ナビ
みんなの視線が痛い。そりゃあ突然見知らぬ女の子が教室に入ってくるんだから驚くのも無理はない。現に俺だってこの前は驚いたさ。
まあそれも一瞬のことで、すぐにおしゃべりを再開する。だがそれが余計に恥ずかしい。きっと話題は俺のことなんだろうな。
「ユウ!」
「あ、分かった?」
「うん、雰囲気で。それに……、」
「おっ、優太じゃん。可愛くなったな。」
博美、いきなりすぎるぞ。教室の入り口で話してた俺も悪いが。それから、よくそんなことさらっと言えるな。こっちが照れる。
「それにしても優子さんそっくりだな。」
「あ、優子さんっていうんだ、あの人。」
そういえば明も彼女に会ったことあるんだったっけ。
さて、『名前の言い訳』を考えておかないとな。
俺が席に着くと翔も寄ってきていつもの形になる。俺の席に集まるのはただ単に四人の席の真ん中にあるからで深い理由はない。
「おはよう、えーっと……、俺たちもユウでいいかな。」
「うん、そうしてくれるとありがたいかな。」
我ながら変な言い回しだったと思う。そのせいかどうかは知らないが、博美からさらに名前について突っ込まれる。
「で、なんて名前にしたんだ? 改名したんだろ?」
「う、それは……。」
「なんだ? もしかして恥ずかしい名前なのか?」
「そういうわけじゃないけど……。」
三人とも興味津々といった感じで目を向けてくる。
これじゃあ観念せざるを得ないだろ。多勢に無勢じゃないか。
「……従姉と同じ名前付けるのってどう思う?」
よく意味が分かってないのか皆ぽかんとしてる。しょうがないので反論の隙を与えることなく嘘八百をまくし立てる。
「だって親が俺に何も言わずに、優子さんのことすっかり忘れてて『響きがいいから』って付けたんだからな! えと……、それから……、漢字は違うんだから! ゆうこさんのは『余裕』の『裕』だから!」
勢いで変なことを言ってしまった。ややこしいことになる前に優子さんに伝えておかないと。
「わ、分かった。分かったから落ち着け。」
タイミングよく始鈴が鳴って、その話はそれっきりとなった。
美味いなあ、優子さんの作ってくれた弁当は。自分で作るより十倍は美味い。そもそも自炊暦三か月と十年じゃあ格が違うよな。
自炊といえば、優子さんが来てからちょっと家事サボり気味だな。まあ彼女暇そう……というより俺がいない間何してるのか分からないけど、一応俺の家なんだしあんまり手伝わせるのもな……。
などということを考えながら弁当を掻き込むお昼時。
俺は急いでいた。あいつらと一緒に食べるのも今日は断った。
なぜなら五時間目、体育。そう、水泳の時間である。
つまりそれは女子更衣室を使うということ。見るのはそりゃあ多少興味はありますが、見られるのは絶対に嫌だ。
ということで昼食を十分で片付け、猛ダッシュでプール脇の小屋へ向かった。
「……何考えてるんだ俺は。」
なぜか手ぶらで来ていた。あせり過ぎていたようだ。そもそもまだ水着すら買っていないじゃないか。
購買部で水着を買って教室に戻る。無駄に走ったせいで息が上がっている。こらそこ変な目で見るな。ちょっと机で休憩。
さて、水着よし、ゴーグルよし、バスタオルよし。
まだちょっと疲れてるので今度は歩いて行く。よし、まだ誰も来てないな。いざ、ドアを……、
「……あれ?」
開かない。
思い出した。体育館で授業する時はいつも体育委員が職員室に鍵を取りに行っていたから、ここも同じだろう。
「しょうがない、取りに行くか……。」
一応体育委員でなくとも鍵をもらうことはできるらしい。
鍵を持って戻ってくるとちょうど明と鉢合わせになった。
「あ……、鍵、持ってきたぞ。」
「ふふ、ご苦労様。」
俺が右往左往してるのをどこからか見ていたのだろうか。
中に入ると、意外と広いことに驚いた。適当な位置に陣取ると、明は早速ブラウスのボタンを外し始めた。
「ねえ、スカートってすーすーするよね。」
俺はといえばまだ制服に手をかけようか迷ってる段階で、いきなりそんなことを話しかけられた。
一方で明のほうは既に上半身は下着姿で、俺は慌てて目をそらす。
「あ、ああ。さっき歩いてたら下着丸出しなんじゃないかってふと思った。そんなことないのにね。」
俺はなんて恥ずかしいことを言ってるんだろうか。きっと、明しかいないから話せるんだろう。彼女のほうもそう思ってこの話題を持ちかけてきたはず。
「そんなに照れなくてもいいじゃない、同性同士なんだから。」
そうは言ってもこっちはまだ女になって二日目なんだ。自分の体すらまだ見慣れていないのに……。
