赤い相剋、白い慟哭。 ◆m0F7F6ynuE
人のいない、晴れた人里。
その中を一人、蓬莱山輝夜が歩いていた。
ルナは相変わらず行動を制限されたまま、そして輝夜はカタカタとずぶぬれの体を震わせながら、時折周囲を警戒しつつ、休めるところを探していた。
先ほど輝夜は、冬の妖怪から冷気の攻撃を受けて随分と体が冷えてしまった。行動不能には陥らなかったものの、このままでは体調が悪くなる一方だ。
できれば体を温めて、服を着替えたい。ルナチャイルドを小脇に抱えながら、あまり人に見つからなさそうな場所を選んで、輝夜はさまよっていた。
人里をうろうろしている途中で、二回目の放送が流れた。だが、新しい禁止エリアのこと以外は、ろくに聞いていない。
一回目と同じく、永琳が放送をしている。輝夜にはそれだけで十分だったのだ。
永琳が生きているなら、それでいい。
どれだけ有象無象が死のうが、もはや私には関係ない。
真昼の日の高い時間帯だが、時折吹く風が容赦なく輝夜の体温を奪っていく。もはや彼女は限界だった。
辺りを見回し、適当な小屋を見つけ、中に入った。凍えきった手指に息を吹きかけ、無理やり動かして温める。
そういえば、と、少し前に銃を撃ってから、弾を装填してないことに思い至った。指が動くことを確認してから、バラのままの銃弾を詰め始める。
ウェルロッドの弾を装填しながら、彼女は思う。
今の幻想郷は、穢れに満ちている。
誰かを殺し、誰かに殺され、誰かを恨み、誰かから恨まれる。
自分だけは生きていたいと望み、同じ願いを持つ他者を蹴落とす。利己的な願望から出来ている世界だ。
まぁ、ある程度なら、どこへ行ったって地球人はそんなものなのだろう。昔世話になった翁の家でも、偉ぶった連中が何人も押しかけてきたものだ。
ひとつ、ひとつ。輝夜は5発の弾を丁寧に詰めていく。
もうこの世界は、殺意が極限まで膨れ上がりどこもかしこも破裂寸前だ。
これからもっとたくさんの人妖が死ぬ。もっと数が減っていく。自分だけは、と抜かす阿呆があがき始める。
そんな連中が囚われの永琳のことを気にかけるわけがない。
そう、私しかいない。自力で生き抜いて永琳の元へたどり着いてみせる。
私しか、永琳は救えない…。
輝夜の思考は、そこで一時中断した。複数の足音と、話し声が聞こえてきたからである。
輝夜は、ウェルロッドがきちんと装填されているか今一度確かめ、物陰から大通りをにらみつける。
数は、二人。背の高い女と、ワンピースの女。知らない顔だった。二人とも、それぞれ赤い髪と赤い服という目立つ格好なので、狙いやすくて好都合だ。
一人殺すごとに、一歩永琳へ近づく。輝夜が躊躇うわけが、なかった。
微かな希望を抱いて、紅美鈴と秋静葉は人里に着いた。
鈴仙からの情報によると、穣子に最後に会ったのは、里の東だという。だが、具体的な場所までは聞いていなかった。
しらみつぶしに探してみよう、と二人が歩き始めた時、二回目の放送が鳴り響いた。
情報をくれた鈴仙の様子から、希望はほとんどないのだろうと実は9割方諦めてはいた。
それでも、いざ「秋穣子」の名が呼ばれると、覚悟したはずでも、静葉は涙をこらえられなかった。
「っ…く…ごめ…なさい。もう泣かないっ…決めたのに…。」
静かに美鈴が静葉の肩を抱く。
「…探しましょう。探して…弔うんです。」
静葉はあふれる涙を必死にこらえ、優しく背中をなでる美鈴に強くうなずいた。
そんな静葉を見て、美鈴は思う。
日本の「神」というものが、こんなにも人間じみたものだとは思わなかった。
海を渡り初めてこの国に来た時、「日本には万物に『神』が宿る」という話を聞いて、驚いたことを覚えている。
そして今度は、その「神」と親しくなり、その命を守ることになるとは。全く運命とはわからないものだ。
「神」といえばそれこそ最近やってきた神様たちのように、途方もない力をふるう遠い存在のような気がしていたが、目の前の「神」は、たった一人の妹を亡くし、嘆き、その亡骸を探そうとしている。
人間と、何も変わらない。もしかすると人間よりも人間らしいかもしれない。
「ありがとう、大丈夫。行きましょう美鈴さん。」
目を少し赤くした、静葉が笑う。
静葉さんは私に救われたと言った。でも、むしろ私の方がその素直でまっすぐな心に救われた。
こんな最悪な状況の中で、ただ信じることのどれだけ難しいことか。
『凡人が運命を変えたければ、ただ、意思を強く持つことね。それが運命の力を上回れば、未来は変わる。』
運命を操る私の主人、レミリア様の言葉だ。
誰かを殺さなくてはいけない運命なんて、変えてみせる。誰も殺さずに、生き抜いてみせる。静葉さんを、守り抜いてみせる。
美鈴が決意を新たにした、その刹那。
二人が顔と顔を合わせていたその間の空間を、音もなく銃弾が空を裂き、その先にあった塀にひびを入れた。
最初に反応したのは美鈴だった。即座に静葉の腕をつかみ、物陰に投げ飛ばす。
「そこから動かないで!!!」
叫びながら、跳ねるように美鈴はジグザグに動き回り、狙撃者の姿を探した。
横に飛び退く美鈴の足元の土が、爆ぜた。
油断した!!
