で回避するという奇手。
予め用意しておいた緊急回避用の接近戦仕様の特殊機動。後方に退いた処で活路が無いのならば、敢えて前進する。
それは見事なまでに功を奏し、クレス=アルベインの背後を取ることすら成功させた。
亀のように縮こまっていた相手がいきなり速度を上げれば、攻撃側に生まれる体感速度は跳ね上がる。
決めつけていた未来を、現実の変更に即して修正する僅かな時間。
その『虚』をこそ、キール=ツァイベルが狙ったものだった。
しかし、回避しただけでは意味がない。
ただ一度の虚を突いた程度で戦力差を揺さぶれるならば苦労はしないのだ。
逆に言うならば、この如何ともし難い戦力差があったからこそキールはあのクレスから背後を取れたとも言える。
もし、これがロイドやヴェイグだったならばクレスは絶対に背後を取らせることはないだろう。
彼らには、そこからクレスを一撃で打倒し得る手段がある。
一瞬の油断が命取りになる拮抗した戦力がある。背後を取られてはいけない理由に足る。
直接攻撃力を持たないキールにはそれがない。故にクレスにとってこの回避は命取り足り得ないのだ。
文字通り心血を注いでキールが生み出した『虚』など、その程度でしかない。
もっと、もっと優位が必要になる。この絶望的な戦力差を埋める一撃を決めるために。
圧倒的な存在であるクレスを完全に崩しきるためには、もっと大きな虚をつかなければならないのだ。
だからこそ、グリッドの存在はそれを為すに適材と言うより無い。
ただ一度の虚を突いた程度で戦力差を揺さぶれるならば苦労はしないのだ。
逆に言うならば、この如何ともし難い戦力差があったからこそキールはあのクレスから背後を取れたとも言える。
もし、これがロイドやヴェイグだったならばクレスは絶対に背後を取らせることはないだろう。
彼らには、そこからクレスを一撃で打倒し得る手段がある。
一瞬の油断が命取りになる拮抗した戦力がある。背後を取られてはいけない理由に足る。
直接攻撃力を持たないキールにはそれがない。故にクレスにとってこの回避は命取り足り得ないのだ。
文字通り心血を注いでキールが生み出した『虚』など、その程度でしかない。
もっと、もっと優位が必要になる。この絶望的な戦力差を埋める一撃を決めるために。
圧倒的な存在であるクレスを完全に崩しきるためには、もっと大きな虚をつかなければならないのだ。
だからこそ、グリッドの存在はそれを為すに適材と言うより無い。
「カッキーーーーン! ジュバッ、バミュン。 どもっ、自分です!!
この俺、みんな大好きグリッドさんが八大地獄をフルコンプして四か月ぶりに帰ってきましたよーーーー!!
何? 前の話が三カ月だったって? いいか少年、逆に考えるんだ。『何、気にすることはない』と考えるんだ」
この俺、みんな大好きグリッドさんが八大地獄をフルコンプして四か月ぶりに帰ってきましたよーーーー!!
何? 前の話が三カ月だったって? いいか少年、逆に考えるんだ。『何、気にすることはない』と考えるんだ」
今の今までナメクジ程度の速さでしか動けなかったはずの男が、いきなり狐の幻のように自分の前から消える。
それに追いすがろうとして狐のほうを向こうとした瞬間、狩り取ったはずの獲物の声が高らかに後ろから現れる。
自らを挟み対面する二つの『虚』によってクレス=アルベインの胸中に浮かぶものの大きさは外側からは到底計り知れない。
弱者を切り捨てるだけで済んだはずの状況が、爆発的に増えた情報によって一変される。
何度斬りつけようが死なない生者、心臓に剣を突き刺してなお蘇る死人。
その全てに整合を付けることなど到底出来る筈もない。だが、クレスは一つだけ、先ず一番に必要な結論を得た。
それは何時の記憶かも曖昧な話。気の置けない誰かと獣を追い回したことがある。
これは戦いではない。狩りだ。但し、狩られるものと狩るものが真逆の。
獲物を刈るはずだった自分が、今まさに狩られようとしているのだと。
それに追いすがろうとして狐のほうを向こうとした瞬間、狩り取ったはずの獲物の声が高らかに後ろから現れる。
自らを挟み対面する二つの『虚』によってクレス=アルベインの胸中に浮かぶものの大きさは外側からは到底計り知れない。
弱者を切り捨てるだけで済んだはずの状況が、爆発的に増えた情報によって一変される。
何度斬りつけようが死なない生者、心臓に剣を突き刺してなお蘇る死人。
その全てに整合を付けることなど到底出来る筈もない。だが、クレスは一つだけ、先ず一番に必要な結論を得た。
それは何時の記憶かも曖昧な話。気の置けない誰かと獣を追い回したことがある。
これは戦いではない。狩りだ。但し、狩られるものと狩るものが真逆の。
獲物を刈るはずだった自分が、今まさに狩られようとしているのだと。
完全に自分がハメられたことに気付いたクレスを嘲笑う様にグリッドが喚く。
「残念だったなクレス! 前の俺のならこれで寝たままなんだろうが、今は休養&イメトレ十分だからもう少しもつぜ!」
何をどうすれば休養しただけで失った心臓をリカバリー出来るのかなどクレスに理解できるはずもない。
そも今クレスの中で明確にするべきはここに至る過程への気付きではなく、ここに至った結果の認識である。
首だけで振り向いたクレスの目に、はためく黒い羽根とグリッドの左手から迸る雷が映る。
あの虫けらは囮。本命は、クレスにとってのコングマン――――グリッドに他ならない。
クレスが体ごと振り向き、剣をグリッドに定めようとする。
「ざまあねえぜキール! あれだけ俺のことを馬鹿にしておいてそのザマか、いいな実にいいなぁ!!
結局のとこ俺の力が無きゃこりゃどうしようもないもんなあ!!」
今まで時間を稼いでくれた人間に対する労いにしては余りに酷薄な物言いを吐くグリッドに、クレスはその狂える双眸を更に強めた。
「ほらほら、俺がピンチだぜェ? この場で唯一こいつを打倒できる俺がクレスに狙われるぜぇ?
小賢しいキール=ツァイベルさんはどうすればいいか、すぐに計算できるよなぁ!?」
クレスの頭蓋の中にある標準器のレティクルがグリッドに定まろうとした瞬間、その言葉にクレスが硬直した。
「分かったらそいつ暫くフン捕まえてろ! それが無理なら殺されろ!
どっちにしたってもお前ごとまとめてビリビリビリのドッカ――――ンって寸法だからよ!!」
グチャグチャになって碌にものを考えられないクレスの頭から追い出されかけたキールの存在が、グリッドの言葉によって急浮上する。
この場合、どちらを先に殺すのが正しいのか。理性ではなく本能が優先順位を求めた。
クレスがグリッドを狙えば、キールがそれを止める。キールにそれを可能とする速力があることはすでに示されている。
ならば先に邪魔になるだろうキールを殺すべきか。それによって生まれる時間は確実にグリッドにとって有利を齎す。
どちらを先にしても後に回しても、グリッドが詠唱を行う時間は確保される。
そのゴミのように縮小した脳髄でも獣は理解するよりない。今完全に自らが檻の中に閉じ込められようとしていることを。
「残念だったなクレス! 前の俺のならこれで寝たままなんだろうが、今は休養&イメトレ十分だからもう少しもつぜ!」
何をどうすれば休養しただけで失った心臓をリカバリー出来るのかなどクレスに理解できるはずもない。
そも今クレスの中で明確にするべきはここに至る過程への気付きではなく、ここに至った結果の認識である。
首だけで振り向いたクレスの目に、はためく黒い羽根とグリッドの左手から迸る雷が映る。
あの虫けらは囮。本命は、クレスにとってのコングマン――――グリッドに他ならない。
クレスが体ごと振り向き、剣をグリッドに定めようとする。
「ざまあねえぜキール! あれだけ俺のことを馬鹿にしておいてそのザマか、いいな実にいいなぁ!!
結局のとこ俺の力が無きゃこりゃどうしようもないもんなあ!!」
今まで時間を稼いでくれた人間に対する労いにしては余りに酷薄な物言いを吐くグリッドに、クレスはその狂える双眸を更に強めた。
「ほらほら、俺がピンチだぜェ? この場で唯一こいつを打倒できる俺がクレスに狙われるぜぇ?
小賢しいキール=ツァイベルさんはどうすればいいか、すぐに計算できるよなぁ!?」
クレスの頭蓋の中にある標準器のレティクルがグリッドに定まろうとした瞬間、その言葉にクレスが硬直した。
「分かったらそいつ暫くフン捕まえてろ! それが無理なら殺されろ!
どっちにしたってもお前ごとまとめてビリビリビリのドッカ――――ンって寸法だからよ!!」
グチャグチャになって碌にものを考えられないクレスの頭から追い出されかけたキールの存在が、グリッドの言葉によって急浮上する。
この場合、どちらを先に殺すのが正しいのか。理性ではなく本能が優先順位を求めた。
クレスがグリッドを狙えば、キールがそれを止める。キールにそれを可能とする速力があることはすでに示されている。
ならば先に邪魔になるだろうキールを殺すべきか。それによって生まれる時間は確実にグリッドにとって有利を齎す。
どちらを先にしても後に回しても、グリッドが詠唱を行う時間は確保される。
そのゴミのように縮小した脳髄でも獣は理解するよりない。今完全に自らが檻の中に閉じ込められようとしていることを。
既にその視界は、自然界に存在しない黒い紅に覆われて殆ど機能を失っている。
不可視なる『策』が、無数の鎖となって自らを絡め捕る感覚を神経以外の何かで感じながら、何故だとクレスは虚空に問う。
今自分が嵌められたことにではない。虫けらだったはずの男が突如自らを擦り抜けたからでもない。
どうして斃せないのか。これだけ剣を振りあれだけ血を流させ心臓を突いた。それでも何故倒れないのか。
答えはとっくに得たはずだ。もっと速く、もっと強く。万物を斬り伏せる最強の剣になる。
そうすれば守れるはずだった。守れなかったものも倒せなかった敵もそれらによって齎された理不尽で残酷な運命も、偏に自分が弱かったからだ。
あの時マグニスを切断できていれば、バルバトスを破壊できていれば、コングマンを斬殺できていれば“何か”を守れたはずなのだ。
あまりに無力で、どうしようもないほど矮小。これじゃあ君も守れない。
何も守れない僕に“僕は負けない”と彼女は言ってくれた。君すら守れない僕に、そう言ってくれた。
その時だ。もっと遠く、もっと鋭く。たった一つの目指すべき場所が、晴々と見えていた。
天秤をふらつかせて得られるものなど何処にも無い。その願いだけは守ってみせる。
不可視なる『策』が、無数の鎖となって自らを絡め捕る感覚を神経以外の何かで感じながら、何故だとクレスは虚空に問う。
今自分が嵌められたことにではない。虫けらだったはずの男が突如自らを擦り抜けたからでもない。
どうして斃せないのか。これだけ剣を振りあれだけ血を流させ心臓を突いた。それでも何故倒れないのか。
答えはとっくに得たはずだ。もっと速く、もっと強く。万物を斬り伏せる最強の剣になる。
そうすれば守れるはずだった。守れなかったものも倒せなかった敵もそれらによって齎された理不尽で残酷な運命も、偏に自分が弱かったからだ。
あの時マグニスを切断できていれば、バルバトスを破壊できていれば、コングマンを斬殺できていれば“何か”を守れたはずなのだ。
あまりに無力で、どうしようもないほど矮小。これじゃあ君も守れない。
何も守れない僕に“僕は負けない”と彼女は言ってくれた。君すら守れない僕に、そう言ってくれた。
その時だ。もっと遠く、もっと鋭く。たった一つの目指すべき場所が、晴々と見えていた。
天秤をふらつかせて得られるものなど何処にも無い。その願いだけは守ってみせる。
求めるべきは絶対に負けない力。欲するのは絶対に勝つ力。望むは運命を殺せるだけの力。
それを得たはずだ。それを得るためだけに出来ることをした。コングマンの力すら奪った。あの剣士の技も超えた。
何があろうと殺して誰が立ちふさがろうと斬って、目に見える全てを打ち砕いた。
自分を刻むように殺し尽くした。いつだったか、そういう風に生きてそういう風に死んだ魔王のように。
剣を振るたびに世界は紅く熟れていったけど、構いはしなかった。今何処に立っているかなどは瑣末以下の問題だ。
走って走って突き進めばいつか辿り着くというと信じていたのだから。
そして、そこに限りなく近づいた。何人も殺して斃して捌いてなお無敗。
立ち塞がる無数の運命を押し潰し、コングマンを倒し最後の障碍も排し、その跡に君と会えた。
だけど未だ足りなかった。まだそこに辿り着いていなかったから、僕は君に否定されたんだ。
こんな運命を僕は享受しない。未だ僕は負けていないのだから、それを追い求めることができる。
だから殺す。もっと殺す。終わりがないと諦めるその心も、始まりに戻ってしまうこの闇も叩き斬る。
望まない世界全てを斬って棄て続ければ、いつか必ず望んだ場所に辿り着けるはずなのだから。
それを得たはずだ。それを得るためだけに出来ることをした。コングマンの力すら奪った。あの剣士の技も超えた。
何があろうと殺して誰が立ちふさがろうと斬って、目に見える全てを打ち砕いた。
自分を刻むように殺し尽くした。いつだったか、そういう風に生きてそういう風に死んだ魔王のように。
剣を振るたびに世界は紅く熟れていったけど、構いはしなかった。今何処に立っているかなどは瑣末以下の問題だ。
走って走って突き進めばいつか辿り着くというと信じていたのだから。
そして、そこに限りなく近づいた。何人も殺して斃して捌いてなお無敗。
立ち塞がる無数の運命を押し潰し、コングマンを倒し最後の障碍も排し、その跡に君と会えた。
だけど未だ足りなかった。まだそこに辿り着いていなかったから、僕は君に否定されたんだ。
こんな運命を僕は享受しない。未だ僕は負けていないのだから、それを追い求めることができる。
だから殺す。もっと殺す。終わりがないと諦めるその心も、始まりに戻ってしまうこの闇も叩き斬る。
望まない世界全てを斬って棄て続ければ、いつか必ず望んだ場所に辿り着けるはずなのだから。
なのに、最後の最後が終わった後で立ち塞がったそれが、どうしても崩せない。
今までで一番脆いはずの壁が、いつまでたっても超えられない。
今までの壁はどれだけ硬くてどれほど強かろうと、斬ることができればそれで終わった。
なのにこいつは何度崩そうとその壁を積み上げる。より脆くより危うくはなっても、壁だけは積み上がる。
絶対に殺せると分かっているのに、そこにいつまでたってもたどり着けない。
どうして立ち上がれる。何故倒れない。
それを問うても、碌な答えは返ってこなかった。もう耳の中の蝸牛も溶けているのか。
今までで一番脆いはずの壁が、いつまでたっても超えられない。
今までの壁はどれだけ硬くてどれほど強かろうと、斬ることができればそれで終わった。
なのにこいつは何度崩そうとその壁を積み上げる。より脆くより危うくはなっても、壁だけは積み上がる。
絶対に殺せると分かっているのに、そこにいつまでたってもたどり着けない。
どうして立ち上がれる。何故倒れない。
それを問うても、碌な答えは返ってこなかった。もう耳の中の蝸牛も溶けているのか。
間違っているともう僕が言った。
間違っていると言うくせに、僕が聞いた問いには、何が間違っているのかも返してくれない。
間違っていると言うくせに、僕が聞いた問いには、何が間違っているのかも返してくれない。
クレスの状態をその眼で吟味しながら、グリッドはその左手に力を込めた。
やはりいうべきか、ほっとしたというべきか。キールは退避装置を持っていたことを確認し彼は安堵する。
エアリアルボードの高速移動による緊急回避。
これならばグリッドの攻撃圏からはもちろん、万が一でもキールはクレスの攻撃圏から撤退できる。
本来の使い方を知っているグリッドですら危うく忘れかけていたのだ。クレスには気付ける筈もないだろう。
だが、クレスと直接対峙したグリッドはエアリアルボード単体ではクレスから逃げられるか怪しいと踏んだ。
故に彼はお得意の口八丁で念を押した。効くかどうかは二の次。だが、しないよりはやったほうが成功するのは当然だ。
既に使い物にならないだろうキールを有効に活用すると同時に、有効な存在だと認識させることでクレスに安易な安物殺しの殺戮を逡巡させる。
稼げる時間が存在するという仮定は時空剣技を使われないことが大々前提であるが、
この前提がなければこの計画は最初から画餅だ。ここは発案者であるキールの読みを確信するよりない。
グリッドに出来ることはキールを疑うことではなく、キールの計画をある意味にて信じ、
その上でその発想を上回る手を打ち“キールをさらに利用する”こと。
本人の危険度を敢えて上げることで、同時にキールが自力で逃げられる時間を確保できる。
多少厭味が乗ったが、これくらいが丁度良いとグリッドは思っていた。
ハッタリに信憑性を与えることは重要だ。なにより利用されるだけというのはグリッドにとって癪だった。
俗な言い方をすれば“この程度で死ぬならそれはそれまで”でしかない。
それにどう考えたところでグリッド先に狙う方が正しいのだ。
もうキールにはクレスにしがみ付く力すら残っていないだろうことは斬り合ったクレスが一番分かることなのだから。
やはりいうべきか、ほっとしたというべきか。キールは退避装置を持っていたことを確認し彼は安堵する。
エアリアルボードの高速移動による緊急回避。
これならばグリッドの攻撃圏からはもちろん、万が一でもキールはクレスの攻撃圏から撤退できる。
本来の使い方を知っているグリッドですら危うく忘れかけていたのだ。クレスには気付ける筈もないだろう。
だが、クレスと直接対峙したグリッドはエアリアルボード単体ではクレスから逃げられるか怪しいと踏んだ。
故に彼はお得意の口八丁で念を押した。効くかどうかは二の次。だが、しないよりはやったほうが成功するのは当然だ。
既に使い物にならないだろうキールを有効に活用すると同時に、有効な存在だと認識させることでクレスに安易な安物殺しの殺戮を逡巡させる。
稼げる時間が存在するという仮定は時空剣技を使われないことが大々前提であるが、
この前提がなければこの計画は最初から画餅だ。ここは発案者であるキールの読みを確信するよりない。
グリッドに出来ることはキールを疑うことではなく、キールの計画をある意味にて信じ、
その上でその発想を上回る手を打ち“キールをさらに利用する”こと。
本人の危険度を敢えて上げることで、同時にキールが自力で逃げられる時間を確保できる。
多少厭味が乗ったが、これくらいが丁度良いとグリッドは思っていた。
ハッタリに信憑性を与えることは重要だ。なにより利用されるだけというのはグリッドにとって癪だった。
俗な言い方をすれば“この程度で死ぬならそれはそれまで”でしかない。
それにどう考えたところでグリッド先に狙う方が正しいのだ。
もうキールにはクレスにしがみ付く力すら残っていないだろうことは斬り合ったクレスが一番分かることなのだから。
グリッドはキールとなんの打ち合わせもしていない。
メモすら渡されていないのだから、本当のところキールが何を考えているかはグリッドには確証がなかった。
(多分、いや絶対に合っているはずだ。俺にケイジを渡して、キールがどうやって切り抜けるつもりだったか)
だから、ここはキールを信用するのではなくこの状況における最善手を突き詰める。
グリッドに到達できる場所ならば、それはキールがすでに通過しているはずなのだから。
(今意識のある奴で、正面から打撃力が一番あるのは俺。その俺がクレスに勝てないんだから、クレスと正面からはぶつかれない)
いくら接近戦でキールが何秒何分と時間を稼ごうが、それでキールがクレスを倒せるはずがない。
それはグリッドも同じだ。もう先ほどの様にはとても戦えないし、既にクレスに全ての手札を見切られている。
この状況で、キールがなにを最善と以て考えるか。
メモすら渡されていないのだから、本当のところキールが何を考えているかはグリッドには確証がなかった。
(多分、いや絶対に合っているはずだ。俺にケイジを渡して、キールがどうやって切り抜けるつもりだったか)
だから、ここはキールを信用するのではなくこの状況における最善手を突き詰める。
グリッドに到達できる場所ならば、それはキールがすでに通過しているはずなのだから。
(今意識のある奴で、正面から打撃力が一番あるのは俺。その俺がクレスに勝てないんだから、クレスと正面からはぶつかれない)
いくら接近戦でキールが何秒何分と時間を稼ごうが、それでキールがクレスを倒せるはずがない。
それはグリッドも同じだ。もう先ほどの様にはとても戦えないし、既にクレスに全ての手札を見切られている。
この状況で、キールがなにを最善と以て考えるか。
―――――――少しでいい、詠唱する時間を稼げ! 術士に前衛を任す気か!?
