あらすじ
年に一度、新年を祝うイベントとして開催される、リーニュ・ドロワット。通称ドロワ。学園のウマ娘達は特別な相手とデートとなってダンスを踊る。そんなイベントに、チームカオスのメンバー、バラカドボナールも参加することになる。しかし、いきなり問題発生。果たして、バラカはドロワを無事に乗り切ることが出来るのだろうか。
本編
+ | 第1話 cheese&blossom |
バラカドボナールは困っていた。ふわふわと触り心地の良さそうな耳をペタッと凹ませながら。彼女の悩みの原因。それは、トレセン学園で毎年行われるイベント「リーニュ・ドロワット」で必要となる、ダンスの相手が見当たらなかったからだ。
リーニュ・ドロワット。通称ドロワと呼ばれるそれは、新年度を祝って行われているイベントだ。このイベントはただのダンスイベントというだけでは無い。新年度を祝うというのは、この学園において、もうひとつの意味を持つ。 「(確かに、ちょうど暇ですしイベントにも積極的に参加したいとは言いましたけど)」 それは、中央で走り続けられた者への祝福。全国でトップクラスの精鋭が集うここにおいて、レースを続けられるということは、今年一年を乗り切った証でもある。僅か1勝を上げる事でさえ、学園全体の三割しか叶わない。 そういう意味では、過酷なレースを勝ち上がり、GIを取った彼女がドロワを踊るのに相応しいだろう。バラカドボナール。彼女は輝かしい芝の舞台の裏側、力強い砂の舞台で王座を勝ち取った。現在、ダート路線で猛威を振るっている砂の隼、スマートファルコンをも超えて。 だが、その代償はあまりにも大きかった。限界を超えた跳躍。持てる力すべてを振り絞ったレースは、バラカドボナールの身体に重すぎる罰を与えた。具体的には、骨という骨が折れた。左足第三中足骨と、第三足趾の骨折。加えて、右足の第一趾の爪まで割れ、更に繋靱帯の炎症まで引き起こした。脚への負荷の小さいダートが幸いしたか、骨が安定してからであれば、競走復帰は可能と診断を受けた。…が、次はいつ走れるのかは当分不明、と言った具合になってしまった。 新年を祝う、という意味なら、むしろ、この上ないほどイヤミな形になってしまったのだ。とはいえ、バラカ本人は別に、イヤミな形になった事を気にしている訳では無い。面白い事は大歓迎だし、喜んで参加するタイプだ。 「(僕にデートを作れというのは些か高難易度だと思うんですよ…)」 だが、二人一組を作れと言われると眉を顰めるより他に無い。友達がいない訳では無い。カオスの皆は仲良しだし、ファル子さんだっている。しかし、頼りのファル子さんは参加すると決めるなり、あっちこっちから引っ張りだこ。じゃんけん大会に負けて取られてしまった。じゃあカオスの皆はどうなのかと言うと。比較的常識人寄りと自称している本人としては、上手く合わせられる面々が思い浮かばなかった。 「(こうなったらゴルシ辺りでも……)」 と思い詰めて、いよいよ禁じ手を使おうとしたバラカちゃんの元に、救いの手が差し伸べられる。彼女の前に偶然現れたのは、とても小さなピンクの花弁。 「あれ?バラカさん?」 「……おや。フラりんさん」 チームカオスの中では、割と常識人寄りの彼女。成績優秀。頭脳明晰。その上飛び級でやってきたという、なんでカオスにいるのかよく分からないくらい優秀なチームメイト。バラカは彼女に、ドロワで踊る相手"デート"が見つからない旨を伝えた。 「なるほど……それでは、私と一緒に如何ですか?私もちょうど、ドロワで踊る相手が見つからないのです」 「なんたる偶然。お気持ちは有り難いですが……フラりんさんと踊りたい相手は沢山いるのでは無いですか?」 彼女はと言うと、芝のGI、有馬記念を制覇したまさに時代の寵児。彼女が望むなら、踊りたい子など無限に出てくるだろう。 「それがあまり……私ってほら、こんな背丈ですから。お誘いはするのですが、皆さん、遠慮がちにお断りされてしまうんです」 「ふぅむ……そういう事でしたか」 年齢相応ではあるが、フラワリングタイムの身長は驚く程に小さい。そんな彼女とリズムを合わせて踊るのは至難の業だ。ましてや、相手はGIウマ娘。皆の前で、無様な踊りなど見せられない。図らずとも、最高難易度のウマ娘になってしまったという訳だ。 「僕でよろしければ、デートになりましょうか?僕も身長で言えばかなり高い方ですし。いっそ突き抜けたコンビというのも面白そうです」 「本当ですか!?ありがとうございます!バラカさんなら大歓迎です!」 「それは光栄ですね。どうぞ、よろしくお願いします」 こうしてバラカドボナールは、彼女とのデートをあっさりと承認した。とりあえず相手を決めたかったし、相手が良い子なフラりんさんなら安心だろう。彼女は内心そう思っていた。しかしそれは、これから始まる茨の道への第一歩に過ぎないのだった…… |
+ | 第2話 Roquefort |
「ワン、ツー、スリー」
「ワン、ツー、スリー……っとと」 デートを決めた翌日。二人は早速ダンスレッスンに移っていた。その調子はと言うと、かなりチグハグでグダグダ状態。長身のバラカに合わせようとすると、フラリンが飛ぶ。かと言って、低身長のフラリンに合わせようとすると、バラカが折れる。面白そうな組み合わせと言ったが、むしろ、一番過酷な組み合わせまである。 「……あっ!?」 「っ……!?」 脚を絡めて、倒れかけてしまう。すんでの所で倒れかけたフラリンをバラカが抱え込んで事なきを得るが、これがまた二人のリズムの合わなさを醸し出していた。 「すみません……ありがとうございます」 「いえ、ご無事でなにより。……少し休みましょうか」 「はい……」 幸い二人とも、温厚な性質なので喧嘩などは起こらない。ただ、なかなか進展が上手くいかず、二人とも落ち込んでいた。 「どうして上手く行かないんでしょうか……」 「そうですね……困りました……」 二人とも、リズムに合わせるという点では完璧なのだ。なんせ二人はGI級のプロダンサー。ウイニングライブだってお手の物。ならば、噛み合わないのは二人の呼吸。 「……うーむ。気張って考え込んでも仕方ありませんね。少し息抜きにランチに行きませんか?