平行交差 -パラレルクロス-

平行交差 -パラレルクロス- ◆shCEdpbZWw



四季映姫・ヤマザナドゥの元を離れたルーミアは、来た道を戻って魔法の森へと引き返していた。
そして、森のすぐ近くまで来たところでピタリと立ち止まる。
そのまま、彼女が普段は見せることのない難しい表情を見せながら考え込んでしまった。

「これからどうしようかな?」

今の彼女の中にある選択肢は二つ。
一つは、さっき食べかけのままお預けを食らったような格好になった神様の元へ戻ること。
洩矢諏訪子を食べようとして、彼女を奉ってきた東風谷早苗の怒りを買った現場である。
ものすごい剣幕で怒られたことに面食らい、一目散に逃げてきたのが数刻前のことになる。
自分には理解の出来ない感情に、どうしていいか分からなくなったからなのだが、今は違う。
妖怪殺しは言うまでもなく、神殺しについても閻魔のお墨付きをもらったばかりだ。
自分は悪くない、それならお食事の続きをしてもいいよね、そう考える。

さらに、現地には諏訪子以外にもう一つ"食料"が出来上がっていた。
彼女が仕掛けた地雷によって最期を迎えた半獣、上白沢慧音だ。
彼女が死んだことで、一緒に行動していた火焔猫燐もまた早苗と同じように怒り、攻撃をしてきた。
だが、それを咎める方がおかしい、そう閻魔は言った。
ならば、慧音も美味しくいただくのも何ら悪いことなどないという理屈だ。

もう一つ、ルーミアの中にあった選択肢。
それは、あれこれ起こったことで今まで見に行くことが出来なかった一つ目の地雷、
その行く末を確認しに行くことであった。
すでに二つ目の地雷は作動し、食料を生み出している。
一つ目の地雷の元にも自分の期待するような成果が上がっているかもしれない。
そう思うと、自然にルーミアの胸は高鳴るのであった。

ルーミアにとってはどちらもこの上なく魅力的な選択肢。だからこそ迷う。
本能の赴くまま場当たり的に生きる彼女にとって、こんな選択を迫られる機会は少なかったからである。

「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な~」

誰にともなく呟きながらなおも考え込む。
しばらく考えたルーミアは決~めた、と一声発してその足を南へと向けた。
つまり、一つ目の地雷を見に行くことを選んだのである。

理由はいくつかある。
まずは、出来上がった食料を他の誰かに横取りはされないであろうということ。
あれだけの怒りを見せた早苗や燐がよもや、あれを食べるはずはないと考えたのである。
ちょっと放っておいても無くならないなら、先に他所の用事を済ませよう、彼女はそう決めた。

加えて、地雷を仕掛けたF-5のエリアがもうすぐ禁止エリアになることも大きかった。
せっかくの楽しみを味わえなくなるというのはあまりにもったいない。
間に合うかどうかは分からないが、とにかくそちらを先に済ませてしまいたかった。

…という二つの理由からルーミアは地雷の方を選んだ。
しかし、彼女の心の奥底には、早苗と燐に対する一種の気まずさがあった。
二人が見せた怒りは、知らず知らずのうちにルーミアの心に重石となってのしかかっていたのである。
いくら自分が正しいといっても、あれだけの怒りを目の当たりにしたのは初めてだっただけに、
知らず知らずのうちにそれを忌避していたのである。
だが、ルーミア自身はそれに気づいていない。
そうしたトラウマに気がつけるほど彼女は思慮深い性格ではなかった。

とにもかくにも、ルーミアは南を目指して魔法の森へと踏み入った。
頭に浮かぶ適当なフレーズを、適当なメロディーに乗せ、暢気に歌いながら跳ねるように歩を進める。
彼女を知らぬ者が傍から見れば、殺し合いの渦中にいることを忘れているかのように見えるだろう。