誰がいるかもわからない場所で不用意に体をさらした後悔の念に駆られながらも、美鈴の頭は冷静に状況を分析する。
美鈴は、パチュリーや慧音など知識人たちほど頭が回るわけではないが、同じ性質の攻撃を見きれないほど頭が悪いわけでもない。
ルーミアから銃撃を受けた際に、ある程度「銃」と「銃弾」というものについて対策を考えていた。
「(弾幕ごっこに例えれば、銃弾っていうのは、ものすごい速さでこちらに直線で向かってくる小さな弾…。
追尾したり曲がったりすることはないみたい。だから射撃軸線上にいないように、横軸をずれてでたらめに動けば多分当たらない。
そして弾はまっすぐこちらに向かってくるから、銃弾の向こう側に、敵がいる!!!)」
美鈴は、大通りを猫のようにくるくると跳ね、土を蹴り、二度あった銃撃の延長線の交点を探した。
目を凝らすと、かすかに、小さな小屋の窓から不自然な日光の照り返しが見えた。
「そこかぁっ!!!!!」
近くにあったリンゴ大の石を、小屋の窓に向けて全力投球する。野球選手も真っ青な剛球ストレートは、見事に狙った所へ飛んでいった。
窓を突き破った石が何かにぶつかる音と、どたんばたんと慌てているらしい音が聞こえた。
これで怖がって逃げだしてくれたらとてもありがたいが、二度も撃ってきたところをみると、そう簡単にはいかないだろう。
ここは一度穣子さんの捜索を諦めて、静葉さんと安全なところに逃げた方が賢明だ。
背中を気にしながら、美鈴は投げ飛ばした静葉のもとへ駆け、ひょいと抱える。強く投げ飛ばしすぎたようで、静葉は少し目を回していた。
「逃げますよ、しっかりつかまっててくださいっ!」
静葉を横抱きにしたまま、姿勢を低く保って駆け抜ける。美鈴の頭があった位置のかなり上を銃弾が抜けた。
「ッ……当たらない…」」
対する輝夜は、撃った端からことごとく避けられて、徐々に顔を紅潮させてきた。
おまけに石まで投げつけられた。さすがにこれには驚いて思わず悲鳴を上げてしまったが、ルナチャイルドの力で外に漏れていないはず。
もう一度視線を外に向けると、赤い髪の女が背を向けて逃げようとしている。逃がしてたまるかとろくに狙わず撃ったが、勿論当たらない。
3発撃ったので、残り2発。もう超近距離から確実に撃ち殺さなくてはならない。
「こちらから行かなきゃ、駄目ね。立ちなさい、ルナ。」
怯えて頭を抱くルナを抱えて、スキマ袋から予備マガジンと破片手榴弾だけ取って輝夜は小屋を飛び出した。
ちなみに、輝夜の撃った弾が当たらなかったのは、輝夜が銃を扱いなれていないという理由以外に、三つある。
美鈴の判断力と素の身体能力が高かったことと、使用している銃が災いしている。ウェルロッドは特殊作戦用の銃で、減音と携帯に重きを置かれている。
故に、普通の拳銃より命中率が高くなく、敵に密着、あるいはかなり接近してから撃つのが原則だ。この銃は、熟達した人間が使用して、初めてその力を発揮する。
そして、輝夜はいまだに体の末端まで温まってはおらず、これでは手先が震えて動く的に当てることなどできるわけがない。
輝夜はそこまでこの銃を知っているわけではなかったが、もっと近づかないといけないということだけは気づいていた。
獲物を逃がすわけにはいかない。あいつらの屍を積み上げて登った上に、永琳がいるのだから。
…まずい。
細い路地を選んで北に走っていた美鈴は、右腕の違和感が大きくなるのを感じていた。静葉に応急処置をしてもらったものの、また少し傷が開き始めてきたらしい。
抱えられていた静葉も美鈴の異変に気付き、
「美鈴さん、おろして!もう歩けるから!!」
と、がっちり自分の体をホールドしていた美鈴の腕から無理やり降りた。
美鈴が辺りを見渡しながら、息を整える。
「はぁ…はぁ…すみません、油断してました…」
「私も気を抜いてたわ…そうだ、どこか撃たれてない!?傷は…」
「大丈夫です。随分と下手くそなようで、かすりもしてません。」
不安で青くなっている静葉を元気づけようと、美鈴は無理やり笑った。
「多分もうすぐで里を抜けます。一時撤退、ですかね…。」
美鈴が背後を振り返り、追跡されてないか耳をすませる。
タッタッ……タッ…と、変に途切れた足音がだんだん近づいてきていた。どうやら決着がつくまで殺し合いをする気のようだ。
「静葉さん。」
注意を足音に向けたままで、静葉に声をかける。
「時間を稼ぎます。紅魔館へ向かってください。場所は地図に書いてあります、そこで待ち合わせましょう。」
「だ、ダメよ!!相手は銃を…」
「だーいじょうぶですよ。言ったでしょう、下手くそだ、と。」
少しだけ振り返り、にこ、とまた美鈴は笑った。
「適当に撒いたら私も紅魔館に向かいます。それから今後のことを話し合いましょう。さ、行って!」
無理やり、さも朝飯前かのように腕をぐるぐると回して臨戦態勢に入る美鈴。それを見て少しの逡巡の後、静葉は里の出口へ向けて駆けて行った。