時間もちょうど良いですからね」 「あ……そうですね。ひとやすみしちゃいましょう!」 そんな訳で、二人でランチタイム。フラリンの勧めで、チーズが堪能出来ると噂のお店へやって来た。イタリアンな雰囲気を醸すお店は、落ち着いた雰囲気で静かに食事を楽しめそうな空間に仕上がっていた。 「おや…意外ですね。こういうお店は陽気な曲を流しながらワイワイとしているものだと思っていました」 「昼と夜とで、中の雰囲気がガラリと変わるそうですよ。同じお店なのに面白いですよね」 「同感です。僕としてはこちらの方が好みでしょうか」 席に着き、二人でランチを楽しむ。スイーツパクパクの彼女がオススメするだけの事はあり、料理の味は見事なものだった。 「んー♪美味しいですね!」 「はいっ。とっても美味しいです!」 「しかし、ロックフォールを使うとは随分通ですね。普通、ブルーチーズを使うのであれば、ゴルゴンゾーラを使うんですよ」 「ろっくふぉーるとは?」 「ブルーチーズの一種です。羊のミルクを主成分にしているのが特徴で、独特の味わいがあるんです。塩味が強いので、料理に使うには少々クセが強いのですが、ここの料理は風味を良く活かしています」 「へぇ〜!お詳しいですね!」 身を乗り出し、真剣に話を聞くフラリン。彼女にとって、チーズは専門外の分野であるはずだが、熱心に学んでくれている。それがバラカにとっては意外で面白く、嬉しい側面でもあった。 「洞窟で熟成すると……」 「はい。そうして出来上がったのが、このロックフォールです」 ぱくり、ともう一口。クリーミーで濃厚な味わいと、塩っぱい味付けがクセになりそうだ。ワインを模した甘いジュースがまた、ピリッとした味に深みを映し出す。 「ん〜……幸せ〜」 もくもくと、小動物のようにチーズを食べる彼女の笑顔に、フラリンは静かに微笑みを見せる。 「ふふ……」 「どうなさいました?」 「バラカさん、なんだか可愛いなぁと思いまして」 「…そうですか?」 本人も顔は良い自覚はあるが…それでも、可愛いと言われるとなんだか恥ずかしい。ほんのり頬を赤らめる彼女に、フラリンは意外性を感じていた。バラカさんはいつも大人で、カッコイイ人だと思っていた。一緒に話してみれば、美味しい物に舌鼓をうち、ニコニコと愛らしい笑顔を見せている。おしゃべりな所もあって、とても可愛らしい。その旨をバラカに伝えた。 「あはは…嬉しいですが、少々照れますね。僕にはあまり似合わない言葉じゃないですか?」 「まさか!バラカさんは美人ですし可愛いも似合いますよ!」 「それなら良いのですが……」 口をへにょらせる。実際のところ、彼女は可愛い系にも興味はあった。ただ、似合う気はしないし、恥ずかしいと思ってしまっていた。 「はいっ。ふふ、バラカさんの新しい一面を知れて良かったです!」 「それは良かったです。僕もフラりんさんを……ん…?」 ふと、気が付いた。思えば、お互いに相手の事をよく知らなかったのでは無いだろうか。普段の接し方と同じだから仕方ないのだが、ランチに行くまで、相手の懐に踏み込んだ深い話をして来なかった。それでは相手とリズムが合うわけが無い。上辺だけの薄っぺらな関係。チームメイトという社交的な場であればそれで良いが、今は違う。二人は相手と呼吸を合わせる"デート"なのだから。 「……フラりんさん。もっとお互いの事をよく知れば、ダンスも上手く行くかもしれませんよ」 「え………あっ!そういう事ですか!」 一瞬よく分からなそうな顔をしていたが、彼女はその意図を即座に理解した。思えば二人とも、ドロワに出るという目的が合致しただけで、お互いの目標さえよく分かっていなかった。先ず、二人の目標を改めて決める所からスタートした。 「私は、前年度のグランプリを制覇したウマ娘として、恥じない踊りを行いたいです。そしてやるからには、ベストデートを目指したいです!」 「僕も、GIウマ娘として恥じない踊りはしたいですね。ただ、ベストデートにはあまり興味は無く……純粋にこのイベントを楽しみたいというのが目標ですね」 さっそく噛み合わない。しかし、それで構わない。二人は始めから、チグハグな組み合わせになった上で乗り切るつもりなのだから。 「あらら……どうしましょうか。バラカさんに合わせましょうか?」 「僕がフラりんさんに合わせても良いのですが……」 条件を譲ってしまえば、お互いにモチベーションに関わるだろう。じゃあどうしたものか。簡単だ。譲らなければ良い。お互いがリードを奪い合うように、二人は自己主張を重ねていく。時に相手の意見を飲み、自分の意見を通し。 『過度な練習はしないが、出るからには全力でベストデートを目指す』 に落ち着いた。 追い込むような練習はせず、イベントを楽しめる程度に練習をする。けれどその上で、ベストデートを狙えるように頑張る。どちらも納得できる、理想的な目標であった。 「ふぃ……決まりましたね!」 「そうですね。では改めて、ぼちぼち頑張りながらベストデートを目指しましょうか」 「おー!です!」 |
+ | 第3話 suit&dress |
それから、二人のダンスは少しずつ息が合うようになり始めていた。お互いに相手の事を知り、身体での意思疎通が取れるようになってきていた。
「ワン、ツー、スリー」 「ワン、ツー、スリー……っはい!」 「っ……とと!良し、上手く行きましたね!」 「ですね!」 と言っても、二人の動きはまだまだ及第点。ベストデートを目指すには程遠い。それもそのはず、お互いを知るというのは、ペアダンスにおいてはスタートライン。呼吸を合わせられるようになっただけで、動き自体は前と変わりが無い。 「踊るだけなら大丈夫そうですが、ベストデートとなると、流石に心もとないですね」 「はい…私達だけだと限界もありますし、誰かに相談してみます?」 「そうしましょうか。学園でも踊りが得意な……ファル子さんにでも聞いてみます?」 「それは良いですね!早速お伺いしましょう!」 そんな訳で、バラカの友達、スマートファルコンの元へ直撃。割と多忙なウマドルの彼女だが、ドロワ参加者はこの時期は皆ダンスの練習に勤しんでいるため、すぐに予定を合わせてもらうことが出来た。 「お待たせー!