*   *


彼女たちを知らぬ者が傍から見れば、二人が主とその従者という関係にあるように見えるだろう。
毅然とした表情で前を見据え、ずんずんと先導しているのが西行寺幽々子。
その後ろを俯き加減にとぼとぼとついて歩くのが鈴仙・優曇華院・イナバであった。
もちろん、二人にはそれぞれ真の従者が、真の主がそれぞれに存在する。
だが、それは二人にとっては既に失われてしまったもの。
今は共にその代わりを求めるかのように、仮初の主従関係を形成していた。

歩き始めてしばらくたつが、二人に会話は無かった。
ザッ、ザッ、と地を踏みしめる足音だけしか聞こえない、重苦しい沈黙。
陽は既に西へと傾き、地平線へと没しようとしている。
夜の帳が下り、辺りが闇へと支配されるよりも早く、二人の心は既に闇の中にあった。



幽々子は自分が魂魄妖夢を殺したという可能性から目を逸らしている。
己が保身のために、フランドール・スカーレットという格好の犯人を仕立て上げ、
それを罰することで心の安寧を得ようとしていた。
フランを殺そうとは考えていない。それは、閻魔の言葉を認めてしまうことになるから。
殺すことこそが善行であり、自分は既にその一線を越えたのではないか、
そう断言するような閻魔の言葉を認めてしまうことになるから。
では、彼女を殺すことなく、自分が妖夢を殺していないことを証明するにはどうすればいいか。
それは、フランを探し出してその口から「私が妖夢を殺しました」と言わせること。
下手人が自白すればこれ以上の証拠は無い。そして、フランはそう証言するに決まっている。
…だって、妖夢を殺したのは――あの悪魔なのだから。
幽々子はそう信じ込むことで、事実から、閻魔の進言から目を逸らす。



鈴仙は自分がここまでしてきた選択が最悪であったことから目を逸らしている。
己が保身のために、力あるものを時に忌避し、時に屈服し、時に縋りつく、
そうすることで心の安寧を得ようとしていた。
それを野卑なる考えだとは思わない。それを認めてしまうと罪悪感に押しつぶされてしまうから。
自分のせいで命を散らした穣子に雛、巻き込んでしまったこいし、思いを託された静葉、
彼女たちに対する慙愧の念に押しつぶされてしまうから。
では、そんな正面から受け止めるにはあまりに大きな負の思いをごまかすにはどうすればいいか。
それは、自分の行いを誰もが生きたいという当然の欲求の下に正当化してしまうこと。
確かに自分のせいで命を落とし、道を狂わされた人妖はいる。自分は最低なのかもしれない。
…だって、仕方がないじゃない――誰だって死にたくないに決まっているのだから。
鈴仙はそう信じ込むことで、過去や、後悔の念から目を逸らす。



肉体は生きていたとしても、既に心は喪われてしまった二人。
半ば幽鬼と化した二人の少女は、言葉を発するということを忘れてしまったかのように黙々と歩く。
まるで死出の旅に出ているかのように。



*   *


木々の間を縫うようにして、軽快な足取りで歩を進めていたルーミアだったが、
三十分としないうちにその足取りは重たいものへと変わってしまった。
理由は単純明快。

「…お腹すいたぁ…」

空腹である。
思えば、"お弁当"を食べきってしまってから随分と時間が経っている。
空を飛ぶよりは走った方が力の消費が抑えられるとはいえ、早苗達から逃げるために魔法の森を横断、
そこから引き返して今に至るので、その距離は結構なものになっていた。
一応、まだ支給されている食料は多少残っているし、燐から貰ったケーキもある。
だが、それを食べても気休め程度にしかならないだろうことはルーミアにも分かっていた。

腹の虫がくぅ、と鳴く度にルーミアはやっぱり神様の所に戻った方がよかったのかな、と思う。
だが、閻魔から「意志の力が弱すぎる」とお説教を受けたばかりだけに、先刻の決断を曲げるわけにはいかない。
だから自分がこう、と決めた事にもう少し頑としてみようと思っているのである。
弾が出たら食べてもいい妖怪、人類、神様…自分が最初に定めたそのルールをもっときちんと守ろう。
弾が出たら、誰が邪魔しても、どんなに抵抗されても関係ない、絶対に食べるんだ、と決めたのだ。
逆に、弾が出なかったらどんなにお腹が空いていても食べないことにも決めているのだが。

