だから、このままがいいんだ……きっと。あたしとあんたは、ずっとこのままが……



暴君バイロンの口から、探し求めていた真相が明らかとなっていく。
ケイトリンアンヌの血親が彼だという事、そして無意識下だったとは言え、アンヌは自ら縛血者の力(非日常)を求めていたという事。
両者激突かという寸前で、バイロンは謎めいた言葉を残し、動揺を隠せないトシローの前から去っていった。

――探偵社への帰路、トシローの足取りは重かった。
アンヌの事もそうだったが、事務所を出る際のシェリルの只ならぬ様子が気がかりであったためである。
バイロンに対する、相棒の恐怖に満ちた表情。
そこには、シェリル・マクレガーの、恐らくは暗い過去(きず)が秘められているのだろうと。
苦い過去を抱える者として、そこに踏み入ることへの躊躇いが、彼の歩みを鈍くしていた。


僅かに差し込む街灯が照らす部屋で、シェリルは儚げな表情を浮かべ相棒の帰りを待っていた。
そして、戻ってきたトシローに対し、彼女はバイロンと自分の関係――血親とその継嗣――を告白する。

「縛血者になってから、ずっと傍にいたのよ? どんな性格なのかは、嫌になるほど知ってる……」

「だから……あんたがもう帰って来ないかもしれないって、さっきまでずっと覚悟してた……」

恐怖で身が竦んでいたとはいえ、危険極まりない血親の元へ、
みすみすパートナーを一人で行かせてしまった事を詫びるシェリル。
それに対し、「己は戻ってくると言い、そして帰ることができた。その事実で以て話は終わりにしよう」
トシローは、未だ表情から影の拭えぬ女に敢えてそのように告げる。

だが―――

「それでも、いいの? 何も訊かなくて……」

そのまま、シェリルは遠回しな言い方を用いながら、トシローとの関係が心地好かったと語り……
それと同時に、自分もトシローの過去(むかし)を……時折胸を押さえ厳しい表情を浮かべるその姿が気に掛かっていたと告白する。

「……知っていたのか」

「気づいてないと思ってた? ふふ、どれだけ油断してるのよ。結構、普段から見てるつもりではいるんだけど……な」

「でも、ずっと訊けなくて……何となく、それがあたしたち(・・・・・)のルールなんじゃないかって思ってたから」

「多分、あんたも同じように思ってたんじゃないかな……?」

シェリルの言葉に、トシローもまた納得する事があった。
彼女がトシローの“痛み”に過去の影を感じ取っていたように。
彼もまた、快活なシェリルが時折見せる儚げな表情に、不吉な過去を感じ取っていた事。
そして、お互いそれを判った上で、あえて触れないように振る舞い続けてきた事を。

トシローは思う。この暗黙のルールは続けるべきなのか……続けるとしても何処まで?
何十年も共に過ごし、共に死地を潜り抜け、何度も躰を重ねていても――自分達は心を許した恋人同士にはならない。
それを線引きとする事で、これまでは上手く関係を続けてこられた。
だが、今夜の出来事が突きつけたように、この関係は極めて危ういバランスの下にあった。
シェリルという一人の女性に誠実に向き合う事、それが結果として自分達二人の関係を崩壊させるという矛盾。
その事実を前にして、トシローは、固く口を閉ざすことしか出来ない。


沈黙する相棒に、シェリルは明るい調子を装いながら、語りかける


「昔話は……聞くのも、するのも、好きじゃない」

「だって、いい男といい女には……概ね過去(むかし)があるに決まってるもんでしょ。
そんな当たり前の話なんかしたって、きっと……ありふれ過ぎてて面白くないよ」

「だから、このままがいいんだ……きっと。あたしとあんたは、ずっとこのままが」


「それでいいのか……?」


“保留”のままを選ぶ……そんな答えにトシローは問わずにはいられなかったが……
シェリルはただ静かに頷き。


「今までだって、ずっとそれで上手くやってきたんだ。これからだって、そうすれば上手くやっていける」

「あんたとずっと一緒にいられるんなら……その方がいい。それがあたしたち二人の、夜会の掟」


そのまま、二人の男女の唇は触れ合っていた。不確かなこの繋がりを少しでも、確かなものにしたいと、そう願って。



じき、夜が明ける。……眠るか?

あれから今夜ずっとさ……考えてたんだよ、あんたの事だけ。言ってる意味わかる?
つまり、その……色々、二人でしたことも思い出したりして。あっちの方とか……いま大変なことになってる訳で……
……言わせないでよ、恥ずかしい。それとも気分(・・)じゃなかった?

いや……俺も同じだ。

えっ?

ここに帰ってくる間、考えていたのはおまえの事だった。

……ばぁか。言いなれないおべっか使って、舌噛んでも知らないわよ?




トシローさんはどうしてヒロインズにいつもこう接してやれないのか(溜息

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最終更新:2022年01月13日 13:35