ナビ
期末試験はまあまあの成績だった。ということにする。
「『ケーキの平和』……ねえ。」
ケアレスミスが多い。
「つづり間違えた所日本語に訳すのやめてくださいよ。」
やはりあの心理状態でテストに臨んだのは間違いだった。って期日が動かせるわけじゃないのでどうしようもないか。
「ちゃんと見直しするんだぞ。」
「分かってますって。」
とは言うものの半分上の空。
「あ、そうそう、私も海行くからね。」
「何の話ですか?」
「あ、ごめん。これまだだったっけ。」
今日は終業式。体育館で半時間ほど校長の話を聞いて、集会室でもう半時間学年集会、最後に十分ほど担任が教室でしゃべって終わり。
短いといえば短いのだが中学校でも聞いた同じような話が繰り返されるので気分的には五割増しである。
「以上。じゃあ皆、夏休み明けに元気な顔を見せてください。」
永遠とも呼べる長い時間を越えて、今ここに夏休みが始まった!
「っていう
プロローグはどう?」
「心からどうでもいい。」
こういう訳の分からない話をたまに吹っかけてくる博美。本当にこいつでいいのか、と真由に視線を投げかける。
「まあどうでもいいことは放っといて。」
お前が言い出したんだろう、お前が。
「海行こうぜ!」
「海?」
四人の声がハモる。
「おう、夏だし。」
ああ、海か。海……ね。
「お前……。」
「ん、何か問題でもあるのか?」
「たまにはいい事言うじゃんか!」
この時俺の中に完璧なシナリオが生まれた。真由、楽しみに待ってろよ。
「はあ……。」
人一人分の狭いボックスで小さい布切れとにらめっこ。
これが、あの、あまり思い出したくない授業で使ったものと『同じ』ものであることは分かる。分かるんだけどやっぱりどう見ても『違う』よなあ。
学校では紺の特に飾りも無い、全員同じ水着であった。だが今俺の目の前にあるものはピンクでセパレートでひらひらしてて、精神的に着にくいことこの上ない。
明と真由に似合うからと言われて試着室に入ってみたものの、こんなもの俺には……。ふと鏡が目に入る。似合う。きっと似合っちゃうのが悔しい。
そうか、もう俺女の子なんだよな。今さらのように思い出す。
とその時、カーテンが開いた。
「よっ、悩める少女よ。」
「ゆ、優子さん?」
「偶然だね、こんな所で。」
何を白々しい。俺たちがここに来ることも知っていたんでしょ。
「何しに来たんですか?」
「私も水着買いに来たのよ。明と話はつけといたから。」
「それで? この試着室に何の用?」
ピシャッとカーテンが再び閉まる音。そして優子さんは『中』にいた。
「え、ちょ……。」
「あんたがなかなか着替えないからね。」
本来二人分が入れるスペースではない。優子さんが背後から抱きしめる形となる。俺は鏡とご対面。
優子さんの手が俺の腰から撫でるように上に向かっていく。って普通にやってください。
ボタンに手をかけると素早く、しかししなやかに外されていく。その動きに見とれている間にいつの間にかブラウスが脱がされていた。
続いてジーンズのベルトに手をかける。
「優子さんっ!」
声を殺して叫んだ。
「私はあなたなのよ。何を恥ずかしがることがあるの?」
悪魔のような微笑が右頬に近づいてくる。すとん。ベルトの重みでジーンズが落ちる。
あとは下着だけ……。
「早く試着しなさい。」
「え?」
「下着つけたままじゃないとまずいでしょ。合わなかったとき店に返すんだから。」
腰が抜けた。
ちくしょう、お前ら、あとで絶対覚えておけよ。
黒い考えを練りつつスプーンを口に運ぶ。それにしてもここのパフェはうまい。
「さて、次はどこに行こうかな。」
まだ見るものがあるのかよ……。
「俺もう帰りたいんだけど。」
ぼそっと本音が漏れた。
「だめ。ユウがいないとつまらない。」
「お前ら俺をおもちゃに遊んでるだけじゃねえか!」
優子さんも隣でのんきに食ってないで助けてくださいよ。……って助けたって無駄なことが分かってるから助けないのか。むしろ一番喜んでたような気もする。
「じゃあアクセサリーでも買いに行くか。」
これだけ行動力あるんなら告白するのに俺の協力なんていらないでしょうに。
「ん、今何か言った?」
「いや、別に。」
読心術まで使えるのかコノヤロー。
「なあ、ここまでやる必要はまったく無いよな。」
「うんそうだねー、パチンっと。」
少し伸びた髪に、現在十六本目のヘアピンが留められた。もうこいつらは好きにさせておこう。
お、このネックレスかわいいな。でもかわいいって動機で買うのはなんだか負けた気になる。何に? と言われても分からないが。
「気になったら買っちゃいなよ。」
「そういう考えでいたらそのうち破産しますよ?」
大丈夫なんだろうな、未来の俺。
「ねえねえ、ユウ、こっち見てよ。」
「また変なもの付けるんじゃないだろうな。」
「違うよ。僕が買うの、ユウに選んで欲しいの。」
もう、しょうがないな。あれ?
「翔……?」
心臓の動きが早くなっていく。目をごしごしこすってもう一度よく見てみる。
どうやら人違いのようだ。店の外側にカップルが一組。その男のほう。改めて見ると、どうやって間違ったのか不思議なほど似てない。
「はやくはやく。」
明に向かって思い切り笑顔を作ってみたけど、心の波は収まらなかった。彼女が微笑み返してくる。
一方真由は自分の世界に浸っているよう。そして優子さんは……よく分からない表情で俺を見つめていた。
最終更新:2008年09月06日 23:16