そのルールを守るのと理屈は同じ。
自分が地雷の様子を見に行くと決めたのだから、どんなにお腹が空いていたってそれをねじ曲げない。
いつしか、最初に愉しそうに歌っていた歌も聞こえなくなった。
両手を広げるいつものポーズも、今はだらりと両手を下げてその面影を残していない。
半ば意固地になりながら、それでもルーミアは歩を進め続けた。

そうしてさらに三十分ほど、とぼとぼと歩き続けると、ルーミアの視界にある建物が目に入った。
彼女にとっては見知らぬ建物だが、特にそれを気に留める様子は無い。

「少しくらいなら…お休みしてもいいよね?」

うん、そうだ、そうしよう、そう自分に言い聞かせるようにフラフラとその建物に近づいていく。
周りからして随分と散らかっているが、休憩を取る、そう決めた彼女の意思はその程度では揺るがない。
今は休むと決めたのだから、周りがどうあろうと関係ないのだと考えている。
何か食べるものがあるといいなぁ、などと努めて明るい想像を働かせながら、扉を叩いた。

「誰かいますかー?」

もし中に誰か潜んでいたら大事になっていたであろうが、元々あまり深く物事を考えない上に、
空腹がそれに拍車をかけていて、思考能力が落ちた今のルーミアはそんなことを気にしない。
少し待ってみたが、返事がしないので、これまた無警戒に扉を開ける。
何か仕掛けが施されているのか、カラコロと音が鳴るが、やはり彼女は気にしない。
警戒するよりはむしろ面白い、変わった扉があるんだなぁ、ぐらいにしか考えていない。

建物の中は外から見る以上にさらに雑然としていたが、どうやら誰もいない様子だ。
空腹の上に、歩き尽くめだったこともあって足はもう棒のように感じられていた。
普段なら空を飛んでいるので、めったに感じることのないこの不思議な感覚もまた面白い、そう思いながら、

「誰もいないならここでお休みさせてもらおうっと」

そう呟いて、ずかずかと奥の方へと入っていくのだった。



*   *


とぼとぼと歩き続けていた鈴仙がふと頭を上げると、向こうに魔法の森があるのが見えた。
ここに来て、ようやく自分が来た道を引き返していたことに気づいたのだが、
それに加えて、ここまで何も聞かされずにただ幽々子について来ただけだということにも気づいた。
そして、ここでようやく長い長い沈黙が破られる事になる。

「あの…私たち、今どこへ向かっているんでしょうか…?」
「あら、言わなかったかしら? 悪魔を探しに向かっているのよ?」

背後からの問いに、幽々子は歩みを止めず、振り返ることもなく返事をする。

「探しに…って、当てはあるんですか?」
「もちろんあるわよ」

ピシャリと即答され、鈴仙は少しばかり面食らった。
そんな鈴仙の心中を知る由もなく、幽々子はさらに続けた。

「吸血鬼は太陽が苦手でしょう? だから、日が沈むまでは光が遮られるようなところにいるはずよ」

日傘のようなものでもあれば別でしょうけどね、そう続けるのを半ば聞き流しながら鈴仙は次の質問を放つ。

「行く当ては分かりました…でも、どうして悪魔を…フランドール・スカーレットを探しているんですか?」

鈴仙にはある程度その理由を察していたが、幽々子の口からその確たる理由を聞きたかった。
あら、それも言っていなかったかしら、そう前置きをした幽々子が、今度は逆に鈴仙に問いかけた。

「私の従者、魂魄妖夢が既にこの世のものでないということは貴女も放送でご存知でしょう?」

鈴仙は放送に加えて、先刻実際に妖夢の死体と対面しているのであるが、それは言わずにおいた。
否定をしないのを肯定と捉えた幽々子の口から、おおよそ鈴仙の想像していた通りの答えが返ってくることとなる。