(散々マーダーを上級術で殲滅する気だったあの火力主義が、直接攻撃に勝ち目を見出す訳がない。本命はやっぱ術だ)
術撃による遠距離からの火力の一点突破。奇策を弄する力がない以上正攻法しかない。戦術ではなく消去法だ。
だが、当然それにはリスクが生じる。エアリアルボードのような定形型ならばともかく、
人一人を殺す為の上級術となれば、確実に詠唱が必要になってくる。なんの守備も無い魔術師など、剣の恰好の的だ。
故にキールは今まで術を使えなかった。実戦で上級術を行使するための最低条件、その時間を稼ぎ得る前衛の壁役が揃うまでは。
そしてグリッドという手札を用いると決めたならば、キールが術を行使する条件は満たされる。
(だけど、普通にやったんじゃ絶対に間に合わん。相手は腐ってもクレスだ。気づかれたら確実に潰しにくる)
弱体化したとはいえ正面に限れば今残った参加者の中で一番強いのはやはりクレスだろう。
(コレット含めて、全員でボッコボコにするって手もあるが……あのコングマンフェチのあいつのことだ。ギアを上げてくる)
クレスと因縁がありそうなコレット、精神的にボロボロの少女、肉体的にボロボロの魔法使い、そしてロクに動けない自分。
4人総出で戦っても勝てるかどうかは分からないし、失うものが大きすぎる。それはグリッドもキールも望むことではない。
(なら、キールの立場ならどう考える? 生半可な前衛を出しても犠牲が出るだけだ)
今のクレスは生きるために喰う殺人鬼ではなく、喰う為にただ生きる獣だ。だが、元がクレスである以上獣でも十分に強い。
それに万が一の万が一、時空を操る力が残っていたならば、物理的な前衛も後衛もほぼ意味を為さない。
助けに割り込んでキールを後方に下げさせれば、キールが術を使うと一発で露見する。だったらいっそ。
(いっそ、自分でこのままクレスを封殺する―――――――本命は俺。前衛と、後衛のスイッチバックで詠唱者すり替え)
キールに釘付けにしておくことで、術の可能性を消しておく。術はないと思い込ませる。
クレスを物差しで測るようにしてみながら、迸る雷を握るように手に力を込めた。
もうその在り方はグリッドが先ほどまで戦ったクレスとは雲泥の差だ。
戦ったグリッドからしてみると、キールが策略で戦力差を埋めているというよりクレスの方が萎んでいるように思える。
今のクレスに限れば、恐らくロイドかあるいはヴェイグなら一対一でも十分に勝算があるとグリッドは見ていた。
だが火力魔力支給品といったシャーリィの定量的な強さと異なり、クレスの強さは自己の剣技に依存するためメンタル的なムラが大きい。
より強い相手や数を送り込むのは、弱った獣に瑞々しい肉を差し出すことと大差ない。土壇場でひっくり返されかねない。
そういう意味では、キールはクレスにとって相性が最悪の相手だろう。
(キールはガリガリの骨付き肉というよりは肉付き骨、食う側も萎えるぜこれは)
強敵と相対すればするほど、見切って更に自分の力を研ぎ澄ませていくクレス。
だが、キールはクレスから見れば格下の格下。本来相手にもならない相手なのだ。
理合いだけで凌いでいるからクレスの糧にすらならない。故に本気の出しようがない。
更に一人でぶつかることで、広域攻撃による被害を減ずる。
四回放送終了後のマーダー対策でロイドに行っていたことを律儀に実行しているのだ。
同質の剣技を持つロイドでぶつかることができないのならば、“ロイドと真逆の性質”でぶつかれば相性が最悪なのは道理だ。
キールにかかるリスクに目を瞑れば、メルディにかかるリスクが全くない妙手とすら言える。
(自分を平気で溝に捨てるような真似は納得はしねえが、ここは従うよりない。後はもう一手が、届くかどうか)
グリッドの想像する限りにおいて、ここまではキールの読み(とグリッドが信じる推論)が成立したといっていいだろう。
インディグネイションは、間違いなく撃てる。問題はその上があるとクレスに悟られないかだった。
術撃による遠距離からの火力の一点突破。奇策を弄する力がない以上正攻法しかない。戦術ではなく消去法だ。
だが、当然それにはリスクが生じる。エアリアルボードのような定形型ならばともかく、
人一人を殺す為の上級術となれば、確実に詠唱が必要になってくる。なんの守備も無い魔術師など、剣の恰好の的だ。
故にキールは今まで術を使えなかった。実戦で上級術を行使するための最低条件、その時間を稼ぎ得る前衛の壁役が揃うまでは。
そしてグリッドという手札を用いると決めたならば、キールが術を行使する条件は満たされる。
(だけど、普通にやったんじゃ絶対に間に合わん。相手は腐ってもクレスだ。気づかれたら確実に潰しにくる)
弱体化したとはいえ正面に限れば今残った参加者の中で一番強いのはやはりクレスだろう。
(コレット含めて、全員でボッコボコにするって手もあるが……あのコングマンフェチのあいつのことだ。ギアを上げてくる)
クレスと因縁がありそうなコレット、精神的にボロボロの少女、肉体的にボロボロの魔法使い、そしてロクに動けない自分。
4人総出で戦っても勝てるかどうかは分からないし、失うものが大きすぎる。それはグリッドもキールも望むことではない。
(なら、キールの立場ならどう考える? 生半可な前衛を出しても犠牲が出るだけだ)
今のクレスは生きるために喰う殺人鬼ではなく、喰う為にただ生きる獣だ。だが、元がクレスである以上獣でも十分に強い。
それに万が一の万が一、時空を操る力が残っていたならば、物理的な前衛も後衛もほぼ意味を為さない。
助けに割り込んでキールを後方に下げさせれば、キールが術を使うと一発で露見する。だったらいっそ。
(いっそ、自分でこのままクレスを封殺する―――――――本命は俺。前衛と、後衛のスイッチバックで詠唱者すり替え)
キールに釘付けにしておくことで、術の可能性を消しておく。術はないと思い込ませる。
クレスを物差しで測るようにしてみながら、迸る雷を握るように手に力を込めた。
もうその在り方はグリッドが先ほどまで戦ったクレスとは雲泥の差だ。
戦ったグリッドからしてみると、キールが策略で戦力差を埋めているというよりクレスの方が萎んでいるように思える。
今のクレスに限れば、恐らくロイドかあるいはヴェイグなら一対一でも十分に勝算があるとグリッドは見ていた。
だが火力魔力支給品といったシャーリィの定量的な強さと異なり、クレスの強さは自己の剣技に依存するためメンタル的なムラが大きい。
より強い相手や数を送り込むのは、弱った獣に瑞々しい肉を差し出すことと大差ない。土壇場でひっくり返されかねない。
そういう意味では、キールはクレスにとって相性が最悪の相手だろう。
(キールはガリガリの骨付き肉というよりは肉付き骨、食う側も萎えるぜこれは)
強敵と相対すればするほど、見切って更に自分の力を研ぎ澄ませていくクレス。
だが、キールはクレスから見れば格下の格下。本来相手にもならない相手なのだ。
理合いだけで凌いでいるからクレスの糧にすらならない。故に本気の出しようがない。
更に一人でぶつかることで、広域攻撃による被害を減ずる。
四回放送終了後のマーダー対策でロイドに行っていたことを律儀に実行しているのだ。
同質の剣技を持つロイドでぶつかることができないのならば、“ロイドと真逆の性質”でぶつかれば相性が最悪なのは道理だ。
キールにかかるリスクに目を瞑れば、メルディにかかるリスクが全くない妙手とすら言える。
(自分を平気で溝に捨てるような真似は納得はしねえが、ここは従うよりない。後はもう一手が、届くかどうか)
グリッドの想像する限りにおいて、ここまではキールの読み(とグリッドが信じる推論)が成立したといっていいだろう。
インディグネイションは、間違いなく撃てる。問題はその上があるとクレスに悟られないかだった。
一歩誤れば奈落に落ちそうな薄氷の上、舌の根がひり付く程の極度の緊張がグリッドを包む。
グリッドは、溜まらずにそこを見た。クレスでもキールでもなくコレットやメルディでもなく、少しだけかさかさと揺れる草の中を。
その外した視線を、血塗れの凶眼が射抜いていた。
グリッドは、溜まらずにそこを見た。クレスでもキールでもなくコレットやメルディでもなく、少しだけかさかさと揺れる草の中を。
その外した視線を、血塗れの凶眼が射抜いていた。
コレットは抜けかけた腰を支えるように掌を膝に当てていた。
目の前で血だらけになった男が叫び、そして自分を人質に取ろうとした男が立ち上がり、
脳裏に過った最悪の結末はギリギリの所で回避された。その安堵が彼女の張り裂けそうな気分に僅かばかりのゆとりを与えた。
そこに彼女の服の裾を引っ張る力が掛る。振り向いたその先には、メルディがいた。
彼女の形容しがたい表情を見てコレットは思う。最悪は回避されたが、最悪一歩手前であることに変わりはない。
足腰に神経を通す意識で、彼女はもう一度直立に立ちあがった。
未だ何も解決はしていないのだ。今この場において自分が何が出来るのかを模索しなければならない。
立ち上がったもう一人の男性はまだアトワイトに主格を渡す前に、一度見た顔だった。
あのグリッドと名乗った、自らを人質に取った彼が魔術を狙っているのは間違いない。最低でも上級クラスの魔術だ。
一体目の前の二人が何時作戦を指示し合ったのかは分からない。だが今“何かの作戦”が進行しているのは間違いなかった。
グリッドはキールを罵しっているが、
その不器用さを人質に取られて尚大した事をされなかった視点から知っていた彼女はそれをハッタリだと判断した。
となればこの場で割って入るのは得策ではない。肝心要の場所でコケようものなら最悪どころの話では済まない。
メルディを安全な処へ連れて行く、という手は浮かんだが彼女はそれを直ぐに心中に引っ込めた。
キールの言葉を聞いた後では、彼と彼女を引き離すことが最善とは思えない。
かつての自分のような人間を増やす気には更々なれなかった。
彼女には失ったものを取り戻してほしいと思った。そして、自分自身にも取り戻したいものがある
(私も、まだ諦めたくない)
この“作戦”がどういう種類のものであれ、その結果としてクレスにかかる未来に大きな影響を及ぼすことは疑う余地がない。
キールの覚悟は、間違いなくクレスを殺す意思に固められている。
それは当然のことで、こうなってしまった以上それはクレスに対する最大の救いに他ならない。
だがそれを唯漫然と享受するほど、今の彼女は人形ではなかった。
何か出来ることがあったかも、という後悔は大きく未来を穢す。
今できる何かを全力で為さない限り、人は過去に逃げる手段を覚えてしまうのだ。
たとえ、その結果に彼らの“作戦”が破綻するとしても後悔だけはしたくなかった。
天使術ではこちらにひきつけてしまう可能性がある。メルディを守ることを考えればそれは悪手だ。
コレットはメルディが置いてきた手持ちのサックに着眼した。アトワイトが無い以上手持ちの武器が乏しすぎる。
それを取りに行こうとした瞬間、ぞくりという音をたてて悪寒がした。
目の前で血だらけになった男が叫び、そして自分を人質に取ろうとした男が立ち上がり、
脳裏に過った最悪の結末はギリギリの所で回避された。その安堵が彼女の張り裂けそうな気分に僅かばかりのゆとりを与えた。
そこに彼女の服の裾を引っ張る力が掛る。振り向いたその先には、メルディがいた。
彼女の形容しがたい表情を見てコレットは思う。最悪は回避されたが、最悪一歩手前であることに変わりはない。
足腰に神経を通す意識で、彼女はもう一度直立に立ちあがった。
未だ何も解決はしていないのだ。今この場において自分が何が出来るのかを模索しなければならない。
立ち上がったもう一人の男性はまだアトワイトに主格を渡す前に、一度見た顔だった。
あのグリッドと名乗った、自らを人質に取った彼が魔術を狙っているのは間違いない。最低でも上級クラスの魔術だ。
一体目の前の二人が何時作戦を指示し合ったのかは分からない。だが今“何かの作戦”が進行しているのは間違いなかった。
グリッドはキールを罵しっているが、
その不器用さを人質に取られて尚大した事をされなかった視点から知っていた彼女はそれをハッタリだと判断した。
となればこの場で割って入るのは得策ではない。肝心要の場所でコケようものなら最悪どころの話では済まない。
メルディを安全な処へ連れて行く、という手は浮かんだが彼女はそれを直ぐに心中に引っ込めた。
キールの言葉を聞いた後では、彼と彼女を引き離すことが最善とは思えない。
かつての自分のような人間を増やす気には更々なれなかった。
彼女には失ったものを取り戻してほしいと思った。そして、自分自身にも取り戻したいものがある
(私も、まだ諦めたくない)
この“作戦”がどういう種類のものであれ、その結果としてクレスにかかる未来に大きな影響を及ぼすことは疑う余地がない。
キールの覚悟は、間違いなくクレスを殺す意思に固められている。
それは当然のことで、こうなってしまった以上それはクレスに対する最大の救いに他ならない。
だがそれを唯漫然と享受するほど、今の彼女は人形ではなかった。
何か出来ることがあったかも、という後悔は大きく未来を穢す。
今できる何かを全力で為さない限り、人は過去に逃げる手段を覚えてしまうのだ。
たとえ、その結果に彼らの“作戦”が破綻するとしても後悔だけはしたくなかった。
天使術ではこちらにひきつけてしまう可能性がある。メルディを守ることを考えればそれは悪手だ。
コレットはメルディが置いてきた手持ちのサックに着眼した。アトワイトが無い以上手持ちの武器が乏しすぎる。
それを取りに行こうとした瞬間、ぞくりという音をたてて悪寒がした。
コレットがクレスの方を向く。グリッドを射抜くクレスの視線は何を写し取っていたのだろう。
ただ彼女には理解だけがあった。グリッドとキールが未だ諦めていないように、クレスもまだ諦めていない。
そのグリッドの視線が向かう先に、もう一つの視線が別方向から向けられていた。
その主が虚ろな瞳に何かを湛えながら、痺れたような喉と舌で呻いた。彼女の友達の名前を。
ただ彼女には理解だけがあった。グリッドとキールが未だ諦めていないように、クレスもまだ諦めていない。
そのグリッドの視線が向かう先に、もう一つの視線が別方向から向けられていた。
その主が虚ろな瞳に何かを湛えながら、痺れたような喉と舌で呻いた。彼女の友達の名前を。
もうよく分からない。
お前は僕が間違いだったという。でも、だったら何が間違っているというのか。
より強くあろうとする願い。それは、それほどまでに間違っているのだろうか。
失ったものはある。転×蒼破斬も、×元斬も忘れた。
襲爪×斬破、魔神千裂×、魔神××脚も、閃空×破真××斬×牙××燕連×さえも軒並み何処かに置いてきた。
それは僕を形作る上で、とても重要なパーツだったような気がするけれど仕方がない。
変わりに血と技の研鑽でそれを埋める。脆い部分を捨てて玉鋼を鍛える。そうして全てを入れ替える。
僕は『剣』になったのだから、必然に余る『クレス=アルベイン』は不純物でしかない。
お前は僕が間違っているという。確かに『クレス』にとっては間違いだろう。
でも『剣』としては間違ってないはずだ。僕が僕で在り続けるためには絶対でなければならないのだから。
絶対たる力、瑕疵無き剣。その在り方の何が間違っているとお前はいうのか。
お前は僕が間違いだったという。でも、だったら何が間違っているというのか。
より強くあろうとする願い。それは、それほどまでに間違っているのだろうか。
失ったものはある。転×蒼破斬も、×元斬も忘れた。
襲爪×斬破、魔神千裂×、魔神××脚も、閃空×破真××斬×牙××燕連×さえも軒並み何処かに置いてきた。
それは僕を形作る上で、とても重要なパーツだったような気がするけれど仕方がない。
変わりに血と技の研鑽でそれを埋める。脆い部分を捨てて玉鋼を鍛える。そうして全てを入れ替える。
僕は『剣』になったのだから、必然に余る『クレス=アルベイン』は不純物でしかない。
お前は僕が間違っているという。確かに『クレス』にとっては間違いだろう。
でも『剣』としては間違ってないはずだ。僕が僕で在り続けるためには絶対でなければならないのだから。
絶対たる力、瑕疵無き剣。その在り方の何が間違っているとお前はいうのか。
見えない鎖が、この四肢を縛り上げようとしている。僕を引きとめようとしている。
邪魔をするな。あと一歩なんだ。あと一歩で僕はそこに辿り着ける。クレス=アルベインでは届かなかった領域に辿り着く。
クレスでは何も覆せなかった。何も出来なかった。それを超えるにはクレスを捨てるしかない。
彼女の為に、彼女を守る為だけに、彼女に会いに行くためだけに。お前はここまで来たんだろう。
ここで終わるなんて出来ない。この壁の向こうにきっと僕の望んだものがある。
斬れ、斬って進め。それ以外の術を持たないのならば斬って道を切り拓け。
邪魔をするな。あと一歩なんだ。あと一歩で僕はそこに辿り着ける。クレス=アルベインでは届かなかった領域に辿り着く。
クレスでは何も覆せなかった。何も出来なかった。それを超えるにはクレスを捨てるしかない。
彼女の為に、彼女を守る為だけに、彼女に会いに行くためだけに。お前はここまで来たんだろう。
ここで終わるなんて出来ない。この壁の向こうにきっと僕の望んだものがある。
斬れ、斬って進め。それ以外の術を持たないのならば斬って道を切り拓け。
エネルギーの尽きかけたクレスの肉体が策の檻に揺蕩う。
その中でクレスは、その壁の脆い一点を捉えた。斬るべき一点を見出した。
それは執念というにはあまりにも淡白なものだった。
その中でクレスは、その壁の脆い一点を捉えた。斬るべき一点を見出した。
それは執念というにはあまりにも淡白なものだった。
「―――ちぃっ! クィッキー、急げぇェェェッ!!!!!」
目をクレスに戻したグリッドは、クレスの眼が何を捕らえたかを一瞬で把握した。
当然だ。その場所は先ほどまで自分が見ていたのだから。
影が揺ら揺らと草を倒す。その中から弾かれた様に、小動物が飛び上がった。
「キュィッキー!」
クィッキーが草むらより現れる。その足に何かを引っ掛けるようにして、クィッキーの何倍もの大きさの細長い影が浮かんだ。
それはこの計画の鍵を握る一点。インディグネイションを理の裏側に運ぶための最後のパーツ。
「ケイオスハート!?」
本来の世界でその存在を知るコレットの叫ぶとおり、それは魔杖ケイオスハートだった。
少しずつ転がしてきたのだろう。クィッキーの通った草群は薄く轍を作っていた。
後一手の押しが必要なのはクレスだけではない。自らに魔術素養を持たないグリッドも同様だ。
互いに剣士。クレスの抵抗力<レジスト>とグリッドの魔力<マジック>の値を五分だと見ても、
このままではエターナルソードを持つクレスの総合抵抗値がグリッドに勝る。
それを打ち抜くためにはインディグネイションにも魔力を上乗せする必要がある。
この場にて魔剣たるエターナルソードに対抗できる魔力を秘めたるは、同じ魔を冠するケイオスハート以外にない。
魔杖による増幅を加味したインディグネイション。
デミテルがサウザンドブレイバーの砲弾としたそれであり、キール=ツァイベルが奥の手の奥に伏せていた最後のカード。
それこそがグリッドの想像し得る限り、クレスを殲滅し得る唯一の武器だった。
もう隠密行動は無意味と判断したか、クィッキーが飛び込むように魔杖とともに草叢へと潜り込んだ。
草を大きく動かしながら今までと比べ物にならない速度でグリッドへと向かう。
それを見て焦る気分を露わにしながら、グリッドはその短刀で右の肩口の切断面に腹を添わせ酸化した血を塗りたくる。
その血を撒き散らすように方陣を刻む。
(流石に上級は半端ねえか。未だ全部浮かばねえ。だけど、時間がねえ)
「メルディ! お前のサイン借りるぜえッ!!」
輝石より流れ込むインディグネイションの情報が浮かぶ。
断片的にノイズで虫食うそれを埋めるようにして、グリッドはその虫食いに別の陣を書き加えた。
村に来る際、キールがメルディと何やらせせこましく打ち合わせしていた方陣紋様とメルニクス詠唱。
論外な詠唱を無視し、そのうろ覚えな記憶を虫食いの記憶へとパズルピースのように埋めていく。
(言語形態が全然違うけど、この記述だとやっぱインディグの追加プログラムだ。これを刻めば多分――――って、何でだ?)
都合の好過ぎるお頭の周りに多少怪訝になりながらも、グリッドは陣を我武者羅に綴っていく。
サウザンドブレイバーに添わせるならばこれは言わば砲台。
砲弾たる魔力源であるケイオスハートが届くまでに成立させたほうが無駄が無い。
というよりもそれで届くかどうかの時間差だったが、逆に取れば、グリッドはそれでギリギリ間に合うと判断していた。
先制してグリッドを落とすか後顧を絶つべくキールを討つか、グリッドがそれをクレスに選ばせたのはこの時間を稼ぐために他ならない。
クレスが2択に迷う時間がそっくりそのままクィッキーの移送時間に変換される。
心に芯がなく聞く方が辛くなる呼吸をし、剣技は既に亡い。今の心技体の砕けたクレスならばもうクィッキーを補足する術は無い。
そしてクィッキーを襲うかグリッドを襲うかでクレスを更なる2択を叩きこめば、グリッドの詠唱時間が更に稼げるという二段構え。
万事恙無ければ、裏インディグネイションは成立する。
目をクレスに戻したグリッドは、クレスの眼が何を捕らえたかを一瞬で把握した。
当然だ。その場所は先ほどまで自分が見ていたのだから。
影が揺ら揺らと草を倒す。その中から弾かれた様に、小動物が飛び上がった。
「キュィッキー!」
クィッキーが草むらより現れる。その足に何かを引っ掛けるようにして、クィッキーの何倍もの大きさの細長い影が浮かんだ。
それはこの計画の鍵を握る一点。インディグネイションを理の裏側に運ぶための最後のパーツ。
「ケイオスハート!?」
本来の世界でその存在を知るコレットの叫ぶとおり、それは魔杖ケイオスハートだった。
少しずつ転がしてきたのだろう。クィッキーの通った草群は薄く轍を作っていた。
後一手の押しが必要なのはクレスだけではない。自らに魔術素養を持たないグリッドも同様だ。
互いに剣士。クレスの抵抗力<レジスト>とグリッドの魔力<マジック>の値を五分だと見ても、
このままではエターナルソードを持つクレスの総合抵抗値がグリッドに勝る。
それを打ち抜くためにはインディグネイションにも魔力を上乗せする必要がある。
この場にて魔剣たるエターナルソードに対抗できる魔力を秘めたるは、同じ魔を冠するケイオスハート以外にない。
魔杖による増幅を加味したインディグネイション。
デミテルがサウザンドブレイバーの砲弾としたそれであり、キール=ツァイベルが奥の手の奥に伏せていた最後のカード。
それこそがグリッドの想像し得る限り、クレスを殲滅し得る唯一の武器だった。
もう隠密行動は無意味と判断したか、クィッキーが飛び込むように魔杖とともに草叢へと潜り込んだ。
草を大きく動かしながら今までと比べ物にならない速度でグリッドへと向かう。
それを見て焦る気分を露わにしながら、グリッドはその短刀で右の肩口の切断面に腹を添わせ酸化した血を塗りたくる。
その血を撒き散らすように方陣を刻む。
(流石に上級は半端ねえか。未だ全部浮かばねえ。だけど、時間がねえ)
「メルディ! お前のサイン借りるぜえッ!!」
輝石より流れ込むインディグネイションの情報が浮かぶ。
断片的にノイズで虫食うそれを埋めるようにして、グリッドはその虫食いに別の陣を書き加えた。
村に来る際、キールがメルディと何やらせせこましく打ち合わせしていた方陣紋様とメルニクス詠唱。
論外な詠唱を無視し、そのうろ覚えな記憶を虫食いの記憶へとパズルピースのように埋めていく。
(言語形態が全然違うけど、この記述だとやっぱインディグの追加プログラムだ。これを刻めば多分――――って、何でだ?)