静葉が行ったのを見届けて、もう一度、足音の主へ注意を向けた。むき出しの殺意が体に刺さる。
「さて……加油、紅美鈴!!」
拳を握り気合いを入れ、体中の気を高める。
ほんの少しでも、相手の殺意に押し負けるわけにいかなかった。
美鈴を追う輝夜は、走りながらあることに気付いた。
徐々にではあるが、足音が漏れているのである。ルナチャイルドの能力はONにしてあるはずだった。
仕方なく立ち止まり、ルナチャイルドにつけられた首輪の沈黙スイッチをOFFにする。
「ちょっとルナ、消音出来てないじゃない、どういうことよ。」
「ヒッ……た、多分もう月が出るまで音消せない…エネルギー切れだと思う…」
おびえた顔をして、ルナチャイルドが答える。輝夜は舌打ちをして、ルナチャイルドの能力スイッチと拘束スイッチを切る。
「あれ…動ける…」
「抱えて動く余裕はもうないから、頑張って私についてきなさい。貴女は知らないだろうけど、私から離れると貴女の首輪が爆発して、死ぬからね。」
実際は輝夜じゃなくても参加者が近くにいさえすれば爆発することはない。真実と嘘をほどよく織り交ぜて輝夜はルナチャイルドを言葉で拘束した。
その台詞にまたびくっとおびえるルナチャイルド。これなら逃げ出すことはないだろうと輝夜は目線を道の向こうに戻す。
美鈴が逃げ出した方向を見やると、お店やお茶屋が乱立する商店街のような通りがあり、少し脇道に入っただけで入り組んでいて、探し出すのに骨が折れそうだった。
まだ着替えてもいないのに鬼ごっこをやる羽目になるなんて、と輝夜の怒りのボルテージがまた徐々に上がり始める。
その時、輝夜は視界の外にかすかに「紅」をとらえた。
とっさに上体をそらすと、輝夜の鼻先を突進してきた美鈴の拳がかすめた。
逃げたと思いこんでいた方角の、反対側。まったくの死角からの攻撃だった。輝夜が気づけたのは幸運としか言いようがない。
輝夜も、いきなり襲撃を受けたにもかかわらず、苦しい体勢ながら銃の照準を美鈴に向けようとするが、その前に地面に這うように伏せた美鈴の足払いを受けて、見事に転ばされた。
「っ…!!!」
追撃を恐れた輝夜が再度銃を構えて狙い撃つが、被弾する前に美鈴はまた物陰に隠れて姿をくらましていた。
さて、どうしようか。
転倒した輝夜にわざと追い打ちはせず、美鈴はすぐに退いて輝夜から見えない位置に身をひそめた。
あくまで静葉が逃げ切るまでの時間稼ぎであり、輝夜を倒す必要はないからである。
銃を奪って無力化することが出来たらラッキーだが、無理はせずヒットアンドアウェイの戦法で逃げる算段である。ここで自分があっさりとやられて、輝夜が静葉の元へ向かわれたら困るのだ。
だが、輝夜の姿を見て、美鈴はある一つの可能性に思いいたる。
着物に長い黒髪、ね。もしかして、あれが噂に聞いた永遠亭のお姫様なんだろうか?あんな華奢な子がバンバン撃ってくるなんて、正直意外だった。
でも、本当にそうだとしたら好都合だ、この最悪なゲームの元凶に一番近しい人物じゃないか。もしかしたらこのゲームを終わらせる切り札になるかもしれない。
ゲームから脱出する方法を知っている可能性もかなり高い。
…これは一度「お話し」する価値がありますね。
美鈴は何かを決意し、身を隠しながら輝夜に聞こえるよう大声で叫んだ。
「貴女!!!もしかして永遠亭の人ですか!!!!」
それを聞いた輝夜も、声の聞こえた方角へ向けて答える。
「ええそうよ!私が永遠亭の主、蓬莱山輝夜!!」
やはりか、それならばと美鈴は必死に頭の中で相手を挑発できそうな台詞を探す。
「わ、私は紅く気高き悪魔の館を守る門番、紅美鈴だっ!!!お前が如きお、愚かでか弱き人間など、私の拳でね、ねじ伏せてやるっ!!!」
相手を見下し挑発する、と考えて、美鈴の頭で一番に出てきたのが、美鈴の主の
レミリア・スカーレットだった。
レミリアが言いそうなことを考えに考えて言ってはみたものの、案の定噛んだ。
「(挑発なんて、やったことないですよ…こんな台詞、私じゃ言えませんお嬢様…)」
それを聞いた輝夜が、ほんの少しだけ噴き出しながら、また美鈴に話しかける。
「じゃあ何?貴女は私を倒すというのかしら?」
輝夜があからさまに馬鹿にするが、もう言いだしてしまっているので後には引けない。美鈴はめげずに続ける。
「そ、そうだ!貴様だけじゃなく貴様の関係者、皆根絶やしにしてやる!!!紅魔の力を侮るなよーっ!!!!」
なんだこの台詞…私って一体何者なんでしょう…。
ほとんどやけっぱちで言ったセリフだが、少しだけ輝夜の反応が変わった。
「へぇ…私の関係者、ねぇ。」
声色が変わり、わずかに殺気が強くなる。
「そ、そうだとも!何だったか!?えいらんだったかとれいせ…」
「永琳よ。」
殺気が、今までよりも強く美鈴へ刺さってきた。言葉に籠る怒りがはっきりと伝わってくる。