「妖夢を殺したのが――フランドール・スカーレットなのよ」




再び二人の間に沈黙が訪れた。
相変わらず、幽々子は鈴仙の方を向き直ることもなく、その歩も止めることはない。
そして、次に沈黙を破ったのは幽々子の方だった。

「貴女、あの悪魔の能力はご存知かしら?」
「…いえ、噂に聞いた程度にしか…」

そう、と冷淡に幽々子は答えた。
鈴仙が知っていようが、知っていまいが関係ないとでも言うかのように、さらに続ける。

「彼女の能力はあらゆるものを破壊するというものよ。
 妖夢の側には本来あるべきの半霊の姿が無かったわ。恐らくは悪魔によって破壊されたんでしょう」
「あらゆるものを破壊…って、そんな反則じみた能力が…」
「でも、実際に妖夢の体にはこれといった致命傷は見受けられないの。
 そうした痕跡を残さずに命を奪える能力者など、その悪魔以外に考えられるのかしら?」

確かに鈴仙も妖夢の死体を見立てた限り、致命傷となる外傷が無い事に疑問を感じていた。
そうした能力があればあるいは…そう考える鈴仙は、同時にある違和感も感じていた。
その違和感の正体を確かめるべく、今度は鈴仙の方から問いかける。

「…確かに、そんなとんでもない能力があるのなら可能かもしれません。
 ですが…決して吸血鬼の肩を持つわけじゃありませんが…その…」

そこで言い淀んだところで、幽々子が続けなさい、と促す。
相変わらずこちらを振り返ろうとせず、鈴仙は幽々子が何を考えているかを顔色から読み取ることが出来ない。
様子を窺ってから次の言葉を継げようとしたが、それを諦めて鈴仙は核心に触れるべくさらに一歩を踏み込んだ。

「証拠は…あるのでしょうか…? フランドール・スカーレットが妖夢さんを殺したという、確たる証拠が…
 確かに、状況証拠からすれば彼女は誰よりも怪しいです。ですが、それはあくまで状況証拠でしかありません。
 もしかしたら他にも、そうした外傷を与えることなく命を奪えるような、そんな能力が…」
「証拠も何も…」

そこまで言ったところで、幽々子がそれに対する答えを被せてきた。
そして、その答えは鈴仙の予想を超える驚きをもたらすものであった。

「私はその現場に居合わせたわ。妖夢が命を落とした、その現場にね」
「なっ…」

鈴仙は絶句した。
現場の様子を知っていることに加え、妖夢の死体に幽々子の衣服が着せられていたことから、
少なくとも自分と同じように惨劇の痕を見つけたのだろうとは思っていた。
もしかしたら、妖夢の最期を看取ったのかもとは思っていたが、本当にその現場に幽々子本人が居合わせていたとは。
鈴仙の驚きをよそに、幽々子はなおも続ける。

「半日ほど前のことかしらね、魔法の森で私は妖夢と合流することが出来たわ。
 妖夢の傷の手当てをするために、私たちは香霖堂という雑貨屋に向かって、そこで休息を取っていたの。
 そして、そこに現れたのが…」
「フランドール・スカーレットその人だった、というわけですか…?」
「ええ。でも悪魔だけじゃないわ。霧雨魔理沙と八雲藍、それと何やら黒髪の妖精がいたかしら」

黒髪の妖精。恐らく妖夢の隣で息絶えていたあの妖精のことだろう。

「ということは…白黒に八雲の式もまた共犯者、ということなのですか…?」
「どうかしらね…その可能性は無いわけじゃないけれど…
 どちらかといえば、気まぐれな悪魔がその本性を隠して二人と行動を共にしていたと考えるほうが自然ね」

そう言うと、幽々子は懐から一枚のメモを取り出して鈴仙に差し出した。
体を一瞬こちらに向けた時に、鈴仙は幽々子の表情を読み取ろうと試みるが、
俯き加減の顔からは多くの情報を得ることは出来なかった。

