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ある日の夜。明日提出する課題も終わり、部屋でエノラちゃんとおしゃべり。
ある日の夜。明日提出する課題も終わり、部屋でエノラちゃんとおしゃべり。
「いいなー、エノラちゃん。先輩たちにトレーニング付き合ってもらってさー」
「さっきからそればっかりね……そこまで羨ましいなら貴方も付き合ってもらったらいいじゃない。フラワーさんもエスキーさんも快諾してくれると思うけど」
「それはそれでちょっと気が引けちゃうっていうか……」
「……もう好きにしたら? 私はもう寝るから電気消すわね」
「えーっ!? もう少しおしゃべりしようよー!」
「……明日もおしゃべりできるでしょう?」
「あっ、そっか、そうだね……えへへ……」
「? よく分からないけどおやすみなさい」
「おやすみ、エノラちゃん。私も寝るね」
「さっきからそればっかりね……そこまで羨ましいなら貴方も付き合ってもらったらいいじゃない。フラワーさんもエスキーさんも快諾してくれると思うけど」
「それはそれでちょっと気が引けちゃうっていうか……」
「……もう好きにしたら? 私はもう寝るから電気消すわね」
「えーっ!? もう少しおしゃべりしようよー!」
「……明日もおしゃべりできるでしょう?」
「あっ、そっか、そうだね……えへへ……」
「? よく分からないけどおやすみなさい」
「おやすみ、エノラちゃん。私も寝るね」
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部屋の電気を消し、自分のベッドへ潜り込む。だけどすぐには寝つけなくて……
エノラちゃんにだけじゃない。先輩たちにも私の存在を刻みつけたい。できれば自分の背中を見せつける形で、敗北という名の絶望を味わわせて。
レース中でもないのに感情が薄く、鏡を見ていないのに表情が剥がれ落ちていくのを感じる。
レース中でもないのに感情が薄く、鏡を見ていないのに表情が剥がれ落ちていくのを感じる。
(絶対に倒す倒す倒す……だったらそのためには……)
思考の海に溺れていく。今の自分にできる方法、先輩たちに食らいつく方法をただひたすらに頭の中で書いては消し、書いては消しを繰り返して。
──その結果また寝坊しちゃうんだけど。
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「……レス、カラレス……」
「うーん……あと1時間……」
「寝ぼけたこと言ってないで早く起きなさい」
「……ふぇ?」
「おはよう、ねぼすけさん」
「……えーっとエノラちゃん、今、何時?」
「8時前。私は着替えも朝食もとっくに済ませてあるから先行くわね」
「うそーっ!? なんでこの時間まで起こしてくれなかったの!?」
「目覚ましが鳴って1回、顔を洗ってからもう1回、朝食を食べに食堂に行く前に1回、食堂から戻ってきて1回。そしてさっきので1回」
「……ゴメンナサイ、ワタシガワルカッタデス」
「分かったならよし。遅れないように急ぎなさいよ」
「はぁーい……」
「……レス、カラレス……」
「うーん……あと1時間……」
「寝ぼけたこと言ってないで早く起きなさい」
「……ふぇ?」
「おはよう、ねぼすけさん」
「……えーっとエノラちゃん、今、何時?」
「8時前。私は着替えも朝食もとっくに済ませてあるから先行くわね」
「うそーっ!? なんでこの時間まで起こしてくれなかったの!?」
「目覚ましが鳴って1回、顔を洗ってからもう1回、朝食を食べに食堂に行く前に1回、食堂から戻ってきて1回。そしてさっきので1回」
「……ゴメンナサイ、ワタシガワルカッタデス」
「分かったならよし。遅れないように急ぎなさいよ」
「はぁーい……」
エノラちゃんが部屋を出てから急いで身支度を済ませ、食堂で余ってた朝食を胃の中に流し込み、教室までダッシュで向かう。
(こんな調子で大丈夫かな……幸先悪いなあ……)
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授業も終わり、待望のトレーニングの時間。幸か不幸か今日はトレーナーさんが会議で遅くなるということで自主トレという名の白紙委任を申しつけられたのであった。
授業も終わり、待望のトレーニングの時間。幸か不幸か今日はトレーナーさんが会議で遅くなるということで自主トレという名の白紙委任を申しつけられたのであった。
(だったらいきなりだけど誰か併走してくれる人を……あっ、エスキーちゃん!)