バラカちゃんにフラりんちゃん!今日はどうしたの?」 かくかくしかじか。訳を説明する。 「……という訳で、踊りの上達の為に指導をお願いに来た訳です」 「そっか!もちろん良いよ!ファル子に任せて!」 「ありがとうございます!ファル子さんのご指導があれば心強いですね!」 「そうですね。ファル子さん、よろしくお願いします」 「うん!任せて!早速だけど、二人のダンスを見せて欲しいな☆」 という訳で、先程から取り組んでいるダンスを彼女に披露する。ぎこちないながらも、二人はお互いにリズムを合わせて、最後まで華麗に踊りを披露し終えた。教科書に載っている踊りをそのままなぞったような、まさに学生らしい踊りだ。 「と……こんな感じですね」 「おぉー!二人とも綺麗に決まってたね!」 パチパチパチ、と拍手を贈るスマートファルコン。彼女から見ても、形だけなら自然な動きに見えた様だ。けれど、目標のベストデートを掴むにはまだ程遠い。 「ありがとうございます。ただ、僕達はベストデートを目指しています。今のままでは流石に至らないと思っているので、ファル子さんからヒントを頂けたらな〜と」 「なるほどね!んー…ファル子から見るとね、二人ともとっても綺麗に踊れてたと思うよ!ちょっと気になったのが、二人はどっちがリードなのかなって思ったよ」 「どっちが……」 「リード……」 ドロワのダンスは、二人一組となってどちらかが相手をリードする。もう一人は、リードに合わせて相手の動きをより美しく引き立てる。稀にそうでない者もいるが、基本は皆この型で踊る。バラカ達は、このリードがどちらなのかを決めずに、ただ漫然と踊ってしまっていたのだ。 「あれ?もしかして、まだ決まってなかった感じ?」 「はい……お恥ずかしながら……」 「大慌てで練習してましたからね…」 二人ともまったく相手が見つからなかったので、とりあえずダンスを形にしてしまおうと焦り、色々と決め忘れてしまっていた。 「それならしょうがないよ!まずは、どっちがどのタイミングでリードするのかを決めること!これを決めればグッと上達するはずだよ!」 「ありがとうございます。話し合って決めましょうか」 「はいっ!」 せっかくなので、スマートファルコンも混ざって話し合い。どちらがどのタイミングで、どんな風にリードするのか。話を聞いていく内に、指導役の彼女はもうひとつの違和感に気が付いた。 「……もしかして。バラカちゃん、フラりんちゃん。ドロワ用の衣装もまだ決まってないんじゃないかな?」 「あっ!確かに決まってないです!よく分かりましたね……」 「やっぱり!リードのタイミングが上手く決まらないのも、衣装が決まってないからじゃないかなって思ったの!」 ドロワでベストデートに選ばれるようなウマ娘達は、当然ながら、衣装に合った動きを行う。ドレスを纏う者ならば優雅に。スーツを纏う者ならば瀟洒に。それぞれの魅力を最大限に引き出すからこそ、最高の舞踏が生まれる。リードする側。リードされる側。互いの魅力を引き立てる為にも、自分の「役割」を決め、リードのタイミングを分かち合う。 その役割の指標として、衣装が用いられる。スーツ姿の者は力強く。ドレス姿の者は柔らかく。それらに身を包むからこそ、互いの動きが分かりやすくなり、より美しいダンスを生み出しやすくなる。ダンスの中で身に纏う役割、つまり衣装が決まらなければ、リードのタイミングが決まらないのも自然な事だ。演者は自分が何を演じ、相手が何を演じているか、分かっていないのだから。 「……って事で、衣装はとっても大事なんだよ!」 「ええ、よくわかりました。確かに、先ずは衣装を決めるべきでしたね」 「ですね。やはり、衣装は委員会の方にお借りすべきでしょうか?」 「そうだね。見た目やサイズが合わなかったら特注も出来るみたいだからそれが良いと思う!」 そんな訳で、スマートファルコンと共に委員会に赴き、二人の衣装の選定を開始する。学園行事用の衣装を保管している衣装保管室には、ドロワ用の煌びやかな貸出衣装がずらりと並んでいた。 「「わぁ………」」 「凄いでしょ!ここなら好きなだけ衣装を選べるからね!」 流石は女子校と言うだけあり、様々なサイズに合わせた衣装がある。フラリンでも着れるような小さなドレスや、バラカに合った大きなスーツも完備されている。二人はそれぞれ自分で着てみたいと思う衣装を、いくつかピックアップしてみた。 「お待たせしました!」 「いえ、僕もちょうど選び終わったところですよ」 ずらりと並んだ衣装を眺める。フラリンが選んだのは、可愛らしいドレスがいくつか。ふわふわのドレスやフリフリのドレス、シュッとしたスマートなドレスと、いわゆる「女性役」の衣装が中心となっていた。 対照的に、バラカが選んだのは、スーツを模した衣装に、パンツスタイルの衣装。パリッとしたスーツ風の衣装もあり、こちらは「男性役」の衣装が中心に集まっていた。 「おや。フラりんさんはドレス中心なんですね」 「はい。私のイメージ的に、お花のようなふわっとした衣装が良いのかなと思いまして。バラカさんはスーツが多いですね?」 「僕もそんな感じです。ヒラヒラした衣装よりは、こちらの服の僕を皆はイメージしてくれそうですから」 二人とも、自分のイメージに合わせた衣装を選んで来たようだ。それぞれ試着を行ってみれば、イメージ通り。自分のスタイルに合った服を、どちらも見事に着こなしている。 「わぁ、素敵!二人ともとっても似合ってるね☆」 「ありがとうございます。試しにこれで踊ってみましょうか」 「はいっ!」 それぞれの「役割」を身に纏ったからか、二人の動きは以前より格段に良くなってきていた。身長差でときおりふらつきこそするが、動き自体は中々サマになっていた。 「いいねいいね!二人ともナイスコンビネーションだよ!」 「ありがとうございます!ファル子さん、今度は私達のダンス、どう見えましたか?」 「んーとね。動きもピッタリで、綺麗に踊れてたと思うよ!でも、なんだか違和感があったかな?」 「違和感……ですか」 「うん。なんて言うのかな?上手く自分を出せてないって言うか…」 ううん、と頭を悩ませてしまうスマートファルコン。ダンスのプロである彼女が悩む程だ。おそらく何か違和感があるのだろうが。だが困った事に、その日の練習時間はそこで終了してしまった。衣装のチェックに付き合って貰った彼女にお礼をしつつ、二人は翌日の練習に課題を持ち越してしまうのだった。 |