都合の好過ぎるお頭の周りに多少怪訝になりながらも、グリッドは陣を我武者羅に綴っていく。
サウザンドブレイバーに添わせるならばこれは言わば砲台。
砲弾たる魔力源であるケイオスハートが届くまでに成立させたほうが無駄が無い。
というよりもそれで届くかどうかの時間差だったが、逆に取れば、グリッドはそれでギリギリ間に合うと判断していた。
先制してグリッドを落とすか後顧を絶つべくキールを討つか、グリッドがそれをクレスに選ばせたのはこの時間を稼ぐために他ならない。
クレスが2択に迷う時間がそっくりそのままクィッキーの移送時間に変換される。
心に芯がなく聞く方が辛くなる呼吸をし、剣技は既に亡い。今の心技体の砕けたクレスならばもうクィッキーを補足する術は無い。
そしてクィッキーを襲うかグリッドを襲うかでクレスを更なる2択を叩きこめば、グリッドの詠唱時間が更に稼げるという二段構え。
万事恙無ければ、裏インディグネイションは成立する。
故にグリッドは確信した。この勝負、こちらの勝ちだと。運命を決するというならばあまりにも早すぎるこの段階で。
“クレスの腕が動いていたことに気づかないまま”。
“クレスの腕が動いていたことに気づかないまま”。
穴は見つけていた。あの走る小動物が敵のアキレス腱であることを、クレスはその直観力でおぼろげに理解する。
あれを超えられれば勝てるという、貪欲とも言える嗅覚が彼にそれを発見させた。だがどうしようも無い。
足も手も、碌に動く気がしない。剣を振る力が湧いてこない。何故だと右手を伸ばして掴んだ虚空に、クレスは漫然と理解した。
剣に剣が振れる筈もないか。なんて酷い話なんだろう。僕があれだけ欲しがった力を手に入れたのに、それを使うことが出来ないなんて。
あいつはこれを間違いだと言いたかったのだろうか。
殺したい。殺したい。殺したい。呪詛のように心をそれで満たそうとするが、満たされない。
あれを超えられれば勝てるという、貪欲とも言える嗅覚が彼にそれを発見させた。だがどうしようも無い。
足も手も、碌に動く気がしない。剣を振る力が湧いてこない。何故だと右手を伸ばして掴んだ虚空に、クレスは漫然と理解した。
剣に剣が振れる筈もないか。なんて酷い話なんだろう。僕があれだけ欲しがった力を手に入れたのに、それを使うことが出来ないなんて。
あいつはこれを間違いだと言いたかったのだろうか。
殺したい。殺したい。殺したい。呪詛のように心をそれで満たそうとするが、満たされない。
『貴方のしてきた事は、“間違っています”』
彼女じゃない彼女に言われた言葉が心に孔を空けてしまった。底の抜けた柄杓でいくら水を掬おうと、渇きが癒える筈はない。
満たされなくなった僕の殻が、今は酷く重い。浴びた血の一滴一滴が、毒となって蝕むように軋みを上げる。
心も体も亡くなっていくのが実感できる。あと数分で剣も握れなくなるだろう。
そうして独り、唯一本の剣として自らを突き立ててそれを墓標とする。
それがこの力を得た対価だ。これは、もう仕方ない。
満たされなくなった僕の殻が、今は酷く重い。浴びた血の一滴一滴が、毒となって蝕むように軋みを上げる。
心も体も亡くなっていくのが実感できる。あと数分で剣も握れなくなるだろう。
そうして独り、唯一本の剣として自らを突き立ててそれを墓標とする。
それがこの力を得た対価だ。これは、もう仕方ない。
――――――――自分の抱える願いは全て自分で背負え。そして願いの業は自分に責めを負え。
「おおぉぉ……」
なのに、なんで僕の手は未だ剣を振ろうとしているのだろう。
身体が勝手に構えをとる。目が草の揺れを追う。
身体が勝手に構えをとる。目が草の揺れを追う。
「おおおおおおああああああああッッッッ」
厭だと彼は思った。独りでも大丈夫だったはずなのに、空いた孔が今は酷く寒い。満たされないことがとても辛い。
黒紅の世界に白金の一線が浮かぶ。彼女と彼女じゃない彼女に。
何故僕は剣になったんだ。僕は確かに「何か」を為す為にそうなったはずなんだ。
死ぬというならば、それは果たされたということなのだろうか。
否。未だ果たされていない。だったら、終われない。
黒紅の世界に白金の一線が浮かぶ。彼女と彼女じゃない彼女に。
何故僕は剣になったんだ。僕は確かに「何か」を為す為にそうなったはずなんだ。
死ぬというならば、それは果たされたということなのだろうか。
否。未だ果たされていない。だったら、終われない。
吸い込むような声にグリッドの危機直感が総毛立つ。そこには、魔剣を大きく引き下げたクレスがいた。
目を大きく見開き、気付けなかったことに唖然としかけるグリッド。
万が一時空剣技ならば否でも気づけるはずだった。だが、その力すら感じられない。
目を大きく見開き、気付けなかったことに唖然としかけるグリッド。
万が一時空剣技ならば否でも気づけるはずだった。だが、その力すら感じられない。
言霊に縛られた心も、薬によって歪んだ力も全ては幻想だ。夢から覚めて一度壊れてしまえば現実など、どこにもない。
だけどその間断無く振り続けてきた握りの感触、剣とともに連動する重心の感覚、幾度も潰してきた肉刺の痛み。
誰もかもが彼を間違いだといったけれど、『剣』である彼もまたクレスのそれを否定したけれども。
それでも、クレス=アルベインが十余年歩んできたその無窮の武練だけは絶対に裏切らない。
心は破れた。体は朽ちた。だが技は、アルベイン流は未だその残骸にこびり付いて残っていた。
魔剣が疾さを取り戻す。狙いは精緻にして狡猾。
クレスに剣を振るう余力など無い。だが完成された『技』の前に『力』など不要。
何千何万と振り続けてきたこの特技――――――――――TPなど1で済む。
だけどその間断無く振り続けてきた握りの感触、剣とともに連動する重心の感覚、幾度も潰してきた肉刺の痛み。
誰もかもが彼を間違いだといったけれど、『剣』である彼もまたクレスのそれを否定したけれども。
それでも、クレス=アルベインが十余年歩んできたその無窮の武練だけは絶対に裏切らない。
心は破れた。体は朽ちた。だが技は、アルベイン流は未だその残骸にこびり付いて残っていた。
魔剣が疾さを取り戻す。狙いは精緻にして狡猾。
クレスに剣を振るう余力など無い。だが完成された『技』の前に『力』など不要。
何千何万と振り続けてきたこの特技――――――――――TPなど1で済む。
「魔神、剣ッ!!」
一切の空気抵抗を無視するかのような、流水のような一閃がクレスの目の前に広がる。
クレスの持つ無数の剣技。その中で彼が選んだのはそれだった。
神々の域に到達した時空剣でも技と技を組み合わせた華々しき奥義でも秘奥義ですらもなく、唯の魔神剣。
初歩の初歩の初歩。どの剣士も例外無くここより始まると言われた特技。
だが、グリッドはそれを見て震えた。模造である『魔人剣』のグリッドですらそうなのだ。
剣を少しでも嗜む者がそれを見れば誰もがそうなっただろう。
場所が場所ならば奉納の剣舞とすら錯覚しそうなほどに、その一撃には神髄があった。
誰もが生涯を費やし研鑽を積んで至ろうとしながらも故に存在しない“完全”が、そこに在った。
クレスの持つ無数の剣技。その中で彼が選んだのはそれだった。
神々の域に到達した時空剣でも技と技を組み合わせた華々しき奥義でも秘奥義ですらもなく、唯の魔神剣。
初歩の初歩の初歩。どの剣士も例外無くここより始まると言われた特技。
だが、グリッドはそれを見て震えた。模造である『魔人剣』のグリッドですらそうなのだ。
剣を少しでも嗜む者がそれを見れば誰もがそうなっただろう。
場所が場所ならば奉納の剣舞とすら錯覚しそうなほどに、その一撃には神髄があった。
誰もが生涯を費やし研鑽を積んで至ろうとしながらも故に存在しない“完全”が、そこに在った。
魔神剣によって本来発生する衝撃波すら発生しない。だから、知らぬ者にはそれが唯の空振りに思えたかもしれない。
だが、グリッドは認識してしまった。『当たる』と。確実に切り飛ばすと。
衝撃波とは空気の壁によって遮られる力の霧散だ。目に見える、それだけでエネルギーを減衰させていることに他ならない。
実際一部の剣士たちは近接での威力を重視するために魔神剣が途中で力を消失させてしまうこともある。
だが、グリッドは認識してしまった。『当たる』と。確実に切り飛ばすと。
衝撃波とは空気の壁によって遮られる力の霧散だ。目に見える、それだけでエネルギーを減衰させていることに他ならない。
実際一部の剣士たちは近接での威力を重視するために魔神剣が途中で力を消失させてしまうこともある。
「グギィ」
その剣が振り切られてから一秒立たず、遠くの草群で突然鳴き声と鮮血が飛び散る。
限りなく完全に限りなく近づいたクレスの魔神剣は、誰の目にもその刃を見せることなくクィッキーを切り飛ばした。
限りなく完全に限りなく近づいたクレスの魔神剣は、誰の目にもその刃を見せることなくクィッキーを切り飛ばした。
「お、お前、なんてことしやがったんだ…………」
跳ね跳ぶクィッキーを見ながら、グリッドは息を呑むしかなかった。声が震える。
両断は免れているが、クィッキーは体躯が小さい。人間にとっては掠り傷でもそれが致死傷足りえる。
「グ、グ……」
少なくとも、もう動けないだろう。グリッドの所まで魔杖を届けることは出来ない。
グリッドが直接取りに行くしかない。そしてそれを許すほどクレスは寛容ではない。
グリッドの表情を見たクレスの顔にもう一度狂気が張り付いていく。檻は破った。後は、獣としてグリッドを屠るだけだ。
跳ね跳ぶクィッキーを見ながら、グリッドは息を呑むしかなかった。声が震える。
両断は免れているが、クィッキーは体躯が小さい。人間にとっては掠り傷でもそれが致死傷足りえる。
「グ、グ……」
少なくとも、もう動けないだろう。グリッドの所まで魔杖を届けることは出来ない。
グリッドが直接取りに行くしかない。そしてそれを許すほどクレスは寛容ではない。
グリッドの表情を見たクレスの顔にもう一度狂気が張り付いていく。檻は破った。後は、獣としてグリッドを屠るだけだ。
「これで、これでもう……」「グィ……」
グリッドの震えが最頂点に至る。クレスの神業といえる一撃によって完全に詰んだ―――――クレス本人が。
「お前の負け確定だぜクレェェェェェェェェェェェェス!!」
「クィィィィィィィィッキッ(かかったな、アホがッ)!!」
「クィィィィィィィィッキッ(かかったな、アホがッ)!!」
そんなことにも気付かない哀れな男を嘲笑うくらいには、グリッドもクィッキーも寛容ではなかった。
突然すぎる侮蔑の大爆笑に、クレスは理解が追い付かない。
否、クレスと同じ立場に立てば誰とでも理解できないだろう。
「ありがとよ、クレス。お前ならここまで肉薄すると信じてたぜ」
あの小動物を行動不能に持ち込めば、今嘲笑っているグリッドを殺す時間ができる。
それの何が不味いというのか。お前たちが頼みとしているのは、その動物の持つ―――――
「お前は俺たちの期待通りに動いてくれた。この局面、クィッキーを狙うのが最善だ」
巡りの悪いクレスの脳はそこで漸く異質に気づいた。クィッキーは切り飛ばしたのに、魔杖が飛んでいない。
既にグリッドの手に渡ったとでもいうのかと思ったか、クレスはグリッドの方を向くが彼は変わらず持っていない。
「俺が、インディグを強化しようと思ったらあれが無きゃ無理だしな」
もう一度クィッキーを確認しようと眼球を動かしたクレスが、漸く所望の魔杖を捉えた。
クィッキーが斬られた位置よりも少し離れた場所に、ポツンと。誰とも近くない場所だった。
途中から持っていなかったのっだ。ケイオスハートを持った振りをして、走り回っていただけだった。
幾ら巡りが悪かろうがクレスも気づかざるを得ない。本当の囮はこの杖なのだと。
突然すぎる侮蔑の大爆笑に、クレスは理解が追い付かない。
否、クレスと同じ立場に立てば誰とでも理解できないだろう。
「ありがとよ、クレス。お前ならここまで肉薄すると信じてたぜ」
あの小動物を行動不能に持ち込めば、今嘲笑っているグリッドを殺す時間ができる。
それの何が不味いというのか。お前たちが頼みとしているのは、その動物の持つ―――――
「お前は俺たちの期待通りに動いてくれた。この局面、クィッキーを狙うのが最善だ」
巡りの悪いクレスの脳はそこで漸く異質に気づいた。クィッキーは切り飛ばしたのに、魔杖が飛んでいない。
既にグリッドの手に渡ったとでもいうのかと思ったか、クレスはグリッドの方を向くが彼は変わらず持っていない。
「俺が、インディグを強化しようと思ったらあれが無きゃ無理だしな」
もう一度クィッキーを確認しようと眼球を動かしたクレスが、漸く所望の魔杖を捉えた。
クィッキーが斬られた位置よりも少し離れた場所に、ポツンと。誰とも近くない場所だった。
途中から持っていなかったのっだ。ケイオスハートを持った振りをして、走り回っていただけだった。
幾ら巡りが悪かろうがクレスも気づかざるを得ない。本当の囮はこの杖なのだと。
『ケイオスハート、俺の所まで運べ。できる限り身を隠して、気づかれないように』
クィッキーはグリッドにケイオスハートを持ってくるように云われていた。
グリッドがそう言ったことは彼にとって驚きではあったが、意外ではなかった。
自分よりも大きなものを運べというのは確かに無茶ではあるが、無理でもやるよりない。
裏インディグネイションこそがメルディを脅かすこの最悪の敵を打ち倒す唯一の方策であると、クィッキー本人も納得していた。
出来る出来ないは別にしても、それしか無いのだと思っていたからだ。ならば命を賭けるに十分な理由となる。
だが、クィッキーを真に驚かせたのは魔杖に向かおうとしたクィッキーの耳に最後に追加された条件。
グリッドがそう言ったことは彼にとって驚きではあったが、意外ではなかった。
自分よりも大きなものを運べというのは確かに無茶ではあるが、無理でもやるよりない。
裏インディグネイションこそがメルディを脅かすこの最悪の敵を打ち倒す唯一の方策であると、クィッキー本人も納得していた。
出来る出来ないは別にしても、それしか無いのだと思っていたからだ。ならば命を賭けるに十分な理由となる。
だが、クィッキーを真に驚かせたのは魔杖に向かおうとしたクィッキーの耳に最後に追加された条件。
『―――――――但し、俺がお前の名前を呼んだら魔杖をクレスに“見せろ”。
見せたらどっかで適当に落として、俺のとこ来るふりして逃げ回れ。チンピラを装って、無能を晒すんだ』
見せたらどっかで適当に落として、俺のとこ来るふりして逃げ回れ。チンピラを装って、無能を晒すんだ』
最初それを聞いた時、クィッキーにはどういう意味なのかさっぱりだった。現在進行形でさっぱりでもある。
術じゃなければクレスは倒せない。グリッドの能力じゃそれだけでも倒せない。
それを覆すための魔杖であり、裏インディグネイションのはずだ。それを捨てて勝ち目などあるはずがない。
だがクィッキーはそれを承諾した。うっすらと浮かんだ笑みとコメカミに筋立った血管が、クィッキーをして託したくなる何かがあった。
何かある。クィッキーには理解できず、グリッドには理解できる『策』が存在するのだと。
それに、ケイオスハートを手放していたからこそギリギリで遺せた命であることを傷に実感した上で、
その命を発した人物に感謝の念を持てないほどクィッキーは薄情ではなかった。無論、それでメルディを守れるならという条件が前提だが。
術じゃなければクレスは倒せない。グリッドの能力じゃそれだけでも倒せない。
それを覆すための魔杖であり、裏インディグネイションのはずだ。それを捨てて勝ち目などあるはずがない。
だがクィッキーはそれを承諾した。うっすらと浮かんだ笑みとコメカミに筋立った血管が、クィッキーをして託したくなる何かがあった。
何かある。クィッキーには理解できず、グリッドには理解できる『策』が存在するのだと。
それに、ケイオスハートを手放していたからこそギリギリで遺せた命であることを傷に実感した上で、
その命を発した人物に感謝の念を持てないほどクィッキーは薄情ではなかった。無論、それでメルディを守れるならという条件が前提だが。
理解できないという表情を浮かべながら剣を振りぬいた慣性に体を縛られたクレスを見ながら、グリッドは眉を顰めた。
ノーモーションから繰り出される不可視の魔神剣。この期に及んでその剣技いまだ底無しかと心胆が凍りそうになる。
もしクィッキーに下がることを伝えてなければ、恐らくクィッキーは今ので死んでいただろう。
この裏インディグネイション作戦の唯一のアキレス腱を看破し、最低限の力で最大限の効率で斬りにかかるクレスはやはり尋常ではない。
そのクレスの直観をしてもケイオスハートを「囮」と見抜けなかった。否、見抜けなくて当然だった。
(俺は最後の最後までそれしかないと本気で思ってたからな)
グリッドは通常のインディグネイションを精密に編み始める。裏よりも楽とはいえ今までとは比べ物にならない式様はそれだけで手間だ。
グリッドが主導となってこの作戦を考えていたのならばそれしか無いと判断していただろう。
確かに分の悪い賭けだが、それでも諦めるよりは絶対にマシだ。絶望に屈しない意志こそが、足りない確率を補ってくれるとも信じられる。
だからこそクレスは、それを信じクィッキーを半ば反射的に斬った。グリッドにとってはそれで正解なのだ。
(だがなあクレス。生憎とこのシナリオを組んだ奴は勇気とか逆境からの奇跡とか、そういう類の精神論を心の底から信じてないんだよ)
グリッドは正しいと判断したこの作戦。だがこれをもう一人の視点で考えたときに、一つだけこの策には違和感が浮上する。
裏インディグネイションでクレスを倒すとなれば、その作戦の要は畢竟グリッドとなる。
一か八かの運否天賦をよりによってグリッドに託すのだ。賭け馬なら、大穴といえるグリッドに。
ノーモーションから繰り出される不可視の魔神剣。この期に及んでその剣技いまだ底無しかと心胆が凍りそうになる。
もしクィッキーに下がることを伝えてなければ、恐らくクィッキーは今ので死んでいただろう。
この裏インディグネイション作戦の唯一のアキレス腱を看破し、最低限の力で最大限の効率で斬りにかかるクレスはやはり尋常ではない。
そのクレスの直観をしてもケイオスハートを「囮」と見抜けなかった。否、見抜けなくて当然だった。
(俺は最後の最後までそれしかないと本気で思ってたからな)
グリッドは通常のインディグネイションを精密に編み始める。裏よりも楽とはいえ今までとは比べ物にならない式様はそれだけで手間だ。
グリッドが主導となってこの作戦を考えていたのならばそれしか無いと判断していただろう。
確かに分の悪い賭けだが、それでも諦めるよりは絶対にマシだ。絶望に屈しない意志こそが、足りない確率を補ってくれるとも信じられる。
だからこそクレスは、それを信じクィッキーを半ば反射的に斬った。グリッドにとってはそれで正解なのだ。
(だがなあクレス。生憎とこのシナリオを組んだ奴は勇気とか逆境からの奇跡とか、そういう類の精神論を心の底から信じてないんだよ)
グリッドは正しいと判断したこの作戦。だがこれをもう一人の視点で考えたときに、一つだけこの策には違和感が浮上する。
裏インディグネイションでクレスを倒すとなれば、その作戦の要は畢竟グリッドとなる。
一か八かの運否天賦をよりによってグリッドに託すのだ。賭け馬なら、大穴といえるグリッドに。
――――――――――あの悲観の権化が、そんな賭けをする訳がない。
自分以外の誰もを信じず、己の欲望だけを恃んで軍略を編み上げる人間の取る手段ではない。
(畜生め。俺とクィッキーに期待するのはケイジとインディグネイションまで。それより先は期待すらしねえときやがった)
過小評価でも過大評価でもない吐き気を催すほどの正当評価。
クィッキーはケイジをグリッドに運ぶまでが役割であって、魔杖は明らかに積載量オーバー。
グリッドはそのケイジでインディグネイションを放つのが仕事であって、それ以上は計略にも組み込まない。
道具は、その能力を限界まで引き出すことを望まれてもそれ以上を求めてはいけないのだ。
自分以外の誰もを信じず、己の欲望だけを恃んで軍略を編み上げる人間の取る手段ではない。
(畜生め。俺とクィッキーに期待するのはケイジとインディグネイションまで。それより先は期待すらしねえときやがった)
過小評価でも過大評価でもない吐き気を催すほどの正当評価。
クィッキーはケイジをグリッドに運ぶまでが役割であって、魔杖は明らかに積載量オーバー。
グリッドはそのケイジでインディグネイションを放つのが仕事であって、それ以上は計略にも組み込まない。
道具は、その能力を限界まで引き出すことを望まれてもそれ以上を求めてはいけないのだ。
(お前がそれ以上を望まないってなら意地でもそこまでは応えてやる。
だがそこまでだ。信じない奴にサービスするほど善人じゃねえぞ)
だがそこまでだ。信じない奴にサービスするほど善人じゃねえぞ)
口裏合わせすらない余りに危うい綱渡りを、グリッドは忌々しげに承諾したのには3つの理由がある。
一つはケイオスハートをケイジともグリッドとも離れた別の場所に投げ捨てたこと。
もし本気でグリッドに裏インディグネイションを発動させたいなら、
クィッキーに運ばせるよりもグリッドのそばに投げた方がより成功の可能性は高まる。
それの利を優先してでも、クレスのマーキングからグリッドを徹底的に外すことを『アイツ』は選んだ。
一つは、クィッキー。
恐らくクィッキーが全力を尽くせば、あのクレスの魔神剣を掻い潜ってケイオスハートをグリッドに渡すことも可能だったかもしれない。
だが、その対価にクィッキーが死ぬ可能性は否めなかった。メルディの状態こそを至上とする『アイツ』がそれを選ぶとは考えにくい。
一つはケイオスハートをケイジともグリッドとも離れた別の場所に投げ捨てたこと。
もし本気でグリッドに裏インディグネイションを発動させたいなら、
クィッキーに運ばせるよりもグリッドのそばに投げた方がより成功の可能性は高まる。
それの利を優先してでも、クレスのマーキングからグリッドを徹底的に外すことを『アイツ』は選んだ。
一つは、クィッキー。
恐らくクィッキーが全力を尽くせば、あのクレスの魔神剣を掻い潜ってケイオスハートをグリッドに渡すことも可能だったかもしれない。
だが、その対価にクィッキーが死ぬ可能性は否めなかった。メルディの状態こそを至上とする『アイツ』がそれを選ぶとは考えにくい。
二つは唯の推論に過ぎない。こうかもしれない、ああであったらいいなという夢幻の理。
だが、最後の一つだけは決定的に違っている。
だが、最後の一つだけは決定的に違っている。
掛けられた言葉の冷気に震えるように、クレスは背後の何かの存在に総毛立った。
クィッキーはデコイ。逸らされたのは『どちらを殺すべきか』という命題そのもの。
グリッドの肩を最後に推したのは、グリッドに映ってクレスには映らないもの。
クレスの背後に敢然と聳え立つ一つの現実が、確かに存在していた。
クィッキーはデコイ。逸らされたのは『どちらを殺すべきか』という命題そのもの。
グリッドの肩を最後に推したのは、グリッドに映ってクレスには映らないもの。
クレスの背後に敢然と聳え立つ一つの現実が、確かに存在していた。
裏インディグネイションを狙っているのならば“爆心予定地であるクレスの傍に『アイツ』が、キール=ツァイベルが未だノコノコと居る筈がない”。
何者も信じない孤高の晶霊術師は、この最後の最後の局面、必ず自らの手で動かしてくるだろうと。
何者も信じない孤高の晶霊術師は、この最後の最後の局面、必ず自らの手で動かしてくるだろうと。
「あおはあははああああァァィァィィァァァァッ!!!」