『永琳』がキーワードか。美鈴は言葉の追い打ちをかける。
「そいつから倒してやろう!!いまごろどこで、這いつくばっているんだろうな!」
言い終わった辺りで、また一段殺気が強くなる。それだけで射殺されそうな気がしてしまうほどだった。
「…言うわね、木っ端妖怪が。」
低く、輝夜が呟く。
脳みそが空っぽだとしか思えない台詞を吐く妖怪に、永琳を虚仮にされたことがとても気に入らなかった。
「やれるものなら、やってみなさい。こちらこそ、貴女程度の妖怪なんて殺すのは造作もないわ。」
一歩、輝夜が美鈴の方へと踏み出した。美鈴をあざけるように、宣言する。
「難題とはとても呼べない。でも、貴女の死も永琳への一歩よ。随分とお安い挑発だけど、乗ってあげる。自分の頭の悪さを後悔するがいいわ。」
また一歩、輝夜が美鈴の元へ迫る。
「(よし、何とか上手くいった…!)」
輝夜が確実に自分に迫っているのを確認してから、静葉が逃げた方角とは反対の道を選び、美鈴は駆けだした。
通り過ぎる店々の中からあるものを探しつつ、美鈴は逃げ続ける。
銃というのは、距離を離せば離すほど、当たらなくなる。まぁ当然ですね。弾幕ごっことほとんど一緒。
ならあの銃の射程よりも離れた位置から攻撃すればいいのか、と言っても私は弾幕張るの苦手なんですよねぇ。
それなら、あのお姫様は肉弾戦が得意そうには見えないから、隙をついて一瞬で接近して、沈める。これですね。
路地を駆け抜け、入り組んだ道をでたらめに、でも少しでも静葉から遠ざかるように選んで進む。途中で一度後ろから銃声が聞こえたが、明後日の方向へ着弾し怪我はない。
途中で、美鈴はがらんどうの店先から白い座布団と赤い布を失敬した。座布団を丸めて自分の着ていたベストを着せる。
「不入虎穴、不得虎子。いっちょ、やってみますか。」
逃げ続ける美鈴を追って、とうとう輝夜は里の外れまで来てしまった。最初に美鈴を追いかけた方向とは正反対の南であるので、相当の距離を走らされたことになる。
「はっ、はっ…よく走るわね…もう!」
膝に手をついて、肩で息をしてしまう。なにせ普段はふよふよと飛んで移動するため、ここ最近マラソンなどした覚えがなかった。
「鈴仙と…一緒に訓練でも…してみるべき…だったかしら…。」
汗が額から垂れてきた。もともとびしょぬれだった服が体温の上昇で蒸れて、不快度指数が天井知らずに上がっていく。
「潔く殺されなさいよ…あの妖怪…どこに…」
里も外れまで来ると、建物はまばらになる。ぎらぎらとした目を四方八方へ向け、どこかに隠れた美鈴を探す。
時刻は真昼、太陽も空高く、輝夜の額からまた一筋汗が垂れる。
その、燦々と輝いているはずの太陽の光が、一瞬輝夜から隠れた。太陽をさえぎるように輝夜に何かが向かってきたのだ。
逆光であったが、赤い色が太陽に煌めくのを輝夜の目がとらえた。
「(来た!!)」
反射的に空に銃を構えて…すぐ自分の誤りに気付く。
白い座布団に赤い布を半分押しこんで、ベストで丸められた…囮だった。
さっと顔から血の気が引く。しかも太陽の方角を向くように投げられたせいで、太陽光を直視してしまった。
顔をそむけた、一瞬の隙。その隙を突いてすぐ近くに隠れていた美鈴は輝夜の懐をめがけて、突進した。
慌てて銃を向けるも、それよりも速く美鈴は輝夜の目の前まで接近し、懐へもぐりこむ。ここにきて砲身の長いことが仇になった。
一撃。美鈴の手刀が輝夜の右腕をはじく。手首の内側を正確に叩かれ、持っていた銃が明後日の方向に飛んでいった。
輝夜の体もはじかれた勢いにつられてバランスを崩す。このチャンスを見逃さず、美鈴は腰を落とし、構えた右手に気をためる。
「激符!!」
一瞬で美鈴の周りの空気が固まり、右手に収束していくような錯覚を輝夜は覚えた。だが体勢の立て直しが間に合わない。
「『大鵬拳』!!!!!!!」
掛け声一発、輝夜は腹に正拳突きを食らい、放物線を描いて青空の向こうに吹き飛ばされた。
美鈴は地面で呻く輝夜の元まで走り、気絶しているのを確認してから、飛んで行った銃を回収した。
見たときから思ってましたけど、へんてこな銃ですねぇ、トンファーみたい。
でもまぁ、これで無力化は完了。あとはちょっとばかり情報を仕入れましょう。
わざと水月(みぞおち)から外しておいたし、死んではいないはず。
まぁ、それでも鍛えてる人じゃないから、しばらく動けないでしょう。
ここで、何かしらの手枷をはめるなどをしなかったということが、美鈴の甘さを表している。
いつもなら優しさとなるその甘さがここでは命取りになるということを美鈴はわかっているのだが、生来の性格なのか、ここにきてもそれを捨てきることが出来なかった。
美鈴がなんとなく周りを見渡すと、少し離れたところに小さな人影が倒れているのを見つけた。
赤いものがかすかに見える、怪我を負っているようだった。