「あ、ああああああきら!」
気がつくと彼女の身を包むものはもはやショーツ一枚、そしてそれを今にも下ろそうとしている。
「何?」
「何っておま、今裸に……!」
見るのは興味あったはずなんだけどな。
「こんなので恥ずかしがってたら修学旅行の時どうするの?」
それは確かにそうだが、「こんなので」って、この世に全裸になること以上に恥ずかしいことがあるだろうか。特に女にとって。
明が作業を再開しそうだったので慌てて目を壁に振り向けた。
そして思い出した。早くしないと他の子も来てしまう。バスタオルを体に巻きつけ無心で着替えに集中した。
「早いね。」
ものの一分もかからなかった。やればできるじゃないか俺。
「でもユウ……。」
明は自分の胸をちょんちょんと叩いている。なんなんだろうか。
「下見て。」
「あ……。」
乳首がくっきり浮き出ていた。
「サポーターつけないと……。」
ギリギリ間にあったようだ。女の子たちが入ってきて、制服を脱ぎ始める……。
「……その手があったか。」
彼女たちは制服の下に既に水着を着込んでいた。
水しぶきがまぶしい。
準備体操の後ウォームアップとして二往復ほど泳いだが、水の抵抗が今までと違い胸にもかかり逆に股間はすうっと流れるのでムズムズする。
集合のため一旦上がって先生の話を聞くところによると、初日なので泳力チェックを行うとの事だ。
順番を待っている間ふと男子のほうが気になって目を向ける。と、そのうちひとりと目が合ってしまった。
一度気になるともう止まらない。見られてる。
自然と胸を抱えて前かがみになる。
「具合でも悪いの?」
「い、いや。」
もはや皆に見られてる気がする。怖くて目を向けることができずそう思い込んだ。
彼らは俺のこの姿を目に焼き付けているに違いない。そして夜のお供に……。
「見るなーっ!」
思わず叫んでしまった。
「あ。」
そしてプールサイドにいた全員の注目を浴びるのだった。
「ふふ、田岸くんったら。自意識過剰よ。」
案の定、更衣室で女の子たちにからかわれるのであった。
「それとも何? 気になる男の子でもいるの?」
「いるわけないだろ。昨日女になったばっかりなのに。」
「それもそうね。じゃあ女の子は?」
「いないよ。」
「そっかー。」
いや、そんなにがっかりされても。
「というかさ、俺、恋したことないんだよね。だから好きになるってのがどんな感覚か分からなくて……。」
あれ? 何かまずいことでも言ったのだろうか。一瞬場が固まった。そして、
「可愛いー!」
黄色い声が一斉に響き渡った。
「じゃあアッキーは?」
アッキーって明かよ、いつの間に女の子たちになじんでたんだ?
「僕は……、」
固唾を飲んで見守る。どうせ似たようなもんだろ、と思ってたのに。
「僕は、ユウが好き。」
な、なんて言った今? 俺? えっと、本人がいる前でそんなこと言いますか。
もう外に出て思いっきりどこかへ走り去りたい気分だった。ああ青春。実際この場から逃げ出そうとドアノブに手をかけた。
「ちょっと、どこ行くの?」
自分でも分からないさ。でもどこに行こうが俺の勝手だろ。
「……そんな丸裸で。」
え?
「…………。」
バスタオルにダイビング。
「み、み、み、見るなっ!」
帰り道。今日は翔と二人だけだ。
「今日は疲れた……。」
「そのうち慣れるよ。」
なんかそっけなくない? などと思ってしまう。
「どこか寄り道してアイスでも食べ……。」
「ユウ!」
いつの間にか翔に支えられていた。
「あれ、俺……。」
「今日はまっすぐ帰ったほうが良さそうだぞ。」
そう言って手を……。
「お前! 何やって!」
「少し、熱があるな。」
「え?」
そういえばさっきから息が荒い。
「歩けるか?」
「な……、馬鹿にしてんのか!」
そう言って数歩歩いたところで、
「おい!」
まただ、また意識が飛んだ。
「ほら、かばん持つよ。」
「うん……。」
結局翔の肩に支えられて家まで帰ることとなった。
「じゃあ俺帰るから。」
「や……。」
言いそうになった言葉を飲み込む。俺は何を期待しているんだ?
「バイバイ。」
自分から言い出した。これ以上一緒にいると……。
カチャリとドアが閉まる音がした。
「明日は休んだほうがいいかもね。」
黙って見ていた優子さんが初めて口を開いた。
「優子さん、俺……。」
「……少し寝たら、落ち着くから。」
「……うん。」
いつの間にか意識は深くに沈んでいった。
最終更新:2008年09月06日 23:14