「これは…」
「この異変について私たちが考えることをまとめた覚書よ」

見ると、明らかに複数の人物のものである筆跡が書き連ねられている。
主催者や首輪、霊夢に関する推測と考察が、各々の視点から並べられていた。
首輪に盗聴機能がついているであろうことと、知らない顔ではない小野塚小町が殺しに回っているであろうことは、
鈴仙の心中にまた別の驚きをもたらしたのだが、そのことを頭の片隅にだけ留めておいて話を戻した。

「このメモは確かに大いに参考になるものですが…このメモがいったい何の関係が…?」
「主催者に対する考察を読んで御覧なさい。興味深いことが書いてあるわ」

鈴仙がもう一度メモに目を落とすと、そこには他の字より幾分稚拙さを感じる筆跡が残されていた。
参加者の顔触れからすれば、それがフランのものであると想像するのは容易であった。
そしてその字が鈴仙に伝える内容を読み込んでみると…

「師匠が…吸血鬼と一戦交えてる…?」

確かに、自分も師匠とは一戦交えたがあれはこちらが仕掛けた戦い。
それに、師匠が姿を消していた自分を戦闘中に認識は出来ていたかと聞かれれば否、と答えるだろう。
命のやり取りをするというこの舞台で、姿の見えない敵に襲われれば自衛のために応戦はして当然だ。
もし自分がきちんと姿を現していたのなら、あるいは戦いは避けられたのかもしれない。
だが、フランのメモを読む限りでは師匠はかなり好戦的な態度で接していたらしい。

「そこに書かれた貴女の師匠の姿は、貴女に残されたメモの内容と大きく食い違っているわ。
 身内であることを贔屓目に見たとしても、それだけ好戦的な主催者が貴女を見逃すとも思えない。
 どちらかと言えば、魔理沙の考える八意永琳像の方が、貴女へメモを残す彼女の人物像に重なるわね」
「つまり…吸血鬼は嘘を吐いていると…?」
「貴女へのメモや、貴女の命があることも含めて考えれば、悪魔の証言は明らかに不自然よ。
 もしかしたら…妖夢は何かしらの形でその不自然さに気づいたのかもしれないわね」
「かもしれない…?」

幽々子の言葉に反応して、鈴仙が顔を上げる。
相変わらず鈴仙に向き直ることも無く、ただ力なく首を横に振りながら幽々子は告げた。

「そこから先のことは…よく覚えていないわ。
 ただ…気がついたら悪魔は姿を消し、妖夢と妖精の死体だけが遺されていたわ。
 悪魔の嘘に気づいた妖夢がそれを糾弾しようとして、逆に悪魔に襲われた。
 妖精は大方その巻き添えを食らったのでしょうね」
「白黒と八雲の式は…?」
「悪魔を追って香霖堂を立ち去ったとすれば…筋は通るでしょう?」

幽々子がそこまで告げると、再び沈黙が二人を支配した。



さて、今や鈴仙にとって唯一の拠り所とも言っていい幽々子の言葉を、彼女はどう捉えたのだろうか?
実は、鈴仙は幽々子の言葉を半信半疑にしか捉えていなかった。
彼女は幽々子の推理に潜む、違和感の正体に気づいてしまったからである。

フランの能力は、あの外傷の無い不自然な死体が出来た理由を確かに説明し得るものだ。
だが、あの場に同じことを実行し得る人物がもう一人いることを幽々子は見逃している。
見逃している、というよりはその可能性を努めて排除しているように鈴仙には思えた。
今目の前にいる、西行寺幽々子。彼女自身もまた同じことが出来るのでは、と鈴仙は気づいたのである。
死を操る程度の能力、幽々子が冥界を任されているのはこの力のためであるとも言える。
その力を行使したとするなら…外から見て分かる致命傷を残さずに対象を死に誘うことも出来るはず。

幽々子と妖夢の二人が、固い主従関係にあったことは鈴仙にも重々承知していた。
殺し合いという状況が状況とはいえ、幽々子が明確な殺意を持って妖夢に接したとは考えづらい。
だが、それが不慮の事故だとしたら…考えられない話ではない。