美鈴は一瞬迷ったが、助かる命かもしれないとその人影の様子を見に行ってしまった。
人影の輪郭が見えてきた。二本の大きな角が生えている、鬼だろうか…。
美鈴が声をかけようとした瞬間、草の擦れる音と嫌な気配がした。振り返ると、倒れていたはずの輝夜がしっかりと立ち上がって、手に何かを持っていた。
「死ねえええええええええええ!!!!!」
とっさに美鈴が背負っていた自分のスキマ袋を広げるのと、輝夜が手に持っていた破片手榴弾を投げたのは、ほぼ同時だった。
閃光、そして、炸裂。
美鈴の眼前の世界は、白く消えていった。
体が、よくわからない。痛くないけど、間違いなく流れているはずの自分の気が読めない。
腰から下が、一番わからない。もしかしたらもうないのかもしれない。
もうすぐ、死ぬ。たぶん。からだから気がぬけていくから、きっとしぬ。
驚異的な反射神経とスキマ袋のおかげで、美鈴は頭部及び上半身への破片の直撃だけは免れた。
だが、飛んできた破片で両足は完全に破壊され、美鈴は先ほどの瀕死の鬼のすぐそばに吹き飛ばされたのだ。
焼けて痛々しい美鈴の腕が、空を泳いで、鬼の体に触れた。
おにさん、まだいきてる。
でもたすけなきゃ。たすけなきゃ、しんでしまう。
しんじゃ、だめです。たすけなきゃ、はやくたすけなきゃ………
薄れる意識の中で、美鈴の頭にあったのは、ただそれだけだった。
輝夜は、ようやく終わったと、大きなため息をついた。
美鈴の強烈な一撃を受けた時、確かに輝夜は一瞬意識が飛んだ。
だが制限を受けてもそこは蓬莱の力を得た月人、普段とは全く比べ物にならないものの、常人よりはわずかにダメージからの回復が早かった。
これで体を拘束されたら厄介だったが、美鈴は銃だけ奪って輝夜から離れてしまったので、輝夜は気を失っている振りをして、じっと機を待った。
そして、十分に自分から離れたのを見て、懐に隠し持っていた破片手榴弾を投げつけたのだ。
いままで溜まっていた鬱憤が一気に晴れて、気分がいい。輝夜はとても清々しい笑顔で美鈴のもとへ優雅に歩いて行った。
微かにまだ美鈴は動いていた。とどめを刺そうと、同じく吹き飛んだウェルロッドを回収して、銃口を美鈴の頭に密着させて引き金に手をかける。
「まったく、こんなにイライラさせてもらったのは久しぶりだわ。これでもう外さないからね。さようなら、紅美鈴さん。」
迷わず引き金を引いた。だが、カチンと鳴るだけで何も起こらない。弾切れだ。
「あぁ、そうだ。私ったらここに来るまでに全部撃っちゃってたんだわ。」
いけないいけない、と懐から予備マガジンを取り出して、のんびり交換する。今度こそ、ウェルロッドに5発の弾丸が込められた。
これを始末したら、そこの鬼にも念のためもう一発、おでこに撃っておきましょう。あんだけ撃ったのにまだ死んでないみたいね、さすが鬼。まぁ今終わらせるわ。
そうしたら、スキマ袋を回収して、別の方向に逃げたらしいもう一人を探して…
もう勝利が確定していると思っている輝夜の、余裕だらけの思考は、そこで止まった。
なぜなら、どこから来たのか分からない『炎の剣』が、自分の腹から顔を出していたからだ。
呆けた顔で振り返った輝夜の視線の先には、歯をカチカチ鳴らしながら剣を握っている秋静葉と、精根尽き果てて地面に座り込むルナチャイルドがいた。
結論から言うと、静葉は里を出ずに途中で引き返したのだ。理由は単純、美鈴一人を置いていくことが出来なかったから。
震える手を無理やり抑え込む。怖くて怖くて仕方がない。銃の恐ろしさを考えると、今すぐにでも逃げ出したい。それでも、今まで身を挺して自分を守ってくれた彼女をここに置き去りにして一人逃げ出すのは、どうしてもできなかった。
物音を頼りに二人を追いかけていると、子供の泣き声が聞こえてきた。不審に思い声の発生源へ向かってみると、妖精が空を仰いで大泣きしていた。
「うわぁぁぁぁん、おねえさんどこぉぉーっ!!!どこいっちゃったのぉーっ!!!!」
どうやら迷子らしい。この状況で迷子というのも誠に不思議な話だが、どこからどうみても、迷子だった。
「あぁーーーーん!!!やだぁーー!!!!死ぬのやだぁーっ!!!」
「ちょっ、ちょっとあなた、落ち着いて!!ね、お願いだから!」
「ひぇっ!!!!」
声をかけたら、妖精が飛び上がって体をこわばらせた。驚かせてしまったらしい。静葉は努めて落ち着いた声で、優しく話しかけた。
「あなた、こんなところで、何をしているの?誰かとはぐれたの?」
「え、あ、えと、私死んじゃうの!!!このままじゃ死んじゃうのっ!!!助けて!!!」
「…へ?」
静葉が話を聞くと、ルナチャイルドと名乗る妖精は先ほどの襲撃者の支給品で、その襲撃者から離れるとルナチャイルドにつけられている首輪が爆発して死んでしまうことを、ものすごい早口で説明された。このままじゃ死ぬ、とはそういうことか。