クレスの背後に頓狂な変拍子を浴びせながら、キールは風のように淀みなく軌道を連携させてクレスに接近しようとする。
剣の鬼才、その直観は漸く本命の本命を悟ったか、首や身体の筋肉を後ろに捻じりながら剣をキールに向けようとする。
だがグリッドはある種の優勢を確かに感じ取っていた。僅かながらに、しかし確実に此方の攻勢が半歩早い。
技直後の反動と背面を取られたことにより初動が遅れたクレスと、飛葉翻歩よりスムーズに動作を繋ぐことで既に加速を始めているキールの速さは五分。
そして度重なるひっかけの果てにキールを選んだことで、グリッドとクィッキーはクレスの殺傷範囲から完全に外れた。
クレーメルケイジに奔る魔力と浸す知識の充電率は今ここに100を数えようとしている。
魔神剣でグリッドが再度狙われる可能性がキールの奇声によって潰えた以上、近未来におけるインディグネイションの発動は確定した。
キールか、グリッドか。どちらを殺すべきかという選択肢を抜けた先にあるクィッキーという第三の解答。
それそのものが本当の檻だった。クィッキーという要素を入れることでキールを盤上から一度消してしまうことこそが真の狙い。
魔術の使えない魔術師など『歩』に過ぎないが、敵陣に切り込めれば成金すらできるということなのだろうか。
手の届くギリギリのラインを滑っているこの状況に、グリッドは空恐ろしさを覚えざるを得なかった。
クィッキーを囮に使うことも、挑発も全てはグリッドが行った現場の判断であるはずだ。
なのにこのタイト極まる状況に立たされてみると、これ以外の手段しかなかったようにすら思える。全容すら見えていないのに。
どこまでが奴の掌の上で踊っているのか、どこまでを掌の上で踊らせようとしているのか。
それすらも理解しきれないこの戦場を統制するキール=ツァイベルに、グリッドは初めて驚嘆を覚えた。
腐っても鯛、もとい世界を守った戦士ということか。予定外の状況に陥ったときの脆さは目を覆いたくなる程の酷さである反面、
作戦がツボに入った時のキールの才幹は二倍にも三倍にも膨れ上がる。逆境の中でこそ輝くロイド達とは真逆の性質だ。
そして、たった独りで世界に挑むと決めた今のキールに“予定外”は存在しないのだろう。
誰も信じず誰も恃まず自己の中で完結しているキールの世界は、世界ごと滅ばない限り二度と覆ることはないのだから。
剣の鬼才、その直観は漸く本命の本命を悟ったか、首や身体の筋肉を後ろに捻じりながら剣をキールに向けようとする。
だがグリッドはある種の優勢を確かに感じ取っていた。僅かながらに、しかし確実に此方の攻勢が半歩早い。
技直後の反動と背面を取られたことにより初動が遅れたクレスと、飛葉翻歩よりスムーズに動作を繋ぐことで既に加速を始めているキールの速さは五分。
そして度重なるひっかけの果てにキールを選んだことで、グリッドとクィッキーはクレスの殺傷範囲から完全に外れた。
クレーメルケイジに奔る魔力と浸す知識の充電率は今ここに100を数えようとしている。
魔神剣でグリッドが再度狙われる可能性がキールの奇声によって潰えた以上、近未来におけるインディグネイションの発動は確定した。
キールか、グリッドか。どちらを殺すべきかという選択肢を抜けた先にあるクィッキーという第三の解答。
それそのものが本当の檻だった。クィッキーという要素を入れることでキールを盤上から一度消してしまうことこそが真の狙い。
魔術の使えない魔術師など『歩』に過ぎないが、敵陣に切り込めれば成金すらできるということなのだろうか。
手の届くギリギリのラインを滑っているこの状況に、グリッドは空恐ろしさを覚えざるを得なかった。
クィッキーを囮に使うことも、挑発も全てはグリッドが行った現場の判断であるはずだ。
なのにこのタイト極まる状況に立たされてみると、これ以外の手段しかなかったようにすら思える。全容すら見えていないのに。
どこまでが奴の掌の上で踊っているのか、どこまでを掌の上で踊らせようとしているのか。
それすらも理解しきれないこの戦場を統制するキール=ツァイベルに、グリッドは初めて驚嘆を覚えた。
腐っても鯛、もとい世界を守った戦士ということか。予定外の状況に陥ったときの脆さは目を覆いたくなる程の酷さである反面、
作戦がツボに入った時のキールの才幹は二倍にも三倍にも膨れ上がる。逆境の中でこそ輝くロイド達とは真逆の性質だ。
そして、たった独りで世界に挑むと決めた今のキールに“予定外”は存在しないのだろう。
誰も信じず誰も恃まず自己の中で完結しているキールの世界は、世界ごと滅ばない限り二度と覆ることはないのだから。
―――――――――――――――天光満つる所我は在り。
グリッドの世界で、世界が一度真昼の夜になったことがあった。外殻と呼ばれる謎の浮遊物が天を覆い尽くし世界から昼を奪ったあの事件。
かつて彼が率いた漆黒の翼は、その外殻に上ろうとしたことがある。世界で一番高い山から一番長い梯子をかければ、それで届くと嘯いて。
その後、王国が世界からかき集めたレンズを用いたレンズ砲にてその殻に一穴を穿ち、飛行竜が天へと昇っていったという話を聞いた。
彼が超えられなかった天は、超えられる奴らにはあっさりと超えられるものなのだ。その手にある翼を持って。
(あんまりにもあんまり過ぎて、逆に感心しちまうよキール。褒める気にもならねえ)
最終段階にまで運んだ詠唱を唱えながらグリッドは思った。
これも一つの答えではある。本当なら翼なんて無い彼ら凡人が天を超えようとするならば、そうやってロケットをこさえるしかない。
雄々しくも哀れな機械と自らを変えて進むしかないのかもしれない。今のグリッドにはそれが理解できる。
(だけどよ、それじゃあ駄目なんだよ。人を捨てることでお前は確かにバトルロワイアルを超えた。
でもよ、それで本当にいいのかよ。一人で生きて、一人で戦って、一人で死んで。それでお前は満足できんのかよ)
だからこそ、何かが違うと思った。新生を掲げた漆黒の翼の団長としてではなく、グリッドという一凡人として。
かつて彼が率いた漆黒の翼は、その外殻に上ろうとしたことがある。世界で一番高い山から一番長い梯子をかければ、それで届くと嘯いて。
その後、王国が世界からかき集めたレンズを用いたレンズ砲にてその殻に一穴を穿ち、飛行竜が天へと昇っていったという話を聞いた。
彼が超えられなかった天は、超えられる奴らにはあっさりと超えられるものなのだ。その手にある翼を持って。
(あんまりにもあんまり過ぎて、逆に感心しちまうよキール。褒める気にもならねえ)
最終段階にまで運んだ詠唱を唱えながらグリッドは思った。
これも一つの答えではある。本当なら翼なんて無い彼ら凡人が天を超えようとするならば、そうやってロケットをこさえるしかない。
雄々しくも哀れな機械と自らを変えて進むしかないのかもしれない。今のグリッドにはそれが理解できる。
(だけどよ、それじゃあ駄目なんだよ。人を捨てることでお前は確かにバトルロワイアルを超えた。
でもよ、それで本当にいいのかよ。一人で生きて、一人で戦って、一人で死んで。それでお前は満足できんのかよ)
だからこそ、何かが違うと思った。新生を掲げた漆黒の翼の団長としてではなく、グリッドという一凡人として。
足りないものを絆で埋める。一枚一枚の羽根を並べることで翼を作るグリッドには、キールを理解できても納得できない。
持っていたはずの絆を捨てる。閉じることで圧力を上げて推進させるというキールの生き方を。
(お前はメルディを助けられればそれで満足かもしれねえけどよ、それで残されたメルディが救われると本気で思ってんのかよ)
メルディの為だけに全てを捧げたキールの覚悟は痛いほどに分かる。だが、その果てに何が残るというのだ。
全てを捨てて怪物に変わってしまった自分をメルディが受け入れてくれると思うのか。
万歩譲ったとしても、それを受け入れるメルディを完全を希求するキール本人がそれを許容するはずがない。
どう転んでも、もう元の関係には戻れないのに、それでもキールは止まらない。
自分以外の全てを悲観し、憎悪し、侮蔑して、黒い炎を燃料として機関を回し止まることを覚えず。
全てを捨ててでも何かを為すということは、為した結果すらその手で捨てなければいけないということなのに。
それは『私』が為したこと以上のことを、キールは人の身で行おうとしているということなのに。
(駄目だ、全然駄目だ。ヒトは独りじゃ生きていけねえんだよ。独りで一人以上のことをしようとしたら心が潰れるんだ。
だから、ヴィルガイアの天使は心を棄てるしか無かった――――ん?)
持っていたはずの絆を捨てる。閉じることで圧力を上げて推進させるというキールの生き方を。
(お前はメルディを助けられればそれで満足かもしれねえけどよ、それで残されたメルディが救われると本気で思ってんのかよ)
メルディの為だけに全てを捧げたキールの覚悟は痛いほどに分かる。だが、その果てに何が残るというのだ。
全てを捨てて怪物に変わってしまった自分をメルディが受け入れてくれると思うのか。
万歩譲ったとしても、それを受け入れるメルディを完全を希求するキール本人がそれを許容するはずがない。
どう転んでも、もう元の関係には戻れないのに、それでもキールは止まらない。
自分以外の全てを悲観し、憎悪し、侮蔑して、黒い炎を燃料として機関を回し止まることを覚えず。
全てを捨ててでも何かを為すということは、為した結果すらその手で捨てなければいけないということなのに。
それは『私』が為したこと以上のことを、キールは人の身で行おうとしているということなのに。
(駄目だ、全然駄目だ。ヒトは独りじゃ生きていけねえんだよ。独りで一人以上のことをしようとしたら心が潰れるんだ。
だから、ヴィルガイアの天使は心を棄てるしか無かった――――ん?)
―――――――――――――――黄泉の門開、くと、こる……な、ナン、あ?
グリッドはそこで違和感を覚えた。ウィルガイア、何処だそれ。
つーか、待て。天使って心がねーのか? ただ死なない身体になるんじゃないのか?
糸が震える。魂と肉体と精神を繋ぐ複雑な綾に解れが浮かぶ。グリッドの視界が異常を察する。
先ほどまで紅く染まっていた夕の空が夜になっていた。この深夜の如き仄暗さは、いくらなんでも早すぎる。
星々の異常を知る。鈍く輝いているはずの星が何時もよりも鮮烈に、強烈に輝いている。
その理由を、大気に覆わていないことによる不可視を含んだ光線によるものだと内側から識る。
宇宙旅行をしたことのないグリッドが、大気圏外の綺羅星の光を記憶している。
(ま、待てよ。なんだこれ、知らねえぞ私は。俺の記憶? 誰の、って、まさか)
気づけば地上も変わっていた。どれほど腕利きの大道具でも、これほどの速さで舞台を変えられまい。
クレスもキールもいない。メルディもコレットもクィッキーも。その代りに、いろんな人たちがいた。
剣を持つ人、弓を曳く人、魔術を準備している人。
卑しげな笑みを浮かべる生き物。口の端から欲望が駄々漏れている屑。自分の通る未来に一切の疑問を挟まない獣。
ああ――――ゴミが大挙して私達を囲んでいる。奪い、殺し、それでも未だ足りぬと浅ましく。
(アツ熱い、灼けて、心が、焦げる。何だ、これは)
そうやってマーテルは、私の半身はもぎ取られた。ミトスが未だ熱をもった亡骸を抱えている。
「・・・よくも・・・姉さまを・・・!」
オリジンとの契約。再び私たちの星に回帰したデリスのマナを以て漸く世界が復元されるはずだった、その最後の一歩。
その目前で彼女は死んだ。綺麗だからという理由だけ手折られた花のように殺された。目先の利益だけを欲した、愚かな人間のせいで。
(憎い。失うということが死ぬほど辛い。違う、これは、俺の痛みじゃない)
「・・・人間! きさまたちを生かしてはおかない!」
憎悪が身を焦がす。彼らがいったいどれだけの苦痛に苛まれてきたか、その片鱗すらもお前たちは知らない。
彼女たちは、それに耐えた。その報いを得るべきだったはずなのに。神よ、存在するのであれば未だお前はこいつ等を赦すとでも言うのか。
(私か? 俺か? 誰だ、この肉体は誰と繋がればいいんだ)
「・・・外道が。それほどまでにマナを独占したいか」
常に冷静沈着なクラトスが、その重低音に怨差を込める。人の目から見ても醜悪たる同族の咎。
「もう許さない…! 人間なんて…汚い!」
絶望が心を覆う。欠けたものを補填するのは痛みと恨みと怒り。密度の高い感情でなければ詰め物にもなりはしない。
夢破れて半身を欠損するその痛みを抱え、それでも尚進もうとするベクトル。
その変態を恋愛と云うなら、これはあまりにもマニアックだ。
つーか、待て。天使って心がねーのか? ただ死なない身体になるんじゃないのか?
糸が震える。魂と肉体と精神を繋ぐ複雑な綾に解れが浮かぶ。グリッドの視界が異常を察する。
先ほどまで紅く染まっていた夕の空が夜になっていた。この深夜の如き仄暗さは、いくらなんでも早すぎる。
星々の異常を知る。鈍く輝いているはずの星が何時もよりも鮮烈に、強烈に輝いている。
その理由を、大気に覆わていないことによる不可視を含んだ光線によるものだと内側から識る。
宇宙旅行をしたことのないグリッドが、大気圏外の綺羅星の光を記憶している。
(ま、待てよ。なんだこれ、知らねえぞ私は。俺の記憶? 誰の、って、まさか)
気づけば地上も変わっていた。どれほど腕利きの大道具でも、これほどの速さで舞台を変えられまい。
クレスもキールもいない。メルディもコレットもクィッキーも。その代りに、いろんな人たちがいた。
剣を持つ人、弓を曳く人、魔術を準備している人。
卑しげな笑みを浮かべる生き物。口の端から欲望が駄々漏れている屑。自分の通る未来に一切の疑問を挟まない獣。
ああ――――ゴミが大挙して私達を囲んでいる。奪い、殺し、それでも未だ足りぬと浅ましく。
(アツ熱い、灼けて、心が、焦げる。何だ、これは)
そうやってマーテルは、私の半身はもぎ取られた。ミトスが未だ熱をもった亡骸を抱えている。
「・・・よくも・・・姉さまを・・・!」
オリジンとの契約。再び私たちの星に回帰したデリスのマナを以て漸く世界が復元されるはずだった、その最後の一歩。
その目前で彼女は死んだ。綺麗だからという理由だけ手折られた花のように殺された。目先の利益だけを欲した、愚かな人間のせいで。
(憎い。失うということが死ぬほど辛い。違う、これは、俺の痛みじゃない)
「・・・人間! きさまたちを生かしてはおかない!」
憎悪が身を焦がす。彼らがいったいどれだけの苦痛に苛まれてきたか、その片鱗すらもお前たちは知らない。
彼女たちは、それに耐えた。その報いを得るべきだったはずなのに。神よ、存在するのであれば未だお前はこいつ等を赦すとでも言うのか。
(私か? 俺か? 誰だ、この肉体は誰と繋がればいいんだ)
「・・・外道が。それほどまでにマナを独占したいか」
常に冷静沈着なクラトスが、その重低音に怨差を込める。人の目から見ても醜悪たる同族の咎。
「もう許さない…! 人間なんて…汚い!」
絶望が心を覆う。欠けたものを補填するのは痛みと恨みと怒り。密度の高い感情でなければ詰め物にもなりはしない。
夢破れて半身を欠損するその痛みを抱え、それでも尚進もうとするベクトル。
その変態を恋愛と云うなら、これはあまりにもマニアックだ。
『ユアンの技能全てを継承するには、お前というOSは余りにも虚弱だ』
(リバウンド。ヤバい、今回のは尋常じゃねえ。持ってかれる)
軋みを上げながらグリッドの精神はミトスの言葉を思い出していた。
濃度100%1000mlのオレンジジュースに水をジュースの2割入れる。濃度83%のオレンジジュースが1200。お得。
それに更に2割の水を入れる。69%が1440。まだオレンジジュース。
同じ行為を初回からN回行う。(0.83)^(N-1)*100[%]で表わされる濃度のジュースが、1.2のN-1乗で増加していく。
無限に繰り返せば、無限にオレンジジュースは増える。でも“それをオレンジジュースだと云い張れるだろうか”。
軋みを上げながらグリッドの精神はミトスの言葉を思い出していた。
濃度100%1000mlのオレンジジュースに水をジュースの2割入れる。濃度83%のオレンジジュースが1200。お得。
それに更に2割の水を入れる。69%が1440。まだオレンジジュース。
同じ行為を初回からN回行う。(0.83)^(N-1)*100[%]で表わされる濃度のジュースが、1.2のN-1乗で増加していく。
無限に繰り返せば、無限にオレンジジュースは増える。でも“それをオレンジジュースだと云い張れるだろうか”。
(ユアンの、私の記憶が流れ込んで――――違う? 混線、してんのか?)
俺が知らない顔が、私に何かを呼びかける。誰かを殺したといった。私が命じた、第×××世代の神子の抹殺報告だった。
報告が入る。護衛が幾人付いていましたが、オサ参道で仕留めました。どうやって? 殲滅しました。
500年前に殺した。固有マナをマーテルに近づけるように交配を設定され、ただただ世界を救うことだけの為に産み落とされた道具を壊す。
火の遺跡で殺した。一人逃がしたが問題はない。責めはディザイアンが負う。
(検索している? 輝石が――――俺の記憶を?)
300年前に殺した。ボーダに命令を下す。『了解ですぞ』という言葉を聞いた。5日後にクルシスとして死骸を転生の塔で検分した。
700年前に殺した。まだレネゲードは組織力に乏しい。私が自ら赴き、全滅させた。私の正体を万が一にでもクルシスに悟られるわけにはいかない。
(辞めろ、俺。違う、これは私じゃねえ。なんだこれ、憎いってなんだ、世界ったなんだ、愛ってこんな腐ってんのか)
殺した。平和を願いただただ歩き続ける者たちを殺した。許容もなく慈悲もなく叩き潰した。
それは必要な行為だった。ロディルへの魔導砲の情報のリーク、世界統合に必要なエターナルソードの捜索、
クラトスにオリジンの封印を解かせる方法の模索。それらの前に、万が一にも彼女が蘇るようなことはあってはならない。
全ては、彼女のマーテルの願いを真に叶える為に。
(これは、正義じゃねえ。でも、間違ってもねえ。クソ、なんだこれマジで。これを抱えろってのか)
垣間見るというには大きすぎる、800年前と4000年前の記憶。それは確かにユアンの愛の記憶だった。
何も知らない人間には唯の虐殺にしか見えない。ロイドからミトスが悪人であることは聞いている。
だが、これはこれで十分悪逆非道の限りだった。愛のためなら、万を殺すことも仲間を裏切ることも是とすべき証拠だった。
(オイオイオイ。なんで今これが見えるんだよォ。俺に、キールを糾弾する資格があるのか?)
否、これはそれだけに納まらない。かつてユアンが歩んだ道筋、それは確かにグリッドがこの場所で宣誓した言葉の体現なのだから。
自分で考え自分で責を負い、自分の為に殺し尽くす。かつてのユアンが、今のキールが歩もうとしている道だ。
(糞ッ、私は、また間違えたか!? 俺は、自分の言ったことを貫けるのか?)
もしかすれば、グリッドの言葉によってバトルロワイアルの戒めは解けたかもしれない。
だが、グリッドの言葉によってバトルロワイアルとは無縁の、
グリッドの言葉によって引き起こされた惨劇が発動する可能性は否定できない。
自己を曖昧にしたグリッドは最後の最後に問われなければいけない。
グリッドが歩もうとしている道は、彼らの道と根源を同じにしている。
その言葉を貫くことによって更なる悲劇が巻き起こるとしても、その言葉を貫けるのか。
報告が入る。護衛が幾人付いていましたが、オサ参道で仕留めました。どうやって? 殲滅しました。
500年前に殺した。固有マナをマーテルに近づけるように交配を設定され、ただただ世界を救うことだけの為に産み落とされた道具を壊す。
火の遺跡で殺した。一人逃がしたが問題はない。責めはディザイアンが負う。
(検索している? 輝石が――――俺の記憶を?)
300年前に殺した。ボーダに命令を下す。『了解ですぞ』という言葉を聞いた。5日後にクルシスとして死骸を転生の塔で検分した。
700年前に殺した。まだレネゲードは組織力に乏しい。私が自ら赴き、全滅させた。私の正体を万が一にでもクルシスに悟られるわけにはいかない。
(辞めろ、俺。違う、これは私じゃねえ。なんだこれ、憎いってなんだ、世界ったなんだ、愛ってこんな腐ってんのか)
殺した。平和を願いただただ歩き続ける者たちを殺した。許容もなく慈悲もなく叩き潰した。
それは必要な行為だった。ロディルへの魔導砲の情報のリーク、世界統合に必要なエターナルソードの捜索、
クラトスにオリジンの封印を解かせる方法の模索。それらの前に、万が一にも彼女が蘇るようなことはあってはならない。
全ては、彼女のマーテルの願いを真に叶える為に。
(これは、正義じゃねえ。でも、間違ってもねえ。クソ、なんだこれマジで。これを抱えろってのか)
垣間見るというには大きすぎる、800年前と4000年前の記憶。それは確かにユアンの愛の記憶だった。
何も知らない人間には唯の虐殺にしか見えない。ロイドからミトスが悪人であることは聞いている。
だが、これはこれで十分悪逆非道の限りだった。愛のためなら、万を殺すことも仲間を裏切ることも是とすべき証拠だった。
(オイオイオイ。なんで今これが見えるんだよォ。俺に、キールを糾弾する資格があるのか?)
否、これはそれだけに納まらない。かつてユアンが歩んだ道筋、それは確かにグリッドがこの場所で宣誓した言葉の体現なのだから。
自分で考え自分で責を負い、自分の為に殺し尽くす。かつてのユアンが、今のキールが歩もうとしている道だ。
(糞ッ、私は、また間違えたか!? 俺は、自分の言ったことを貫けるのか?)
もしかすれば、グリッドの言葉によってバトルロワイアルの戒めは解けたかもしれない。
だが、グリッドの言葉によってバトルロワイアルとは無縁の、
グリッドの言葉によって引き起こされた惨劇が発動する可能性は否定できない。
自己を曖昧にしたグリッドは最後の最後に問われなければいけない。
グリッドが歩もうとしている道は、彼らの道と根源を同じにしている。
その言葉を貫くことによって更なる悲劇が巻き起こるとしても、その言葉を貫けるのか。
――――――――――黄泉の門開く処ォ、汝在りィッ!!
ザシュという音とともに紫電が右肩に突き刺ささる。それを捻って、グリッドは不快感を改めて再確認し自らにもう一度線を引いた。
(舐めんな。俺は俺だ。力は借りてるがユアンじゃねえし、根が同じだからってキールじゃねえ。
俺には、俺の生き方が、バトルロワイアルが有る!!)
最後の最後に人間が守るべきものの手前で、グリッドはそれを押し留めた。
自己がふやけて最後には輝石と一つになるという感覚を今度こそ明瞭に理解しながらも、グリッドはそれに耐えた。
自らを支えるものを知っているグリッドに恐れはあっても畏れはない。
(舐めんな。俺は俺だ。力は借りてるがユアンじゃねえし、根が同じだからってキールじゃねえ。
俺には、俺の生き方が、バトルロワイアルが有る!!)
最後の最後に人間が守るべきものの手前で、グリッドはそれを押し留めた。
自己がふやけて最後には輝石と一つになるという感覚を今度こそ明瞭に理解しながらも、グリッドはそれに耐えた。
自らを支えるものを知っているグリッドに恐れはあっても畏れはない。
糸を完全に繋ぎ直すグリッドの世界が元の色彩を知る。
まだ何も動いていない。どうやら一瞬の出来事だったのだろう。だから、グリッドには分かってしまった。
まだ何も動いていない。どうやら一瞬の出来事だったのだろう。だから、グリッドには分かってしまった。
(―――――ッ! 一歩、間に合わねぇッ!)