幽々子は現場に居合わせていながら、肝心の殺害の瞬間を目撃していない。
その瞬間を覚えていないというのは、妖夢の死により短期的な記憶喪失に陥ったからでは、そう鈴仙は考える。
医術に関しては心得があるし、狂気を操る彼女にとって精神のことは得意分野だ。
記憶喪失の原因は、十中八九、妖夢の死そのものによるショックなのだろう。
それが望まぬ形で、幽々子の手によってもたらされたものだとしたら…
そのショックたるや想像するにはあまりに酷なものになるはず。記憶の解離が起きても不思議ではない。

その他にも不自然な点はいくつかある。
致命傷が見受けられなかった妖夢に対し、妖精のほうは腹部を貫かれたことが死因と見ていいだろう。
同じところに、同じ時刻に出来上がった死体にしてはその様子があまりに違いすぎた。
妖夢と妖精を手にかけたのは、それぞれ別の人物なのかもしれないと新たな可能性も出てきた。

また、フランが犯人だとして、その後意識を失った幽々子を放置したのも不自然だ。
放っておけば、妖夢を殺したことで付け狙われるかもしれないのに。
気が触れているという噂の彼女なら、あえてそうすることで幽々子に苦しみを味わわせようとした、
あるいは、フランが幽々子を襲うのを魔理沙や藍が阻止しようとしたから…そうしたことも考えられなくはないが…

鈴仙の中でフランへの疑いが晴れたというわけではない。
だが、もしかしたら幽々子こそが妖夢殺しの犯人なのではないか?
そんな考えが浮上してきたのだ。



さて、そうした可能性に気づいたところで、鈴仙はそのことを幽々子に問い質すだろうか?
答えは否、である。

自分のやっていることは探偵の真似事ではないのである。
ここで真相を追究したところで、鈴仙にとって何一つ益になることは無いのだ。
もし、幽々子が本当に妖夢を殺していたことに気づいて、この場でその罪の意識に苛まれたら?
記憶の解離によって辛うじて守られていた精神はズタズタに傷つけられるだろう。
鈴仙が狂気を操るまでも無く、幽々子が狂ってしまうことは容易に想像がついた。
そうなれば、自分を庇護してくれる貴重な存在を失ってしまうことになる。
下手をすればこの場で自分が命を落とす可能性だってある。

つまるところ、鈴仙は保身のために真相の追究を諦めたのである。
狂いかかっているとはいえ絶大な戦闘力を持ち、権威も健在な幽々子を失うわけにはいかなかったのだ。
たとえそれが、かつて香霖堂で妖夢の死体を前にした時にした誓い…
「仇はきっと取るから」というものを自ら破ることになったとしても。

ほら、やっぱり私の本質は裏切り者なのだ。
月の仲間を裏切り、穣子や雛、こいし、静葉の思いを踏みにじり、師匠には恩を仇で返す真似をして…
そして、今は妖夢に立てた誓いさえあっさりと捨て去ろうとしている。
そんな自分に嫌気が差しながらも、生きるためには仕方の無いことだと、また鈴仙は自分を正当化した。



「もし…悪魔を見つけてどうするんですか…? やっぱり…殺すのですか…?」

恐る恐る問いかけた鈴仙に対して、しばらく考え込んだ様子の幽々子が返す。

「敵討ちは…妖夢の望むところではないわ…それをしたところで妖夢も帰ってきませんもの。
 だからと言って、野放しにしておけば皆の命が危ないわ。
 もし可能ならば…捕縛して何らかの形で無力化を図るつもりよ。
 妖夢を殺した罪は…この異変が解決した後にでもゆっくりと償ってもらいましょう」

妖夢を殺したのはフランドール、ただし私は決してフランを殺さない。
自分は殺していない、だからこれからも誰も手にかけるつもりはない…
それが、閻魔の提示した可能性に対して幽々子が見つけ出した逃げ道だった。