離れないように急いで美鈴と輝夜を追いかけながら、二人は情報交換を続けた。
おおよその情報を交換し終えた辺りで、美鈴たちの姿が見えた。
襲撃者が地面に倒れていて、美鈴は何かを見つけたのか襲撃者に背を向けて駆けだそうとしている。
静葉が美鈴さん、と声をかけようとした時、倒れていたはずの襲撃者がゆらりと立ち上がって、何かを投げる構えを見せた。
反射的に静葉が足を止めた次の瞬間、美鈴に向かって投げつけられた「それ」は爆発し、大きな土煙を上げた。
「美鈴さん!!!!」
思わず叫ぶ。ハッとなり慌てて口を塞ぐも、襲撃者は静葉に気付かず美鈴の方へ向かっていく。
かなり大声だったのに、と静葉が不思議がっていると、隣にいるルナチャイルドの様子がおかしい事に気付いた。力を振り絞るように歯を食いしばり、脂汗が顔から滲んでいる。
そういえば、と、静葉は先ほどルナチャイルドから聞いた話を思い出す。ルナチャイルドという妖精は、自らの周囲の音を消す力を持っているらしい。今の大声に向こうが反応しなかったのは、ルナチャイルドのおかげだったのか。
そう考えながら、目を美鈴たちの方向へ戻すと、襲撃者が倒れている美鈴に銃を突き付け、引き金を引いた…が、銃声は響かない。襲撃者が頭をかしげ、銃に何かしている。
不具合でも起きたのかもしれない。
今が美鈴を助ける最後のチャンス、もう猶予はない。でも「アレ」は出来れば使いたくなかった。このゲームが始まってすぐにスキマ袋を開けた時、あまりの恐ろしさにすぐ袋に戻して、記憶の奥にしまいこんだのだから。
でも、ここで何もせずに見ていれば、そのうち美鈴は殺されるのだろう。見れば足が先ほどの爆発で酷いことになっている。早く手当てをしてあげなければいけない。
美鈴を見殺しにするか、襲撃者を倒すか。どちらも選びたくない最悪の選択肢だ。でも美鈴を殺す銃がもうすぐ火を噴いてしまう、美鈴が死んでしまう。
迷ったのは、そこまでだった。
「ああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
吠えながら、使うまいと誓った西洋剣「フランベルジェ」の柄を握り、一気に襲撃者の背へ向けて刃をつきたてた。
輝夜を倒した後、静葉はすぐに美鈴の元へと駆けた。
「美鈴さん、美鈴さん…」
涙を流しながら、倒れている美鈴の肩をゆする静葉。だがもう美鈴はぴくりとも反応せず、静葉に揺さぶられるがままになっていた。
「嫌だ、なんでぇ、一緒にいるって、ねぇ、美鈴さん。」
ゆする力が強くなる。それでも美鈴から反応は返ってこない。
偶然、静葉の手が、不自然に伸びた美鈴の右腕に触れた。痛々しい傷がまだ残っているその腕だけ、妙に温かかった。
右手は、他の参加者に襲撃されたらしい傷だらけの鬼に触れている。
その小さな鬼は、弾に撃たれたような酷い傷を複数負っているにもかかわらず、血が流れたような形跡もない不思議な状態だった。しかも、その傷跡がすごい熱を帯びている。
どういうことだろう?と疑問に思っていると、
「ねぇ…」
殺したと思った輝夜が、小さく声をあげた。
「お願い…この剣抜いて…邪魔よ…もう貴女たちを殺す力はないから…」
静葉は一瞬怯えた様子を見せたが、どうも輝夜には、言葉通りもう殺意はないようだった。
おそるおそる輝夜のもとへ行き、背に突きたてたままのフランベルジェをゆっくり引き抜く。この剣独特の、肉を引き裂く嫌な音が響いた。
「がはっ…」
「な、なんでまだ話せるの…なんで…」
「貴女が…肺を傷つけなかったからね…でもどの道もう…駄目よ…再生が間に合わない…」
そう言い切ると、うつ伏せに倒れていた輝夜が渾身の力を込めて、仰向けに寝転ぶ。
「な、何を…」
「空、見たかったから…。昼にも月は消えず、空にあるのよ…見えないだけ。」
ここにあるのは、偽物の月だけど。声に出さず、愚痴る。
「行きなさいな…爆発音で人が来る…死にたくないんでしょ、貴女達も。」
「で、でも。」
「あぁ…そこの鬼もひっぱって行きなさい…この妖怪が何かしてたわ…鬼が一瞬…光ってたから。」
静葉がとっさに鬼に振り返った。たしかに呼吸がよわよわしいが、しっかりと生きている。
それに、先ほどは傷の周りだけだったのに、今は発熱しているのではないかと思うくらい体全体が熱かった。
「それと…ルナ、そこにいるのね?」
「う、うん…」
「貴女もどっか行っちゃいなさい…爆発って、アレ、嘘だから…」
どこか投げやりな様子で、言う。ルナチャイルドは最初茫然としていたが、数秒たってから言葉の意味を飲み込み、
「嘘なの…わたし大丈夫なの?」
「えぇ大丈夫よ…大丈夫ですとも…だからもうどっか行って…どっか…」
最後はもう、懇願だった。
静葉は最後に、輝夜と同じくうつ伏せになっていた美鈴を起こし、仰向けにして腕を胸で組ませた。温かいと思った右腕は、もう冷たくなっていた。