コースを見渡していると少し小柄(体型はそうじゃないけど)なウマ娘の姿を認める。どんな子相手でも笑顔でニコニコ接していてとってもキュートな先輩だけど、既に本格化を迎えていて、実力は芝の中長距離ならチームの中でも頭一つ抜けている怖い存在。
(以前の私なら怖くて一緒に走りましょうなんて言えなかった……でも今なら!)
薄紙1枚重ねた自信か、もっと仲良くなりたいという願望か、親友を奪われたくない醜い欲望の顕れなのか、足は自然と倒すべき相手へと向いていた。
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「ねえ、エスキーさ……ちゃん!」
「あっ、ミラちゃん! ミラちゃんもトレーニングですか?」
「そうなの。今日はトレーナーさんが会議でいないからどうしようかなーって思って」
「だったら一緒に走りませんか? 誰かと併走したかったんですけど、エスキモーちゃんもドーベル姉さまも今日は不在ですし相手を探していたところなんですが、もしミラちゃんがよかったら」
「うん、実は私も併走お願いしようと思ってたところ。私でまともな相手になるか分からないけど……」
「……ミラちゃんと一緒に走りたいだけって理由じゃ駄目、ですか?」
「……っ! そんなことない! じゃ、じゃあすぐ準備するね!」
「ねえ、エスキーさ……ちゃん!」
「あっ、ミラちゃん! ミラちゃんもトレーニングですか?」
「そうなの。今日はトレーナーさんが会議でいないからどうしようかなーって思って」
「だったら一緒に走りませんか? 誰かと併走したかったんですけど、エスキモーちゃんもドーベル姉さまも今日は不在ですし相手を探していたところなんですが、もしミラちゃんがよかったら」
「うん、実は私も併走お願いしようと思ってたところ。私でまともな相手になるか分からないけど……」
「……ミラちゃんと一緒に走りたいだけって理由じゃ駄目、ですか?」
「……っ! そんなことない! じゃ、じゃあすぐ準備するね!」
ずるいなあ、あの顔。絶対断れないじゃん。断るつもりはなかったけど。
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「今日は芝右回り2400mでいいですか? 右回りでも少し長めの距離走っておきたくて」
「菊花賞、というより神戸新聞杯対策?」
「うーん、ミラちゃんなら言ってもいいですかね……実はわたし菊花賞ぶっつけで出る予定なんです。神戸新聞杯には出ません。まだ発表してないのでヒミツですよ?」
「えっ! ダービーから直接って!」
「ミラちゃん? 声が大きいですよ?」
「ご、ごめんなさい……」
「今日は芝右回り2400mでいいですか? 右回りでも少し長めの距離走っておきたくて」
「菊花賞、というより神戸新聞杯対策?」
「うーん、ミラちゃんなら言ってもいいですかね……実はわたし菊花賞ぶっつけで出る予定なんです。神戸新聞杯には出ません。まだ発表してないのでヒミツですよ?」
「えっ! ダービーから直接って!」
「ミラちゃん? 声が大きいですよ?」
「ご、ごめんなさい……」
まさかの衝撃発言に思わず大きな声が出てしまい、エスキーちゃんに窘められてしまう。もしかして併走前に動揺させる高度なテクニック? いやいや私相手にそんなことは……しない、よね?
「すぅー……はぁー……よしっ」
「落ち着きました?」
「うん、ありがと。準備できたよ」
「では3カウントのタイマー鳴らしますよ」
「うん!」
「落ち着きました?」
「うん、ありがと。準備できたよ」
「では3カウントのタイマー鳴らしますよ」
「うん!」
ピッ
(息は整ってる)
ピッ
(脚も軽い)
ピッ
(頭は冷静)
ピーーーーーーッ!!!
(よし、出ろ!)
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勢いよく飛び出した2つの影。スタート直後は重なっていたけど、1コーナーを迎える頃には少しだけ間隔が開いていた。その差1、2バ身ほど……あれっ?
(2人だけで走ってるから、必然的に前にいる人が逃げ・先行、後ろにいる人が差し・追込になるはず……でもこれって……)
2コーナーを過ぎて向こう正面に入ってもそれは変わらない。それでいてペースは遅いわけじゃない。むしろ私にとっては少しハイペースかもしれない。
(エスキーちゃんは脚質の幅は広いけど、基本的に先行のポジションでレースを進めることが多かったはず……この前のエノラちゃんとの併走だって、極端だったかもしれないけどかなり前でのレース運びだった。これは一体……?)