+ | 第4話 discomfort |
役割を決め、再び練習に励む二人。しかし、二人の脳裏にこびりついているのは、先日のスマートファルコンの台詞だった。違和感。お互いに自分を全力で出しているつもりではあるし、実際演技力はお互いに見事なものだった。けれど、彼女の言う通り、妙な違和感だけが残って離れないのだ。
「んー、おかしいですね……」 「はい…踊り自体は着実に上手くなっているんですけど……」 違和感が拭いきれず、それを意識してしまうからか、動きもだんだん硬くなってくる。あまり無理をする訳にもいかないので、一旦落ち着く為に休憩時間に入る事にした。 「休憩しつつ、違和感の原因を探ってみましょうか」 「はい。と言っても……動き自体は自然なんですよね」 「そうですね。僕としても、踊り方そのものに違和感は無いと思います。ファル子さんの言う通り、漫然とした違和感はあるのですが」 それが何か分かれば良いのだが。休憩がてら立ち寄った学園のカフェテリアには、ウマ娘達がワイワイと話し込んでいた。知り合いでもいないものかと探してみれば、偶然にもチームカオスのメンバーを見つけた。 「けみ?」 「アルケミーさん!」 「バラカ先輩にフラりん。なかなか珍しい組み合わせですけみ」 「ドロワで踊る事になったんです。アルケミーさん、良ければ僕達も相席してもよろしいでしょうか?」 「なるほど…構いませんけみ。ミーも一人で寂しかったですけみ」 彼女にお礼を言いつつ、三人でテーブルを囲む。せっかくなので、今困っている事もアルケミーに打ち明けることにした。 「けみみ。違和感ですけみか」 「そうなんです。原因は何か分からないままでして…」 「うーん…話を聞く限りでは、なにか違和感があるようには感じられないですけみね」 話に特別不自然な点は無い。当人達でさえ分からないのだから、第三者が理解出来ないのも納得だ。三人でけみけみと頭を悩ませるが、それでも答えは出てこない。 「参りましたね……僕としても違和感は払拭したいのですが……辛っ!?」 「えっ?大丈夫ですか!?」 「すみません…大丈夫です。見た目に反してスパイシーな味付けでした…」 ひー、と涙目になるバラカちゃん。それを見て、アルケミーは何かが引っかかったのか、愛用の古めかしいデザインのモノクルを支えつつ、じっと考え込む。 「み……」 「……アルケミーさん?」 「みみみ……わかりましたけみ!!」 ピーン、と閃いたらしい。バン!と机を叩いて起き上がる。それを聞くなり、舌をひーひーさせてたバラカも驚いてそちらの方を見直す。 「ひぇ!?……わ、わかったんれふか?」 「はい。バラカ先輩とフラりんの違和感に気付きましたけみ!」 なんですって!自信満々そうな彼女の顔を見て、二人は早速彼女の見解をお伺いする。アルケミーはそのまま演説っぽく語り始めた。 「違和感の原因はおそらく、衣装のチョイスだと思われますけみ」 「衣装の……」 「チョイス……」 「バラカ先輩の話を聞く限り、先輩は自分のイメージに合った衣装を選んだそうですけみね」 「そうですね。僕の持たれるイメージはこの衣装かと……」 「けみ。確かに先輩はカッコイイですし、スーツスタイルの衣装は似合うと思いますけみ。……でもそれは、本当に『自分が着たい』と思って選んだ衣装なのですか?」 それを言われて、二人はハッと気が付いた。自分達が選んだ衣装。それは自ずと、それぞれのイメージされている姿を意識して選んだもの。花のようなドレス。長身に合ったシュッとしたスーツ。確かに似合ってはいた。 「フラりんもそうけみ。お花みたいなドレスはとっても似合うけみ。可愛いし、フリフリだし……でも、それは『ミーから見て似合う服』でしかないけみ。ドロワをする上で、本当に自分が着たい衣装を選ばないと、ベストデートは取れないけみよ!」 ……と、ミーは思うけみ、と彼女は締め括った。言われてみればそうだ。着たい服では無く、似合う服。ベストデートを目指すのだから、観客ウケの良い服を着たい。何を着れば、観客は湧いてくれるだろうかという考えで、二人は自分の衣装を決めてしまっていた。 「……盲点でした。素晴らしい着眼点です、アルケミーさん」 「みへへへ……バラカ先輩に褒めて頂いてミー嬉しい……」 「私も同感です。自分の着たい服を選ぶ。大事な事なのに、すっかり見落としていました!ありがとうございます!」 「みっへん、ミーのこと褒めてくれても良いですけみよ!」 「じゃあ沢山褒めてあげますね!」 「ミ゜ッ」 名探偵アルケミーをこれでもかと褒め倒してから、二人は違和感の原因を突き止めてくれた彼女に感謝を贈る。それから、改めて委員会の元を訪れ、衣装の選び直しを行う事になった。 「自分の着たい服……」 フラワリングタイムは悩んでいた。自分はやっぱり、可愛いドレスが好きだし、それを着て踊ってみたいという気持ちはある。一方で、今回のドロワにはある想いも篭っていた。 「(私を選んでくれたバラカさんに、いつもの私の……ちんちくりんな踊りはさせられない)」 例えば、彼女が踊る度に、観客からは可愛いと歓声が上がる。女性に対する褒め言葉かもしれないが、彼女のちんまりとした動きに対する小動物的可愛さへの発言というのも大いに含まれるだろう。黄色い声援が、無意識に彼女を追い込んでいた。 「(例えば……普段と違う、カッコイイ私になれたのなら……)」
「自分の着たい服ですよね……」
