砕ける氷
ルーティは手にした氷塊を強く握り締め、ヴェイグの喉元へ突きつけた。
軽く上体を反らせ、紙一重で避ける男。その一瞬、目が合った。
何の感情も感じられない、氷の様な視線。
男の使う獲物をそのまま写し取ったかのようなそれを、彼女は強く睨み付けた。
そのまま彼女は氷塊を持った腕を男の左手で掴まれ、グイと引っ張られた。
体勢を崩し前のめりになる。その隙に男が水晶の様な剣・・・チンクエディアを上段に構え、一気に振り下ろす。
「くっ!」
両足に力を込め、強く地面を蹴った。かろうじて致命傷は避けたものの、左の足首に深い傷が出来た。
顔を歪めながらも、追撃を恐れて脇目も振らずに前へ走る。一歩、二歩、三歩。
充分距離を取ったと判断してから振り向く。男はさっきと同じ位置に居た。
男は何も言わない。自身の心に固く決心したものが、男の全身をも支配し始めている様だった。
何度もすれ違い様の攻防を繰り返していては、やがて獲物で劣る自分が不利になる。
彼女は内心そう思い始めていた。せめて、アトワイトがあれば・・・術が使えれば・・・
いつの間にか男がこちらへ駆け出してきた。剣を右肩の上に構え、突進してくる。
「ええい!もうこうなったら!」
ルーティは思い切って術を唱えた。もし失敗してもまだ距離がある。駄目と分かっていれば反応も早いだろう。
だが、結果は予想外だった。
走り寄る男の周囲に冷気が起こり、渦をなして男を切り刻んだのだ。
ヴェイグは驚いたが、ルーティは更に驚いた。
彼女が術を撃てた要因は複数あった。
この島全体のマナが特殊な流れを成しており、術の心得があるものは誰でも撃てる状況にあった。
さらに彼女はソーディアンが無ければ術は撃てないが、現在彼女は氷塊を握っている。
オリジナルに比べればかなり微弱だが、ヴェイグによって生み出された、氷の力が凝縮しているそれと、
会場の複雑なエネルギーが絡み合って、彼女が術を撃つに至ったのだ。
当然ながら放った術も威力はかなり落ちているが、男を足止めし、うずくまらせるには充分だった様だ。
「へぇ、こいつ、アトワイトの代わりをやるなんて、なかなかやるじゃん。気付かなかった」
手にした氷塊をしげしげと眺め、ルーティは感嘆した。全く、いつ何が役に立つか分からないものだ。
だが、突然その氷塊が砕けた。
驚愕の表情を浮かべるルーティ。見ると、男がゆっくりと立ち上がり右手をこちらへ差し向けている。
「俺も気付いていなかった・・・」
彼女はぞっとした。その声の調子は、初めてこの男と会った時にかわしたそれと全く変わりなかった。
本当に、氷の様な精神の持ち主である。
男と砕けた氷を交互に見つつ、彼女の顔ははっきりと狼狽していた。
「それは元々俺が創り出したものだから、自由自在に操れて当然だな・・・」
そうつぶやくと、再度剣を構えて突進してきた。
術を撃つどころか、もはやまともな武器すら失くしてしまった。もう、どうしようも無い──
いや。そんなことは無い。例え術が撃てなくても、武器が無くとも、今、自分に出来ることはあるはずだ。 諦めたくなかった。スタンと、リオンと、マリーと再会するまでは。
男との距離が一メートルも無かった。
ルーティは意を決し、男に向かって行った
。 男が剣を振る──両手を伸ばす──左肩から腰までが斬られる──血が吹き出す──両手が男の腰に届く──
左足がもつれ、転ぶ。男は剣を振り下ろした体制のままだった
。 「はぁっ!!」
自らを奮い立たせるように叫び、腕を振った。男の背中に鮮血が走る。
「ぐっ!」
男は動揺した様だった。何故だ、何が起こった──?
