第1話

ナビ



部屋に帰ると、見知らぬおねーさんが隠してあったエロ本を読んでいた。

「……誰?」
「あ、おかえり。」
とっさに疑問が口に出たが、望んでいた答はもらえなかった。
しばらく玄関の前で立ち尽くして、よく状況を考えてみる。
俺は家からかなり遠い私立高校に入学したため、このアパートで一人暮らしをしている。
今日部屋を出る時、鍵は間違いなく掛けた。三回は確認したので間違いない。
鍵を持っているのは俺と両親と管理人のおっさんくらいだ。
ではこの人は管理人の娘さんだろうか。
しかしまだ疑問は残る。
この狭い部屋とはいえ、あの本の隠し場所は友人にも親にも一度も見つかったことがない。
なぜそれを見つける。探偵か? 女のくせに読みふけってるのは、彼女は実は男で変装しているというのか? 俺が探偵に調査されるような悪いことをしたのか?
などとどんどん変な方向に思慮をめぐらせていると彼女が二言目を口にした。
「信じられないかもしれないけど、私は十年後の未来から来たの。」
「はい……?」
どうやら頭のおかしい人のようだ。どうやってお引き取り願おうか。
いや、やっぱりその前に正体だけでも聞いておくか。ここで追い払ったら一週間は気になって夜も眠れそうにない。
「あの……もう一度お伺いしますが、どちらさまでしょうか?」
彼女は何も言わず、何かをこちらに投げてよこした。
見るとどうやら免許証のようだ。俺はこれを見て、開いた口がふさがらなかった。
住所は違うものの本籍、生年月日が俺と同じである。そして交付日が六年後。
最後に、『氏名: 田岸優子』。俺と一文字違いである。
「……こんな妙な偽造までして、手の込んだイタズラですね。」
「しょうがないなあ……じゃあ……」
彼女は顔を赤らめた。
そして何をするのかと思いきや、誰にも言っていない俺だけの秘密であるはずの出来事を話し始めたのだ。内容はとても言えない。


「……分かった?」
言っている本人も半分涙目である。
しかし俺はそんなことよりももっと別のことが気になり始めていた。
「で……女……なんですね……。」
この世界では五十年ほど前から思春期の男子が突然女の子になるという病気のようなものが浸透していた。
今のところ、それを防ぐ手段は性交渉のみであるということ以外は分かっていない。
つまりこういうことだ。この人は俺の、女体化した十年後の姿であるということだ。
まだ完全に信じたわけではないが、状況からしてそう考えるのがいちばん合理的であった。
「うっ、うるさいわね!」
なんかもう今にも泣きそうなので話題を変えることにした。
「ところで何故この時代に?」
「うちの教授がタイムマシン発明したんだけどね、実験自分で行くのが怖いからお前が行けって。」
「大変ですね。」
「他人事じゃないのよ。いい、あんたが私に何かしたら、全部未来の自分に跳ね返ってくるんだからね。」
「はいはい、分かりました。」
格好や態度や仕草があまりにも女しているので、俺はやはりこれが未来の自分だとは思えなかった。
「そういやこのときはまだ信用してなかったかな。……まあいいわ、しばらくここに泊めさせてもらうから。」
「へ?」
こうして、波乱の日々が始まった。

「じゃあ私はベッドで寝るから、優太は下で寝てね。」
「え、ちょっと……。」
「おやすみ。」
そう言うと、「私は寝てますよ」と言わんばかりに寝息を立て始めた。
こんなことを思うのは初めてだが、女は怖い。


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最終更新:2008年09月06日 23:12
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