……あんたみたいな夢幻が生まれる土壌なんて、この世界にはない



グランド√、血族の頂点と誰もが畏怖し崇めてきた《伯爵》……
彼が纏っていた神秘のヴェールを剥ぎ取っていく、アイザックの発言
現実のしがらみを厭い、そこから超越したいと欲しながらも───
求めた“彼”のようにそれを成せない、只人としての醒めた視点が暴いた、「不明確な最強」という在り方


本編より

アイザックの“あんたを噛んだ親は誰だ”……その問いに《伯爵》は迷いなく答える。

「母、であろうな。流浪の時を逆算すれば、それ以外にない」

……その言葉に、アイザックは血族の王の持つ歪さを確信する。

「忠告痛みいるな。言葉足らぬ部分でもあったか?」

「ある。真実という点では不足はないが、言い方に俺は引っかかった。バイロンに講釈していた時からずっとだ」

そして、存在の圧による激痛を感じながらも、アイザックは一歩、《伯爵》に近づく。

「さっきの語り口から俺はこう感じていたよ。
何故、この男は真実を話す場合
───体験談になっていないんだ(・・・・・・・・・・・・)とな」

「真実はこうだ。本当はこれだった。……そういう言い方ばかりだ。設計図を読み上げるみたいに話している」

「知っているのはいいさ。あんたは二千年の時を生きる程の大古参、始祖の真実を知っていたとしてもなんら不思議じゃない」

「だが、知っていても不思議じゃないってことは、何処でそれを知ったか(・・・・・・・・・・)の答にはならないだろう?」

知識はある日突然、頭の中に発生するものではない。
見聞きしたか、探求したか、聞かされたか、何れかの過程が存在している。
だが………


「答えてくれよ、《伯爵》。
自らの親さえ曖昧な予測で語ったあんたは、いったいどうしてその真実を知ったんだ?」

「誰から? いつ? 何処で?────どうやって?」


そう、「リリスから聞かされた」「願いを託された」など───この男は一度も口にしていない(・・・・・・・・・・)
そういうものだから正しい、だから実行する。口から出る言葉はそればかりではないか。

問い詰めるアイザックの言葉に《伯爵》は答えない。
いや答えられないのか。そこで初めて(・・・)疑問に気づいたかのように、見開いた瞳で相手を見返すのみ。

「やはり、な」

ないのだ(・・・・)、この吸血鬼は。だから答えられない。
誰かから教えられたわけでもない。真実を探した覚えもない。
だというのに、何故か知っている(・・・・・・・・)ことに気づいたから(・・・・・・)、答えることができない。


「《伯爵》ならば知っている。《伯爵》だけが知っている。《伯爵》ならば、知っていてもおかしくはない」

「ははっ、最高の理由付けだと思わないか?ま、そうだよな。無知な黒幕なんて演出上ありえないんだ」

「悪者は物知りで当然だとも───これが、御伽噺か何かなら(・・・・・・・・)


「だが、現実は違う。そんな簡単に都合のいい存在は現れない。ドラマティックな出来事は起こらない」

「天才は憎まれ、凡人は見下され、弱者は毟られる。才能は不平等だと淘汰され、努力すれば今度は嘲笑の的だ」


「……あんたみたいな夢幻が生まれる土壌なんて、この世界にはない」


知らぬ真実があって当然なのだ。都合よく全ての裏側を知る個人は生まれない。
……世の中は、そういう風に(・・・・・・)できてはいないから。

少しずつ、何かが露になっていく。
強大さ、神秘的な姿によって目を晦ませていたものが、薄皮を剥ぐようにその存在を主張していた。


「“決めたのならば、あとはそのために邁進するのみ”……そう言ってたな

「なら、それは何時決めた? その決意に至るまで、何がおまえの判断を後押しした?」


《伯爵》は答えず、その言葉を受け止めたまま思案する。
延々と脳内では思考が走り続けていた。
問われたことに答えたくとも、適切な記憶を思い出せないのだ。
どうして決めたのか思い出せない。判るのは、自分が決断している(・・・・)という状態だけ。

吸血鬼(はりぼて)を前に、アイザックは喉の奥で笑いを転がす。
全ての結果(しんじつ)を有するというのに、そこへ至った過程(りゆう)だけがぽっかり抜け落ちている。
それはまさに憧れという名の幻。
ある日この世に突然発生した、最強の吸血鬼(・・・・・・)などという記号ではないか。


「まぁ、言いたかったのはそれだけさ」

本物(・・)がどういうものか見てみたかったが、とんだ拍子抜けだったみたいだ。
ここらで余計な役者はお暇させてもらうよ」




  • まさに創作に出てくる黒幕キャラなんだよな。「よくわからんがそういう物」って考えてたら気付かないけど、只人が理屈で考えたら不自然さが露わになる -- 名無しさん (2020-05-29 11:16:07)
  • なんでこのホモは探偵にならずバーのマスターやってたのか分からなくなるレベルの洞察力である -- 名無しさん (2021-03-04 04:11:33)
  • バーのマスターやってて色んなお客さん見てるうちに洞察力上がった説 -- 名無しさん (2025-03-22 08:27:49)
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最終更新:2025年03月22日 08:27