バラカドボナールも悩んでいた。自分のイメージに合わせた服が、一番似合うと思っていたから。恥をかかない程度に、立派にドロワを終えられればOKなので、服装は実際の所なんでも良かった。でも、本当に着たい服と言われれば、「アレ」に憧れが無いわけでは無い。僕だって可愛い女の子なんですから。ああでも。やっぱり柄では無いですから。 「(やっぱり僕は………)」 「あのっ、バラカさん!」 「……あ、はい!自分が着たい衣装、見つかりましたか?」 「いえ……まだですが…着てみたい服の方針が決まりました!」 「おお、それは良かったです。どんな服装をご所望で?」 「私は…スーツ姿の衣装で踊ってみたいです。私を拾って下さった、バラカさん。貴方をリード出来るようなかっこいい私になりたいです!」 「………っ!?」 それはまさに、青天の霹靂とも言える衝撃。あのフラりんさんがカッコイイ服を。カワイイ系の自分を捨てて、意外性の塊であるスーツ姿に変わるという。そして、彼女の顔付きも真剣そのもの。それを見て、バラカの心臓は無意識にバッコンバッコンとリズムを上げる。彼女がスーツを所望するという事は即ち。 「それは良いと思います!…が、それだとその……僕がドレスを着る事になりませんか…?」 「そうですね。バラカさんがスーツを着たいのでしたら、お譲りします!」 「いえ、僕は特にこだわりとかありませんから、譲って頂くほどでは……ただ、ドレスは似合わないんじゃないかなと。僕ってほら、けっこう高身長ですし」 二人でスーツを着たって良いのだが、それはそれで動きを作るのが難しい。シュッとした動きと流線のような動き。それらが重なり合う方が、より美しく見える。「役割」で互いの呼吸を合わせるなら、どちらかがドレスの方が望ましい。 「……まさか、そんな事はありませんよ。ドレスも絶対似合います!だって、バラカさんはとっても可愛いじゃないですか!」 「えっ…そ、そんなに言い切るほど可愛いでしょうか……!?」 「はい!チーズを食べる時にニコニコしている貴女も、ダンスの練習が上手くいって嬉しそうな貴女も、とても可愛かったです。似合うと思いますよ、綺麗なドレスも」 「う、うぅん……そうですか……そんなに言われると……」 バラカドボナールは悩みに悩んだ。ちょっと想像してみる。可愛らしいドレスに身を包んで、皆にキャーキャーと言われる僕を。ガラじゃないと分かっていても、憧れを捨てきれないでいる。 もし、似合うなら。 着ても良いのなら。 一回くらい、試してみたい。 「無理にとは言いません。バラカさんが……貴女が着てみたい服で良いですからね」 「っ………」 気遣ってくれているのだろう。今ここで、やっぱり良いです。と言っても彼女は合わせてくれる。やっぱり恥ずかしいし、似合わない気がしてならない。もし似合わなかったら、自分だけ浮いてしまって、フラりんさんに迷惑をかけてしまう。でも、こんなチャンスは二度も無いかもしれない。 「……似合わなくても、良いでしょうか?」 「大丈夫です。似合わなさそうで言ったら、私もお互い様ですよ」 にへへ、と優しく笑う。それから彼女は、バラカの前に傅いて、そっと手を伸ばした。 「似合わないかもしれません。かっこ悪いかもしれません。だから、貴女の力を貸して下さい。お互いの魅力を引き出せるような、最高のデートになってくださいませんか?」 「っ……もちろんです。僕もドレスは似合うか分かりませんし……変かもしれませんよ。でも……貴女がデートとして、僕を綺麗にエスコートしてくれると信じます!」 バラカは覚悟を決め、彼女の手を取る。こうして、ちんちくりんな少女はスーツ姿の勝負服を。背丈の大きな少女は、ドレス姿の勝負服を。それぞれ特別に発注した。 本当に、自分がなりたい姿に。 |
+ | 第5話 moonlight |
それから数日後。実際に届いた勝負服を着込んで試着する。桃色の髪を丁寧に整え、バラの耳飾りを装着したフラリン。彼女の服は、スラッと伸びたパンツスタイル。黒を基調とした生地と、スレンダーなボディラインは、普段着ているふんわりとした勝負服とは真逆の印象を持たせており、まさに意外性の塊と言うべき姿に仕上がっていた。
逆に、バラカは大変可愛く仕上がっていた。普段はキチッとした服装を着こなす彼女と打って変わって、扇情的なボディを全面に押し出すような柔らかなスタイルに変化した。女性としての色気をほんのり醸すのはもちろん、ドレスとしての美しさも健在で、バラカドボナールという素材を存分に活かしていた。 「…どうでしょう。変ではありませんか?」 「とても似合っていますよ。バラカさん。すっごく美人です!」 「ありがとうございます……」 「えへへ。……私はどうですかね?ヘンテコではありませんか?」 「……大丈夫です。フラりんさんも似合っていますよ」 互いを褒め合う。それ程までに、相手の服が似合っていたから。小さなヒーローに大きなヒロイン。チグハグなようでいて、不思議と互いに均整が保たれている。 「ありがとうございます。今日はこれを着て、練習してみましょうか!」 「そうですね。試着も兼ねてやってみましょう!」 優しくバラカの手を取り、彼女をそっと引いていく。着てみたい服。なりたかった自分。それらを身に纏ったからなのか。二人の動きは更に洗練され、滑らかなものへと昇華されていた。 「っと……はい!」 「ふっ…」 トン、と華麗にポーズ。ほとんど完璧に仕上がってきており、もはや不安要素はほとんど無い。強いて言うならば、やはり身長差の関係でリードが変わるタイミングでぐらつきが生じてしまうことくらいだろう。 「後はこれさえ直せれば、ベストデートも狙えそうですね」 「ですね。練習あるのみです!」 「いい意気込みです。ではもう一度……」 と行こうとした所で、スタジオに誰かが入ってくる。誰かと思って振り返ってみれば、チームカオスのメンバー、ツキノミフネがスタジオに入ってきていた。 「……先輩方。こんにちは」 「ミフネさん、こんにちは!」 物静かな彼女は、周囲を突き刺すかのような威圧感を放っているが、この二人はてんで動じていない。それもそのはず。チームカオスは学園屈指の魔境。彼女より凄い威圧感を持つ選手も複数在籍している。故に動じない。ミフネは、そんな先輩達が気に入っていた。 「こんにちは。ミフネさんもドロワの練習ですか?」 「ええ。普段は出ないのですけれど、一族の代表として踊る様に促されたものですから」 「そうでしたか。スタジオは空いていますから、合同で良ければ、そちらの方を使ってください」 「ありがとうございます。私にはどうぞお構いなく」 そう言って、彼女は一人でソロパートの練習を始めた。自分達も練習をしながら、横目で彼女をチラチラと見てみる。