……やがて、精神世界で直が気づくと、彼の目の前には、幼い姿の優理が居た。
死によって消える寸前の、優理の精神の残滓が
バロックを通じて、直の裡に流れ込んできていたのだ。
それは激突の最中、仲間とさえ全て心は分かち合えないと思っていた直に驚きを与え……
同時に。何故―――おまえは空気を読まずに俺と闘って、命を落とさなければならなかったのか。
疑問が彼の心に浮かぶ。そんな様子に対し、
「こんな悟ったような事は終わってみてはじめて言える」
……そう前置きした上で、少年はゆっくりと自分にとっての真実を返す。
「俺は……ただ嫌だったんだ。嫌だっていうその気持ちをぶつけなきゃ、どうにも収まらなかったんだ」
「それだけで……?」
「うん、それだけさ。思いっきりの、ただのわがまま。
俺の直にいちゃんを返せっていう、ただそれだけの無茶な気持ちだよ。八つ当たりとも言うかな」
「別に、人類や世界を滅ぼしたかったわけじゃないんだ。この気持ちに比べればどうでもいいっていうだけでね」
そして、優理は感慨深げな表情を浮かべて―――
「でも俺、生まれて初めて嫌なことを嫌だと言えたよ」
そのまま、誇らし気な表情と共に語られたのは、旧市街の避難所で幼い彼自身が口に出した言葉。
「今までずっと周りの空気を読んだり、力のある奴にへつらったり……それこそ、直にいちゃんの言う当たり前の人間みたいにさ」
「けど俺は、それが自分の弱さに思えたんだ。だから弱い自分が嫌いだった」
「そんな俺が、やっと……初めて嫌なものは嫌だと心のままに叫べたんだ」
「それぐらい、直にいちゃんのことが大好きだったから。直にいちゃんが相手だったからこそ、そうできたんだ」
そうして、今も苦悶する兄貴分の姿を優しく気遣うように。
「そんなわけでさ。俺は今、凄い幸せなんだぜ。だから、そんな顔はしないでくれよ」
“幸せ”――その言葉に、直は我に返る。
それは死の直前、幸が指をなぞりながら伝えてくれたものと鏡写しのようであったから――
あの時の幸先輩の言葉は本心から出たものなのか、それとも自分を気遣うための言葉だったのか。
それは永遠に、確かめることはできないけれども。
「そうそう、その顔だよ。そんな風に晴れ晴れとして、これからも生きていってほしいな……」
直の心は軽くなっており、バロックを通じてそれを感じとった優理も嬉しそうに微笑む。
……そのまま、自分へのあこがれを抱き、険しき道を駆け抜けた少年は、こう問いかけるのだ。
「なあ、直にいちゃん───俺は、強くなれたのかな?」
見上げる眼差しに対し、神代直は掛け値なしの本心から、答える。
「ああ、もちろんだ。この俺なんかよりも、ずっとずっとな」
世界を引き換えにして本音を貫けるほどの強さを持てなかった、そんな己よりも、ずっと。
「そうか……俺、直にいちゃんを超えるぐらい強くなれたんだね。嬉しいな……」
大切な人から貰った最後の宝物を、しっかりと噛み締めるように。
日下部優理は、向日葵のような笑顔を浮かべて何度も強く頷くのだった……
- 泣ける -- 名無しさん (2020-03-02 00:09:26)
- 変態のくせに、こんなに感動的な話を書けるの本当にズルい…… -- 名無しさん (2020-03-02 07:52:12)
- 墓職人なだけで変態ではない……ないよね? -- 名無しさん (2020-07-05 00:10:45)
- 変態ではないかもしれないけどどれもこれもエグくて癖が強いのは確かよな -- 名無しさん (2020-07-05 04:36:46)
最終更新:2021年03月10日 23:07