普段だったらとっくに顔から表情が無くなり、視界もモノクロに変化しているはず。それなのに今日はなぜか見えている世界の明度も彩度も落ちることなく、その色鮮やかな光を私に見せてやろうと輝いている。
(駄目駄目、もっと落ち着かないと……いつも通り、いつも通り……)
そう心を落ち着かせようとした数瞬、エスキーちゃんが足を踏み込みみるみるうちに私との差を広げていく。3バ身、4バ身……もっと開いただろうか。それが10バ身ほどに開いた時、もう既に3コーナーを迎えるところだった。
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(……このままだとやられるっ!)
(……このままだとやられるっ!)
私もこれ以上突き放されないように足を強く踏み込み、必死に前を追いかける。このまま悠々と逃してしまっては併走の意味が無くなってしまう。
(実力差があるのは分かってる! だけどそれを覆してしまう、世界を欺いてしまうようなそんな力を私は手に入れるんだからっ……!)
目に映る世界の明度が落ちていく。モノクロの世界へと変えていく。
沈む沈む沈む──
『世界に映すは黒き幻影。己(おの)が見るは白き世界』
“Sink into the Mirage ”
走れ走れ走れ。そして己を刻みつけろ。光なんて美しいものじゃない、その暗い影をもって。
(もうすぐ直線。前とは7バ身ぐらいか。まだ差は残ってる。けど、この直線で一気にぶち抜く!)
無敗の2冠ウマ娘がどうした。そんなの勝負に関係ない。ただ後ろから貫くだけ!
「あああああああああああああっ!!!」
前との差がさらに縮まる。5バ身、4バ身、3バ身……
(いけるっ! 勝てるっ!)
─────
最後の直線、ミラちゃんに気づかれないようチラリと後ろを見やる。レースの中盤で広げた分の差は埋まり、むしろ捉えられかねない所まで迫ってきているのが確認できた。顔から表情は抜け落ち、瞳は暗く落ち込んでいる。
最後の直線、ミラちゃんに気づかれないようチラリと後ろを見やる。レースの中盤で広げた分の差は埋まり、むしろ捉えられかねない所まで迫ってきているのが確認できた。顔から表情は抜け落ち、瞳は暗く落ち込んでいる。
(いくら練習でも負けたくないですし、それにここで勝ちを譲ってはミラちゃんのためにもなりません。なのでここは少し気合い入れさせてもらいますよっ!)
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残り200m。勢いに乗り、ここで一気に差を塗り潰そうとさらに足を踏み込む。
残り200m。勢いに乗り、ここで一気に差を塗り潰そうとさらに足を踏み込む。
(あれ……? 脚に力が残ってない……!? でもここで交わさないと……!)
伸びない、交わせない。逆に一度詰めた差が開いていく。
(エスキーちゃん、まだそんなに脚が残っていたなんて……)
そして5バ身、6バ身開いたところがゴールだった。
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「ハァ……ハァ……」
「お疲れさまでした、ミラちゃん。併走付き合ってくれてありがとうございましたっ」
「こちらこそありがと……やっぱりエスキーちゃんは強いなあ……」
「まだ本格化してないのにここまで食らいつけるミラちゃんも凄いですよっ! いつか本番のレースで一緒に走りましょうねっ!」
「ハァ……ハァ……」
「お疲れさまでした、ミラちゃん。併走付き合ってくれてありがとうございましたっ」
「こちらこそありがと……やっぱりエスキーちゃんは強いなあ……」
「まだ本格化してないのにここまで食らいつけるミラちゃんも凄いですよっ! いつか本番のレースで一緒に走りましょうねっ!」
私が息も絶え絶えになっているのとは対照的に、エスキーちゃんはほとんど息が上がっていない。こんなところでも実力差を感じてしまう。
(まだまだ頑張らないと……とりあえず部屋に戻ったら今日の併走の振り返りをして……)
そんなうーんうーんと唸っている私を見て、エスキーちゃんはクスリと笑う。
「ねえねえミラちゃん、ちょっと耳貸してもらえますか?」
「? どうしたn……」
「レース中のミラちゃんの顔、素敵でしたよ」
「えっ、うそ……見られて……っ! 違うの、エスキーちゃん! いや、違わないんだけど……そうじゃなくって……」
「? どうしたn……」
「レース中のミラちゃんの顔、素敵でしたよ」
「えっ、うそ……見られて……っ! 違うの、エスキーちゃん! いや、違わないんだけど……そうじゃなくって……」
見られてしまった、無表情の私を、感情が抜け落ちた私を。いずれバレてしまうとは思っていたけど、こんなに早く見抜かれてしまうなんて。
「わたしは好きですよ? 普段のミラちゃんの顔も素敵ですけど、ある意味感情がむき出しになってるあの顔も良いと思いますっ」
「そう、言ってくれるの……?」
「当たり前じゃないですかっ……もっとあの顔、わたしに見せてくださいね?」
「それで負けても知らないからね」
「負けませんよ? ……あっそういえばあともう1つ伝えるの忘れてました」
「どうしたの?」
「そう、言ってくれるの……?」
「当たり前じゃないですかっ……もっとあの顔、わたしに見せてくださいね?」
「それで負けても知らないからね」
「負けませんよ? ……あっそういえばあともう1つ伝えるの忘れてました」
「どうしたの?」
レースの話だろうか、それともチームのこと?