なんとも見事な踊りだ。優雅で雅な姿勢から、華麗に伸びた指先まで、余すことなく美しさを表現している。まさに無駄が無い。 「(凄いですね……)」 「(そうですね…一人であれなのですから、デートになれば、僕達より凄いかもしれません…)」 視線を気取られたのか、ツキノミフネは一旦練習を止めて、二人の方を見つめた。 「……先輩方。私の踊りが気になりますか?」 「えっ!?……まあ、はい!とても気になります。洗練された無駄のない動きと言いますか……」 「完璧に踊られていますね。思わず見惚れるような、見事な立ち回りだと思います」 「ありがとうございます。…ですが、先輩方にとって私の踊りはどうでもいい存在のはず。何故そんなに気になられるのでしょうか」 「それはですね……」 フラリンは、彼女にワケを伝える。ダンスの練習が上手く行っていないので、参考にさせて欲しいという旨を伝えた。 「そういう事でしたか。…私としては先輩方のダンスの出来栄えはどうでも良いのですが……」 ふむ…と考え込む。ミフネの言う通り、彼女には関係の無い事だしスルーしちゃっても良い案件なのだが。 「……いつもお世話になっていますので。対価を頂けるのでしたら、指導のほどを賜りましょう」 「本当ですか!?ありがとうございます!…対価とは具体的に?」 「私の時間を使うように、先輩方も私の為に時間を使って下さい。簡単に言えば……一緒にターフを走って頂けませんか?」 「模擬レースをするって事ですね。もちろん構いませんよ!……あ、でもバラカさんは怪我で走れないんでした」 「そうですね……まあ、どのみち僕はダート選手ですし、ミフネさんとは走れないのですが…」 「構いません。フラりんさんとでしたら、面白いレースになりそうです。対価としては十分かと」 そう言って、ツキノミフネは僅かに口角を上げた。とても美しく、どこか神秘的な雰囲気を感じる。素直な子ではあるが、どこか不気味がられるのも納得だなぁと思うバラカちゃんなのだった。 「では、ジャージに着替えてきますね」 「いえ、そのままで構いません。時間が惜しいです。行きましょう」 「えっ!?み、ミフネさん!?この服で走るのは流石に……」 よっぽど模擬レースが楽しみなのか、もうフラリンの話も聞かずにグラウンドにずんずん進んでいく。結局、二人は着替える間も無いまま、模擬レースの舞台に駆り出されてしまうのだった。 |
+ | 第7話 cool me |
「距離はどうしますか?」
「距離は……」 二人が色々取り決めている内に、外野がワイワイ集まってくる。それもそのはず、学園屈指の実力を持つウマ娘達が模擬レースをするのだ。 「(これ、僕も見られてますよね…)」 付き添いのバラカにも当然視線が向く。今の僕、変じゃないかな?と不安になりながら、チラチラと視線を外野に向ける。 「見て見て、模擬レースするんだって!」 「へぇー!ってか、ミフネさんとフラリンさんじゃん!」 「マジかよパネェ……ってか、あそこにいるのバラカさん?」 「それガチ?……ホントだ!すっげぇ可愛い!いつもと全然違う!」 「美人だよねー!ドロワ用かな?」 「絶対それ!うわー!あれで踊るんだ……楽しみー!」 大きな耳をピクピク立ててみれば、なかなか好評らしい。可愛いと言われてちょっと嬉しそうなバラカちゃんを横目に、模擬レースの内容が決定した。 「距離は2400m。左回りの府中コース。となると、オークスを想定したコースですね」 「はい。双方の得意条件的にこれが宜しいかと。私はバ場を慣らして来ますので、フラりんさんはバラカ先輩にスターターのお願いを」 「了解しました!」 ちょこちょこと愛らしく歩いてくるフラりん。彼女はバラカにスターターとゴールの判定をお願いしたい事を伝えてから、こう続けた。 「そうだ。私はこの衣装で走る事になってしまいましたが……ちょうど良い機会です。私が、どんな私になりたいのか。貴女とどう踊りたいのか。このレースでお見せします」 彼女はバラカの手を取り、優しく両手で包み込んだ。それから、優しい声色で伝えた。 「私を、見ていてくださいね。私を選んで下さった、最高のデートさん」 「………もちろんです。貴方だけ見ていますよ。行ってらっしゃい。フラりんさん」 「……はいっ!」 そう言って、レースに向かっていくフラリンの足取りは、きびきびと速く、強く、とても大きく見えた。彼女の大きな背中を見つめながら、自分もスターターの準備に入るのだった。
「それでは行きますよ!位置について!用意!」
────パァン! 「ふっ…!」 「はっ……!」 青空に撃ち込まれる、乾いた空の発砲音。それと同時に、二人はバッと飛び出した。いつも通り、自分らしいスタイルで先頭を突き進むツキノミフネ。そして、後方に陣取ったフラワリングタイム。 「(先輩と走れる……素敵ね……)」 前を行くツキノミフネは、ラップを落とさない。かなりのハイペースで逃げているが、それで自分が不利になるとは思っていない。彼女はただ、自分にやれることを完璧にこなしているだけ。それだけで勝てた。周りが弱いから。 つまらなかった。 もっと熱いレースがしたかった。 「(私の鼓動を……更に高めて欲しい…熱いレースがしたい……)」 前半1000m。ハイペースで流れる展開となり、二人の差は十何バ身にも広がってしまっていた。思わずザワつく観客だが、フラリンは変わらず落ち着いていた。 「(ハイペースで流れる分には私が有利ですからね…ただ……)」 今回、ペースを握っているのは彼女だ。即ち、このハイペースは彼女自身が安定して走れる速度という事になる。故に、放置は出来ない。第三コーナーに差し掛かる前に、フラワリングタイムは徐々に進出を開始しはじめる。 「(来た…来る…!ビリビリと伝わってくる…先輩の威圧感…凄い…!)」 桃色の閃光。異名を持つだけの事はある。圧倒的にリードを保っているツキノミフネでさえ、思わず冷や汗が流れて仕方ない。本当にこれがあの小さな身体から放たれているのかと不安になるような。 「(行きますよミフネさん…カッコイイ私を……貴方に見せてあげます!)」 ミシリ。 大地が揺れた。……いや、幻覚だろう。それでも、確かに揺れた。