一方、鈴仙は考える。
真実はともかくとして、いざ吸血鬼と交戦となった時に自分はどうするだろうか、と。
ただでさえ、幻想郷のパワーバランスの一角を担う存在である吸血鬼が相手なのだ。
おまけに、今は武器さえ持ち合わせていないのである、自分が一番危ないのは言うまでも無い。
もちろん、戦場では幽々子がある程度は自分を守ってくれるだろうが…どこまで余裕があるかは分からない。
つまり、自分の命が危なくなれば、幽々子を裏切ることでその命を永らえようとするのだろう。
今までそうしてきたように、これからも自分は裏切りと逃走にまみれた生を送るのでしょう、そう密かに自嘲した。

そこまで考えたところで、鈴仙は急に立ち止まった幽々子の背中にぶつかってしまう。

「す、すみませ…」

謝ろうとした鈴仙を手で制して、幽々子が静かにするように命じる。
鈴仙が顔を上げると、視線の先に香霖堂があった。
鈴仙はいつの間にそこまで歩いてきていたのか、と思った。

「誰かいるわね」

ぼそり、と幽々子が呟いた。
試しに意識を集中させてみると、香霖堂の中から何か物音がしたのを鈴仙は感じ取った。

「もしかして…吸血鬼でしょうか…?」
「考えられるわね…現場に戻って証拠を隠滅しているのかもしれないわ」

そこまで思ったところで、幽々子は妖夢をしっかりと葬らなかったことを後悔した。
悪魔が戻って、妖夢の死体を跡形もなく破壊したら…想像すると寒気が走った。
あぁ、私がすべきことをしなかったばかりに、死してなお妖夢に苦しみを味わわせてしまうなんて。
それでは魂も浮かばれない、そう思った幽々子は、足音を立てないよう注意しながら香霖堂へと歩み寄る。

「悪魔かどうかは分からないけれど…どちらにしても死者を冒涜することは許せないわ…準備はいいかしら…?」

促された鈴仙は一瞬躊躇ったが、思い直して幽々子の後に続いた。
今はまだ幽々子の庇護の下にいたほうがいいと考えたのである。



二人の心中は未だ負の螺旋を抜け出すことが出来ずにいた。
仮初の主従関係ではその心を通わすこともかなわず…互いに心中の問題を先送りにしている。
そして、そのことに幽々子と鈴仙は気づいていなかった。



*   *




建物の奥に進んだルーミアは歓喜していた。
何か食べ物があれば、そう思っていたところにご馳走が並んでいたのだ、しかも二つも。
試しに呼びかけてみたが、どちらも返事が無い。昼に見つけたお弁当と同じだった。
しかも、片方は銃の弾も出た相手だ、これを食べるのに自分のルールは妨げにならない。
邪魔が入ってお預けを食らっていただけに、惜しかったなぁという思いもあった。

「でも…ちょっと多いかな」

空腹感はあったとはいえ、地雷を探しに行く時間も必要だった、あまり食事に時間は取っていられない。
そこで、まずは隣に並んでいたもう一つのご馳走に目をつけた。
サイズも幾分小さく、とりあえず小腹を満たす程度には打ってつけだった。

「いっただっきま~す!」

ルーミアは律儀に両手を合わせてから、そのご馳走を貪った。
腕を貪り、足を貪り、胴を貪り、最後に頭を貪って…
とうとう黒髪の妖精は跡形も無くなってしまった。
体に残っていた血や体液で口の周りを汚しながら、ルーミアはもう一度手を合わせた。

「ごちそうさまでしたっ!」

心も体も満たされたところで、もう一つのご馳走に再び目を移す。

「こっちはお弁当にしようっと」

さっき会った時とは服装が変わっていたが特に気にしなかった。
自分を邪魔した人の服装だということには気がつかなかった。
もちろん、ここで何が起こったかをルーミアは知る由もないし、知ろうとも思わなかった。