その一瞬があれば、クレスにとっては自らに立ちはだかる運命を真っ二つにするのに十分だということを知っていた。
僅かばかりクレスの踏み込みが力強く加速している。剣を持った手が突きの構えにシフトしている。
雁字搦めに絡め捕られたはずのクレスは未だ諦めていなかった。その鎖のほんの少しの緩みすらも特火点として捻じ込みに来た。
傍目には何も変わっていないが、この戦いの当事者でも傍観者でもない位置で関わったグリッドには真逆に変わって見えるのだ。
この光芒の錯綜の中で、グリッドは逃げろという言葉すら紡ぐことは出来なかった。
インディグネイションよりも一瞬速く、その刃はキールに届くだろう。
キール=ツァイベルの計画は、その一瞬よりも早く音も立てることもなく瓦解した。
彼の策はグリッドがグリッドに出来うる最低限の最善を尽くしてこそ完全に機能するものだったのだから。
クレスの背中越しに、キールが近づいてくるように見えた。歯を食いしばるようにして一歩を進めている。
既にいっぱいいっぱいなのだ。キールは未だ気づいていないのだろう。
グリッドが責務を成すだろうということを前提としているがゆえに。
グリッドの足の親指に力が込められる。魔杖が放られた位置を確認する。
もう未知であるキールの手段が潰えた以上、こんどこそ打開手段はケイオスハートしかない。
グリッドとてかつてほど巡りが悪いわけではない。自らクィッキーにケイオスハートを捨てさせたのだ。
今から自分が拾いに行ってももう間に合うまい。万一クレスを倒しメルディ達を救えたとしても、キールは無理だ。
(こん畜生が! くそ、なんで、なんでなんだよ!!)
それでも、グリッドはもう処刑台の二人を直視することも辛かった。
それでも思考にすらならない叫びを内に反響させてグリッドはキールに念ずる。
(俺、やっと分ったんだよ。何と向き合うべきか、何を望んでたのか。
帰って来れたんだ。ヒトに『死んでない』よりもほんの少しだけ上等な在り方に)
逃げろと、もう崩れたのだと。お前の願いは叶わないのだと。お前の侮蔑に俺は抗いきれなかったのだと。
(でも、それに気付かせてくれたのはお前なんだ!
答えは最初から俺の中にあったけど、昔のままじゃそれに気付けなかった。
俺がこうして今俺として立っていられるのは、お前の問いが始まりなんだ!!)
それはグリッドにとって信頼を裏切るよりも重く痛々しいことだったから。
一刻も早く魔杖を手にするため、臨界にまで達しようとしたケイジの火を切り落とし詠唱を止めようとする。
(お前も、俺の中身なんだよ。だから、頼む、頼むからッ)
振り切ろうとした戦場の中心、その画の端で、キール=ツァイベルの口の端が―――――――血塗れに歪んだ。
僅かばかりクレスの踏み込みが力強く加速している。剣を持った手が突きの構えにシフトしている。
雁字搦めに絡め捕られたはずのクレスは未だ諦めていなかった。その鎖のほんの少しの緩みすらも特火点として捻じ込みに来た。
傍目には何も変わっていないが、この戦いの当事者でも傍観者でもない位置で関わったグリッドには真逆に変わって見えるのだ。
この光芒の錯綜の中で、グリッドは逃げろという言葉すら紡ぐことは出来なかった。
インディグネイションよりも一瞬速く、その刃はキールに届くだろう。
キール=ツァイベルの計画は、その一瞬よりも早く音も立てることもなく瓦解した。
彼の策はグリッドがグリッドに出来うる最低限の最善を尽くしてこそ完全に機能するものだったのだから。
クレスの背中越しに、キールが近づいてくるように見えた。歯を食いしばるようにして一歩を進めている。
既にいっぱいいっぱいなのだ。キールは未だ気づいていないのだろう。
グリッドが責務を成すだろうということを前提としているがゆえに。
グリッドの足の親指に力が込められる。魔杖が放られた位置を確認する。
もう未知であるキールの手段が潰えた以上、こんどこそ打開手段はケイオスハートしかない。
グリッドとてかつてほど巡りが悪いわけではない。自らクィッキーにケイオスハートを捨てさせたのだ。
今から自分が拾いに行ってももう間に合うまい。万一クレスを倒しメルディ達を救えたとしても、キールは無理だ。
(こん畜生が! くそ、なんで、なんでなんだよ!!)
それでも、グリッドはもう処刑台の二人を直視することも辛かった。
それでも思考にすらならない叫びを内に反響させてグリッドはキールに念ずる。
(俺、やっと分ったんだよ。何と向き合うべきか、何を望んでたのか。
帰って来れたんだ。ヒトに『死んでない』よりもほんの少しだけ上等な在り方に)
逃げろと、もう崩れたのだと。お前の願いは叶わないのだと。お前の侮蔑に俺は抗いきれなかったのだと。
(でも、それに気付かせてくれたのはお前なんだ!
答えは最初から俺の中にあったけど、昔のままじゃそれに気付けなかった。
俺がこうして今俺として立っていられるのは、お前の問いが始まりなんだ!!)
それはグリッドにとって信頼を裏切るよりも重く痛々しいことだったから。
一刻も早く魔杖を手にするため、臨界にまで達しようとしたケイジの火を切り落とし詠唱を止めようとする。
(お前も、俺の中身なんだよ。だから、頼む、頼むからッ)
振り切ろうとした戦場の中心、その画の端で、キール=ツァイベルの口の端が―――――――血塗れに歪んだ。
「キール、生きろォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」
あまり品の無い音だった。水というよりは油っぽい湿度を含んだ軋みの音。
麦の詰まった革袋に短剣を突き刺すような気軽さで、彼の魔剣は簡単に挿入された。
グリッドからは背中側が見えない。それでもその血を浴びるほど近い柄と腹と胸までの距離の短さが、
キールの背中から突き出るエターナルソードの大きな刃を容易に想像させた。
くの字に折れ曲がるキールの身体の向こうから見えたものは、グリッドの想像が現実と寸分違わないことを丁寧に教えていた。
麦の詰まった革袋に短剣を突き刺すような気軽さで、彼の魔剣は簡単に挿入された。
グリッドからは背中側が見えない。それでもその血を浴びるほど近い柄と腹と胸までの距離の短さが、
キールの背中から突き出るエターナルソードの大きな刃を容易に想像させた。
くの字に折れ曲がるキールの身体の向こうから見えたものは、グリッドの想像が現実と寸分違わないことを丁寧に教えていた。
キールの背より生える脂の乗った一振りの剣、それをメルディは見ていた。
それだけは守ろうとしていたはずのコレットすらも意識より外れて、彼を見ていた。
彼女は動けない。動いたところで何も変わらない。どうしようもないともう分かっている。
その小さな胸がチクリと痛んだ。欠けた何かが今更一人前に欠損を疼く。
今まで何度も見てきたはずの景色が、今の彼女には重苦しかった。
絶望をフィルターとかけて見ていた彼女の風景は、言わば舞台より見る芝居のようなものだった。
自身を観客の位置に置き、悲劇も喜劇も惨劇も等しく舞台劇と見下ろすことで彼女は絶望を緩和していた。
観客と役者では、その景色の鮮烈さは比べ物にならない。この痛みは正にそれだ。
だが彼女は舞台に立った。ボーダーの上で傍観することを良しとせず、役者として戻ってきた。
それだけは守ろうとしていたはずのコレットすらも意識より外れて、彼を見ていた。
彼女は動けない。動いたところで何も変わらない。どうしようもないともう分かっている。
その小さな胸がチクリと痛んだ。欠けた何かが今更一人前に欠損を疼く。
今まで何度も見てきたはずの景色が、今の彼女には重苦しかった。
絶望をフィルターとかけて見ていた彼女の風景は、言わば舞台より見る芝居のようなものだった。
自身を観客の位置に置き、悲劇も喜劇も惨劇も等しく舞台劇と見下ろすことで彼女は絶望を緩和していた。
観客と役者では、その景色の鮮烈さは比べ物にならない。この痛みは正にそれだ。
だが彼女は舞台に立った。ボーダーの上で傍観することを良しとせず、役者として戻ってきた。
コレットは言っていた。
いつか来ると信じたい未来を望むなら目を反らしてはいけないのだと。さもなければ、笑えなくなる。
そう言われたメルディの瞳は、朽ち切ったキールを見ている。
何故こうも胸が痛むのだろう。コレットを、ロイドの守りたかったものを守りたかったのだ。
彼女を舞台に戻した強い意志。それは確かに彼女の胸にあった。
そしてコレットの強さを知った。彼女もまた、ロイドと同じくらい強くてでもほんの少しだけ柔らかい人だった。
彼女は守られる人ではない。その旅路に何があったとしても、歩みを止めない強さがある。
コレットは既にその意思に護られている。ならば、彼女は次に何をすればいいのだろうと考えなければならない。
それが彼女が彼女として舞台に残り続けるための必須条件。そうでなければ、やはり彼女は観客のままだ。
いつか来ると信じたい未来を望むなら目を反らしてはいけないのだと。さもなければ、笑えなくなる。
そう言われたメルディの瞳は、朽ち切ったキールを見ている。
何故こうも胸が痛むのだろう。コレットを、ロイドの守りたかったものを守りたかったのだ。
彼女を舞台に戻した強い意志。それは確かに彼女の胸にあった。
そしてコレットの強さを知った。彼女もまた、ロイドと同じくらい強くてでもほんの少しだけ柔らかい人だった。
彼女は守られる人ではない。その旅路に何があったとしても、歩みを止めない強さがある。
コレットは既にその意思に護られている。ならば、彼女は次に何をすればいいのだろうと考えなければならない。
それが彼女が彼女として舞台に残り続けるための必須条件。そうでなければ、やはり彼女は観客のままだ。
体液に塗れグチャグチャになったキールのローブを覆うように、剣を中心に赤が沁み渡っていく。
どうして、一人で戦っているのだろう。いや、どうして独りになってしまっているのだろう。
フィルターをかけていた時はあれだけ強靭に見えていた強さが、脆さになっていた。
削りすぎた鉛筆のように、鋭く脆い。あまりに頼りない姿。
なんでこうなってしまったんだろう。どうして私達はこんなにも遠く離れてしまったんだろう。
キールは、そんなのに耐えられるほど強くはないと彼女は知っている。
罪の重さも、良心の呵責も、絶望も、諦観さえも耐えきれない。
なのに、どうして独りで。私なんかの為に。
どうして、一人で戦っているのだろう。いや、どうして独りになってしまっているのだろう。
フィルターをかけていた時はあれだけ強靭に見えていた強さが、脆さになっていた。
削りすぎた鉛筆のように、鋭く脆い。あまりに頼りない姿。
なんでこうなってしまったんだろう。どうして私達はこんなにも遠く離れてしまったんだろう。
キールは、そんなのに耐えられるほど強くはないと彼女は知っている。
罪の重さも、良心の呵責も、絶望も、諦観さえも耐えきれない。
なのに、どうして独りで。私なんかの為に。
それはそう。だって、独りだったら寂し過ぎるじゃない?
ドクン、と心臓が弾けるような音を彼女は聞いた。
彼女はとても簡単な言葉の間違いに気づいた。キールは、独りになってしまったのではない。
“メルディがその手を離したから”だ。先に絶望してしまったのはメルディの方だ。
例えそこに至る想いが過ちでもなく光り輝くものであったとしても彼女がキールを独りにした事実は変わらない。
誰だって独りは厭なのだ。他ならないメルディがそうなのだから。
彼女はこの世界に降り立って初めて“自分が”したいことを見つけた。
彼女はとても簡単な言葉の間違いに気づいた。キールは、独りになってしまったのではない。
“メルディがその手を離したから”だ。先に絶望してしまったのはメルディの方だ。
例えそこに至る想いが過ちでもなく光り輝くものであったとしても彼女がキールを独りにした事実は変わらない。
誰だって独りは厭なのだ。他ならないメルディがそうなのだから。
彼女はこの世界に降り立って初めて“自分が”したいことを見つけた。
「キール……」
気づけば彼女は叫んでいた。クレスに倒れかかるように沈もうとしている躯へと。
自分の痛みを、彼に負わせる訳にはいかない。そしてもう一度彼の手を引っ張りにいけるのは彼女しかいない。
「ごめん…………ごめんな…………!」
例えその手法がけして誉められないものだとしても、彼女が殻に閉じこもっている間彼は独り彼女を守っていた。
その分を、彼女は守りたいと思った。キールが誰にも触れず届けないまま悩み苦しんだその時間を今こそ取り戻したいと願った。
現実は非情だ。メルディが自分の意志で守りたいと願った人は、もう命を流し尽してしまった。
その身にネレイドを降ろせば万を一度に滅ぼせる彼女でも、たった一人の命さえ救えない。
虫の良い願いだとは分かっている。今まで閉じこもってその絶望をキールに押し付けてきたのだから。
だが、それでも彼女は願った。破壊と滅びにしかそのフィブリルを使えないとしても、ただ願った。
「…………お願い………目、覚ましてよぅ……!」
都合の良過ぎる奇跡の申請。神は応えない。その祈りは、神には届かない。
だが『彼』には届いた。
気づけば彼女は叫んでいた。クレスに倒れかかるように沈もうとしている躯へと。
自分の痛みを、彼に負わせる訳にはいかない。そしてもう一度彼の手を引っ張りにいけるのは彼女しかいない。
「ごめん…………ごめんな…………!」
例えその手法がけして誉められないものだとしても、彼女が殻に閉じこもっている間彼は独り彼女を守っていた。
その分を、彼女は守りたいと思った。キールが誰にも触れず届けないまま悩み苦しんだその時間を今こそ取り戻したいと願った。
現実は非情だ。メルディが自分の意志で守りたいと願った人は、もう命を流し尽してしまった。
その身にネレイドを降ろせば万を一度に滅ぼせる彼女でも、たった一人の命さえ救えない。
虫の良い願いだとは分かっている。今まで閉じこもってその絶望をキールに押し付けてきたのだから。
だが、それでも彼女は願った。破壊と滅びにしかそのフィブリルを使えないとしても、ただ願った。
「…………お願い………目、覚ましてよぅ……!」
都合の良過ぎる奇跡の申請。神は応えない。その祈りは、神には届かない。
だが『彼』には届いた。
「心配するな。もう、起きてるから」
眼尻を切って血を零すほどにクレスの眼球が大きく開かれる。
漸く取り戻したはずの『絶対』が手のひらを返すように引っ繰り返ったクレスの驚きは、もはや計り知れない。
「な、何で……どうして……」
何度斬っても、幾度薙いでも立ちあがってきた男を終ぞ殺したはずだった。
これほど深く突き刺して、生きていられるはずも無し。
悪魔との契約による自らの死霊化? 死を起点とした時間回帰? いや、これはそういう魔術的現象ではない。
ならば、全くの説明が不可能な超常現象――――奇跡だとでも言うというのか。
斬れば死んだ幾人もの踏み台とはまったく異なる論理をクレスは理解できない。
「どうして、立ち上がれる。“僕は出来なかった”僕は、一人で立てなかったのに」
それよりも許せない何かがクレスという回路にノイズを混ぜる。
古い蓄音器のような中途半端な言葉。疑念が混在し、クレスの意識が埋もれる。
漸く取り戻したはずの『絶対』が手のひらを返すように引っ繰り返ったクレスの驚きは、もはや計り知れない。
「な、何で……どうして……」
何度斬っても、幾度薙いでも立ちあがってきた男を終ぞ殺したはずだった。
これほど深く突き刺して、生きていられるはずも無し。
悪魔との契約による自らの死霊化? 死を起点とした時間回帰? いや、これはそういう魔術的現象ではない。
ならば、全くの説明が不可能な超常現象――――奇跡だとでも言うというのか。
斬れば死んだ幾人もの踏み台とはまったく異なる論理をクレスは理解できない。
「どうして、立ち上がれる。“僕は出来なかった”僕は、一人で立てなかったのに」
それよりも許せない何かがクレスという回路にノイズを混ぜる。
古い蓄音器のような中途半端な言葉。疑念が混在し、クレスの意識が埋もれる。
「どうして、か。お前には分からないんだろうよ、簒奪者」
血が煙霧を立てるように細かく湧き上がり、クレスの視界を鮮やかな銅に染めた。
そこよりぬうと飛び出るキールの両の掌がプロテクタの無いクレスの胸に添えられた。
深々と突き刺さった剣が、皮肉にも死人とクレスの距離を一定に保っていた。
ダオス、スタン、ヴェイグ、ロイド、グリッド。
幾人が挑み、誰もがその身を預けることのできなかったクレスの懐、零距離に。
幾千の布石と幾万の犠牲を以て、キール=ツァイベルは遂にそこに辿り着いた。
「命を奪うことしか、殺すことしか出来ないお前には理解できない。
何もかもを捨ててでも守りたいもののないお前には僕の想いは侵せない」
上級術は対象を選べない。仲間との連携という概念を崩し殺し合いを促進させるミクトランの敷いたルール。
だがこのルールには一つ穴がある。それをキール=ツァイベルは昨日の夜に知っていた。
惨劇の起きた城を完膚なきまでに破壊しようとした紫電の一閃、サウザンドブレイバー。
恐るべきあの戦略魔術が2つの明確な事実を示していた。
魔杖ケイオスハートの魔力を込めたインディグネイト・ジャッジメントを砲身と変えたその身に受けても、
ティトレイ本人が致命傷を受けていないことが一つ。この条件に限って、デミテルの魔力はティトレイを殺さなかった。
そして、一度発射した魔術式を途中で爆破させることで強引に組み替えた事実が二つ。手法さえあれば、術を弄れる。
『加工』と『合成』―――――――単一の上級術ならばその身を滅ぼすとしても、その対象者もまた発動に関与すれば抜けられる。
「それに、言っただろう。僕の拳は、ファラの拳だと―――――――――チェックメイトだ、クレス!!」
そこよりぬうと飛び出るキールの両の掌がプロテクタの無いクレスの胸に添えられた。
深々と突き刺さった剣が、皮肉にも死人とクレスの距離を一定に保っていた。
ダオス、スタン、ヴェイグ、ロイド、グリッド。
幾人が挑み、誰もがその身を預けることのできなかったクレスの懐、零距離に。
幾千の布石と幾万の犠牲を以て、キール=ツァイベルは遂にそこに辿り着いた。
「命を奪うことしか、殺すことしか出来ないお前には理解できない。
何もかもを捨ててでも守りたいもののないお前には僕の想いは侵せない」
上級術は対象を選べない。仲間との連携という概念を崩し殺し合いを促進させるミクトランの敷いたルール。
だがこのルールには一つ穴がある。それをキール=ツァイベルは昨日の夜に知っていた。
惨劇の起きた城を完膚なきまでに破壊しようとした紫電の一閃、サウザンドブレイバー。
恐るべきあの戦略魔術が2つの明確な事実を示していた。
魔杖ケイオスハートの魔力を込めたインディグネイト・ジャッジメントを砲身と変えたその身に受けても、
ティトレイ本人が致命傷を受けていないことが一つ。この条件に限って、デミテルの魔力はティトレイを殺さなかった。
そして、一度発射した魔術式を途中で爆破させることで強引に組み替えた事実が二つ。手法さえあれば、術を弄れる。
『加工』と『合成』―――――――単一の上級術ならばその身を滅ぼすとしても、その対象者もまた発動に関与すれば抜けられる。
「それに、言っただろう。僕の拳は、ファラの拳だと―――――――――チェックメイトだ、クレス!!」
――――――――――出でよ、神の雷ッ!!
手に持ったケイジを高く掲げ、グリッドは三節目を仕上げる。その眼には潤みが溜まっていた。
グリッドは最後の最後で、ケイオスハートを取りに行かなかった。
これが奇跡なのか、まったく別の何かなのかは分からない。
だが、一つだけ分かっていることがある。こうなってしまう可能性を、キールは多分考えていたのだろう。
この奇跡はきっと最後の保険。グリッドがヘマを一度はするだろうという侮蔑の込められた二段構え。
グリッドは最後の最後で、ケイオスハートを取りに行かなかった。
これが奇跡なのか、まったく別の何かなのかは分からない。
だが、一つだけ分かっていることがある。こうなってしまう可能性を、キールは多分考えていたのだろう。
この奇跡はきっと最後の保険。グリッドがヘマを一度はするだろうという侮蔑の込められた二段構え。
――――――――――結構、期待しない程度に宛にさせて貰うさ。
だって、最後の最後まであいつはあいつなりの遣り方で笑っていたのだから。
だって、最後の最後まであいつはあいつなりの遣り方で笑っていたのだから。
「行くぞ。双撞ォ、掌底破ッ!!」
信頼以外の全てを託し合った二人の技が今結実する。
強打にて敵を弾き飛ばすは、キールが「グリッド側」で何度も見てた技。
何度も何度も拳をクレスに近づけて見つけた、一度きりの軌道プログラムを拳に通す。
「遅れんじゃ、ねェぞ……ッ!! インディグ、ネイション!!」
雷撃をキールに送り込むは、本来のサンダーブレードよりも一段上の上級魔術。
遠距離からキールに送電する間に減衰する電量を鑑みれば、これは最低条件だった。
キールにグリッドの魔力を通した雷晶霊が送られる。
荒削りな魔術構成を宥め賺して自分の魔力を乗せて最適化する。
グリッドだけでは足りぬ威力を、自らを杖と成して上乗せする。
体内に満ちた雷を両手に流す。彼女とは天と地も違う、誰から見ても情けないフォルム。
体で覚えているファラだったら多分ただブチ当てるだけで済むのだろうけど、それが出来ない。
信頼以外の全てを託し合った二人の技が今結実する。
強打にて敵を弾き飛ばすは、キールが「グリッド側」で何度も見てた技。
何度も何度も拳をクレスに近づけて見つけた、一度きりの軌道プログラムを拳に通す。
「遅れんじゃ、ねェぞ……ッ!! インディグ、ネイション!!」
雷撃をキールに送り込むは、本来のサンダーブレードよりも一段上の上級魔術。
遠距離からキールに送電する間に減衰する電量を鑑みれば、これは最低条件だった。
キールにグリッドの魔力を通した雷晶霊が送られる。
荒削りな魔術構成を宥め賺して自分の魔力を乗せて最適化する。
グリッドだけでは足りぬ威力を、自らを杖と成して上乗せする。
体内に満ちた雷を両手に流す。彼女とは天と地も違う、誰から見ても情けないフォルム。
体で覚えているファラだったら多分ただブチ当てるだけで済むのだろうけど、それが出来ない。
「「ユニゾン、アタック!!」」
だから目指す。この弱い力を届かせる為に狙うは唯一点―――――――――心臓までの最短距離を算出する。
クレスが剣を引き抜きにかかる。切れ込みの入っていた骨が幾つか割れる。
クレス。お前は強い。既存の枠を打ち抜いてなお頂点に君臨することに意義を持たないお前は、まさに最強の剣鬼。
その絶対の強さは、伝説と語るに相応しい。誰もお前の伝説を超えることはできないだろうさ。
だけど、知っているか? 伝説は『伝え説かれるもの』なんだ。
無限に近い時を、永遠を刻めばいつかは口に端にも上らなくなる。
だから伝説はここで潰えて貰う。無数の先達が刻んだ傷の上に、僕の永遠が今お前を打ち破るッ!!
