第8話

ナビ



「今何してるの?」
「見て分かるでしょ、勉強。」
「ふうん。」
もうそろそろ夏休みであるが、その直前の一大イベントとして期末試験というやっかいなものが待ち受けている。
「教えてあげようか。」
「あ、じゃあ英語お願いします。」
「英語かあ、英語は暗記教科だからね、例文覚えなさい。」
それもそうか。でもそう言われるとほとんどが暗記教科な気もするのだが。
「えっと、じゃあ現代文を、」
「現代文なんか問題文よーく読んでたら分かるわよ。大体センターでしか使わないし。」
一理ある。一理あるけどこの人は教える気があるんだろうか。
「……じゃあ何なら教えてくれるんですか?」
「数学と物理。」
「間にあってます。」
よく考えると自分同士なんだから当然得意教科は同じなわけで。最初から期待すべきじゃなかった。
「なんなら微積分でも教えようか?」
「そういうのはもっと余裕のある時にお願いしますよ。」
夜は更けてゆく。

「ふわあ……。」
昨日の夜はなかなか眠れなかった。勉強していたのもあるが、それよりもなんだか心が落ち着かない。
女体化してすぐだからかもしれない。でも原因は他にある、と深層心理が主張している。
「今のあくびすっごい可愛かった。な、もう一回やってよ。」
「言われてすぐに出るようなもんじゃないよ。」
馬鹿が一匹、悩みを吹き飛ばしてくれました。そういうこと言ってるからモテないんだと思うよ。
そういえばこいつは女になるんだろうか。名前もどっちでも使えるような感じだし。ま、わざわざ優子さんに聞いたりはしないけど。
翔の方は……大丈夫だよね。あれ、でも……。
「ユウ?」
「ふぇ? あ、ご、ごめん。ちょっと考え事を。」
「そんな恐縮されてもこっちが困るよ。」
はは、と苦笑いする翔。なんだか、体中から湯気が出てる気分になる。
「ユウ、箸が進んでないけど。」
そう、今は昼休み。四人で弁当を食べているところである。
この学校には中庭に木製のテーブルが数台ある。そこは木陰になっていて夏の間は激戦区となるのだが、今日は運よく取ることができた。
「え、そう? 女になって胃が縮んだかな?」
実は違う。いつもの半分も食べていない。それは悩んでいるから。
しかも、自分が何を悩んでるのか分からなくて悩んでいる。
このモヤモヤの正体を知りたい。
「からあげ、もらっちゃうよ?」
「うん、いいよ。」
せめてこの訳の分からない感情の片鱗さえつかめれば……。
ため息は募るばかりだった。

放課後。クラスメイトの女の子に呼び止められた。たしか名前は……。
「真由、でいいよ。私もユウって呼ぶね?」
「うん、えっと、よろしく?」
ずっと同じクラスにいたのにこう言うのも変かなと思いつつ。
「ユウー!」
「ごめん明、先帰ってて。」
テスト前なので足を引っ張っちゃ悪いかなと。
向こうの三人も会話の邪魔しないようにとでも思ったのか、すんなり教室から出て行く。すると真由の意味深な発言。
「帰してくれてちょうど良かった。」
「え、何の話?」
教室にはまだちらほら生徒たちが残っている。ここじゃ話しにくいからと中庭まで誘導される。昼休みに食事をとっていた所だ。
ベンチに座ってため息ひとつつくと彼女はこう切り出した。
「私、好きな人がいるの。」
どう反応していいのか分からない。それが俺とどう関係あるのか。まさか俺?
「協力して。」
ではないようだ。まあ今さら女の子から告白されても嬉しい……ことは嬉しいが……。
って、そんな仮定の話は置いといて。
「そんなこと言われても、相手が誰か分からないのに。」
「あっ、うん……。」
顔を赤らめてうつむいている。そんなに恥ずかしいなら最初から打ち明けなきゃいいのに。
「……くん。」
「あ、あいつ?」
たで食う虫も好き好き、か。彼女が出したのは博美の名前。
まあ人の好みをとやかく言う気はない。俺もなんだかんだで友達やってるわけだから。
「で、何を協力すればいいんだ?」
「あ、そこまでは。」
考えてなかったのか。しょうがないな。
「とりあえず、今度『五人で』遊びにでもいくか。」
「……ありがとう。」
なんだろう、この会話の、どの時点かは忘れたが心底『ほっとした』気がする。彼女と一緒にいれば、今直面している問題の答えが見つかるのだろうか。


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最終更新:2008年09月06日 23:15
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