フラワリングタイムが、ずんずんと加速していく。広がっていたバ身がみるみると縮まっていく。信じられない加速に、観客達は思わず息を飲む。 「(来た…大丈夫……ペースは保てている……逃げ切れる……いや…)」 混乱。そして興奮。それはいつか、チームカオスの先輩とレースをした時に似ている。ドキドキが止まらない。楽しい。 レースが、こんなにも楽しいものだとは、思いもしなかった。 「……っはははは!!そうです!!来てください、先輩!!私とやりましょう!!最高の!レースを!!」 狂気。彼女の瞳が、真っ赤に染まった。ずっと満たされなかった。ずっと勝ち続けてきた。そんな私に競り合う楽しみを、競い合う悦びを教えてくれた。そんなあなた達に感謝を込めて。 ────ダンッ!!! 更に加速するツキノミフネ。あれだけ詰められたはずが、ギリギリのところで追い抜かせない。その信じられないスピードと、勝負根性に観客も大盛りあがりを見せる。 「凄い!ミフネ様ー!」 「フラりん行けるよー!」 芦毛のヒロインも、そっと呟く。 「行け……フラりんさん…!」
「着いてこれますよね!先輩ッ!!!!」
「望むところです!!!!」 ラスト200m。まさに限界ギリギリ。全力で脚を動かし、呼吸を荒らげながら、二人はフルスロットルでゴール板を駆け抜けた。ほとんど同着に見えたが、果たしてどちらが勝ったのだろうか。 「ゴール!……勝ったのは…」 バラカは自分の目を閉じて、記憶をしっかり思い出す。どちらも大切なチームメイト。贔屓は良くない。思い出せ。どちらが勝ったのか。見ていたはずだ。そして、数秒前の記憶が鮮明に浮かんでくる。 「…ミフネさん、ですね」 「はぁ……はぁ……私…勝った!?勝ったんですね!?」 「はい。おめでとうございます」 「はぁ……ぜぇ…あははは!やったやった!こんなに勝ちが嬉しいなんて……!」 「いやー、負けちゃいましたね…おめでとうございます!」 「ははは……!フラりん先輩…バラカ先輩も、ありがとうございます!とても楽しかったです!!」 「ふふふ、それは良かった。うーん残念です、バラカさんにかっこいい所を見せるつもりだったのですが」 ぽりぽり、と頬を指で優しくかくフラリン。それを見て、バラカは彼女の前へとやってきた。 「…とてもカッコ良かったですよ。必死に走る姿に、僕も思わず応援してしまいました」 「……ありがとうございます。バラカさんの応援があったから、あそこまで迫れたのかもしれませんね」 「…それなら嬉しいです」 なんだか甘酸っぱい。二人で照れ合いながら、モジモジしている所に、テンションがようやく普通に戻ってきたミフネが飛び込んできた。 「おアツい所悪いけど……走って頂けましたので。約束通り、先輩方にダンスのコツを教えようと思います」 「あっ!そうでしたね。ありがとうございます!よろしくお願いします!」
そんな訳で。彼女の指導のもと、二人は再びダンストレーニングに励む日々を送っていた。彼女に踊りを見せてから、改善点が無いかを逐一チェックしていく。
「……フラりん先輩。足が高いです」 「はいっ!」 「バラカ先輩は腕が低い……」 「はい…!」 師匠としては、思ったより素直な発言が多く、指導役としてかなり優秀な面が垣間見えた。それでも、身長差の問題を埋めるには何かが足りなかった。 「っ……と!」 「……ストップです。先輩方、ここでいつもつまづいていますね」 「ですね…僕達の身長差もあるでしょうが、どうしても動きに身体が着いていかないです」 「……そうですか。では、少しやり方を変えてみましょう」 ごにょごにょ、とツキノミフネは彼女らに新しい踊り方を伝えた。二人はそれを信用しつつ、先程と同じ部分まで踊ってみる事にした。 「ワン、ツー、スリー、はいっ!」 「ワン、ツー、スリー、ふっ!」 すると。不思議な事に、先程までてんで出来なかった部分も、するすると踊れるようになっていく。それが不思議でたまらなく、難解なパズルを解き明かした時のように楽しく、最後まで踊りきることが出来た。 「……出来た……!」 「出来ましたね……!」 「お見事です。先輩方。ようやく、上手く行きましたね」 「はい!……でも、なんでこれだけで上手く行ったのでしょう……?」 「ですね…フラりんさんは『身体を張る』僕は『身体をゆるめる』という所作を指示されただけなのですが」 「元々、お二人の動きは統率が取れていました。お互いを思って動けてはいた。ただ、身体の動きが服装に支配されていたんです」 服装に支配される。「役割」を纏うということは、その服に合った動きをすれば、自然と美しく見える。けれどそれは個人単位での話。二人で息を合わせるのだから、自然に美しい動きだけでは、大きな身長差によって発生する歪みは埋められない。 「だから自由を織り交ぜました。相手を想う自由な動きと、服に縛られた美しい動き。それらを併せ呑んでこそ、ベストデートを掴む踊りに相応しいでしょう」 「そうだったんですね…!自由さと美しさのバランス……考えた事もありませんでした」 「目からウロコですね。ミフネさん、おかげさまで、難所は乗り越えられそうです」 「どういたしまして。……私は可能性を示しました。後は、あなた達がどう成長するのか。本番まで楽しみに待たせて頂きます」 スカートをつまみ、そっとお辞儀をするツキノミフネ。欠点を正し、成長の余地を見出してくれた彼女の師事に感謝しつつ、本番までに更に踊りを進化させていく二人であった。 |
+ | 第8話 for You |
ついに迎えた、リーニュ・ドロワット当日。二人は衣装に着替えて、準備室でお化粧を行っていた。アイシャドウ、リップ、ネイルと、身体を魅力的に仕立て上げていく。