クレスが剣を引き抜きにかかる。切れ込みの入っていた骨が幾つか割れる。
クレス。お前は強い。既存の枠を打ち抜いてなお頂点に君臨することに意義を持たないお前は、まさに最強の剣鬼。
その絶対の強さは、伝説と語るに相応しい。誰もお前の伝説を超えることはできないだろうさ。
だけど、知っているか? 伝説は『伝え説かれるもの』なんだ。
無限に近い時を、永遠を刻めばいつかは口に端にも上らなくなる。
だから伝説はここで潰えて貰う。無数の先達が刻んだ傷の上に、僕の永遠が今お前を打ち破るッ!!
「受けろ、僕の雷――――――――――雷閃拳ッ!!!」
無限に思えた時間、無数を尽くした策謀、それら全てが電荷と交わり幻の荷電粒子と化す。
キールの腕を伝い溜めに溜めた力を形に変えるように、加速されてクレスへと流し込まれる。
インディグネイションの総電量をキールの細腕を砲身として打ち出されるその密度は、拙いインディグネイションの威力を補って余りある。
細胞よりも小さいそれが、血管をすり抜け血液をすり抜け心臓をすり抜け胸より背中を導体と化す。
クレスのマントがぶわりと浮き上がったその内側から蒼雷が突き抜けるその姿は、神の槍そのものだった。
キールの腕を伝い溜めに溜めた力を形に変えるように、加速されてクレスへと流し込まれる。
インディグネイションの総電量をキールの細腕を砲身として打ち出されるその密度は、拙いインディグネイションの威力を補って余りある。
細胞よりも小さいそれが、血管をすり抜け血液をすり抜け心臓をすり抜け胸より背中を導体と化す。
クレスのマントがぶわりと浮き上がったその内側から蒼雷が突き抜けるその姿は、神の槍そのものだった。
クレスを貫く光線が少しずつ細く縮んで、最後は一本の光条となって掻き消えた。
既に魔剣はずるりとキールの胸より抜けて、クレスの腕を介してだらりと垂れている。
イオン臭と肉の焦げたような音が、夕も深まり極まった村を包んだ。
クレスの胸に張り付いていたキールの双掌が、耐えきれないというようにクレスの腹に滑ってから離れた。
直撃だったことは、今まで掌があった場所のクレスの黒衣が焼けて肌が覗いていることからも明瞭だった。
ユニゾンアタックによる雷閃拳―――――高密度収束型零距離インディグネイションの威力が、
通常に繰り出すものよりも何倍も強かったことはその効果を見ていれば明確だった。
だがそれでも、やはりクレスの命にあと一歩届かなかったことは二人を見比べれば明白だった。
既に魔剣はずるりとキールの胸より抜けて、クレスの腕を介してだらりと垂れている。
イオン臭と肉の焦げたような音が、夕も深まり極まった村を包んだ。
クレスの胸に張り付いていたキールの双掌が、耐えきれないというようにクレスの腹に滑ってから離れた。
直撃だったことは、今まで掌があった場所のクレスの黒衣が焼けて肌が覗いていることからも明瞭だった。
ユニゾンアタックによる雷閃拳―――――高密度収束型零距離インディグネイションの威力が、
通常に繰り出すものよりも何倍も強かったことはその効果を見ていれば明確だった。
だがそれでも、やはりクレスの命にあと一歩届かなかったことは二人を見比べれば明白だった。
キールの身体が今度こそ崩れ、膝が落ちて地面へと突き刺さる。
クレスの腕が、魔剣とともにゆっくりと持ち上がる。その眼はやはり伺えない。
頭をたれて四つに這うキールは、精魂をその両手に置いてきた死骸のようにすら見えた。
逆手に持った魔剣は震えながらも目の前で垂れる頭蓋を容易に狙える位置にあって、それが力無く振り下ろされ――――。
「レイトラスト! レイシレーゼ!!」
クレスの手が痙攣したように止まる。本来なら今そこにあるはずだった手の位置に、一本の苦無が一筋の光となって透った。
ゆっくりと武器が射出された方向に首を回すクレスに、ダーツの更なる二射。
一つは在らぬ方向へと飛び、もう一つはクレスの頬を掠め血の線を引く。
クレスは避けようとしない。ただそちらの方へ血糊の張り付いた髪の簾の奥から、遠くを見るように彼女を覗いた。
彼の中で守るべきものだったはずの彼女は、まるで怒る様に悲しんでいる。
その手には、三射目の三本の苦無が既に走っていた。
「もう、いい加減にして下さい……ッ! 夢から覚めて、なにも喪わない世界を失うのは怖いけど。
貴方を待ってる人がまだいるんです。だから、幻に逃げないで、私の向こうに別の人を見ないで!!」
自分に言えた義理がないのは彼女も分かっている。だがだからこそ、彼女が言わなければいけなかった。
言の葉を伝える矢文のように、連携してリミュエレイヤーが繰り出される。二本は外れたが、一本は直撃コースへと乗った。
クレスの顔面に埋められた瞳へと通るそのライン、コレットはその瞳に映る自分を見たような気がした。
彼から見えるコレットの姿は、やはり幻想に包まれた別人なのだろうか。
クレスの空いた手が、愚直に己が瞳を庇う。かつてならば指二本でこれ見よがしに止めたであろう唯の苦無がその手を穿つ。
遠く離れたクレスとコレット。抜き取った掌からだくだくと汁が湧く。
クレスの腕が、魔剣とともにゆっくりと持ち上がる。その眼はやはり伺えない。
頭をたれて四つに這うキールは、精魂をその両手に置いてきた死骸のようにすら見えた。
逆手に持った魔剣は震えながらも目の前で垂れる頭蓋を容易に狙える位置にあって、それが力無く振り下ろされ――――。
「レイトラスト! レイシレーゼ!!」
クレスの手が痙攣したように止まる。本来なら今そこにあるはずだった手の位置に、一本の苦無が一筋の光となって透った。
ゆっくりと武器が射出された方向に首を回すクレスに、ダーツの更なる二射。
一つは在らぬ方向へと飛び、もう一つはクレスの頬を掠め血の線を引く。
クレスは避けようとしない。ただそちらの方へ血糊の張り付いた髪の簾の奥から、遠くを見るように彼女を覗いた。
彼の中で守るべきものだったはずの彼女は、まるで怒る様に悲しんでいる。
その手には、三射目の三本の苦無が既に走っていた。
「もう、いい加減にして下さい……ッ! 夢から覚めて、なにも喪わない世界を失うのは怖いけど。
貴方を待ってる人がまだいるんです。だから、幻に逃げないで、私の向こうに別の人を見ないで!!」
自分に言えた義理がないのは彼女も分かっている。だがだからこそ、彼女が言わなければいけなかった。
言の葉を伝える矢文のように、連携してリミュエレイヤーが繰り出される。二本は外れたが、一本は直撃コースへと乗った。
クレスの顔面に埋められた瞳へと通るそのライン、コレットはその瞳に映る自分を見たような気がした。
彼から見えるコレットの姿は、やはり幻想に包まれた別人なのだろうか。
クレスの空いた手が、愚直に己が瞳を庇う。かつてならば指二本でこれ見よがしに止めたであろう唯の苦無がその手を穿つ。
遠く離れたクレスとコレット。抜き取った掌からだくだくと汁が湧く。
人の知性が介在する余地のないただの狂声がこの一帯を大きく震わせる。
「違う……違うッ! 違う違う違う違う!!!!!!!」
その貫通した手をべっとりと顔に埋め羞恥を隠すように、獣の叫びは主語も目的語も無く否定を啼き続ける。
それはもう全てのタガが外れてしまったようでさえあったが、正気と狂気を別つべき瞳は手とそこから湧く血に覆われて映らない。
「俺が負けッは“違うんだ”! 僕は唯、ああッ! うわああああAaああAAああああッッ!!」
顔を血で覆ったまま、クレスが今度こそ高らかに殺す為に剣を掲げ、コレットのもとに疾った。
状況を理解したのか、グリッドが紫電を投げ捨てた左手でダブルセイバーを掴みクレスに向かって奔るが傷だらけの身体にはあまりに遠い。
目に依らない以上、既に対象の選好みは付いていないだろう。否、矢張り選好みした故なのか。
「だいじょぶ。逃げてもいい、負けてもいい。私はもう、逃げないから。ずっと、ずっと待ってるから」
ダーツも苦無も全弾投擲し、物理的な手段を全て失った彼女はそれでも諦めずに言葉を投げかける。
だが、それでもクレスは止まらない。一番最初にブレーキを壊してしまったのだから自ら止まることなど出来るはずもない。
その刃こそが全てを亡くせるのだと祈るように、魔剣が彼女の元へと。
「違う……違うッ! 違う違う違う違う!!!!!!!」
その貫通した手をべっとりと顔に埋め羞恥を隠すように、獣の叫びは主語も目的語も無く否定を啼き続ける。
それはもう全てのタガが外れてしまったようでさえあったが、正気と狂気を別つべき瞳は手とそこから湧く血に覆われて映らない。
「俺が負けッは“違うんだ”! 僕は唯、ああッ! うわああああAaああAAああああッッ!!」
顔を血で覆ったまま、クレスが今度こそ高らかに殺す為に剣を掲げ、コレットのもとに疾った。
状況を理解したのか、グリッドが紫電を投げ捨てた左手でダブルセイバーを掴みクレスに向かって奔るが傷だらけの身体にはあまりに遠い。
目に依らない以上、既に対象の選好みは付いていないだろう。否、矢張り選好みした故なのか。
「だいじょぶ。逃げてもいい、負けてもいい。私はもう、逃げないから。ずっと、ずっと待ってるから」
ダーツも苦無も全弾投擲し、物理的な手段を全て失った彼女はそれでも諦めずに言葉を投げかける。
だが、それでもクレスは止まらない。一番最初にブレーキを壊してしまったのだから自ら止まることなど出来るはずもない。
その刃こそが全てを亡くせるのだと祈るように、魔剣が彼女の元へと。
「だから……お願い。ホントの気持ちまで殺さないで……!!」
―――――――――捩じれよ時間。その律令は、我が手にて記されている。
その一瞬手前、僅かにクレスの剣先が滲んだのをコレットは見た。
「停滞……せよ、傷……痕! ストラグ、ネイションッ!!」
―――――――――捩じれよ時間。その律令は、我が手にて記されている。
その一瞬手前、僅かにクレスの剣先が滲んだのをコレットは見た。
「停滞……せよ、傷……痕! ストラグ、ネイションッ!!」
自身を覆うかのような空間の歪曲に、クレスは完全に剣を止めた。
クレスが自分が走ってきた方向へと振り返ると、そこには地面にうつ伏せながらその手にケイジを持つキールがいた。
本来ならばメルディが使うはずだったそれを、もう精根が尽き果てたはずの彼が使う。
「クソッ、つがう、未だ俺が、ああ、もう僕は」
だが、エターナルソードを持つクレスに時魔術は相性が悪過ぎた。
そもストラグネイションが効果を発揮するのは術を仕掛けてからのダメージだ。この後に続く効果が無ければ、意味がない。
「雷閃拳じゃ足りないのは承知の上だ。受けろ、クレス。時間さえも超える、本当の永遠を」
バチン、とクレスの胸に電流が飛ぶ。過去に刻まれたダメージが、回帰するようにして復元する。
「A――――ま――――――ちが――――――――――――」
そこより伸びた雷が縄のようにクレスの腕を足を、雁字搦めに絡め捕る。
クレスの中でけたたましく鳴り響いていた否定の怨呼が、一斉に鳴りやむ。
無音の世界で、唯コマ送りのように断続的な時間だけが停滞する。
希うかのようにエターナルソードを振りかざすが効果は無かった。
キールが止めたのは、時間ではなく心臓。ストラグネイションはそれを引き起こす呼び水にすぎない。
電気的刺激によって収縮する心臓に、別の電流が流し込まれることによってそのリズムは狂う。
心臓がその機能を落とせば、体内の血流は乱れる。ヘモグロビンは滞る。
血液が崩れれば、それによって運ばれるはずの酸素もエネルギーも細胞に供給されず、また老廃物も二酸化炭素も排出されない。
心室細動、その突き詰めた先にあるのは細胞レベルの呼吸・代謝の停止。即ち、人間であることの停止。
キール=ツァイベルは魔術的要素を駆使し尽くして、一切魔術に頼ることなくクレス=アルべインの時間を止めた。
従来のエターナルソードの見地から見た時間操作とは真逆のアプローチに、クレスは対応し切れない。
今のクレスは、時間以外のすべてを止められているのだから。
クレスが自分が走ってきた方向へと振り返ると、そこには地面にうつ伏せながらその手にケイジを持つキールがいた。
本来ならばメルディが使うはずだったそれを、もう精根が尽き果てたはずの彼が使う。
「クソッ、つがう、未だ俺が、ああ、もう僕は」
だが、エターナルソードを持つクレスに時魔術は相性が悪過ぎた。
そもストラグネイションが効果を発揮するのは術を仕掛けてからのダメージだ。この後に続く効果が無ければ、意味がない。
「雷閃拳じゃ足りないのは承知の上だ。受けろ、クレス。時間さえも超える、本当の永遠を」
バチン、とクレスの胸に電流が飛ぶ。過去に刻まれたダメージが、回帰するようにして復元する。
「A――――ま――――――ちが――――――――――――」
そこより伸びた雷が縄のようにクレスの腕を足を、雁字搦めに絡め捕る。
クレスの中でけたたましく鳴り響いていた否定の怨呼が、一斉に鳴りやむ。
無音の世界で、唯コマ送りのように断続的な時間だけが停滞する。
希うかのようにエターナルソードを振りかざすが効果は無かった。
キールが止めたのは、時間ではなく心臓。ストラグネイションはそれを引き起こす呼び水にすぎない。
電気的刺激によって収縮する心臓に、別の電流が流し込まれることによってそのリズムは狂う。
心臓がその機能を落とせば、体内の血流は乱れる。ヘモグロビンは滞る。
血液が崩れれば、それによって運ばれるはずの酸素もエネルギーも細胞に供給されず、また老廃物も二酸化炭素も排出されない。
心室細動、その突き詰めた先にあるのは細胞レベルの呼吸・代謝の停止。即ち、人間であることの停止。
キール=ツァイベルは魔術的要素を駆使し尽くして、一切魔術に頼ることなくクレス=アルべインの時間を止めた。
従来のエターナルソードの見地から見た時間操作とは真逆のアプローチに、クレスは対応し切れない。
今のクレスは、時間以外のすべてを止められているのだから。
「チガ、Aa、僕が、君を、俺に」
魔法の介在する余地の無い幾万の鎖の前に、クレスは遂に縛を抱いた。
猿轡をかけられた口から唾液を漏らすように、獣ははうわ言を漏らすばかり。
簾より覗く瞳は未だ胡乱の中で。それを遠くより見て、コレットは言葉にしにくい感情を抱かざるを得なかった。
傷ついているのはクレスの方なのに、涙を流していたのはコレットの方だった。
思うところ少なからずの人に、自分を通して別の人を見られれば涙の一つ出したくもなる。
「守らなくてもいい。いいから、私を、“私”を見て下さい……私はミントさんじゃない! 私は、私は―――――!!」
そんな彼女の心の中など知る由もなく、男は本当に何気なく女の名を呟いた。
魔法の介在する余地の無い幾万の鎖の前に、クレスは遂に縛を抱いた。
猿轡をかけられた口から唾液を漏らすように、獣ははうわ言を漏らすばかり。
簾より覗く瞳は未だ胡乱の中で。それを遠くより見て、コレットは言葉にしにくい感情を抱かざるを得なかった。
傷ついているのはクレスの方なのに、涙を流していたのはコレットの方だった。
思うところ少なからずの人に、自分を通して別の人を見られれば涙の一つ出したくもなる。
「守らなくてもいい。いいから、私を、“私”を見て下さい……私はミントさんじゃない! 私は、私は―――――!!」
そんな彼女の心の中など知る由もなく、男は本当に何気なく女の名を呟いた。
「――――――――――コレ……ット?」
コレットは自分の耳を疑った。もう届かないと半ば諦めていた音の響きだった。
その眼は今は隠れてよく見えない。もしかしたら、彼女の名前の聞き間違いかもしれない。
「クレスさん……」
だから、もう一度聞きたいと願った。その名前を彼の口から。
「あ、ああ…………」
多分、それは彼女の名前だったのだと思う。
何故なら、彼女の名前を告げるということは彼の幻想を完全に壊してしまうことを意味するのだから。
その眼は今は隠れてよく見えない。もしかしたら、彼女の名前の聞き間違いかもしれない。
「クレスさん……」
だから、もう一度聞きたいと願った。その名前を彼の口から。
「あ、ああ…………」
多分、それは彼女の名前だったのだと思う。
何故なら、彼女の名前を告げるということは彼の幻想を完全に壊してしまうことを意味するのだから。
嗚呼――――――――――まさに、失恋<ハートブレイク>。
「あ、アアッ……AaああAああAAAああああAAaaaaAAaaaAあああああああッッッッッ!!!!!」
エターナルソードが強く輝く。獣の最後の足掻きとばかりに迸る時の力が、無理矢理に鎖を引き千切っていく。
信じられないという表情を見せるキール。だが、一方で有り得ないことではないという落着きが冷静さを支えた。
キールは時を使わずに時間を止めたのだから、時だけを使って時間を動かすことは理屈では可能だ。
だが肉体も、一瞬だけとはいえ脳も止めたはず。
それでもなお、魔力の運用だけで時空の力を振るうことが出来るというのは驚嘆以外の何物でもない。
クレスの周囲を時流が渦巻く。チェックメイトをかけられたこの場に於いてまだ諦めないその意思はどこから来るというのだろうか。
「強引に転移するつもりかッ! だが残念賞、させねえよッ!!」
だが、それすらも封じるからこそのチェックメイト。
追撃にかかったグリッドが到着しその双刃を陽光に鈍く煌めかせる。この距離ならば確実に間に合うだろう。
「―――ッ! 待って!」
コレットが慌ててそれを制そうとするが、グリッドは止まらない。
犠牲と犠牲と犠牲を編んで編んで編みつくして漸く手に入れたこの好機、グリッドの個人的裁量で逃せるものではなかった。
信じられないという表情を見せるキール。だが、一方で有り得ないことではないという落着きが冷静さを支えた。
キールは時を使わずに時間を止めたのだから、時だけを使って時間を動かすことは理屈では可能だ。
だが肉体も、一瞬だけとはいえ脳も止めたはず。
それでもなお、魔力の運用だけで時空の力を振るうことが出来るというのは驚嘆以外の何物でもない。
クレスの周囲を時流が渦巻く。チェックメイトをかけられたこの場に於いてまだ諦めないその意思はどこから来るというのだろうか。
「強引に転移するつもりかッ! だが残念賞、させねえよッ!!」
だが、それすらも封じるからこそのチェックメイト。
追撃にかかったグリッドが到着しその双刃を陽光に鈍く煌めかせる。この距離ならば確実に間に合うだろう。
「―――ッ! 待って!」
コレットが慌ててそれを制そうとするが、グリッドは止まらない。
犠牲と犠牲と犠牲を編んで編んで編みつくして漸く手に入れたこの好機、グリッドの個人的裁量で逃せるものではなかった。
キール=ツァイベルは考える。
ギリギリのラインではあったが、ここまでの計略は会心の出来といっても良かった。
シャーリィ=フェンネスが墜ちた今、目下最強のマーダーであるクレス=アルべインを殺せる好機がここにある。
ここでクレスを取り逃がせばその全てが無意味と化し、正に画竜点睛を欠くだろう。
逃せば、次は恐らくない。天は自ら運を捨てるものを、二度目の運を与えはしないのだ。
だが――――――――それはバトルロワイアルだったら、の話だ。
キールは口を大いに歪め、グリッドに向けて遮る様に掌を向けた。
それを目にしたグリッドは大いに目をパチクリとさせて不思議がるが、フッと笑った。
(ああ、今回ばかりは采配を、お前にくれてやる。こいつはお前の戦争だ!!)
「おおおおおああああああッッ!!」
クレスの背後よりグリッドの斬撃が繰り出される。時流に翻ったマントを越えたその背中に右肩から斜めに斬撃が痕を作った。
白い時の力に、赤を混ぜながらクレスが姿を消す。そのうわ言は、この位相から完全に消え去るまで止むことはなかった。
ギリギリのラインではあったが、ここまでの計略は会心の出来といっても良かった。
シャーリィ=フェンネスが墜ちた今、目下最強のマーダーであるクレス=アルべインを殺せる好機がここにある。
ここでクレスを取り逃がせばその全てが無意味と化し、正に画竜点睛を欠くだろう。
逃せば、次は恐らくない。天は自ら運を捨てるものを、二度目の運を与えはしないのだ。
だが――――――――それはバトルロワイアルだったら、の話だ。
キールは口を大いに歪め、グリッドに向けて遮る様に掌を向けた。
それを目にしたグリッドは大いに目をパチクリとさせて不思議がるが、フッと笑った。
(ああ、今回ばかりは采配を、お前にくれてやる。こいつはお前の戦争だ!!)