一瞬にして表情が元に戻り、一気に顔が赤くなる。
「ですって、エノラちゃん」
「えっ、うそ、エノラちゃん……?」
「ふふっ、冗談ですよ」
「もーっ! ちょっとエスキーちゃん!」
「ごめんなさい、少しからかっちゃいました。でもエノラちゃんとは仲良く、ですよ。エノラちゃんも気にしてましたから」
「えっと、それはどういう……」
「それはエノラちゃんに聞いてください。わたしの口からは言えません。ではわたしは先に戻ってますからー」
「ちょっと! エスキーちゃん酷くない???」
「えっ、うそ、エノラちゃん……?」
「ふふっ、冗談ですよ」
「もーっ! ちょっとエスキーちゃん!」
「ごめんなさい、少しからかっちゃいました。でもエノラちゃんとは仲良く、ですよ。エノラちゃんも気にしてましたから」
「えっと、それはどういう……」
「それはエノラちゃんに聞いてください。わたしの口からは言えません。ではわたしは先に戻ってますからー」
「ちょっと! エスキーちゃん酷くない???」
口元に指で小さくバッテンを作って何も教えてくれなかった……部屋でエノラちゃんを問い詰めるしかないかなあ……
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夜、部屋に戻ってエノラちゃんとおしゃべり。
夜、部屋に戻ってエノラちゃんとおしゃべり。
「──それで最後詰めようとしたんだけど、最後脚が上がっちゃって負けちゃったんだよね……いけると思ったんだけどなあ……」
「それでも私より差がないじゃない。実力、ついてきたんじゃない?」
「いやそれがね、エスキーちゃん何か試してる感じだったんだよね。だから素直に喜べないというか……あっ、そうだ」
「どうしたの?」
「エスキーちゃんが最後に言ってたんだけど……エノラちゃん、最近私のことずっと気にかけてくれてたって本当?」
「……さあ、何のことかしら。ほらもうこんな時間。早く寝ないとまた寝坊するわよ」
「ちょっとエノラちゃん!? 電気も消して……話はまだ終わってないんだけど!?」
「すぅ……すぅ……」
「エノラちゃんが狸寝入り決め込むなんて……いつか話してもらうんだから……!」
「それでも私より差がないじゃない。実力、ついてきたんじゃない?」
「いやそれがね、エスキーちゃん何か試してる感じだったんだよね。だから素直に喜べないというか……あっ、そうだ」
「どうしたの?」
「エスキーちゃんが最後に言ってたんだけど……エノラちゃん、最近私のことずっと気にかけてくれてたって本当?」
「……さあ、何のことかしら。ほらもうこんな時間。早く寝ないとまた寝坊するわよ」
「ちょっとエノラちゃん!? 電気も消して……話はまだ終わってないんだけど!?」
「すぅ……すぅ……」
「エノラちゃんが狸寝入り決め込むなんて……いつか話してもらうんだから……!」
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併走で疲れていたのか、その日は早く微睡みの中に落ちていった。翌朝も目覚ましで……じゃなかった、エノラちゃんが2回目に体を揺らしてくれた時に起きることができた。成長、成長!