振り向く男の目に、膝を突きながらも闘志を失っていない女と、その手に握られている短剣を見た。
その瞬間、男は何が起こったか全て理解した。
その短剣こそ、自分が持っていたもう一つの武器──スティレットだった。
あの一瞬、ルーティは男の腰に差さっていた短剣を『盗んだ』のだ。
「何!?」
「やああああああ!!」
ルーティは左足首から血が噴き出るのも構わず、
勢いを付け立ち上がり、剣を両手で握り締め正面に向けてヴェイグへ突進した。
男が動揺している今しかチャンスは無い。これで、決めなければ、生き残ることは出来ない。
距離は殆ど無い。男の姿が視界内で拡大していく。
あらん限りの力を込めて、全身を伸ばし剣を突き出した。
それは、男が居た位置に、確実に届くはずだった。
男は一瞬の内にバックステップをし、距離を取った。
そしてそのまま、剣を左腰の辺りに下げ、抜刀術の様に一気に右へ薙ぎ払った。
衝撃波を伴った男の剣は、彼女の胸部を深く切り裂いた。
鮮血が飛び散り、男の青髪を紅く染める。そうして、彼女は後ろ向きに倒れこんだ。
男の姿が視界から消えると、既に陽が傾きかけた空が見えた。
だが、それもわずかのことで、彼女の見る世界は、やがて漆黒に染まっていった。
男は女が力尽きたのを見届けると、スティレットを拾い、女の荷物を探り始めた。
支給品のグミセット二つを見つけた男は、しばらくそれの効果について書かれた付属の説明書を読むと、
『ミックスグミ』と書かれたグミを手に取り、口へ運んだ。
一気に体力、そしてフォルスが回復するのを感じた。これなら今すぐにでもまた戦うことが出来る。
そしてその他の女の荷物も取り上げると、ゆっくりと歩き出した。
その表情はやはり、女と出会う前と変わっていなかった。
軽く上体を反らせ、紙一重で避ける男。その一瞬、目が合った。
何の感情も感じられない、氷の様な視線。
男の使う獲物をそのまま写し取ったかのようなそれを、彼女は強く睨み付けた。
そのまま彼女は氷塊を持った腕を男の左手で掴まれ、グイと引っ張られた。
体勢を崩し前のめりになる。その隙に男が水晶の様な剣・・・チンクエディアを上段に構え、一気に振り下ろす。
「くっ!」
両足に力を込め、強く地面を蹴った。かろうじて致命傷は避けたものの、左の足首に深い傷が出来た。
顔を歪めながらも、追撃を恐れて脇目も振らずに前へ走る。一歩、二歩、三歩。
充分距離を取ったと判断してから振り向く。男はさっきと同じ位置に居た。
男は何も言わない。自身の心に固く決心したものが、男の全身をも支配し始めている様だった。
何度もすれ違い様の攻防を繰り返していては、やがて獲物で劣る自分が不利になる。
彼女は内心そう思い始めていた。せめて、アトワイトがあれば・・・術が使えれば・・・
いつの間にか男がこちらへ駆け出してきた。剣を右肩の上に構え、突進してくる。
「ええい!もうこうなったら!」
ルーティは思い切って術を唱えた。もし失敗してもまだ距離がある。駄目と分かっていれば反応も早いだろう。
だが、結果は予想外だった。
走り寄る男の周囲に冷気が起こり、渦をなして男を切り刻んだのだ。
ヴェイグは驚いたが、ルーティは更に驚いた。
彼女が術を撃てた要因は複数あった。
この島全体のマナが特殊な流れを成しており、術の心得があるものは誰でも撃てる状況にあった。
さらに彼女はソーディアンが無ければ術は撃てないが、現在彼女は氷塊を握っている。
オリジナルに比べればかなり微弱だが、ヴェイグによって生み出された、氷の力が凝縮しているそれと、
会場の複雑なエネルギーが絡み合って、彼女が術を撃つに至ったのだ。
当然ながら放った術も威力はかなり落ちているが、男を足止めし、うずくまらせるには充分だった様だ。
「へぇ、こいつ、アトワイトの代わりをやるなんて、なかなかやるじゃん。気付かなかった」