「おおおおおああああああッッ!!」
クレスの背後よりグリッドの斬撃が繰り出される。時流に翻ったマントを越えたその背中に右肩から斜めに斬撃が痕を作った。
白い時の力に、赤を混ぜながらクレスが姿を消す。そのうわ言は、この位相から完全に消え去るまで止むことはなかった。
グリッドがダブルセイバーの切っ先を振って、余分な血を振り落とす。
その血に濡れた部分は浅く、直撃でこそあれ致命傷には至っていないことを物語っていた。
これで万が一ヴェイグやカイル達の所に向かったとしても、最悪撃退はできるだろう。
グリッドなりに判断して能動的に打った裁量だった。
これで、貸し借りは無し。グリッドは改めて己が『敵』へと振り返る、
そこには、キールが立っていた。その顔からは血の気が無く、発汗さえも薄く、本当に死体のように見えた。
立てる身体でもないはずなのに、リッドに見下ろされることだけは我慢がならないという意地だけで立っているといった風体だった。
死せる天使の身体で生きるグリッドと、生きる人間の体で死を超えるキール。反目しかない二人の目が合う。
言いたいことは山ほどある。許せないことも、譲れないことも、幾らでも。
二人の手が少しだけ持ち上げられる。一人は肉が少し剥げていて、もう一人は片手が無い。
それでも、戦わなければならないものもある。でも、それでも今は。
その血に濡れた部分は浅く、直撃でこそあれ致命傷には至っていないことを物語っていた。
これで万が一ヴェイグやカイル達の所に向かったとしても、最悪撃退はできるだろう。
グリッドなりに判断して能動的に打った裁量だった。
これで、貸し借りは無し。グリッドは改めて己が『敵』へと振り返る、
そこには、キールが立っていた。その顔からは血の気が無く、発汗さえも薄く、本当に死体のように見えた。
立てる身体でもないはずなのに、リッドに見下ろされることだけは我慢がならないという意地だけで立っているといった風体だった。
死せる天使の身体で生きるグリッドと、生きる人間の体で死を超えるキール。反目しかない二人の目が合う。
言いたいことは山ほどある。許せないことも、譲れないことも、幾らでも。
二人の手が少しだけ持ち上げられる。一人は肉が少し剥げていて、もう一人は片手が無い。
それでも、戦わなければならないものもある。でも、それでも今は。
だから、その前にせめて、せめて今だけはこの勝利を共に分かち合おう。
二人の手が高らかに打ち付けられる。
その音はお世辞にも綺麗ではなかったけど、この夜に進む空に遠く遠く響き渡っていた。
二人の手が高らかに打ち付けられる。
その音はお世辞にも綺麗ではなかったけど、この夜に進む空に遠く遠く響き渡っていた。
グリッドが、走ってくるコレットとメルディを見た。ロイドはもう居ない。
惨劇は止められなかった。だが、未だ滅び切ってはいない。未だこれからなのだと。
――――――ドサッ。
ズタ袋が棚から落ちたような鈍い音にグリッドがキールの方を向いた。
「…………キール?」
声をかけられたキールは大地に伏してその眼は閉じきられていた。
口からこぽこぽと零れる血の色だけが、何処までも嫌味だった。
惨劇は止められなかった。だが、未だ滅び切ってはいない。未だこれからなのだと。
――――――ドサッ。
ズタ袋が棚から落ちたような鈍い音にグリッドがキールの方を向いた。
「…………キール?」
声をかけられたキールは大地に伏してその眼は閉じきられていた。
口からこぽこぽと零れる血の色だけが、何処までも嫌味だった。
『お前の覚悟は見せて貰った、人間よ』
クレーメルケイジの中でゼクンドゥスは呟いた。世界すら侵しむる愛の力。
人間性としては甚だ問題ではあるが、その覚悟だけは認めざるを得ない。
その結果を見て評価を下さないほど、ゼクンドゥスは晶霊としての分別が無いわけではない。
例えそれが核となった亡骸の意に反していたとしても、一度はその願いに応じなければならないだろうと、彼は誓約を重んじていた。
『しかし、クレスが逃げたか。あそこまで極まってしまえば自力では抜け出るも至難のはずだが……その一念の深さゆえか』
恐らくはそうなのだろう、とゼクンドゥスは思う。だが、ほかの可能性を考慮しないほど底が浅くもない。
『或いは、私以外に舞台袖で潜む員数外<イレギュラー>が居るのか? 魔剣の主か、あるいは別の……
クククク……いやはやどうにも、この舞台は底が知れんな。面白い、実に面白いぞ』
そういってゼクンドゥスは、時間の井戸の奥底で陰鬱な笑みを浮かべた。
クレーメルケイジの中でゼクンドゥスは呟いた。世界すら侵しむる愛の力。
人間性としては甚だ問題ではあるが、その覚悟だけは認めざるを得ない。
その結果を見て評価を下さないほど、ゼクンドゥスは晶霊としての分別が無いわけではない。
例えそれが核となった亡骸の意に反していたとしても、一度はその願いに応じなければならないだろうと、彼は誓約を重んじていた。
『しかし、クレスが逃げたか。あそこまで極まってしまえば自力では抜け出るも至難のはずだが……その一念の深さゆえか』
恐らくはそうなのだろう、とゼクンドゥスは思う。だが、ほかの可能性を考慮しないほど底が浅くもない。
『或いは、私以外に舞台袖で潜む員数外<イレギュラー>が居るのか? 魔剣の主か、あるいは別の……
クククク……いやはやどうにも、この舞台は底が知れんな。面白い、実に面白いぞ』
そういってゼクンドゥスは、時間の井戸の奥底で陰鬱な笑みを浮かべた。
「キール、目ェ覚ませコラ!!」
グリッドが倒れ伏したキールに呼びかける。汚物にまみれた外套のローブは脱がされていた。
既に仰向けに寝かされており、口から出ていた血は直ぐに納まっているがその血色の悪さは変わっていない。
コレットは負傷したクィッキーを抱えながらそばに寄っており、その隣ではメルディがクレーメルケイジを使ってヒールを重ねかけしている。
「メルディ、無理しないで」
「……大丈夫」
コレットがやんわりと止めるが、メルディが晶霊術を止める様子は一向に無い。
もどかしい状況であった。コレットが知る限り彼らの持ち得る支給品の中には回復を可能とするものがこのケイジしか無かった。
グリッドは雷魔術しか技能が無く、コレットも元来回復術の素養がある訳ではない。使えてもヒールが関の山だ。
三人ともヒールしか使えないこの状況では、皮肉にも心に傷を負っているメルディが一番このケイジを効率よく運用できるのだ。
アトワイトを手放していなければまだコレットにも手伝えることがあったが、今となっては結果論としか言いようがない。
メルディの額から珠のような汗が零れ落ちる。
ロイドの支給品から回収したフェアリィリングを用いているとはいえ、彼女は未だその能力を十全には使えないのだ。
こうも連続して使用すればその負荷は決して軽視できるものではない。
己の無力さに唇を噛んで、グリッドは拳を地面に叩き付ける。ユアンの記憶によれば他三人の仲間は全員回復術が使えたらしい。
なんとも自分だけこんな尖がったスキル設定なのだと、この時ばかりは恨みたくもなる。
ついぞ魔力よりも体力のほうが尽きて詠唱を途切れさせながらメルディは悔しんだ。
閉じきってしまった心はまだとても硬くて、上手く術が作れない。
その小さな両の手でドロドロになった彼の手を握る。指の先がとても冷たい、人の温もりのない末梢。
この冷たさが孤独なのだとメルディは想う。自分が閉じこもっている間に、こんなにも冷たくなってしまった。
その弱弱しき掌をきゅっと握って少しでも熱を送ろうとしてみるが、お世辞にも自分の温もりもあるとは言えなかった。
「ごめん……ごめんな…………ひどいこと、メルディ言っちゃったよ……キールだって、辛かったもんな」
錆びついた機械を久々に動かした時にでる銅錆のように、メルディの瞼が潤む。
「もう、離さないよ……一人ぼっちにしない……」
その手を握る。肉より乖離する魂を、一寸でも現世に留めようとするかのように。
その手を離せば、今度こそ彼が独りになると思ったから。
「だから……独りにならないで……―――――って、わっ」
グリッドが倒れ伏したキールに呼びかける。汚物にまみれた外套のローブは脱がされていた。
既に仰向けに寝かされており、口から出ていた血は直ぐに納まっているがその血色の悪さは変わっていない。
コレットは負傷したクィッキーを抱えながらそばに寄っており、その隣ではメルディがクレーメルケイジを使ってヒールを重ねかけしている。
「メルディ、無理しないで」
「……大丈夫」
コレットがやんわりと止めるが、メルディが晶霊術を止める様子は一向に無い。
もどかしい状況であった。コレットが知る限り彼らの持ち得る支給品の中には回復を可能とするものがこのケイジしか無かった。
グリッドは雷魔術しか技能が無く、コレットも元来回復術の素養がある訳ではない。使えてもヒールが関の山だ。
三人ともヒールしか使えないこの状況では、皮肉にも心に傷を負っているメルディが一番このケイジを効率よく運用できるのだ。
アトワイトを手放していなければまだコレットにも手伝えることがあったが、今となっては結果論としか言いようがない。
メルディの額から珠のような汗が零れ落ちる。
ロイドの支給品から回収したフェアリィリングを用いているとはいえ、彼女は未だその能力を十全には使えないのだ。
こうも連続して使用すればその負荷は決して軽視できるものではない。
己の無力さに唇を噛んで、グリッドは拳を地面に叩き付ける。ユアンの記憶によれば他三人の仲間は全員回復術が使えたらしい。
なんとも自分だけこんな尖がったスキル設定なのだと、この時ばかりは恨みたくもなる。
ついぞ魔力よりも体力のほうが尽きて詠唱を途切れさせながらメルディは悔しんだ。
閉じきってしまった心はまだとても硬くて、上手く術が作れない。
その小さな両の手でドロドロになった彼の手を握る。指の先がとても冷たい、人の温もりのない末梢。
この冷たさが孤独なのだとメルディは想う。自分が閉じこもっている間に、こんなにも冷たくなってしまった。
その弱弱しき掌をきゅっと握って少しでも熱を送ろうとしてみるが、お世辞にも自分の温もりもあるとは言えなかった。
「ごめん……ごめんな…………ひどいこと、メルディ言っちゃったよ……キールだって、辛かったもんな」
錆びついた機械を久々に動かした時にでる銅錆のように、メルディの瞼が潤む。
「もう、離さないよ……一人ぼっちにしない……」
その手を握る。肉より乖離する魂を、一寸でも現世に留めようとするかのように。
その手を離せば、今度こそ彼が独りになると思ったから。
「だから……独りにならないで……―――――って、わっ」
その言葉が言い終わるよりも早くグイっとメルディの両手が強く牽引される。
倒れ掛かるその体をもう一本の腕が、脇から頭に手を回すようにして彼女の背中を抱えた。
「グィッ!?」
彼が戦いに赴いた時と同じく、彼女の小さな身体が吸い込まれるようにキールに引き込まれた。
ただ少し違ったのは、今度は顔と顔がくっ付いてどの方向からも見えなかったことくらいか。
クィッキーが飛びかかろうとして、傷に呻いた。コレットが両の手で口を押さえて驚きを噛み殺していた。
グリッドが、それを見てニヤニヤしていた。
「―――――!―――!?――~~~ッッッ、ば、バッカァ!!」
メルディがその両手を懸命に伸ばして、キールの上体が再び地面にぶつかる。
今まで止めていた息を取り戻すように大きく深呼吸をしながら、
キールはほんの少しだけその褐色の頬を赤らめた彼女を見て笑った。
「よかった。怪我が少なくて」
眉根を少しだけ顰めながらも、その彼女の表情が見られただけで十二分と言わんばかりの微笑だった。
それを見返したメルディは言葉に詰まって、その後直ぐにその赤らみは淀んだ瞳と一緒に沈んでしまった。
未だ彼女の中で傷は傷のままだ。キールを一人にしないという目的があったとしても、彼女の孤独の癒しにはならない。
それを了解するかのようにキールは寂しそうな笑みに表情を浮かべた後、前髪を崩して目を隠した。
グリッドが一歩前にでる。キールはグリッドの方を向かずに吐き捨てた。
「驚かないんだな。お前のリアクションを物差しにしてでクレスの反応を想定してたんだ。少しは驚いてもらわないと困る」
「ケッ。誰が引っかかるかよ。お前の持ってたはずのミラクルグミが無かったんだ。どっかで使ったんだろ」
コレットが驚きの眼差しとともにグリッドの方を見る。そんなものがあったと、彼女は知らなかった。
だがそれ以前に、いつ使ったというのだろうか。彼女が見ていた限り、そんなそぶりはなかった。
そもそも腹を貫通していたのだ。グミで回復していたとしてもあの一撃は致命傷だったはずだ。
メルディからフェアリィリングとケイジ、クィッキーから魔杖を受け取ってリザレクションを展開しながらキールは詰らなさそうに言った。
「そこは別段驚くことじゃ無い。使う直前まで、口の中に入れていただけだ」
「口の中? って、あー……あの時か」
グリッドはその記憶を捲り返した。突如食いだしたあの林檎だろう。あそこで紛れて口の中に仕込んでいたというのか。
ミラクルグミを使ったとしても、その後にクレスの一撃でも食らえば貧弱なキールには致命傷だ。
そして、致命傷を貰ってからじゃグミは間に合わない。だからこそ、斬撃と同時に喰らった。
斬られると同時に治癒を始めることでそのダメージと回復量を相殺し、致命傷を大傷にまで軽減させたのだ。
「しかし、何とも蓋を開けてみると――――せこいな。どっかの誰かみたいだ」
「奇跡<ミラクル>なんてそんなもんだよ。6000ガルドで買える程度でしかない。―――――――グリッド」
倒れ掛かるその体をもう一本の腕が、脇から頭に手を回すようにして彼女の背中を抱えた。
「グィッ!?」
彼が戦いに赴いた時と同じく、彼女の小さな身体が吸い込まれるようにキールに引き込まれた。
ただ少し違ったのは、今度は顔と顔がくっ付いてどの方向からも見えなかったことくらいか。
クィッキーが飛びかかろうとして、傷に呻いた。コレットが両の手で口を押さえて驚きを噛み殺していた。
グリッドが、それを見てニヤニヤしていた。
「―――――!―――!?――~~~ッッッ、ば、バッカァ!!」
メルディがその両手を懸命に伸ばして、キールの上体が再び地面にぶつかる。
今まで止めていた息を取り戻すように大きく深呼吸をしながら、
キールはほんの少しだけその褐色の頬を赤らめた彼女を見て笑った。
「よかった。怪我が少なくて」
眉根を少しだけ顰めながらも、その彼女の表情が見られただけで十二分と言わんばかりの微笑だった。
それを見返したメルディは言葉に詰まって、その後直ぐにその赤らみは淀んだ瞳と一緒に沈んでしまった。
未だ彼女の中で傷は傷のままだ。キールを一人にしないという目的があったとしても、彼女の孤独の癒しにはならない。
それを了解するかのようにキールは寂しそうな笑みに表情を浮かべた後、前髪を崩して目を隠した。
グリッドが一歩前にでる。キールはグリッドの方を向かずに吐き捨てた。
「驚かないんだな。お前のリアクションを物差しにしてでクレスの反応を想定してたんだ。少しは驚いてもらわないと困る」
「ケッ。誰が引っかかるかよ。お前の持ってたはずのミラクルグミが無かったんだ。どっかで使ったんだろ」
コレットが驚きの眼差しとともにグリッドの方を見る。そんなものがあったと、彼女は知らなかった。
だがそれ以前に、いつ使ったというのだろうか。彼女が見ていた限り、そんなそぶりはなかった。
そもそも腹を貫通していたのだ。グミで回復していたとしてもあの一撃は致命傷だったはずだ。
メルディからフェアリィリングとケイジ、クィッキーから魔杖を受け取ってリザレクションを展開しながらキールは詰らなさそうに言った。
「そこは別段驚くことじゃ無い。使う直前まで、口の中に入れていただけだ」
「口の中? って、あー……あの時か」
グリッドはその記憶を捲り返した。突如食いだしたあの林檎だろう。あそこで紛れて口の中に仕込んでいたというのか。
ミラクルグミを使ったとしても、その後にクレスの一撃でも食らえば貧弱なキールには致命傷だ。
そして、致命傷を貰ってからじゃグミは間に合わない。だからこそ、斬撃と同時に喰らった。
斬られると同時に治癒を始めることでそのダメージと回復量を相殺し、致命傷を大傷にまで軽減させたのだ。
「しかし、何とも蓋を開けてみると――――せこいな。どっかの誰かみたいだ」
「奇跡<ミラクル>なんてそんなもんだよ。6000ガルドで買える程度でしかない。―――――――グリッド」
メルディを自分の懐に引き寄せたまま、キールはグリッドの方を向いた。
その眼は険を強め、グリッドという要素を見極めようとしている風にグリッドには見えた。
「僕は、メルディだ」
応ずるようにグリッドが背筋を伸ばす。揶揄を入れたくなるような意味不明さだったが、続きを促した。
「1番がメルディだ。二番もメルディ。3・4が無い訳が無くメルディ。5番も当然メルディだ」
莫迦にしてしまいそうな言葉だったが、口を挟む者はいない。その瞳が殺意と喜悦に裏打ちされた真実を語っていた。
「6~10番台だってメルディで、10番台から20番台は言う必要もない。30から50もみつしりメルディだ。
51から99に至るまで全部が全部メルディで埋まっていて、100番もきっちりメルディだ」
一度だけ溜息を付いてから、キールがクレーメルケイジを弄って歯の欠けて滑舌の悪くなった口の中の空気の振動をもう一度改めて弄る。
最後の確認を経てキールはこの場にいる全員に宣戦布告を返答する王のようにハッキリと告げた。
「僕は、こいつを助けたい。それだけだ。それ以外は、どうだっていい。興味も無い。それが僕の戦い、バトルロワイアルだ。
それに勝つためなら、僕は悪魔に魂を売っても構わない。悪魔如きに叶えられるとも思わないけど。
その為に必要なら僕は何を犠牲にすることも厭わないし、こうして喋っている今も、万が一の時を考えてお前たちを殺す算段を組んでいる」
メルディの表情が少しだけ更に深く沈んだ。仰ぐようにしてキールを見上げるが、意図してかは分からないがキールはグリッドの方を向いている。
「だが、101番目くらいになら――――お前たちのことを考えない訳ではない」
「勿体ぶるなよ、莫迦な俺にでも分かるように説明しな」
二人が腹を探り合うかのように眼だけで笑った。少しの時間の後、キールが先に切り出す。
「メルディの絶対生還。そのついででいいなら、お前たちを救うプランがある」
2人と一匹が瞠目した。クレスがエターナルソードを持って遁走した以上、今まで練っていたプランは使えないはずだ。
だがそれを語る瞳には狂えてもなお知性が宿っており、少なくとも決して完全に根も葉もない虚言では無いことを示していた。
「そいつを呑むなら、俺達に協力するって訳か?」
「違うな。主導権は僕にある。お前に有るのは選択権だ。乗るか、乗らないか。どっちにしたって僕はそれを実行するんだから」
両者は互いに譲らない。火花すら散りそうな均衡の中、キールが止めを切り出した。
「どうするグリッド。言ってはなんだが、クレスを逃がした今このプラン以外に手はないと思うぞ。
少しはマシになったというなら、選んで見せろよ」
若干の静寂が辺りを包む。その中で言葉を叩きつけられたグリッドは顎を少しだけ掻いたあと、不敵に笑った。
「温いぜキール=ツァイベル。それ以外に第三の選択肢があるんじゃねえのか?
お前の計画を、俺が内側から掠め取って俺の計画に変えてやるって手段がよ?」
指を指してキールの攻撃を切り返すグリッドの妄言に、キールは笑みを取り戻すまで暫く表情を失った。
「成程、それがお前のいう本気の嘘か。疎ましいことこの上ないな」
恐らく本気でグリッドはそれを狙っているのだろう。そこを疑うほど今のキールは許容が狭い訳ではない。
いや、狭過ぎて広くなったというべきか。最後の念を押すようにキールは言った。
「僕と僕のプランは言ってみれば劇薬だ。お前如きに御せるものじゃないぞ」
その返答を聞く前に、キールがグリッドに手を伸ばす。
「上等。それを両手を離してロデオ出来るくらいじゃなければ、団長なんぞ務まらん。
それに、お前が裏切った時にお前が殺せる位置にいてくれた方が都合がいい。
人間ブッちぎったそのお前の狂気すら、俺が食らい尽くしてやるから覚悟しやがれ」
グリッドがその手を握り返す。略式も略式だが、入団の儀式としては未だ豪勢な方だろう。
その眼は険を強め、グリッドという要素を見極めようとしている風にグリッドには見えた。
「僕は、メルディだ」
応ずるようにグリッドが背筋を伸ばす。揶揄を入れたくなるような意味不明さだったが、続きを促した。
「1番がメルディだ。二番もメルディ。3・4が無い訳が無くメルディ。5番も当然メルディだ」
莫迦にしてしまいそうな言葉だったが、口を挟む者はいない。その瞳が殺意と喜悦に裏打ちされた真実を語っていた。
「6~10番台だってメルディで、10番台から20番台は言う必要もない。30から50もみつしりメルディだ。
51から99に至るまで全部が全部メルディで埋まっていて、100番もきっちりメルディだ」
一度だけ溜息を付いてから、キールがクレーメルケイジを弄って歯の欠けて滑舌の悪くなった口の中の空気の振動をもう一度改めて弄る。
最後の確認を経てキールはこの場にいる全員に宣戦布告を返答する王のようにハッキリと告げた。
「僕は、こいつを助けたい。それだけだ。それ以外は、どうだっていい。興味も無い。それが僕の戦い、バトルロワイアルだ。
それに勝つためなら、僕は悪魔に魂を売っても構わない。悪魔如きに叶えられるとも思わないけど。
その為に必要なら僕は何を犠牲にすることも厭わないし、こうして喋っている今も、万が一の時を考えてお前たちを殺す算段を組んでいる」
メルディの表情が少しだけ更に深く沈んだ。仰ぐようにしてキールを見上げるが、意図してかは分からないがキールはグリッドの方を向いている。
「だが、101番目くらいになら――――お前たちのことを考えない訳ではない」
「勿体ぶるなよ、莫迦な俺にでも分かるように説明しな」
二人が腹を探り合うかのように眼だけで笑った。少しの時間の後、キールが先に切り出す。
「メルディの絶対生還。そのついででいいなら、お前たちを救うプランがある」
2人と一匹が瞠目した。クレスがエターナルソードを持って遁走した以上、今まで練っていたプランは使えないはずだ。
だがそれを語る瞳には狂えてもなお知性が宿っており、少なくとも決して完全に根も葉もない虚言では無いことを示していた。
「そいつを呑むなら、俺達に協力するって訳か?」
「違うな。主導権は僕にある。お前に有るのは選択権だ。乗るか、乗らないか。どっちにしたって僕はそれを実行するんだから」
両者は互いに譲らない。火花すら散りそうな均衡の中、キールが止めを切り出した。
「どうするグリッド。言ってはなんだが、クレスを逃がした今このプラン以外に手はないと思うぞ。
少しはマシになったというなら、選んで見せろよ」
若干の静寂が辺りを包む。その中で言葉を叩きつけられたグリッドは顎を少しだけ掻いたあと、不敵に笑った。
「温いぜキール=ツァイベル。それ以外に第三の選択肢があるんじゃねえのか?
