シェリル√、追い詰められたシェリルの強い意志の輝きを前にして……
任務ではなく、複雑な感情の赴くままに行動した男、モーガンの叫び。
三本指として追われる身となった
トシローを救おうと夜を駆けるシェリル。しかし、
公子
ニナ、そして各都市の精鋭たる
夜警数名に
捕捉され、深い傷を負わされてしまう。
そこに姿を現したモーガンも、人間社会の記録に照らし合わせればいずれはトシローが犯人である証拠も見つかるだろうと、沈痛な表情で投降を促す。
何処から見ても詰んでしまっているシェリルの現状。
しかし失血でふらつきながらも、彼女の瞳は最期まで抗うという決意に燃えていた。
見ていられず、モーガンは説得を続けるも―――
「奴では、君を幸せにはできない。思い直してくれ」
「勘違いしないでよ、モーガン。あたしは、幸せにしてもらいたいんじゃない、幸せになりたいの……!」
その答えに、モーガンは表情を硬くし近づいていく。
「シェリル……そんなに、奴の所に行きたいのか……!」
「あたしが……行かなきゃ……誰が……あいつを……くっ」
「……シェリルッ!」
それを阻もうとするシェリルの蹴りに、鋭さは既になく……仁王立ちした大男により華奢な体は容易く持ち上げられていた。
拘束を解こうともがく女を高々と持ち上げたまま、モーガンは喉の奥で唸るような声を漏らす。
「ならッ………」
――褐色の巨体が、予想だにしない動きを見せる。
筋肉を躍動させた投手が投擲の動作に移る。
その腕に抱えられた球の役目となるものこそ―――
「行っちまえ────ッ!」
夜明け前の空に響き渡った叫びと共に、シェリルの肉体は、ロケットよろしくビルの谷間の虚空に投げ込まれていた。
その場の誰もが呆気にとられ硬直する中……何かが河に落ちた水音が、遠くから風に乗って届いた。
追跡に入る夜警達。その場に残ったニナの傍へ、モーガンは何とも言えぬ表情を浮かべ戻っていた。
「すまない、お嬢……やっちまった。どうにでも罰してくれ、覚悟はできてる」
どうして貴方の恋敵であり、今や掟を犯す重罪人となったトシローを利するような真似を……?
公子の指摘に、巨漢は黙って首を振った―――
「さぁ……何でだかね」
「ただ、力に訴えてシェリルを止めたら、男として奴に負けるような気がしちまった」
白み始めた空を見上げ、彼は“ファック”と共に舌打ちを漏らした。
「フン、どんな手を使っても、奴にだけはシェリルを渡すまいと決めたはずなんだが……
まったく、我ながら馬鹿げた話ですぜ……割に合わねえ」
逃がしたシェリルと同じく、他から見ても、きっと己自身でも弁えているはずの、愚行としか言えぬ暴走。
しかし、傍らのニナの視線の先……吐き捨てたモーガンの貌には、清々しい表情が浮かんでいるのだった。
最終更新:2022年01月18日 23:42