「そのまま持っていくのは大変だよね…」

しばらく腕組みをしながら考え、名案を思いついたルーミアはポン、と手を打つ。

「そうだ、細かく分けていけば運びやすいし、食べやすいよねっ」

我ながらいい考えだ、と血に汚れた口角をにーっと上げて満面の笑みを浮かべる。
そうして、横たわる妖夢に手を伸ばし、強引に引きちぎろうと力を込めた。



ルーミアはすっかり作業に夢中になっていた。
だから、外から近づく二つの気配に気づくことは出来なかった。



*   *




西行寺幽々子。
鈴仙・優曇華院・イナバ。
そして、ルーミア。

これまでそれぞれ違う道を進んできた三人の少女の道。
それが、今まさに交わろうとしていた。


【F-4 香霖堂 一日目 夕方】


【西行寺幽々子】
[状態]健康、親指に切り傷、妖夢殺害による精神的ショックにより記憶喪失状態
[装備]64式小銃狙撃仕様(13/20)、香霖堂店主の衣服
[道具]支給品一式×2(水一本使用)、藍のメモ(内容はお任せします)、八雲紫の傘、牛刀、中華包丁、魂魄妖夢の衣服(破損)
    博麗霊夢の衣服一着、霧雨魔理沙の衣服一着、不明支給品(0~4)
[思考・状況]妖夢の死による怒りと悲しみ。妖夢殺害はフランによるものだと考えている。
1.鈴仙と行動を共にする
2.フランを探す。見つけたら捕縛しようと考えている
[備考]小町の嘘情報(首輪の盗聴機能)を信じきっています

※幽々子の能力制限について
1.心身ともに健やかな者には通用しない。ある程度、身体や心が傷ついて初めて効果が現れる。
2.狙った箇所へ正確に放てない。蝶は本能によって、常に死に近い者から手招きを始める。制御不能。
3.普通では自分の意思で出すことができない。感情が高ぶっていると出せる可能性はある。
それ以外の詳細は、次の書き手にお任せします。



【鈴仙・優曇華院・イナバ】
[状態]疲労(中)、肋骨二本に罅(悪化)、精神疲労 、満身創痍
[装備]破片手榴弾×2
[道具]支給品一式×2、毒薬(少量)、永琳の書置き
[思考・状況]基本方針:保身最優先
1.しばらくの間は幽々子に守ってもらうが、命が危なくなったら裏切りも検討
2.輝夜の命令を実行しても自分は殺されるだろう
3.輝夜、永琳は自分を捨てたのだと思っている
4.穣子と雛、静葉、こいしに対する大きな罪悪感

※ルーミア、フランドールに対してどうするかは不明
※藍のメモを読んで、内容を把握しました
※幽々子が妖夢を殺した犯人かもしれないと考えていますが、問い質す気はありません



【ルーミア】
[状態]:懐中電灯に若干のトラウマあり、裂傷多数、肩に切り傷(応急手当て済み)、満腹で満足
[装備]:リボルバー式拳銃【S&W コンバットマグナム】4/6(装弾された弾は実弾2発ダミー2発)
[道具]:基本支給品(懐中電灯を紛失)、357マグナム弾残り6発、フランドール・スカーレットの誕生日ケーキ(咲夜製)、不明アイテム0~1
[思考・状況]食べられる人類(場合によっては妖怪)を探す。
1.自分に自信を持っていこうかな
2.お弁当の準備が出来たら、また地雷の様子を確かめに出発しよう
3.地雷を確かめたら、慧音と神様のところに行ってみよう
4.日傘など、日よけになる道具を探す

※古明地さとりの名前を火焔猫燐だと勘違い
※映姫の話を完全には理解していませんが、閻魔様の言った通りにしてゆこうと思っています


※スターサファイアの死体はルーミアに食べられました。
※ルーミアの作業がどこまで進んでいるかは次の書き手の方にお任せします。


133:違和感№909 時系列順 135:吸血鬼の朝が来た、絶望の夜だ /紅魔の夜の元、輝く緑 
133:違和感№909 投下順 135:吸血鬼の朝が来た、絶望の夜だ /紅魔の夜の元、輝く緑 
130:Ohne Ruh', und suche Ruh' 西行寺幽々子 138:Who's lost mind?
130:Ohne Ruh', und suche Ruh' 鈴仙・優曇華院・イナバ 138:Who's lost mind?
127:灰色の未知の世界 ルーミア 138:Who's lost mind?

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最終更新:2010年06月05日 13:45
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