手にした氷塊をしげしげと眺め、ルーティは感嘆した。全く、いつ何が役に立つか分からないものだ。
だが、突然その氷塊が砕けた。
驚愕の表情を浮かべるルーティ。見ると、男がゆっくりと立ち上がり右手をこちらへ差し向けている。
「俺も気付いていなかった・・・」
彼女はぞっとした。その声の調子は、初めてこの男と会った時にかわしたそれと全く変わりなかった。
本当に、氷の様な精神の持ち主である。
男と砕けた氷を交互に見つつ、彼女の顔ははっきりと狼狽していた。
「それは元々俺が創り出したものだから、自由自在に操れて当然だな・・・」
そうつぶやくと、再度剣を構えて突進してきた。
術を撃つどころか、もはやまともな武器すら失くしてしまった。もう、どうしようも無い──
いや。そんなことは無い。例え術が撃てなくても、武器が無くとも、今、自分に出来ることはあるはずだ。 諦めたくなかった。スタンと、リオンと、マリーと再会するまでは。
男との距離が一メートルも無かった。
ルーティは意を決し、男に向かって行った
。 男が剣を振る──両手を伸ばす──左肩から腰までが斬られる──血が吹き出す──両手が男の腰に届く──
左足がもつれ、転ぶ。男は剣を振り下ろした体制のままだった
。 「はぁっ!!」
自らを奮い立たせるように叫び、腕を振った。男の背中に鮮血が走る。
「ぐっ!」
男は動揺した様だった。何故だ、何が起こった──?
振り向く男の目に、膝を突きながらも闘志を失っていない女と、その手に握られている短剣を見た。
その瞬間、男は何が起こったか全て理解した。
その短剣こそ、自分が持っていたもう一つの武器──スティレットだった。
あの一瞬、ルーティは男の腰に差さっていた短剣を『盗んだ』のだ。
「何!?」
「やああああああ!!」
ルーティは左足首から血が噴き出るのも構わず、
勢いを付け立ち上がり、剣を両手で握り締め正面に向けてヴェイグへ突進した。
男が動揺している今しかチャンスは無い。これで、決めなければ、生き残ることは出来ない。
距離は殆ど無い。男の姿が視界内で拡大していく。
あらん限りの力を込めて、全身を伸ばし剣を突き出した。
それは、男が居た位置に、確実に届くはずだった。
男は一瞬の内にバックステップをし、距離を取った。
そしてそのまま、剣を左腰の辺りに下げ、抜刀術の様に一気に右へ薙ぎ払った。
衝撃波を伴った男の剣は、彼女の胸部を深く切り裂いた。
鮮血が飛び散り、男の青髪を紅く染める。そうして、彼女は後ろ向きに倒れこんだ。
男の姿が視界から消えると、既に陽が傾きかけた空が見えた。
だが、それもわずかのことで、彼女の見る世界は、やがて漆黒に染まっていった。
男は女が力尽きたのを見届けると、スティレットを拾い、女の荷物を探り始めた。
支給品のグミセット二つを見つけた男は、しばらくそれの効果について書かれた付属の説明書を読むと、
『ミックスグミ』と書かれたグミを手に取り、口へ運んだ。
一気に体力、そしてフォルスが回復するのを感じた。これなら今すぐにでもまた戦うことが出来る。
そしてその他の女の荷物も取り上げると、ゆっくりと歩き出した。
その表情はやはり、女と出会う前と変わっていなかった。
【ヴェイグ 生存確認】
所持品:スティレット チンケエデア グミセット(アップル、オレンジ、レモン、パイン、ミラクル)
現在位置:F6丘の上
状態:右肩に裂傷 背中に刀傷 全身に軽い凍傷
行動方針:ゲームに乗る 最後まで生き残る
所持品:スティレット チンケエデア グミセット(アップル、オレンジ、レモン、パイン、ミラクル)
現在位置:F6丘の上
状態:右肩に裂傷 背中に刀傷 全身に軽い凍傷
行動方針:ゲームに乗る 最後まで生き残る
【ルーティ・カトレット 死亡】
【残り46人】
【残り46人】