「リップの塗り方って、これで合っていますかね?」 「大丈夫ですよ。お上手です。さあ、後はこの髪飾りを付ければ……」 鏡に映った姿を見せる。そこに居たのは、美しいドレス姿になった芦毛のお姫様。自分には似合わないと思っていて、着るなんて思いもしなかった。…憧れの、可愛い自分。 「これが僕ですか……まるで自分じゃないみたい…ってのも、ずいぶんベタな反応ですね」 「そうかもしれませんね。普段はしないような特別な衣装ですから。……でも、それで良いんです」 キュッと、タキシードの裾を整えながら。 「今日は特別な日。貴女と私が、ひとつになって踊れる日。普段の姿を忘れて踊るのも、また一興です」 「……そうですね。新年を祝う特別な行事。今年を生き残れたからには、『普段の僕』に囚われず、思うままに、盛大に祝うのが、きっと正しい」 あなたも、わたしも。 細い細い糸を手繰り寄せて、今ここにいるのだから。 思い切り羽目を外そう。 そして、最高の踊りを見せよう。 今年一年、共に乗り越えてきた仲間達に感謝を込めて。 「…行きましょう。フラりんさん。僕と踊ってくださいますか?」 「……喜んで。参りましょう。マイベストデート。バラカドボナールさん」
コツン、コツン、と。暗がりの中を足音だけが木霊する。演者達が定位置に付くと、やがて、妖精の羽音のような柔らかな曲が流れ始める。小川のせせらぎの様に。静かな曲が会場を満たしていく。
演者達は踊り始める。最高の友に向かって。或いは、終生のライバルに向かって。今年を乗り越えてくれてありがとう。来年は負けない。感謝の言葉が、言の葉にするでも無くふわりふわりと舞っていく。懇々と身体を動かす演者達に呼応して、曲は段々と鼓動を早めて行く。 リズミカルに。ダイナミックに。例えるならば、きっと第三コーナー。演者達が走り始める。激しく燃え盛る焔の如く。流れる流水の如く。轟く稲妻の如く。そこに協調性はまるでない。場で舞う各々が、自らの踊りと、パートナーとの踊りを見せ付けて行く。かろうじて、それらをリズムという命綱が繋ぎ止めている。美しさを競い合う。その在り方はデートそれぞれ。しかし、リズムから外れる者はいない。踊りきるという目標に向かって、突き進む。それはまるで、レースのようで。どの踊りを見ていても、誰を見ていても、応援したくなるような豊かさで。 ついに、曲は最終局面を迎える。激しさを増すデート達。フラワリングタイム達は、その中でも一際目立っていた。小さな身体が、大きな彼女を見事にリードしている。大きな身体で、小さな彼女を見事に引き立てている。ちぐはくな、しかし無駄のない、まさに奇跡とも言うべき神業。 自分のありたい様に。 かっこいい私。 可愛い僕。 そんな姿になれた二人の表情は、明るく綺麗な笑顔であった。いつもの自分を忘れ、祝福する二人。その美しさは誰も彼をも魅了して離さず。気付けば誰もが息を飲み、ダンスに夢中になっていた。 「(ありがとう……バラカさん)」 「(ありがとう。フラりんさん)」
「「(ここまで連れて来てくれて)」」
曲が終了し、ワッと歓声と拍手が贈られる。二人は照れくさそうに笑いながら、精一杯踊りきった事に胸中がいっぱいであった。会場はと言うと、二人のダンスのレベルの高さに驚かされていた。
「凄い…フラリンちゃん達、あんな身長差なのに完璧に踊ってたかな…!」 「凄かったけみね〜。ミーも鼻が高いけみ」 「ケミちゃん、なにかお手伝いしてたのかな?」 「そうけみよ。先輩にアドバイスしたけみ!みっへん!」 偉い偉い、とアルケミーを撫でるクアドラプルグロウ。二人のダンスを見に来ていたチームカオスのメンバーも、クオリティに驚嘆し、拍手を贈っていた。 …けれども、ただ感激を贈るだけには留まらない。 「……流石ですね。先輩方」 「ミフネさん……いらっしゃいましたね」 休憩時間も終わり、次の曲が準備される。いよいよ本命の登場。自分たちの恩人にして、恐らくは最強の相手。ツキノミフネ。ソロパートだけしか見ていないが、それでも踊りは自分達のそれとは比にならない程だった。美しい月を模したドレスを身に纏い、隣には。 「Let's dance. a special person.」 「OK. A special time for everyone.」 そして、彼女達は踊り始める。信じられないほど神秘的で美しく。けれども、フラリン達も負けてはいない。より優雅に。より華麗に。より自由に。より美しく。 「えーっ!ミフネさんもあんなに綺麗に踊れたの!?」 「すご……超ハイレベルな戦いやん…」 フラワリングタイムが跳ぶ。 バラカドボナールが舞う。 「見てみてフラッシュさん!バラカちゃん達、とっても綺麗!」 「そうですね。大変美しく……これは私達も負けていられませんね。ファルコンさん」 「うんっ!よーし!次はファル子達も主役になっちゃうぞ☆」 会場はより熱く、激しく、燃え上がり続けた。ベストデートを手にしたのは果たしてどのデートなのか。優劣付け難い程に、今年のドロワは大変に盛り上がった。感謝。優勝。変革。参加する理由は、きっとさまざまだ。でも、その場にいた誰もが、きっとこう思ったはずだ。 とても楽しい、と。
ドロワも幕を下ろし、チームカオスにはいつもの日常が戻ってきた。長距離路線を走るフラリン。リハビリに励むバラカ。いつも通りの日常なのに、なんだか普段より、特別な日に思えていた。
『では、今年度のベストデート賞の発表です!』 それはきっと、昨日のドロワで今こうして隣合えている事を、特別に感じ取れるようになったから。隣にいてくれてありがとう。そう思うと、自分も負けていられない。大切な友達のライバルでいられるように。来年もこうして、笑い合える様に。 『今年度のベストデート賞は…!』 二人の結果で言えば、ベストデート賞は取れなかった。けれども、多くの票を集め、優秀賞を頂くという、なかなか嬉しい結果に収まった。 『結果は残念ですが、僕は楽しかったのでヨシです。フラりんさんの事にも、詳しくなれましたからね』 『私も、バラカさんに更に詳しくなれて嬉しかったです。これからも大切なチームメイトとして、共に歩んで行きたいです』 お互いを知り、少しだけ親しくなった二人。それぞれ往く道も、競い合うライバルもてんで違うけれど。今回のイベントを通して、信頼関係を育めたと思っている。 「バラカさん!」 「フラりんさん。トレーニング上がりですか?」 「はい。時間がありますので、良ければ一緒に遊びに行きませんか?」 「……喜んで。僕も暇ですから。行きましょう。フラりんさん!」 「はいっ!」 大切な友達と、一秒でも長く。 一緒に居られますように。
これからも、よろしくね。
|