「満足、か? 一時の主命で家令を殺し、罪悪感と自己満足に浸るのは……
さぞや、気持ちのいいことだろうな……」
「ベラ様……済みません。私は守り抜けませんでした。あなたの残した鎖輪も、あなたの託した愛娘も……
毒蛇と鴉に、食い荒らされてしまった……もはや、取り戻しがつかない」
狼藉者に滅ぼされた家令のその言葉に、トシローはその意味を問い、ゴドフリは愚鈍な男を嘲笑いながら告げる
「愚かな、まだ判らぬか……貴様程度の命が、権力層の手慰みになるわけがなかろう」
三本指など所詮、狂人、痴れ者に過ぎない……
偽物であろうが本物であろうが、混沌としきった場を収めるにはその命だけでは不足だと。
「死すべきものが死した……それだけではただの手柄だとも。玉座へ返り咲くには程遠い……」
そのまま、彼は自らの鳴らぬ心臓を皮膚の上から掴む仕草を見せ、
「だからこそ、私の心臓が必要なのだ。貴様の死を手土産に、私の生を祭壇に捧げる」
「積み重ねた功績と命、それを以て……ようやく対価となりうるだろう」
始めから自らの命をニナという“主”に捧げる腹積もりだったと、語るのだった。
「あの方には気概が必要だ……軽んじられるのは当然の事。血族において、幼さはそれだけの意味を持つ………
苦難の時は長い……それどころか、まだ序章だ。短く見積もろうと、これより半世紀ほどは耐え忍ぶ時間が続くだろう……」
息も切れ切れに、ゴドフリは語る。
「しかし、それを超えれば話は別だ……我らは辛酸を舐める機会に乏しいがため、傲慢は命よりも重くなる」
「統治者に必要な、耐える力を身につけられる者など稀なのだ……今味わっている恥辱は、やがてニナ様を支える糧となろう」
彼女に決して明かすことのなかった、この男なりの心を。
「無欠であったベラ様には届かぬ、それは必定だ。だがそれは、ニナ様が優れた公子に成れぬことの証明ではない……」
「闇夜の導となれるに違いない……私はそう信じると、ベラ様の亡骸に誓った……」
―――おまえが、それを穢したのだ。
トシローには怨嗟の積もった声なき声が聞こえた、ように思えた。
そして同時に改めて気づかされる。
羨み嫉妬した。胸に抱いた誓いを曲げず貫き、かつての主を敬愛するゆえに、今の未熟の範たらんとする男の姿に。
そう、穢れた己にとってそれはなんと、気高い在り方なのだろうかと。
「……エルンスト・ゴドフリ。どうか聞き届けてほしい」
唇が、自然と言の葉を紡いだ。眼前の男が守ってきた忠を霧散させてはならぬと。
「この身は闇の同族殺し、漆黒の鴉───三本指」
「ニナ・オルロックは薄汚い同族殺しを屈服させた。その髪を掴み、地へ叩きつけ、跪かせて下僕としたのだ」
「これより俺は、彼女の敵を切り払う処刑人となろう。
穢れを背負い、功を差し出し、主のために奔走し───その果てに息絶える」
「我が全霊は、その悉く主のために……!」
膝をつき、頭を垂れる。心から敬服して貴方を習いにさせてくれと告げる。
……沈黙を挟み、指が地を掻く音が響く。
「忌々しい───どこまでも……」
ゴドフリは苦々しく天を仰ぎ、恥辱に顔を歪めつつも……言葉を託す。
「だが誓え、三本指……守り抜け、常世の全てから。
貴様の命は貴様のものにあらず……その指の一欠片さえ、ニナ・オルロックの所有物であると」
「───御意。家令ゴドフリの命、しかと承った」
受け渡されたものの重みに、目頭が熱くなる。
それが雫として溢れ出ぬように……一人の剣士は瞼を落とす。
そしてエルンスト・ゴドフリは緩やかに、瞳を閉じていった。
無念と、安堵とを混ぜた複雑な情念を宿しながら、二度と覚めぬ久遠の眠りに旅立った。
古き薔薇は散り、その花弁を血塗れの鴉へと咥えさせて―――
- 守りぬけ、熊本先輩の魔の手から -- 名無しさん (2019-12-25 07:49:39)
最終更新:2021年12月09日 00:04