最後まで、誰かを守った腕だった。
小さな鬼を背負い、疲れすぎてフラフラになっているルナチャイルドの手をとって、静葉は里へ向かって歩き出す。
時折、輝夜が血を吐く音が聞こえたが、静葉は振り返らなかった。
静葉は、輝夜のことを知らない。このゲームに積極的に参加している人、ということだけしかわからなかった。
ただ、里で銃撃戦を繰り広げたあの勢いが失せ、見えない真昼の月を眺めながら死んでいく輝夜がとても哀れに思えて、美鈴を殺した仇であるはずなのに、復讐しようとか、
とどめを刺してやるとか、そういう気持ちを持つことが出来なかった。
静葉は青空を見上げ、昨夜輝いていた歪んだ月を思い浮かべる。
あぁ、あの人の名前、聞いてなかったな…。
聞けばよかった、な。
【紅美鈴 死亡】
【残り31人】
【D-4 人間の里・南の外れ 一日目 真昼】
【秋静葉】
[状態]軽い精神疲労
[装備]フランベルジェ、ルナチャイルド
[道具]支給品一式、紅美鈴の写真、不明支給品(0~2)
[思考・状況]妹に会いたい
[行動方針]
1. 美鈴が助けようとした命を助ける。
2.手当てが済んで鬼が動けるようになったら、同行を提案してみる。
3.誰ももう傷つけたくない。この不気味な剣も極力使いたくない。
4. 幽々子を探すかどうかは保留
※鈴仙と情報交換をしました。
※ルナチャイルドはエネルギーが切れました。夜になり月が出てからでないともう能力は使えません。
※静葉は輝夜からルナチャイルドに関する説明を受けていません。なので制限等の細かい仕様を知らない可能性があります。
【伊吹萃香】
[状態]体力低下による意識不鮮明 重傷 疲労 能力使用により体力低下(底が尽きる時期は不明。戦闘をするほど早くなると思われる)
[装備]なし
[道具]支給品一式 盃
[思考・状況]基本方針;命ある限り戦う。意味のない殺し合いはしない
1.にとりたちを捜す
2.紅魔館へ向う。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
3.鬼の誇りにかけて皆を守る。いざとなったらこの身を盾にしてでも……
4.仲間を探して霊夢の目を覚まさせる
5.酒を探したい
※無意識に密の能力を使用中。底が尽きる時期は不明
※永琳が死ねば全員が死ぬと思っています
※レティと情報交換しました
※美鈴の気功を受けて、自然治癒力が一時的に上昇しています。ですがあまり長続きはしないものと思われます。
[備考]
フランベルジェは中世に製作された実在の剣です。詳しくはウィキペディア等を参照してください。
大型の両手剣から細身の片手剣まで様々ありますが、静葉が扱うことのできるサイズということで小さめのものを想定しています。
その他は次の書き手様にお任せします。
静葉達が里に向かうのを見て、輝夜は大きなため息をついた。息を吐くのと同時に、腹の大穴からごぽっと血がこぼれる。
制限下では、さすがにここまで傷が深いと治せない。蓬莱の体は必死に変化に抗っているが、どくどくと脈動に合わせて、変わらず血は吹き出し続けている。
そのくせ、意識だけはやたらと鮮明なままだった。瞼が重くなってはいるが、痛みなどとっくの昔に許容量を越えて、もう何も感じない。
まさか、逃げたと思ったもう一人が後ろから迫っていたとは、全く気がつかなかった。
ルナが寝返ったから…いえ、ただ脅して従わせていただけだから、寝返りとは言わないわね。
血は止まらないのに、頭だけは回る。自分が徐々に死んでいくのを、自覚しながら、逝くのね。
これも、蓬莱の薬を飲んだ罰かしら。いまさら罰を食らうなんて、なんかもう、馬鹿馬鹿しいわ。
輝夜はもう、半ば自棄になっていた。これではもう永琳の元へ行くことは出来ない。地獄で永琳の来訪を待つことしかできないのだ。
他人の命を奪ったから、自分が地獄に連れて行かれるのは間違いない。永琳が地獄に来てくれるかどうかはわからないが、と苦笑した。
それから、ゆっくり目を閉じる。どうせあと自分にできることは何もない、とただ死を待つ。
輝夜が目を閉じると、瞼の裏に永遠亭の皆の姿が浮かび、懐かしい記憶の数々が白黒映画のように映し出された。
まさか、こんなにはっきりと走馬灯を見ることができるとはね。
輝夜は千年を越える時を、数秒のうちにさかのぼった。
月の都で初めて永琳に会った時。永琳から言われた宿題をすっかり忘れていてこっぴどく叱られた時。
蓬莱の薬を永琳と二人で作り、飲んだ時。地上に落とされた自分を、永琳が迎えに来てくれた時。そしてそのまま二人で逃げ出した時。
永遠亭に隠れ住むことを決めた時。月から逃げ出してきた鈴仙をかくまった時。てゐが率いる地上の妖怪兎達が初めて永遠亭を訪れた時。
永琳が自分のために密室の術をかけてくれた時。永琳が、蓬莱の薬を飲んだ時。
そう、私のために。