お前の計画を、俺が内側から掠め取って俺の計画に変えてやるって手段がよ?」
指を指してキールの攻撃を切り返すグリッドの妄言に、キールは笑みを取り戻すまで暫く表情を失った。
「成程、それがお前のいう本気の嘘か。疎ましいことこの上ないな」
恐らく本気でグリッドはそれを狙っているのだろう。そこを疑うほど今のキールは許容が狭い訳ではない。
いや、狭過ぎて広くなったというべきか。最後の念を押すようにキールは言った。
「僕と僕のプランは言ってみれば劇薬だ。お前如きに御せるものじゃないぞ」
その返答を聞く前に、キールがグリッドに手を伸ばす。
「上等。それを両手を離してロデオ出来るくらいじゃなければ、団長なんぞ務まらん。
それに、お前が裏切った時にお前が殺せる位置にいてくれた方が都合がいい。
人間ブッちぎったそのお前の狂気すら、俺が食らい尽くしてやるから覚悟しやがれ」
グリッドがその手を握り返す。略式も略式だが、入団の儀式としては未だ豪勢な方だろう。
「ようこそ新生した漆黒の翼へ―――――――――敢えてお前を参謀として迎え入れるぜ、獅子身中のキール=ツァイベルよ」
其処からのキールの采配は尋常ではない速度だった。
キールは集まったアイテムを確認し確認の意見を取り入れ適座配分しながら、今後の方策を語った。
「クレスは暫く動けない。今頃不整脈と心肺停止の間でのた打ち回っているだろうしな。
だが、時間が立てばいつ僕たちの前に姿を現すか分からない――――――この間隙の間に、戦線を立て直す」
コレットが拠点で見たという村の地図を可能な限り再現した紙面を指さしながらキールは行動を示した。
「グリッドお前にジェットブーツを渡す。メルディを連れてカイルとヴェイグを回収しろ。
カイルと僕が中央で会い、お前がミトスと南東で会って、ヴェイグが未だカイルと共にこっちに戻ってきていない。
そしてこの3人が誰もこちらに来ていないとすると……可能性はミント=アドネードが捕らわれた西か、消去法で北のどちらかだな。
何れにせよ、ここからならどちらも中央の広場を経由することになる。そこまで行けば何らかの手がかりもあるだろう」
キールは輪投げのような気軽さで、4つの首輪をグリッドに手渡す。
「重要なのは……これだ。とにかくヴェイグには確実に接触しろ。もし、無理なく制圧で来ていたならもう一人の方が好ましいが」
グリッドに、フォルスと首輪付いて書かれた項目部分の数枚のメモを渡す。
包帯のように布を腹に巻かれたクィッキーは元からの青毛をさらに青ざめさせていた。怪我した動物にもあの悪魔は容赦がない。
かなりの時間が経過したはずだが、未だ誰も追加して乱入してくる気配がなかったことを考えると、
向こうも向こうで何か諍いが起きている可能性が高く、それは必然、最後のマーダーであるティトレイがそこにいる可能性を高めていた。
もしこちら側で潜んでいたのなら、クレスを助けなかったことに説明がつかない。
何故ヴェイグよりティトレイの方が好ましいのかは分からなかったが、グリッドはそれを奥底でしまいこんだ。
クィッキーが集めたのは空くまでフォルス関連の記述のみで、首輪の膨大な解析の殆どはもう回収ができないような状態になっている。
キールは首輪に固執していないとでも言うのだろうか。
「並行して、ひとつ実験を行う。グリッド、マジカルポーチを持って行け。
メルディ、お前はこれから飛び出すものを見逃すな。できれば、飛び出すかどうかそのものも」
クィッキーを肩に乗せたメルディがこくりと頷く。フリンジ設定の見直しのためケイジはキールが二つとも所持した。
「合流は中央広場。リミットは放送の五分前、状況の達成不達成に関わらず戻ってこい。
僕も用事を済ませた後コレットと共に後からそこに向かう。一秒でも遅れた場合はもう一切の保証ができないぞ」
釘を刺すような言葉に、グリッドは肝を冷やした。その条件で敢えてグリッドにメルディを預けるというのは理不尽でしかないが、
それが逆にキールの不気味さを煽った。万が一傷をつけようものなら、七代まで呪い殺されそうなほどの予感を覚える。
「分かった、じゃあ行って―――――」「待て」
追い立てられるようにその足を動かそうとしたグリッドをキールが呼び止める。これ以上何を頼まれるか分かったものではない、
「中央広場といえど広い。集合地点に分かりやすいよう目印に何かを置いておけ。そうだな、椅子がいい。しっかり足の座った椅子が」
「は、ちょ、待て。何で椅子? チェア? 別になんだっていいじゃねえか、ってか、この辺ジャッジメントで民家が粗方吹き飛んで―――」
「用意してなかったらお前が椅子の代りだ。四つん這いになったお前の上に悠然と腰かけて戦略を立ててやるよ」
「は……把握」
そうして、メルディを背負ったグリッドは一目散に駈け出して行った。
キールは集まったアイテムを確認し確認の意見を取り入れ適座配分しながら、今後の方策を語った。
「クレスは暫く動けない。今頃不整脈と心肺停止の間でのた打ち回っているだろうしな。
だが、時間が立てばいつ僕たちの前に姿を現すか分からない――――――この間隙の間に、戦線を立て直す」
コレットが拠点で見たという村の地図を可能な限り再現した紙面を指さしながらキールは行動を示した。
「グリッドお前にジェットブーツを渡す。メルディを連れてカイルとヴェイグを回収しろ。
カイルと僕が中央で会い、お前がミトスと南東で会って、ヴェイグが未だカイルと共にこっちに戻ってきていない。
そしてこの3人が誰もこちらに来ていないとすると……可能性はミント=アドネードが捕らわれた西か、消去法で北のどちらかだな。
何れにせよ、ここからならどちらも中央の広場を経由することになる。そこまで行けば何らかの手がかりもあるだろう」
キールは輪投げのような気軽さで、4つの首輪をグリッドに手渡す。
「重要なのは……これだ。とにかくヴェイグには確実に接触しろ。もし、無理なく制圧で来ていたならもう一人の方が好ましいが」
グリッドに、フォルスと首輪付いて書かれた項目部分の数枚のメモを渡す。
包帯のように布を腹に巻かれたクィッキーは元からの青毛をさらに青ざめさせていた。怪我した動物にもあの悪魔は容赦がない。
かなりの時間が経過したはずだが、未だ誰も追加して乱入してくる気配がなかったことを考えると、
向こうも向こうで何か諍いが起きている可能性が高く、それは必然、最後のマーダーであるティトレイがそこにいる可能性を高めていた。
もしこちら側で潜んでいたのなら、クレスを助けなかったことに説明がつかない。
何故ヴェイグよりティトレイの方が好ましいのかは分からなかったが、グリッドはそれを奥底でしまいこんだ。
クィッキーが集めたのは空くまでフォルス関連の記述のみで、首輪の膨大な解析の殆どはもう回収ができないような状態になっている。
キールは首輪に固執していないとでも言うのだろうか。
「並行して、ひとつ実験を行う。グリッド、マジカルポーチを持って行け。
メルディ、お前はこれから飛び出すものを見逃すな。できれば、飛び出すかどうかそのものも」
クィッキーを肩に乗せたメルディがこくりと頷く。フリンジ設定の見直しのためケイジはキールが二つとも所持した。
「合流は中央広場。リミットは放送の五分前、状況の達成不達成に関わらず戻ってこい。
僕も用事を済ませた後コレットと共に後からそこに向かう。一秒でも遅れた場合はもう一切の保証ができないぞ」
釘を刺すような言葉に、グリッドは肝を冷やした。その条件で敢えてグリッドにメルディを預けるというのは理不尽でしかないが、
それが逆にキールの不気味さを煽った。万が一傷をつけようものなら、七代まで呪い殺されそうなほどの予感を覚える。
「分かった、じゃあ行って―――――」「待て」
追い立てられるようにその足を動かそうとしたグリッドをキールが呼び止める。これ以上何を頼まれるか分かったものではない、
「中央広場といえど広い。集合地点に分かりやすいよう目印に何かを置いておけ。そうだな、椅子がいい。しっかり足の座った椅子が」
「は、ちょ、待て。何で椅子? チェア? 別になんだっていいじゃねえか、ってか、この辺ジャッジメントで民家が粗方吹き飛んで―――」
「用意してなかったらお前が椅子の代りだ。四つん這いになったお前の上に悠然と腰かけて戦略を立ててやるよ」
「は……把握」
そうして、メルディを背負ったグリッドは一目散に駈け出して行った。
走って行ったグリッドの背中と、取り出した刻時器を見比べながらキールは呻く。
「放送まで、あと20分というところか……ざっと、1500秒の勝負だな」
「えと、1200秒の間違いじゃ……?」
コレットの呟きに、キールは特大に厭そうな顔で睨み返した。
少しだけビクッと反応するが、持前の耐性故か、それ以上は怯まない。
無駄と悟ったか、キールはサックの無いコレットに予備のサックを渡した。
「あの、何でメルディと二手に分かれたんですか?」
それを受け取りながらコレットは、気になっていたことを尋ねた。
心底ウザそうな顔をしながらも、折れたのかキールは言葉を選んで吐いた。
「理由は幾つかある。一つは、お前に言っておかなければならないことがあるから。
もう一つは、お前に聞いておかなけれないけないことがあるから。
もう一つは――――――――まあ、後で自ずと分かる。どちらからがいい?」
ウイングパック内のメガグランチャーを、コレットに渡しながらキールはコレットに訪ねた。
「えっとじゃあ、私に言っておきたい事から、お願いします」
ウイングパックを自分のサックに戻しながら、キールは少しだけ溜めた後、小さく溜息を付いて言った。
「僕が、ロイドを殺した」
荷物を整理するコレットの手が止まる。振り向いたその先のキールは、俯くようにして座り込んでいた。
「ミント=アドネードがこの村から拡声器を使った時、ロイドはお前を助けるためにE2の城から走り出した。
仲間も、戦略もかなぐり捨てて。夕食の時間を忘れて走り回る餓鬼のように飛び出した。
お前達がこの村にいるという情報を知ったとき、僕はロイドがいずれそういう行動に出るだろうことを算出していた。
恐らくは、僕だけがそれを事前に知っていた。そして、僕は奴を見逃した」
「何で……って、聞くのは、きっと卑怯ですよね」
「そうだな。別段、許しが欲しい訳じゃないことくらいは分かるだろう。
だけど、誰か一人くらいは真相を知っている奴がいてもいいと、少し思っただけだ」
フライパンをコレットに配分する。その柄を握りしめながら、コレットは唇をかんだ。
そうして、フライパンをサックにしまう。
「―――――――正直、それかメガグランチャーで叩き殺されると、内心焦ってた」
「貴方は、私がそうしないと思ったから私に喋ったんじゃないんですか?」
うん、と味気なくキールは肯定した。多分殺されるとすれば、このふてぶてしさがだろう。
エクストリームとエターナルリングをロイドの遺品より受け取ったころに、コレットが続きを切り出そうとした。
だが、ドスンという音に阻まれる。コレットが見たその先で、キールは生まれたての小鹿のように片足を震わせては直ぐに倒れこんでいた。
「………何です、それ?」
「見ればわかるだろう。立とうとしてるんだよ」
「え、だって」
「見ればわかるだろう。もう足がまともに動かないんだよ」
「放送まで、あと20分というところか……ざっと、1500秒の勝負だな」
「えと、1200秒の間違いじゃ……?」
コレットの呟きに、キールは特大に厭そうな顔で睨み返した。
少しだけビクッと反応するが、持前の耐性故か、それ以上は怯まない。
無駄と悟ったか、キールはサックの無いコレットに予備のサックを渡した。
「あの、何でメルディと二手に分かれたんですか?」
それを受け取りながらコレットは、気になっていたことを尋ねた。
心底ウザそうな顔をしながらも、折れたのかキールは言葉を選んで吐いた。
「理由は幾つかある。一つは、お前に言っておかなければならないことがあるから。
もう一つは、お前に聞いておかなけれないけないことがあるから。
もう一つは――――――――まあ、後で自ずと分かる。どちらからがいい?」
ウイングパック内のメガグランチャーを、コレットに渡しながらキールはコレットに訪ねた。
「えっとじゃあ、私に言っておきたい事から、お願いします」
ウイングパックを自分のサックに戻しながら、キールは少しだけ溜めた後、小さく溜息を付いて言った。
「僕が、ロイドを殺した」
荷物を整理するコレットの手が止まる。振り向いたその先のキールは、俯くようにして座り込んでいた。
「ミント=アドネードがこの村から拡声器を使った時、ロイドはお前を助けるためにE2の城から走り出した。
仲間も、戦略もかなぐり捨てて。夕食の時間を忘れて走り回る餓鬼のように飛び出した。
お前達がこの村にいるという情報を知ったとき、僕はロイドがいずれそういう行動に出るだろうことを算出していた。
恐らくは、僕だけがそれを事前に知っていた。そして、僕は奴を見逃した」
「何で……って、聞くのは、きっと卑怯ですよね」
「そうだな。別段、許しが欲しい訳じゃないことくらいは分かるだろう。
だけど、誰か一人くらいは真相を知っている奴がいてもいいと、少し思っただけだ」
フライパンをコレットに配分する。その柄を握りしめながら、コレットは唇をかんだ。
そうして、フライパンをサックにしまう。
「―――――――正直、それかメガグランチャーで叩き殺されると、内心焦ってた」
「貴方は、私がそうしないと思ったから私に喋ったんじゃないんですか?」
うん、と味気なくキールは肯定した。多分殺されるとすれば、このふてぶてしさがだろう。
エクストリームとエターナルリングをロイドの遺品より受け取ったころに、コレットが続きを切り出そうとした。
だが、ドスンという音に阻まれる。コレットが見たその先で、キールは生まれたての小鹿のように片足を震わせては直ぐに倒れこんでいた。
「………何です、それ?」
「見ればわかるだろう。立とうとしてるんだよ」
「え、だって」
「見ればわかるだろう。もう足がまともに動かないんだよ」
毟った虫の羽を見て、もう飛べないと指摘するような淡白さでキールは自己の状態をあっさりと曝した。
「クレスと差し違えてなお生きようとしたんだ。何が来てもおかしくはないと思っていたが、何とも不便だな。
多分―――――足の感覚が、亡いんだとおもう。ほら」
握ったスティレットで、その両股を一回ずつ突き刺す。薄く血が噴き出るが、その痛みはキールの表情の前にかき消えた。
恐らくは、クレスに突き刺された時に椎の類を損傷したのだろう。
僅かな口元の歪みが、まだ感覚が完全になくなっていないことを知らせてくれたが、それもいつまでの話かは分からない。
「別に大した問題じゃない。もう、どの道永くは保たないんだ。足とか手とか、言ってる段階じゃない」
キールはクレスに穿たれた致命傷を軽減したと言ったが、それは半分誤りだった。
いくら斬られると同時に治すといっても、一度欠けたコップが元に戻るわけがない。
彼は流れ出ていくよりも多い量の命を急激に補給しただけだ。結果としてコップの中の水は枯れなかったというだけ。
急激に復元された内臓は元に形を留めず、既にその中身は人間以下だ。だから、今も彼の中から命が砂のように水のように零れ落ちている。
常に回復術をかけねば維持も出来ない欠け過ぎた命―――――それがキールに課せられた、人を超えた代価だった。
そんなものを背負ってまで立ち上がろうとするキールを見て、見かねたのかコレットが彼の腕をむんずとひっぱり上げた。
ここにきて初めて心底驚いたような表情を見せるキールを置いてきぼりにして、コレットはキールを負ぶさる。
「……これは、本当に思ってなかった。せいぜい肩を貸してもらう程度しか考えてなかったんだが」
「多分、私と貴方は分かり合えないと思います。きっと貴方はミトスのように、自分の中の神様を信じないと思うから」
吹けば飛ぶような軽さの青年を抱えながら、コレットは一歩目を踏み出した。
ロイドが彼と反目したというなら、きっとコレットも彼とは同じ道を歩めないだろう。彼もそう思っているのだから。
「だろうな。僕はその神を殺すことで、ここにまだ生き永らえているんだから」
「でも、貴方は私の目の前であの人を殺さないでくれた――――だから、私は貴方を信じたい」
それは彼女の本音だった。全てを穢れと断じて目を閉ざすことは、未来を閉ざすことに他ならない。
「それに、メルディは、貴方が必要だと思うから」
意外そうに鼻を鳴らして、キールは嘲笑した。
「あれは打算が無い訳じゃないんだが……そう思ってくれるならそれで、都合が良い」
「……じゃあ、最後の。私に聞きたいことって、何ですか?」
「ああ、大したことじゃない。聞きたいのは二つ。一つはお前がここに来てからの、見聞きした事実の全て」
少しだけ声を上ずらせてキールはコレットに尋ねた。
既に、ここからの指し手はキールの中で決まっていた。何がどうなろうとも、もうそれ以外の手段はあり得ない。
それで勝てると確信している。故に彼が恐れるのは、それ以上の何か。
だから、暇潰しのように彼は棋譜を集める。欠落したピース、見えない事実。
それをただ好奇心で埋めるためにコレットに尋ねた。
「クレスと差し違えてなお生きようとしたんだ。何が来てもおかしくはないと思っていたが、何とも不便だな。
多分―――――足の感覚が、亡いんだとおもう。ほら」
握ったスティレットで、その両股を一回ずつ突き刺す。薄く血が噴き出るが、その痛みはキールの表情の前にかき消えた。
恐らくは、クレスに突き刺された時に椎の類を損傷したのだろう。
僅かな口元の歪みが、まだ感覚が完全になくなっていないことを知らせてくれたが、それもいつまでの話かは分からない。
「別に大した問題じゃない。もう、どの道永くは保たないんだ。足とか手とか、言ってる段階じゃない」
キールはクレスに穿たれた致命傷を軽減したと言ったが、それは半分誤りだった。
いくら斬られると同時に治すといっても、一度欠けたコップが元に戻るわけがない。
彼は流れ出ていくよりも多い量の命を急激に補給しただけだ。結果としてコップの中の水は枯れなかったというだけ。
急激に復元された内臓は元に形を留めず、既にその中身は人間以下だ。だから、今も彼の中から命が砂のように水のように零れ落ちている。
常に回復術をかけねば維持も出来ない欠け過ぎた命―――――それがキールに課せられた、人を超えた代価だった。
そんなものを背負ってまで立ち上がろうとするキールを見て、見かねたのかコレットが彼の腕をむんずとひっぱり上げた。
ここにきて初めて心底驚いたような表情を見せるキールを置いてきぼりにして、コレットはキールを負ぶさる。
「……これは、本当に思ってなかった。せいぜい肩を貸してもらう程度しか考えてなかったんだが」
「多分、私と貴方は分かり合えないと思います。きっと貴方はミトスのように、自分の中の神様を信じないと思うから」
吹けば飛ぶような軽さの青年を抱えながら、コレットは一歩目を踏み出した。
ロイドが彼と反目したというなら、きっとコレットも彼とは同じ道を歩めないだろう。彼もそう思っているのだから。
「だろうな。僕はその神を殺すことで、ここにまだ生き永らえているんだから」
「でも、貴方は私の目の前であの人を殺さないでくれた――――だから、私は貴方を信じたい」
それは彼女の本音だった。全てを穢れと断じて目を閉ざすことは、未来を閉ざすことに他ならない。
「それに、メルディは、貴方が必要だと思うから」
意外そうに鼻を鳴らして、キールは嘲笑した。
「あれは打算が無い訳じゃないんだが……そう思ってくれるならそれで、都合が良い」
「……じゃあ、最後の。私に聞きたいことって、何ですか?」
「ああ、大したことじゃない。聞きたいのは二つ。一つはお前がここに来てからの、見聞きした事実の全て」
少しだけ声を上ずらせてキールはコレットに尋ねた。
既に、ここからの指し手はキールの中で決まっていた。何がどうなろうとも、もうそれ以外の手段はあり得ない。
それで勝てると確信している。故に彼が恐れるのは、それ以上の何か。
だから、暇潰しのように彼は棋譜を集める。欠落したピース、見えない事実。
それをただ好奇心で埋めるためにコレットに尋ねた。
「あと、これはどっちでも好いんだが……ここに来る前の、ロイドのことを教えてくれないか。
僕は、ここに来てからのあいつしか知らなかったんだ。ロイド以外の人間から見た、こうなる前にいたロイドのことを」
僕は、ここに来てからのあいつしか知らなかったんだ。ロイド以外の人間から見た、こうなる前にいたロイドのことを」
だから彼は暇潰しのように命を潰す。彼が描き切った最終局面―――――――メルディの優勝に至るために。
何処だかも見えぬ黒き海に、彼は溺れていた。
否定を綴る童唄に導かれ、世界で一番無様な勝者は丘を登る。
待つは白き聖鍵。扉を開き、その終点に何を見る。
否定を綴る童唄に導かれ、世界で一番無様な勝者は丘を登る。
待つは白き聖鍵。扉を開き、その終点に何を見る。
それは演目の後のささやかなる幕引き。だからこれもきっと、愛の物語。
【グリッド 生存確認】
状態:HP15% TP10% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化 心臓喪失 自分が失われることへの不安
左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 左右胸部貫通 右腕損失
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
『スパークウェブ』『衝破爆雷陣』『天翔雷斬撃』『インディグネイション』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 首輪×4 マジカルポーチ ジェットブーツ
ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×5
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する。現状ではキールの方策に従う。
第一行動方針:メルディを連れてヴェイグ達を捜索する
第二行動方針:ヴェイグにフォルスを使わせて首輪の状態を確かめる
第三行動方針:流石に羞恥プレイは厭なので椅子を探す
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前→中央経由で北地区
状態:HP15% TP10% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化 心臓喪失 自分が失われることへの不安
左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 左右胸部貫通 右腕損失
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
『スパークウェブ』『衝破爆雷陣』『天翔雷斬撃』『インディグネイション』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 首輪×4 マジカルポーチ ジェットブーツ
ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×5
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する。現状ではキールの方策に従う。
第一行動方針:メルディを連れてヴェイグ達を捜索する
第二行動方針:ヴェイグにフォルスを使わせて首輪の状態を確かめる
第三行動方針:流石に羞恥プレイは厭なので椅子を探す
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前→中央経由で北地区
【メルディ 生存確認】
状態:TP35% 生への失望?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?) 神の罪の意識 キールにサインを教わった
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド
双眼鏡 漆黒の翼のバッジ クィッキー(戦闘不可)
基本行動方針:本当の意味で、ロイドが見たものを知る
第一行動方針:グリッドと共に仲間を回収する
第二行動方針:キールを独りにしない
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前→中央経由で北地区
状態:TP35% 生への失望?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?) 神の罪の意識 キールにサインを教わった
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド
双眼鏡 漆黒の翼のバッジ クィッキー(戦闘不可)
基本行動方針:本当の意味で、ロイドが見たものを知る
第一行動方針:グリッドと共に仲間を回収する
第二行動方針:キールを独りにしない
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前→中央経由で北地区
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:HP5%/5%(HP減衰が常時発生)TP50% フルボッコ ある意味発狂 頬骨・鼻骨骨折 歯がかなり折れた【QED】カウントダウン
指数本骨折あるいは切断 肉が一部削げた 胸に大裂傷 中度下半身不随(杖をついて何とか立てる程度)ローブを脱いだ
所持品:ベレット セイファートキー C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
分解中のレーダー 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) フェアリィリング
スティレット ウィングパック(UZISMG入り)魔杖ケイオスハート
基本行動方針:メルディを救う
第一行動方針:コレットの経歴を聞きながら中央地区に向かう
第二行動方針:メルディを優勝させる
ゼクンドゥス行動方針:静観。一度はキールの願いを叶える。
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前→中央
状態:HP5%/5%(HP減衰が常時発生)TP50% フルボッコ ある意味発狂 頬骨・鼻骨骨折 歯がかなり折れた【QED】カウントダウン
指数本骨折あるいは切断 肉が一部削げた 胸に大裂傷 中度下半身不随(杖をついて何とか立てる程度)ローブを脱いだ
所持品:ベレット セイファートキー C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
分解中のレーダー 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) フェアリィリング
スティレット ウィングパック(UZISMG入り)魔杖ケイオスハート
基本行動方針:メルディを救う
第一行動方針:コレットの経歴を聞きながら中央地区に向かう
第二行動方針:メルディを優勝させる
ゼクンドゥス行動方針:静観。一度はキールの願いを叶える。
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前→中央
【コレット=ブルーネル 生存確認】
状態:HP70% TP20% 罪を認め生きる決意 全身に痣や傷 深い悲しみ
所持品:ピヨチェック 要の紋@コレット 金のフライパン メガグランチャー
エターナルリング イクストリーム
基本行動方針:何時か心の底から笑う
第一行動方針:キールを中央まで運ぶ
第二行動方針:リアラを殺してしまった事をカイルに打ち明ける
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前→中央
状態:HP70% TP20% 罪を認め生きる決意 全身に痣や傷 深い悲しみ
所持品:ピヨチェック 要の紋@コレット 金のフライパン メガグランチャー
エターナルリング イクストリーム
基本行動方針:何時か心の底から笑う
第一行動方針:キールを中央まで運ぶ
第二行動方針:リアラを殺してしまった事をカイルに打ち明ける
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前→中央
【クレス=アルベイン 生存確認?】
状態:HP??% TP20% UNKNOWN(精神系)
背部大裂傷+ 全身装甲無し 全身に裂傷 背中に複数穴 心肺機能障害(一過性)
所持品:エターナルソード
基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前→???
状態:HP??% TP20% UNKNOWN(精神系)
背部大裂傷+ 全身装甲無し 全身に裂傷 背中に複数穴 心肺機能障害(一過性)
所持品:エターナルソード
基本行動方針:UNKNOWN
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前→???