永琳。
「…えー…りん…。」
声が、思わず出てしまった。輝夜は、これが自分の声かと驚いた。あまりにも弱弱しく、か細かった。
「ごめ…な…さい……私駄目だった…一人…じゃ…駄目だったよう…」
死に物狂いで鈴仙の元から逃げ出した因幡てゐは、わき目も振らず走り続けた。
だが、突如目の前からいきなり爆発音が響き、反射的に頭を抱えて物陰に転がり込む。
きゅ、と目を強く閉じ、異変が収まるまで体を縮こまらせていた。
爆心らしき場所を見ると、見知った着物を着た女性が地に倒れている。
「あれ…ひ、姫様だ!!」
長い艶のある黒髪に桃色の着物、見間違うはずもなかった。
「あ、姫様怪我してる…」
思わず駆け寄ろうとするが、鈴仙の冷たい声が頭によみがえる。
――姫様も殺し合いに乗ってらしたわ――
輝夜へと駆け寄ろうとした足が止まった。もう少ししたら再生が始まり、何事もなかったかのように手元の銃を持って輝夜はまた殺し合いへと赴くのだろう。
わざわざ兎肉になりにいくことはない。だが大慌てでバタバタと逃げ出したら、バレて後ろを取られるかもしれない。
息をひそめて、輝夜が動きだすのを待つ。もう少し、もう少ししたら姫様はきっとどっかへ行く。ずーっと遠くへ行ったら逃げよう。
しかし、3分、5分と、ずっと待っていても、輝夜が動きだす気配はない。
まさかこんな状況でほかほか日向ぼっこなんてするわけがない。むしろ呼吸が、心なしか弱々しくなっているような気もする。
ここで、ようやくてゐが異変に気付いた。いくらなんでも再生が遅すぎるのだ。いつもなら、たとえば藤原妹紅と殺し合いをして手足を吹き飛ばす大けがを負っても、10分もかからず元に戻っている。見ればお腹に刺し傷が出来ているようだが、この程度の怪我で立てないほど衰弱するなんて、ありえない。
「――――っ…よ……――――――」
何かつぶやいている。聴覚の良さなら自信があるてゐの耳でも聞き取れないほど、小さな声だ。
「姫様…?」
そろり、そろりと、輝夜に近づいていく。少しでも輝夜に動きがあったらいつでも逃げ出せるように心の準備だけしておき、少しずつ距離を詰めて様子を見る。
だが、全く輝夜に動きがないので、とうとうてゐは輝夜の元まで来てしまった。
輝夜は、静かに涙を流していた。
「姫…様…」
てゐが声をかける。輝夜は閉じていた目をわずかに開き、てゐを見る。
「…あぁ…てゐ…」
「ね、姫様、どうしたんですか。何かあったんですか。」
「てゐ…きいて…」
てゐの問いには答えず、ただ輝夜は言葉を紡ぐ。
「わたし…もうだめ…だか…ら…永琳を…助け…」
「お師匠様?姫様、駄目ってどういうこと?姫様?」
てゐの頭が混乱し始める。暇潰しにゲームに参加している、と言った鈴仙の情報と、目の前の輝夜の状態が全く一致しない。
輝夜の体はまだ血を流したままだ。一向に再生が始まる気配がない。
「姫様、どうして再生しないんですか?ね、姫様は死なないでしょ?死なないはずでしょ?」
「不死も…封じ…られ…」
輝夜は必死にてゐに伝えようとするが、口から血があふれて上手くしゃべることが出来ない。ずっと死という変化に抗い続けた体も、そろそろ限界だった。
不死じゃ、ない?
姫様は何があっても死なないんじゃないの?
暇つぶしのゲームで死にそうになってるって、どういうこと?
「いい…?てゐ…みな…ごろしに…」
輝夜が、最期の力を振り絞って、てゐに自分の願いを伝える。
「皆殺しに…しな…さい…優勝…すれば…あなたも永琳も…助か…る…。生きたい…でしょう…てゐ…。」
輝夜の目から、どんどん光が失われていく。
「ま、待って姫様!お師匠様が助かるって、どういうことなの、姫様!」
てゐがもっと言葉を聞こうと、耳を輝夜の口へ近づける。だが、
「てゐ…貴女が来て…よかっ…た…」
言葉は、そこまでだった。
再び孤独となったてゐは、剣と銃をその手に携えて、その場を離れた。もう後には誰もいない。
はずみで出てきたのだろうか、花弁のほとんど散った彼岸花が、二人を弔うようにぽとりと、ぼろぼろになったスキマ袋と一緒に手榴弾の爆心地に落ちていた。
【蓬莱山輝夜 死亡】
【残り30人】
【D-4 人間の里・南の外れ 一日目 真昼】
【因幡てゐ】
[状態]中度の疲労(肉体的にも精神的にも)、手首に擦り剥け傷あり(瘡蓋になった)、軽度の混乱状態
[装備]ウェルロッド(5/5) 白楼剣
[道具]なし
[基本行動方針]死にたくない
[思考・状況]1,生き残るには優勝するしかない?
2,輝夜の言ったことがひっかかる。
※鈴仙から聞いた情報を疑いはじめています。
※落ちていたウェルロッドはてゐが回収しました。
※美鈴のスキマ袋は破片手榴弾の直撃を受けてボロボロになりました。中身に関しても絶望的です。
※輝夜のスキマ袋は里のどこかに放置されたままです。
最終更新:2010年01月17日 21:37